「眼つきの悪いゼロの使い魔-7話」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら
「眼つきの悪いゼロの使い魔-7話」(2008/11/29 (土) 19:34:51) の最新版変更点
追加された行は緑色になります。
削除された行は赤色になります。
#navi(眼つきの悪いゼロの使い魔)
学院棟の屋上で、オーフェンは腕組みをし、鬼火で青白く照らされた女の姿を見る。
黒絹のような長髪。切れ長の双眸が印象的な、白く端正な容姿。やはりそれらに見覚えはない。
沈黙を嫌ってか、女は優雅に一礼してみせた。そして静かにその唇を動かし、言葉を紡ぐ。
「今晩は。夜の散策ですか?」
場違いに平静な声である。対するオーフェンは、どのような反応をするべきか悩んでいた。
むろん彼女は生徒には見えない。教師にも見えない。だが、その立ち振る舞いは盗賊のようにも見えなかった。
そんな彼を、女は礼儀正しく嘲る。
「どうやら舌をどこかに忘れられたようですね。それとも緊張なさっておいでですか?」
「……今までの経験論でね。君くらいの歳で、見た目の良い、特に黒髪の女は警戒したほうがいいと学んだんだよ」
半眼で言葉を遊ばせるオーフェンにユーモアを感じたのか、女は淡い笑みを零してみせる。
「なにやら酷い経験がおありと見えます」
「長話をするつもりはないぜ?」
「あら、狭量な殿方ですこと。ではどうなさるおつもりで?」
オーフェンは答えず、腕組みをしたまま重心を移す。わずかに踵を浮かせ、全身の筋肉を弛ませた。
その緊張を弄うように、女は流麗な仕草で右腕を動かす。
「あの『白炎』を退けられた方と喧嘩をするつもりはありません。非力な女ですもの」
「女が非力とは初耳だ。それに早耳なことだな」
「私の鏡に見通せぬものはありません」
「目もいいらしい」
腕組みを解き、オーフェンは半身となって構える。向かう女は、右腕で複雑な軌跡を描いていた。
女の周囲に、石造りの小さな石像が落ちてくる。女は丸腰のはずだった。
だというのに、右腕が振られるたびに石像が現れ、女を守護する位置でその身を膨張させていく。
数は十あまり。剣や槍といった古風な武装をした、戦士の像である。背丈はオーフェンと同じほど。
「ですから代役です。私ではなく彼らメイジ殺しがお相手いたしましょう」
「……ほらな。警戒しといて正解じゃねえか」
「私もこんな荒事を起こすつもりはありませんでしたよ? 今回は偵察だけのはずだったのですから」
偵察の対象は何かと疑問にオーフェンは思ったが、それを素直に訊ねることへの間抜けさに下腹が痛む。
両者の間で言葉が途切れた。もはや激突は避けられないと悟り、互いに緊張を高めていく。
しかし、その緊張は彼ら以外の原因によって絶たれることとなった。
唐突な爆音が屋根の下、宝物庫のあたりで起こる。そしてそれに呼応するかのように、巨大なゴーレムが出現した。
ゴーレムの全長は、以前オーフェンが見たものの六倍はあるだろうか。
素早く女に視線を走らせる。女は初めて見せる動揺の表情を浮かべていた。ということは、あのゴーレムは彼女の物ではない?
