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六千年前、始祖ブリミルがこのハルケギニアの地に降り立った。
彼は虚無の魔法を操り、四体の使い魔を従えて大陸の妖魔や魔獣を駆逐した、と言われている。
ブリミルはかのエルフまでも東の砂漠に追いやり、人の生活圏を確立した。
しかし彼にも寿命が訪れ、ついには没する事となる。ブリミルは死の間際、三人の子孫と一人の弟子に己が力を分け与えた。
それが各王家に伝わる四つの『ルビー』と四つの『秘宝』である。
アルビオンにはそれらのうち、『風のルビー』と『始祖のオルゴール』が存在するのだ。
これら始祖にまつわる説明を受け、クロコダイルも今回の件について納得がいった。宗教絡みのお題目は厄介極まりない。
敵に“偉大な意志”だの“神の啓示”だのといった免罪符があると、ほどほどに戦って終戦に持ち込む、というのが難しいのだ。
自分が正しいと信じきっている相手は、中途半端に叩くと手が付けられないほど暴走する。
「それで、始祖関連の品が貴族派に渡る前に、おれ達に回収させようって算段か」
クロコダイルの言葉に、重々しく頷くマザリーニ。
「始祖ブリミルの威光はトリステインのみならず、ハルケギニア全土に及ぶ。
この国を脅かしかねん連中に、余計な求心力をつけさせる訳にはいかんのだ」
「仮に、だ。その二つについても、敵が偽物を用意していたらどうする」
『風のルビー』は指輪、『始祖のオルゴール』は名の通りオルゴールの形をしている。
外見を模倣した偽物なら、作成するのはさほどの手間ではない。支持を集める為に模造品を本物だと偽る可能性はある。
クロコダイルが気になった事を尋ねると、マザリーニは鷹揚に笑った。
「その点は問題ない。
四つのルビーは、それぞれ他のルビーと共鳴して特殊な現象を起こすのだ。
我が国が持つ『水のルビー』と共鳴させれば、こちらが本物だと証明できる」
「オルゴールは?」
「始祖の秘宝については、本物かどうかを証明する手段が伝わっておらん。
だから、より本物らしい品をこちらの手元に置ければそれでよい。
双方が本物だと主張しておれば、最後はうやむやになるだろうからな」
Mr.0の使い魔
—エピソード・オブ・ハルケギニア—
第十八話
クロコダイルがマザリーニの悪巧みに一役買う事になる少し前。
ルイズの部屋にも珍しい客人が訪れていた。初めに二回、次に三回の規則正しいノック。
我に返ったルイズが鍵を開けると、その誰かは入室するなり【ディティクトマジック】をかける。
検証がすんで頭巾の下の素顔を見せられた時、ルイズは卒倒しそうになった。
「ひ、ひ、ひ……」
「お久しぶりね、ルイズ・フランソワーズ」
「姫殿下!?」
驚きに目を見開くルイズに、アンリエッタは人差し指を立ててみせる。
慌てて両手で口を塞いだルイズに、アンリエッタはくすくすと柔らかい笑みをこぼした。
「元気そうで何よりだわ」
「い、いけません、姫殿下。こんな下賎な場所に御一人で……」
片膝をついて臣下の礼をとるルイズ。畏れ多くもこの国の王女である。
いくら幼少期に遊び相手を任されたとはいえ、今となっては身分違いも甚だしい。
一方のアンリエッタは、懐かしい友の他人行儀な様子に悲しげに首を振った。
「ああルイズ、そんな堅苦しい態度はやめて。わたくし達はお友達じゃないの」
「もったいないお言葉でございます、姫殿下」
相変わらずのルイズに、アンリエッタは強硬手段に出た。ルイズの前に歩み寄ると、彼女の体をぎゅっと抱きしめたのだ。
目を白黒させる友の耳元で、アンリエッタは優しく語りかける。
「あ、あの!?」
「ここにはあなたとわたくし以外に誰もいないわ。だからお願い。
今だけでも昔の、わたくしのお友達だった仲良しなルイズに戻ってちょうだい」
「……わかり、ました。姫さま」
ルイズの手が、おずおずとアンリエッタの背に回る。しばらくの間、二人はじっと抱き合っていた。
