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&setpagename(ゼロのミーディアム 第一章 -12)
「で、水銀燈。これからどうするの?」
「そうねぇ、特にあてなんかないし…適当にブラブラしようかしらぁ…」
水銀燈が肩をすくめる。召喚されてそこそこ時間はたつもほとんどルイズの世話をしたり授業に同席したりと時間をとられ、暇な時間の使い方など考えもしなかった
「せっかく休みあげたんだからもう少し有意義に使いなさいよ」
「有意義って言われてもねぇ…」
「なんなら図書館に行ってみたら?読書に明け暮れる休日なんてのも悪くないんじゃないの?」
「図書館……」
悪くない。ルイズとの契約を続けるか否かを別としても、いずれは元の世界に帰らなければならないと思った。
学院の図書館の蔵書量はかなりの物だとルイズが言っていたし、その中にもしかしたら帰る手段や召喚術の詳細について書かれた書物があるかもしれない。
「そうね、行ってみるわぁ、図書館に。」
そうして一つ頷くとルイズに別れを告げ教室を出ていった。
「……の前にちょっと休憩っと」
朝から色々と騒ぎに巻き込まれてちょっと疲れたのだろう。水銀燈が今いるのは学院内本塔の建つ中央の広場。
その一画にあるベンチにちょこんと座り彼女は空を見上げていた。見上げた空は青く澄み渡り、ぽかぽかと暖かい日差しが気持ちいい。
彼女はうつらうつらしながらベンチにもたれている。
「いい天気ねぇ…」
その声が少しずつ小さくなり。そして瞼が次第に重くなる
「……」
そして愛らしい寝顔を浮かべつつ、いつしかその意識は夢の世界へと飛んだ。どうやら薔薇乙女も居眠りをするらしい。
「水銀燈、やはり私が一番愛しているのは君だよ…」
水銀燈に一人の青年がやさしく語りかける
すらっとした長身で美しい金髪をしたその男性。目元が髪に隠れてその表情は伺うことはできない。
が、夢の中の水銀燈はそれが何者であるのか理解していた。
「ああ、お父様!勿体無いお言葉です…」
その言葉通り、それは彼女のまだ見ぬローゼンメイデンの創造主にして謎多き人形師ローゼンその人。
「ああ私の可愛い娘よ。もう私の元を離れないでくれ、ずっと私のそばにいてくれ!」
そして夢の中のお父様は水銀燈を抱きしめた。
「はい…水銀燈は…ずっと貴方のおそばを離れませんわ……」
まさに至福の一時。ようやく自分の望みが叶い、彼女はその瞳に涙すら浮かべている。
「本当?じゃあ、あんたはずっと私の使い魔よ!元の世界になんか帰さないんだから!」
「!?」
青年の声が突如少女の愛らしい声と変わる。驚いて自分を抱きしめる人間を見直すと…
「ル、ルイズ!!」
いつの間にかお父様の姿は現在のミーディアムたるルイズの姿に変わっていた。
「ねぇ、言ってくれたよね…?私のそばを離れないって…」
ルイズが悲しげな表情で水銀燈を真っ直ぐ見据え尋ねる。それも純真かつ切なげに。
「それは…その……」
水銀燈はその視線に耐えられず顔を背けた。そしてばつが悪そうに口ごもるが…
「そっか、嘘なんだ…ずっと一緒って言ってくれたのに…」
ルイズはその態度を悪くとったらしい。その顔が泣きださんばかりの表情となり鳶色の瞳に涙が浮かぶ。
「ま、待ちなさいよ!私は別に嘘なんて!」
慌ててまくし立てるがルイズはそれに構わず妙な行動を取り始めた。
「私の物にならないならいっその事!」
ルイズが水銀燈を抱いたまま…いや、拘束したままルーンを唱え始めた。
「ルイズ!一体何を!」
いつの間にか持っていた杖を振り下ろすルイズ。同時にぽろぽろと大粒の涙がその瞳からこぼれた。
「水銀燈…私と一緒に死んで!」
ルイズの放つとんでもない爆弾発言。しかし爆弾と化したのは彼女の言葉だけではない。
なんと、ルイズの頬を伝い流れ落ちた涙が地面に落ちたその瞬間、それが大爆発を起こしたのだ!
