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#navi(ゼロと魔砲使い)
&setpagename(第14話 激闘)
わずかばかりの間に、いろいろな彼女を見てきた。
笑う顔、怒る顔、凛々しい顔、ちょっと悲しげな顔。
それを見れば、彼女がどんな人かは見当が付く。
でも、今の彼女の顔は――そのすべてと隔絶しているように、ルイズには思えた。
同時に悟る。これこそが、彼女の、心からの怒りなんだって。
仕掛けたビダーシャルは、最初の位置からほとんど動いていなかった。対してなのはは左手を光らせながら縦横無尽に周囲を飛び回る。
だが攻撃しているのはほとんどビダーシャルの方だけだ。大地が拳となり、石つぶては意志あるかの如く彼女に襲いかかる。庭の草は蔓を伸ばして彼女を拘束しようとし、大気は渦を巻いて彼女を切り裂こうとしていた。
それをなのはは光の盾と四つの光球で交わし、受け、迎撃していく。
ルイズとタバサはこの怒濤の攻撃の中、自分たちの身を守るので精一杯だ。タバサは詠唱の短いエアハンマーで危険な流れ弾をたたき落としていく。ルイズもタバサの迎撃を抜けてくる石などを、何とか爆発で粉砕した。
はっきり言って未熟なルイズではこなしきれないと思われたが、ここに来て連日の練習が実を結んだ。幸いルイズの魔法は『失敗魔法』と言われ続けたとおり、どんな呪文でも効果が出る。
呪文詠唱そのものはルイズはむしろ得意な方である。というか、なまじ失敗し続けただけに、それを補おうと努力した結果、そこら辺のへっぽこより遙かに早く、正確に詠唱できる。
結果は常に爆発だったが。
だが今回はそれが裏の裏になって表返った。
威力も結果もどの魔法でもほぼ変わらないだけに、ルイズは速度優先のこの場合に『より短い呪文』を選べた。ほとんど数語で発動する短いルーンでも、流れ弾を砕く程度なら問題はない。
いくら練習したとはいえ実戦経験のないルイズではどうしても照準が一歩送れる。その一歩を詠唱時間が埋めてくれた。
「だ、大丈夫かしら、なのは」
「たぶんまだ余裕ある。なのは、まだ攻めてない」
手がまだ止まるルイズに対して、タバサには隙がまるで無い。マルチタスクの効果がこちらも出ていた。エアハンマーを詠唱と共に確保しつつ、次に迎撃すべき流れ弾を、タバサは完全に見切っている。
だが、タバサの推測は外れていた。
なのはにしても、そう余裕があったわけではなかったのだ。
「なぜ、なの」
そういいつつ、なのはが初めて攻撃に転じた。
猛攻の嵐をくぐり、至近にまで接敵したところでディバインシューターを一発たたきつける。情けない話だが、一発しか向かわせることが出来なかった。それほど、ビダーシャルの攻撃の密度は濃かった。
だがその一発も、フィールドらしきものにはじき返される。
再び距離を取りつつ、なのははビダーシャルに問い掛ける。
「どうしていきなりなの。何で話を聞こうとしてくれないの!」
なのははギーシュの決闘の時とはまた違った思いで憤っていた。マチルダから聞いたエルフの話。ルイズから聞いたエルフとの戦いの歴史。
なのははエルフの話を聞いてみたかった。愛し合うことも、憎しみ合うことも出来るなら、話し合うことも出来る。そう思っていた。
だがこうしてはじめてみたエルフは、何故かこちらの意を無視して襲いかかってきた。
訳が判らない。それがなのはの攻撃の手を鈍らせている最大の原因であった。
もっとも、この攻撃の嵐では、なのはも攻撃に転じるのは難しい。元々なのはは長距離砲撃型の魔導士だ。足を止め、攻撃は強固なバリアで止め、圧倒的な一撃で敵を粉砕する。それが彼女のベーシックスタイルだ。
このように近距離で敵の攻撃を回避しつつ攻撃するのは彼女のスタイルとは真反対である。
なのはにしても、こんな戦闘はガンダールヴの恩恵がなければ出来たものではない。彼女本来の運動能力はかなり低いのだ。
そして、
「何を語ればいいというのだ、シャイターン」
返ってきたビダーシャルの言葉には、ぬぐいようのない憎悪が籠もっていた。
「我らの真の宿敵、テスタロッサの名を知るシャイターンと、交わす言葉などない。貴様は存在することすら許されぬモノだ。ただ息をするだけで世界を滅ぼす毒だ」
「な、何よその言いぐさは!」
その言葉に反発したのはなのはではなくルイズだった。
「彼女はいい人よ! 彼女はあたしを認めてくれた! 助けてくれた! 道を拓いてくれた! エルフにとって何なのかは知らないけど、そんな言われかたしていい人じゃない!」
「何も知らない割には言いますね。いまだ目覚めぬ娘よ」
なのはとの激しい攻防を平然と維持したまま、ビダーシャルはルイズに向かって答える。
「まあ知らないのだからしかたはありませんか。彼女はシャイターン。ただ存在するだけで、この世を滅ぼしていく存在。それだけならまだぎりぎり認められなくもないですが、彼女は魔法を使う」
「なによそれ」
ルイズの目が憎悪で曇る。
「何様よその言い方! あんた達は神様の代行者だとでも言うの! 存在する事さえ許されないなんて、そんなことあるわけないじゃないの!」
だが、返ってきた答えはルイズの予想の斜め上を行っていた。
「はい。我々は『大いなる者』から、世界の管理を司るよう定められた存在です」
ルイズは絶句した。タバサも、なのはすらも。
「我々エルフは戦いを好まない」
ビダーシャルは言葉を続ける。
「故に本来戦うのは三つの場合だけ。自衛か、約束か、救助か。だが、唯一例外がある」
「例外?」
ルイズをかばいつつタバサが問う。彼女もこのエルフの言動に興味を持ち始めていた。
任務とは関係無しに。
「そうだ。戦でおまえ達蛮人を叩いたのは自衛であるし、おまえの母の心を奪った薬を王に渡したのは約束の一環だ。だが」
「待って」
ビダーシャルの言葉を遮るタバサ。
「母の心を奪った薬は、おまえが?」