ゴーレムは淡々と宝物庫の壁に拳を打ちつけ始める。それが宝物庫の中を目的としたものであれば――オーフェンは思わず舌打ちをした。
フーケの正体についての推測が当たっていたらしい。あまり嬉しくはないが。
オーフェンは思考を切り替える。女の注意はいまだに逸れている。それを好機と捉えて呪文を唱えた。
「我は弾くガラスの雹」
力場を生み、対象を転ばせる単純な魔術である。
まずは石像群の一角を崩し、女への突破口を開けるためにオーフェンはこれを唱えたのだが……
――さて、今は夜である。建物は夜露で濡れている。それはこの場、屋根の上ももちろん例外ではない。
すっころんだ一体の石像は他の石像を巻き込み、巻き込まれた石像はさらに別の石像を巻き込み、ドミノ倒しのように連なって屋根から落ちていく。
湿った屋根はとても滑りやすかった。ごろごろがこんがこんとかなり間抜けな音を立てながら、石像は全て姿を消す。
そして下からなにやら悲鳴が聞こえてきた。
きゃーまた変なのが現れた。ルイズ危ないって下がれよ。使い魔だけに任せておけないでしょ。しょうがねえな俺が今てやーってギャー剣が折れた。あらナマクラだったのかしら高かったのに。ツェルプストーあんたほんと余計なことしかしないんだから。
大惨事であった。石像たちはある程度の自立意識があるのか、最も強敵と思われるゴーレムに向かっていっているのが唯一の救いとはいえる。
気まずげに視線をあちこちに飛ばしていたオーフェンは、気を取り直すように咳払いをして、義憤に燃えた瞳で女を刺す。
「いたいけな少年少女たちによくも!」
「……少しだけあなたの性格が掴めてきました」
どこか白い視線を返しながら、女は呟いた。
才人たちのことについて、改めて書き記す必要はない。明日おこるべきことが一日早まっただけである。
ルイズがゴーレムに立ち向かい、才人がその主人を庇い、宝物庫にあった『破壊の杖』によりゴーレムを撃破する。
一人の異分子が彼らに与えた影響とは、結局その程度のものに過ぎなかった。
やる気を削がれたオーフェンが、頭を掻きながら提案する。
「なあ、帰るってんなら止めないんだが」
「私を見逃すと?」
「俺は官憲じゃない。ついでに言えば正義感もあまりない。個人的な迷惑が振りかからなければ、どうでもいい。
……いや、そうだな、交換条件として少し話を聞かせてもらえないか?」
値踏みする目をオーフェンに向けた後、彼女は小声で呪文を唱える。オーフェンの知らぬことだが、それは石像の動きを停止させる呪文だった。 そして女は魔具の力を借りて宙に飛び浮く。
「郊外の森で。長くは待てませんよ」
夜気を切り飛翔する彼女を見送りながら、オーフェンは屋根の下を見る。騒動は一段楽したようだ。
マチルダの姿もあった。どうもゴーレムに立ち向かった石像が、マチルダの手によるものだということになったらしい。よく機転のきくことだ。
才人が破壊の杖は火薬式の大砲であり、使い捨ての道具だと説明しているのを聞き流して、オーフェンは学院外へ向けて跳躍した。
夜の森はあまり気味のよいものではないなとぼやきながら、オーフェンは鬼火を先行させて歩く。
森の入り口、さほど分け入らなくとも、彼女の姿は発見できた。大樹の枝に腰をかけている。オーフェンの頭よりわずかに高い位置だ。
浮かび上がる姿に、いちいち絵になる女だなと感心しながら立ち止まり、声をかけた。
「待たせたか?」
「それなりに」
退屈そうにぶらぶらと足を揺らしながら女が答える。それから特に言は継がず、視線でオーフェンの質問を促した。
「たいしたことじゃないんだが、ちと気になってな。偵察だって言ってたよな? 対象は人か物か?」
「人です。我が主の邪魔になりそうな私の同類を。……ガンダールヴという言葉に聞き覚えは?」
女は、無言で首を振るオーフェンに吐息を一つ送り、
「そう。あなたも候補の一人だったのですけれど、まあ構いません。本命は見つかりましたから」
「ガンダールヴが何で、本命が誰かと聞いたら答えてくれるか?」
「前者についてはご自分で調べなさいな。後者についてはお断りいたします」
素っ気無く言葉を切り、今度は女がオーフェンに訊ねた。
「王都での『白炎』との一戦は拝見しました。卓越した魔法使いと見受けられます。なのに、あなたはここまでフライを使わずに歩いて来られた。……不自然なものを感じます」
表情で何者かと問う彼女からは、不審よりも純粋な好奇心のほうが目立っている。
「遠い異国の魔法使いさ」
「杖を使わぬ?」
「隠し持ってるんだよ」
韜晦するオーフェンを不満げに見つめ、すぐに肩を竦めて、彼女は枝の上で立ち上がる。話は終わりという事らしい。
特に改めて訊ねることも思いつかずオーフェンは見送ろうとし、――背後に気配を覚えて注意を向ける。
まだ遠い。一人か、多くとも二人だろう。
「早く行ったほうがいいんじゃねえか?」
「そうですか? ではお言葉に甘えて」
そのまま彼女は、なぜか大きく息を吸い込み、
「それでは同士よ、殿はお任せします」
そんな奇妙な台詞を大声で告げた。周囲、例えば未だ遠い気配の持ち主にまで聞こえる大声である。
女の姿はすでにない。先ほどまでいた枝のあたりを呆気に取られてオーフェンは見つめ、すぐに気づいた。
あの石像はマチルダの物ということになっていた。では、巨大なゴーレムは誰の物ということになっているのだ?