涙をニトロにでも錬金したのだろうか?地に落ちた涙から激しい閃光が、爆炎が巻き起こり水銀燈とルイズを包み込んだ。
「ひゃああああああ!?」
素っ頓狂な叫び声をあげ夢から叩き起こされた水銀燈。
「ゆ、夢なの…?」
彼女は息を切らしながらつぶやきと眉間に手を当てる。
「これまた…とんでもない夢を見ちゃったものね…」
朝方の夢に負けず劣らず奇妙な夢である。ルイズから身を引く事を選べばやはり今の夢のように悲しむのだろうか?
まあ少なくとも、夢みたく無理心中を図って爆殺!なんて事にはならないだろうが……
水銀燈は息を荒げたまま辺りを見回す。遠くの塔の一画からモクモクと煙が上がっていた。
位置的には先程ルイズに差し入れを届けに行った場所、おそらくルイズがまた魔法を失敗したのだろう。
水銀燈が起こされた原因もあの失敗魔法なのかもしれない
(あの子も不憫ねぇ…
ちゃんと努力はしてるのに……)
ルイズはああ見えてなかなかの努力家なのだ。日夜ゼロの忌み名を返上すべく人知れず魔法の鍛錬を行っているのを水銀燈は知っている。
が、魔法は成功せず爆発ばかりが大きくなっていく始末。水銀燈も思わず同情するのも無理はない。
「それにしたってなんなのよぉ…。朝から続くこの不可解な夢……」
正直身が持たない…と思う。
まるで何者かが答えを催促するように水銀燈を責め立てるような夢を見せるのだ。
しかし何者か?と言われてもそれは答えかねる。別に誰かが意図的にこんな夢を見せている訳ではない。
彼女自身が無意識の内に答えを急いでいるのだ。
(はぁ…ホント、どうすればいいのよ……)
一つ大きな溜め息をつき頬に手をやり困った表情を浮かべた。
その時、授業が終わったのか塔から生徒達の集団が出てきた。
その中の一人が途方に暮れている水銀燈に気づき彼女に近いていく。
「おやおや、何をそんなに浮かない表情をしているんだい?
これでは君の可愛い顔が台無し…いや、悩ましげな少女の顔と言うのもなかなか……」
キザったらしく言いながら歩いてきたのは胸に真紅の薔薇を挿した金髪の少年
「あら、ギーシュじゃないの…」
そう、それは以前水銀燈とヴェストリの広場を舞台に決闘を繰り広げたギーシュ。
例の決闘でその名を学院内に名を広め、一目置かれるようになった水銀燈だが。そんな彼女を最も評価しているのは何を隠そう決闘を挑んだギーシュ自身だった。
それ以来ギーシュは進んで水銀燈との交流を深めている。
まあ彼が美女に目がないと言うこともあるのだろう……例えそれが人形であっても
水銀燈は膝に頬杖をついたまま目線だけギーシュに向ける。
ギーシュは優雅に胸の薔薇をとると香りを楽しむように自分の顔の前にかかげた
「どうかしたのかい?君がそんな顔をしているなんて珍しいじゃないか」
「それはこっちの台詞よぉ。どうしたのよその顔」
片手で頬杖したままジト目でギーシュの右頬を指差す水銀燈。その先ギーシュの頬には真っ赤な紅葉が散っている。見事な平手打ちの跡が…
「これはその……」
「大方、女の子口説いてるとこあの巻き髪の子あたりに見られてバチーン!ってとこでしょ?」
「な、何故それを!」
「やっぱり……その癖治ってないのね…」
「当然さ!君の言うことはもっともだが、薔薇は女性を楽しませるためにあるという考えは変わらないからね!」
「無駄に前向きなのね……。ねぇ、知ってる?怨みのこもった傷ってそれが晴れるまでずっと残り続けるの。その紅葉も永久に……」
そう言うとクスクスと意地悪な微笑を浮かべる。
「こ、怖い事言わないでくれたまえ…」
ギーシュもたらりと一筋汗を流し苦笑する。そして一言断りをいれ水銀燈の横に座った 「…でね。確かに君の言う他者を阻む孤高の薔薇の棘と言うのはごもっともだけど何も棘の意義は一つだけではないと思うんだ」
ギーシュは水銀燈に自分の薔薇に対する解釈を延々と語っている。
「ふぅん…まあ一理あると言えばあるわねぇ。ふられた原因も貴方の二股って悪い意味の棘が原因だったし」
「そ、それは…お願いだから忘れてもらえないだろうか……」
「はいはい…」
「とにかく!僕の中では薔薇の棘は大切な人を守るためにあるのではないかとも思うんだ!