「否定はしない。それは事実だ。ガリア王との約束の一環として人の心を歪める薬を提供した。それをどう使うかはガリア王の裁量で、私の関知するところではないが」
「なら教えて。どうやればあの薬の毒を消せるの」
「それは教えられぬ。間接的にだが、王との約束を違えることになる」
なまじ頭の良いタバサは理解してしまった。
このエルフは自らの立場に従って筋を通している。そこには一点の害意もない。
そうでなければタバサに……自分たちの提供した毒で心を狂わされた女の娘に、それを供したのが自分だなどとは言うはずがない。彼らはその娘が自分にどんな思いを向けるか判らないほど鈍感ではないだろう。
それに彼らの言うことはある意味正論だ。彼らは毒を提供した。だがそれだけだ。
それをどう使い、誰を苦しめたかの責任は使用者にある。毒の提供者を責めるのは筋違いともいえる。
でも。
理解は出来ても納得は出来なかった。その薬の存在が、今母を苦しめている。
いや。
認めよう。母は苦しんでいない。思い込んでいるだけ。母の苦しみは毒とは無縁。
苦しんでいるのは、私だ。
タバサは、すっと立ち上がった。杖を握る手に力が籠もる。
「なら、力ずくでも聞き出す」
「やめておけ、娘よ。私はあなたとの戦いは望まない」
タバサはその言葉に、ウィンディ・アイシクルをたたき込むことで答えた。
ばたばたと窓を何者かに叩かれ、キュルケは目を覚ました。
「なんなのよ……うるさいわね」
それでも起き上がると、窓の外に竜の大きな顔が見えた。
「あらシルフィード、どうしたの」
そういいつつ窓を開けると、一応憚ったのか小声でシルフィードは言った。
「お姉様が大変なの。変なところで戦ってるみたいなの」
「お姉様?」
「あ、ご主人様なの。すぐそばなのにどこだか判らないの」
よく判らないが、どうやらタバサが誰かと戦っているらしいことは判った。
「とにかくすぐ行くわ。着替えるからちょっと待ってて。玄関でね」
「はい」
キュルケは手早く上着を羽織ると、杖を手にした。
ふと思い立って、ルイズの部屋を訪ねる。
手数は多い方がいい。ルイズはともかく、なのはの手はほしい。
モンモランシーはこの場合役立たずだ。彼女は水の使い手。タバサが傷ついていたら、それを直す方に力を使ってもらった方が役に立つ。
そしてルイズの部屋の扉をノックする。が、返事はない。
もう一度叩く。今度は返事があった。但し予想外の声で。
「おう、早くへえって来な。鍵は掛かってないし、誰もいねえよ」
誰もいないのに何故声が、と思って、キュルケは声の主に思い至った。
中に入ると、ベッドの脇でデルフリンガーがぼやいていた。ルイズとなのはの姿もない。
「どうしたの? ルイズとなのはは?」
「タバサに呼ばれて出てったよ。全く、俺を忘れるなって言うの」
「タバサに?」
「ああ。今なんか知らねえけど、ものすごくヤバい奴と戦ってるっぽいぞ。先住魔法の気配がする」
「何ですって!」
キュルケは驚いた。みんなが、先住魔法と戦ってる?
理由はさっぱりわからなかったが、危険なことだけは直感的に理解できた。
「娘っ子、俺を持ってけ。そうすれば使い手達のところに行ける」
キュルケは無言でデルフリンガーをひっつかむと、玄関へ向かった。
「危ないっ!」
目の前に疾風が立ちはだかった。それがタバサを驚愕から立ち直らせた。
タバサの放った攻撃は、正確にタバサの元へと跳ね返されたのだ。
“反射型の防壁のようです。詳細はまだ不明”
疾風の持つ杖から、冷徹な声が響く。
跳ね返された魔法に気がついたなのはが、タバサをかばうように立ちふさがったのだ。
突き出された右手から発生したシールドが、氷の槍を止めていた。
「むやみな攻撃は危険よ」
タバサにも、相手が強力な守りを纏っていることは理解した。
「なのは、私が牽制してみる。ルイズを守って」
「無理しないでね。あのバリアはものすごく強力そう。でも隙は必ずあるはず」
タバサは走りつつエアハンマーを放ってみた。走りつつ呪文が打てるのも、マルチタスクの成果だ。白兵戦そのものは出来ないタバサでも、これは大きい。特に相手が魔法を跳ね返す力を持っているとなると、足を止めての攻撃は自殺ものになりかねない。
対するビダーシャルは、困ったような顔を浮かべていた。
攻撃の手を止め、なのはに対するものとは別人のような穏やかな表情でタバサに話しかける。
「あなたがいくら攻撃しても無駄です。私が倒さねばならないのはそのシャイターンだけです。それ以外の相手を傷つけるのは本意ではありません」
その言葉通り、放つそばからエアハンマーはタバサの元へと返ってくる。
足りない。
タバサはそれを嫌と言うほど自覚していた。
先日から体の中で響く三重和音。だが、その全力でも足りない。
いったん足を止めるタバサ。ビダーシャルの方を見ると彼はなのはにのみ注意を向けている。こちらは眼中になさそうだ。
何故か胸のあたりがむかむかした。久しく感じていなかった感情だ。
確かに自分はなのはほどの力はない。エルフという立場からしても、戦う理由すらないのかも知れない。
だがタバサはそんな彼の態度に、ものすごい怒りを覚えていた。自分でも理由はわからない。薬のことだけでもない、それは何となくわかったが、どうして彼に憤るのかはまるで見当が付かない。
無理もない話であった。彼女の抱えていた怒り、それは今まで自分が持つはずがないと思い込んでいた怒りだったのだから。
それは無視される事への怒り。
タバサは元々他人のことが眼中にないタイプであった。正確には、母の心が病んでからのタバサは。
他人の目など気にせず、黙々と自らの生きる道のみを貫く。こう書くと傲慢なようだが、実体はまるで反対、タバサは無意識のうちに自分の価値を否定していた。
母から無視されることで、自分の立ち位置を見失っていたのだ。自分はシャルロットではなく、タバサだと。
母をこんな目に遭わせたジョゼフへの憎しみは確かにある。だがそれすらも、母に認められていない自分には何の意味もない。
自分を含めて、すべてに価値を実感できない無常感。現実感に乏しい世界。
