あの作品のキャラがルイズに召喚されました @ ウィキ

ゼロな提督-12



「全く驚きだ。まさか目の前に『生存者』がいたとはな。これぞまさに『大いなる意思』
の導きということだろう」

 目の前のエルフはヤンを見て『生存者』と呼ぶ。彼の口から語られた『聖地』の門を無
事に通過出来た二つの存在――30年前にヨハネス・シュトラウスが乗車していた装甲車
と、60年前にハルケギニアへ飛び去った飛行物体――とヤンを同じ世界から来たと気付
いたということ。
 対するヤンは何もしゃべらない。目の前のエルフの所属も目的も分からない以上、不用
意に口を開けば更に交渉上のアドバンテージを取られる。いや、それ以前に戦闘となれば
この場にいる全員が危険にさらされる。

「まず最初に言っておこう。こちらには争う意思はない。少なくとも、お前達に害を為す
必要は、今のところはない」

 そう言ってビダーシャルは、その場の全員を見渡す。
 タバサはシルフィードの横で無表情なまま立っている。ルイズはハルケギニアの人間の
宿敵、そして竜と並んで絶対に争いたくない相手であるエルフを前に、緊張を隠せない。
例え一度会った相手だとしても、だ。デルフリンガーは少し鞘から飛び出した状態だ。い
ざとなったら使え、という事だろう。

「私が今夜来たのは、『聖地』の門から湧いた『悪魔』の足取りを追うためだ。なんとし
ても彼等の正体を知り、大災厄を防ぎたいのだ。そのため、彼等の情報が必要なのだ」

 ヤンとしても、彼から聖地に関する更なる情報を得たい。前回は救助を呼べないという
事実に打ちひしがれ、十分に話を聞けなかった。情報交換という点でヤンとビダーシャル
の利害は一致する。
 だが、果たして彼の目的は情報だけなのだろうか?もし『破壊の壷』と呼ばれたゼッフ
ル粒子発生装置のように、同盟や帝国の機械類が存在したら?その技術を手にしたいと望
んでいたら?万一、使用可能な状態の兵器だったら?

「お前に関する情報は予め入手しておいた。この魔法学院における儀式において、瀕死の
重傷をおったまま召喚されたそうだな。まさか『悪魔』と同じ世界から召喚されたとは、
そこの娘に感謝せねばならない」

 そこの娘、と言われたルイズは言葉に詰まる。
 ヤンも、覚悟を決める時だと認めざるを得なかった。



          第十二話    門



「ヤンよ、油断すんなよ」
「大丈夫だよ。彼は本当に話し合いに来ただけだ」
 ヤンは、僅かながらエルフへの警戒心を解く。その様子にビダーシャルも僅かに微笑み
を浮かべる。

 『ルイズがヤンをサモン・サーヴァントで召喚した』ことを知っている。タバサに学院
への案内とヤンへの面会を依頼した。
 これはつまり、ビダーシャルがハルケギニアにおいて相応の組織をバックに活動してい
る事を示している。その組織はタバサに関係がある組織だろう。また堂々と「客」と言っ
てルイズとヤンを連れてきた所を見ると、タバサもビダーシャルも、背後の組織を隠す気
はないようだ。それにまさか、ヤンという重要な情報源を口封じに殺すとも思えない。連
れ去るつもりなら既にやっている。捕らえた後『ギアス(誓約)』等の洗脳魔法でもかけ
ればいいのだから。
 ならば、ここは目の前のエルフをある程度信用すべきだろう。

 ヤンは一歩前に進んだ。
「なら、まずは所属を教えて欲しい。君の出身と、ハルケギニアでの君の所属組織を」
 聞かれたビダーシャルは少し驚いたように目を開き、そして自分の名前しか名乗ってい
なかった事を思い出した。

