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II/
その夜、ルイズはいつものように不機嫌だった。極秘任務だったはずなのに、あの憎き
ツェルプストーの女とその友人が勝手に着いてきてしまったからだ。そして彼女らをさも
当然のように受け入れている濤羅にも腹が立つ。まして、彼女らのほうが——ありえない
ことだが——自分よりも濤羅と打ち解けているように見えるなど。
もはや、懐かしの、そして憧れだった婚約者との出会いの喜びはとうに消えうせていた。
「おやおや、どうしたんだい、僕の可愛いルイズ。怒ってる顔もチャーミングだが、君に
似合うのはやはり笑顔だ。僕のために笑っておくれ」
心をくすぐる甘い言葉は、確かに男に慣れぬルイズには刺激が強い。常ならば、顔を赤
らめ恥じ入ってることだろう。ワルドからというのも大きい。しかし、それを許さぬのが
眼前の光景だった。
キュルケと濤羅の距離がずいぶんと近い。彼女にしては珍しいことにボディータッチの
類をしていないのだが、いつされたっておかしくないはずだ。気に食わない。
タバサはキュルケの隣で黙々と料理を食べながらも、時折濤羅の手元に料理を手ずから
運んでいた。濤羅からは手を伸ばしにくい皿から取っているのだが、普通、貴族が平民に
わざわざ労力を割くものだろうか。濤羅とはまた別種の無表情が邪魔をして、その意図は
いまいち読み取れない。気に食わない。
そしてギーシュは……一人酔っている。気に食わない。
ワルドと二人きりになったようなテーブルで——その方が嬉しい筈なのに——ルイズは
人知れず小さな拳を握り締めた。
「ちょっと、タオローは私の使い魔よ!」
やおら立ち上がるルイズ。折り悪く、その肩を抱こうとしていたワルドは、空を切った
手を所在なさげに振りながら苦笑した。
「ルイズ、食事ぐらい好きにさせたらいいじゃないか。彼だって人間なんだ」
「でもおかしいわ。私の使い魔なんだから、本当だったら私の隣に座ってるべきなのに、
タオローの隣にいるのはツェルプストーじゃない。逆隣にいるのはギーシュはいいとして、
色狂いツェルプストーが私の使い魔の側にいるなんて! 大体、使い魔が主から一番遠い
席に座るなんてどうかしてるわ!」
こちらを見上げる濤羅を、力を込めて睨み付ける。細いというよりもただ単純に険しい
だけのその瞳は、ランプの炎に照らされて、刀剣さながらの鋭さを湛えている。
妖しく揺れるその光にルイズが一瞬飲まれそうになったとき、唐突に瞳の中の炎は消え
た。濤羅がまぶたを閉じたのだ。
動悸が激しい。高く胸を打つ鼓動を服の上から押さえ、ルイズは知らぬ間に止めていた
息をゆっくりと吐き出した。落ち着きを取り戻そうと瞑目する。一度息を吸い、肺の中で
遊ばせた後、膨らんだ肺を萎ませる。
そうしてルイズが再び目を見開いたときには、濤羅もまた同じように目を開けていた。
ルイズが落ち着いたからだろうか。幾分その鋭さは消えて見える。錯覚でなければ、一瞬
笑みを浮かべたのかもしれない。
目を白黒させるルイズを尻目に、言葉もなく濤羅は立ち上がった。一歩二歩とルイズに
近づくと、そこで歩みを止める。
「すまない、席を替わってもらえないか」
「わかった」
眼鏡をかけた小柄な少女——タバサとの席の交代はあっさりとしたものだった。誰もが
何も言えぬまま、二人は席だけを替えると、そのまま何事もなかったかのように食事へと
取り掛かる。
「……座らないのか?」
見上げる従者の視線には色はなく、純粋に本心から尋ねていることがわかる。
素直に言うことを聞いた使い魔を褒めればいいのか。それとも、馬鹿にされたと思って
怒ればいいのか。あるいは、使い魔が隣にいることを子供のように喜べばいいのか。
胸の内の感情を持て余して、ルイズは荒々しい音を立てながら座り直した。それだけが
彼女にできる精一杯の抵抗だった。
「やれやれ、僕のお姫様はずいぶんと欲張りさんだ。婚約者と使い魔、両方隣にいないと
気が済まないなんてね」
その言葉に、キュルケとギーシュが相好を崩す。タバサは変わらずサラダを食べている。
そして言ったワルドの瞳もまた、決して笑ってはいなかった。
III/
貴族の子女らが泊まるだけあって、その宿の造りはずいぶんとしっかりしていた。床は
きしまず、壁の塗装がはげているところも欠けているところもない。廊下に灯されていた
ランプも、油がいいのだろう。赤く綺麗に揺れていた。
その中を、濤羅はギーシュに肩を貸しながら歩いていた。泥酔しており、その足取りは
支えらながらもずいぶんと危うい。時折思い出したかのように腕を振り回しながらわけの
わからぬことを口わめいては、吐き気を覚えて口を押さえている。
実のところ、濤羅が見る限りギーシュはそれほどワインを飲んでいなかった。あれだけ
早馬で駆けた後に酒を飲めば、疲れも相まってずいぶんを回りは速いだろう。だが、真実
ギーシュをこうまで酔わせているのは、任務についているという高揚感と——それ以上の
恐怖だった。
他の皆が部屋に行こうとしても、彼は進んで部屋に行こうとはしなかった。楽しく華や
いだ食事の席で、酒を一緒に飲もうと笑っていた。呆れた視線で見られようと、彼女らが
席を離れた後ですら、彼は酒を手放そうとしなかった。
その気持ちが、凶手に身をやつしていた濤羅にはよくわかった。彼がアンリエッタ姫に
寄せる心酔は本物だろう。あるいは、麻薬を用いずとも天にも昇る気持ちだったかもしれ
ない。だが、薬はいつか切れる。恐怖に耐え切れずにその気持ちが切れようと、誰が責め
られよう。
ワルドの実力の一端を目の当たりにして任務の困難さを思い知ったギーシュが酒に逃げ
ようとしたのは、不自然でもなんでもなかった。
それでも、ギーシュは泣き言一ついわなかったのだ。不安を誰にも告げず、胸の内に
のみ留めたその勇気は、確かに彼が貴族の一員だと証明しているのだ。
「ぼかぁ、やるろぉ! 父上と兄上の、そしてグラモン家の御名を汚さぬよう、立派に
姫でもがぁっ」
まだ、そのひよっこ。それも殻のついたくちばしの黄色い雛にしか過ぎぬが。
危うく大声で密命を叫びそうになった、そして今も叫び続けるギーシュの口を押さえて、
濤羅は辿り着いた部屋の前でどう扉を開ければいいのか、一人途方にくれていた。
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