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#navi(アノンの法則)
ワルドを先頭に、アノンたちは桟橋へと走る。
幸い月のおかげで道は明るい。とある建物の間の階段にワルドは駆け込むと、そこを上りはじめた。
(桟橋なのに山を登るのか?)
疑問を感じたアノンだったが、迷い無く走るワルドと、それについていくルイズに黙って従った。
長い長い階段を上りきり、現れた光景を見てアノンは目を見張った。
山ほどもある巨大な樹が、四方八方に太い枝を伸ばし、まるで巨大な木の実のように船を枝からぶら下げている。
「コレが『桟僑』? アレが『船』?」
「そうよ。あんたの世界じゃ違うの?」
「船は海を渡るもので、空は飛ばないよ」
「海を渡る船もあれば、空を渡る船もあるわ」
こともなげに言うルイズ。アノンはそういえば、と、天界人が編み笠に乗って空を飛んでいた事を思い出した。
編み笠が飛ぶのなら、船だって飛ぶのかも知れない。
ワルドは大樹の根元に駆け寄り、空洞になった幹から各枝に通じる階段の一つを上り始めた。
それにルイズが続き、アノンは最後尾につく。
三人は木でできた、しなる階段を駆け上がる。
途中の踊り場で、アノンは何かが風を切る音を聞いた。
突如、マントを翻し、仮面で顔を隠したメイジの男が、踊り場に降り立った。
フーケと一緒にいた男だ。
ワルドの物に似た杖剣を持っており、『フライ』で一気にここまで上がってきたらしい。
アノンは男を認めると、デルフリンガーを抜き、いきなり斬りかかった。
男はなぎ払われた剣を飛び上がってかわし、そのままアノンの頭上を飛び越えてルイズの目の前に着地する。
男がルイズの腕を掴んだ。
「きゃあ!」
「しまった!」
男の狙いは最初からルイズだった。
だが、男はルイズを連れ去る間もなく、風の槌で吹き飛ばされた。
ワルドが『エア・ハンマー』を放ったのだ。
放り出されたルイズを、ワルドが受け止める。
「子爵様、ルイズを連れて先に船へ!」
「承知した」
「アノン!」
ワルドが叫ぶルイズの手を引き、階段を駆け上がっていく。
アノンは、なおもルイズを狙おうとする男の前に立ちはだかり、再度斬りかかった。
今度は避けずに、男は杖で斬撃を受け流し、後ろに飛びずさる。
アノンは深追いせず、距離を置いて様子をうかがう。
ほぼ不意打ちだった一撃目から、すでに動きを見切られていた。杖ごと叩き切るつもりだった今の攻撃も、あっさり流された。
それなのに、まだ相手の使う系統すらわかっていない。無闇に斬り掛かるのは危険に思えた。
なら、出し惜しみしている暇はない。アノンは気づかれないよう自然な動作で、背中に隠し持っている杖に手を伸ばした。
だが、背中の杖を抜く前に男が杖を振った。同時に、ひやりとした感覚。
直感的なものではない。実際に辺りの空気が冷えたのだ。
(冷気! 氷の魔法!?)
さらに男は呪文を唱える。
ざわ、と嫌な予感がアノンを襲った。
今度は完全にアノンの直感だったが、それを肯定するようにデルフリンガーが叫ぶ。
「相棒! 構えろ!」
言われるまでも無く、アノンはデルフリンガーを盾の様に掲げていた。
「『ライトニング・クラウド』!」
一瞬の閃光。
「ッ!」
稲妻がアノンの体を走り抜け、意識が飛びそうになる。
アノンはよろめき、その場にガクリと膝をついた。
雷に焼かれ、爛れた傷が大きく左腕に走っている。
さらに男は『エア・ハンマー』をアノンに打ち込む。
アノンはダメージを受けた体を無理矢理動かし、地面を転がってそれを避け、腕の痛みを無視して、転がった勢いのまま跳ね起きた。
間を置かずに、男に向かって突進する。
流石にこれは予測できなかったのか、男は突進と共に繰り出された突きは何とか杖で逸らしたものの、アノンの体当たりをまともに喰らった。
よろめいた男の背中が、踊り場の手すりにぶつかる。
アノンは密着した状態から、男の体を力いっぱい蹴り飛ばした。
脆い作りの手すりは簡単に壊れ、男は地面へと真っ逆さまに落ちていった。
「おい、大丈夫か。相棒」
荒く息をするアノンは、下を確認せず、すぐに船へと続く階段へ向かう。
男はすぐにでも『フライ』で戻ってくるだろう。
その前に、船を出航させてしまわなければ。
アノンは一気に階段を駆け上がった。
「出航ーーー!」
アノンが桟橋までたどり着くと同時に、船が出ることを告げる船員の声が響いた。
ルイズたちは、ずいぶん迅速に出航の手はずを整えた様だ。
船はもう桟橋から離れ始めている。
電撃を受けた腕が痛んだが、ここに置いていかれるわけには行かない。
アノンは全速力で桟橋を駆け抜け、すで桟橋から離れた船に向かって、走り幅跳びを敢行した。
それでも船は速度を上げ、どんどん桟橋から遠ざかっていく。
甲板まであと数メイル、というところで、アノンの体が勢いを失って落下を始めた。
アノンは背中から、杖を引っ張り出し、『フライ』で飛距離を水増しして、何とか船の上まで辿り着く。
「フゥ……」
甲板に降り立ったアノンは、息をついて、杖を背中にしまう。
出航してから乗船してきた少年に、何人かの船員が集まってきた。
「お、おい。あんた一体……」
「この船に貴族が二人乗ってるだろ? 彼らの知り合いなんだ。案内してくれないかな」
「それは『ライトニング・クラウド』だな」
船室で合流したアノンの話を聞いて、ワルドが言った。
「しかし、腕ですんでよかった。本来なら、命を奪うほどの呪文だぞ」
「それでもひどい火傷じゃない。すぐに薬をもらってくるわ」
痛々しいアノンの腕を見て、ルイズは船員を探しに、部屋を飛び出して行った。
それを見送って、ワルドが船で集めた情報をアノンに話し始めた。
「船長の話では、ニューカッスル付近に陣を配置した王軍は、包囲されて苦戦中のようだ」
「ウェールズ皇太子は?」
アノンの質問に、ワルドは首を振った。
「わからん。生きてはいるようだが……」
「どうやって王党派と連絡を取るんです? その様子だと、港町なんて全部押さえられてるんじゃ?」
「陣中突破しかあるまいな。スカボローから、ニューカッスルまでは馬で一日だ」
「反乱軍の間をすり抜けて?」
「そうだ。それしかないだろう。まあ、反乱軍も公然とトリステインの貴族に手出しはできない。隙を見て、包囲線を突破し、ニューカッスルの陣へと向かう。ただ、夜の闇には気をつけないといけないがな」
「甲板に子爵様のグリフォンがいました。ラ・ロシェールからアルビオンまでは無理でも、アレで一気にお城まで飛んだりはできないんですか?」
「難しいな。空にも警戒線が張られているだろうし、かえって目立ってしまう」
「結局、力技になるのか…」
話しているうちに、ルイズが包帯と薬を持って戻ってきた。
「もらってきたわ。ホントは水のメイジがいたら良かったんだけど…」
「客船じゃないんだから、仕方ないよ」
「ほら、腕みせなさい」