 切れ長の目が視線をずらしてタバサを見る。タバサは小さく頷いた。
「失礼した。では改めて自己紹介しよう。
 私はビダーシャル。エルフの中の「ネフテス」という部族の一員であり、「老評議会」
の議員を務めている。テュリューク統領より、シャタイーンの門の活性化を押さえるべく
ハルケギニアへ派遣された。
 ハルケギニアでの所属だが、今の段階ではどこにも所属していない。ただ、タバサ殿の
故国であるガリアに協力を申し出ている最中だ」

 そう言ってビダーシャルが再びタバサへ視線を送ると、ボソッと小さな声が漏れた。
「案内を命じられた」
 それだけ言うと、再び押し黙ってしまった。

 タバサがガリアから来ていた事や、ガリア王家と縁ある人物だとは、ルイズもヤンも初
耳だ。だからといって、今はそんな事に気をまわしている場合ではないが。
 ただ、ガリア王家の意図はともかく、ビダーシャル個人としては敵対する気も隠し事を
する気も無い事を理解出来た。むしろガリア王家が、宿敵のはずのエルフに協力の姿勢を
示している事、ヤンが召喚されたのを知っている事、この二つが分かった事は大きな収穫
だろう。

「ヤン…」
 ルイズは不安げにヤンを見上げる。
「大丈夫。安心してよさそうだよ」
 ヤンは小さな主に、ちょっとぎこちない笑顔を向ける。

 それにしても、『聖地』か・・・

 ヤンは改めてハルケギニアにおける『聖地』を思い出してみる。
東にある砂漠の彼方、始祖ブリミルがハルケギニアに初めて降り立ったとされる伝説の
地域。エルフはこの地を「シャイターン(悪魔)の門」と呼び、封じている。以来、聖地
への道は閉ざされたままだ。
 この「門」はハルケギニアと異世界、即ちヤンが住んでいた宇宙をつなぐものらしい。
現在でも「門」から色々飛び出していることをビダーシャルから聞いた。
 ただし、ヤンの世界の人類は、既に宇宙進出を果たし、生活の場は宇宙に移っている。
そして「門」は星系間を航行している艦船等を召喚することがあるようで、その度にハル
ケギニアの大気に減速無しで突っ込んだ被召喚物が生み出す大爆発で半径10リーグほど
のクレーターを作っている。

「正直に言おう。『門』の活性化により生み出される嵐が、もはや精霊の力でも押さえき
れない程になった。その金属板を有していた物体が現れた時を筆頭に、かつて無いほどの
頻度で『門』が開いている。
 連日のように『門』が強力な閃光を天へ放ったり、多数の小爆発を起こしているのだ」

 ヤンは、改めてルイズの持つ黒こげの金属板を見る。ルイズは黙ってヤンに金属板を手
渡す。
 彼はその板に描かれた同盟の国旗を、そして金属板のサイズや形状をじっくりと見てみ
る。そして、一つの事に思い至った。そのタイプの国旗が装着されていたはずの兵器を思
い出したのだ。

「スパルタニアンだ…」
 その言葉は、ルイズにもタバサにもデルフリンガーにもビダーシャルにも、聞き覚えの
ない物だった。ただ一人、ヤンだけが事の重大さを、絶望的なまでの災厄が近付いている
事を思い知らされた。


 スパルタニアンは、同盟の単座式戦闘艇のこと。小型高機動の接近格闘戦用機であり、
雷撃艇に似た機能も持つ。高速で宇宙空間を疾走する母艦から発進した時点で、既に母艦
以上の速度を出している。1秒で140発のウラン238弾を撃ち、中性子弾頭や水爆のミサ
イルを搭載している。
 そんな物を召喚して、よく原型を留めた部品が残っていたものだと感心してしまう。

 そして同時に、背筋に凄まじい悪寒が走る。

 一体、『聖地』周辺の土・水・大気の汚染はどれ程の物か。いくら大地の精霊が残骸や
汚染土壌を地の底に封じ、風と水の精霊が放射性物質や劇毒物の拡散を押さえ込んでいる
としても、いくらなんでも限度がある。風向き次第で、トリステインで死の灰が降っても
不思議はない。
 しかも、単座式戦闘艇ということは、パイロットがいると言う事だ。「門」の被害は、
死者はハルケギニアのみならず、同盟や帝国にも及んでいる。しかもそれが千年に渡り続
いている。

 そして最近は、精霊の手に余るほどの頻度、ほぼ連日のように召喚をしているというの
だ。いや、頻度の活性化だけなら問題は少ない。聖地の大地がだんだん抉れていくだけの
こと。
 だが今後、「門のサイズ」が活性化しないと言い切れるだろうか?

 この金属板が貼られていたのはスパルタニアン、小型戦闘機だ。ヨハネスが乗車してい
たのは装甲車だ。では、もしも、全長1kmを超える戦艦や大型輸送船が飛び出してきた
ら…。
 飛び出せたならまだ良い。爆発もせずに飛び出せたなら、あとは地上に落下するだけ。
運が良ければ、M8クラスの大地震や大津波が一発くるくらいで済むだろう。だがもし、
「門」が開ききる前に突っ込んでしまったらどうなるか?通りきる前に「門」が閉じたと
したら?
 ローゼンリッターの斧は綺麗に切り裂かれた。ならば核融合炉も同じく切り裂かれるだ
ろう。

 核融合は核分裂反応のような連鎖反応がなく、暴走が原理的に生じない。だが放射能の
危険性は炉心と燃料の三重水素(トリチウム)において依然として無視できない。そして
何より、考えたくないが、炉の内部は恒星と同じ状態なのだ。物質はプラズマ状態の極高
温で荒れ狂っている。
 いや、これはサモン・サーヴァントのように『何かが召喚される』時の話だ。万が一、
召喚とは関係なく、ただ漫然と「門」が開いてしまったら・・・。


 ヤンの深刻すぎる懸念と恐怖は、彼を見ているビダーシャルにも漂ってくるほどだ。
「どうやら、事態の重大さを理解してもらえたようだな」
 ゆっくりと視線をエルフへ戻したヤンは、ぎこちなく頷いた。
「『聖地』について、もっと詳しく教えて欲しい」
「分かった。では代わりに『悪魔』達について教えて欲しい」
 ビダーシャルも涼やかに頷いた。


 こうして、二人は語り合い続けた。
 それを周りで見ているルイズとタバサとシルフィード、ヤンの背のデルフリンガーも二
人の情報交換を邪魔せず、ほとんどじっと話を聞き入っていた。もっとも、口を挟みたく
ても挟めなかったろう。二人の話は、特にヤンの話は想像の範囲を超えているのだから。


 ビダーシャルが語る聖地、シャタイーン、虚無。
「『四の悪魔揃いし時、真の悪魔の力は目覚めん。真の悪魔の力は、再び大災厄をもたら
すであろう』…我らの予言だ。力は持つ者によって光にも闇にも変わる。かつて我らの世
界を滅ぼしかけた力だ」
「四の悪魔…始祖ブリミルが持つという、伝説の『虚無』の系統。その使い手が4人揃う
時…ということかな?」
 ヤンの推測にビダーシャルは「うむ」と呟く。
「六千年前の大災厄以来、かつて何度か、悪魔の力は揃いそうになった。その度に我らは
恐怖した。我らは大災厄をもたらした『シャタイーンの門』をそっとしておきたいのだ。
知を持つ者が触れざる場所にしておきたいのだ。それでこそ世界の安全は保たれる」

 その言葉に、ようやくルイズとデルフリンガーが口を挟んだ。
「でも、エルフの世界が滅ぶからって、長年敵対してきたハルケギニアの私達に助けてく
れだなんて…」
「だよなー、ちょいとムシがよすぎねーか?」
 その言葉を聞いたビダーシャルは少し眉をひそめた。そしてヤンも二人をたしなめる。
「いいかい、二人とも。例え敵同士だとしても、『相手の事なんかどうなってもいい』な
んて考えてはいけないよ。双方とも同じ人間…この場合は人間とエルフで少し違うかもし
れないけど。でも、見ての通り話の分かる存在だって分かったろう?」

 注意されたルイズは「え~?でも~だってぇ~」と納得出来ない様子だ。

「それと、彼の話だけど、滅ぶのはエルフだけじゃないよ。間違いなくハルケギニア、い
や、東方を含めた全てが、生きとし生けるもの全てが滅ぶ。これは、それだけの危機を含
んだ話なんだ」
 ヤンの言葉はルイズには、いや、タバサにもデルフリンガーにも理解を超えた話だ。理
解出来ているのは、『聖地』の惨状を知るビダーシャルだけ。


 だが、そのビダーシャルにしても、ヤンが語り始めた宇宙の物語は想像を絶していた。
『聖地』を知っていてすら、なお理解の範疇を大きく外れている。
 当然の事だろう。地上で暮らす彼等に、真空とか無重力とか理解出来るはずがない。ヤ
ンが異界から召喚された事を知っている一同にとってすら、ヤンの正気を疑いたくなる話
だ。

 話を聞き終えたビダーシャルが、ようやくなんとか質問する気になった。
「・・・つまり、ええと、君たちの船は音より遙かに速く飛んでいるというのか?風の精
霊が全く存在しない、『しんくう』とか言う世界を?あの星空の中を?」
 切れ長の目は頷くヤンを見ていない。満天の星空を見上げている。
「そのままの速さで大気にぶつかったら、その瞬間に燃え、溶け、砕ける…『聖地』の嵐
はそれが原因だと、そう言うのだね?」
「はい」

 ヤンは当然のように答えるが、ビダーシャル含め、その場の全員がポカンとしている。
ヤンも予想していた事だ。音より速く飛ぶ、というより音に速度があるという発想自体が
彼等にはないのだから。エルフの技術水準なら音が波であり速度を持つと知っているかも
知れない。だが大気にぶつかって燃えるなど、さすがに想像も付かない話なのはやむを得
ない。
 そしてエルフは、さらに眉をひそめて話を続ける。

「そして、もし万が一、門が直接君の世界と繋がったら、空気が全てしんくうの中に吸い
出されてしまう、と?」
 再び頷くヤン。
「そうです。これがサモン・サーヴァントなら、召喚の門に接触した物体のみを、こちら
の世界へ喚び寄せます。…そうだよね?二人とも」

 ヤンは後ろで話を聞いているメイジの少女二人に確認する。かなり話に置いて行かれて
いた二人だが、睡魔と戦いつつも、ともかく頭を上下に振った。
 ちなみに青い風竜は、既に熟睡して大イビキをかいている。

「…ということですので、だから気圧差の問題が生じないのです。『真空』とは空気も含
めて『何もない』ことですから、何も召喚の門に触れません。
 ですが、もし直接に僕らの世界と繋がったら、そしてそれが宇宙空間だったら…まず門
を開いたメイジ本人が周囲の全てごと宇宙空間に吸い出されて、死にます。
 それで門が閉じればいいですが、万一、聖地の門と同じく開きっぱなしになったりした
ら…底が抜けた樽と同じです」

 真剣に語るヤンとは裏腹に、ビダーシャルは腕組みをして考え込んでしまう。嘘か真か
判断が付かず困っているのは明らかだ。デルフリンガーは既に聞く事自体を放棄してる。
ルイズとタバサは、何とか話についてこようと必死になって二人の会話に耳を澄ましてい
た。

 ビダーシャルは散々思索を巡らした後にようやく、観念したような口調で考えを口にし
た。
「何とも想像を絶するというか…正直、荒唐無稽としか言いようのない話で、今この場で
お前の話を信じる事は難しい」
「でしょうね。私も信じてくれとは言いません。ただ、『門』がこれ以上活性化すれば、
本当に世界が滅ぶということだけ分かってくれれば十分です」
 ビダーシャルは、どうにか理解出来る結論に落ち着いて、安心したように息を吐いた。
「うむ。その点を同意してもらえたなら、私も遠路はるばる来た甲斐があるというもの。
出来るなら、他の者達にも伝えて欲しい。『虚無に触れてはならない』と」

