「笑われる犬の冒険」(2008/06/16 (月) 06:00:21) の最新版変更点
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「なんでコントラクト・サーヴァントが成功しないのよーっ!」
草原でルイズが絶叫する。
春の使い魔召喚の儀式で、彼女のサモン・サーヴァントに応じたのは、気絶している奇妙な亜人だった。
全身モスグリーンの衣装は手足の先まで覆っていて、素肌をまったく晒していない。
その両腕はなぜか後ろ手で拘束されていて、犯罪っぽい上に犯罪者っぽかった。
髪は乾いた砂色で、短く刈られているのに前髪は鼻にかかるぐらいで鬱陶しい。
顔には口に当たる部分から円盤状の器官が大小4つ生えており、ハエとかそーゆー系の生き物を連想させた。
端的に言って不気味な顔だったが、ルイズはその口らしき円盤に頑張ってキスをする。
が、契約の魔法は発動しない。
召喚の魔法も難度も失敗したのだからと難度も呪文を唱えてキスを繰り返す。
もうファーストキッスはヤっちゃったし、こうなったら何回でも同じだと半ばヤケである。
が、それでも成功しない。
「少女よ、いったいなにをしているのだ?」
くぐもった声で亜人が聞いてきた。
どうやらいましがた、気絶から回復したらしい。
「コントラクト・サーヴァントの魔法をかける儀式よ!
アンタは私のサモン・サーヴァントの魔法で召喚されたのよ!
だから私の使い魔にならなきゃダメなのったらダメなのっ!!」
叫ぶルイズ。
亜人はその言葉に青い、そこだけは人間に似た、タレ気味の瞳を潤ませる。
なんだか妙に嬉しそうだった。
「つまりお前は私のご主人と云う事だな?
使い魔か。良かろう。契約でもなんでもしよう。
だがその前にこの手錠を解いてはくれまいか?」
その言葉を聞いて、危険は無いと判断したコルベールがアンロックの魔法で亜人を拘束していた手錠をはずす。
自由になった亜人は素早く立ち上がると、奇妙な形の口を取り外した。
実は仮面だった――ルイズ達の知らないガスマスクという類の仮面――その顔の下から現れたのは、
赤い口紅を塗った大き目の口の女の顔。
奇相の亜人ではなく、体型に性的特徴が乏しい女の平民だったのだ。
女は驚いて硬直するルイズに恭しく口付けをする。
ほぼ同時に、彼女の左手にヘビがのたくったようなルーンが刻まれた。
手の甲が灼熱するような痛みを感じながら、女はルイズのまえに額づいた。
その表情は微妙に興奮で上気しているようにも見えた。
「これで私はお前の使い魔だな、ご主人。私の名は『砂の猟犬』瀬利ニガッタ。
犬と呼んでくれてかまわない。むしろ積極的に犬と呼んで欲しい」
彼女は、犬と呼ばれるのが大好きな変態であった。
ちなみに変態と言うのは比喩ではない。
アンタは使い魔なんだから床で寝なさいと言って部屋の隅を示したら、
大喜びで部屋の隅に寝転がって熟睡しやがった翌日。
ルイズが洗濯するように言って投げたパンツを、ニガッタはこともあろうに匂いを嗅いで口に入れようとしたのだ。
ニガッタがパンツを手にあーんと口を開いた瞬間、ルイズは無言でグーを振るった。
「なにをするのだご主人!?」
「それはこっちのセリフよ! アンタいったい何をするつもりなのよ? この変態!」
「変態とは心外な。味をみるに決まっているだろう」
無意味にカッコイイポーズをキメて言い放つ変態。
「いいわ、聞いた私が馬鹿だったのね。死になさい変態」
「まてっ、ご主人、飼い犬を虐待するのは良くな……みぎゃ!?」
そんでとりあえず悪は成敗されたのだった。
「しかし此処は楽園のようだなぁ、ご主人」
「は?」
アルヴィーズの食堂で、床に座って固いパンと薄いスープをあてがわれたニガッタだが、
それを気にする事無く、そんな事を言い出す。
ルイズには、ちょっと理解不能だった。
「楽園って、具体的にはどのあたりがよ?」
「犬のウンコを食わなくても生きていける」
あんまりな返答に、ルイズの目は点になっている。
「私は元の世界で密偵として犬のウンコを食っていた。
だが裏切りの罪で地獄に落とされ、地獄で見つけた理想郷でも犯罪者として捕らえられた。
捕縛された私は収容施設へと送られる私の目の前に転移の門が開き、
そこへ飛び込んだ私は、この楽園にたどり着いたのだ」
滔々と語る変態。
心底幸せそうに固いパンを齧りながらニガッタは続ける。
「この世界は素晴らしい。貴族が偉くて平民がその下。学園長が一番でその下に教師。
教師の次は貴族の生徒で、使い魔、平民と続く。
魔法使いはスクウェアが一番でトライアングル、ライン、ドットの順だ。
なんという判りやすい順番。素晴らしくシンプルな序列! ビバ縦社会!」
清々しく言い切ったニガッタがなんか哀れで、ルイズはそっと彼女の皿に鶏肉を置いてやるのだった。
そんなニガッタだったから、使い魔生活に完璧なぐらいに順応していた。
ギーシュイベント?
そんなの起きるはずもない。
犬っコロは縦社会を愛しているから、貴族に逆らうわけがないのだ。
だから戦いは、まるで別の形で行われる事になった。
それは食堂から教室に向かう途中での事。
「サモン・サーヴァントでそんな貧相で不気味な女を召喚するなんて、流石はゼロのルイズよねぇ」
廊下でバッタリ出会ったキュルケが、ガスマスク姿のニガッタをそう評したのだ。
だが、犬気質の変態はそんな罵倒など何処吹く風という風で、ルイズの後ろに控えている。
が、次の言葉でその様子が一変した。
「それに比べて私の召喚した火トカゲのフレイムの立派な姿をごらんなさい!
特に尻尾に燃えている炎の大きさ! きっと火竜山脈のレアモノよ!」
「つまり……お前は、そのケダモノはワタシよりも上だと言うのだな……」
いつのまにかニガッタは地面に這いつくばっていた。
平伏では無い。
フレイムと視線を合わせ、完全にライバルを威嚇する犬の様相である。
この女、トカゲと同レベルで張り合っているのだ。
グルグルと唸りを上げて威嚇し合う一人と1匹。
「ちょ、やめなさいよニガッタ。
たしかにツェルプストーはムカつくけど、火トカゲは平民が勝てるような相手じゃないわ。
力は牛より強いし、火のブレスだって吐くんだから」
「そんなことは関係ないご主人。使い魔と使い魔で同じランク付けというのは曖昧過ぎる。
一度どちらが上か、はっきりさせなければ犬として困るのだ」
ガスマスクの下でグルルと歯をむき出しにしているらしいニガッタがそう告げると、
フレイムが付いて来いとでも言う様に視線を切った。
ズルズルと尻尾を引きずりながら中庭へと這ってゆくフレイム。
その後ろを這ってゆくニガッタ。
二人の飼い主は困ったようにその後を追う。
そして……決闘が始まった。
睨み合いもそこそこ、フレイムが火を吹こうと息を大きく吸い込む。
同時にニガッタの方は手袋を外すと、自分の手の平にガブリと噛み付いた。
次の瞬間、吐き出されたフレイムの吐息が犬を焼く寸前にその姿が掻き消える。
「消えた!?」
「ちょっ、あんな所に!?」
ニガッタは人間とは思えない速度で飛び退いて、学園の壁へと飛んだのだ。
高さにしておよそ三階部分の壁に、まるでイモリのようにへばり付いている。
変態的な運動能力に二人と一匹は呆然と立ち尽くす。
その間にニガッタは懐に手を入れながら哄笑した。
「くはははは、どうしたノロマなトカゲ野郎! つぎはこちらの番だぞ!」
「あっ! 私の靴下!? この変態いつのまに!」
懐から取り出されたのは、ルイズの黒いニーソックス。
ニガッタは使用済みで洗濯前のそれを躊躇なく自分の顔の前にもってくる。
「くらえっ、ご主人の靴下の臭いから発動する攻撃魔術『紫電の咆哮』っ!!」
叫びと共にニガッタの口から解き放たれたのは雷撃のブレスだった。
圧倒的な破壊力はフレイムの頭上を通過して大地を削り、学園の外壁を粉砕する。
「いかんな、やはり初めて使う魔法では狙いが甘いか」
言いながらもう一度ニーソの臭いを嗅ごうとする変態の眼下で、
フレイムはキュルキュルと頭を隠して丸くなった。
それは火トカゲの降参ポーズである。
「ふっ、勝った」
地面に降り立ち無意味にカッコイイポーズをキメる変態魔導師。
理解が追いつかないルイズとキュルケは、それを呆然と見るしかできなかった。
『砂の猟犬』瀬利ニガッタ。
彼女は匂いや味を起点に奇跡を起こす『賢猟体系』の刻印魔導師である。
かの魔道体系は肉体の強化に優れ、多くの場合自身の血液の味をもってその魔法とする。
あらゆる自然界の動物を凌駕する運動能力をたやすく発するだけでなく、
様々な味と匂いから魔法を引き出す事が出来る賢猟体系ではあるが、
プラスがあれば当然マイナスもある。
まず自然界に存在する雑多な匂いにも反応して魔法が発動してしまうこと。
このため、賢猟体系の魔導師にはガスマスクを利用して味と匂いを遮断している者は多い。
もう一つの、そしておそらく最大の欠点は、強い精神力がなければ使えないと云う事だ。
ルイズ達メイジの言う意味での、使えば減る精神力ではない。
文字通り精神的な強さ。
賢猟体系における大魔導師とは、犬のうんこが強力な魔法を起こす味をもっているなら、
迷わずそれを口にできる人間を指すのである。
極論すれば、瀬利ニガッタにとって魔法を使うとは犬のうんこを食べることなのだ。
ともあれ、その日のうちにニガッタは使い魔が住んでいる厩舎の中で頂点に立った。
縦社会のリーダー的存在という地位を手に入れたのだ。
「ふははははははは! 心地よい、心地よいぞっ! これが征服者の椅子の座り心地か!」
トカゲの餌とかハトの餌とか献上されて悦に入る変態犬女。
フクロウから金貨とか、カエルから香水とかを巻き上げる、大変大人気ない様子である。
「ふっふっふっ。使い魔の格は主人の力を現すとも聞く。これなら今頃ご主人も大喜びだろう」
厩舎で動物の餌をたらふく食って、それから念入りに歯磨きした口にガスマスクを装着して、
ニガッタは意気揚々とルイズの部屋へと帰る。
自分はご主人の役に立った良い犬だと、そう確信して。
しかし、彼女の目の前で、ルイズの部屋の扉は固く閉ざされているのだった。
「ご主人!? どうしたのだご主人!? ここは私の寝床では無いのか!
開けてくれ! 私をあの寝心地の良い部屋の隅に入れてくれっ!」
せつない声を上げて扉をドンドンと叩くニガッタ。
その声に耳を塞ぎながら、ルイズはベッドの上で膝を抱えていた。
落ち込んでいる。
そりゃもう心の底から落ち込んでいる。
だって使い魔が魔法を使ったのだ。
なのに自分は魔法の使えないゼロなのだ。
常識的に考えて、使い魔はメイジに使える者でメイジではない。
使い魔はメイジが呪文を唱える時間を稼ぐために戦うべきで、それ自体が魔法を使ったら本末転倒である。
それは、そう言った事が良いとか悪いとかではなく、太陽が東から昇るのと同じくらい当然の事だと、ルイズは教育を受けてきた。
ゼロのルイズだと、誰に言われた時よりも心が傷付いた。
別にニガッタが悪いわけでは無いというのは十分承知していても、やはり顔をあわせられない。
浮かんできた涙を抑えきれなくなって、枕に顔を埋めて強く押し付けるルイズ。
それからしばらく嗚咽を漏らしていたが、やがて泣き疲れたルイズは眠ってしまった。
それから数時間。
ふっと目を覚ましたルイズが空を見ると、もう月が中天を越えていた。
どうやら3時間以上眠ってしまったようだと考えながら、ルイズはフラつく頭のままで立ち上がる。
ドアを叩く音は流石に聞こえなくなっていた。
多分、どこか別の寝床を見つけたのだろう。
そう思いつつもドアを少しだけ開くと、青い瞳とバッチリ目が合った。
「……!?」
「…………ご主人」
ニガッタの瞳は潤んでいた。泣き疲れて眠ったルイズよりも更に。
まるっきり捨てられた子犬のような目だ。
それを見た瞬間、ルイズの中のこだわりやわだかまりがスッと溶けるように消えていた。
魔法が使えるニガッタが羨ましいかと聞かれれば、きっとまだ羨ましい。
けれど魔法を使うために犬のうんこを食えるかと言えば、やっぱり嫌っぽい。
ニガッタはこの世界が「犬のうんこを食わなくても生きられる楽園」だと言った。
それは「魔法を使わなくても生きられる楽園」と言う意味だ。
彼女はきっと、ずっと魔法なんか使いたくなかったのだ。
だから、うらやむのは止めようと思う。
きっとルイズとニガッタは、お互いの欲しくないものを羨ましがっている似た者同士なのだから。
「なんて顔してるのよ。ほら、とっとと部屋に入りなさい」
「い、良いのかご主人?」
「良いから早く。今夜は冷えるから、特別に私のベッドに入る事を許してあげるわよ」
「ご主人!!」
ニガッタは感激のあまりルイズに飛びついてくる。
本当の犬なら顔を舐めそうな勢いだ。
かくしてルイズとニガッタは仲良し主従になった。
その後の活躍はワザワザ書くまでもない自明の事だろう。
フーケのゴーレムを魔法で粉砕し、
ワルドの遍在を相手にガンダールヴに目覚めて粉砕し、
タルブの村を襲ったレコン・キスタをルイズが虚無に目覚めてやっつけて、
肉体強化×ガンダールヴの傍若無人なほどのパワーで、困難な使命を次々に解決し、
いつしかニガッタとルイズはトリステイン軍の中の切り札と称されるようになってゆく。
そこに襲い掛かるレコン・キスタの大軍と、突如反乱を起こしたトリステイン・ゲルマニア連合の兵士。
総勢7万の大軍の足止めを命じられたのは、切り札の名を冠するルイズ達であった。
朝もやの中を鎧に身を固めた兵士の群れが慎重に行軍している。
彼等の目標であるロサイスへと続く一本道。
その道を軍団の先頭から数百メイル離れた場所に、その主従は立っていた。
「逃げても良いわよニガッタ。この任務は私が命じられたんだから」
「ふっ、なにを言うご主人。犬は最後まで主に尽くすものなのだ」
「そうね。そうだったわね」
ピンクの髪の虚無と砂色の髪の猟犬を最初に発見したのは、使い魔の鳥を飛ばしていたメイジだった。
彼は最初、自分か使い魔の目がおかしくなったかと疑った。
小高い丘にのっぽとチビの二人。
その片方、のっぽの方が膝を付いたかと思うと、ピンク髪の少女のスカートの中へと、手を差し入れたのだ。
ゆっくりと下着を脱がせ、のっぽはその白い布切れをモスグリーンの服のポケットへと入れた。
「さあ犬、私の脚をお舐めなさい」
ぱんつハイテナイ少女はそう言って黒いニーソックスを穿いた脚を軽く上げた。
目を上げれば中身が見えそうな位置に跪いたまま、アッシュブロンドののっぽがその爪先に口付けをする。
―――そして次の瞬間、瀬利ニガッタの口から高圧電流を伴った衝撃波が発生。
ルイズの靴下の匂いで発動する魔術・紫電の咆哮による攻撃である。
使い魔の視覚を使って二人を見ていたメイジもろとも、百数十人の兵士を一撫でに滅した。
「敵襲! 敵襲だ!!」
驚くヒマもあればこそ。
左手に湾曲した刃を持つナイフを手に、猟犬は既にその場所に立っている。
ガンダールヴの力は風よりも早い動きをニガッタに与える。
賢猟体系の肉体強化は音よりも早い動きをニガッタに与える。
その両方が重なった時、最早誰も彼女の姿を目で捉えることはできなくなっていた。
「なななな何がおきていると言うのだ!? 次々に兵士が倒れるなど―――」
最後まで云う事が出来ず、小隊長だった男は巨人に殴られでもしたかのように吹き飛んで絶命した。
足音と影だけを残して疾走するニガッタの姿はまるで地獄の猟犬。
どんな敵でも正面から粉砕できるはずの六万数千の大軍が、恐れどよめく。
恐慌寸前の空気の中で、冷静さを残した将官が叫んだ。
「くっ、点で狙うな! 相手が早すぎて無駄だ! こちらは面で攻撃すればどんな敵でも捉えられる!!」
その言葉に、平民の兵士達はめいめいに鉄砲を撃ち、矢を放ち、槍を投げた。
メイジ達は炎を風を土を水を隙間なく、壁のように放っていく。
それは死そのものが迫り来るような津波だ。
高速で回避しても、避けきれないいくつもの攻撃がニガッタを切り裂いた。
「やったか!」
「だ、ダメだぁ!?」
結果、兵士達はさらなる恐怖を味わうことになった。
切り裂かれ焼かれ凍らされたはずのニガッタの身体が、次々と再生してゆくのだ。
賢猟体系の肉体強化は、その再生能力にまで及ぶ。
銃も剣も役に立たぬ不死身の人狼伝説。
地球におけるその原型こそが、かの魔法体系の使い手達であった。
その伝説にふさわしい、肉食獣のような笑みで、ニガッタは兵士達を笑った。
「今度はこちらの番だ。受けよ、ご主人の使用済み下着の味で発動する究極破壊魔法――」
一切の躊躇無く、ニガッタはポケットから取り出したルイズのパンツを咥えていた。
魔犬の両腕が一回り、二回りに太く大きく膨れ上がる。
しかもその腕は肥大化しただけではなく、唸りが音となるほど小刻みに震えていた。
凶悪な震動を伴った両掌を、ニガッタは大地に叩き付ける。
「―――逆砂の大瀑布」
告げられた名が示す通り、大地が吹き上がった。
