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The Legendary Dark Zero 31a - (2012/07/15 (日) 17:23:02) のソース
&setpagename(Mission 31 <深淵の魔女> 前編) #settitle(Mission 31 <深淵の魔女> 前編) #navi(The Legendary Dark Zero) ある日を境に、トリスタニアのチクトンネ街ではほとんどの酒場が不況となっていた。 本来ならば夜の繁華街として賑わうはずであるというのに、この活気の失った状況はあまりにも空しい。 平日よりも客が多くなる虚無の曜日であっても、この閑古鳥と繁盛のなさは変わらない。 東方から輸入されてきた〝お茶〟を提供するカフェという店の一群さえも今まで繁盛してきたのが嘘のようにまるで商売になっていない。 かろうじて助かったのは、純粋に宿に泊まることだけを目的とした客が足を運んでくれることだろう。 酒場と同時に宿も営んでいる店はそうした客を招くことで細々と店の経営を続けていた。 もっとも、これだけの不景気が続いては赤字になるだけであり、店がつぶれてしまうのでどうにも頭を悩ませているのである。 現に、スカロンが経営する魅惑の妖精亭も客足のほとんどが途絶えてしまっているこの有様に困り果てていた。 貴族の客は誰も来ておらず、平民の客は閉店までに十人程度という悲惨な状況である……。 二週間前、アンリエッタ姫殿下の婚姻が発表されて本来ならばお祭り騒ぎとなり、いつも以上に繁盛するというのに。 そのため、本来は妖精亭の家宝でありチップレースという店員で行なわれるイベントの優勝者のみに一日着る権利がある魅惑の魔法のビスチェを 特例として娘のジェシカを含めた店員達が一日交代で着用することにもなってしまった。 そうすることでほんの僅かではあるが、客足が増えてくれたのは喜ばしいことだった。 どうしてこのようなことになってしまったのか。理由は一つ。 最近新しくできた〝妖艶の園〟とかいう酒場に客を独占されてしまったからだ。 何でもその酒場で雇っているある女が男達の人気を集めており、その噂が伝わったため、その女を一目見ようと貴族の客さえも奪ってしまったのである。 話によればその女はこの世のものとは思えぬ美貌を備えた娼婦であり、単に美しいだけでなく神がかり的な誘惑で男達を魅了してしまうらしい。 それだけだったらただのいかがわしい女なのだが、その女の奏でるハープの演奏が見事な腕前らしくそれを聞くのが目的の客もいるそうだ。 それがスカロンにはどうにも悔しくて仕方がなく、口惜しさに涙ぐむ彼を店で働く女の子達が慰めていた。 同じ頃、チクトンネ街では謎の変死を遂げた者達が見つかるという事件が多発していた。 精力を根こそぎ奪われて衰弱死した男や、体中の血を吸い取られ血の気を失った女性が路地や宿の裏で見つかるというものである。 犠牲者達は揃って悦楽に堕ち、至福に満ち溢れた死に顔をさらしていたという。 今の所、被害が出ているのは平民だけであり貴族の人間は誰も犠牲者が出ていない。普段からあまり治安の良くない場所であるため、 平民が役人に被害の届けを出しても怠惰な役人はいつものことだとまともに取り合おうともせずに報告を握り潰して放置され、公にはされていないのだった。 サン・レミ寺院の鐘が夕方六時を告げる音を鳴らしてから二時間が経ち日が没した頃、チクトンネ街の一角でその事件は起きていた。 「あらあら……そんな顔をして……。私が怖いのかしら?」 人気のない路地に不気味に響く妖艶な女の声。本来ならばスリや強盗などが襲ってきてもおかしくないこの場所にいるのは二人の女。 一人はどこにでもいる平民の若い女性であり、昼間はブルドンネ街の方で夫と共に店を営んでいる。 最近夜になると夫がこのチクトンネ街のある酒場に出入りするようになり、朝方になるまで帰ってこないために連れ戻すべくその店を目指していたのだが、 道中に突然現れたのが今、目の前にいるこの娼婦のような女だった。 赤毛の長髪を揺らし、その髪が露となっている形の整った胸を申し訳程度に隠している。 その身に纏うのは素材が全く分からない漆黒のショールとスカートだけで、ほとんど裸に近いあられのない格好であった。 だが、娼婦の肌はまるで死人のような生気の感じられない土気色であり、女は今まで味わったことのない恐怖をその身に感じていた。 (何て綺麗なの……) しかし、同時に女は娼婦のこの世の物と思えぬ妖しい美貌にうっとりとしていた。 貴族の婦人などまるで歯が立たないであろうその妖艶な美貌は慎みからはかけ離れていたものの、同じ女である彼女さえも誘惑する魅力に満ち溢れている。 娼婦の姿を見ているうちに、自分がやろうとしていた目的など頭から消え失せてしまっていた。 「安心なさい。何も怖がることなんてないわ……。そのまま私に身も心も委ねなさい……」 娼婦の手がゆっくりと伸び、抱き寄せた女の頬を優しく撫でる。その赤い瞳は妖しい光を仄かに放っていた。 正気ではない恍惚とした表情を浮かべている女の顎を掴み、首元を露にさせると娼婦は女の首に自らの唇を近づけていく……。 ――バァンッ! 突如、響き渡った一発の銃声。 今にも女の首に唇が触れようとしていた時、娼婦の眉間に一つの穴が穿たれ、鮮血が飛び散った。 その衝撃で上半身が後ろに反り返り、未だ正気を失っている女の体を離してしまう。 だがすぐに体を起こすと眉間に開けられた風穴を、まるでかすり傷を撫でるかのごとく手で触れていた。 人間ならば致命傷である傷を負っているにも関わらず、娼婦はまるで平然としている。 「食事を邪魔するだなんて、野暮ねぇ……」 脳天に風穴を開けられた娼婦がつまらなそうに呟くと、路地の入り口の方から近づいてきたのは一人の女であった。 短く切った金髪の下、澄み切った青い瞳は女とは思えぬ苛烈さで満ち、娼婦を睨みつけている。 女が背負う一振りの大剣は絶えず青白い雷光を細かく散らせていた。 「黙れ、悪魔め」 弾を装填した短銃を娼婦に突きつけ女戦士アニエスは冷徹な声で答え、容赦なく引き金を引いた。 ――バァンッ! 再び銃口から放たれる一発の銃弾。 娼婦は余裕の動作で腕に纏うショールを振り上げると、あっさりと銃弾を弾く。 「お痛はだめよ」 娼婦が肩を竦め、からかうように呟く。 「はああああぁぁっ!!」 アニエスは即座に背負っていた稲妻の魔剣アラストルを手にすると、倒れている平民の女を身を翻しながら飛び越え、娼婦に斬りかかる。 滑るように退いた娼婦は振り下ろされたアラストルの一撃をショールで受け止めていた。ガキンッ、と剣戟の音が路地に響き渡る。 「あら。人間がそれを手にするだなんて初耳だわ」 意外そうに声を上げる娼婦だったが、アニエスは聞く耳を持たずにアラストルを振るい続け、怒涛の連撃を仕掛けていった。 一振り、一突きをする度にアラストルに纏わりつく紫電が散り、娼婦は紙一重にかわしつつショールでいなし続けている。 「悪いけれど、あなたに付き合っている暇はないの。そろそろ開演の時間だから」 「何っ!」 一方的に娼婦を攻め続けていたアニエスだったが、突如としてその姿が漆黒の影へと変わりさらに無数のコウモリの渦となって舞い上がっていった。 ……逃げられてしまったようだ。アニエスは忌々しそうに舌を小さく打つと、アラストルを背に戻す。 特注で作ってもらった専用の鞘に収められたアラストルから紫電が消え失せ、大人しくなった。 だが、奴の発していたあの気配は覚えた。元々、アニエスがここに現れたのもアラストルが反応して導いてくれたからだ。 まだそう遠くには行っていない。この街のどこかに潜んでいるはずだ。必ず見つけ出して、仕留めてやる。 最近、チクトンネ街で起きている怪事件。宮廷の役人達が握り潰して正式には公にされてはいないものの、デビルハンターでもあるアニエスの耳にはしっかりと話は届いていた。 傲慢な貴族達がやる気がないならば自分が出るまで。厄介事を押し付けられるまでもない。 「逃がしはしないぞ。悪魔め……」 獲物を狙う猛禽類のごとき鋭い表情を浮かべ、アニエスはあの悪魔の打倒を誓った。 石畳に倒れている危うく犠牲者になりかけた女を抱えると、そのまま路地を後にしていく。 その一時間前、日が没してから間もない頃。 「あ……」 ルイズは愕然とした様子で顔を引き攣らせていた。 ここはトリスタニアのチクトンネ街に存在する修道院。ここには今は亡きアルビオン王弟、モード大公の忘れ形見であるティファニアが預けられている。 修道院の一室でスパーダとルイズは彼女と面会していたのだが、ルイズは紺色の修道服に身を包んでいるティファニアの姿に目を奪われている。 いや、正確には修道服の上からでもはっきりと膨れ上がっている二つの山に。 清楚で可憐な空気を纏う華奢な体には全く釣り合わない、豊かな胸。 以前、アルビオンで初めて目にした時はマントを纏っていたせいかこれが分からなかった。 「ありえない……」 「は、はい?」 何故か恨みがこめられているように低く呟くルイズにティファニアは困惑する。 普通だったら決してありえないはずの光景を間近で目にしてしまったルイズは、己が抱えているコンプレックスが一気に膨れ上がっていった。 これは胸か? こんなのが胸であるはずがない。あのキュルケだってここまで大きくない。 じゃあ、これは一体何なのだ? ルイズは思わず、自分の胸と比べてみる。……目の前の熟れた果実のような物体に比べ、そこにあるのはまっ平らな平野だけ。 こんなの、胸なんかじゃない。 胸に化けた何かだ。 「ありえないっ!」 「ひうっ!」 突然、吠えだしたルイズがティファニアの豊満な胸をぐわしと掴んだ。ティファニアはルイズが発する怒りのオーラに呑まれてしまい、身を竦ませる。 怒りに燃えるルイズはもはや彼女がモード大公の忘れ形見であることも忘れてしまっていた。 「一体何よ、これは!」 「む、胸……」 憎々しげな剣幕で迫るルイズにティファニアは怯えている。 「嘘……」 「嘘じゃないわ。ほんとに胸……」 「嘘おっしゃい! こんな胸が一体、この世のどこにあるっていうの!? あんた、調子に乗ってるんじゃないの!? 肩とか足とか手とか腰とかそんなに細いのに どうしてここだけがこんなになってるのよ! こんなの胸じゃないわ! 胸っぽい何かよ! あたしは認めない! 認めないわ!」 大声でまくし立てながら獣のように吠え続けるルイズは乱暴にティファニアの胸を揉みしだいていた。 「そ、そんなこと言われても……」 「このあたしへの当て付け!? 恨みでもあるの!? 謝って! あたしに謝りなさいよ!」 「そこまでにしろ」 そこへ横に控えていたスパーダの手ががしりとルイズの腕を掴み、ティファニアから手を離させる。 「離して! 離してったら!」 「こんなことをするためにここへ来たのではないだろう」 まるで父親が娘の行動を諌めているような光景だった。 先日、スパーダがロングビルと交わした約束。 ティファニアがスパーダと会いたがっているらしいために近々、訪問することになったのだがそのロングビルが何故かスパーダと顔を合わせようとすると逃げ出す上、 彼女の仕事が終わるとスパーダを誘わずに一人でトリスタニアへ行ってしまうために中々約束を果たせなかったのだ。 なのでスパーダが直接、この修道院を訪ねてティファニアと面会することになったのである。 ちなみにロングビルは二、三日に一回の割合でティファニアに会いに来ており、昨日がそうであったために今日は学院に残ったままだ。 ルイズが付いてきているのは、モード大公の忘れ形見であるティファニアがどういった人物なのかを会って確かめようとしていたわけなのだが……。 彼女のコンプレックスを刺激してしまったようだ。 「うう……分かったわよ……」 ようやく落ち着いたのか、ルイズは部屋に備えられたテーブルの椅子に腰掛ける。 