 ここでタバサが、初めて自分から口を開いた。
「門の向こうへ、手紙を送れない?」
 その言葉に、ヤンは諦め混じりで首を横に振った。
「だめだよ…。僕は魔法関連の本をいくらか読んだだけなので、魔法には詳しくない。で
も、『召喚』のゲートが開くという事は、門の向こうから何かが飛びだしてくる時だ、と
いうことなのは分かるよ。
 つまり、こっちに向かって飛んでくる物を押し返した上で手紙を突っ込まなきゃならな
い、ということだよ。半径10リーグの大穴をあける物体を、ね。
 しかも、宇宙のどこに門が繋がってるかも分からない。広大な星の海の中で手紙が届く
可能性なんて、ゼロと言っていいさ」

 口にはしなかったが、通信機から信号を送るのも同じく無理、と考えている。宇宙のど
こに繋がるかも分からない門へ信号を送ったところで、その信号を拾う人が門へ突っ込も
うとしている『被召喚者』以外にいる可能性は低い。例え信号を拾っても、その内容は常
識からかけ離れている。どこかの暇な変人によるイタズラと考えるのがオチだろう。信じ
るはずがない。そもそも、そんな通信をしようとしている間に爆風で自分が死ぬから、結
局送れない。
 信じたとしても、門は宇宙のどこにいつ開くかなんて分からない。開いた瞬間には回避
不能な状態になっている。警戒のしようがないのだ。


 始祖ブリミルが残した遺産は、両世界にとって大いなる災厄の種となっているというこ
とだ。


 ともかくだ、とビダーシャルは結論を語り出した。
「お前の話…ええと、自由惑星同盟と銀河帝国、イゼルローン要塞に皇帝ラインハルト…
だったな?その宇宙に広がりし蛮人達の物語、そしてお前の教えてくれた大災厄の姿。一
旦ネフテスに戻り老評議会で報告しようと思う。
 正直、とても信じてはもらえないと思うが、な」
「構いませんよ。参考にくらいはなるでしょう」

 ビダーシャルはヤンに一礼する。そして横を向き、暗い森の奥を見つめた。
「そこの者も、今聞いていた話を良く覚えていて欲しい。そして、出来る限り広く語って
欲しい」
 とたんに茂みの奥からガサガサガサッ!と音がする。

 少々の静けさの後に闇の中から現れたのは、いつものようにロングビル。
 ヤンも毎度の事に呆れ顔。
「いやはや、気付かれてたかい…さすがエルフだねぇ」
 出てきたロングビルは、ヤンに呆れ顔をされても気にとめた様子はない。既に開き直っ
てる。
「やれやれ…また夜の散歩中に見つけたってわけかい?」
「ま、そういうわけさ。なにせ、夜にあんたを見つけると、ほぼ必ず面白い事が起きるん
だ。最近じゃ用が無くても、ついつい寮塔の周りをうろついちまうよ」
 その言葉に、ルイズとデルフリンガーまで呆れてしまう。

 そんな闖入者は気にせず、ビダーシャルとタバサはシルフィードに飛び乗った。
「では、異界からの来訪者よ、また会おう!」

 そしてエルフは白み始めた空を貫いて、東へ去っていった。
 後には、夜を徹して語り続けたヤンと、その話を聞き続けたルイズとロングビルが残っ
た。全員、睡眠不足の大あくびをしてしまう。
 そんなわけで、話は後にしてとりあえずは学院に戻って少しでも休もうという事になっ
た。


 無論、その日の授業中、ルイズは寝てばかり。散々教師に怒られた。
 ヤンとロングビルも学院長室で勉強をしようとして、そのまま机に突っ伏して寝てしま
う。
 それを横で見ているオスマンは、
「おーい、二人とも。起きなされ~」
 でも二人とも起きる様子はない。
「ロングビルや~、仕事中じゃぞ~」
 緑の長い髪を机の上に広げたまま、すぅすぅと寝息を立てている。