それは遠目に見れば確かに砂で出来た滝のようだっただろう。
ニガッタの両腕を中心とした爆発的な砂の噴出は、その上に居た大軍を片端から空に跳ね飛ばし、そして地に叩き付けた。
この攻撃でまた数百、あるいは千に及ぶ兵士が削られただろうか。
砂の噴出によって巻き上がった埃が晴れた時、彼等は見方の兵士達の転がりうめく、
地獄のような情景を見る事になる。
「くっ……」
だが引けない。
こんな所で、たった一人に敗北したまま退却する事はできない。
それは戦うことで糧を得てきた者達共通の認識だった。
「怯むなぁ! 敵は一人。しかも大技を出して精神力も疲弊しているはずだ! 一気に押し込め!!」
ときの声をあげて突撃しようとする巨大な軍団。
その数を減らしたとはいえ、まだまだその八割以上を残しているのだ。
一気に踏み潰されれば、ニガッタとて命は無い。
そのはずだ。
にもかかわらず、忠犬は笑っていた。
恐れる事などなにもない。
なぜなら、彼女のご主人はすでに呪文を唱え終わったのだから。
「エクスプロージョン!!」
光が戦場を包む。
それは人を殺さない破壊だった。
一瞬の閃光が晴れたあと、レコン・キスタの兵士達が見たもの。
「うわあー! はだかー!?」
それは、武器も鎧も服も、下着さえ残さぬ全裸となった自分達の姿であった。
平民の手に銃は無く、貴族の手にも杖は無い。
「うわー、もーダメだー!」
こうなったらもーどうしようも無かった。
つい寸前まで雄々しく戦っていた兵士達は、両手で前を隠して一目散に逃げ出した。
かくしてルイズとニガッタは7万を足止めどころか壊走させて、アルビオン攻略の英雄となったのである。
それから一週間後のトリステイン魔法学園のルイズの部屋。
「こっ、こっ、この馬鹿犬ぅぅぅ!!」
今日も今日とてルイズの鞭が飛ぶ。
「ちょっ、ま、まてご主人! 落ち着くのだご主人っ!!」
「問答無用! メイドからアンタが洗濯籠から下着類を盗んでいったって苦情が来てるのよ!
それも男女のみならず生徒教師無差別に! オールド・オスマンの下着まで!
これから味と匂いを試すつもりだったのよね? そうなのよね?」
「こ、これは犬としての本能みたいなもので、だから仕方なく……」
「黙りなさいっ!」
「ひいっ!?」
ピシッと乗馬鞭が地面を叩き、ニガッタは恐ろしさに身を竦めた。
「ちっょとシュバリエに任命されたからって調子に乗るんじゃないわよ犬。
これはもう、本格的に調教しなきゃダメみたいねぇ……」
「おおおお、お慈悲を~、どうか寛大なお慈悲をご主人~」
ガタガタとみっともなく部屋の隅で震えるニガッタ。
駄犬の身体にルイズが腕を伸ばして覆い被さり―――
「良い? アンタが匂ったり味わったりしていいのは、私の匂いだけなんだからね」
ぎゅっと、その薄い胸にニガッタの頭をかき抱いていた。
「ご主人……」
事情をしらないと変態にしか聞こえないセリフだが、その言葉はニガッタのハートをズギューンと打ち抜いた。
「他の女の、あと男の下着なんかに興味持ってるんじゃないわよ。
アンタは私の使い魔――私の犬なんだからね」
「ご主人……いかん」
「ふえ?」
「ご主人の汗の臭いで魔法が発動しそうだ」
「ちょ、なんでこんな時に、ってゆーかガマンしなさいよ」
「すまない、無理」
直後、大爆発。
ルイズの部屋の壁は吹き飛び、中からモクモクと煙が流れ出ていた。
「ああ、またやってるな」
爆発した部屋を見上げて誰かが呟く。
「げほっげほっ……アンタねぇ、もうちょっとシチュエーションとか気にしなさいよぉ」
「いや、これは生理現象みたいなもので……すまなかったご主人。
だがこれで新しい魔法を発動させる匂いが発見できたぞ!」
煤で真っ黒になりつつも、二人はいつもの通りの二人である。
魔法学園は今日も平和だった。
おしまい
円環少女から「砂の猟犬」瀬利ニガッタ召喚
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