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幼気◆2XEqsKa.CM


【F-6 市街地 AM 3:45】

護送車の傍らに、男女数名が固まっている。
それは集団と呼べるほどの精神的・構造的なまとまりもない、正しく"固まり"であった。
ゆたりゆらりと流れる層積雲が、白み始めた空を覆い隠す。
街周数里に訪れた暗闇は、深夜のそれと変わりなく。
しかして この場に流れる陰鬱な空気は、その暗闇だけが原因だろうか?
一触即発、というほど剣呑な物ではないが、薄皮を隔て重ねたような圧迫感が場を包んでいた。
集団の中心にいる―――見ようによっては囲われている―――少女が、他の者から話を聞いている。
自分の知り合いに出会った者がいない事を知り、少女……我妻由乃は小さく息をついた。

「……」

「……」

この場にいる男女五名の中で、一際不穏な空気を放つ二人が、時折無言で視線を交わしている。
仮面ライダー、本郷猛。尋常ならざる嗅覚で悪を嗅ぎつける歴戦の男。
未来日記所有者、我妻由乃。愛に生きる狂気の少女。
二人の目に、友好や好奇の感情は一切含まれていない。
互いの胸中にあるのは、如何にして相手を暴くか。如何にして相手を殺すか。
残る三名には、彼らがそれほどの決意を持って相対している事実を観測する事はできない。
あくまで二人は、自分以外に気付かれない程度の静けさで火花を散らすに留まっていた。
由乃も本郷も、表立って相手を排除するにはまだ準備が足りない。
やがて細かい情報交換も終わり、環状の人垣が崩れる。

「本郷さん! これで分かりましたよね、ゆのちゃんに悪気がなかったってこと!」

「……」

「夢原さん、いいのよ。そんなにすぐに信用してもらえるなんて思ってないわ」

もう一人の少女、夢原のぞみは由乃と(表面上)意気投合していた。
のぞみの性格は、友人を作るのに不自由しない。
本郷に辛く当たられた由乃への同情もあって、彼女は由乃と本郷の仲を取り持とうと考えていた。
プリキュアの説明を由乃にし終えてから、変身を解いて本郷に詰め寄るのぞみを、残った男二人が抑えにかかる。
人吉善吉、ヴォルフガング・グリマー。一般人高校生と元スパイの違いはあれど、
彼らもまた我妻由乃を完全に信用する事は出来ないでいた。
ヒロインを護ると決めた人吉善吉。かってヒーローに恋焦がれたグリマー。
だからこそ、二人にとって本郷猛という男の言動は一角の説得力があるものだったのだろうか。

「まあまあ……由乃ちゃんを信じねーわけじゃねーけどよ。物には順序ってもんがあんだろ、のぞみちゃん」

(……"ちゃん"? なんだコイツは……馴れ馴れしい。年下は無条件で保護対象な人間か?)

「俺達だって女の子を苛めるような事をしたいわけじゃない。だがこの状況下で銃を構えて隙を窺っていた彼女を
 二言三言話したくらいで信頼して、軽々に一緒に行動すると決める訳にはいかないと、本郷は言いたいんだ」

(異人が……! ベラベラと日本語で喋るな、気味の悪いッッ! 案山子みたいに突っ立ってろ!)

「ひどい! ゆのちゃんを置き去りにするって言うんですか!? ゆのちゃんだってきっと怖かったんです!
 信じて、そしていきなり腕を捻り上げた事を謝ってください! 疑い合ってたら、誰も夢なんて見れませんよ!」

(騒ぐな、耳が痛い……。頼むから、事をややこしくしないで欲しいわ。私は自分で切り抜けられる……)

「俺はもう、夢など見られない」

(寝ずに死ね……!)

