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#navi(鋼の使い魔)
トリステイン魔法学院の敷地内で、もっとも広い中庭に集められた生徒達が、それぞれに整列して、教師達を待っている。
やがてそこに学園長オールド・オスマンを筆頭に、教師達は生徒に対面するように並んだ。
オスマンは拡声の魔法をかけた杖に両手を乗せて、集まった二百人近い生徒達に向かって声をかける。
「諸君。本学院の今年度上半期の学期は、本日の正午をもって終了し、ふた月ばかりの休暇に入るわけだが、本年度は隣国との紛争などもあり、領地に帰っても休まらない生徒もおるだろう。
そこで儂は、通年確保しておる夏季休暇中の在学許可の枠を広げ、例年より多くの生徒や教師が学院に残れるように準備しておる。勿論、係累等後見人の承認は要るがの。
この休暇をどのようにつかうのも諸君らの意思次第である事を言っておこう。避暑に赴くもよし、独自に何がしかの研究に励むのもよいじゃろう。しかしこの学院の責任者として、
諸君らが壮健であって次学期を迎えられることを切に願っておる。
ふた月後にまた会うとしよう」
生徒側から感謝の拍手が送られ、次に教師達を先導とした移動が始まる。移動は学院の内壁正門で止まり、再び整列する。オスマンはそこで正門に向かって杖を構え、魔法で厳重な鍵を掛けた。
この鍵は原則、次学期の始業式まで掛けられたままになっている。裏門や脇の出入り口がいくつかあるから、学院に残る者たちにとって不便というほどでもない。
祭事の時に鳴らされるいつもとは少し違った鐘の音が学院に響いた。
終業式が終わり、生徒達は各々の予定に従って行動しはじめる。既に学院の裏門の前には生徒達を迎えに来た大小の馬車が並んで待っているのである。ルイズ・フランソワーズはまず、私物をトランクに詰め込むところから始めた。
「といっても、大したものはないのよね。姉さまのところに大体揃っているし」
ルイズの夏季休暇は、王都トリスタニアでアカデミー研究員をしている姉エレオノールが住むヴァリエール家所有の別宅で過ごす予定である。暫くの寄宿だが昔から使い慣れた勝手知ったる場所で、
わざわざ持っていかなければならないものはそれほどない。
したがって、ルイズの手荷物は貴族の旅荷としては比較的軽量な規模に収まった。
それを運んだシエスタ曰く、
「えぇ。ミス・ヴァリエールのお荷物はとてもよく纏められていて、他のお嬢様達が大型トランクを三つはお使いになるのに、ミス・ヴァリエールはお一つしか使われてませんでした」
人一人は優に入るトランクを引っ張るシエスタを連れて、ルイズは学院の本棟から少し離れた小塔に向かう。そこはコルベールが自分の為に学院で用意した研究室だ。
塔の脇に建てられた小屋からは細く煙が煙突より伸びている。ルイズが小屋の中に入ると、壮年の男が小屋の奥に作られた炉の火を落としているところだった。
「早かったじゃないか。手伝いに行こうと思ったんだが」
「煤けた格好で手伝いに来られても迷惑だわ」
「聞いたかい相棒、嬢ちゃんは使い魔である相棒の手なんて借りたくないってさ」
「それは困ったな。明日から職の手を探さなくちゃならないな」
「あんた達……!」
ルイズの癇癪が弾けると同時に炉の中に残っていた小さな火がかっと燃えて弾けた。溜まった煤が炉口から噴き出して二人と一振りに降りかかる。
二人は盛大にせき込んで、ルイズは息を吐いた。
「まぁいいわ。あんたはもう準備できてるの?」
「そこに置いてある荷物で全部だな。あとはコルベール師に挨拶して終わりだ。あの人は休みの間も学院にいるらしいな」
「休暇の時くらい家に帰ればいいのにね。何処の出身なのか知らないけど」
壮年の男は己の荷物が入った背負い袋を身体にくくりつけた。月日に焼けた金髪を長く後ろに撫でつけ、その動きは実年齢よりもいくらか若々しい。身なりからみて貴族ではない。しかし平民らしからぬ振る舞いに、
どこか気品がにじみ出ていた。
コルベールは自室に居た。窓の少ない塔の中は、埃っぽさと熱気が入り混じって、入ってくるものを立ち竦ませる不快さを感じさせた。
しかし塔の主人はそんなことはまったく気にしておらず、訪問者を快く迎え入れてくれる。
「おや、ミス・ヴァリエールにギュスターヴ君。今日は何か……?」
「はい。私はルイズについてここを離れますので、その間小屋の管理をお願いしたいのです」
自分の使い魔はこの禿頭の教師と仲が良いな、とルイズは前から思っている。趣味が合うのだろうか?