だから己の棘を鋭くするのは決して悪いことではないのさ!」
ギーシュは拳を握りしめて瞳を燃え上がらせ力説した。だが水銀燈の対応はあくまで冷ややか。
「貴方の場合その大切な人って対象が多すぎなのよ。
あんまり棘にばかり栄養送りすぎると肝心の花が咲かないわよぉ?」
そう言う水銀燈は焦点の定まらない瞳でぼーっと空を見上げている。さっきの夢がまだ彼女を悩ませているのだろう。
受け答えはするもどうも心ここにあらずと言った感じのようだ。
「水銀燈……本当にどうしたんだい?悩み事なら僕でよければ相談にのろうじゃないか」
その深刻そうな様子にギーシュも心配そうに聞いた。
「相談…?貴方に?」
考えてみれば人に意見を求める等思いもしなかった。ルイズには伏せておきたい事だしそれ以外の人間には相談するほど親しい者などいなかった。
その点ギーシュは少々頼りない相手だがそこそこ親交はある人間と言えよう。
「そうね、せっかくだから相談してあげるわぁ」
水銀燈がギーシュに向き直る。
だが薔薇乙女に関する事はミーディアム意外に話す事は避けたい。自分が別世界から来たことも隠さなければならない。
故に水銀燈はたとえ話でギーシュに意見を聞いた。
「例えばの話よ?貴方が…そうね、あの時の食堂の二人に。モンモランシーとケティだったかしら?この二人から同時に求婚を求められたらどうする?」
ギーシュはひた隠しにしているが彼の本命は実はあのモンモランシー。そのため自分の意志に忠実になるならモンモランシーをとるだろう。
だがそれではケティの想いに答えられず彼女を悲しませる。
ギーシュのモットーは「全ての女性に優しく、僕は女性達を楽しませる薔薇なのだ!」である。女の子を悲しませるのはギーシュの信念に反する事。
正直に本命を取るのが正解なのだろうがそれを選ぶのにためらいがある。水銀燈の境遇に、少し似ている。
「……よくわからないが君はこれに似た悩みを抱えているのかい?」
「恋愛関係とは少し違うけど……。否定はしないわね」
「まあいいさ、モンモランシーとケティか…うーん」
ギーシュは顎に手を当て考え始める。
「うーん…」
彼のポーズが腕組みして首をすくめるものに変わった。
「う~ん……」
今度は髪をくしゃくしゃとかきむしり始める。……悩んでる悩んでる。
「う~~ん………」
さらに地面に屈み込み頭を抱え出す。
「う~~~ん!!!」
終いには頭を抱えながら地面をゴロゴロと転がりだした。まさに今の水銀燈の苦しい心境を味わっているのだ。
「はぁ……悪かったわね、変な事聞いちゃって。もういいわ、忘れて頂戴……」
たいして参考にはならなかった。いや、自分が直面している問題の深刻さを再確認する事になった。
水銀燈は本日何度目かわからない大きな溜め息をつくとベンチから飛び立つ。
そして青々とした芝生の上をうんうん唸りながら転がり回るギーシュを後目に広場を後にした。本塔にある図書館。以前ルイズに案内されて来たことがあったため場所は覚えている。その時は中に入らなかったから内装などは水銀燈は知らないのだが。
「ふぅん、これはなかなか見事な…」
一歩足を踏み入れる水銀燈、中を見てさすがに驚嘆する。
それもそのはずこの図書館、実にスケールが大きい。30メイル近い高さの本棚が壁際に無数に並びその様は実に壮観
「でもこんなに多いとどれから手を着ければいいのだか……」
そう言ってキョロキョロしていると水銀燈の視界に奥から頭の薄い中年の男性が現れた
「おや、君はミス・ヴァリウールの…」
「貴方たしか召喚の儀式に立ち会ってた先生よねぇ?」