ルイズは痛がるアノンの腕を強引に巻くり上げ、もらってきた軟膏を塗り込む。
「こんなになって……」
痛々しい傷に、泣きそうな顔をするルイズ。
「何でキミが泣くんだい?」
「泣いてなんかないもん。使い魔の前で泣く主人なんかいないもん」
ルイズはアノンの腕に不器用に包帯を巻きつけると、ぷいっと顔を逸らしてしまった。
ルイズが塗ってくれた薬が、熱をもった火傷にひんやりと気持ちいい。
だが、後で自分でも魔法で治療しておく必要もありそうだ。
ルイズとワルドは今後についてなにやら話始めたが、アノンは、今のうちに休んでおこうと、船室の床で横になって目を閉じた。
朝、アノンは、甲板を慌しく動き回る船員達を眺めていた。
視線を船の外に移すと、どこまでも白い海が広がっている。船は雲の上を進んでいた。
「アルビオンが見えたぞ!」
船員の声が聞こえ、アノンは船の縁から身を乗り出して下を眺めたが、いくら探しても船の下には白い雲があるばかり。
「どこ見てんのよ」
船員の声を聞いたのか、いつの間にかルイズが船室から甲板に上がって来ていた。
きょろきょろしているアノンに、あっちよ、と空中を指差す。
ルイズが指差す方を振り仰いで、アノンは思わず、ほう、と息を吐いた。
そこには巨大な、巨大な大陸が、雲の間に浮かんでいた。
そういえば、天界もこんな感じだった。
あっちは世界丸ごとだったが、それでも大陸が浮かんでいるというのは驚くべき光景だ。
「浮遊大陸アルビオン。ああやって、空中を浮遊して、主に大洋の上をさ迷っているわ。でも、月に何度か、ハルケギニアの上にやってくる。大きさはトリステインの国土ほどもあるわ。通称『白の国』よ」
大陸から溢れるように空に落ちる水が、真白い霧になって大陸の下半分を包み込んでいる。
「なるほど、『白の国』か」
納得した様に、アノンが言った。
「いやあ、疲れた」
二人でアルビオン大陸を見上げていると、ワルドが甲板に上がってきた。
「ワルド。お疲れ様」
「子爵様。ああ、風石の代わりだっけ」
「ああ、急な出発で風石が足りなかったとは言え、大変だったよ。もう僕の精神力は空っぽだ」
その時、鐘楼に上った見張りの船員が、大声をあげた。
「右舷上方の雲中より、船が接近してきます!」
アノンたちがそのほうを見ると、確かに、この船より一回りほど大きい船が、こちらに向かってきている。
船の横腹からは、大砲の砲門がいくつも見えた。
「へえ、魔法の世界にも大砲があるんだな」
「いやだわ。反乱勢……、貴族派の軍艦かしら」
船長が近づいてくる船を見て、船員に指示を出した。
「アルビオンの貴族派か? お前たちのために荷を運んでいる船だと、教えてやれ」
見張りの船員は、船長の指示通りに手旗を振った。だが、相手の船からはなんの反応もない。
船員が叫んだ。
「あの船は旗を掲げておりません!」
「く、空賊か?」
「間違いありません! 内乱の混乱に乗じて、活動が活発になっていると聞き及びますから……」
「逃げろ! 取り舵いっぱい!」
だが、空賊船はこちらの針路に砲弾を撃ち込むと、停船を命じる信号を送ってきた。
「停船命令です、船長」
船長は苦悩の表情を浮かべた後、助けを求めるようにワルドを見た。
「魔法は、この船を浮かべるために打ち止めだよ。あの船に従うんだな」
船長は頭を振って、「これで破産だ」と呟いた。
それぞれ武器を手にした男達が、次々と乗り移ってくる。
「空賊だ! 抵抗するな!」
「空賊ですって?」
驚くルイズ。
最後に、連中の頭らしい男が甲板に降り立ち、荒っぽい口調で尋ねた
「船長はどこでぇ」
「私だが」
「船名と積荷を言いな」
「トリステインの『マリー・ガラント』号。積荷は硫黄だ」
おお、と空賊たちから声が上がる。空賊の頭らしい男は、にやりと笑って言った。
「船ごと全部買った。料金はてめえらの命だ」
船長の帽子を取って自分の頭に乗せ、頭の男は甲板にいるルイズたちに気づいた。
「おや、貴族の客まで乗せてるのか」
「下がりなさい。下郎!」
近づく男を跳ね除けるように、ルイズが言い放つ。
「驚いた! 下郎ときたもんだ!」
頭の男は大きな声で笑う。
「な、何がおかしいって……!」
「待つんだ、ルイズ」
頭の男に噛み付くルイズを、ワルドが止めた。
「僕の魔法は打ち止め、あっちの大砲もこちらを狙っている。抵抗はできない」
ルイズは唇をかんだ。
頭の男が、ルイズたちを差して言った。
「てめえら。こいつらも運びな。そうだな…船倉にでも閉じ込めとけ」
「海に出たら海賊…空に出たら空賊か」
何か使えるものはないかと、船蔵の荷物を漁るワルドの横で、酒樽やら砲弾やらを興味深げに眺めていたアノンが、そんなことを言った。
「こんな状況でくだらないこと言わないで」
アノンたちは、それぞれ杖と剣を取り上げられ、今まで乗っていた船の船倉に放り込まれていた。
当然、杖がなくては魔法は使えない。
しかし、アノンの杖は無事だった。
背負っていた長剣が隠れ蓑になったのか、空賊たちはデルフリンガーだけを取り上げ、背中に隠し持った杖に気づかなかった。
つまり、その気になれば『アンロック』でドアを破って、ここを脱出できるわけだ。
だが、それはあまり意味が無い。
たった一人でこの船の空賊を制圧するのは骨が折れるだろうし、いざとなれば、空賊たちはこの船を沈めて逃げればいいのだから、ここを抜け出したところで、それこそ頭を人質に取るくらいはしないと、結局は“詰み”になってしまう。
アノンは一通り船蔵の荷物を見学し終えて、ルイズの隣に腰を下ろした。
ルイズはさっきから膝を抱えて、俯いている。
「この船、アルビオンに向かってるみたいだよ」
ルイズが顔を上げた。
「うまくすれば、任務を続けられる?」
「そう言うこと」
ふさぎこんでいたルイズの顔が少し明るくなった。
「しかし…デルフ、余計なこと喋って捨てられたりしてないかな」
「…あのボロ剣なら、賊の怒りを買って空の海に放り出されててもおかしくないわね」
「まあ、そうなってないことを祈ろうか」
とにかく、今は待つしかない。
周りは雲の海。脱出するにしても、アルビオンの港についてからだ。
「そういえば、あんた傷は大丈夫なの?」
ルイズがアノンの腕に巻かれた包帯を見て言った。
「薬は取り上げられてないから…」
「ああ、もう大丈夫だよ」
アノンは包帯を解いて見せる。
あれだけ酷かった火傷は、うっすら跡が見える程度で、ほぼ完治していた。
「あんた、どういう体してんの!? 一晩で治るような傷じゃ無かったわよ!?」
「生まれつきそういう体なんだよ」
驚くルイズに、こともなげに言うアノン。だが、本当はこっそり魔法で治療したからだった。
完治にまでこぎつける事ができたのは、自身の回復力の高さからであったが。
ばたん、と扉が開き、スープの入った皿を持った男が入ってきた。
「飯だ」
アノンが手を伸ばしたが、男はひょいっと皿を持ち上げた。
「ただし、質問に答えてからだ」
「質問?」
「お前たち、アルビオンに何の用なんだ?」
「旅行だよ」
アノンは即座に答えた。
「トリステイン貴族が、いまどきのアルビオンに旅行? いったい、なにを見物するつもりだい?」
「戦争さ」
「なに?」
男が、眉をしかめる。
「戦争を間近で見るなんて、なかなかできないだろ? 貴族派の勝ちは決まった様なものだって言うし、一度見物してみようってね」
アノンは、でたらめな目的を淀みなく答える。
「けっ、トリステインの貴族は趣味が悪すぎるぜ」
男は不愉快気に言って、乱暴に皿を置くと叩きつけるようにドアを閉めて出て行った。
「あんた! なんてこと言うのよ! よりにもよって戦争を見物に行くだなんて!」
男が出て行くと、ルイズはアノンを思い切り怒鳴りつけた。
「いいじゃないか。ごまかせたみたいだし」
アノンは早速スープに手をつけながら言ったが、いくらなんでも不謹慎すぎる、とルイズは怒る。
ワルドも、流石に苦い顔をしている。
しばらくルイズに怒鳴られながらスープを啜っていると、ドアが開けられ、男が顔を出した。
