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「零魔娘娘追宝録 6 後編」(2008/08/25 (月) 22:07:50) の最新版変更点
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*
時間はほんの一瞬遡る。
ゴーレムに向かって駆け出したルイズは、彼女の体を操る静嵐に話しかける。
宝貝と使用者の間の、音を通じない光の速さに匹敵する意思伝達。
それは瞬間にも満たない、静嵐とルイズの会話だった。
『セイラン! 何か無いの? あのゴーレムに勝つ方法が!』
『もし僕の考えが正しければ……あるといえばあるよ。あのゴーレムに勝つ方法』
『ホントに? なら早くそれを教えて!』
『でも危険だよ。少しでも失敗すればあの鉄の拳を叩きつけられて体はバラバラになる』
『…………いいわ。私は貴族よ、敵に背を向けて逃げるくらいなら死んだほうがマシよ。それに』
『?』
『使い魔のあんたがやれるって言うなら信じるわ』
『……ありがとう。では、行こうか!』
『ええ!』
静嵐はルイズに作戦を伝えた。ルイズは驚く。それはとても単純で、とても難しい作戦だ。
失敗は即座に死につながる。拳の下で挽き肉にされる自分の姿が一瞬浮かんだ。
ほんのわずかだが、ルイズの心に迷いが生まれる。自分たちは勝てるか?という迷いだ。
だが、それと同時に、自分たちならば勝てる!という思いもまた沸き上がる。
ならば、剣を持った自分のやることは一つだけだ。
敵を斬る。ただそれだけ。
落下攻撃を行い、距離をとるルイズ。
そんな彼女らに上空からキュルケが大声で呼びかける。
「ルイズ! あなたたちだけじゃ無理よ!」
「大丈夫だよキュルケ。勝算はあるんだ。僕たちに任せておいて、君たちは力を温存しておいてくれ」
「え……?」
ルイズの口から出たのは、彼女の使い魔のように穏やかな口調だった。
いつもとあまりに違う話し方に、キュルケは面食らったような顔をする。
体を操るというが、まさか喋ることもできるとは!
ルイズは驚きとともに赤面し、手に持つ剣に怒鳴る。
「ちょっと、セイラン! 勝手に人の口を使って喋らないでよ」
「ごめんごめん。だって僕はデルフと違って、刀の状態じゃ声を出すことはできないんだ」
「だから口を使うなって言ってるでしょうがー!」
「いや、だってさぁ……」
小言を言うルイズ、弁解するルイズ。どれも口調こそ違えどルイズの声に他ならない。
傍から見ると独り言を言ってるようにしか見えないはずだ。
それはなんとも間抜けなことだろう。使い魔ののん気さが自分にも伝染したのかと思い、ルイズは頭痛を覚える。
ルイズの頭痛を知ってか知らずか、キュルケは呆れたように言う。
「……けっこう余裕ありそうね。貴方たち」
よりにもよってあのツェルプストーの女に心配されたことに戸惑い、
それと同時に間抜けな姿を見られたことに対する恥ずかしさでルイズは混乱する。
「もう! いいからさっさとやるわよ、いいわね!静嵐」
「了解――あ、いけね。また口に出しちゃった」
*
それらを見ていた『土くれのフーケ』は、驚きとも呆れともつかないような声を漏らす。
「どうコメントすりゃいいのかわからないわねえ……」
剣に向かって怒鳴った少女は、そのまま自分のゴーレムに向かって再度駆け出す。
無駄なことを、と思う。
少女の持つ剣。いかなる魔法を使ったか、あの青年が変化したものだとはわかったが、
どんな名剣であっても、剣一本で自分のゴーレムに向かっていくことなど自殺行為でしかない。
なるほど、たしかにあの動きは速い。ゴーレムの攻撃が当たる確率は万に一つというところだろう。
だが、それでいい。このまま彼女たちが攻撃を続けても、自分のゴーレムが破壊されるということはないのだ。
この戦いは千日手ではない。拮抗もしていない。
自分には万に一つの勝算があるが、彼女らにはその万に一つすらありはしないのだ。
優勢か劣勢かで言うならばフーケは劣勢であろう。
だが、優勢であるということが勝利しうるということはではない。劣勢であるということが敗北に至るということではない。
たしかにそれらはよく似ている。しかし『よく似ている』というのは『違う』ということなのだ。
その、薄氷のごとき小さな違いこそが戦いを左右することは、長い戦いの経験の中でフーケは学んできてある。
少女は縦横無尽にゴーレムの周囲を駆け回り、斬撃を繰り返す。
刃は硬いゴーレムの体を斬る事ができている。並の剣ならば一撃で剣のほうが折れているだろう。
試しに一度、体の一部を鉄に変化させてみたが、それすら少女は勢いを込めた一撃で切り裂いてみせた。
いかなる製法で作られたのかわからないが、あの剣を造った人間は天才だ。
そう、自らも優秀な土の系統のメイジであるフーケは分析する。
だが、それも自分のゴーレム相手には無駄なことだ。
いかに懸命に立ち回ろうと、それはゴーレムに何の痛痒も与えない。それほどの、純然たる質量差がある。