自分の処遇について論争する四人それぞれに、心の中で悪態をつきながら由乃が悲しげな笑顔を作る。
由乃にとって、現状最も優先するべき事は雪輝がいると思われる東南への移動。
本郷・夢原という戦力と他二名の弾除けを擁するこの集団に入りさえすれば、移動先の誘導は不可能ではない筈。
最も、それは最低限の信頼を得られれば、の話だが……。

(本郷猛は、何故か私を目の仇にしているようだけど……要は、こうしてしまえば、奴の妨害は消えるはず!)

「……分かったわ。私を信用できないなら、それはいい。当たり前の事だと思うしね。
 でも、一人で寂しかった、のは本当なの。信じてくれなくてもいいけど、一人になるのはもうイヤ……」

「ゆ、ゆのちゃん……あたしが今、みんなを説得して……」

「……夢原さん、ありがとう。でも、彼らは納得しないわ。だから……私を縛ってください。
 身動き一つできないくらいに。車で移動するなら、トランクに詰め込んでもらっても構わないわ」

眉を顰める本郷。小娘の考えなど、読めない男ではなかった。
本郷が由乃の"悪"を曝け出させ、仲間の同意を得た上で排除しようとしている事を悟られ、先手を打たれたのだ。
由乃は自らの攻撃性を抑えて、あえて弱い立場に身を置く事で活路を見いだそうとしている。
どの道DIOへの対応で、もうしばらくここに足止めを食らうであろう事は由乃も情報交換の中で理解していた。
ならば、避けえないそのタイムロスを前線に出られる筈もない、拘束者として過ごす事で安全に通過する。
その上、何も行動を起こさなかったとして信頼を得る、一石二鳥の計略であった。
この集団がDIOに敗北した場合、いつまで経っても自分が拘束から解放されない場合など、危険な因子もあるが。
今までに見て、聞いて判断したこの集団の性質を鑑みるに、少なくとも後者はない、と由乃は考える。
天野雪輝との合流を第一に望む由乃にとっては、余りに気の長い作戦だった。
そう、由乃自身でも、とても達成するまで自分が我慢できるとは信じられない物だったが。
正面きって本郷に逆らえば、100%DEAD。隙を見て逃げ出すのも、四人に捕捉された状況からではもう不可能。
これが、現時点でのHAPPY ENDへの最善手だ。

(ユッキー……遅くなるかもしれないけど、私頑張るから! 絶対にユッキーに会いに行くから!)

「どうします、本郷さん? 俺は、そこまでやるなら連れて行ってもいいと思いますけど」

「女の子を縛るなんて、絶対に駄目です! みんながそんなにゆのちゃんを信用できないなら、
 あたしがみんなから別れて、ゆのちゃんと一緒に行動します!」

「……それは、困るな」

口を閉ざしていた本郷が、のぞみの言葉に反応して由乃を睨む。
のぞみを危険に晒すわけにはいかないし、由乃から目を離すわけにもいかない、というように。
のぞみがパッと顔を明るくして、「じゃあ縛ったりせずに一緒に行動できるんですね!」と聞いたのに、
「それはできない」と短く答えて、数秒の沈黙の後、本郷はついに由乃の策に乗る事を決意した。

「……貴様の条件を呑もう。ただし、拘束している間、俺達の情報は一切与えない。
 目と鼻と耳と口を塞ぐぞ、俺達全員が貴様を信用するまで、だ」

(やった……!)

「縛るだけじゃなく、そんな事まで……!」

「夢原さん、もう庇ってくれなくても良いわ。私が望んでそうするんだから、貴女が責任を感じる事はない。
 ……できれば、みんなの誤解を早く解いてくれると、嬉しいけど」