「なんだか恥ずかしいわね。女の子と抱き合うなんて初めて」
「ひ、姫さま! 今のは、別に深い意味があったわけでは!」
ようやく体を離したアンリエッタの言葉に、ルイズは頬を染めて両手を振った。
感極まったとはいえ、さっきのはさすがにやり過ぎだったかとも思う。
その様子に、アンリエッタは口元を綻ばせた。
「ふふ、冗談よ。でも……嬉しいわ。こうしてまた、あなたとお話しできて」
「姫さま?」
幾分トーンの落ちたアンリエッタの声は、あまり嬉しそうには聞こえない。
原因を類推するルイズに、アンリエッタは憂いをこめた瞳で短く告げた。
「ルイズ……わたくし、結婚する事になったのよ」
「それは——おめでとう、ございます」
「ありがとう」
ルイズにもおおよその察しがついた。なぜアンリエッタがゲルマニアを訪問していたのか、そしてなぜ今も憂鬱な表情をしているのか。
その理由がこれだ。
ゲルマニアは、トリステインの国家で唯一始祖と縁の薄い国である。
トリステイン、アルビオン、ガリアの三国はブリミルの子が、ロマリアは弟子がそれぞれ興した国なのだが、ゲルマニアは元々一つの都市国家
であり、周辺地域を併合する事で勢力を広げた、いわば“成り上がり”だ。
今の皇帝はアルブレヒト三世であるが、その家系図を辿っても他国の王や教皇のように由緒ある、というほどの物ではない。
おまけに、金さえあれば魔法が使えない平民でも貴族に取り立てる始末。
伝統や格式などという言葉を蔑ろにするようなゲルマニアの制度は、それらを重んじるトリステインから見て野蛮に感じられるのである。
そこの頂点に立つ男と、アンリエッタは結婚しなくてはならない。
国同士の関係を取り持つ為には仕方がない事なのだろうが、ルイズには姫の苦しみが理解できた。
自分のすぐ近くにも、仇敵と言えるゲルマニア貴族の娘が一人いる事だし。
「そういえば、ルイズ」
「何でしょう」
「あなたは二年生に進級したのよね。召喚した使い魔を見せてくれない?」
沈痛な雰囲気を変えようとしたアンリエッタの気遣いだったが、この場では逆効果だった。
なぜなら、それを聞いてある事に気づいたルイズが、石像のように動かなくなったからである。
どうしたのだろうと首を傾げながら、アンリエッタは言葉を続けた。
「部屋の中にはいないようだけど、ひょっとして部屋に入らないほど大きな幻獣なの?」
「……いいえ」
「それじゃあ、姿を消す魔法が使えるのかしら?」
「……違います」
「えーと……ほら、他の物によく似た姿を擬態と言うわよね。そういう——」
ルイズの様子がおかしい、それはわかる。しかし、アンリエッタにはなぜそうなったのかがわからなかった。
だからいろいろと考えて、それらしい疑問をぶつけてみたものの——結局、正解に辿り着くより先に、ルイズの口から答えが飛び出した。
「いません」
「え?」
「部屋の中にいないんです! あいつが!」
吠えるルイズの頭からは、王女の前ではしたないまねをしないように、などという気遣いが綺麗さっぱり抜け落ちている。
とにかく、いつの間にか姿を消した——惚けていたルイズが、出て行くのに気づかなかっただけなのだが——クロコダイルへの怒りが、今の彼女を動かしていた。
「また勝手に出歩いて! わたし、ちょっと探してきます!」
「待って、ルイズ。わたくしも一緒に連れてってちょうだい」
「え、でも……」
一瞬頭が冷えたルイズに、アンリエッタは微笑みかける。昔、宮廷で数々のいたずらを思いついた時と同じ、含みのある笑顔。
「折角ですもの、この学院を見て回りたいわ」
きょとんとしたルイズだが、すぐにアンリエッタの置かれている状況に思い当たった。
結婚してしまえば、こんな風に遊び歩く事もできなくなる。これが最後の自由かもしれないのだ。
だから、ルイズは笑顔で頷いた。
「わかりました。行きましょう、姫さま」
こうして二人の『使い魔捜索作戦』が幕を開けたのである。
...TO BE CONTINUED