だが、未だその恨めしい視線はティファニアの胸へと向けられ続けていた。 二人も同じように椅子に腰掛け、向かい合う。 「彼女はルイズ・ド・ラ・ヴァリエールという。前にも見知っているだろうが、魔法学院の生徒だ」 フルネームは長すぎるために一部省略してティファニアにルイズを紹介する。 「あ……はい。よろしくお願いします」 先ほどの剣幕がかなり堪えたのか、少しおどおどしながらルイズにぺこりと頭を下げるティファニア。 当のルイズは「ん~……」などと唸って相槌を打ちながら、未だ恨めしそうにティファニアの胸を睨んでいる。 「その後はどうだ。こちらの生活には慣れたか」 「あ、はい。修道院の人はみんな良い人達ばかりですし、誰もわたしを怖がりませんから」 スパーダと話すティファニアはそれまでの怯えから一転し、心から安心しきった笑顔を浮かべていた。 妖精のように愛らしく清純な顔がより一層、美しさを増した。 今はその頭にベールを被っているためにエルフとしての耳は露になっていない。 「マチルダ姉さんもちゃんと会いに来てくれますし」 (ミス・ロングビルにあんな過去があっただなんて……驚きだったわ) マチルダ・オブ・サウスゴータ。それが今は学院の秘書として働くロングビルの本当の名前。 アルビオンから戻ってきてから数日後、ルイズはスパーダからロングビルの素性などを聞きだしており、その過程で四年前にアルビオンで起きたという事件も聞くことになった。 さすがに他人のプライバシーに関わるので、ルイズにはティファニアがハーフエルフであることは伏せられているが。 「それにしてもトリステインって賑やかな所なんですね。この間の休日にマチルダ姉さんと一緒に少し街を回ってみたんですけど、ウェストウッドの村とは大違いです」 「外の世界に興味を持つのは悪くはない。だが、一人では決して出歩かないようにしておけ」 彼女がハーフエルフであることがバレてしまえばとんでもない大事になることだろう。この修道院の人間は院長を含めてそうしたしがらみなどは全く気にしていないのだが、その外となれば話は別だ。 「分かっています。ここにいる人達や、スパーダさんのような人だけがいるわけじゃないでしょうから……」 ティファニアの表情が少し曇りだす。外の世界にでてきたとはいえ、まだ本当の自由を手にしたわけではない。 「私は〝人間〟ではないがな」 自嘲を込めてスパーダは苦笑した。 その言葉に反応したのはティファニアではなく、ルイズだった。 「またそんなこと言って。あなたは〝人間〟だって言っているじゃない。涙が流せないからどうだって言うのよ」 体を起こし、スパーダに食って掛かる。 ちらりとルイズを一瞥するスパーダは再びティファニアの方を見やった。 「ティファニア。君は泣いたことがあるか?」 「……はい」 四年前のあの日、母を、父を失った時、ティファニアは心を震わせ、涙を流した。その時のことは未だ彼女の心に刻まれ続けている。 「悪魔は決して涙は流さん。涙は心ある人間のかけがえのない宝物だ」 「この分からず屋……」 相変わらず頑なに認めようとしないスパーダにルイズは拗ねてしまう。 「マチルダ姉さんが言っていました。スパーダさんは、下手な人間なんかよりよっぽど信頼できるって。たとえ悪魔でも、誰かの役に立って信頼を得られるのは素晴らしいことのはずです」 スパーダがどこか憂いを窺わせているのをティファニアは察し、思わずそう答える。 「わたしなんて、涙は流せるけど誰の役にも立たないし誰にも信頼されることなんてないんですから。悪魔なのに人に信頼されるなんて、羨ましいですよ」 ティファニアはハーフエルフ。人間には忌むべき存在とされるエルフの血と、エルフもまた敵対している人間の血を宿す中途半端なできそこないなのだ。 純粋な悪魔であるスパーダは全く違う種族である人間のために役立っているのに、中途半端な自分が誰かの役に立つことなんてあるのだろうか? 「私のことなど、今はどうでも良いことだったな。