のぞみに釘を刺し、由乃はとうとう集団への加入を許可された。
後は、もどかしく、狂おしい長い時間を耐えるだけだ。
由乃は、雪輝の安否を思い、こんな状況に陥った自らの不幸を呪った。
いつだって、世界は彼女に優しくない。と、呪詛のごとく脳裏を怒りと憎悪で埋め尽くす。
顔の筋肉を『悲しい笑顔』で固定したまま、由乃は自分の内面世界を見つめなおす。
彼女は"ユッキーを是とする"という己が内面世界のルールから抜け出す事は一瞬たりともないが、
これからしばらくは本当に、外界とのリンクを途絶えさせられるのだ。
天野雪輝の事を深く深く考える事が出来ると考えればそんな時間も悪くない、と思ったのかどうかは分からないが。
テキパキと自分を拘束する算段を口にしながら、由乃は天野雪輝への夢想と懐古に浸る。

「じゃあ……何か、私を縛ったり、目隠ししたりする物を探してきてください、人吉先輩」

「俺!? な、なんで……俺、そういうのに詳しいわけじゃねえんだけど……」

「本郷さんに任せると、釘や針付きのを持ってきそうですし……人吉先輩が、適任だと思いますけど」

(ユッキー、ユッキー。私これからこの有象無象たちに恥ずかしい格好にされて縛られちゃうけど、
 心はずっとユッキーに縛られたままだからね。そもそも私がユッキーに心を縛られて、
 奪われちゃったのはいつだったかなぁ。なーんて。忘れるわけないよね、ユッキー。
 ユッキーは覚えてる? あの日、ユッキーが私と結婚してくれるって約束した、あの放課後の一瞬。
 切り取って、写真立てに入れておきたい幸せな幸せな一時。ユッキーは忘れてても、私は死ぬまで覚えてるよ。
 ううん、死んでも覚えてる。あの日まで、未来が見えずに死んでいたような私を救ってくれた思い出だもん。
 ……そうだ。その理由も、ユッキーにはもう知られちゃったんだよね。私のお父さんとお母さんの事。
 それと―-----ーー-ー----…………あれ、なんだったかなぁ? ……まあいいや。ユッキーと私の未来には、
 そーんな湿っぽい、昔の事なんて関係ないものね。結婚式は、やっぱり体験会で着たドレスでやりたいかな。
 ユッキー、あの格好、キレイって言ってくれたもんね。でも、和服もいいかな。せっかく日本に生まれたんだしね。
 もちろんユッキーの好みに合わせるけど、和服の私もユッキーにキレイって言って貰いたいな。えへへ。
 ユッキー、ユッキー、ユッキー。会いたいよぅ。ユッキーを守ってないと、頭がおかしくなっちゃいそうなの。
 未来日記は偽者とすり替えられてて、ユッキーが何をしてるかも分からないし。こんなひどい事をする人たち
 なんて、死んじゃえばいいのに。この広い会場にうじゃうじゃいて、私とユッキーの出会える確率を下げる奴らも
 同じだよね。今は我慢しなきゃいけないのは分かってるけど、でも出来るだけ早く邪魔者を殺して、ユッキーと
 一緒になりたいなぁ。合流した後ユッキーを守ってあげたくても、鬱陶しいルールのせいで、
 どうすればユッキーを助けられるのか分からないんじゃないかなぁ。みっつグループがあって……えーと……。
 ユッキー以外全員殺してから最後に私が死ねばいいのかなぁ……でもユッキーがHorだとユッキーも死んじゃうね。
 むむむ……私が死ぬのはともかく、ユッキーが死ぬのは絶対に駄目。私はユッキーに幸せにして欲しいけど、
 ユッキーが幸せじゃないと何の意味もないもんね。ユッキーが助けてくれた命だから、私の全部はユッキーの
 ものだよ。でも、浮気だけは我慢できない。女の子ってそういうものなの。男の子を独り占めしたいって思わない
 なんて、それは自分も相手に独り占めされなくてもいいって言ってるようなものよね。そういう人は、軽蔑するわ。
 あ、ユッキーがもし浮気しても、ユッキーの事は軽蔑なんてしないよ。ユッキーにだって選ぶ権利はあるもんね。
 だからユッキーが私の事を正しく選べるように、相手の女の子の悪いところを教えてあげるの。肝臓とか眼球とか。
 そしてその後、ユッキーに私のよさを伝えたい。私以上にユッキーを愛してる女の子なんていないって事を。
 そうすれば、ユッキーも浮気の馬鹿らしさに気づいてくれるよね。ユッキーは私の手を握ってくれる人だもん。
 ユッキーと私の子供の顔が見たい。子供と、ユッキーの子供に相応しい相手の孫の顔も見たいな。
 ……気が早いのは分かってるけど、幸せな未来はいっぱいいっぱいイメージした方がいいと思うの。
 きっと、そのイメージを越えるもっと幸せな現実が来てくれるって信じてるから。ユッキーはどう思う?)

「…………うんっ! そうだな!」

「じゃあ、お願いしますね……ん」

拘束道具を探しに行こうと駆け出した善吉の足が止まる。
グリマーは首を傾げ、本郷が目を見開く。のぞみは、不満げに本郷をじっとり見ていて、気付いていない。
急にそわそわし出した由乃の様子を訝る一同。由乃は、顔を赤くして、彼らにか細い声で告げた。

「あ……あの、ちょっとお花を摘みに……」

「お花? ゆのちゃん、お花好きなの? あたしも一緒に……」

「待て。一人で行かせてやれ」

「……私、逃げるかも知れませんよ?」

「この護送車の周辺500mから出れば、そうだと見做して捕獲に向かう」

用を足したい、と申し出た由乃に、意外にも本郷が単独での行動を許可した。
微かに違和感を覚えた由乃だったが、彼女にとってもその申し出は好都合。
深く考える事もなく、とたとたと走り出す。

その後姿を眺めながら、グリマーが低い声で呟いた。
声は本郷に向けたものであり、その語調は重い。

「彼女は……本当に、信用できない人間なのか?」

「そうだ。我妻由乃は"悪"だ」

「なぜ……そうだと分かる? 本郷、君が正義のヒーローだからか」

「……悪と正義は本来同じ方向を向いている。俺は他の者よりほんの少し多く。
 理不尽によって歪まされ、"悪"にされた正義を見てきた。だから分かる。
 我妻由乃は―――矯正不能な"悪"となっている。何が原因かは分からない。
 だが……ああなれば、倒すしかない。あの少女を救える甘い望みなど、俺の戦いにはない」

率直な意見、そして曲げられない信念を張り通す本郷猛。
グリマーが、吐き出すように、ならばと問う。

「その正義とは、何なのか、教えて欲しい。悪人を見分けて殺す技能のことなのかい?」

「……正義を語るのに、俺より相応しい相棒がいてな。そいつなら、気の利いた答えを返せんだろうが。
 俺にとっての正義とは、治ることのない一つの疾患でしかない。俺は戦ってきた。戦い続けてきた。
 そのうちに、己が内から湧いて来る怒りと、人間の自由と平和への望みと、仲間達との絆……いや、
 あるいは、仲間達を巻き込んでしまった悔恨かも知れん……それらが混ざり合っていった。
 その結果が、今の俺の姿と形だ。俺はそれを正義と呼ぶ。一度たりとも曲げなかった、自分の道を正義と呼ぶ」


「……後天的に積み上げられた不治の疾患、か。それは、重いな。だが、俺には彼女が―――」

グリマーが、どこか自嘲的な笑みを浮かべて言葉を濁す。
我妻由乃と応対する内に、グリマーは彼女の作り物のような笑顔に気付いていたのだ。
心の底から出る物ではない、全人類の平均値のような由乃の笑顔は、
彼の悲惨な少年期に教え込まれた、状況に応じた表情の変化をなぞるそれと同じだった。
自分と由乃を重ね合わせ、彼女にも何か事情があるのではないか、と考えるグリマーを見透かすように、
本郷は冷酷とも言える声質でそれを否定する。