六千年前、始祖ブリミルがこのハルケギニアの地に降り立った。彼は
虚無の魔法を操り、四体の使い魔を従えて大陸の妖魔や魔獣を駆逐した、
と言われている。ブリミルはかのエルフまでも東の砂漠に追いやり、人
の生活圏を確立した。
しかし彼にも寿命が訪れ、ついには没する事となる。ブリミルは死の
間際、三人の子孫と一人の弟子に己が力を分け与えた。それが各王家に
伝わる四つの『ルビー』と四つの『秘宝』である。アルビオンにはそれ
らのうち、『風のルビー』と『始祖のオルゴール』が存在するのだ。
これら始祖にまつわる説明を受け、クロコダイルも今回の件について
納得がいった。宗教絡みのお題目は厄介極まりない。敵に“偉大な意志”
だの“神の啓示”だのといった免罪符があると、ほどほどに戦って終戦に
持ち込む、というのが難しいのだ。自分が正しいと信じきっている相手
は、中途半端に叩くと手が付けられないほど暴走する。
「それで、始祖関連の品が貴族派に渡る前に、おれ達に回収させようって算段か」
クロコダイルの言葉に、重々しく頷くマザリーニ。
「始祖ブリミルの威光はトリステインのみならず、ハルケギニア全土に及ぶ。
この国を脅かしかねん連中に、余計な求心力をつけさせる訳にはいかんのだ」
「仮に、だ。その二つについても、敵が偽物を用意していたらどうする」
『風のルビー』は指輪、『始祖のオルゴール』は名の通りオルゴール
の形をしている。外見を模倣した偽物なら、作成するのはさほどの手間
ではない。支持を集める為に模造品を本物だと偽る可能性はある。
クロコダイルが気になった事を尋ねると、マザリーニは鷹揚に笑った。
「その点は問題ない。
四つのルビーは、それぞれ他のルビーと共鳴して特殊な現象を起こすのだ。
我が国が持つ『水のルビー』と共鳴させれば、こちらが本物だと証明できる」
「オルゴールは?」
「始祖の秘宝については、本物かどうかを証明する手段が伝わっておらん。
だから、より本物らしい品をこちらの手元に置ければそれでよい。
双方が本物だと主張しておれば、最後はうやむやになるだろうからな」
Mr.0の使い魔
—エピソード・オブ・ハルケギニア—
第十八話
クロコダイルがマザリーニの悪巧みに一役買う事になる少し前。
ルイズの部屋にも珍しい客人が訪れていた。初めに二回、次に三回の
規則正しいノック。我に返ったルイズが鍵を開けると、その誰かは入室
するなり【ディティクトマジック】をかける。検証がすんで頭巾の下の
素顔を見せられた時、ルイズは卒倒しそうになった。
「ひ、ひ、ひ……」
「お久しぶりね、ルイズ・フランソワーズ」
「姫殿下!?」
驚きに目を見開くルイズに、アンリエッタは人差し指を立ててみせる。
慌てて両手で口を塞いだルイズに、アンリエッタはくすくすと柔らかい
笑みをこぼした。
「元気そうで何よりだわ」
「い、いけません、姫殿下。こんな下賎な場所に御一人で……」
片膝をついて臣下の礼をとるルイズ。畏れ多くもこの国の王女である。
いくら幼少期に遊び相手を任されたとはいえ、今となっては身分違いも
甚だしい。
一方のアンリエッタは、懐かしい友の他人行儀な様子に悲しげに首を
振った。
「ああルイズ、そんな堅苦しい態度はやめて。わたくし達はお友達じゃないの」
「もったいないお言葉でございます、姫殿下」
相変わらずのルイズに、アンリエッタは強硬手段に出た。ルイズの前
に歩み寄ると、彼女の体をぎゅっと抱きしめたのだ。目を白黒させる友
の耳元で、アンリエッタは優しく語りかける。
「あ、あの!?」
「ここにはあなたとわたくし以外に誰もいないわ。だからお願い。
今だけでも昔の、わたくしのお友達だった仲良しなルイズに戻ってちょうだい」
「……わかり、ました。姫さま」
ルイズの手が、おずおずとアンリエッタの背に回る。しばらくの間、
二人はじっと抱き合っていた。
「なんだか恥ずかしいわね。女の子と抱き合うなんて初めて」
「ひ、姫さま! 今のは、別に深い意味があったわけでは!」