自分たちが学院外へ出て行くところを誰かに見られていたとすれば……
(あんの女!? クソッ、つくづくあの歳の女はろくなことしやがらねえ……ッ!)
心中の悲鳴を聞くものは誰もおらず、オーフェンは背後の気配に振り返った。いたのは一人。
夜闇に溶けるように、禿頭の男が静かに立っていた。
鬼火の光量を上げる。鬼火の寿命が縮むが、今は視界を確保するとこが先決だ。
照らし出された男、コルベールは静謐な瞳でオーフェンを見ている。気負いはまるで感じられない。
コルベールは意識の七割をオーフェンに、残る三割を周辺の捜索に当てている。瞬時の後、視線を合わせて訊ねてきた。
「お一人ですか?」
「ああ、今はな」
そうですかと返し、コルベールは杖の先をオーフェンに向ける。これから自分が何をするべきかを全て承知している、そんな顔をしていた。
「あー、ちょっと言い訳させてもらえると助かるんだが」
「後ほどにしましょう。私は人を見る目に自信がありませんので、一人であなたのお話に耳を傾ける訳にはまいりません」
それは捕らえて連れ帰るとの意思表示だった。冷や汗がオーフェンの背を伝う。今の彼の立場は全て、素性も何もかもが作られた紛い物である。 百万言費やしたところで理解など得られるはずがない。しかし、目前の男と戦うというのも、オーフェンにとっては気の進まぬことであった。
よく知っているわけではないが、随分とまともで真面目な教師であるらしい。まさかナイフを突き立てて逃亡するわけにもいかないだろう。
そして、なによりも、
――我が生涯二度目の感謝をここに捧げよう。
炎蛇コルベールに続き、俺の前に俺で敵わぬ二人目の男を――
この男が、もしも『そう』だとするのならば。
判断に迷うオーフェンに頓着せず、コルベールは構える。片腕ほどの長さの細い杖だ。
それを右手で軽く握り、杖の先をオーフェンの咽喉下に向ける。重心は高い。スタンスを広くとり、両足の踵を浮かせている。
それはまるで、剣士が刺突剣を構えるかのようだった。……その連想が、オーフェンを救う。
コルベールが地を蹴る。五足は必要と見えた間合いを三足で詰める。小細工の隙は与えぬと、杖が蛇の如くオーフェンの咽喉仏を襲った。
オーフェンに思考に割く時間はない。だが、黒魔術士の戦闘訓練とは、思考せずとも反射で論理的な行動を行うためのものである。
積み上げられた鍛錬と、幾多の経験が自動的に体を動かす。
左足を摺り足で左に動かす。重心を左足に移す。右手側等で杖を払い、オーフェンは体を九十度右側に向ける。
刺突をいなされたコルベールの動きが流れる。結果、オーフェンはコルベールの右側に位置取り、構えることとなった。
自然と体は連動していく。オーフェンは右足を踏み込む。鉄骨で補強されたブーツが踏み込んだ先は、コルベールの右ふくらはぎだ。
コルベールは強制的に片膝をつかされる。そのままオーフェンは杖を取り上げるべく、彼を引き倒そうとして、
突然生まれた白熱がオーフェンの意識を奪った。一秒に届かぬ空白。再び視界に色が戻ったとき、オーフェンは宙にいた。
状況が掴めないままも、オーフェンは受身を取って立ち上がる。自身の傷を確認するよりも、コルベールの姿を探すことを優先する。
ほどなく見つかる。コルベールも同じく受身を取って立ち上がるところだった。二人の間合いは元のものに戻っている。
(至近距離で火球を爆発させて、てめえごと吹き飛ばしたのかッ)