それがタバサから言葉や感情を奪っていた。
それがなのはとの修行から少しずつ変わっていた。もっともなのははきっかけに過ぎない。
明らかに自分より強い存在と接し、目指す上が存在することを知ったのが始まり。
そんな中での交流は、タバサに人とのつきあいがもたらす暖かさを思い出させていた。
キュルケだけでは補いきれなかった交流の喜び。
今のタバサにとっては、ルイズも、なのはも、ギーシュも、そしてもちろんキュルケも大切な存在だ。
そして他者を対等に見ることが、自分自身にも価値を認めることを思い出させていた。
そして今。
ただでさえやりたくなかった任務に加え、母の苦しみの一翼を担った人物から自分の存在を無視されたことにより、確実にタバサの中の何かが崩壊した。
それはタバサの中で感情をせき止めていた想い。自分は存在していないという諦念。
そう。今タバサは、『タバサ』としての自らを認めたのだ。シャルロットではない、タバサ、という存在としての自分を。
タバサはシャルロットが消えた後に残る影ではない。シャルロットの代わりに生まれた存在でもない。
シャルロットはまたタバサでもあるのだ。
そしてその想いが、長々と語ったが現実にはほんの一瞬の間のことが、最後の一押しとなってタバサの内側にあふれた。
あふれた想いは声になり、力になって、タバサから飛び出していった。
「……無駄なのかも知れない。間違ってるのかも知れない」
タバサの足が止まり、真っ向からビダーシャルをにらみつける。ビダーシャルもそんなタバサを見て攻撃の手を止める。
ただ止めるだけではなく、なのはの動きにはいつでも追従できるようにしている。
そんな余裕が、タバサの中でまた何かを燃やす。
「なんか、いつものタバサじゃないみたい」
なのはの背後で、ルイズがそうつぶやいた。
凍り付いていたタバサの感情が、怒りという炎で溶けかかっていた。
「でも私は、あなたを許せない。認められない」
震える心が、タバサの中でうねる。
「もう一度言うわ。力ずくでも、母様を元に戻す方法を教えてもらう!」
同時に詠唱を開始する。唱えるのはウィンディ・アイシクル。だがその瞬間。
タバサは今までとは違った、はっきりとした『音』を聞いた。
耳から入る音ではない。体の中に響く『音』。
魔法を使うときに感じたうねり。最近ただ感覚ではなく、『音』に似た響きとして感じられるようになっていた流れ。
怒りと共にスペルを詠唱したとき、タバサは確かに『聴いた』。
自分の内で、『四つめの音』が鳴り響くのを。
それと同時に、今まで漠然としてしか感じられなかった『三重和音』が、明確な『三つの音』として響き渡った。
判る。感じる。自分の内で鳴り響く『魔法』という名の『調べ』を。ほら、風が、水が、正確にはそれらに宿る『魔力』が。
タバサの内で鳴り響く楽曲に合わせて歌い、踊るのを。
それは四本の弦であり、四台のオルゴールだった。内に感じる力は、揺れるというより回転している感じだった。音源は回転することによって鳴り響くオルゴール。だが演奏は弦楽器のそれに近い。
呪文の手が、巧みにその回転を変え、突起の位置を合わせ、世界に響く音を鳴らしていく。
呪文の詠唱から発動に至るまでの魔力の流れを、今タバサはすべて知覚していた。
努力を繰り返し積み重ねていた人間は、ある日何かのきっかけで突然それまでの努力に対する報酬を得ることがある。
幼子が転倒していた自転車を自在に操れるかのように。
学生が機械的に解いていた方程式や関数の持つ『意味』を理解したり。
それは世界が一変して見える瞬間。
今タバサは、間違いなく『魔法』を理解していた。
今までより遙かに楽に、強固に、氷の槍が形成される。一つの音が空気中の水を集め、一つの音が進路を定め、一つの音が推進力として形成される槍の後方に力を溜める。
今まで意識したこともなかった氷の槍が打ち出される過程が、今のタバサには一つ一つ理解できる。何故この呪文がトライアングル――三つのコアを必要としているのかという理由もすべて。
そして新たに覚醒した音が、三つの行程を補助する。今までの半分の負担で、氷の槍は打ち出された。
打ち出すと同時に走る。あの槍では相手の守りを破れないのはすでに判っている。
なのはとシルフィードによって鍛えられたマルチタスクが、状況の把握と思考、それを両立させる。相手を攪乱するにしても自分の運動能力ではほぼ無意味。より速く、トリッキーに。
フライを詠唱。体内で四つの音が鳴り響き、自分とまわりの風に力を与える。体が浮き上がり、意志の力一つで風が体を動かしてくれる。
フライの呪文がどうやって自分を飛ばしてくれるのかが手に取るように判る。四つの音源がどんな音を立て、どんな役割を担うのかがすべて感じられる。
詠唱を追加。より速く、より自在に。
それは独立したスペルではなかった。ハイスピード、ハイマニューバー、それらの呪文を作るときに加えられた要素の一部のみ。それだけで充分であった。
体内の歌曲に新たな演奏が加わる。同一の曲を奏でていた四つの楽器の内二つが新たな要素を演奏しはじめる。
自覚していなかったが、それはタバサが望んでいた『呪文を維持しながら別の呪文を使う行為』そのものであった。なのにタバサはそれに気がつかない。あまりにも当たり前のように、彼女はそれをやってのけた。
タバサはビダーシャルの周囲を、先ほどのなのはのように自在に、且つ素早く飛び回る。
「……これは?」
慌てはしないものの、興味深げにタバサの様子に注意を配るビダーシャル。
そしてその目が、ほんの少し驚愕に彩られた。
タバサは『飛行したまま』エアハンマーを彼にたたきつけてきたのだ。
タバサの側はまるで意識していない。ただ冷静に自分の放ったエアハンマーの行方を観察している。
心は熱く、頭は冷たく。
予想通り、一連のエアハンマーはことごとくがきれいに跳ね返された。少なくとも打ち込む攻撃ではあの防壁を破ることは出来ない。
なら、全方位からなら?