「お前と我妻由乃は違う」

「君は俺の事を何も知らないだろう」

「この殺し合いの舞台の上で、殺意と害意がない……それだけで十分、信用に足る。
 お前が我妻由乃の事情に胸を痛ませる必要はない。奴は……この、俺が」

倒す、と呟いて、突然本郷が立ち上がった。
話をしていたグリマーも、少し離れた場所で不貞腐れているのぞみも、ロープを探してきた善吉も、
一様にその勢いに目を見開く。本郷は険しい表情で、由乃が走り去った方向を凝視している。

「500mを離れても止まる気配がない。連れ戻しに行ってくる」

「また乱暴な事をするつもりですか!?」

「……連れ戻すだけだ。約束しよう」

有無を言わせず、本郷が胸のベルトに手をかざす。
一瞬、その身を纏うような突風が吹いて、ベルトの風車が回転する。
次の瞬間には、本郷猛は正義の体現者・仮面ライダーの10が1、仮面ライダー一号へと変貌していた。
その異彩にのぞみとグリマーは息を呑み、善吉は背筋を冷やす。

「ライダー……変身」

「ほ、本郷さん……」

「すぐに戻る」

大地を蹴って、仮面ライダーがその場から掻き消えた。
追いすがろうとするのぞみを、善吉が抑える。
一縷の不安は残るが、本郷猛が「約束する」と言ったのだ。
善吉には、彼の邪魔をする気は起きなかった。

「大丈夫だ……由乃ちゃんはちょっと距離をオーバーしちまっただけで、何事もなく戻ってくるさ」

「何であんな乱暴な人のことをそこまで信用できるの!?」

「あの人の放つオーラが俺を正義に駆り立てるんだよ!」

「何言ってるのかぜんぜん分からないよ!?」

じたばたするのぞみをおっかなびっくり捕まえながら、いい笑顔で善吉は答える。
何故かと問われても、善吉にも明確な確信があるわけではない。
善吉とて、由乃が持つ何らかの異常性には気付いていた。だが、善吉は異常を制御した者たちを知っている。
生まれつき殺人衝動を持っていながら、『人を殺さない』という当然の事を守り続ける男。
悪魔にも匹敵する暗黒を抱えていながら、人の善性を証明し続ける女。
彼らのような例を知る善吉は、由乃が"こちら側"だという希望を捨てられなかった。
だからこそ、「連れ戻すだけ」という本郷の言葉を信じ、事態をかき回しかねないのぞみを抑えている。

一方のグリマーは仮面ライダーの聴覚やヒーロー然とした姿に驚嘆しながらも、心胆に震える物を感じていた。
仮面ライダーは、超人シュタイナーのような、変身する事でヒーローに変貌する存在ではないのだ。
変貌してしまった人外の存在が、それでも人間の"正義"という価値観を手放さなかった存在。
故に、その行動は善であれ、その思想は必ずしも善良な物とは言えない。
巌然たる正義―――誤魔化しや虚偽の通用しない、人ならぬ正義の体現者。
人間の社会に生き、確かな正義を信じられなくなったグリマーにとっては、本郷の姿は異質すぎた。

(だが……だからこそ、眩しいと感じる人間もいるだろうな。善吉君のように)

グリマーは超人シュタイナーの末路を知らない。
だが仮面ライダーの末路は、容易に想像できた。
彼は、戦い続けて死ぬのだろう。人間に戻る事も、超人の業に押しつぶされる事もなく。
その在りようは、『自分』を実感できないグリマーの生き方よりも、苦しいモノに、見えた。

【F-5 市街地 AM 3:55】


落ち着かない。まったくもって、落ち着かない。
私、吉良吉影……名前以外の全てを失った男は、精神的窮地に追い込まれていた。
気絶した少女を拾って駆け込んだ民家の居心地は上々。
洋式の内装も気にならない、中流階級の人間が住むのにふさわしい家屋だ。
この家が気に入ると言う事は、私は金持ちでも貧乏人でもなかったらしい。