そんな少女の呟きも知らず、コルベールは壮年の男――ギュスターヴの要請を聞きいれてくれた。
「ではお二人とも、休暇の間息災で」
「ありがとうございます。では」
「そう言えばシエスタは休まないのか?」
「メイド仲間のうちで何人かはこの機会に帰省するみたいですけど、私は残ってお仕事しますよ。お手当ても出るんですから」
「学院長も太っ腹よね」
裏門までの道でそう話していると、三人を誰かが呼びとめる。
振り向けば、赤髪の娘と青い髪を短く刈った少女が木陰から手招きしていた。
「ハァイ」
「なによキュルケ。私達急いでるんだけど」
赤髪のキュルケと言われた娘はルイズの険のある言葉に肩を竦ませた。
「ちょっと声掛けただけじゃない。もう少し肩の力抜いたら?」
「どうでもいいでしょう。で、何か用?」
「私達休暇中も学院に居るんだけど、何か休みの間予定があったら教えて頂戴、遊びに行ってあげるから」
「遊びに行って『あげる』ですって?」
ルイズのこめかみがぴくぴくと動いているのがギュスターヴから見える。この娘は感情の波が激しいことこの上ない。それを知っているくせに、キュルケはこう言い放った。
「だって貴方の事だもの。どうせ帰っても相手してくれるのがギュスだけじゃ、流石にギュスがかわいそうでしょう?」
「そ、そんなこと……」
「そんなことは、ないさ」
言いよどみかけたのを遮って、ギュスターヴは自信満々といった風に言った。
「俺たちはトリスタニアに行くんだ。ヴァリエールの末娘なら顔くらい見たい貴族だっているだろう。それほど暇じゃないかもしれないぞ」
「そうかしら?」
「そうさ。……だから遊びに行きたいなら素直にそう言ったらどうだ?」
「う……」
口ごもってキュルケは隣に居て沈黙を守る青髪の少女タバサに向けられた。
見返すタバサの目に表情はない。それが鏡を覗きこむような気分にさせた。
「……そうね。実はねルイズ。寮に残るのは女生徒ばっかりで男が全然いないの。当然よね、戦争になりそうなんだもの。だから退屈になったら、貴方のところにいってもいいかしら?」
ルイズは煮えかけた頭がだんだんと冷めてくるのがわかった。要するにキュルケは寂しいから構ってくれと言っているのだ。そう思えばほんの少し、自尊心がくすぐられる。
「来てもいいけど、姉さまも一緒にいるから居心地は保証しないわよ」
「あのお姉さんはいじり甲斐がありそうでいいわね」
キュルケの答えにルイズはさらに頭が冷めていくのであった。
寄越した馬車に乗せられたルイズとギュスターヴが到着するのが見えて、エレオノールは階下のロビーに降りることにした。
ヴァリエールの別邸は、王都の高級住宅街に数ある貴族の邸宅の中でも、上から数えた方が早い位に豪華な屋敷である。勿論ヴァリエール領にある本家と比べれば慎ましい出来であるが、調度品や建築の見事さは是非に及ばない。
ロビーでは使用人に荷物を託したルイズと、使用人について屋敷の奥へ行こうとするギュスターヴの後ろ姿があった。
それがちらっと見えただけでエレオノールは胸の奥がかっと熱く打たれてしまうのだ。
(あぁ、あの人もここで過ごしてくれるのね……)
一目会ったその日から、密かにエレオノールはギュスターヴへ思慕の情を募らせており、一時期は暇さえあればギュスターヴが立ち上げた百貨店に通いつめて、ギュスターヴの姿が無いか歩いたものだった。
……その姿は周囲から「貴族の婦人が通い詰めるほど百貨店は良い店なんだ」というというように見られていたりする。おかげで店を切り盛りするジェシカは右肩上がりの左団扇である。
「……姉さま?」
出迎えに来てくれたらしい姉があらぬ方を見たままぼうっとしてるので、ルイズは手持無沙汰のままロビーに立たされる羽目になったのだった。