オーフェンは左腕が、コルベールは右腕が力なく垂れている。そして、オーフェンはこの世界の魔法の特性を思い出していた。
「……ここへ来る前に、すでに呪文は唱え済みだったわけか。そういや、魔術の発動は声と同時に、なんて常識はこっちじゃ通用しないんだったな」
痛む左腕を無視して、オーフェンは双眸を細める。脳裏に警鐘が鳴り響いていた。片腕を犠牲にして命を留めるといった戦闘方法。
まるでそれは暗殺者、スタッバーのようではないか。それに、これはただのオーフェンの直感だが、
――この男は、恐らく、人を殺し慣れている。
鬼火の青白い光の下。コルベールの顔からごっそりと感情が抜け落ちていく。
片腕は焼け爛れ、片足は今も力の入らぬままだというのに、その能面のような表情は、寧ろより圧力を増していた。
「あなたに、謝罪を」
「…………」
「あなたが相手では、とても加減ができません」
一度だけ、オーフェンのこめかみから流れた汗が顎を伝い、雫となって落ちる。そして彼らは全ての雑念を排し、互いのことのみに集中した。
オーフェンはいつもの半身の構え。コルベールは先ほどとは異なる構えを見せている。杖を左手に握り、腰の辺りに置く。右足を前に、左足を後ろに。重心を後方に移したべた足の構えだ。
二人は微動だにせぬまま、ただ時間だけが過ぎていく。先手を取るべく正面の男へ注視する。極限の集中は彼らの体力を消耗していく。
だがそれを焦るような未熟は互いにない。
そうして二人の卓越した戦闘技能者は、双月が雲に蔭った瞬間を好機と捉え、全く同時に――
「双方それまで!!」
遠雷の如き一喝が、二人の動きを凍らせた。
彼らは構えを解かぬまま、声のした方向を探る。その場にいたのは、
(……鼠?)
オーフェンは思わず顔をしかめる。見間違えようもない、尾の長い小さな鼠が後ろ足で立ち上がり、こちらを見つめていた。
まさか鼠が声を張り上げているのかと疑ったが、声は鼠の首にかけられたコインから聞こえてくる。
「なかなか眼福物の勝負であったが、さすがに殺し合いはまずかろう。双方退くが良い。この勝負はわしの預かりとする」
「しかし学院長」
コルベールの言葉で、オーフェンは鼠を遣わした者の正体を悟る。魔法学院長オールド・オスマンか。数歩後退して、オーフェンは鼠を睨む。
「爺さん、いつから見てた」
「お前さんが別嬪さんと密会している頃からかの」
「完璧最初からじゃねえか……」
呻くオーフェンにオスマンは笑いを返す。
コルベールは、先ほどまでの様子が何かの幻だったかのように、いつもの頼りなげな表情でオーフェンと鼠を見比べていた。
「学院長、説明してくださいますか?」
「後での。こんな所で話し込むこともなかろう? ただでさえ男同士でむさ苦しいというのに」
呑気な老人の声が、辺りに高まっていた緊張を吹き飛ばす。
まあ、助かったことは助かったかと大きく息を吐くオーフェンの肩に、鼠が身軽に飛び乗った。
薄気味悪そうに見るオーフェンの耳元に体を寄せて、オスマンは内緒話をするように小声で話しかける。
「わしは美女の味方じゃからの。もうアホなことをさせないと誓うのなら、目を瞑ってやらんこともないぞ?」
この爺さん、ひょっとして全部承知してるんじゃないかと、オーフェンは背筋を寒くした。
#navi(眼つきの悪いゼロの使い魔)
削除いたしました。
長期に渡ってご掲載くださった管理人様、また拙作を読んでくださった方々へ御礼申し上げます。
表示オプション
横に並べて表示:
変化行の前後のみ表示: