「ゼロと竜騎士-2」(2007/08/06 (月) 21:28:45) の最新版変更点
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その翌朝、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールの一日は強烈な鈍痛と共にやってきた。
窓の外は空に薄っすらと白みが差し始めたくらいで、まだ太陽が昇ってすらいない。
こんな時間に起きてしまって、馬鹿らしい。
「二度寝よ、二度寝しかないわ」
そう呟いてベッドに戻るも、ズキズキと痛む額のせいでとてもではないが寝てなんていられない。
なんで私の頭はこんなに痛いんだ?
そもそも私、昨日ってどうやって眠ったんだっけ?
鈍痛に苛まれる胡乱な頭でそんなことを考え、ルイズはガバッとベッドから身を起こした。
「そうよ! 私、使い魔! ~~って!」
跳ね起きた衝撃が痺れる頭痛を増幅する。
ルイズは身を起こしたまま、今度は身体を「く」の字に追って悶絶した。
さておき――。
(そうだ、昨日は確か使い魔召喚の儀式があったはずだわ)
使い魔召喚の儀式は、メイジにとって一生その身に付き添う大切なパートナーを決める重要かつ神聖な儀式だ。
その儀式により、メイジは己の力量を如実に示す鏡の存在、使い魔を召喚する。
“メイジを見るならその使い魔を見ろ”と、そんな格言があるくらいだ。
従ってその儀式に失敗など許されるはずもなく、ルイズも細心の注意をもって儀式に望んだのだ。
(それて、ああ、その結果……どうなんだったっけ?)
ズキズキと頭が痛んで、よく思い出せない。
なんだろう、頭に靄が掛かったようで――しかし、その靄の向こうに霞んで浮かぶシルエットがある。
二本の足があり、背はすらりとして高く、やはり二本の腕があり、少しくすんだような色合いの金色の髪があって、そうだ、確か腰に二本の剣を佩いた……人間。
――人間?
「いやいや、そんな馬鹿なことってないわよ。いいい、いくら私がゼロのルイズだなんて馬鹿にされてるからって、流石に使い魔召喚の儀式で、にに、人間なんか呼び出しちゃうほどとぼけてないわよ、なな、ないわよ?」
あは、あははははは――と、乾いた笑い声を上げてルイズはまたベッドに突っ伏した。
「そうよ、ゆゆ、夢よ。夢を見たんだわ。だっておかしいじゃない、ありえないわ。かか、仮によ?
仮に私がまた、百歩譲って、ううん、千歩譲ってよ? それでまたなんか失敗なんかしちゃったりしたとしてもよ?
使い魔を召喚したなら、そうよ、コントラクトサーヴァントの儀式をした記憶があるはずじゃないの。でも違う、私そんなの覚えてないもの。
覚えてないってことは、つまりそんな事実はないってことなのよ。うん、完璧、完璧すぎる理論だわ」
柔らかな羽根枕に顔を埋めながらぶつぶつとそんなことを呟く。
その姿は傍目から見ると少し怖い。
「どうせ夢よ、夢のことだわ。もう一回寝たら忘れちゃうんだから。だから早く寝るのよルイズ。うう、頭痛いけど、でも寝るの。寝たらすっきりして変な夢のことなんて忘れてるんだから。だから寝るの、寝なさいルイズ」
人、それを現実逃避と言う――と別の次元で別の次元の使い魔が言ったような気がするが、そんなものは幻聴、そうよ、幻聴よ。
ルイズは必死でそんなことを自分に言い聞かせたが、再び彼女に睡魔がやって来ようとした頃には、既に朝食の時間が迫っていた。
ルイズは渋々身を起こし、着替えをする。
頭の鈍痛は結局引かなかったし、寝れなかったせいであの嫌な夢の記憶を忘れてしまうこともできなかった。
――ドアを開ける。
「あら、ヴァリエール。頭大丈夫?」
自室から出るなり投げつけられたのは、不躾極まる一撃だった。
ルイズはこめかみを盛大に引きつらせて、声のした方を向く。
褐色の肌に持ち主の精神を形にしたかのような真っ赤な髪、そして、ルイズにはあり得ない豊かな乳房。
キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー。
通称、“微熱”のキュルケ。
ゲルマニアからの留学生にして、ルイズの生家、ヴァリエール家と国境を挟んでお隣さんという因縁のある少女が、見事の谷間に柔らかく揺らしながらそこに佇んでいた。
ルイズはチッと舌打ちを一つ、
「朝からご挨拶ね、ツェルプストー。その喧嘩買ったわ」
そう言ってやれば、キュルケは心外とばかりに腕を組んで――タプンと谷間を波打たせながらルイズを睨み付ける。
忌々しい。