タバサは上空へと飛び上がり、呪文を唱える。フライの効果が切れ、落下が始まる。
下降していく中、呪文の響きを受け、タバサのまわりに冷気を含んだ竜巻が出現する。
だがただこれを叩きつけてもまた同じように跳ね返されるだけである。トライアングルであるこの呪文に、余裕を得たタバサはほんの少しアレンジを加えた。
出現した竜巻を、ビダーシャルを完全に取り囲むように動かし、融合させる。真上から彼を見ているからこそ出来ることだ。
「氷嵐(アイス・ストーム)!」
呪文を解き放つと同時にフライのスペルを再詠唱、落下を止める。タバサの眼下で、放たれた竜巻が融合し、ビダーシャルを取り囲み、押しつぶすように襲いかかった。
だが。
突如竜巻の回転が反転した。逆回転した竜巻は、あっという間に打ち消し合い、消滅していた。
「うそ……」
さすがのタバサも、声がなかった。このエルフは、先住魔法は、どこまでの力を秘めているというのか。
駄目だ。自分では彼には勝てない。
さすがのタバサの心も折れ掛かっていた。
だが、それは決して無駄ではなかった。この魔法が打ち破られた事自体が、貴重な情報となっていたからだ。
そしてそれが、この場で最強の力を持つ戦乙女に、ある決断をさせることになった。
“あれは、時間反転結界です”
タバサの行動を見つめていたなのはの耳に、相棒の声が響いた。
「時間反転結界? バリアじゃないの?」
“はい。バリアではありません。きわめて狭いものですが、あれは結界に属しています”
ミッド式をはじめとするなのはの世界の魔法において、防御は四つの段階に分かれる。
シールド、バリア、フィールド、そして厳密には魔法そのものではないが物理装甲。
シールドは特定の方向に立てられる壁。手持ちの盾を想像すると判りやすいだろう。
バリアは全方位を取り囲む壁。城壁である。
フィールドは一定の空間内に働く防御領域。なのは原作に登場した、魔法そのものの構成を分解するアンチマギリンクフィールド(AMF)が有名であるが、なのはが着用しているバリアジャケットも実はこの領域にあたる。
防御を万全にした場合、直接着用するのが物理装甲、自分のまわりにフィールドが発生し、フィールドの有効境界にバリアを張り、その外側にシールドを形成するという形になる。
外から見た場合、この守りを打ち抜くにはシールド、バリア、フィールド、物理装甲の順番に貫かねばならない。
これがなのはにとっての常識である。ちなみにハルケギニアの系統魔法にはまるでこの防御魔法が見あたらない。それ故、なのはと戦ったらトライアングル四人程度では歯も立たないであろう。力量以前の問題で。
対して結界は、なのは達の定義では本来一定の空間を本来のそれとは切り離し、まわりから感知されることを防いだり、攻撃の余波を元の空間に与えないようにするための技術で、個人防御に用いられるものではない。
だがレイジングハートは、あえて『結界』という言葉を用いていた。それには厳密な意味がある。
“はい、マスター。ミッドチルダでも理論的にしか存在しないと言われていたタイプの結界だと推測されます”
「根拠は?」
“あの結界は、竜巻を『反転』させました。また、投射型の攻撃も正確に入射角方向に反射していました。反射型のバリアはいくつか存在しますが、竜巻を反転させるという、時間を逆転させるようなものは一つしかありません”
「時間を逆転させるなんて……どうやって?」
“厳密には疑似ですが。クライン形式の時空間反転を利用し、入り口と出口を直結させているようなものです。結界に接触すると同時に取り込まれ、運動ベクトルの時間要素が反転した形で排出されます。ただ”
「ただ?」
“結界の維持に莫大な量の魔力フィールドが必要となるので、ミッドチルダでは理論的と言われていたのですが……”
「あるわね、天然物が」
“はい”
ハルケギニアの地は魔力に満ちている。天然の魔力フィールドの中にあると言っても過言ではない。
なのはは考える。相手の守りがそういう性質なら、一つだけ打つ手がある。問題はそのためには、十秒間なのはは無防備にならざるを得ないということだ。
でも、ほかに手はない。
なのはは覚悟を決めた。
「ご主人様、タバサ!」
なのはが大きく叫ぶ。
「お願いします。十数える間、彼を止めて!」
同時になのはの全身が光を放つ。すぐに光は消えるが、中から現れたなのはの姿が少し変わっていた。
服の布地が少し増え、スカートも前あきから完全なロングになっている。
そしてレイジングハートも、杖というより、まるで槍のような形に変わっていた。
そしてなのはは杖の先端をビダーシャルに向ける。
(威力は最低、カートリッジ未使用、非殺傷……)
なのはは脳裏に魔法の威力を限界まで下げる設定をする。今必要なのは、威力ではなく、特性だ。
なのはの手持ちの魔法の中で、唯一『結界破壊』という特性を持つ魔法。この魔法なら、理論上あらゆる攻撃を跳ね返す相手の結界を貫通して攻撃が可能になる。
だがこの魔法には、『十秒間魔力を溜める必要がある』という欠点があった。これは特性と表裏一体なので解消不能である。威力を最低限に抑えていてもである。
ルイズにもタバサにも理由はわからなかったが、やるべき事は理解できていた。
「十数える間ね!」
「やってみる」
返事は明瞭であった。
もちろん、ビダーシャルも黙ってみていたわけではない。彼女が何か大技を使おうとしていることは明白である。黙ってそれを見ている義理はない。
今自分の張っている『反射』の魔法とて、虚無の魔法には対抗手段があるのだ。系統魔法に対しては絶対の無敵を誇る『反射』であっても、虚無やそれすら上回る悪魔魔法には抗しきれるかどうか判らない。
激烈な攻撃が殺到した。
魔法に覚醒したタバサがエアハンマーを乱射して相殺する。ルイズも片っ端から攻撃を『爆破』する。
だがとうてい追いつくものではない。一秒で拮抗し、二秒で押されはじめる。
こうなると先も言った、『系統魔法には防御魔法がない』という欠点が露骨に出る形になっていた。手数では同時に一つしか魔法を使えない系統魔法では先住魔法による攻撃を相殺しきれない。
「ごめん」
「支えきれないっ!」
三秒目にして二人が崩れようとしたその時。
「むっ!」
一瞬攻撃の手が止まった。ルイズとタバサが訝しむ間もなく、
「なにしてるのよ! そこの美形!」
ガラスの割れるような音と共に結界を打ち砕き、両手でデルフリンガーを捧げるように持ったキュルケが、シルフィードに乗って突撃してきた。
「なによあれ」
それは信じられないようなものだった。手をゆるめると、そこは静寂の空間。なのにデルブリンガーをしっかり握ると、中庭で繰り広げられる激しい戦闘の様子が見られる。