本を片手に出てきた男性が身なりを整え自己紹介を始めた。
「ええ、私はコルベール普段は火の系統の授業を担当している。こうして話をするのは初めてだね、ミス・ええっと…」
「水銀燈よぉ。よろしく、コルベール先生」
「ああ、こちらこそよろしく。ミス・水銀燈」
そう言ってコルベールは手を差し出し握手を求めながらも、まじまじと彼女を見回す。別にいやらしい目で見てる訳ではない。
珍しいのだ、自律して人間同様に感情をコロコロ変えるこの人形が。研究家としてのサガだ。
「レディをジロジロ見るのはあまり感心できないわねぇ?コルベール先生?」
差し出した手を握り返しが言うとコルベールは気づき慌てて謝罪した
「おお!これは失礼した!いやしかし…本当に君が人形とは……いやはや」
感心したようにつぶやくコルベールを見ながら水銀燈は考える
(この人…あの時の儀式の責任者だったのよね…ならサモン・サーヴァントの事にも詳しいはず……)
「しかし図書館を訪ねてくるとは君も何か調べ物でも?」
願ってもないチャンスだ。コルベールの方から質問を求めてきたのだ。
「ええ、ちょっと気になった事が。サモン・サーヴァントについて少々…」
「召喚の儀式のことを?それが何か?」
「使い魔の召喚ができるなら反対に送還は可能なのかしら?」
「送還…つまり元いた場所に送り返す事かね?」
「その通りよ」
コルベールは一つコホンと咳をして説明を始める
「使い魔の召喚は儀式の中でも神聖かつ重要なものでね、一度呼び出した使い魔の変更と言うものは許されない。
つまり送り返す必要が無い故に送還の魔法も存在しないのだよ」
早速あてが外れた。しかしめげずにもう一つ質問。
「使い魔がいる状態でサモン・サーヴァントを行った場合は?」
「唱える事もできぬよ、サモン・サーヴァントを再び唱えるには一度使い魔を失わなければならないのでね」
「失うって逃げ出されたりして?」
「否、つまり使い魔が死んだ場合の事を言う」
それらの答えに水銀燈は落胆を隠せなかった。儀式に詳しいであろう教師でこの答えなのだ。
「もしかして君はミス・ヴァリエールの使い魔をやめたいのかね?」
コルベールが聞いた。
当然の疑問と言える、現在使い魔をやっている者が送還の方法を聞いて来たのだ。遠まわしに帰りたがっていることを知らせているような物だ。
「別にぃ……。ただ疑問に思っただけよ」
そう答える水銀燈だがそうは思っていないように見える。ガッカリしたような不満な表情がその顔に浮かんでいた。
もっとも、コルベールはその様子を眺めてはいたが、他人の事情に口を挟むべきではないと思ったのか、単に自分とは関係無いと思ったのかそれ異常追求しなかった。
(まあこんなに簡単に解決できるならラプラスが何とかしてるわよね…)
帰る方法はどうにかして自分で調べるしかない。そう結論づけた水銀燈。とりあえずこの図書館で情報収集する事から始めることにした。
「ねえ、私もここの本読ませて貰ってもいいかしらぁ?」
「教師のみ閲覧の本棚にある物は駄目だが、一般用の本棚でよければ」
それを聞き彼女はありがとうと一言言って図書館の奥へと消え去った
…と、思ったらすぐにコルベールの元に戻ってきた
「どうかしたのかね?」
「字が読めなかったわ」
「とりあえずこれから始めるといい」
コルベールが差し出したのはドラゴンやグリフォンといった怪獣や幻獣が扉に描かれた本。
「これって…何?」
「怪獣図鑑といったとこかな?これを見て文字を覚えて行くといい。ミス・ヴァリエールに頼めば読みながら字も教えてくれるだろう」