少女の一撃がゴーレムの右足を薄く削ぐ。そしてそのまま大きく後ろに跳んで距離を開ける。
少女の居た位置をゴーレムは蹴り上げる。空振り。
だが、今の一撃は危うかったはず。もし当たってれば勝負は決まっていた。
そう、これでいい。『偶然の一撃』が出ればそれでいい。
一撃で相手を倒しきる自分のゴーレムに比べて、少女らはあまりにも非力だった。
「よく頑張ったほうだけど……潮時ね」
このまま、あの娘たちを潰す。良くて大怪我、運が悪ければ死ぬだろう。
胸が痛まないわけではない。年端もいかない、『あの娘』と同じ年頃の娘を無惨にも踏み潰すのだ。
それに何の感慨も浮かばないほど、フーケは腐った人間ではない。
ただ、『貴族』というシステムも、それに胡坐をかく馬鹿で愚鈍な魔法学院の生徒も許せない。
この世界にある、歪んだ機構に復讐するため、自分は貴族相手の怪盗になったのだ。
そのためには……犠牲も厭わない。
わずかに少女が体勢を崩す。ゴーレムが彼女を踏み潰そうと左足を上げる。
少女は未だ体勢を立て直していない。
「さようなら……可哀想だけど、恨むのなら実力を弁えず格好をつけたことをした自分を恨みなさい」
フーケがそう呟き、潰されようとする彼女からわずかに目を背けようとした瞬間、
「馬鹿な!」
ゴーレムは音を立てて崩れた。
*
上空から、ルイズの戦いを見守っていたキュルケはぽかんと口をあける。
「崩れ、た?」
ルイズが体勢を崩し、そのままゴーレムが彼女を踏み潰さんと足を上げた時。
いきなり何が起きたか、ゴーレムは崩壊したのだ。
冷静に、事の成り行きを見ていたタバサが口を開く。
「……二人は全体を闇雲に攻めるふりをして、右足を少しづつ削っていた」
右足。ゴーレムは左足でルイズを踏み潰そうとした。つまり、その時右足は軸足となっていた。
「片足が脆くなっていったゴーレムは、急激な重心の移動に耐えられなくて転んでしまう」
右足が軸足になった瞬間。ゴーレムの全体重は右足の一点に集中する。
巨大さを武器にしているが故に、ゴーレムの超重量はそのまま自身が支えきれない錘と化す。
「最初に頭を狙ったのはそれに気づかせないため。ああして見せることで右足への攻撃をを目立たなくさせた」
大きく、派手に。これ見よがしに頭部への高空落下攻撃。
生物ではないゴーレムは頭部が弱点だということはない。
むしろ必要性というならば四肢よりも重要度は劣る。冷静に考えるならば攻撃する意味は無い。
「そしてわざと、体勢を崩して見せる。腕で攻撃されても駄目。右足で攻撃されても駄目」
たしかにあれは不自然といえば不自然だ。それまでの流れるような動きを無視しての急激な静止。
だが、一撃で自分を殺しうる敵の前で足を止めるという思い切りの良さは異常であると言える。
「左足で狙われる位置だけを狙っての演技。それ以外の位置では即死」
ゴーレムの動きを確実に読まねばそれは適わない。間合いを完全に見切っての行動。
「最後に転んだ衝撃で、囮として少しづつ削っていた部分が崩れた。それだけ」
囮の攻撃。右足を狙っていたことを気づかせない為の、全身への無数の斬撃。
それはそのまま、ゴーレム全体の強度を弱めるように繊細な注意を払ってつけられた傷であったとしたら?
「……そんなことが可能だっていうの?」
どう考えても、並の人間にできる芸当ではない。無論、ただの少女であるルイズでも。
全てが神業と呼べるの行動。常識では考え付かないような、細い糸のような綱を渡るような手段で、
わずかな勝機を手繰り寄せる。それを神技と言わずなんと言う?
「そういうことができるのが、彼――パオペイの力」
*
崩れ落ちたゴーレムの傍らに、ルイズはへたり込む。
ボン、と再び爆煙が起き、煙の中から静嵐が姿を現す。
「なんとか倒せたね。いやぁ、正直冷や冷やしたよ」
ルイズは体勢を崩したふりのままうずくまり、もはや立ち上がる気力も無い。
あれほどの緊張の連続は、今までの人生で一度も無かったのだ。無理もないだろう。
疲れた表情でルイズは言う。
「……もう二度とやりたくないわ」
「同感だね」
シルフィードが地上に降り立ち、キュルケとタバサが二人に駆け寄る。
と、林の中を探索していたロングビルが、騒ぎを聞きつけたのかおっとり刀で現れる。
ロングビルは心配そうな顔でルイズを覗き込む。
「ミス・ヴァリエール! 怪我は無い?」
「ミス・ロングビル! 無事だったんですか?」
ルイズは、彼女がフーケにやられてしまったのかと思っていたのだ。
ロングビルは申し訳無さそうに言う。
「ええ、なんとかね。林の中で気絶させられていたの。あなた達も無事でよかったわ。――フホウロクは?」
「ここです」
ルイズは懐から『魔封の札』、つまり符方録を取り出して渡す。
「……そう。ありがとう、ミス・ヴァリエール」
何故か強引に、ひったくるようにして符方録を手に取るロングビル。
そしてルイズはふと気づく。
そう言えば、何故ロングビルはこの『魔封の札』がフホウロクという名前だということを知っていたのだ?