キュルケの目に見えたのは、後方でなのはが何か一発仕掛けようとしており、それをルイズとタバサがガードしている姿だった。
驚くことにタバサは飛びながらエアハンマーを放っている。
「タバサ……やったのね」
そう思う間もなかった。相手の攻撃密度はとんでもなく、瞬く間にルイズ達が押し込まれていく。
考えている間など無かった。ためらうことなく、キュルケは特攻した。
圧倒的質量差でビダーシャルに襲いかかるキュルケとシルフィード。だが、反射の結界は恐るべき強度を誇った。
いや、原理上その耐久力は無限ともいえる。加わった力を向きだけ変えて相手に叩き返すのだ。必要なのは向きを変える力だけ。それすらも強引にではなく、道案内するだけで向きが変わるので力はほとんど必要ではない。
あっさりその突撃は反転され、シルフィードは自分自身の力によって大きく跳ね飛ばされた。
「きゃああああ、痛いのね~」
大きく悲鳴を上げて跳ね飛ばされるシルフィード。衝撃で転げ落ちるキュルケ。
だが、シルフィードの巨体がうまい具合になのはとビダーシャルの間に転がり、両者の視界をふさいだ。
「大丈夫!」
シルフィードを盾にしてルイズがキュルケを引っ張っていく。
「あたた……たいしたことはないけど、なによあれ」
「ありゃあエルフの『反射』だな。嫌らしい魔法だぜ」
デルフリンガーの言葉に、ルイズは答える。
「判ってる。なのはが十数える間止めてくれって」
「うお、ありゃ本来、虚無の魔法解除じゃなきゃ破れねえんだがよ」
二人と一本はなのはの方を見る。明らかに何かが始まっていた。
なのはの構える杖。その前方に、光が集まっている。まわり中の空間が発光をはじめていた。
シルフィードの向こう側では、ビダーシャルがとまどっていた。
結んだ契約が、片っ端から消えていくのだ。同時に発光する空間、何かに引き寄せられていく精霊。
視界の片隅で、飛行していた娘が突然落下して、竜の上に落ちた。運のいい娘だ。そのまま落ちていたら大怪我必死であっただろう。
だが、これは、この現象は。
彼には一つだけ思い当たる節があった。伝承に伝わる悲劇。エルフ最大の屈辱。滅びの呪文。
「まさか、これは……あの最悪の悪魔魔法か!」
だが今のビダーシャルには、それを止める術はなかった。
なぜならその呪文が使われるとき、周囲の精霊はことごとく悪魔に食われてしまう。
精霊の理に従う精霊魔法も、精霊の理を制する系統魔法も、一時的に使用不能になる。
そして竜の巨体が動き、悪魔の姿が目に入ったとき、すでに手遅れであることをビダーシャルは悟った。
「あれが滅びの魔法……『スターライトブレイカー』かっ!」
なのはは驚いていた。威力は最低にしたはずだ。なのにこれは。
「うそっ、なにこれ。最低の筈なのに、これじゃ!」
彼女が使用しようとしたのは、『スターライトブレイカー+』。スターライトブレイカーの威力上昇改良版である。ためを長くして威力を増した際、何故か結界破壊という特性が付いてしまい、試射の際保護結界を破壊してしまって大変なことになったのだ。
この魔法なら、たとえ時間反転結界といえども、接触と同時に破壊して突破が可能である。
ただ、本来のこれはカートリッジも四発使用する、とてつもない大威力の魔法であった。いくら何でも対個人に向けるには威力がありすぎる。
なのでなのははカートリッジも使わず、集束率も最低に落として使用していた。
だが集まってくる魔力の量は予想を遙かに上回っていた。本来ならレイジングハートの前に集束していく魔力線はせいぜい十本程度の筈だった。なのに現実には数百、いや数千かも知れない。
周囲の空間が発光したかの如くになり、通常レベルで放つのと変わらないほどの魔力が集まっている。
そしてなのはの視界の片隅では、タバサが突然落下した。幸いひっくり返ったシルフィードが直下にいたため、一メートル弱の落下ですんでおり、怪我をした様子もない。
疑問には想ったものの、今はそれを誰何している暇はない。
なのはは押さえきれなくなりそうな力を無理矢理押さえつけつつ叫んだ。
「どいて! 行くわよ!」
その言葉にルイズ達はシルフィードに捕まり、シルフィードも翼をはためかせ……飛べずに転がった。
だがそれで足りた。斜線が開いた。なのはの口から、解放の言葉がほとばしる。
「スターライトブレイカー!」
その瞬間、周辺は桃色の光に染まった。
ゴーレムを瞬時に滅ぼしたものを上回るほどの圧倒的な光量。
跳ね返すことなど出来るはずもなく、ビダーシャルは光の奔流に呑まれた。
はっきり言おう。気絶しなかったのが奇跡に近かった。
指につけていた指輪の風石は瞬時に砕け、いくつかの魔具も壊れていた。
懐の奥に秘めて置いた魔法具だけが、かろうじて無事だったようだ。
ビダーシャルはほっと息を抜いた。これさえ無事なら、最悪の事態は避けられる。
貴重な品だったが、使用をためらうわけにも行かないだろう。
全身を苛む痛みに逆らい、何とか上半身を起こす。それが今の彼に出来る精一杯だった。
「すごいね、まだ意識あるんだ」
なのはは素直に感嘆していた。非殺傷設定とはいえ、これを受けて意識を保っていられる人物はまれである。並どころか超一流でもまず無理だ。自分だって自信がない。
「あ、飛べるのね」
先ほど無様に転がったシルフィードが、翼をはためかせて起き上がっていた。
ルイズ達も泥まみれになっていたが、大きな怪我はないようだ。腕をなめていたりするところからすると、擦り傷くらいは負っているようだが。
「私の勝ちね」
なのはは歩み寄って、ビダーシャルにレイジングハートの先端を突きつけた。エクシードモードのレイジングハートは、一見すると二股の槍に見える。
だがビダーシャルは、憎々しげに、いや、よりいっそうの憎悪を込めてなのはを睨んでいた。
「教えて。何でそんなに私を敵視するの。私はお話ししたかっただけなのに」
それを聞いたビダーシャルは、一瞬ぽかんとした表情を浮かべた。信じられない、とでも言いたげに。
そして次の瞬間、何故か笑い出した。
「ははは、おまえは知らないのか、今自分がなにをしたのか。かつて我らが同胞五万と、母なるサハラの地をただの一撃で滅ぼした、その呪文を使っておきながら」
「え? なに?」
当然なのはには何のことだか判らない。遠くから聞いていたルイズ達にも。
「いいだろう、教えてやろう」
ビダーシャルはこちらを憎しげにねめつけながら言う。
「かつて禁忌を犯したシャイターン・テスタロッサは、たった一つの呪文でエルフ五万の軍を焼き尽くし、同時に広大な森林であったサハラを砂と変えた。今でも我々は不毛の地と化したその場で暮らしている」
「……」
さすがに言葉も出ないなのは。
「その呪文こそ、今おまえが唱えた呪文。最悪の悪魔魔法、周辺の精霊をことごとく食らいつくし、破壊の魔光へと変える呪文、『スターライトブレイカー』!」