それより、これからスカロンの店にでも行こうかと思うがどうする? 今日は私が付いていてやろう」 「あ、はい! スパーダさんと一緒だったら、わたしも安心です」 ティファニアは顔を輝かせたが、ルイズは腑に落ちない顔をしている。 「スカロンって誰よ?」 「知人だ。ここの修道院もその男の娘から紹介してもらった」 それからすぐにスパーダ達はティファニアを連れ、夜のチクトンネ街を歩き回っていた。 ティファニアはスパーダとこうして並んで歩いていると安心ができて、気分が良くなる。 スパーダは悪魔であるが、それを全く感じさせない大人としての貫禄があり、まるで頼もしい父親が傍にいてくれるみたいに思えていた。 「ここは夜になるとお店が開くんですね。マチルダ姉さんは、あまり安全じゃないって言ってましたけどそうは見えません」 以前、マチルダと共にブルドンネ街を回ったことのあるティファニアは初めて目にするチクトンネ街の夜の姿に感嘆としていた。 魔法の明かりを灯した街灯が彩りを添え、幻想的な、思わず楽しくなってしまいそうな雰囲気であった。 「裏道などはうろつかない方がいいがな」 「それにしても何だかいつもより寂れてるわね」 ルイズは開店している様々な酒場があまり繁盛していない様子に怪訝であった。いつもなら夜の繁華街として賑わうというのに、これはどうしたことだろう。 以前、ここを訪れたことのあるスパーダもあまりに変わり果ててしまっているチクトンネ街の姿に顔を顰めている。 だが、気にしていても仕方がないのでスパーダは目当ての店を目指して歩き続けていた。 やがて、一行はスカロンが経営する酒場、魅惑の妖精亭へと辿り着いた。 「げ……」 羽扉を開け、中に入った途端、ルイズは唖然としていた。 「いらっしゃいませぇ~~!」 目の前に現れたのは背が高く逞しい体格をした中年の男だったのだが、何とも気持ち悪い格好をしており、ルイズには一目でオカマだと分かった。 強い香水の匂いが鼻を突き、ルイズは思わずむせ返りそうになる。おまけに体をクネクネと揺らすので吐き気がこみ上げる。 「あらぁ! スパーダ君じゃないの! それに妖精のお姫様まで! 今日は本当に素晴らしい日だわ!」 スカロンは客として訪れてくれたスパーダを歓迎してくれた。ルイズにも視線が向けられ、びくりと竦みあがった。 「こちらはお初ね? しかも貴族のお嬢さん! 何てトレビアンなのかしら! お店の子が霞んじゃうわ! わたしは店長のスカロン。今日はぜひとも楽しんでってくださいませ!」 体をさらにクネらせ一礼する。ルイズからして見れば気持ち悪いことこの上ない。 一行は適当に空いているテーブルに着くとスカロンの娘のジェシカがメニューを手に近づいてきた。 「ストロベリーサンデーを頼む」 「またそれ? シエスタが作ってあげたって聞いてるんだけど、飽きないのね。そちらの二人はどうするの?」 呆れながらもジェシカはルイズとティファニアにもオーダーを促す。 「えっと……」 「何でも構わんぞ」 困惑するティファニアにスパーダが一言添えた。 「あの……それじゃあスパーダさんと同じものを」 「このお店のお勧めをお願いするわ」 二人の少女はそれぞれ違うものを注文し、確認を終えたジェシカは厨房の奥へと消えていく。 「ねぇ、あの給仕の娘、シエスタとどういう関係よ。だいたい、何でこの店の子達、あんな格好してるのよ!」 「彼女はシエスタの従姉妹だ。この店はそういうサービスをしているだけだ」 小声で喋るルイズの問いに答えるスパーダは、店の中を見回していた。 ……自分達以外に客はたったの二人。閑古鳥とはまさにこういうことである。他のチクトンネ街の酒場と同じだ。 ただでさえこの店は男達に人気があるというのに、これはどうしたことだろう。 「やけに景気が悪いな」 スパーダがスカロンに声をかけると、体をくねらせながら近づいてきたスカロンは悔しそうな表情を浮かべていた。 「そうなのよぉ。最近新しくできたお店にお客様をみんな取られちゃったの! もうっ! 