さっきの男とは違う、やせぎすの男だった。
男はじろりと三人を見回すと、意外なことを尋ねてきた。
「お前らは、もしかしてアルビオンの貴族派かい?」
その言葉に、ルイズが立ち上がる。
「何ですって?」
「いや、そうだったら悪いことしたな。俺たちは、貴族派の皆さんのおかげで、商売させてもらってるんだ。王党派に味方しようとする酔狂な連中がいてな。そいつらを捕まえる密命を帯びてるのさ」
「じゃあ、この船はやっぱり、反乱軍の軍艦なのね?」
「いやいや、俺たちは雇われてるわけじゃあねえ。あくまで対等な関係で協力しあってるのさ。まあ、お前らには関係ねえことだがな。で、貴族派なんだろ? この戦況で、戦争を見物に行く、なんて言うんだからよ」
(へー…そういうこともあるのか)
アノンは、声に出さず呟く。
空賊が反乱軍と繋がっているとは意外だった。
しかし、これは好都合だ。
ここで自分たちは貴族派だと言ってしまえば、脱出する必要もなく、港で解放してもらえるだろう。
「ああ、ボクたちは貴族派……」
「バカ言っちゃいけないわ」
答えようとしたアノンに被せて、ルイズが言い放った。
「誰が薄汚いアルビオンの反乱軍なものですか。さっきはこのバカがあんな事言ったけど、私は王党派への使いよ。まだ、あんたたちが勝ったわけじゃないんだから、アルビオンは王国だし、正統なる政府は、アルビオンの王室ね。
私はトリステインを代表してそこに向かう貴族なのだから、つまりは大使よ。だから、大使としての扱いをあんたたちに要求するわ」
そう言って胸を張るルイズ。
男は一瞬ポカンとした後、思わず噴き出した。
「正直なのは確かに美徳だが、お前たち、ただじゃ済まないぞ」
「あんたたちに嘘ついて頭を下げるぐらいなら、死んだほうがマシよ」
「…頭に報告してくる。その間にゆっくり考えるんだな」
男が立ち去った後、アノンは呆れたように言った。
「ルイズ。なんであんなことを言ったんだい?」
「嘘ついて、頭下げろっていうの? あんな連中に!」
「あのままなら無事港まで行けたって言うのに。ほんと…馬鹿だね」
「ばっ、馬鹿ですってえ!?」
アノンの暴言に真っ赤になって怒り出すルイズに、ワルドが寄ってきて肩を叩く。
「いいぞルイズ。さすがは僕の花嫁だ」
小言の一つでも言うのかと思ったアノンは呆れ返った。
しばらくして、再び扉が開き、先ほどの男が顔を覗かせた。
「頭がお呼びだ」
アノンはため息をついて、自分だけでも逃げ出す方法はないか考え始めた。
ルイズたち三人を前に、空賊の頭は、船長室の机に偉そうに腰掛けていた。
その手には大きな水晶のついた杖。頭はメイジであるらしかった。
頭の周りには、ガラの悪い連中が控えている。
「大使としての扱いを要求するわ」
頭を前にしても、毅然とした態度を崩さないルイズ。
しかし、頭はその言葉を無視した。
「王党派と言ったな?」
「ええ、言ったわ」
「なにしに行くんだ? あいつらは、明日にでも消えちまうよ」
「あんたたちに言うことじゃないわ」
頭は面白がるように、ルイズに言った。
「貴族派につく気はないかね? あいつらは、メイジを欲しがっている。たんまり礼金も弾んでくれるだろうさ」
「死んでもイヤよ」
もう少し駆け引きをしても良いだろうに。
アノンはそう思ったが、それはルイズには無理なことだと分かっていた。
だが、空賊の頭と直接会えたのは好機だ。
とりあえず、隙を見て杖を奪う。そのまま人質にして船も取り返せればベストだが……。
「おかしな真似するんじゃねえぞ」
後ろについていた男に釘を刺された。それなりの腕利きが揃っているらしい。
「もう一度言う。貴族派につく気はないかね?」
「お断りよ」
ルイズは真っ向から拒否するように、頭を睨み返した。
いよいよまずい。強引にでも頭を抑えにいったほうがいいかもしれない。
アノンが動こうとした時、頭が大声で笑い出した。
「トリステインの貴族は、気ばかり強くって、どうしようもないな。まあ、どこぞの国の恥知らずどもより、何百倍もマシだがね」