正気に戻ったエレオノールはルイズを連れて談話室に入ると、テーブルで薬湯と菓子を啄みながら学院での生活について事細かに聞き出し、オスマンが休暇中の寮滞在を認めた話を聞いて関心していた。
「よくそんな財布の余裕があったものね。アカデミーなんて予算を削られてしまうんじゃないかって汲々としてるのに」
「どうして?」
「軍備に国費がかかるからよ。アルビオンの奇襲で軍艦はほぼ全滅で、タルブでの合戦では勝ったけど王軍も被害甚大だそうだから」
そういうエレオノールに相槌をルイズは打てない。王軍の被害の一端は自分が行った虚無の発動が原因やも知れないから。
「王軍はタルブ戦役で功あった傭兵部隊を正規軍に組み入れたと聞くし、トリステインの格が落ちるというものよね。アンリエッタ女王には頑張ってもらいたいわ」
「姉さま、陛下を助けるのが私達貴族の義務でしょう?」
「当然よ。現にヴァリエール家は王家に資金と人足を供出したし、私もアカデミーでアルビオン軍が残した船から見つかった、砲弾の解析に駆り出されてるもの。うちで何もしてないのはあんたとカトレアだけよ」
「……仕方がないでしょう、まだ学生なんだもの……」
だがルイズは先日、内々にアンリエッタから彼女直属の女官としての権限を与えられているのだ。いざ王女からの命令があれば一目散に駆けつけなければならない。
その時は意外に早く訪れるのだが、ルイズとギュスターヴが別邸に着いたその日の夜、ギュスターヴはあてがわれた部屋で背中を伸ばしていた。
部屋を見渡すに一応、使用人用の部屋らしい。質素なベッドと椅子、テーブルと小さな衣装箱が一つだけ置いてある部屋だ。
「あまり歓迎されてないようだな、俺は」
独り言に答える声が荷物から帰ってくる。
「まぁ、仕えてる貴族のお嬢様がどこの馬の骨ともしれない男を連れてきているんだから、歓迎はされないわな」
答えたのは荷物に収まっている一振りの剣だった。知恵ある魔剣インテリジェンス・ソードの一つであり、古の虚無の使い魔『ガンダールヴ』が使っていたと自ら主張するデルフリンガーである。
「時に相棒よ。あんたはこれからどうするんだよ?お嬢ちゃんはひと夏ここで過ごすわな。その間それにつきあっているつもりかい?」
「そこなんだ、デルフ」
ベッドから起き上がって荷物からふた振りの剣を引っ張りだすと、それぞれをテーブルに乗せた。一方はデルフだが、もう一方は石でできた長剣だ。
「俺がルイズにアニマの使い方を教えたのは、一つにはそれがルイズの未来につながるものだと思ったからだ。この世界ではアニマの術を使えるものは居ない。ただ一人のアニマ術師になる。
あとはそれを自分で使いこなせるだけの精神を持っていれば自由に生きられるだろう」
世間知らずでわがままなルイズだが、ギュスターヴはそれが出来ると信じている。
「一つってことは、もうひとつあるんだな」
「始祖の祈祷書とやらが変化した卵型のクヴェルが気になる。鉛の箱にしまってあるが、あれは尋常な代物じゃない」
「アニマとやらが無い相棒に解るのかよ?まぁ、俺っちもありゃやばい代物だと思うどな……」
虚無に使われる立場のデルフから見ても、卵形と化した祈祷書は異常な存在なのだという。
「もしあれを再びルイズが手にする時があれば、ルイズ自身で制御できるようにならなきゃいけないだろう」
「それまでの訓練、ってことかい?」
「そんな時が来ないに越したことはないんだがな……」
ちらりと目が白い石剣を映す。
「嬢ちゃんに対する理由はそれでいいとして、あんたはその、なんだ……サンダイルってところに、帰りたくないのかい?」
「……帰りたいさ。帰って友人達に謝りたいな、黙っていなくなって済まないってさ」
「相棒は妻子居ないんだろ?その年でやもめたぁ、寂しいよなぁ……」