「モートソグニル」
 学院長の机の下から、小さなハツカネズミが現れた。ちゅうちゅうと鳴きながら、秘書
の足下へ走っていって、すぐ戻ってくる。そして学院長のローブを器用に登って肩に乗っ
た。
「なにっ!?今日は黒のレースじゃと…信じられん。これは、この目で確認せねばなるま
いて!」
 と呟くや、オスマンは男の本能丸出しなニヤニヤ笑いをしだす。
 すすぅ~とロングビルに近寄り、体を屈めて、二人が本を広げている机の下に頭を突っ
込もうと
「ふんぬっ!」ドゴッ!「んぎゃっ!」
 どうやら若さを持て余す老人の邪心が強すぎたらしい。本能で身の危険を察知したロン
グビルのヒールが白髪の頭にめり込んだ。

 こうして3人とも、メイドのカミーユが昼食に呼びに来るまで、机を囲んでグッスリ眠
るのだった。




 ヤンは、その日の午後にロングビルと共にオスマンへビダーシャルとの話を、出来る限
り分かりやすく報告した。また、夜はルイズと共にキュルケにも話してみた。
 その結果は、言うまでもないが、「想像が付かない」「信じられない」等だった。

 ヤンは青息吐息で寝る事にした。
「なんでぇなんでぇ辛気くせぇなぁ。そんなにしょげかえるなよ」
 デルフリンガーが励ましてくれるが、ヤンの表情は冴えないままだ。
「はぁ~、困ったもんだよ…こんな重大な話なのに、誰にも信じてもらえないなんて」
 上着を脱ぎながらぼやくヤンに、制服を脱ぎながらルイズが声をかける。
「そりゃ、しょうがないわよ。あのシュトラウスって人の手記を知ってる私や学院長です
ら、信じられないのよ?『始祖が残した虚無の力が世界を滅ぼす』なんて、このハルケギ
ニアでは誰も信じないわ。でも、これは別にあなたのせいじゃないから、気にしてもしょ
うがないわよ。
 あ、これ、洗っておいてね。毎度毎度シエスタに頼んでないで、たまには自分でやりな
さいよ!」
 と言ってヤンに投げてよこしたのはルイズのショーツ。

 慰めの言葉と鞭打つセリフを同時に投げかけるのが、僕の主の魅力なんだろうか…なん
て複雑な心境を抱きつつ、ヤンはクローゼットから取り出した黒のネグリジェをルイズに
着せる。
 ついでに、いい加減、僕に服を着させるのはやめてくれないかなぁ…これじゃ執事とい
うより保父さんだよ、とも思ったが。口にしたら殺されかねないので黙っておいた。


 次の日の朝、未だにヤンはぼんやりしていた。
 普段からぼんやりしているヤンだが、今朝はさらに輪をかけてぼんやりしている。
 立ったまま寝ているんじゃなかろうか?というくらいの勢いなぼんやりっぷり。
「ちょっと…ぼーっとしてないで、ショーツ出してよ」
「・・・え?あ、ああ、そうだね。・・・うん。そうだよね」
 ベッドの上のルイズに声をかけられ、ようやくヤンは我に返った。そして何かを自分に
言い聞かせるように「そうだな…うん、そうだよな」と呟きながら新しいショーツを取り
出す。

 「よぉ、ヤンよ。さっきから何をブツブツ言ってンだ?」
 デルフリンガーの問に、ヤンは答えるのを躊躇した。
 ショーツを手にしたまま天井を見上げ、しばし考え込む。
「あのね、ヤン。とにかく着替えるわよ」
「ん?…うん、そうか、そうだね」
 再び我に返って慌ててルイズに駆け寄りネグリジェを脱がせる。脱がせながらもヤンは
ぼんやりと考え事をしたままだ。裸のルイズに「ちょっと、シャキッとしなさいよ」と怒
られながら、ノロノロと動く。

