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「眼つきの悪い使い魔-1話」(2008/11/29 (土) 19:25:23) の最新版変更点
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その日は平凡な一日のはずだった。いや、少なくとも夜まではそうであった。
朝に起き、洗濯を済ませ食事を作り子供たちを寝かしつける。いつもと変わらず、けれども飽きることのない平凡で平穏な行い。
姉であるマチルダの不在が寂しくはあるが、必ず帰ってくることが分かっているから耐えられる。
耐えられる。だが、やはり寂しい。そんな夜は、姉が贈ってくれたオルゴールをよく鳴らす。
寝かしつけた子供たちには聞こえぬよう静かに、虫の歌に響かせるように。
もう記憶にしかいない母の顔が薄れてしまうことを自分は恐れる。
だが、このオルゴールの音色を聞く間は、忘却の速度を留めておける、そんな子供じみた考えが浮かぶ。
安っぽい音色。懐かしくなる音色。うとうとと、目蓋が重くなる。
その忘我の中で、彼女は、彼女が知るはずのない呪文を唱えていた。
唇が自然と動く。
彼女、ティファニアの人生の中で一度として耳にしたことのない呪文を虚無の血が唱えさせた。
光に輝く門が出現する。争いを望まぬ彼女の意志を嘲笑うかのように、過去の血脈が蠢き、運命が口を
「……あー、ここどこ?」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」
突然謝り倒す耳の長い少女に対して、オーフェンは混乱した。
率直に言って訳が分からない。
なんだかピカピカ光ったと思ったら民家の中で、耳が長くて胸の大きい少女がひたすら謝っている。
いや、すごい状況だなおい。
てなわけで全く分からないので、とりあえず落ち着くことにする。
少女のことは置いておいて、部屋の隅にあった粗末な椅子をガラガラと引きずり出す。
腰を下ろして懐から保存用の干し肉を二切れつまみ、水筒に口を付けて胃に流し込む。落ち着いた。
「めんなさいごめんなさいごめ」
「いや、それはもういいから。正直現状が掴めんので説明してくれんかな?」
なんとか平静を取り戻した少女(ティファニアというらしい)から聞いた話の概要はこうだ。
私はティファニアといいますごめんなさい。魔法の使える貴族と使えない平民がいます。
貴族は使い魔を呼んで召使いにするそうですひどいですね。
でも私は貴族じゃありませんがうっかり使い魔を呼んでしまったようですごめんなさい。
使い魔とはあなたのことですごめんなさい。さらにあなたを帰す方法も分かりませんごめんなさい。
ごめんなさいを30回ほどカウントした時点でオーフェンが思ったのは、彼女はどこの病室から脱走したのだろうということと、どうすれば関わらずにこの場を脱することができるのだろうかということだった。
しばらく思案して、あっさりと結論を出す。触らぬ神に祟りなし。
「人の家でこんなことを聞くのは恥ずかしいんだが、トイレはどこにある?」
「え? は、はあ、ええと外に……」
「そっか。ありがとう本当にありがとう。それじゃあお元気でお大事に」
ティファニアにしてみればかなり意味不明な言葉とともに、オーフェンは室外へ逃亡した。
「まずい。やばい。本気で訳が分からんな」
ばりばりと頭を掻きながら歩く。日没からかなり経っているようだが、月が出ているせいか鬼火を生まなくとも充分に明るい。
しばらく道なりに進み、村でもあれば話が聞けるだろう。現在位置が分かればなんとでもなる。
それにしても、と顎に左手を当てて考え込む。ここへ来る前に何があったのか、正確に思い出せない。
一瞬、記憶喪失かと肝が冷えたが、牙の塔のこと、トトカンタのこと、聖地での『彼女』との別離もはっきりと記憶している。
つまり、この場所へ転移される直前のことのみ、抜け落ちているようだ。……転移?
「そうか。擬似じゃない完全な転移だ。天人の遺跡にでも近づいたのかね」
だとすれば、五体があり命があるだけ幸運だったのだろう。電波少女に謝り倒される程度の恐怖は消し飛ぶ幸運だ。
疫病神の地人兄弟と離れたのはやはり正解だった。
(……にしても、ちょっと明るすぎないか?)
満月にはまだ早かったはずだが、と夜空を仰ぎ見て、オーフェンは驚愕に身を凍らせる。
あり得ぬ光景。童話のような景色。星の輝きを圧する、双つの月が矮小な人の存在を照らしていた。
「結界を……解除した……影響、か? いや、」
思い起こされる。教師たちが最終拝謁と呼んだ情景。眼下に広がっていた無数の大陸の姿が再び脳裏に浮かんだ。
「まさ、か、ここは、キエサルヒマ大陸じゃない、外の大陸か……!?」
夜空に輝く双月にひとしきり驚いた後、オーフェンは慌ててティファニアの下へ戻った。
胸中で電波呼ばわりしたことを密かに詫びながら話を聞く。都市名、国名、近隣国のこと。
また、文字を知るために数冊ある本にも目を走らせる。当然のように、それら全てに聞き覚えはなく見覚えもなかった。
これにはさすがに呆然とする。そういえば、帰す方法が分からないとか言ってなかったか?
「あー……」
半分脳みそが死んだような状態で、オーフェンは呻く。いままでも色々あったが、これはちょっと反則だろう。
再び謝り始めたティファニアを適当に手を振りながら抑えて、少しだけ自身のことも話す。
電波扱いは嫌なので、別世界、別大陸が云々は伏せて、名前と遠い異国から来たとだけ伝えておく。
互いに話し終えた後、最終確認とばかりにオーフェンは口を開いた。
「それで、ティファニア。俺を帰す方法は全く思いつかない?」
「はい。その、全くわからないんです」
心の底から申し訳なさそうな顔をする少女に、オーフェンは思わず君のせいではないと言いかけて、寸前で言葉を飲み込んだ。
いやだって、100パーこの子のせいだよな?
まあ、あれだ。何か貴族に召喚されたら召使いにされるらしいし。それに比べればだいぶ条件恵まれているし。
色々あったごだごだが全て片づいた状態で呼ばれたんだからまだマシだし。
聖地に乗り込むぞーてな瞬間に呼ばれてたら俺ちょっと真剣に暴れてたかもしれないし。
とりあえず良かった探しをしながら毛布を借りて廊下で寝た。
削除いたしました。
長期に渡ってご掲載くださった管理人様、また拙作を読んでくださった方々へ御礼申し上げます。
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