「13の混沌」(2009/04/08 (水) 16:47:43) の最新版変更点
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アルビオン王国の古都、シティ・オブ・サウスゴータ。
始祖ブリミルがアルビオンに最初に降臨した土地という伝説を持ち、空軍を主力とするアルビオン軍の
一大駐屯地であり、トリステイン・ゲルマニア連合軍が神聖アルビオン共和国への侵攻拠点として使用した
軍港ロサイスとアルビオン王国主都ロンディニウムを繋ぐ交通の要衝として知られる、人口4万を数える
アルビオン大陸有数の大都市である。
その港町ロサイスとシティ・オブ・サウスゴータを結ぶ街道より少し外れた森の中に、人目を憚るように
ウエストウッドという小さな村が存在した。
その村はティファニアという美しいエルフの少女と、親に捨てられたり戦災で家族を失った子どもたちが
慎ましやかな生活を送る場所である。
この静かな隠れ里のような村に、一週間ほど前にひとりの少年が迷い込んだ。
「でぇやあああっ!」
「脇が甘い!」
少年が稽古相手である女性に、上段に構えた木刀を振り下ろすが、女性は素早い身のこなしで振り下ろされた
木刀を易々と掻い潜り、少年の右脇に鋭い一撃を加える。
その一撃を少年は辛うじて木刀で受けとめるが、女性はそれを見越して少年の脛を蹴り上げる。
「いっでええぇぇぇ!」
「敵から眼を離すな!!」
脛を蹴られた少年が脚を押さえて飛び跳ねるが、その隙を女性が見逃すはずも無い。
女性は容赦なくもう一方の脛を木刀で打ち据えると、少年は無様に倒れ、痛みの余りに地面を転がる。
両脛を押さえて芋虫のように転がる少年を女性は冷ややかな眼で見つめ、脚を振り上げて
情けない少年の尻を蹴り飛ばそうとしたが、いつの間にか近くに痛々しい表情と申し訳なさそうな表情の
ふたつの感情が綯い交ぜになった、なんとも形容しがたい顔でひとりの少女が佇んでいた。
「あのー、おふたりとも、そろそろお昼の時間なんですけど……」
「あっ!ティファニアさんじゃないっすか!えっマジでメシ?!いやー嬉しいなぁもうハラがペコペコなんだよな!
と、いうわけで、アニエスさん!続きはメシ食った後で!!」
「おい待て!ヒラガ……ったく現金なやつだ」
平賀才人。
トリステイン・ゲルマニア連合軍が敗退し、その撤退の最中、神聖アルビオン共和国将軍ホーキンスが率いる
七万もの大軍による追撃をたった一人で阻み、連合軍の撤退を助けた英雄である。
その戦いで瀕死の重傷を負い、その命が尽きようとしたところをエルフの少女ティファニアに救われる。
だが、その代償としてその身に宿していた伝説の使い魔『ガンダールヴ』の印を失って失意に暮れていたが、
持ち前の能天気さで復活し、失った力と自信を取り戻そうと剣術の稽古に明け暮れていたところを、
トリステイン女王アンリエッタの命により彼を探していた銃士隊隊長アニエス・シュヴァリエ・ド・ミランに
発見され、彼女の退屈しのぎに剣術を超スパルタ方式で教わることになったのだが……
毎日徹底的に扱かれ剣術は少しづつ上達してきたが、心の方が折れそうになっている彼の唯一の拠り所は、
アニエスから解放される食事の時間とティファニアだけであった。
「ふあ~うまかったぁ~」
「そう?よかった。初めての料理だから自信が無かったけど……」
「このヨシェナヴェ……だったか?ヒラガ、お前が教えたのか?」
「そうっすけど……アニエスさんも知ってるんすか?」
「ああ……この恐ろしい料理のことなら知っている。そう、あれは三年ほど前だったか」
才人とティファニアは、今しがた食べたばかりのヨシェナヴェを恐ろしいと言うアニエスを怪訝な顔で
見つめるが、当の本人はそれを無視して食後のお茶を一口啜り、思い出を振り返るように静かに語りだした。
「あれは……まだ私が傭兵をしていた頃だった」
三年前、アニエスは復讐を胸に秘め、毎日を這いずるように生きていた。
傭兵として参加した戦いが終わり、アニエスはその時期から戦乱の匂いが漂っていたアルビオン王国へと
渡るために、空への架け橋であるラ・ロシェールの港町に滞在していた。
その日も早朝から日課である剣術と格闘の鍛錬に励んでいたアニエスに、ひとりの男が声を掛けた。
「その男は、そうだな……髪や瞳の色はヒラガに似ていたな」
「俺にですか?!」
異世界人である平賀才人と同じ髪と瞳を持つ男。
ひょっとしたら自分以外にも日本人が居るのかもしれない、そう思った才人は身を乗り出し、
アニエスに話しの続きを促がした。
「その人ってどんな感じの人でした?!アニエスさん教えてくださいっ!」
「勘違いするなよ?確かに顔つきもどことなくお前と同じ民族のようだったが、似ていたのはそれだけだ。
あのカミソリのような眼つきに鍛え上げられた肉体、それに隙の無さ。
お前とは全然違う。お前の髪と瞳の色がその男に失礼なくらいだ」
「しーましぇん」
「え~と、その男の人はアニエスさんにどんな用事があったんですか?」
「ああ、その男は私に剣術と格闘の稽古を頼んできたんだ」
男は用件だけを手短に言うと、アニエスに金貨の詰まった袋を渡した。
平民四人家族が一般的な生活をするために必要な金額は五百エキューと言われているが、
その男が渡してきた袋の中には、その五分の一に相当する百エキューもの大金が入っていたのだ。
流石のアニエスもこれには驚き、そして警戒した。
たかが剣術と格闘の授業料にしては破格すぎる代金である。
誰かが自分を罠に嵌めようとしていると男に眼を配ったが、男の態度からはそんな様子は見られなかった
警戒するアニエスに男は淡々とアニエスの実力を評価していると話し、アニエスもそれに頷いた。
男を信用した訳ではない。
自分をどうにかしようと考えているなら、こんな回りくどいやり方ではなく、この金で他の傭兵を雇って
襲わせればいいからだ。
アニエスは納得すると男に木刀を渡し、剣術と格闘の稽古を始めた。
「なんかその人に同情するなぁ……」
「ヒラガ、それは間違っているぞ。同情されるのは私のほうだ」
「あの~それってどういう意味ですか?」
最初、アニエスは男を苛め抜いてやろうと考えていた。
これは訓練であり、大怪我をさせなければ何をしようと許されるからだ。
彼女も女だてらに傭兵をやっているのだから、他の傭兵たちが言い寄ってきたり、
寝ているところを襲われたりしたこともある。
しかし、そういった男たちはすぐに自分の過ちに気付かされることになった。
圧倒的多数を占める男たちに舐められたくはない、アニエスは常にそう考えている。
もし、男たちに舐められたりすれば、その後は苦界が待ち受けているからだ。
そんな人生を送ってきた所為なのか、それとも元々の性格がそうだったのかはアニエス本人にも判らないが、
彼女は男を苛めることが好きになっていた。無論、寝床で苛めるという意味ではない。
アニエスの心に、この男を苛め抜き泣き言を言わせてやりたいという欲望が鎌首を擡げていた。
だが、アニエスはその泥の沼のように陰湿な欲求を満足させることはできなかった。
その男に、剣術で三回、格闘で五回も失神させられたからだ。
「ええっ!?アニエスさんを?失神?」
「はぁ~その人すごいんですねぇ」
「ああ、あれほど強い男には出会ったことがない」
「確かにすごいんすけど、なんでヨシェナヴェが恐ろしいんですか?」
「それはこれからだ。私が格闘で五回目に失神した後の話になるが……」
首を絞められて気絶したアニエスの鼻腔を食欲をそそる香りがくすぐる。
その香りによってアニエスは眼を覚まし、またもや敗北を喫した己の不甲斐なさに口を噛み、
悔しげに顔を歪ませて起き上がると、そこには驚くべき光景が広がっていた。
あれだけ激しい運動をした後にも関わらず、男は香りの中心である鍋を無表情でつついていたのだ。
そのとき男が食べていた鍋料理が、タルブの村に神聖アルビオン共和国の侵攻作戦において、
アニエスはトリステイン側として参戦し、奇跡の光によってトリステイン側の勝利として戦いが終わった後に
タルブの村で一泊した際に村の名物料理だといって出されたものがヨシェナヴェであり、
そのとき初めて、男が食べていた料理とヨシェナヴェが同じものだと気付いたのだった。
「ヨシェナヴェという料理をそのときに知ったんだが……私は今でもこの料理が恐ろしいよ。
私は……ヨシェナヴェに負けたんだ」
「そ、そうなんすか……それで、その後はどうしたんですか?」
「ああ、その後は…………いやいやいやなんもないぞ!断じてなんにもない!!」
「どうしたんですかアニエスさん?耳までまっかっかですけど」
「なんでもないったらなんでもない!よしサイトくん!稽古の続きだ!!」
「へ?え?イデェッ!ちょ、アニエスさん!耳!耳ひっぱんないでっ!!というかサイトくんって、イデェ!」
顔が赤くなったと思ったら、アニエスは突然サワヤカな笑顔を作り、才人の耳を千切るような勢いで引っ張り、
悲鳴を上げる才人の身体を引き摺りながら外に出て行くのをティファニアは呆然と見送った。
それから、外から聞こえる才人の悲鳴でティファニアは我に返ると、食事の後片付けを始める。
しばらくしてアニエスの話しを静かに聞いていた才人の愛剣である、インテリジェンスソードのデルフリンガーは
鞘から口の部分である柄を出すと、ポツリと呟いた。
「あー、デュークの旦那ヤることが早いからなー」
「何か言った?」
「いんや、なんにも言ってねぇよ」
デルフリンガーの呟きは主の悲鳴に掻き消され、誰の耳にも届くことはなかった。
ヨシェナヴェとは山野に生える野草や山菜、兎などの小動物の肉を味付けされた出し汁で煮込む
タルブの村の名物料理である。
煮込むことにより柔らかくなった食材は、固いものが食べられない年配の老人に優しいだけでなく、
そのままでは食べ辛い木の根や苦い山菜も、出し汁の味が染み込み食べやすくなるので、
野菜嫌いの子どもたちでも喜んで食べるみんなに美味しい料理である。
最近ではその食材として使われる、タルブの村近郊に自生するハーブや山菜などに滋養強壮、虚弱体質、
体力減衰時の栄養補強などに高い効果があることが認められ、王立アカデミーの注目を集めている。
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アルビオン王国の古都、シティ・オブ・サウスゴータ。
始祖ブリミルがアルビオンに最初に降臨した土地という伝説を持ち、空軍を主力とするアルビオン軍の
一大駐屯地であり、トリステイン・ゲルマニア連合軍が神聖アルビオン共和国への侵攻拠点として使用した
軍港ロサイスとアルビオン王国主都ロンディニウムを繋ぐ交通の要衝として知られる、人口4万を数える
アルビオン大陸有数の大都市である。
その港町ロサイスとシティ・オブ・サウスゴータを結ぶ街道より少し外れた森の中に、人目を憚るように
ウエストウッドという小さな村が存在した。
その村はティファニアという美しいエルフの少女と、親に捨てられたり戦災で家族を失った子どもたちが
慎ましやかな生活を送る場所である。
この静かな隠れ里のような村に、一週間ほど前にひとりの少年が迷い込んだ。
「でぇやあああっ!」
「脇が甘い!」
少年が稽古相手である女性に、上段に構えた木刀を振り下ろすが、女性は素早い身のこなしで振り下ろされた
木刀を易々と掻い潜り、少年の右脇に鋭い一撃を加える。
その一撃を少年は辛うじて木刀で受けとめるが、女性はそれを見越して少年の脛を蹴り上げる。
「いっでええぇぇぇ!」
「敵から眼を離すな!!」
脛を蹴られた少年が脚を押さえて飛び跳ねるが、その隙を女性が見逃すはずも無い。
女性は容赦なくもう一方の脛を木刀で打ち据えると、少年は無様に倒れ、痛みの余りに地面を転がる。
両脛を押さえて芋虫のように転がる少年を女性は冷ややかな眼で見つめ、脚を振り上げて
情けない少年の尻を蹴り飛ばそうとしたが、いつの間にか近くに痛々しい表情と申し訳なさそうな表情の
ふたつの感情が綯い交ぜになった、なんとも形容しがたい顔でひとりの少女が佇んでいた。
「あのー、おふたりとも、そろそろお昼の時間なんですけど……」
「あっ!ティファニアさんじゃないっすか!えっマジでメシ?!いやー嬉しいなぁもうハラがペコペコなんだよな!