「ルイズにねぇ…そんな面倒な事やってくれるのかしらぁ……」
渋るように顔をしかめる水銀燈にコルベールは笑いながら言った
「少々気難しいところがあるがあの子は意外に面倒見はよいし頭もよい。ちゃんと頼めばうまく文字も教えてくれるだろう」
帰るための文献を調べるために文字の習得から始めければならないとは…先の長い話だ
「でも何もしないよりはマシよね?」
受け取った本を小脇に抱え水銀燈はつぶやく。千里の道も一歩から。
だだし、彼女がこれから歩む道のりはその故事をこえる険しい物となるだろう。
なにせ彼女の目的地は少なくとも歩いて帰れるような場所ではないのだから。
そうして図書館を出てルイズの部屋に帰ろうとする水銀燈。
だがそれを見つめる一人の…もとい一体の影があった。
しかしその赤い影はきゅるきゅる鳴くと彼女に気づかれまいとして早々と姿を消した。
一体何の目的があっての事なのか、水銀燈は知る由もない。
部屋へと帰り自分の鞄の上に座り図鑑をまじまじと読んでいる水銀燈。
中には元の世界ではお目にかかれぬ様々な生き物が載っているが…
「…よし!何一つわからないわぁ!」
何故か自信満々に言った。そう、絵の下に名前や解説が載っているのだろうが全く持ってチンプンカンプンだった。
そんな風に悪戦苦闘している内にルイズが帰ってきた。
「ただいま~」
「おかえり」
水銀燈はそっけなく本とにらめっこしたままルイズに返事をする。
「あ、本借りてきたのね」
「借りたのはいいけど字が読めないのよ」
目は本から離さずに言う水銀燈。この少女、結構ムキになる質なのか血走った眼で本を食い入るように見つめている。
「単に眺めてるだけで字が読める訳ないでしょ!貸してみなさい!」
「ちょっとぉ!何するのよ!返しなさいよぉ!!」
水銀燈の講義を無視しルイズは取りあげた本をパラパラ捲る。
「頭のまぶしい先生に薦められたのよ。これで文字覚えるといいって……」
「なる程、図鑑ね。動物で文字を覚えようって寸法なのね」
水銀燈はコルベールが言っていた事を思い出した。
(ルイズに頼めば本を読んでくれる文字を教えてくれる……。頼めば…)
癪と言うか恥ずかしいと言うかよくわからない感情が水銀燈の中で渦巻く。それでも顔を赤くして口ごもりながらルイズに向かって言い始めた
「ね、ねぇ、ルイズ…その……本なんだけど…」
「私がこれ読んであげよっか?」
「え?」
ルイズからの思わぬ誘い。
「あんた字覚えたいんでしょ?」
「ええ…。でもいいの…?」
「いいわよ別に。使い魔の教育も主の務めよ。」
そう言ってルイズはベッドの上に座り水銀燈に手招きする。
「さ、座んなさい!」
そして自分の膝の上をパンパンと叩いた
「座んなさいって…貴女の膝の上に!?」
「並んで読むより読みやすいじゃないの。あんた小さいんだから」
「で、でも!」
「なに恥ずかしがってるのよ。いいから来なさいって」
「そ…そこまで言うなら仕方ないわねぇ!……貴女の膝に座ってあげるわよ!」
水銀燈はどこかギクシャクしてルイズの前まで行く。
「お、お邪魔するわぁ……」
そしてよく分からない断りを入れてルイズの膝に座った。
「はいはい、お邪魔されたわ。……間近で見るとあんた綺麗な髪してるわね。」
「そ、そんな事より。早く始めなさいよ!」
水銀燈が照れ隠しに言った言葉にルイズがちょっと不機嫌に言う。
「違うでしょ?人に物を頼む時には?」
「う……」
別にルイズが嫌みで言っている訳ではないとは承知の上だが、水銀燈はそれを言うのはまたも少しためらわれた。