ただでさえこっちは朝から頭が痛いっていうのに、余計に頭が痛くなるようなものを見せつけるんじゃないわよ、ああ忌々しい。
「ご挨拶はそちらの方じゃないの。こっちが珍しく本心から心配してあげてるのに」
「フンッだ! お生憎様、こっちには貴女なんかに心配されることなんて、何一つ御座いませんわ」
「あら豪胆。前頭部陥没骨折でまだ痛みは残ってるでしょうに。治癒の術といっても怪我は癒せたってあんまり酷くちゃ痛みまでは消せないのよ? まぁ平気だって言うなら別に構わないんだけど」
流石は私のライバル、それでこそヴァリエールよ――なんてことをキュルケが思ったかどうかは定かではないが、ルイズとしては聞き逃せない単語が彼女の言葉には含まれていた。
「――え? なにそれ、前頭部陥没骨折って」
「なに言ってんの、あんたのおでこの怪我でしょ? 貴女が昨日召喚した平民と、まぁ不幸と言っていいタイミングでおでこぶつけ合っちゃってさ。
これで人格が入れ替わりとかすればそれこそコメディだけれど、まぁ鉢金(※)つけた頭にあれだけの頭突き食らえば陥没もするわよねぇ」
「な……」
思わず額に手を当てて仰け反る。
今朝から頭が痛かったのはそれか。
いや違う、問題はそこじゃない。
――貴女が召喚した平民と――
つまりなんだ、その言葉の示す意味とはつまり――、
「……そう、あれは、夢じゃなかった、のね……」
がっくりと崩れ落ち、膝をついた。
夢なんかじゃなく、自分は本当に人間を、平民なんかを使い魔として呼び出してしまったのだ。
しかも契約さえ出来ていない。
ゼロのルイズ――大嫌いなあだ名が脳裏を過ぎった。
「ちょっとヴァリエール、大丈夫なの? まだ休んでた方がいいんじゃない?」
「なによ気持ち悪いわね、こんなときに優しくするなんてアンタらしくもない……」
「あのねぇ、私は確かにあんたのこと嫌いだけどね、だからって肉体的にも精神的にも弱ってる人間に追い討ち掛けるほど腐っちゃいないわよ。ホラ立ちなさい、服汚れるわよ?」
ルイズの腕をグィッと引っ張って立ち上がらせる。
しかしルイズは立ち上がっただけで、視線は床に落としたままだ。
ゼロのルイズ、魔法も使えない貴族失格のルイズ。
使い魔の契約に失敗するどころか、召喚の段階で失敗した出来損ないのルイズ。
使い魔召喚の儀式はトリスティン王立魔法学院では必修単位で、その神聖性からやり直し等は出来ない年に一回一発勝負の大儀式なのだ。
それに失敗したルイズに待ち受ける運命はと言えば、すなわち留年。
キュルケやギーシュ、モンモランシーにマリコルヌといったクラスの面々が進級していくのを傍目に見やりながら、自分は見下されて丸一年置き去りにされるのだ。
(――そ、そんな屈辱っ……!)
耐えられない。
耐えられるはずも無い。
そしてその報せは当然のように実家にも届くだろう。
意地悪な姉と優しい姉、厳しい両親。
魔法を操る才能のないルイズを様々な面から支えてくれた家族だ。
その家族を失望させないために頑張ってきたのに、
(がんばって、きたのに……っ!)
ルイズの瞳から涙が零れた。
零れ落ちた涙は、床に触れるが染み込むこともなく、その涙の痕を残さない。
キュルケの背後からのっそりと現れた彼女の使い魔、サラマンダーが床に足が焼けない程度の微熱を与えていたのだ。
「……どうしたもんかしらねぇ」
彼女らしくもない聊か粗野な仕草で燃えるような赤髪をかき上げたキュルケは、ただ無言でその豊満な胸にルイズの小さな身体を抱きこんだ。
小さくてこまっしゃくれて魔法の一つもまともに使えない生意気なクラスメイト、国境を跨いだご近所さんのチビ姫さまのこんな姿――。
(そりゃあ折角同じ学院に通うことになったんだから、一度くらいは思い切り凹ませてやろうと思っていたのは確かだけれど――)
こんな姿をこんな形で見る羽目になるとは思っていなかった。
そしてキュルケはそのまま、困ったような苦笑を浮かべてルイズをひとまず自分の部屋へ連れ帰ったのである。
※補足→ビュウの額に巻いてるものはバンダナ説と鉢金説、或いは実は何も装備してない説があるらしいですぞ
とりあえずここでは鉢金にて失礼
その翌朝、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールの一日は強烈な鈍痛と共にやってきた。
窓の外は空に薄っすらと白みが差し始めたくらいで、まだ太陽が昇ってすらいない。
こんな時間に起きてしまって、馬鹿らしい。
「二度寝よ、二度寝しかないわ」
そう呟いてベッドに戻るも、ズキズキと痛む額のせいでとてもではないが寝てなんていられない。
なんで私の頭はこんなに痛いんだ?