ロングビルはそのままルイズを抱きしめる。
「ミス・ロングビル?」
何か、彼女からよからぬ気配を感じるが、ロングビルはぎゅっとルイズを抱きしめる。
「本当にありがとう。わざわざ人質になってくれて」
そして懐から短刀を取り出し、ルイズの喉元に突きつける。
「!」
「な、なにをするんですか!」
静嵐が驚き、ルイズを守ろうとするが、ロングビルはそれを手で制する。
「『動くな』というやつよ。そこのお嬢さんたちは杖を捨てなさい。
――やられたわね。まさか剣一本で私のゴーレムが倒されるとは思わなかった」
私のゴーレム、という言葉に、杖を捨てたキュルケは苦々しく口を開く。
「そう、そういうことね。貴女が『土くれのフーケ』だったのね、ミス・ロングビル」
「ご名答。秘書の振りをして学院内の情報を集めていたの。あのスケベジジィのおかげで、潜り込むのは簡単だった」
そう言ってロングビル――いや、フーケは笑う。乾いた笑いがルイズの耳元に響く。
こんな状況だというのに、静嵐はやたらのん気に言う。
「道理で僕たちの気配しかないわけだ。最初から敵が紛れ込んでたんなら気配も増えようが無いはずだよ。
――ん? ということは僕は何も悪くないじゃないか!」
「どっちにしろ気づかないなら同じ事でしょうが!」
自分が気配を探るのに失敗したのではない、と言いたいのだろうが。
今こうして、敵に捕まってしまいる以上、どうでもいいことである。
「なんで、こんなことを」
タバサが問う。フーケの行動の意味がわからないのだ。
符方録が狙いであるならば、こんなことをせずにさっさと逃げればよいものを。
タバサの問いに、フーケは少しバツの悪そうな顔をする。
「……これの効果がわからなかったのよ。
このフホウロクが教えてくれるのは、これがマジックアイテムを封印するためのものであるということだけ。
おまけに中身の札に書かれている文字は、どこのものだかさっぱりわからないと来た。
追っ手を何度か踏み潰していけば、そのうちこれを使えるやつが来ると思ったんだけどね」
呆れたものだ。盗んだものの使い道がわからないとは。
だが、とフーケはニヤリと笑う。
「でも、オスマンが出かげに喋ってくれたおかげでわかったよ。こうすればいいんでしょ?」
そう言ってフーケは片手で符方録の一片を引きちぎる。
それをひらひらと、わざとらしく振るってみせる。
それを見た静嵐は、何かに気づいたように口を開く。
「あのー、それはですねえ」
「あんたは黙ってなさい。変な剣になる力があるみたいだけど、あとでじっくり料理してあげる」
どうせ愚にもつかないことを言うのだろう、とフーケは静嵐の言葉を遮る。
この短時間の間であっさり静嵐はそのわかりやすい性格を把握されていた。
フーケは札を丸め、飲み込む。
どうやらフーケはゴーレムを呼び出したことでその精神力を消耗していたようだ。
そうだろう。あれほどの巨大なゴーレムを操るのは、トライアングルクラスのメイジであったとしてもかなりの消費が大きいはず。
「オスマンの話が正しければこれで精神力が回復するはず。あとはもう一度ゴーレムを呼び出してペシャン、さ」
ぐ、とルイズは歯噛みする。このままではキュルケたちがやられるのを黙ってみているしかない。
逃げ出そうにも、フーケの拘束は固く。抜け出ることは容易ではない。
緊張する一同。だが、静嵐は一人だけ違った。
静嵐は困ったように頭をかき、言った。
「あー……食べちゃった、か」
それは、敵に回復の手段を与えてしまったというよりは、むしろ気の毒な敵自身を案じるようでもあった。
ルイズはその意味を理解できない。だが、異変が起こる。
ルイズの目の前にはフーケの髪が一房垂れている。よく手入れされた、美しいその髪が一瞬ぞわりと震える。
思わずルイズは声を挙げる。
「な、何よこれ!?」
「ん、何を言ってるの? お嬢、ちゃ……んんんん!?」
ルイズの声に、下を向いたフーケは自分の髪を目にする。
驚いたことに、自分の髪の毛が七色に光っている。ぞわぞわと光が乱反射するように様々な色に変わる。
キュルケもタバサも、驚いている。フーケ本人の驚きは相当なものだ。思わず手に持っていた短刀を取り落としてしまう。
その隙を見逃す静嵐ではなかった。静嵐はすっと左腕を上げる。
上空を舞っていたシルフィードが、デルフリンガーを落す。
静嵐はデルフリンガーを掴み、神速の動きでフーケの鳩尾にデルフリンガーの柄を叩き込む。
フーケは声もなく気絶し、そのまま倒れこんだ。
デルフリンガーは気楽に言う。
『ありがとよよ、相棒。最後に出番作ってくれて嬉しいぜ』
*
ぐるぐると荒縄で気絶したフーケを縛り上げ、ようやく解放されたルイズは不思議そうに言う。
「い、一体何だったの……?」
精神力を回復する仙術が封じられていると思ったのに、何故かフーケはそうならずただ髪の色が変化しただけだった。
静嵐はフーケが取り落とした符方録を拾い、ルイズに手渡す。
「彼女が食べたのは体力回復の符なんかじゃなかったんだよ。あれは『髪染の符』さ」
「髪染……? なんでそんなものが? これは強力無比な魔法――センジュツを封じているんでしょ?」
髪の毛の色が変わった理由はわかった。だが、何故そんなものがあったのかという疑問が出てくる。
尽きかけたオスマンの精神力を一瞬に癒したという符、そんなものに比べれば髪染の符など冗談のようなものである。
ルイズの問いに、静嵐は明後日の方向を向いて誤魔化すように言う。
「まぁ……、強力無比ではあるかな?」
何故か嫌な予感がして、ルイズは符方録の一ページをめくる。
荒々しい字で書かれた、自分には読めない文字がそこにある。
それを静嵐に見せて問う。
「……これは何の札なの?」
「それは『育毛の符』だね」
「いく、もう?」
育毛とはあの育毛か? そりゃあ、髪染があるのだから育毛があっても不思議ではないが。
「簡単に言うと毛生えの術。たとえ頭の皮膚が無くなっても毛が生えてくるくらい強力だよ」
何だそれは。そんなものを欲しがるのはコルベールくらいなものだろう。
「こ、これは?」
ルイズは別のページをめくる。さきほどとは違う文字が書かれている。
「『焚きつけ用、火炎符』。どんなに湿った薪でも火がつくようになる。生木ででも水の中ででも火がつくよ。ただし植物限定」
水の中ででも使えるとはたしかに強力だ。だが、たかが薪に火をつけるために符を使う者などいるのか?
ルイズは次のページをめくる。
「これは!」
「『安産の符』。効果は言わずもがな」
「これ、これ、これこれこれ!あとこれも!」
どんどんページをめくってみせる。静嵐は無駄に高いその動体視力を発揮し、それら一枚一枚を解説する。
「『滋養強壮の符』、『山賊避けの符』、『火災防止の符』『野兎捕獲の符』『宿酔い覚ましの符』。最後が『商売繁盛の符』さ」
どれもこれも、どうせ書いてあるとおりの効果しかないのだろう。ならばこれは、この符方録には、
「くだらないものしか無いじゃない!」
道理であっさりと、オスマンを助けた男はこれを譲り渡したわけだ。
未だに気絶し、縛られたフーケに目をやる。彼女の髪は未だ虹色のまだら模様のままだ。
殺されそうになったというのに、こんなものを盗んでこんな目に逢ってしまったフーケにわずかに同情の念が沸いてくる。
「どれも効果自体はもの凄く高いんだけどね。そういう冗談が好きな人だったんだよ、龍華仙人って」
そう言ってのん気に笑う静嵐。彼もまた、符方録と同じ欠陥宝貝である。
思い出すのは、静嵐を召喚した日のこと。静嵐が己の正体を明かした夜。
あの日のルイズもまた、宝貝を手にしたことに喜び、そして思わぬ結果に裏切られたのだ。
こうして欠陥宝貝に振り回され、散々な目に合ってしまったフーケとあの日の自分。両者に果たしてどれほどの差がある?
再びがっくりとうな垂れ、ボロボロになってルイズは言う。
「わ、笑えないわ……」
*
「ただいま……」
「お帰り、ルイズ」
部屋に帰ってきたルイズに、部屋で留守番をしていた静嵐は出迎える。
フーケを国に引き渡し、学院に戻ってきた静嵐とルイズたち。
ルイズは報告のため学院長室に行っていたのだ。
「それで、ご褒美は何か貰えそうなのかい?」
散々にトリステインの国中を引っ掻き回してくれた大怪盗、土くれのフーケ。
その正体を暴き、見事捕獲せしめたルイズたちはちょっとした英雄になっていた。
オスマンの話では国から何らかの褒美が与えられることは間違いないらしい。
「とりあえずあんたにはこれよ、フホウロク。使い方がわかる人が持っていたほうがいいだろう、って。
変よね。大事なお友達からもらったものだっていうのに、あんたに渡すならって学院長はあっさり譲ってくれたの」
そう言ってルイズは符方録を静嵐に手渡す。渡された静嵐は少し困る。
普通の武器や道具などならともかく、宝貝が宝貝を使うということはあまりない。
道具としての相性があるせいで、妙な誤作動を引き起こしたり、本来の機能を使えない場合があるからだ。
しかし符方録のような類のものならばそれもないだろう。中身はルイズのために使えばいい。
「まあ、くれるっていうなら大事にするよ。それで、ルイズには何かないの?」
静嵐自身はあまり褒美などには興味がない。道具だからだ。だが、自分の活動の評価は気になる。
自分の評価はすなわち使用者であるルイズの評価である。
自分の協力でルイズが何か大きなものを得たならば、それはそれで静嵐としては喜ばしいことだ。
静嵐の言葉に、何故か浮かない顔でルイズは言う。
「……私にはシュヴァリエ、騎士の称号が与えられるそうよ」
騎士、というのはよくわからないが。おそらくは軍で言う『士官』のようなものであろう。
実際に従軍するわけではなく、名誉職としてその称号が与えられたのだと思われる。
泥棒退治の褒美としては破格ともいえるのではないか?
「騎士かあ。そいつは、すごいじゃないか!」
「すごい、のかしら?」
ルイズの表情は明るくない。褒美が嬉しくないのだろうか?
「ん? 嬉しくないのかい?」
「だって、私は何もしていないもの」
そう言ってルイズは拗ねたような顔をする。
何を馬鹿な、と静嵐は思う。堂々とフーケのゴーレムとかいう術と立ち会ったのに。
「僕を使ってフーケのゴーレムってやつと戦ったじゃないか」
「その私の体を操ったのはあんたでしょ、静嵐。やっぱり私は何もしていないわ……」
そうか。それが気になっていたのか、とようやく静嵐は納得する。
たしかにゴーレムに対する作戦を立てたのは静嵐であるし、実際に体を操ったのも静嵐だ。
彼女が何もしていないと言えばしていない。
だがそれは、静嵐にとっては間違っている。
静嵐は微笑んで言う。
「……ねえ、ルイズ。前に話したよね、僕たち宝貝が持っている『道具の業』について」
ルイズは思い出すように首をかしげる。このことを話したのは、たしか初めて出合った日のことだ。
「ええ……。道具であるあんたたちパオペイは、人間に使われたがっているってやつでしょ?」
「嬉しかったよ。ゴーレムと戦う時に、ルイズが僕の言うことを信じるって言ってくれたこと」
思い出すのはゴーレムと対峙したあの瞬間の会話。
『でも危険だよ。少しでも失敗すればあの鉄の拳を叩きつけられて体はバラバラになる』
『…………いいわ。私は貴族よ、敵に背を向けて逃げるくらいなら死んだほうがマシよ。それに』
『?』
『使い魔のあんたがやれるって言うなら信じるわ』
「僕もね、宝貝なんだ。道具として主人に信頼され、そして振るってもらう。それこそ宝貝冥利につきるってものじゃないか。
たしかにちょっと手は貸したけど、僕はあくまでもルイズの道具――いや、使い魔かな?
だから、何もしていないなんて言わないでおくれよ。僕の力はルイズの力なんだ。
ルイズはその無い胸を張って褒美を受け取ればいいんだよ」
静嵐の言葉に、ルイズは驚いたような顔して、そしてすぐに微笑む。
見るものが見れば、思わず心を惹かれるような笑みだった。
「そう……そうね。そうするわ、あんたは私の使い魔、使い魔のお手柄は私のお手柄。そうよね?」
「そうそう、その通りだよ!」
そういうふうに強気でいるほうが彼女らしい。静嵐もまた、このご主人のことを気に入っているのだ。
なんだかいい雰囲気になる二人。だが、ルイズは思い出したように口を開く。
「ところで、ねえ静嵐?」
「何かな、ルイズ」
ルイズは笑ったまま言う。
「あんた今『無い胸』とか言ったわね」
静嵐はその言葉の意味に気づかない。
「言ったけど、それが何か?」
「……たしかにあんたは今回役に立ったし、さっきの言葉も忠誠心の現れよね。正直感動したわ。
そんな健気な使い魔にはご主人様として、義務を果たしてやらなくちゃいけないわよね?」
この上何かご褒美をくれるのか、と静嵐は期待する。
ルイズはごそごそとチェストを漁り、何かを取り出す。
「いやあ、そんな、お気遣いな、く……?」
静嵐の顔がにやけた笑いで固まる。
ルイズが取り出したのは乗馬用の鞭であった。
「使い魔を躾けるのもご主人様の義務。物事を正確に表現できないような使い魔はお仕置きしないとね」
ルイズは鞭を振り上げ、叫ぶ。
「この……欠陥宝貝!」
そう怒鳴るルイズの顔は、己の使い魔に似た、少しだけ緩んだ笑みであった。
第一章 『零を騒がす落し物』 完
#center(){
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時間はほんの一瞬遡る。
ゴーレムに向かって駆け出したルイズは、彼女の体を操る静嵐に話しかける。
宝貝と使用者の間の、音を通じない光の速さに匹敵する意思伝達。
それは瞬間にも満たない、静嵐とルイズの会話だった。
『セイラン! 何か無いの? あのゴーレムに勝つ方法が!』
『もし僕の考えが正しければ……あるといえばあるよ。あのゴーレムに勝つ方法』
『ホントに? なら早くそれを教えて!』
『でも危険だよ。少しでも失敗すればあの鉄の拳を叩きつけられて体はバラバラになる』
『…………いいわ。私は貴族よ、敵に背を向けて逃げるくらいなら死んだほうがマシよ。それに』
『?』
『使い魔のあんたがやれるって言うなら信じるわ』
『……ありがとう。では、行こうか!』
『ええ!』
静嵐はルイズに作戦を伝えた。ルイズは驚く。それはとても単純で、とても難しい作戦だ。
失敗は即座に死につながる。拳の下で挽き肉にされる自分の姿が一瞬浮かんだ。
ほんのわずかだが、ルイズの心に迷いが生まれる。自分たちは勝てるか?という迷いだ。
だが、それと同時に、自分たちならば勝てる!という思いもまた沸き上がる。
ならば、剣を持った自分のやることは一つだけだ。
敵を斬る。ただそれだけ。
落下攻撃を行い、距離をとるルイズ。
そんな彼女らに上空からキュルケが大声で呼びかける。
「ルイズ! あなたたちだけじゃ無理よ!」
「大丈夫だよキュルケ。勝算はあるんだ。僕たちに任せておいて、君たちは力を温存しておいてくれ」
「え……?」
ルイズの口から出たのは、彼女の使い魔のように穏やかな口調だった。
いつもとあまりに違う話し方に、キュルケは面食らったような顔をする。
体を操るというが、まさか喋ることもできるとは!
ルイズは驚きとともに赤面し、手に持つ剣に怒鳴る。
「ちょっと、セイラン! 勝手に人の口を使って喋らないでよ」
「ごめんごめん。だって僕はデルフと違って、刀の状態じゃ声を出すことはできないんだ」
「だから口を使うなって言ってるでしょうがー!」
「いや、だってさぁ……」
小言を言うルイズ、弁解するルイズ。どれも口調こそ違えどルイズの声に他ならない。
傍から見ると独り言を言ってるようにしか見えないはずだ。
それはなんとも間抜けなことだろう。使い魔ののん気さが自分にも伝染したのかと思い、ルイズは頭痛を覚える。
ルイズの頭痛を知ってか知らずか、キュルケは呆れたように言う。
「……けっこう余裕ありそうね。貴方たち」
よりにもよってあのツェルプストーの女に心配されたことに戸惑い、
それと同時に間抜けな姿を見られたことに対する恥ずかしさでルイズは混乱する。
「もう! いいからさっさとやるわよ、いいわね!静嵐」
「了解――あ、いけね。また口に出しちゃった」
*
それらを見ていた『土くれのフーケ』は、驚きとも呆れともつかないような声を漏らす。
「どうコメントすりゃいいのかわからないわねえ……」
剣に向かって怒鳴った少女は、そのまま自分のゴーレムに向かって再度駆け出す。
無駄なことを、と思う。
少女の持つ剣。いかなる魔法を使ったか、あの青年が変化したものだとはわかったが、
どんな名剣であっても、剣一本で自分のゴーレムに向かっていくことなど自殺行為でしかない。
なるほど、たしかにあの動きは速い。ゴーレムの攻撃が当たる確率は万に一つというところだろう。
だが、それでいい。このまま彼女たちが攻撃を続けても、自分のゴーレムが破壊されるということはないのだ。
この戦いは千日手ではない。拮抗もしていない。
自分には万に一つの勝算があるが、彼女らにはその万に一つすらありはしないのだ。
優勢か劣勢かで言うならばフーケは劣勢であろう。
だが、優勢であるということが勝利しうるということはではない。劣勢であるということが敗北に至るということではない。
たしかにそれらはよく似ている。しかし『よく似ている』というのは『違う』ということなのだ。
その、薄氷のごとき小さな違いこそが戦いを左右することは、長い戦いの経験の中でフーケは学んできてある。
少女は縦横無尽にゴーレムの周囲を駆け回り、斬撃を繰り返す。
刃は硬いゴーレムの体を斬る事ができている。並の剣ならば一撃で剣のほうが折れているだろう。
試しに一度、体の一部を鉄に変化させてみたが、それすら少女は勢いを込めた一撃で切り裂いてみせた。
いかなる製法で作られたのかわからないが、あの剣を造った人間は天才だ。
そう、自らも優秀な土の系統のメイジであるフーケは分析する。
だが、それも自分のゴーレム相手には無駄なことだ。
いかに懸命に立ち回ろうと、それはゴーレムに何の痛痒も与えない。それほどの、純然たる質量差がある。
少女の一撃がゴーレムの右足を薄く削ぐ。そしてそのまま大きく後ろに跳んで距離を開ける。
少女の居た位置をゴーレムは蹴り上げる。空振り。
だが、今の一撃は危うかったはず。もし当たってれば勝負は決まっていた。
そう、これでいい。『偶然の一撃』が出ればそれでいい。
一撃で相手を倒しきる自分のゴーレムに比べて、少女らはあまりにも非力だった。
「よく頑張ったほうだけど……潮時ね」
このまま、あの娘たちを潰す。良くて大怪我、運が悪ければ死ぬだろう。
胸が痛まないわけではない。年端もいかない、『あの娘』と同じ年頃の娘を無惨にも踏み潰すのだ。
それに何の感慨も浮かばないほど、フーケは腐った人間ではない。
ただ、『貴族』というシステムも、それに胡坐をかく馬鹿で愚鈍な魔法学院の生徒も許せない。
この世界にある、歪んだ機構に復讐するため、自分は貴族相手の怪盗になったのだ。
そのためには……犠牲も厭わない。
わずかに少女が体勢を崩す。ゴーレムが彼女を踏み潰そうと左足を上げる。
少女は未だ体勢を立て直していない。
「さようなら……可哀想だけど、恨むのなら実力を弁えず格好をつけたことをした自分を恨みなさい」
フーケがそう呟き、潰されようとする彼女からわずかに目を背けようとした瞬間、
「馬鹿な!」
ゴーレムは音を立てて崩れた。
*
上空から、ルイズの戦いを見守っていたキュルケはぽかんと口をあける。
「崩れ、た?」
ルイズが体勢を崩し、そのままゴーレムが彼女を踏み潰さんと足を上げた時。
いきなり何が起きたか、ゴーレムは崩壊したのだ。
冷静に、事の成り行きを見ていたタバサが口を開く。
「……二人は全体を闇雲に攻めるふりをして、右足を少しづつ削っていた」
右足。ゴーレムは左足でルイズを踏み潰そうとした。つまり、その時右足は軸足となっていた。
「片足が脆くなっていったゴーレムは、急激な重心の移動に耐えられなくて転んでしまう」
右足が軸足になった瞬間。ゴーレムの全体重は右足の一点に集中する。
巨大さを武器にしているが故に、ゴーレムの超重量はそのまま自身が支えきれない錘と化す。
「最初に頭を狙ったのはそれに気づかせないため。ああして見せることで右足への攻撃をを目立たなくさせた」
大きく、派手に。これ見よがしに頭部への高空落下攻撃。
生物ではないゴーレムは頭部が弱点だということはない。
むしろ必要性というならば四肢よりも重要度は劣る。冷静に考えるならば攻撃する意味は無い。
「そしてわざと、体勢を崩して見せる。腕で攻撃されても駄目。右足で攻撃されても駄目」
たしかにあれは不自然といえば不自然だ。それまでの流れるような動きを無視しての急激な静止。
だが、一撃で自分を殺しうる敵の前で足を止めるという思い切りの良さは異常であると言える。
「左足で狙われる位置だけを狙っての演技。それ以外の位置では即死」
ゴーレムの動きを確実に読まねばそれは適わない。間合いを完全に見切っての行動。
「最後に転んだ衝撃で、囮として少しづつ削っていた部分が崩れた。それだけ」
囮の攻撃。右足を狙っていたことを気づかせない為の、全身への無数の斬撃。
それはそのまま、ゴーレム全体の強度を弱めるように繊細な注意を払ってつけられた傷であったとしたら?
「……そんなことが可能だっていうの?」
どう考えても、並の人間にできる芸当ではない。無論、ただの少女であるルイズでも。
全てが神業と呼べるの行動。常識では考え付かないような、細い糸のような綱を渡るような手段で、
わずかな勝機を手繰り寄せる。それを神技と言わずなんと言う?
「そういうことができるのが、彼――パオペイの力」
*
崩れ落ちたゴーレムの傍らに、ルイズはへたり込む。
ボン、と再び爆煙が起き、煙の中から静嵐が姿を現す。
「なんとか倒せたね。いやぁ、正直冷や冷やしたよ」
ルイズは体勢を崩したふりのままうずくまり、もはや立ち上がる気力も無い。
あれほどの緊張の連続は、今までの人生で一度も無かったのだ。無理もないだろう。
疲れた表情でルイズは言う。
「……もう二度とやりたくないわ」
「同感だね」
シルフィードが地上に降り立ち、キュルケとタバサが二人に駆け寄る。
と、林の中を探索していたロングビルが、騒ぎを聞きつけたのかおっとり刀で現れる。
ロングビルは心配そうな顔でルイズを覗き込む。
「ミス・ヴァリエール! 怪我は無い?」
「ミス・ロングビル! 無事だったんですか?」
ルイズは、彼女がフーケにやられてしまったのかと思っていたのだ。
ロングビルは申し訳無さそうに言う。
「ええ、なんとかね。林の中で気絶させられていたの。あなた達も無事でよかったわ。――フホウロクは?」
「ここです」
ルイズは懐から『魔封の札』、つまり符方録を取り出して渡す。
「……そう。ありがとう、ミス・ヴァリエール」
何故か強引に、ひったくるようにして符方録を手に取るロングビル。
そしてルイズはふと気づく。
そう言えば、何故ロングビルはこの『魔封の札』がフホウロクという名前だということを知っていたのだ?
ロングビルはそのままルイズを抱きしめる。
「ミス・ロングビル?」
何か、彼女からよからぬ気配を感じるが、ロングビルはぎゅっとルイズを抱きしめる。
「本当にありがとう。わざわざ人質になってくれて」
そして懐から短刀を取り出し、ルイズの喉元に突きつける。
「!」
「な、なにをするんですか!」
静嵐が驚き、ルイズを守ろうとするが、ロングビルはそれを手で制する。
「『動くな』というやつよ。そこのお嬢さんたちは杖を捨てなさい。
――やられたわね。まさか剣一本で私のゴーレムが倒されるとは思わなかった」
私のゴーレム、という言葉に、杖を捨てたキュルケは苦々しく口を開く。
「そう、そういうことね。貴女が『土くれのフーケ』だったのね、ミス・ロングビル」
「ご名答。秘書の振りをして学院内の情報を集めていたの。あのスケベジジィのおかげで、潜り込むのは簡単だった」
そう言ってロングビル――いや、フーケは笑う。乾いた笑いがルイズの耳元に響く。
こんな状況だというのに、静嵐はやたらのん気に言う。
「道理で僕たちの気配しかないわけだ。最初から敵が紛れ込んでたんなら気配も増えようが無いはずだよ。
――ん? ということは僕は何も悪くないじゃないか!」
「どっちにしろ気づかないなら同じ事でしょうが!」
自分が気配を探るのに失敗したのではない、と言いたいのだろうが。
今こうして、敵に捕まってしまいる以上、どうでもいいことである。
「なんで、こんなことを」
タバサが問う。フーケの行動の意味がわからないのだ。
符方録が狙いであるならば、こんなことをせずにさっさと逃げればよいものを。
タバサの問いに、フーケは少しバツの悪そうな顔をする。
「……これの効果がわからなかったのよ。
このフホウロクが教えてくれるのは、これがマジックアイテムを封印するためのものであるということだけ。
おまけに中身の札に書かれている文字は、どこのものだかさっぱりわからないと来た。
追っ手を何度か踏み潰していけば、そのうちこれを使えるやつが来ると思ったんだけどね」
呆れたものだ。盗んだものの使い道がわからないとは。
だが、とフーケはニヤリと笑う。
「でも、オスマンが出かげに喋ってくれたおかげでわかったよ。こうすればいいんでしょ?」
そう言ってフーケは片手で符方録の一片を引きちぎる。
それをひらひらと、わざとらしく振るってみせる。
それを見た静嵐は、何かに気づいたように口を開く。
「あのー、それはですねえ」
「あんたは黙ってなさい。変な剣になる力があるみたいだけど、あとでじっくり料理してあげる」
どうせ愚にもつかないことを言うのだろう、とフーケは静嵐の言葉を遮る。
この短時間の間であっさり静嵐はそのわかりやすい性格を把握されていた。
フーケは札を丸め、飲み込む。
どうやらフーケはゴーレムを呼び出したことでその精神力を消耗していたようだ。
そうだろう。あれほどの巨大なゴーレムを操るのは、トライアングルクラスのメイジであったとしてもかなりの消費が大きいはず。
「オスマンの話が正しければこれで精神力が回復するはず。あとはもう一度ゴーレムを呼び出してペシャン、さ」
ぐ、とルイズは歯噛みする。このままではキュルケたちがやられるのを黙ってみているしかない。
逃げ出そうにも、フーケの拘束は固く。抜け出ることは容易ではない。
緊張する一同。だが、静嵐は一人だけ違った。
静嵐は困ったように頭をかき、言った。
「あー……食べちゃった、か」
それは、敵に回復の手段を与えてしまったというよりは、むしろ気の毒な敵自身を案じるようでもあった。
ルイズはその意味を理解できない。だが、異変が起こる。
ルイズの目の前にはフーケの髪が一房垂れている。よく手入れされた、美しいその髪が一瞬ぞわりと震える。
思わずルイズは声を挙げる。
「な、何よこれ!?」
「ん、何を言ってるの? お嬢、ちゃ……んんんん!?」
ルイズの声に、下を向いたフーケは自分の髪を目にする。
驚いたことに、自分の髪の毛が七色に光っている。ぞわぞわと光が乱反射するように様々な色に変わる。
キュルケもタバサも、驚いている。フーケ本人の驚きは相当なものだ。思わず手に持っていた短刀を取り落としてしまう。
その隙を見逃す静嵐ではなかった。静嵐はすっと左腕を上げる。
上空を舞っていたシルフィードが、デルフリンガーを落す。
静嵐はデルフリンガーを掴み、神速の動きでフーケの鳩尾にデルフリンガーの柄を叩き込む。
フーケは声もなく気絶し、そのまま倒れこんだ。
デルフリンガーは気楽に言う。
『ありがとよよ、相棒。最後に出番作ってくれて嬉しいぜ』
*
ぐるぐると荒縄で気絶したフーケを縛り上げ、ようやく解放されたルイズは不思議そうに言う。
「い、一体何だったの……?」
精神力を回復する仙術が封じられていると思ったのに、何故かフーケはそうならずただ髪の色が変化しただけだった。
静嵐はフーケが取り落とした符方録を拾い、ルイズに手渡す。
「彼女が食べたのは体力回復の符なんかじゃなかったんだよ。あれは『髪染の符』さ」
「髪染……? なんでそんなものが? これは強力無比な魔法――センジュツを封じているんでしょ?」
髪の毛の色が変わった理由はわかった。だが、何故そんなものがあったのかという疑問が出てくる。
尽きかけたオスマンの精神力を一瞬に癒したという符、そんなものに比べれば髪染の符など冗談のようなものである。
ルイズの問いに、静嵐は明後日の方向を向いて誤魔化すように言う。
「まぁ……、強力無比ではあるかな?」
何故か嫌な予感がして、ルイズは符方録の一ページをめくる。
荒々しい字で書かれた、自分には読めない文字がそこにある。
それを静嵐に見せて問う。
「……これは何の札なの?」
「それは『育毛の符』だね」
「いく、もう?」
育毛とはあの育毛か? そりゃあ、髪染があるのだから育毛があっても不思議ではないが。
「簡単に言うと毛生えの術。たとえ頭の皮膚が無くなっても毛が生えてくるくらい強力だよ」
何だそれは。そんなものを欲しがるのはコルベールくらいなものだろう。
「こ、これは?」
ルイズは別のページをめくる。さきほどとは違う文字が書かれている。
「『焚きつけ用、火炎符』。どんなに湿った薪でも火がつくようになる。生木ででも水の中ででも火がつくよ。ただし植物限定」
水の中ででも使えるとはたしかに強力だ。だが、たかが薪に火をつけるために符を使う者などいるのか?
ルイズは次のページをめくる。
「これは!」
「『安産の符』。効果は言わずもがな」
「これ、これ、これこれこれ!あとこれも!」
どんどんページをめくってみせる。静嵐は無駄に高いその動体視力を発揮し、それら一枚一枚を解説する。
「『滋養強壮の符』、『山賊避けの符』、『火災防止の符』『野兎捕獲の符』『宿酔い覚ましの符』。最後が『商売繁盛の符』さ」
どれもこれも、どうせ書いてあるとおりの効果しかないのだろう。ならばこれは、この符方録には、
「くだらないものしか無いじゃない!」
道理であっさりと、オスマンを助けた男はこれを譲り渡したわけだ。
未だに気絶し、縛られたフーケに目をやる。彼女の髪は未だ虹色のまだら模様のままだ。
殺されそうになったというのに、こんなものを盗んでこんな目に逢ってしまったフーケにわずかに同情の念が沸いてくる。
「どれも効果自体はもの凄く高いんだけどね。そういう冗談が好きな人だったんだよ、龍華仙人って」
そう言ってのん気に笑う静嵐。彼もまた、符方録と同じ欠陥宝貝である。
思い出すのは、静嵐を召喚した日のこと。静嵐が己の正体を明かした夜。
あの日のルイズもまた、宝貝を手にしたことに喜び、そして思わぬ結果に裏切られたのだ。
こうして欠陥宝貝に振り回され、散々な目に合ってしまったフーケとあの日の自分。両者に果たしてどれほどの差がある?