と、いうわけで、アニエスさん!続きはメシ食った後で!!」
「おい待て!ヒラガ……ったく現金なやつだ」
平賀才人。
トリステイン・ゲルマニア連合軍が敗退し、その撤退の最中、神聖アルビオン共和国将軍ホーキンスが率いる
七万もの大軍による追撃をたった一人で阻み、連合軍の撤退を助けた英雄である。
その戦いで瀕死の重傷を負い、その命が尽きようとしたところをエルフの少女ティファニアに救われる。
だが、その代償としてその身に宿していた伝説の使い魔『ガンダールヴ』の印を失って失意に暮れていたが、
持ち前の能天気さで復活し、失った力と自信を取り戻そうと剣術の稽古に明け暮れていたところを、
トリステイン女王アンリエッタの命により彼を探していた銃士隊隊長アニエス・シュヴァリエ・ド・ミランに
発見され、彼女の退屈しのぎに剣術を超スパルタ方式で教わることになったのだが……
毎日徹底的に扱かれ剣術は少しづつ上達してきたが、心の方が折れそうになっている彼の唯一の拠り所は、
アニエスから解放される食事の時間とティファニアだけであった。
「ふあ~うまかったぁ~」
「そう?よかった。初めての料理だから自信が無かったけど……」
「このヨシェナヴェ……だったか?ヒラガ、お前が教えたのか?」
「そうっすけど……アニエスさんも知ってるんすか?」
「ああ……この恐ろしい料理のことなら知っている。そう、あれは三年ほど前だったか」
才人とティファニアは、今しがた食べたばかりのヨシェナヴェを恐ろしいと言うアニエスを怪訝な顔で
見つめるが、当の本人はそれを無視して食後のお茶を一口啜り、思い出を振り返るように静かに語りだした。
「あれは……まだ私が傭兵をしていた頃だった」
三年前、アニエスは復讐を胸に秘め、毎日を這いずるように生きていた。
傭兵として参加した戦いが終わり、アニエスはその時期から戦乱の匂いが漂っていたアルビオン王国へと
渡るために、空への架け橋であるラ・ロシェールの港町に滞在していた。
その日も早朝から日課である剣術と格闘の鍛錬に励んでいたアニエスに、ひとりの男が声を掛けた。
「その男は、そうだな……髪や瞳の色はヒラガに似ていたな」
「俺にですか?!」
異世界人である平賀才人と同じ髪と瞳を持つ男。
ひょっとしたら自分以外にも日本人が居るのかもしれない、そう思った才人は身を乗り出し、
アニエスに話しの続きを促がした。
「その人ってどんな感じの人でした?!アニエスさん教えてくださいっ!」
「勘違いするなよ?確かに顔つきもどことなくお前と同じ民族のようだったが、似ていたのはそれだけだ。
あのカミソリのような眼つきに鍛え上げられた肉体、それに隙の無さ。
お前とは全然違う。お前の髪と瞳の色がその男に失礼なくらいだ」
「しーましぇん」
「え~と、その男の人はアニエスさんにどんな用事があったんですか?」
「ああ、その男は私に剣術と格闘の稽古を頼んできたんだ」
男は用件だけを手短に言うと、アニエスに金貨の詰まった袋を渡した。
平民四人家族が一般的な生活をするために必要な金額は五百エキューと言われているが、
その男が渡してきた袋の中には、その五分の一に相当する百エキューもの大金が入っていたのだ。
流石のアニエスもこれには驚き、そして警戒した。
たかが剣術と格闘の授業料にしては破格すぎる代金である。
誰かが自分を罠に嵌めようとしていると男に眼を配ったが、男の態度からはそんな様子は見られなかった
警戒するアニエスに男は淡々とアニエスの実力を評価していると話し、アニエスもそれに頷いた。
男を信用した訳ではない。
自分をどうにかしようと考えているなら、こんな回りくどいやり方ではなく、この金で他の傭兵を雇って
襲わせればいいからだ。
アニエスは納得すると男に木刀を渡し、剣術と格闘の稽古を始めた。
「なんかその人に同情するなぁ……」
「ヒラガ、それは間違っているぞ。同情されるのは私のほうだ」
「あの~それってどういう意味ですか?」
最初、アニエスは男を苛め抜いてやろうと考えていた。
これは訓練であり、大怪我をさせなければ何をしようと許されるからだ。
