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Persona 0 第20話
「始まる……今こそ幻想が剥ぎ取られ、始祖が封じた本当の世界が再生するのですね」
透明に輝く鏡に顔を突っ込みそうなほどに近づけて、ヴィットーリオは血走った目でことの成り行きを見守っていた。
ずっとずっと狂おしいまでに望み続けた、真なる世界の足音を聞きながら、ヴィットーリオは感慨深げに今までの事を思い返していた。
始まりはやはりこの世界が“作られた”ものだと知った時。
この世界が始祖ブリミルが作り上げた偽りの楽園だと気づいた時、ヴィットーリオ・セレヴァレはその幻想を叩き壊す決意を決めたのだ。
思えば幼い頃から偽りに囲まれ育ってきた、とヴィットーリオは回顧する。
脳裏に浮かぶのは虚無の才能がある可能性を持った子供を選抜、隔離するロマリアの宗教施設『神の家』
そこの職員をしていたと言う、自分が母と慕っていた女性ヴィットーリア。
「そう、私が慕っていたのは私の持つ“虚無”に怯え、赤子である私と火のルビーを持って逃げた一人の愚かな女に過ぎなかった」
住む家も偽りなら、両親もまた偽り。
――この上、拠って立つ世界すら偽りなら私の真実は一体どこにあると言うのか?
この世界に絶望した時、彼の生き方は決まった。
すべての偽り、すべての嘘、それを引き裂き彼が愛するブリミルの子たちに真実を与えたかった。
“聖地”への帰還、ただそれだけを願い続け、そして今ヴィットーリオはその願いを叶えようとしていた。
「始祖ブリミル、いやその盟友たるスオウタツヤが怨敵たるニャルラトホテプの力を用いて作り出した“尊き幻想(ハルケギニア)”」
ヴィットーリオは手を広げ、その瞬間を待ちわびる。
黒く染まったサイトの背中から、まるで蛹を脱ぎ捨てるかのように何者かが生まれ出ずる瞬間を。
「さぁヒラガサイト、虚無の使い魔の最後の一人。神の胃袋ラーズスヴィーズ、その内に秘めたる真実を今こそ吐き出しなさい!」
杖を握る手に血さえ滲ませながら、ヴィットーリオは絶叫した。
彼の妄念は実ったが、しかしその望みが現実となることはなかった。
一人の狂信者の執念は、孤独と絶望と言う水を糧に育ち、そして世にもおぞましき花を咲かせたからだ。
彼はただ、取り戻したかっただけなのに。
かつてハルケギニアの地が“地球”と呼ばれ、幾多の文明が栄えたあの時を再び手に入れたかっただけなのに。
日ごと“世界鏡”の魔法で眺める、“もしも”の世界への憧憬と嫉妬は、彼をけして歩んではいけない道へと歩ませてしまった。
虚無の使い魔のなかに封じられていたのは、彼が予測した噂を現実へと変える力を持ったニャルラトホテプの本体などではなく。
もっとおぞましい、“ナニカ”であったのだから。
薬はしっかりと効いてくれたらしい。
ジョゼットの心には、もはや恐れも悲しみも怒りもない。
まるで人形になってしまったみたいと、乖離した意識の裏側でジョゼットは思った。
「死ね、死ねえぇ、みんな死んでしまえ!」
誰かかが叫んでいる、最大限の憎悪と怒りを込めて誰かが世界に向けて叫んでいる。
すごく悲しそうな声だった、まるで大切な何かなくしてしまった子供が、「返して、返して」と泣きながら叫んでいるみたい。
一体何があったのか?
もし出来るのなら、その悲しみをわたしが癒してあげられたらいいのに……
そこまで考えてジョゼットは気づいた。
「滅ぼせ、滅ぼしてよ、フレースヴェルグー!」
わたしだ、叫んでいるのはわたしなんだ。
そう気づいた途端、真っ赤に染まっていた視界が少し開けた。
目の前には炎のように赤い髪を獅子のように振りたてて、赤毛の女がこちらに向かって杖を向けてきている。
――こいつがジュリオ様を殺したんだ。
不思議な感覚だった、心は千々に乱れどこまでもどす黒く白熱しているのに意識だけは氷のように冷えている。
燃え尽きそうなほど熱く、しかし凍えそうなほど冷たい風が心の中に吹きすさんでいる。
それに応えるようにフレースヴェルグが炎熱の魔法と氷嵐の魔法を放った、狙いはてんでばらばら、収束すらしていない魔法だったがその威力だけは桁違いだった。
ジョゼットの視界の端で回避に失敗した青銅のゴーレムが沸騰して蒸発し、凍りついたもう一体が足を踏み出そうとしてその衝撃でばらばらの粉塵となる。
それを見ても、ジョゼットは何も感じない。
わたしの代わりに、わたしの体を、別の誰かが動かしてくれている。
いやむしろ今わたしの体を動かしている方こそが、本当のわたしなのかもしれない。
――じゃあ? 此処に居るわたしは一体何?
仮面の下でジョゼットは笑っていた、皮肉に引き攣った卑屈で悲しい笑顔で、ジョゼットは笑っていた。
思考が乱れ、意識が崩れ、心が拡散する。
「あんたは一体なんなのよっ! アギダイン!」
――わからない、わたしは一体なに?
燃え上がった炎がジョゼットとフレースヴェルグを焼く、蒼い髪がちりちりと焦げ、白い肌に舐めるように酷い火傷が刻まれ……
それでもジョゼットは笑っていた、仮面の下で晴れやかに笑っていた。
ジョゼットが壊れていく。
荒れ狂う感情とペルソナ制御剤とでぼろぼろになったジョゼットの心が、まるで煉瓦が一枚一枚崩れ落ちるように崩壊していく。
それを象徴するように、フレースヴェルグも次第にその輪郭を失っていく。
フレースヴェルグ、元をただせばそれは北欧神話にある世界樹に止まった一匹の鷲。
ただ一点を除いて、ジョゼットのペルソナであるフレースヴェルグその神話の通りの姿をしていた。
「ジョゼット、愛してるよジョゼット」
その蒼い羽毛に包まれたその体に、ジュリオの顔をしたいくつもの生首が張り付いている以外は。
ジュリオの生首は笑っていた、祝福するように讃えるように。
ジュリオの顔を貼り付けたペルソナは笑っていたのだ。
そのジュリオの顔が崩れる、本物のジュリオがそうなったかのようにどろりと崩れていく。
「ああ、ジュリオ様。今そちらへ参ります」
壊れ壊れ壊れた果てたジョゼットを、崩れた彼女のペルソナが飲み込む。
無定形の塊になったジョゼットのペルソナから蠢き出たのは、黄金に輝く無数の触手だった。
触手は何かを求めるように崩れたサイトの体へ向かって手を伸ばし、そして……
「なんだ、一体なにが起こっているんだ!?」
暴走したペルソナからサイトへと、触手を通じて何かが流れ込む。
それがなんなのか、ギーシュもキュルケもわからない、だがとてつもなくおぞましいことが起きようとしているということだけはこの場にいる誰もが直感していた。
それにもっとも早く気づいたのは、誰よりも冷めた目で事態を観察していた人間に他ならない。
無能王ジョゼフは思考する。
一体何が起こっているのか、その冷徹な頭脳で推察する。
あの娘は――おそらくシャルルの娘のもう片割れだろう。
そしてその娘から放散している力は、間違いなく俺と同じ“虚無”の力の片鱗だ。
ならばあの娘からサイトへと流れ込んでいっているのは……
「ペルソナを食って……いや、ペルソナを媒介に“虚無”を吸収している?」
ジョゼフは己の想像に愕然とした。
“虚無”を集めるだと? 虚無を集めて、一体何をするつもりだ。
そしてジョゼフは思い出す。
――四つの四が集いし時、始祖の悪魔が目を覚ます。
エルフのビダーシャルが言っていたその言葉を。
「悪魔だと、悪魔なら此処にいるではないか」
そう言って背後を見る、そこには高々と笑い声を上げるニャルラトホテプの姿があった。
「ふははは、滑稽だ、滑稽だ、この私が何もなさずとも自分から破滅を招き寄せる、これだから人間は……」
「なんだと、どういうこ……」
その問いの答えを聞くことはできなかった。
ジョゼフの背後で哄笑を上げるニャルラトホテプの黒い体を、なにかが貫いていく。
次々にニャルラトホテプの体に突き刺さり、音を立ててその体をゼリーのように吸い上げる。
まるで管のような透明な何か、それはサイトの背中を突き破って生えた物体から伸びていた。
それは女だった。
女としか言いようがない。“女性としての丸みを帯びた透明な輪郭”がその存在のすべてだった。
女はその背中から生えた羽をジョゼットが使っていた触手の姿へと変え、ニャルラトホテプに襲い掛かったのだ。
「ぐが、が、がは、はははは、私は見ているぞ! お前たちの心の奥底……」
皆まで言い切ることさえできず、人の心の持つ仮面の一つと成り果てた這いよる混沌は、より混沌とした何かによって、まるで吸血に血を吸われるかのごとくの不定形の体を吸われていく。
その翼かニャルラトホテプを吸収し終えるのに僅か十秒足らず、その漆黒の物質を飲み込むとサイトの背中で少女は産声を上げた。
「ほぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」
幽けき咆哮、これまで“女”と評するしかなかった存在の姿が変わっていく。
それはまるで透明な硝子容器のなかに闇を注ぎこむが如く。
今まで輪郭だけだったその顔にはきつく吊りあがった眦と薄い唇が現れ、ただの糸束でしかなかった髪は艶めいて豊かに波打っている。
身長は低くなり、豊満そのものだった胸は薄く縮む、サイトの背中へと繋がった手足は華奢になった。
それは今、この場にいる人間たちにとって見慣れた相手だった。
「ルッ、ルイズじゃあないかっ!」
先ほどまで戦っていた相手のことすら忘れて、ギーシュが叫んだ。
そうギーシュの言うとおり、その姿は間違いなくルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。
トリステインの虚無の担い手にして、先ほど刺され死んだはずの少女そのもの。
ルイズの姿をした者は、その可憐な唇からサイトの言葉を紡ぎ出す。
「頼むキュルケ、ギーシュ、俺を殺してくれ」
ルイズの口から紡ぎ出されるサイトの声に、二人は驚愕する。
「サイトなの!? これは何、一体何がどうなっているのよっ!?」
ルイズの姿をしたモノは手を広げ、そして月を掴むような仕草をする。
その瞬間、夜空に輝いたいた蒼い輝きを放つ月がぐしゃりとつぶれた。
黒い体液を零しながら、月は地へと向かって落ちて行く。
『ぬぉおおおおおおおおおおおおおおおお!』
その月から何かが抜け出した。
まるで彗星のように尾をたなびかせながら、その巨大な目を見開き。
まっすぐにルイズの姿をしたモノへと向かって落ちて行く。
その彗星の名前はアメノサギリ。
サイトを守り、全ての真実を混迷なる霧へと覆い隠す者。
月の影に隠れ、事態を見守っていた存在はもはや捨て置けぬと突撃を開始したのだ。
『させぬ、。人が求めるは甘く緩やかな欺瞞である、すべての破滅など人の望みではない』
――――ネブラオクルス
『旧き世の者共の旧き望みよ、此処は貴様が居るべき場所ではない』
巨大な黒い眼球、その瞳に光が集い、極彩色の光となってルイズの姿をしたものを貫いた。
だがそのことのなんの痛痒も感じていないのか、彼女は白痴のような顔で眼前に迫った巨大な目玉を見上げ。
――――Z E R O
滅びの言葉を、呟いた。
『ぐおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ』
消し去られていく。
跡形もなく微塵もなく、本当に存在を“虚無”で塗り固めていくような絶対的な“消滅”
夜の溶けるように、アメノサギリは消しさられていく。
『ま、まさか、それほどまでに“虚無”を……“消滅”を求める心が満ちて……』
巨大な黒い怪球は僅か数秒でまるで最初から何もなかったかのようにその依代であった月ごと消し去られ……夜の空には片割れを失った朱の月だけが寂しげに輝いている。
その隣に一際大きく輝く星が瞬いたかと思うと、止まっていた時がゆっくりと動き出した。
足元から響き渡るのは魔法学院の時計台の音。
だがなんと言うことか、影時間が終わったと言うのにタルタロスは消える事無く、空へと向かって聳え立っている。
「俺を殺して、殺してくれぇええええ!」
そんな塔の頂上で、無表情の少女の口からは、ただ少年の絶望の叫びだけが風に乗って響く。
立ち尽くす四人、そんな彼らに向かって初めて少女は少女の声で。
「全てに、滅びを」
彼らに向かって、言葉を放った。
一方その頃、
クマはただ一人部屋で震えていた。
何が起こったのか、自分がどうすればいいのか分からずに。
力のない自分を呪いながら、ガタガタと震え続けていた。
「約束、約束したのに……」
その震えは恐怖のためだけではなく、自分がなんの力にもなれない悔しさもたっぷりたっぷり含まれている。
だがどうしようもない、だって自分はただの“クマ”
なんの力も持たない、意味のない存在に過ぎないのだから。
「どうしてクマはこんなに役立たずなんクマッ!」
「そんなことはない、君にはまだ出来ることがあるよ」
「クマッ!?」
突然背後から声を掛けられ、クマは後ろを振り返る。
そこに立っていたのはつい先ほどまで気を失っていた筈の、蒼い髪の女の子だった。
だがその表情には普段の勝気さは微塵もなかった。
まるで旅することに疲れ果てた旅人のような顔をして、イザベラは言った。
「クマ君、異邦人である君に頼むのは申し訳ないけれど、お願いしたいことがあるんだ」
そういいながら薄く微笑むイザベラの背後に、まるで幽霊のように茫洋とした人型が浮かぶ。
その人型がイザベラを操っているのだ。
「き、君はなにクマかっ!? イザベラちゃんじゃないのかクマ!?」
「ボクはブリミル、ニダベリールのブリミル。この世界に住む全員の心のなかに住むペルソナであり、そしてスオウタツヤが作り上げたこの世界〈ハルケギニア〉の防人さ」
もしハルケギニアの住人がその言葉を聞けばすっとんで驚いただろうが、生憎と異邦人であるクマにはそのとてつもなさが分からなかった。
「昔、昔、この世界でとてつもなく大きな“滅び”があった、みんなで頑張って仇敵であるニャルラトホテプの力まで利用して、
なんとか此処まで持ち直したんだけど、その時に“破滅を望む人の心の化身”が生まれてしまったんだ」
「君は何を、何を言ってるんクマ? わからんクマ、わからんクマよ」
「ボクはこの世界を守りたかった、仲間たちと命がけで頑張って、大切な人を犠牲にして、なんとか封印できた。四人の巫女の心のなかに封じることが出来たんだ」
寂しげにブリミルは笑う。
「それでも封印は完璧じゃなかったんだ、巫女の魂に封じた“虚無の力”は絶望や怒りみたいな冥い感情をに共鳴する……
ボクの弟子の一人がなんとか虚無の力を魔法に変換するルビーを作って小出しに発散させようとしたけど、逆にそれがよくなかった」
ブリミルが杖を振ると輝く鏡が現れ、そこにいずこともしれない場所の情景が映し出された。
ルビーを嵌め、秘宝を手にし、“虚無”を旗頭にぶつかり合う数多の人々の姿。
「“虚無の力”は争いを呼ぶ、もともと人の絶望が凝って生まれた力だけど、人の手に委ねるにはあまりにも大きすぎる力だからね。
特に“虚無”の真実が失伝してからはもっと酷かった、ルビーの制御装置である秘宝に手を加える奴まで出てきて……あまりここから先は語りたくないんだけど」
鏡に映った情景は移り変わる。
そこには歴代の“虚無の担い手”たちのあまりにも凄愴たる生き様が映し出されていた。
ある者はその力の大きさゆえに兵器として扱われ、多くの怨嗟を受けながら戦場に散り。
ある者は無能として苦渋に満ちた人生で無力な己と始祖を呪いながら頓死し。
ある者は自身の力が人を傷つけるのを恐れ、孤独のなかで病死し
ある者は真実を知ってしまったがゆえに狂い、狂人として獄のなかで死んだ。
ブリミルが映し出したなかで安らかに死ねた者は片手の指で数える程度しかいなかった。
「“虚無”はこの世にあってはならない力だとボクは思う、でもボクはただの人の心の影に過ぎない存在でしかない。だからキミに、キミ達に託そう」
「何を、クマ?」
ブリミルが差し出したのは一粒の種、緑色の小さな小さな植物の種だった。
「ささやかな“希望”を」
クマに種を渡すと、かくんとイザベラはその場に膝を付く。
背後のブリミル姿は、いつの間にか消えていた。
「うーん、頼んだ……むにゃ……おとーさまー、しゃるろっとをいじめるのはあたしの特権……んがー」
クマはイザベラに背を向けて走り出す。
その手に希望を握り締めながら、クマは――クマは走る。
「とりあえずこいつをとっちめればいいんでしょう?」
正体の分からぬ相手を前に、キュルケは杖を振り上げ、先ほどから止め処なく流れ出る脂汗をぺろりと舐めた。
いつの間にかかさかさに乾いていた唇から含んだ汗の味は最悪の一言に尽き、早く帰ってシャワーを浴びたいわと心のなかで独りごちる。
タイミングをうかがいながら横目にギーシュを見やる、随分と腰が引けているがまだまだ戦意は十分らしい。
震えながら目で応えるギーシュを少しばかり見直すと、キュルケは詠唱を開始した。
「デル・イル・ソル……」
唱えるのはトライアングルスペルであるフレイムボール。
出し惜しみは無用だ、そこにありたったけの精神力を込めさらにペルソナの魔法も重ねれば或いは……
「いくわよ! ヴァナディース!」
魔法の開放と共にヴァナディースがキュルケの背後に浮かび上がり、その燃え上がる掌に軽く息を吹きかける。
吐息は燃え上がり黄金に輝く炎となった、炎の行きはキュルケが放ったフレイムボールを包み込み赤と黄金の二つの炎が螺旋となって交じり合う。
ルイズの姿をした存在は無感情に豪華絢爛たる輝きを放つ、必殺の炎を眺めている。
「やったか!? いや、ダメ押しはすべきだね。シグルズ!」
キュルケの炎が少女を包み込んだのを見届けたギーシュは快哉を上げた。
それでも心の中の不安は晴れず、トドメのばかりに燃え上がる炎の柱に向かってシグルズを襲い掛からせる。
だがギーシュは気づかなかった、燃え立つ炎の柱のなかからまるで歌うように少女が言葉を呟いていることを。
『知恵の実を食べた人間はその瞬間より旅人となった』
少女がシグルズに向かって手を翳す、その瞬間、少女を覆う炎と“シグルズ”の姿が掻き消える。
『カードが示す旅路を巡り、未来に淡い希望を抱いて』
「なっ、なんだっ!?」
くすりと無表情なままで少女が笑う。
『それではこの旅路の果てに、貴方は何を得たのです?』
――――アルカナロスト
その問いかけにギーシュは思わず考え込んでしまった。
僕は手に入れた、己の弱さを受け入れて、それから目を逸らさず真っ直ぐに生きていくと決めた。
弱い自分である自分を受け入れた証に、僕はペルソナを――ペルソナ?
「僕のペルソナってなんだ?」
ギーシュの心のなかに“ウロ”が生まれた、共に戦ってきたもう一人の自分。
片手に羽根の生えた戦乙女を抱いた青銅と白銀の騎士の形の穴が、ギーシュの心に刻まれてしまった。
穴は大きくなり、ギーシュの心を、記憶を侵食する。
「僕は何をしたんだ、僕はどうしたいんだ、いやそもそも……」
――僕は、誰だっけ?