口惜しいったらありゃしないわ!」 「それにしては、他の店も同じみたいだな」 「その新しいお店の看板の女が人気なんですって! あたし達も他のお店もこれじゃあ破産しちゃうわよ。だから今日はスパーダ君が来てくれて良かったわぁ。 貴族のお客様だって一人も来ないんだもの! きぃーっ! 悔しいわ!」 「泣かないで! ミ・マドモワゼル!」 給仕の女の子達が一斉にスカロンの元へ駆け寄り、慰める。 「そうね! 〝妖艶の園〟の娼婦なんかに負けちゃあ、魅惑の妖精亭の名が泣いちゃうわ!」 「はい! ミ・マドモワゼル!」 「大変なんですね。このお店の人達」 ティファニアがぽつりと呟く。 「どこも同じようなものだがな」 「でも、チクトンネ街の酒場ってたくさんあるのよ。客をほとんど独占しちゃうなんて、その娼婦ってどんな女なのよ……」 以前、キュルケが学院中の男子達を独占して女子達の反感を買ったという一件をルイズは思い出していた。 「さてな。よほどの魅力があるのか、魔法で惑わしているかのどちらかだ」 スパーダは思わず腐れ縁だった女悪魔、ネヴァンのことを思い出す。あの女だったら百人や二百人の男など軽く誘惑してしまうことだろう。 それにあの女は同姓さえも魅了することだってできる。よほど意志が強くなければ抗うことなどできない。 「おまちどお様!」 しばらくするとジェシカが盆に乗せたストロベリーサンデーを二つ持ってきて、スパーダとティファニアの前に置いた。 さらに他の給仕の女の子がルイズの頼んでいた料理を運んでくる。 「不況らしいから3枚ずつやる」 スパーダは懐から取り出したエキュー金貨を給仕達の数に合わせて盆の上に置いた。 あまりに太っ腹なスパーダに給仕の女の子達からわあっと歓声が上がった。ジェシカも思わずびっくりしてしまう。 「あらぁ! 良かったわね、妖精ちゃん達! ごめんなさいねぇ、スパーダ君。こんな不況じゃなかったら手間をかけさせなかったのに」 「気にするな」 軽く相槌を打ってスパーダはスプーンを手にし、ストロベリーサンデーを口にする。 ルイズは店のお勧め料理に満足した様子で、貴族の子女らしい仕草で食器を動かしていた。 ティファニア初めて目にする不思議なデザート、ストロベリーサンデーに目を丸くしながらじっと見つめていた。 「どうした。いらんなら私がもらうぞ」 「あっ……いえ! い、いただきます!」 慌ててティファニアはスプーンを掴み、ストロベリーサンデーを口にした。 途端、今まで味わったことのない甘みが口いっぱいに広がっていく。 「……甘い」 ウェストウッドの村では決して味わえなかったであろう甘さに、不思議と手が動いて食べ進んでしまう。 「そうか。私も気に入っているからな。喜んでくれて何よりだ」 喋りながらもスパーダは手と口を動かしてサンデーを食していく。 「スパーダが甘党だなんて意外ね」 悪魔が喜び勇んで好物を食す姿なんて、見ていると微笑ましい。 その時、入り口の羽扉が開けられ、新たな客が姿を現した。 「いらっしゃいま――」 スカロンが出迎えようとしたが、入ってきた客の姿に唖然とする。 (ん……?) スパーダのストロベリーサンデーを食していた手がぴたりと止まる。 この覚えのある悪魔の気配は……。 「すまない。部屋を一つ貸してくれ」 そして、聞き覚えのある女の声。 肩越しに後ろを振り返ると、そこには見覚えのある一人の女がぐったりとしている平民の女を抱えて立っていたのだ。 何より、女が背負っている一振りの剣の柄が目に付いていた。 「何よ、あの女」 「どうしたんでしょうか」 ルイズとティファニアの手も止まり、いきなり現れた女戦士へと視線が注がれていた。 その時、女戦士の視線がスパーダ達のテーブルへと向けられる。 スパーダの姿を目にした途端、目を見開いて驚いていた。 「お前は……!」 「しばらくだな。アニエス」 盟友の化身を預けられた女剣士と魔剣士は今、再び邂逅していた。 #navi(The Legendary Dark Zero)