「そう、問題はこの異国の少女だ……」

日本人には望むべくもない、白く透き通った肌。
美しい金色の髪は照明がなくとも薄闇の中で存在感を示し、少女の"美"を演出している。
もっとも私に無防備な女性の寝込みを襲う理由はない。鑑賞品として楽しむのが関の山だ。
だが、一つだけ……そう、私の心をかき乱す物を、少女は持っていた。
二対の"手"である。他の部位に違わず美しい、神経織り濃く孕む、天然の宝玉。
もはやそれは感動を通り越し、私を扇情させていた。
思わず座っていた安楽椅子から立ち上がり、反対側のソファーに眠る少女におぼつく足取りで接近する。

(まさしく英霊(モナリザ)の降臨だ……! 彼女の手に頬ずりをしたいッ……!
 一指一指、這うようにその完熟さを確かめたい! 私の頬で!)

美画モナ・リザ。かのレオナルド・ダ・ヴィンチが描いた、世界で最も有名な絵画の一つ。
知識として―――画集か何かで見たのだろうか―――私の脳髄にある美術品。
この少女の指は、その絵に描かれた母性あふれる婦人のそれと同じ安らぎを私に与えていた。
しかし、今はその安らぎが痛い。常識的に考えて健康な男性は女性の何所に魅力を感じるだろう?
モナリザを検分した識者たちの多くは、その不思議な微笑に注目した。
人間の印象はまず顔で測られる。「顔は心の信号機」というわけだ。
つまりまともな男性であればこの少女の整った顔立ちに魅了されるのが当然であり、少女への礼節というもの。
ならば、"手"などという極めて限定的な肢体の一部分にしか興味を持てない自分は何者なのか。

(ひ……ひとつだけ、分かったことがあるッ! 私の中にある『世間一般の常識』と『私の嗜好』はッ!
 かなりの規模でズレているということッ! もしやこの吉良吉影は……『変態』だというのか!?)


心が激しく揺さぶられる。失われた記憶が戻れば、自分の変態性も気にならなくなるだろう。
しかし今の私はなまじその変態的な嗜好と思考を失っただけに、常識の呵責に責められているのだろうか?
だ……だが、これは記憶を失った事による精神の混乱の悪影響と考えられない事もない。
ともかく今は他人に怪しまれるのを避けるため、この嗜好を抑え込むのだッ!

「そうしなくてはいけないと分かっているのにィィィィ……這わさずにはいられないッ! フウウウウウウ~~~!」

私の意志に反して、身体が勝手に少女の手に魔手を伸ばす。
強く握り締めれば折れそうな腕を引っ張り、手首を眼前に晒し、眺める。
なんという美しい関節と皮膚ッ! もはやこれは芸術を越え、神の御業としか言いようがない域にあるとしか……!
いったいどういう場所で生まれ、どういう環境で育てばこんな美しい手になるというのだッ!?

「クックックッ―――ン! い、いかん……我慢できんッ! 彼女の親指を! 私の口に突っ込んで……舐めぬk」

「吉良さん、出来ましたよ……あれ? どうしたんです?」

「いや彼女の『脈』を測っていてね……正常だからそのうち目覚めるだろうが……」

私の凶行を遮るかのように、台所から五代(私の同行者で、なかなか気のいい青年だ)が姿を現す。
危ないところだ……彼があと数秒遅ければ、少女の手をペロンペロンする私の惨状を見られてしまっていただろう。
上手く誤魔化して少女の腕を離し、安楽椅子に戻る私の鼻腔を、香ばしい匂いがくすぐった。
五代は、少女を休ませる場所を見つけて寝かせるついでに、この民家の台所を使って料理をしていたのだ。
私もなんとなく、台所に立てば料理が出来るような気はしたが、今はそんな事はどうでもいい。
五代の作った料理は、インド風(?)のスープのような物だった。
私の支給食料の一部にあったカレールーを提供した甲斐はあった様で、
小腹を満たすのに十分な量と、食欲をそそる質を兼ね備えている。どうみても素人のレベルではない。