「!」
なのはは息を呑んだ。相手の言い方は、明らかにこちらの呪文名を知っている言い方だった。たった今、なのはが発した呪文名を復唱したのではなかった。
「伝承は言う。幸いにもこの呪文で悪魔自身も自滅していなかったら、この世はすべて滅びると! 判るか。ただでさえおまえ達悪魔は生きるのに精霊を喰らう。ましてやこれだ。もはや我々は止まらぬぞ」
そこまで言われて、なのはには一つ思い当たることがあった。少し勘違いも入っているが、間違いはあるまい。
「リンカーコアのこと、かな?」
だがそれには答えず、ビダーシャルは言葉を続けた。
「シャイターン・タカマチナノハ! おまえは、我らエルフ族にとって最大の宿敵となった!」
それと同時に、懐から何かを取り出す。それは大きな鳥の羽のようであった。
「古の盟約により、我が身を運べ!」
その瞬間、羽が巨大化したようになのはには見えた。あ、と思った瞬間、ビダーシャルの姿は消えていた。
「なに、今の……」
「シームルグの羽根」
答えたのはタバサだった。
「滅多に残ってないマジックアイテム。使うと瞬時に故郷に帰れる」
思わずなのはは、某有名RPGのアイテムを思い出していた。
「キメラの翼なのかしら……あ、みんな、大丈夫?」
なのはがそう問うたとき、何故か返事はなかった。不思議に思ったなのはだが、次の瞬間、なのはも理解した。
異変が起こっていた。
庭が、大地が、そして離宮が。
さらさらという音を立てていた。それはやがてザアザアという音に取って代わり、そして。
「逃げてっ!」
叫ぶ間もなかった。ルイズ達はシルフィードにしがみつき、なのはも慌てて宙に舞った。
そして眼下では。
辺り一面のすべてが、砂と化して崩れ落ちていた。
「滅びの、呪文……」
これが彼の言っていたことだと、なのはにも理解できた。
#navi(ゼロと魔砲使い)
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&setpagename(第14話 激闘)
わずかばかりの間に、いろいろな彼女を見てきた。
笑う顔、怒る顔、凛々しい顔、ちょっと悲しげな顔。
それを見れば、彼女がどんな人かは見当が付く。
でも、今の彼女の顔は――そのすべてと隔絶しているように、ルイズには思えた。
同時に悟る。これこそが、彼女の、心からの怒りなんだって。
仕掛けたビダーシャルは、最初の位置からほとんど動いていなかった。対してなのはは左手を光らせながら縦横無尽に周囲を飛び回る。
だが攻撃しているのはほとんどビダーシャルの方だけだ。大地が拳となり、石つぶては意志あるかの如く彼女に襲いかかる。庭の草は蔓を伸ばして彼女を拘束しようとし、大気は渦を巻いて彼女を切り裂こうとしていた。
それをなのはは光の盾と四つの光球で交わし、受け、迎撃していく。
ルイズとタバサはこの怒濤の攻撃の中、自分たちの身を守るので精一杯だ。タバサは詠唱の短いエアハンマーで危険な流れ弾をたたき落としていく。ルイズもタバサの迎撃を抜けてくる石などを、何とか爆発で粉砕した。
はっきり言って未熟なルイズではこなしきれないと思われたが、ここに来て連日の練習が実を結んだ。幸いルイズの魔法は『失敗魔法』と言われ続けたとおり、どんな呪文でも効果が出る。
呪文詠唱そのものはルイズはむしろ得意な方である。というか、なまじ失敗し続けただけに、それを補おうと努力した結果、そこら辺のへっぽこより遙かに早く、正確に詠唱できる。
結果は常に爆発だったが。
だが今回はそれが裏の裏になって表返った。
威力も結果もどの魔法でもほぼ変わらないだけに、ルイズは速度優先のこの場合に『より短い呪文』を選べた。ほとんど数語で発動する短いルーンでも、流れ弾を砕く程度なら問題はない。
いくら練習したとはいえ実戦経験のないルイズではどうしても照準が一歩送れる。その一歩を詠唱時間が埋めてくれた。
「だ、大丈夫かしら、なのは」
「たぶんまだ余裕ある。なのは、まだ攻めてない」
手がまだ止まるルイズに対して、タバサには隙がまるで無い。マルチタスクの効果がこちらも出ていた。エアハンマーを詠唱と共に確保しつつ、次に迎撃すべき流れ弾を、タバサは完全に見切っている。
だが、タバサの推測は外れていた。
なのはにしても、そう余裕があったわけではなかったのだ。
「なぜ、なの」
そういいつつ、なのはが初めて攻撃に転じた。
猛攻の嵐をくぐり、至近にまで接敵したところでディバインシューターを一発たたきつける。情けない話だが、一発しか向かわせることが出来なかった。それほど、ビダーシャルの攻撃の密度は濃かった。
だがその一発も、フィールドらしきものにはじき返される。
再び距離を取りつつ、なのははビダーシャルに問い掛ける。
「どうしていきなりなの。何で話を聞こうとしてくれないの!」
なのははギーシュの決闘の時とはまた違った思いで憤っていた。マチルダから聞いたエルフの話。ルイズから聞いたエルフとの戦いの歴史。
なのははエルフの話を聞いてみたかった。愛し合うことも、憎しみ合うことも出来るなら、話し合うことも出来る。そう思っていた。
だがこうしてはじめてみたエルフは、何故かこちらの意を無視して襲いかかってきた。
訳が判らない。それがなのはの攻撃の手を鈍らせている最大の原因であった。
もっとも、この攻撃の嵐では、なのはも攻撃に転じるのは難しい。元々なのはは長距離砲撃型の魔導士だ。足を止め、攻撃は強固なバリアで止め、圧倒的な一撃で敵を粉砕する。それが彼女のベーシックスタイルだ。
このように近距離で敵の攻撃を回避しつつ攻撃するのは彼女のスタイルとは真反対である。
なのはにしても、こんな戦闘はガンダールヴの恩恵がなければ出来たものではない。彼女本来の運動能力はかなり低いのだ。
そして、
「何を語ればいいというのだ、シャイターン」
返ってきたビダーシャルの言葉には、ぬぐいようのない憎悪が籠もっていた。
「我らの真の宿敵、テスタロッサの名を知るシャイターンと、交わす言葉などない。貴様は存在することすら許されぬモノだ。ただ息をするだけで世界を滅ぼす毒だ」
「な、何よその言いぐさは!」
その言葉に反発したのはなのはではなくルイズだった。
「彼女はいい人よ! 彼女はあたしを認めてくれた! 助けてくれた! 道を拓いてくれた! エルフにとって何なのかは知らないけど、そんな言われかたしていい人じゃない!」
「何も知らない割には言いますね。いまだ目覚めぬ娘よ」
なのはとの激しい攻防を平然と維持したまま、ビダーシャルはルイズに向かって答える。
「まあ知らないのだからしかたはありませんか。彼女はシャイターン。ただ存在するだけで、この世を滅ぼしていく存在。それだけならまだぎりぎり認められなくもないですが、彼女は魔法を使う」