ようやく体を離したアンリエッタの言葉に、ルイズは頬を染めて両手
を振った。感極まったとはいえ、さっきのはさすがにやり過ぎだったか
とも思う。
その様子に、アンリエッタは口元を綻ばせた。
「ふふ、冗談よ。でも……嬉しいわ。こうしてまた、あなたとお話しできて」
「姫さま?」
幾分トーンの落ちたアンリエッタの声は、あまり嬉しそうには聞こえ
ない。原因を類推するルイズに、アンリエッタは憂いをこめた瞳で短く
告げた。
「ルイズ……わたくし、結婚する事になったのよ」
「それは——おめでとう、ございます」
「ありがとう」
ルイズにもおおよその察しがついた。なぜアンリエッタがゲルマニア
を訪問していたのか、そしてなぜ今も憂鬱な表情をしているのか。その
理由がこれだ。
ゲルマニアは、トリステインの国家で唯一始祖と縁の薄い国である。
トリステイン、アルビオン、ガリアの三国はブリミルの子が、ロマリア
は弟子がそれぞれ興した国なのだが、ゲルマニアは元々一つの都市国家
であり、周辺地域を併合する事で勢力を広げた、いわば“成り上がり”だ。
今の皇帝はアルブレヒト三世であるが、その家系図を辿っても他国の王
や教皇のように由緒ある、というほどの物ではない。おまけに、金さえ
あれば魔法が使えない平民でも貴族に取り立てる始末。伝統や格式など
という言葉を蔑ろにするようなゲルマニアの制度は、それらを重んじる
トリステインから見て野蛮に感じられるのである。
そこの頂点に立つ男と、アンリエッタは結婚しなくてはならない。国
同士の関係を取り持つ為には仕方がない事なのだろうが、ルイズには姫
の苦しみが理解できた。自分のすぐ近くにも、仇敵と言えるゲルマニア
貴族の娘が一人いる事だし。
「そういえば、ルイズ」
「何でしょう」
「あなたは二年生に進級したのよね。召喚した使い魔を見せてくれない?」
沈痛な雰囲気を変えようとしたアンリエッタの気遣いだったが、この
場では逆効果だった。なぜなら、それを聞いてある事に気づいたルイズ
が、石像のように動かなくなったからである。
どうしたのだろうと首を傾げながら、アンリエッタは言葉を続けた。
「部屋の中にはいないようだけど、ひょっとして部屋に入らないほど大きな幻獣なの?」
「……いいえ」
「それじゃあ、姿を消す魔法が使えるのかしら?」
「……違います」
「えーと……ほら、他の物によく似た姿を擬態と言うわよね。そういう——」
ルイズの様子がおかしい、それはわかる。しかし、アンリエッタには
なぜそうなったのかがわからなかった。だからいろいろと考えて、それ
らしい疑問をぶつけてみたものの——結局、正解に辿り着くより先に、
ルイズの口から答えが飛び出した。
「いません」
「え?」
「部屋の中にいないんです! あいつが!」
吠えるルイズの頭からは、王女の前ではしたないまねをしないように、
などという気遣いが綺麗さっぱり抜け落ちている。とにかく、いつの間
にか姿を消した——惚けていたルイズが、出て行くのに気づかなかった
だけなのだが——クロコダイルへの怒りが、今の彼女を動かしていた。
「また勝手に出歩いて! わたし、ちょっと探してきます!」
「待って、ルイズ。わたくしも一緒に連れてってちょうだい」
「え、でも……」
一瞬頭が冷えたルイズに、アンリエッタは微笑みかける。昔、宮廷で
数々のいたずらを思いついた時と同じ、含みのある笑顔。
「折角ですもの、この学院を見て回りたいわ」
きょとんとしたルイズだが、すぐにアンリエッタの置かれている状況
に思い当たった。結婚してしまえば、こんな風に遊び歩く事もできなく
なる。これが最後の自由かもしれないのだ。
だから、ルイズは笑顔で頷いた。
「わかりました。行きましょう、姫さま」
こうして二人の『使い魔捜索作戦』が幕を開けたのである。
...TO BE CONTINUED
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