 ルイズに制服を着せながら、今度は「…だな。そうしよう」と、何か決心のような独り
言を言いだした。
「ねぇ。昨日のエルフの話、ずっと考えてるの?」
 マントを纏いながら見上げるルイズに、ヤンはようやくまとまった答えをした。

「まあ、ね。聖地の門の件、やっぱりほっとくわけにはいかないなぁ…と思ってね。僕自
身のためにも、僕がいた宇宙のためにも、このハルケギニアのためにも。放置するには危
険すぎるんだ」
 その言葉に、ルイズはどう答えたものか首を傾げてしまう。デルフリンガーがツバをカ
チカチ鳴らす。
「まぁ、なんだかわかんねーけど、『門』が危険なものだってことは間違いねーんだろ?
んで、お前はどうする気だよ『聖地』まで行くってのか?」
「はは、まさか。『聖地』に行ったってどうする事も出来ないよ。何しろハルケギニアよ
り文明の進んだエルフでも押さえ込めないんだ。知識を提供するだけなら、ビダーシャル
に伝えればいい。
 まぁ…どっちにしても、信じてはもらえないから意味無いし」
「それじゃ、どうするつもりなの?」
 ルイズに改めて問われ、ヤンは少し息を吸い、彼の出した結論を吐き出した。

「『虚無』を追う。そして、できれば『門』を塞ぎたい」

 デルフリンガーは彼の言葉を、そのままに理解した。
「ほっほー、そいつは大層なこったなぁ。大仕事になるぜぇ」
 その言葉の意味、最初ルイズもそのままに理解しようとした。
 だが、すぐに気付いた。


 『門』を塞ぐ事は、彼が故郷に帰還する手がかりを自分で放棄するということ。


 彼女のクリクリの目が、鳶色の瞳が彼を見上げる。透き通るような白い肌の頬に、一筋
の汗が流れる。
 細い首からツバを飲み込む音がする。

 沈黙の後、ルイズは覚悟を決めて口を開いた。
「・・・いいの?」
「うん」
 ヤンは、迷いなく答えた。
「使い魔は主の系統を表し、決して偶然に、適当に選ばれるものじゃない…らしい。
 なら、君が僕を召喚したのも、もしかしたら失敗じゃなく、ちゃんとした意味があるん
じゃないかな?」
「意味…?」
「うん。…まぁ、こじつけかも知れないけど。
 ともかく、『聖地の門』は危険なんだ。このまま放置しても、ハルケギニア、エルフ、
帝国や同盟、『東方』も亞人も全て含めて、誰のためにもならないんだ。そして僕は、こ
の事実を知ってしまった。恐らく、ハルケギニアで一番『門』の危険性を理解している存
在だろうね。
 なら、ビダーシャルの警告には反するかも知れないけど、『虚無』を調べてみようと思
う。そして出来るなら、『聖地』にある召喚ゲートを封鎖したいんだ。これ以上の被害を
出さないために」

 ルイズは、真っ直ぐにヤンを見つめる。
 デルフリンガーもヤンの真意にようやく気が付いた。
「なら、おめぇ…帰るのは諦めるってことか?」
「諦めたくはないけど…でも、結果として、そうなるかもね」

 彼にとって絶望的なはずの言葉だが、彼の顔に絶望は無い。むしろ、強い決意が浮かん
でいる。
 ルイズはヤンを見上げた。
 自分の使い魔を、冴えない外見に似合わぬ知力と胆力を持つ男を。様々な知識を授けて
くれるグータラ執事を。

 彼女は、小さな右手を差し出した。
「なら、主として協力するとしましょう!あたしだって、あのエルフの話は気になるし。
 後の事は安心なさい。あんたみたいなオッサンの一人や二人、ヴァリエール家で老後の
面倒までみたげるわ」
 ヤンも微笑んで右手を差し出す。
「それは嬉しいなぁ。是非お願いするよ。出来ればタルブのワインがあれば最高かな」
「それは自分で買いなさい」
「厳しいご主人様だねぇ」
 そんな話をしつつも、二人は固く手を握り合っている。


                  第十二話    門   END



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