「なによそれ」
ルイズの目が憎悪で曇る。
「何様よその言い方! あんた達は神様の代行者だとでも言うの! 存在する事さえ許されないなんて、そんなことあるわけないじゃないの!」
だが、返ってきた答えはルイズの予想の斜め上を行っていた。
「はい。我々は『大いなる者』から、世界の管理を司るよう定められた存在です」
ルイズは絶句した。タバサも、なのはすらも。
「我々エルフは戦いを好まない」
ビダーシャルは言葉を続ける。
「故に本来戦うのは三つの場合だけ。自衛か、約束か、救助か。だが、唯一例外がある」
「例外?」
ルイズをかばいつつタバサが問う。彼女もこのエルフの言動に興味を持ち始めていた。
任務とは関係無しに。
「そうだ。戦でおまえ達蛮人を叩いたのは自衛であるし、おまえの母の心を奪った薬を王に渡したのは約束の一環だ。だが」
「待って」
ビダーシャルの言葉を遮るタバサ。
「母の心を奪った薬は、おまえが?」
「否定はしない。それは事実だ。ガリア王との約束の一環として人の心を歪める薬を提供した。それをどう使うかはガリア王の裁量で、私の関知するところではないが」
「なら教えて。どうやればあの薬の毒を消せるの」
「それは教えられぬ。間接的にだが、王との約束を違えることになる」
なまじ頭の良いタバサは理解してしまった。
このエルフは自らの立場に従って筋を通している。そこには一点の害意もない。
そうでなければタバサに……自分たちの提供した毒で心を狂わされた女の娘に、それを供したのが自分だなどとは言うはずがない。彼らはその娘が自分にどんな思いを向けるか判らないほど鈍感ではないだろう。
それに彼らの言うことはある意味正論だ。彼らは毒を提供した。だがそれだけだ。
それをどう使い、誰を苦しめたかの責任は使用者にある。毒の提供者を責めるのは筋違いともいえる。
でも。
理解は出来ても納得は出来なかった。その薬の存在が、今母を苦しめている。
いや。
認めよう。母は苦しんでいない。思い込んでいるだけ。母の苦しみは毒とは無縁。
苦しんでいるのは、私だ。
タバサは、すっと立ち上がった。杖を握る手に力が籠もる。
「なら、力ずくでも聞き出す」
「やめておけ、娘よ。私はあなたとの戦いは望まない」
タバサはその言葉に、ウィンディ・アイシクルをたたき込むことで答えた。
ばたばたと窓を何者かに叩かれ、キュルケは目を覚ました。
「なんなのよ……うるさいわね」
それでも起き上がると、窓の外に竜の大きな顔が見えた。
「あらシルフィード、どうしたの」
そういいつつ窓を開けると、一応憚ったのか小声でシルフィードは言った。
「お姉様が大変なの。変なところで戦ってるみたいなの」
「お姉様?」
「あ、ご主人様なの。すぐそばなのにどこだか判らないの」
よく判らないが、どうやらタバサが誰かと戦っているらしいことは判った。
「とにかくすぐ行くわ。着替えるからちょっと待ってて。玄関でね」
「はい」
キュルケは手早く上着を羽織ると、杖を手にした。
ふと思い立って、ルイズの部屋を訪ねる。
手数は多い方がいい。ルイズはともかく、なのはの手はほしい。
モンモランシーはこの場合役立たずだ。彼女は水の使い手。タバサが傷ついていたら、それを直す方に力を使ってもらった方が役に立つ。
そしてルイズの部屋の扉をノックする。が、返事はない。
もう一度叩く。今度は返事があった。但し予想外の声で。
「おう、早くへえって来な。鍵は掛かってないし、誰もいねえよ」
誰もいないのに何故声が、と思って、キュルケは声の主に思い至った。
中に入ると、ベッドの脇でデルフリンガーがぼやいていた。ルイズとなのはの姿もない。
「どうしたの? ルイズとなのはは?」
「タバサに呼ばれて出てったよ。全く、俺を忘れるなって言うの」
「タバサに?」
「ああ。今なんか知らねえけど、ものすごくヤバい奴と戦ってるっぽいぞ。先住魔法の気配がする」
「何ですって!」
キュルケは驚いた。みんなが、先住魔法と戦ってる?
理由はさっぱりわからなかったが、危険なことだけは直感的に理解できた。
「娘っ子、俺を持ってけ。そうすれば使い手達のところに行ける」
キュルケは無言でデルフリンガーをひっつかむと、玄関へ向かった。
「危ないっ!」
目の前に疾風が立ちはだかった。それがタバサを驚愕から立ち直らせた。
タバサの放った攻撃は、正確にタバサの元へと跳ね返されたのだ。
“反射型の防壁のようです。詳細はまだ不明”
疾風の持つ杖から、冷徹な声が響く。
跳ね返された魔法に気がついたなのはが、タバサをかばうように立ちふさがったのだ。
突き出された右手から発生したシールドが、氷の槍を止めていた。
「むやみな攻撃は危険よ」
タバサにも、相手が強力な守りを纏っていることは理解した。
「なのは、私が牽制してみる。ルイズを守って」
「無理しないでね。あのバリアはものすごく強力そう。でも隙は必ずあるはず」
タバサは走りつつエアハンマーを放ってみた。走りつつ呪文が打てるのも、マルチタスクの成果だ。白兵戦そのものは出来ないタバサでも、これは大きい。特に相手が魔法を跳ね返す力を持っているとなると、足を止めての攻撃は自殺ものになりかねない。
対するビダーシャルは、困ったような顔を浮かべていた。
攻撃の手を止め、なのはに対するものとは別人のような穏やかな表情でタバサに話しかける。
「あなたがいくら攻撃しても無駄です。私が倒さねばならないのはそのシャイターンだけです。それ以外の相手を傷つけるのは本意ではありません」
その言葉通り、放つそばからエアハンマーはタバサの元へと返ってくる。
足りない。
タバサはそれを嫌と言うほど自覚していた。
先日から体の中で響く三重和音。だが、その全力でも足りない。
いったん足を止めるタバサ。ビダーシャルの方を見ると彼はなのはにのみ注意を向けている。こちらは眼中になさそうだ。
何故か胸のあたりがむかむかした。久しく感じていなかった感情だ。
確かに自分はなのはほどの力はない。エルフという立場からしても、戦う理由すらないのかも知れない。
だがタバサはそんな彼の態度に、ものすごい怒りを覚えていた。自分でも理由はわからない。薬のことだけでもない、それは何となくわかったが、どうして彼に憤るのかはまるで見当が付かない。
無理もない話であった。彼女の抱えていた怒り、それは今まで自分が持つはずがないと思い込んでいた怒りだったのだから。
それは無視される事への怒り。
タバサは元々他人のことが眼中にないタイプであった。正確には、母の心が病んでからのタバサは。
他人の目など気にせず、黙々と自らの生きる道のみを貫く。こう書くと傲慢なようだが、実体はまるで反対、タバサは無意識のうちに自分の価値を否定していた。
母から無視されることで、自分の立ち位置を見失っていたのだ。自分はシャルロットではなく、タバサだと。