そもそも私、昨日ってどうやって眠ったんだっけ?
鈍痛に苛まれる胡乱な頭でそんなことを考え、ルイズはガバッとベッドから身を起こした。
「そうよ! 私、使い魔! ~~って!」
跳ね起きた衝撃が痺れる頭痛を増幅する。
ルイズは身を起こしたまま、今度は身体を「く」の字に追って悶絶した。
さておき――。
(そうだ、昨日は確か使い魔召喚の儀式があったはずだわ)
使い魔召喚の儀式は、メイジにとって一生その身に付き添う大切なパートナーを決める重要かつ神聖な儀式だ。
その儀式により、メイジは己の力量を如実に示す鏡の存在、使い魔を召喚する。
“メイジを見るならその使い魔を見ろ”と、そんな格言があるくらいだ。
従ってその儀式に失敗など許されるはずもなく、ルイズも細心の注意をもって儀式に望んだのだ。
(それて、ああ、その結果……どうなんだったっけ?)
ズキズキと頭が痛んで、よく思い出せない。
なんだろう、頭に靄が掛かったようで――しかし、その靄の向こうに霞んで浮かぶシルエットがある。
二本の足があり、背はすらりとして高く、やはり二本の腕があり、少しくすんだような色合いの金色の髪があって、そうだ、確か腰に二本の剣を佩いた……人間。
――人間?
「いやいや、そんな馬鹿なことってないわよ。いいい、いくら私がゼロのルイズだなんて馬鹿にされてるからって、流石に使い魔召喚の儀式で、にに、人間なんか呼び出しちゃうほどとぼけてないわよ、なな、ないわよ?」
あは、あははははは――と、乾いた笑い声を上げてルイズはまたベッドに突っ伏した。
「そうよ、ゆゆ、夢よ。夢を見たんだわ。だっておかしいじゃない、ありえないわ。かか、仮によ?
仮に私がまた、百歩譲って、ううん、千歩譲ってよ? それでまたなんか失敗なんかしちゃったりしたとしてもよ?
使い魔を召喚したなら、そうよ、コントラクトサーヴァントの儀式をした記憶があるはずじゃないの。でも違う、私そんなの覚えてないもの。
覚えてないってことは、つまりそんな事実はないってことなのよ。うん、完璧、完璧すぎる理論だわ」
柔らかな羽根枕に顔を埋めながらぶつぶつとそんなことを呟く。
その姿は傍目から見ると少し怖い。
「どうせ夢よ、夢のことだわ。もう一回寝たら忘れちゃうんだから。だから早く寝るのよルイズ。うう、頭痛いけど、でも寝るの。寝たらすっきりして変な夢のことなんて忘れてるんだから。だから寝るの、寝なさいルイズ」
人、それを現実逃避と言う――と別の次元で別の次元の使い魔が言ったような気がするが、そんなものは幻聴、そうよ、幻聴よ。
ルイズは必死でそんなことを自分に言い聞かせたが、再び彼女に睡魔がやって来ようとした頃には、既に朝食の時間が迫っていた。
ルイズは渋々身を起こし、着替えをする。
頭の鈍痛は結局引かなかったし、寝れなかったせいであの嫌な夢の記憶を忘れてしまうこともできなかった。
――ドアを開ける。
「あら、ヴァリエール。頭大丈夫?」
自室から出るなり投げつけられたのは、不躾極まる一撃だった。
ルイズはこめかみを盛大に引きつらせて、声のした方を向く。
褐色の肌に持ち主の精神を形にしたかのような真っ赤な髪、そして、ルイズにはあり得ない豊かな乳房。
キュルケ・アウグスタ・フレデリカ・フォン・アンハルツ・ツェルプストー。
通称、“微熱”のキュルケ。
ゲルマニアからの留学生にして、ルイズの生家、ヴァリエール家と国境を挟んでお隣さんという因縁のある少女が、見事の谷間に柔らかく揺らしながらそこに佇んでいた。
ルイズはチッと舌打ちを一つ、
「朝からご挨拶ね、ツェルプストー。その喧嘩買ったわ」
そう言ってやれば、キュルケは心外とばかりに腕を組んで――タプンと谷間を波打たせながらルイズを睨み付ける。
忌々しい。
ただでさえこっちは朝から頭が痛いっていうのに、余計に頭が痛くなるようなものを見せつけるんじゃないわよ、ああ忌々しい。
「ご挨拶はそちらの方じゃないの。こっちが珍しく本心から心配してあげてるのに」