そのあまりの豹変振りに、アノンたちは思わず顔を見合せる。
「失礼した。貴族に名乗らせるなら、こちらから名乗らなくてはな」
頭がそう言うと、周りの空賊たちが、一斉に直立した。
統制の取れた動きは、軍隊のそれである。
頭は髪に手をかけると、その縮れた黒髪をはいだ。
眼帯を外し、続けて作り物のヒゲを剥ぎ取ると、そこに現れたのは、凛々しい金髪の若者であった。
「私はアルビオン王立空軍大将、本国艦隊司令長官……、本国艦隊といっても、すでに『イーグル』号しか存在しない、無力な艦隊だがね。まあ、その肩書きよりこちらのほうが通りがいいだろう」
金髪の若者は胸を張って、堂々と名乗った。
「アルビオン王国皇太子、ウェールズ・テューダーだ」
三人はぽかんと、突如姿を現した皇太子を見つめた。
魔法顔負けの変装っぷりだ。
「その顔は、どうして空賊風情に身をやつしているのだ? といった顔だね。いや、金持ちの反乱軍には続々と補給物資が送り込まれる。敵の補給路を絶つのは戦の基本。
しかしながら、堂々と王軍の軍艦旗を掲げたのでは、あっという間に反乱軍の船に囲まれてしまう。まあ、空賊を装うのも、いたしかたない」
そう言って、ウェールズはイタズラっぽく笑う。
「いや、大使殿には、誠に失礼をいたした。しかしながら、君たちが王党派ということが、なかなか信じられなくてね。外国に我々の味方の貴族がいるなどとは、夢にも思わなかった。試すような真似をしてすまない」
突然の事態に固まってしまっているルイズに代わって、ワルドが進み出た。
「アンリエッタ姫殿下より、密書を言付かって参りました」
「ふむ、姫殿下とな。君は?」
「トリステイン王国魔法衛士隊、グリフォン隊隊長、ワルド子爵。そしてこちらが姫殿下より大使の大任をおおせつかったラ・ヴァリエール嬢とその使い魔の少年にございます。殿下」
「なるほど! 君のように立派な貴族が、私の親衛隊にあと十人ばかりいたら、このような惨めな今日を迎えることもなかったろうに! して、その密書とやらは?」
そう言われて、ルイズはようやく我に返って、胸のポケットからアンリエッタの手紙を取り出した。
「待って。ルイズ」
恭しくウェールズに近づくルイズを、アノンが呼び止める。
「控えなさい。殿下の御前よ」
「この人、本当に皇太子様?」
はっとするルイズ。
空賊の頭からの、あまりの変わり様に流されていたが、実際のところ、目の前の青年が本物のウェールズだと言う確証がない。
だがウェールズは笑って言った。
「まあ、さっきまでの顔を見れば、無理もない。僕はウェールズだよ。正真正銘の皇太子さ。なんなら証拠をお見せしよう」
ウェールズは、ルイズの指に水のルビーを認めて、自分の薬指の指輪を近づけた。
二つの宝石は、共鳴しあい、虹色の光を振りまいた。
「この指輪は、アルビオン王家に伝わる、風のルビーだ。きみが嵌めているのは、アンリエッタが嵌めていた、水のルビーだ。そうだね?」
ルイズは頷いた。
「水と風は、虹を作る。王家の間にかかる虹さ」
「失礼しました」
アノンはペコリと頭を下げた。
ルイズは一礼して、手紙をウェールズに手渡す。
ウェールズは、その手紙を見つめると、愛おしそうに口づけした。それから慎重に封を開き、読み始めた。
「姫は結婚するのか? あの、愛らしいアンリエッタが。私の可愛い……、従妹は」
ワルドが無言で頭を下げる。
ウェールズは最後の一行まで手紙を読むと、微笑んだ。
「了解した。姫は、あの手紙を返して欲しいとこの私に告げている。何より大切な、姫から貰った手紙だが、姫の望みは私の望みだ。そのようにしよう」
ルイズの顔が輝いた。
「しかしながら、今、手元にはない。ニューカッスルの城にあるんだ。姫の手紙を、空賊船に連れてくるわけにはいかぬのでね」
ウェールズは笑って言った。
「多少面倒だが、ニューカッスルまで足労願いたい」
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