彼女も女だてらに傭兵をやっているのだから、他の傭兵たちが言い寄ってきたり、
寝ているところを襲われたりしたこともある。
しかし、そういった男たちはすぐに自分の過ちに気付かされることになった。
圧倒的多数を占める男たちに舐められたくはない、アニエスは常にそう考えている。
もし、男たちに舐められたりすれば、その後は苦界が待ち受けているからだ。
そんな人生を送ってきた所為なのか、それとも元々の性格がそうだったのかはアニエス本人にも判らないが、
彼女は男を苛めることが好きになっていた。無論、寝床で苛めるという意味ではない。
アニエスの心に、この男を苛め抜き泣き言を言わせてやりたいという欲望が鎌首を擡げていた。
だが、アニエスはその泥の沼のように陰湿な欲求を満足させることはできなかった。
その男に、剣術で三回、格闘で五回も失神させられたからだ。
「ええっ!?アニエスさんを?失神?」
「はぁ~その人すごいんですねぇ」
「ああ、あれほど強い男には出会ったことがない」
「確かにすごいんすけど、なんでヨシェナヴェが恐ろしいんですか?」
「それはこれからだ。私が格闘で五回目に失神した後の話になるが……」
首を絞められて気絶したアニエスの鼻腔を食欲をそそる香りがくすぐる。
その香りによってアニエスは眼を覚まし、またもや敗北を喫した己の不甲斐なさに口を噛み、
悔しげに顔を歪ませて起き上がると、そこには驚くべき光景が広がっていた。
あれだけ激しい運動をした後にも関わらず、男は香りの中心である鍋を無表情でつついていたのだ。
そのとき男が食べていた鍋料理が、タルブの村に神聖アルビオン共和国の侵攻作戦において、
アニエスはトリステイン側として参戦し、奇跡の光によってトリステイン側の勝利として戦いが終わった後に
タルブの村で一泊した際に村の名物料理だといって出されたものがヨシェナヴェであり、
そのとき初めて、男が食べていた料理とヨシェナヴェが同じものだと気付いたのだった。
「ヨシェナヴェという料理をそのときに知ったんだが……私は今でもこの料理が恐ろしいよ。
私は……ヨシェナヴェに負けたんだ」
「そ、そうなんすか……それで、その後はどうしたんですか?」
「ああ、その後は…………いやいやいやなんもないぞ!断じてなんにもない!!」
「どうしたんですかアニエスさん?耳までまっかっかですけど」
「なんでもないったらなんでもない!よしサイトくん!稽古の続きだ!!」
「へ?え?イデェッ!ちょ、アニエスさん!耳!耳ひっぱんないでっ!!というかサイトくんって、イデェ!」
顔が赤くなったと思ったら、アニエスは突然サワヤカな笑顔を作り、才人の耳を千切るような勢いで引っ張り、
悲鳴を上げる才人の身体を引き摺りながら外に出て行くのをティファニアは呆然と見送った。
それから、外から聞こえる才人の悲鳴でティファニアは我に返ると、食事の後片付けを始める。
しばらくしてアニエスの話しを静かに聞いていた才人の愛剣である、インテリジェンスソードのデルフリンガーは
鞘から口の部分である柄を出すと、ポツリと呟いた。
「あー、デュークの旦那ヤることが早いからなー」
「何か言った?」
「いんや、なんにも言ってねぇよ」
デルフリンガーの呟きは主の悲鳴に掻き消され、誰の耳にも届くことはなかった。
ヨシェナヴェとは山野に生える野草や山菜、兎などの小動物の肉を味付けされた出し汁で煮込む
タルブの村の名物料理である。
煮込むことにより柔らかくなった食材は、固いものが食べられない年配の老人に優しいだけでなく、
そのままでは食べ辛い木の根や苦い山菜も、出し汁の味が染み込み食べやすくなるので、
野菜嫌いの子どもたちでも喜んで食べるみんなに美味しい料理である。
最近ではその食材として使われる、タルブの村近郊に自生するハーブや山菜などに滋養強壮、虚弱体質、
体力減衰時の栄養補強などに高い効果があることが認められ、王立アカデミーの注目を集めている。
元ネタはゴルゴ13の牛乳の恐ろしさを説く2ページマンガ
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