だが、何よりルイズが好意を持って教えてくれる事を考え……
「…お、お願い……するわ…」
「うん、よろしい。それじゃ始めるわね」
顔を俯かせ恥ずかしげにお願いする水銀燈にルイズは満足げに言った。
「これが火竜よ。赤いのが雄で緑のが雌。これには赤竜と緑竜って書いてるわ」
「この二匹に共通した言葉が竜って意味なのね?って事はこっちの頭についでる言葉が赤って意味でこっちが緑って事?」
「いいとこに目付けたわね。その通りよ」
意外に二人の読書は順調に進んでいた。このようなやりとりを繰り返し断片的ではあるが水銀燈は少しずつ文字を覚えていく。
そこそこ厚い本ではあったがそれも残り3分の1になった。
「これは…風竜?でも風と竜って言葉の間に別の文字があるわね」
「これは風翔竜って言うらしいわ。なんでも風を操り嵐を呼ぶとか」
「らしいってどう言うことよぉ?」
「ここからのページは現実にいるかわからない生き物が載ってるのよ」
「ふぅん…」
ルイズがパラパラページをめくるとライオンに龍の翼が生えたようなのやカメレオンとドラゴンを足して2で割ったような生き物などが描かれている。
そして最後に載っていたのは漆黒の龍鱗に身を包んだ明らかに他の竜種とは違う風格を漂わせたドラゴン。
「伝説の黒龍だって」
「黒龍…」
ルイズの言葉に水銀燈がつぶやく。
「そ、黒龍。その咆吼は千里を越え歴戦の戦士すら震え上がらせ、放たれるブレスは山をも崩す。って書いてあるわ」
水銀燈は黙って何かを考えている。彼女の後ろ姿を見ているルイズ、その背に生えた黒翼が不自然に横に延びているのに気づいた。
「??」
ルイズが不思議に思いその先を目で追っていく。大して長くは無かった。しかし追った先にあった物を見て肝を潰した。
「うわぁ!!」
それもそのはずルイズの目に飛び込んできたのはたった今話していた黒龍のアギト。水銀燈の翼が形成した翼のドラゴン、彼女の必殺技。
「あらぁ?無意識のうちに出来ちゃってたみたいね」
ルイズ驚きの声を聞き悪びれもなく水銀燈がつぶやく。
「びっくりさせないでよ!突然!!」
ルイズがだらだらと汗を流し言った。
「悪かったわね。でもいいこと思いついちゃった!」
軽く詫びながらもニヤリと笑っている水銀燈。何か企んでいる。しかし彼女の言う『いいこと』とは?
それを問いただそうとするルイズだったが水銀燈が「ヒ・ミ・ツ」だの「教えてあげなぁ~い!」だの「禁則事項です」だの言って教える気配全く無しのでしぶしぶ諦めた。
「いずれ分かるわよぉ。それも近いうちにね」
とは水銀燈の弁。少々不安ではあるがその近いうちとやらに期待するとしよう。
「本も読み終わったし、もう寝ましょっか」
「そうねぇ、もうこんな時間だし」
水銀燈が部屋の片隅にある自分の鞄を開け中に潜りこむ。
「じゃ、灯り消すわよ」
「……ねぇ、ルイズ」
鞄を半開きに開けて水銀燈が外を覗くようにしてルイズに声をかけた。
「ん?どうかしたの?」
ベッドに入ったルイズが首を傾げ水銀燈の方を見やり尋ねた
「その…、あ…」
「あ?」
「ありがとぉ…本、読んでくれて…。そ、それだけよ!お休みっ!」
水銀燈はそれだけ小さく言って内側からバタンと乱暴に鞄を閉めた。
「はいはい、どういたしまして」
水銀燈の感謝の言葉に微笑みながらルイズがパチンと指を弾く。
ランプの灯りが消え部屋に真っ暗な帳が降り、水銀燈の慌ただしくも楽しかった休日がようやく終わりを告げた。
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