「五代くん、凄いじゃないか。2000の技は伊達じゃないな」

「へへへ。あったかいうちにどうぞどうぞ。その人に食べさせられないのは残念ですけど」

「何、これほどのいい香りだ。眠っていても憶えているだろう。起きたらまた作ってあげるといい」

ハフハフと口に運ぶ。熱さと辛さが程よく身体に活力を満たしていく。
しかしこれ程ホカホカの料理、どうやって作ったのだろうか。
電気は止められているし、ガスだってそうだ。鍋を煮る熱はどうしたのだろうか。
聞いてみたが、「だって俺、クウガですから」と意味不明な答えしか返ってこない。
まあ、たいした問題ではない。これほど美味しく安全な物を食べられるのだから、疑問など不要だ。

「……しかし、それにしても君は変わった青年だな。私には記憶がないが、割と疑い深い人間だったような
 気はする。それなのに、君を疑う気持ちがまったく出てこないんだ。フム……何故だろう」

「笑顔ですよ! 吉良さんも もっと笑えば、人生楽しくなりますって!」

「フフフ」

「いやいや、含み笑いじゃなくて」

最近の若者にしては快活で、好感の持てる青年だ。
しかし、談笑ばかりしているわけにもいかない。
私は金髪の少女のディパックを調べて発見した物を、ガラス張りのテーブルの上に出す。
銃弾を発射した痕跡のあるハンドガンと、ハンディタイプのビデオカメラ。
ビデオカメラは先ほど動作させてみたが、問題なく作動した。
ハンドガンの方には銃弾が込められておらず、少女に戦闘の心構えがない事を示している。


「他は我々のものと似たりよったりだった。折原の言っていた電池もなかったよ」

「折原さん……ですか」

五代の顔が曇る。折原に思うところでもあるのだろうか?
まあ、初対面で信用できるタイプの人間ではないからな。
疑心が決定的ならば、一応の同盟を組んでいる物としてフォローはするが……まあ、そうはなるまい。

「折原になにか問題でもあるのかな? ひょっとして、疑わしい点があるとか」

「いっいえ、なんでもありませんよ。それより、勝手にこの人の荷物、見ちゃって良かったんでしょうか」

「緊急時だ、仕方ないさ。彼女が危険人物でないとも限らなかったしね」

五代は、私と違って他人を疑うのには慣れていない人間のようだ。
とはいえ、愚鈍という風にも見えないが……露骨にボロを出さない限りは大丈夫だろう。
そもそも、折原はともかく私には彼に対する悪意や害意はないのだからな。
計画が終了するまで、あるいは五代が死ぬまで、普通に仲良くやっていくだけの事だ。

「あっ!」

「む? どうした、五代くん」

「いま、そこの道を女の子が……話を聞きに行きましょう!」

スープを入れた皿を片付けようと私が席を立つと同時に、五代が立ち上がる。
どうやら、窓から街中を走る人間の姿を見たらしい。
私としても、参加者と交流するのを反対する理由はない。
五代と私は、金髪の少女に書置きを残し、民家を後にすることにした。
気絶している少女を連れまわすよりは、ここに置いておいた方が双方の危険も減る。
案外あっさりとその理屈を理解してくれた五代に感謝しながら、私は少女に毛布をかけて、五代の後ろを歩く。

「……」

リビングの入り口で立ち止まり、少女に―――否、少女の"手"に目を向ける。
もう少し―――何をすればいいのかはともかく、もう少しで、自分の本質を知る事が出来そうなのだが。
今は、その事は後回しにして、私は民家を後にした。五代がどこからか見つけた家の鍵で施錠し、
最低限の防犯を確保する。夜明け前の白んだ空を仰ぐ。未だ、朝は……一回目の放送は遠い。
周囲の町並みから隔絶されたような一軒家を離れ、私と五代は少女が走り去った方向に駆け出した。



(中編へ)





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