「フンッだ! お生憎様、こっちには貴女なんかに心配されることなんて、何一つ御座いませんわ」
「あら豪胆。前頭部陥没骨折でまだ痛みは残ってるでしょうに。治癒の術といっても怪我は癒せたってあんまり酷くちゃ痛みまでは消せないのよ? まぁ平気だって言うなら別に構わないんだけど」
流石は私のライバル、それでこそヴァリエールよ――なんてことをキュルケが思ったかどうかは定かではないが、ルイズとしては聞き逃せない単語が彼女の言葉には含まれていた。
「――え? なにそれ、前頭部陥没骨折って」
「なに言ってんの、あんたのおでこの怪我でしょ? 貴女が昨日召喚した平民と、まぁ不幸と言っていいタイミングでおでこぶつけ合っちゃってさ。
これで人格が入れ替わりとかすればそれこそコメディだけれど、まぁ鉢金(※)つけた頭にあれだけの頭突き食らえば陥没もするわよねぇ」
「な……」
思わず額に手を当てて仰け反る。
今朝から頭が痛かったのはそれか。
いや違う、問題はそこじゃない。
――貴女が召喚した平民と――
つまりなんだ、その言葉の示す意味とはつまり――、
「……そう、あれは、夢じゃなかった、のね……」
がっくりと崩れ落ち、膝をついた。
夢なんかじゃなく、自分は本当に人間を、平民なんかを使い魔として呼び出してしまったのだ。
しかも契約さえ出来ていない。
ゼロのルイズ――大嫌いなあだ名が脳裏を過ぎった。
「ちょっとヴァリエール、大丈夫なの? まだ休んでた方がいいんじゃない?」
「なによ気持ち悪いわね、こんなときに優しくするなんてアンタらしくもない……」
「あのねぇ、私は確かにあんたのこと嫌いだけどね、だからって肉体的にも精神的にも弱ってる人間に追い討ち掛けるほど腐っちゃいないわよ。ホラ立ちなさい、服汚れるわよ?」
ルイズの腕をグィッと引っ張って立ち上がらせる。
しかしルイズは立ち上がっただけで、視線は床に落としたままだ。
ゼロのルイズ、魔法も使えない貴族失格のルイズ。
使い魔の契約に失敗するどころか、召喚の段階で失敗した出来損ないのルイズ。
使い魔召喚の儀式はトリステイン王立魔法学院では必修単位で、その神聖性からやり直し等は出来ない年に一回一発勝負の大儀式なのだ。
それに失敗したルイズに待ち受ける運命はと言えば、すなわち留年。
キュルケやギーシュ、モンモランシーにマリコルヌといったクラスの面々が進級していくのを傍目に見やりながら、自分は見下されて丸一年置き去りにされるのだ。
(――そ、そんな屈辱っ……!)
耐えられない。
耐えられるはずも無い。
そしてその報せは当然のように実家にも届くだろう。
意地悪な姉と優しい姉、厳しい両親。
魔法を操る才能のないルイズを様々な面から支えてくれた家族だ。
その家族を失望させないために頑張ってきたのに、
(がんばって、きたのに……っ!)
ルイズの瞳から涙が零れた。
零れ落ちた涙は、床に触れるが染み込むこともなく、その涙の痕を残さない。
キュルケの背後からのっそりと現れた彼女の使い魔、サラマンダーが床に足が焼けない程度の微熱を与えていたのだ。
「……どうしたもんかしらねぇ」
彼女らしくもない聊か粗野な仕草で燃えるような赤髪をかき上げたキュルケは、ただ無言でその豊満な胸にルイズの小さな身体を抱きこんだ。
小さくてこまっしゃくれて魔法の一つもまともに使えない生意気なクラスメイト、国境を跨いだご近所さんのチビ姫さまのこんな姿――。
(そりゃあ折角同じ学院に通うことになったんだから、一度くらいは思い切り凹ませてやろうと思っていたのは確かだけれど――)
こんな姿をこんな形で見る羽目になるとは思っていなかった。
そしてキュルケはそのまま、困ったような苦笑を浮かべてルイズをひとまず自分の部屋へ連れ帰ったのである。
※補足→ビュウの額に巻いてるものはバンダナ説と鉢金説、或いは実は何も装備してない説があるらしいですぞ
とりあえずここでは鉢金にて失礼
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