そこまで言って、デルフは何か閃いたようにカタカタと鳴った。
「解ったぜ、相棒がこっちに後ろ髪引かれて元の世界に帰る方法を探し渋っている理由。あんたは嬢ちゃんを自分の娘か何かみたいに思えて仕方がねぇんだ」
「ルイズが娘だって?」
「そうさ。手元で大事にしたいって気持ちがあるんだろ。だから離れるのを渋ってるのさ」
得意そうに魔剣は笑った。
だがそう指摘されたギュスターヴは、怒るでも笑うでもなく、むしろ神妙に表情を暗くして考え込んでしまうのだった。
「ど、どうしたよ?」
「……これが親の気持ちという奴のなのか?」
「いや、そうなんじゃないかって思っただけだよ。実際のところは知らないね」
そう言ってやるとギュスターヴはますます悩み深げにうつむいた。
皺を寄せて黙っている相棒をどうしたものかとデルフが考えていると、夜更けだというのに部屋を尋ねる者が居た。
「客だぜ相棒」
ノックにギュスターヴが答える間もなく訪問者は勝手にドアを開け部屋へと入ってくる。
部屋着に着替えたルイズだった。ルイズは部屋を一瞥し、自分の使い魔の境遇に文句をつけた。
「こんな貧しい部屋がこの屋敷にあったなんて知らなかったわ。私の使い魔に相応しくないと思うの」
「それで嬢ちゃんはどうするのよ?」
「明日から家令に言いつけて他の部屋を用意させるわ」
「別にこの部屋でいいだろう。気を使われると居づらくなる」
「あんたはそれでいいかもしれないけど、それで召使たちに舐められているんなら許しがたいわ」
部屋にやってくるなり青筋立てて息を巻くルイズに、先程まで考えていた事を頭に押しやり、ギュスターヴは言った。
「わざわざこの部屋に文句をつけにきたのか?」
「あっ、そうだったわ。姉さまと夕食を済ませた後、私宛に手紙が来たの」
これよ、とルイズが懐から出したのは小奇麗な封筒だった。送り主の名前はなく、ただ宛名だけが記されている。しかし、封蝋等の格式から見て、貴族の使う梟便で運ばれたものらしい。
「梟便?」
「伝書用に調教された梟に手紙を持たせて送るのよ。貴族の屋敷なら梟を受け入れる鳥小屋が天井裏にあって、そこに手紙を持った梟が入ってくるのよ。学院には何十羽も入ってこれる梟小屋が置いてあるわ」
「わざわざ梟に持たせるなんて手間暇かけるもんだな」
「中には自分の使い魔にやらせる人もいるけど……って、そんなことはいいのよ。問題はこの中身よ」
言ってルイズは剥がされた封蝋の下から便箋を取り出して見せた。その様子なら既に中身は確認済みなのだろう。
「読んでも構わないか?」
「汚さないでよね」
ギュスターヴは受け取ると、便箋に目を走らせる。ジェシカと手紙のやりとりをするようになって、一応日常の読文に支障はない。
「なんて書いてあるんだい?」
「かいつまんで言えばお茶のお誘いさ」
「茶ぁ?」
「もっと上品に言ってくれる?陛下からわざわざ謁見に来るようにという申し渡しよ。内々に送ってくるところを見ると、何か任務を与えられるんじゃないかしら」
一見、そう冷静にルイズは言っているが、内心では働ける事に喜んでいるに違いないと、ギュスターヴは思った。この娘のアンリエッタ女王への尊敬とトリステイン王国への忠誠は揺るがないものらしい。
「この手紙の日付を見ると明後日になっているな」
「そうよ。それまでに身の回りの物をそろえなくちゃいけないわね。明日は忙しくなるわよ」
「どうして?」
「休み一杯任務に費やすかもしれないから、明日のうちにめいいっぱい遊んでおくのよ。あと、買い物とか」
にひ、と意地の悪い顔をするルイズを少し疲れた気持ちでギュスターヴは見た。女の買い物に付き合うのはいつ何時でも大変なのだから。
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