そのことを考えた途端、ギーシュの胸に穴が空いた。
真っ黒な虚無のような穴だ。
「あ?」
見下ろしたギーシュの視界のなかで穴は大きくなり、そしてギーシュを飲み込んでいく。
それは目を離していれば見逃してしまうようなほんの一瞬の出来事。
ギーシュは自分の中心に空いた穴に飲み込まれ、後に残ったのはギーシュが持っていた薔薇の杖と。
「ギーシュの、影?」
まるで炎で焼き付けたかのようなのっぺりした影だけが、ギーシュが立っていた場所に刻みこまれていた。
それだけがギーシュがこの世界に存在していた証なのだ。
信じられず口元を押さえたキュルケは、自分がギーシュの顔の顔を思い出せなくなっていることに気づき愕然とした。
数々の思い出のなかで、ギーシュの顔だけがまるで蟲に食われた写真のように影で塗りつぶされている。
『答えなど“ない”のです アルカナさえも失われたその旅路の果てには』
ルイズの姿をした少女は、今度はキュルケに向かってその指を向けた。
まるで絶対の死刑を宣告するが如く。
「いやっ、やだっ、やめて……」
『ただ“虚無”が横たわるだけなのだから』
キュルケの胸にもまた、ギーシュと同じような穴が空きそして……
「ふざけるなっ!こんな結末俺が認めん!」
全てが消え去った月臨む塔の上。
透明な少女のヒトガタと、憤怒に顔を歪める一人の男だけが残った。
だがジョゼフは一人ではない。
その場の情景を見ている存在が、他にもいたのだから。
彼女は叫んだ、声ならぬ声で世界に向かって吼えた。
「そうよ! こんな結末認めるもんですかっ!」
言い終わるか言い終わらないか、その僅かの間隙の間に意識が落ち、ルイズの意識は懐かしい場所へと移動していた。
「ようこそいらっしゃいました、お待ちしておりましたよ」
ルイズは青い部屋のなかにいた。
青いテーブルには青い色をした酒の瓶が置かれ、天蓋には青いシャンデリア、巨大な時計の青い針が時刻を刻み、がたんがたんと音を立てて振り子と何に使うか分からない機械が音を立てている。
青いソファーには一人の老人が座っていた、見覚えがあるそう言えばこの老人だけは部屋の青に沈んでいない。
となりに控える少女も、背後でピアノを掻き鳴らす男も、その身のどこかに青い何かを身に帯びていると言うのに老人だけは黒と白の執事服である。
そこまで考えて今日はピアノの音が聞こえない事に気が付いた。
「ナナシはどうしたの?」
いつもいつも目隠しをしてピアノを掻き鳴らしていたはずの男がいないのだ。
「彼ならば旅立ちました、おそらく彼なりの答えを見つけたのでしょう。そもこのベルベットルームは言うなれば心の世界と物質の世界の狭間にある“止まり木”のようなもの
この部屋を訪れる者は皆、なんらかの答えを求める旅の途中でこの部屋に立ち寄ったに過ぎません、ならばやがて己自身の旅へと戻るのが道理でありましょう」
そして彼女も、そう言ってイゴールが指し示したのは本を片手に佇む青いエレベーターガール。
「エリザベス?」
「恥ずかしい話ではございますが、私ずっと思い悩んでおりました。私が一体どういう存在であるかと言うことを」
ルイズよりほんの僅かに背が高い青い娘は、何かを思い出すように目を閉じた。
「ですがとある方に教えられました、自分が何者であるかと言うことは自分で探し、自分で決めるしかないのだと」
目を開き真っ直ぐルイズを見つめるエリザベス、その瞳には明確な意思の光が輝いている。
「その方は今故のない咎をその身に負っておいでです、私はあの方を救いたい。力を管理する者として調べさせていただきました、どうやら貴女が“鍵”のようでございます。どうか貴女の旅の行方、私にも見届けさせてくださいまし」
静かだが強い想いが籠もった言葉だった。
これだけ誰かに想ってもらえるなんて、きっとその人は幸せなんだろうとルイズは思った。
しかしその言葉に応えるだけの力を、ルイズは持っていない。
何故なら……
「ごめんなさい、私にはそんな力なんてないわ、それに私はもう……」
「否、お客人。あなたはまだ死んではおりません。生と死、エロスとタナトスの狭間にたゆたっておいでです。
今、この瞬間は一時の夢。この夢から醒めるまで貴女が死ぬことはございせん」
さながら箱詰めにされた猫の如く。
「だからどうした? そう問いたいのでございましょう? 無理もありますまい、ですが私には見えるのです。貴女が築き上げ、育て上げてきた“絆”の力、十重二十重に貴女を包み守る幾多の想いが」
――その想い、一枚のカードに変えて貴女にお返ししましょうかな?