再びがっくりとうな垂れ、ボロボロになってルイズは言う。
「わ、笑えないわ……」
*
「ただいま……」
「お帰り、ルイズ」
部屋に帰ってきたルイズに、部屋で留守番をしていた静嵐は出迎える。
フーケを国に引き渡し、学院に戻ってきた静嵐とルイズたち。
ルイズは報告のため学院長室に行っていたのだ。
「それで、ご褒美は何か貰えそうなのかい?」
散々にトリステインの国中を引っ掻き回してくれた大怪盗、土くれのフーケ。
その正体を暴き、見事捕獲せしめたルイズたちはちょっとした英雄になっていた。
オスマンの話では国から何らかの褒美が与えられることは間違いないらしい。
「とりあえずあんたにはこれよ、フホウロク。使い方がわかる人が持っていたほうがいいだろう、って。
変よね。大事なお友達からもらったものだっていうのに、あんたに渡すならって学院長はあっさり譲ってくれたの」
そう言ってルイズは符方録を静嵐に手渡す。渡された静嵐は少し困る。
普通の武器や道具などならともかく、宝貝が宝貝を使うということはあまりない。
道具としての相性があるせいで、妙な誤作動を引き起こしたり、本来の機能を使えない場合があるからだ。
しかし符方録のような類のものならばそれもないだろう。中身はルイズのために使えばいい。
「まあ、くれるっていうなら大事にするよ。それで、ルイズには何かないの?」
静嵐自身はあまり褒美などには興味がない。道具だからだ。だが、自分の活動の評価は気になる。
自分の評価はすなわち使用者であるルイズの評価である。
自分の協力でルイズが何か大きなものを得たならば、それはそれで静嵐としては喜ばしいことだ。
静嵐の言葉に、何故か浮かない顔でルイズは言う。
「……私にはシュヴァリエ、騎士の称号が与えられるそうよ」
騎士、というのはよくわからないが。おそらくは軍で言う『士官』のようなものであろう。
実際に従軍するわけではなく、名誉職としてその称号が与えられたのだと思われる。
泥棒退治の褒美としては破格ともいえるのではないか?
「騎士かあ。そいつは、すごいじゃないか!」
「すごい、のかしら?」
ルイズの表情は明るくない。褒美が嬉しくないのだろうか?
「ん? 嬉しくないのかい?」
「だって、私は何もしていないもの」
そう言ってルイズは拗ねたような顔をする。
何を馬鹿な、と静嵐は思う。堂々とフーケのゴーレムとかいう術と立ち会ったのに。
「僕を使ってフーケのゴーレムってやつと戦ったじゃないか」
「その私の体を操ったのはあんたでしょ、静嵐。やっぱり私は何もしていないわ……」
そうか。それが気になっていたのか、とようやく静嵐は納得する。
たしかにゴーレムに対する作戦を立てたのは静嵐であるし、実際に体を操ったのも静嵐だ。
彼女が何もしていないと言えばしていない。
だがそれは、静嵐にとっては間違っている。
静嵐は微笑んで言う。
「……ねえ、ルイズ。前に話したよね、僕たち宝貝が持っている『道具の業』について」
ルイズは思い出すように首をかしげる。このことを話したのは、たしか初めて出合った日のことだ。
「ええ……。道具であるあんたたちパオペイは、人間に使われたがっているってやつでしょ?」
「嬉しかったよ。ゴーレムと戦う時に、ルイズが僕の言うことを信じるって言ってくれたこと」
思い出すのはゴーレムと対峙したあの瞬間の会話。
『でも危険だよ。少しでも失敗すればあの鉄の拳を叩きつけられて体はバラバラになる』
『…………いいわ。私は貴族よ、敵に背を向けて逃げるくらいなら死んだほうがマシよ。それに』
『?』
『使い魔のあんたがやれるって言うなら信じるわ』
「僕もね、宝貝なんだ。道具として主人に信頼され、そして振るってもらう。それこそ宝貝冥利につきるってものじゃないか。
たしかにちょっと手は貸したけど、僕はあくまでもルイズの道具――いや、使い魔かな?
だから、何もしていないなんて言わないでおくれよ。僕の力はルイズの力なんだ。
ルイズはその無い胸を張って褒美を受け取ればいいんだよ」
静嵐の言葉に、ルイズは驚いたような顔して、そしてすぐに微笑む。
見るものが見れば、思わず心を惹かれるような笑みだった。
「そう……そうね。そうするわ、あんたは私の使い魔、使い魔のお手柄は私のお手柄。そうよね?」
「そうそう、その通りだよ!」
そういうふうに強気でいるほうが彼女らしい。静嵐もまた、このご主人のことを気に入っているのだ。
なんだかいい雰囲気になる二人。だが、ルイズは思い出したように口を開く。
「ところで、ねえ静嵐?」
「何かな、ルイズ」
ルイズは笑ったまま言う。
「あんた今『無い胸』とか言ったわね」
静嵐はその言葉の意味に気づかない。
「言ったけど、それが何か?」
「……たしかにあんたは今回役に立ったし、さっきの言葉も忠誠心の現れよね。正直感動したわ。
そんな健気な使い魔にはご主人様として、義務を果たしてやらなくちゃいけないわよね?」
この上何かご褒美をくれるのか、と静嵐は期待する。
ルイズはごそごそとチェストを漁り、何かを取り出す。
「いやあ、そんな、お気遣いな、く……?」
静嵐の顔がにやけた笑いで固まる。
ルイズが取り出したのは乗馬用の鞭であった。
「使い魔を躾けるのもご主人様の義務。物事を正確に表現できないような使い魔はお仕置きしないとね」
ルイズは鞭を振り上げ、叫ぶ。
「この……欠陥宝貝!」
そう怒鳴るルイズの顔は、己の使い魔に似た、少しだけ緩んだ笑みであった。
第一章 『零を騒がす落し物』 完
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