「間も無く一階“エントランス”でございます、お忘れ物なきようご注意くださいませ」
間断なく響き続けていた機械の音が、止まる。
「ほっほ、それではごきげんよう、あなたは最高のお客人だった」
“ゼロ”から築き上げる貴女の奇跡、ここから拝見させいただくことにいたしましょう。
――チーン
音を立てて時計が分解し、下りていた柵が上がり、硝子の向こうには……!
「ルイズちゃん! ルイズちゃん! しっかり、しっかりするクマ!」
「ルイズ、駄目っ!死んじゃ……駄目」
目を覚ますとそこには不安げな顔で抱きついてくるクマと、泣き腫らした顔の蒼い髪の少女がいた。
大丈夫クマちゃん、そう言おうとしたが口が動かない。
いや動かないといえば視線さえ動かすことができない。
まるで人形になったみたいだとルイズは思った。
――なによ、ぬか喜びだったの!?
思わせぶりなことを言っていたが結局死んでしまうのではどうしようもないではないか。
そう考えた矢先、ルイズはあることに気が付いた。
もはや感覚させ定かでない自分の体、その右手になにか熱いものが触れている。
まるで火石に触っているようだ、火傷しそうなほどの熱を持ったなにかが、どくんどくんと鼓動を刻んでいる。
その正体を確かめようと、ルイズは残った最後の力を振り絞って視線を動かした。
蒼白になった死体同然の自分の右腕、それがしっかりと一枚のカードを握り締めている。
『私はあなた、あなたは私』
カードが呼びかけてくる。
その一言一言を聞くたびに、大切な人達の顔が思い浮かんできた。
最高の笑顔と共に、ルイズのことを呼んでいた。
『さぁ私の名を呼んで! あなたなら分かるはずだから』
父がいた、母がいた、姉がいた、大切な友人達がいた。
一つ名を呼ばれるたびに少し力が湧いてくる、どくどくと心臓が鼓動を刻み、沸騰しそうな血液が体中を巡る。
今ならば、きっとその名を呼べるとルイズは思った。
「ユグ……ドラ……シル」
微笑と共にイドゥンが鉄の仮面をはずした、そこにあるのは少しだけ大人びた桃色の髪の乙女の姿。
イドゥンは笑うと、高々と新たなる己の名乗りを上げた。
『我は汝、汝は我、我は汝の心の海よりいでし者、世界を支えし巨樹にして 生命のゆりかご ユグドラシル』
ユグドラシルはゆっくりとその節くれだった指でルイズを撫でた。
『我が移し身よ、ともに命を撒きましょう』
ユグドラシルが撫でた場所から緑が芽吹く、芽吹いた緑はあっという間に成長し、巨大なトネリコの木となってタバサとクマを包んだ。
「――――!?」
「クママ!?」
凄まじい速度で成長する緑、天に向かって聳える塔を支柱に青い葉が瑞々しく生い茂る。
ルイズを苗床に育った苗は、一瞬にしてラ・ロシェールもかくやと言う巨大な樹となりヴェストリの広場に聳え立つ。
育った葉はその上に乗せたタバサとクマを一瞬で宙天まで運び、それでもまだ足らぬとばかりに空に向かえって生い茂る。
それはまさしく世界を支える根源たりし大樹の如く。
「ルイズ……」
「ルイズちゃん」
大樹に向かって二人は呟く、ルイズは一体どうなったのだろうと言う不安と心配からの返事を期待しない繰言であったが、驚いたことに返答があった。
『二人とも私は大丈夫、だから安心して』
手を触れた大樹が鼓動と共に伝えてきたのは、共に戦ってきた少女の思念だった。
その言葉に頷いて、タバサは空を見上げた。
未だキュルケとギーシュと、そしてサイトが戦い続けている筈の高い高い空を。
まっすぐに見上げ、そして覚悟を決める。
――二人を乗せた大樹の幹はただ一心に塔の頂上へ目指す、そこでは一人の男が孤独な戦いを続けていた。
Perosona 0 第20話 End
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