母をこんな目に遭わせたジョゼフへの憎しみは確かにある。だがそれすらも、母に認められていない自分には何の意味もない。
自分を含めて、すべてに価値を実感できない無常感。現実感に乏しい世界。
それがタバサから言葉や感情を奪っていた。
それがなのはとの修行から少しずつ変わっていた。もっともなのははきっかけに過ぎない。
明らかに自分より強い存在と接し、目指す上が存在することを知ったのが始まり。
そんな中での交流は、タバサに人とのつきあいがもたらす暖かさを思い出させていた。
キュルケだけでは補いきれなかった交流の喜び。
今のタバサにとっては、ルイズも、なのはも、ギーシュも、そしてもちろんキュルケも大切な存在だ。
そして他者を対等に見ることが、自分自身にも価値を認めることを思い出させていた。
そして今。
ただでさえやりたくなかった任務に加え、母の苦しみの一翼を担った人物から自分の存在を無視されたことにより、確実にタバサの中の何かが崩壊した。
それはタバサの中で感情をせき止めていた想い。自分は存在していないという諦念。
そう。今タバサは、『タバサ』としての自らを認めたのだ。シャルロットではない、タバサ、という存在としての自分を。
タバサはシャルロットが消えた後に残る影ではない。シャルロットの代わりに生まれた存在でもない。
シャルロットはまたタバサでもあるのだ。
そしてその想いが、長々と語ったが現実にはほんの一瞬の間のことが、最後の一押しとなってタバサの内側にあふれた。
あふれた想いは声になり、力になって、タバサから飛び出していった。
「……無駄なのかも知れない。間違ってるのかも知れない」
タバサの足が止まり、真っ向からビダーシャルをにらみつける。ビダーシャルもそんなタバサを見て攻撃の手を止める。
ただ止めるだけではなく、なのはの動きにはいつでも追従できるようにしている。
そんな余裕が、タバサの中でまた何かを燃やす。
「なんか、いつものタバサじゃないみたい」
なのはの背後で、ルイズがそうつぶやいた。
凍り付いていたタバサの感情が、怒りという炎で溶けかかっていた。
「でも私は、あなたを許せない。認められない」
震える心が、タバサの中でうねる。
「もう一度言うわ。力ずくでも、母様を元に戻す方法を教えてもらう!」
同時に詠唱を開始する。唱えるのはウィンディ・アイシクル。だがその瞬間。
タバサは今までとは違った、はっきりとした『音』を聞いた。
耳から入る音ではない。体の中に響く『音』。
魔法を使うときに感じたうねり。最近ただ感覚ではなく、『音』に似た響きとして感じられるようになっていた流れ。
怒りと共にスペルを詠唱したとき、タバサは確かに『聴いた』。
自分の内で、『四つめの音』が鳴り響くのを。
それと同時に、今まで漠然としてしか感じられなかった『三重和音』が、明確な『三つの音』として響き渡った。
判る。感じる。自分の内で鳴り響く『魔法』という名の『調べ』を。ほら、風が、水が、正確にはそれらに宿る『魔力』が。
タバサの内で鳴り響く楽曲に合わせて歌い、踊るのを。
それは四本の弦であり、四台のオルゴールだった。内に感じる力は、揺れるというより回転している感じだった。音源は回転することによって鳴り響くオルゴール。だが演奏は弦楽器のそれに近い。
呪文の手が、巧みにその回転を変え、突起の位置を合わせ、世界に響く音を鳴らしていく。
呪文の詠唱から発動に至るまでの魔力の流れを、今タバサはすべて知覚していた。
努力を繰り返し積み重ねていた人間は、ある日何かのきっかけで突然それまでの努力に対する報酬を得ることがある。
幼子が転倒していた自転車を自在に操れるかのように。
学生が機械的に解いていた方程式や関数の持つ『意味』を理解したり。
それは世界が一変して見える瞬間。
今タバサは、間違いなく『魔法』を理解していた。
今までより遙かに楽に、強固に、氷の槍が形成される。一つの音が空気中の水を集め、一つの音が進路を定め、一つの音が推進力として形成される槍の後方に力を溜める。
今まで意識したこともなかった氷の槍が打ち出される過程が、今のタバサには一つ一つ理解できる。何故この呪文がトライアングル――三つのコアを必要としているのかという理由もすべて。
そして新たに覚醒した音が、三つの行程を補助する。今までの半分の負担で、氷の槍は打ち出された。
打ち出すと同時に走る。あの槍では相手の守りを破れないのはすでに判っている。
なのはとシルフィードによって鍛えられたマルチタスクが、状況の把握と思考、それを両立させる。相手を攪乱するにしても自分の運動能力ではほぼ無意味。より速く、トリッキーに。
フライを詠唱。体内で四つの音が鳴り響き、自分とまわりの風に力を与える。体が浮き上がり、意志の力一つで風が体を動かしてくれる。
フライの呪文がどうやって自分を飛ばしてくれるのかが手に取るように判る。四つの音源がどんな音を立て、どんな役割を担うのかがすべて感じられる。
詠唱を追加。より速く、より自在に。
それは独立したスペルではなかった。ハイスピード、ハイマニューバー、それらの呪文を作るときに加えられた要素の一部のみ。それだけで充分であった。
体内の歌曲に新たな演奏が加わる。同一の曲を奏でていた四つの楽器の内二つが新たな要素を演奏しはじめる。
自覚していなかったが、それはタバサが望んでいた『呪文を維持しながら別の呪文を使う行為』そのものであった。なのにタバサはそれに気がつかない。あまりにも当たり前のように、彼女はそれをやってのけた。
タバサはビダーシャルの周囲を、先ほどのなのはのように自在に、且つ素早く飛び回る。
「……これは?」
慌てはしないものの、興味深げにタバサの様子に注意を配るビダーシャル。
そしてその目が、ほんの少し驚愕に彩られた。
タバサは『飛行したまま』エアハンマーを彼にたたきつけてきたのだ。
タバサの側はまるで意識していない。ただ冷静に自分の放ったエアハンマーの行方を観察している。
心は熱く、頭は冷たく。
予想通り、一連のエアハンマーはことごとくがきれいに跳ね返された。少なくとも打ち込む攻撃ではあの防壁を破ることは出来ない。
なら、全方位からなら?
タバサは上空へと飛び上がり、呪文を唱える。フライの効果が切れ、落下が始まる。
下降していく中、呪文の響きを受け、タバサのまわりに冷気を含んだ竜巻が出現する。
だがただこれを叩きつけてもまた同じように跳ね返されるだけである。トライアングルであるこの呪文に、余裕を得たタバサはほんの少しアレンジを加えた。
出現した竜巻を、ビダーシャルを完全に取り囲むように動かし、融合させる。真上から彼を見ているからこそ出来ることだ。
「氷嵐(アイス・ストーム)!」
呪文を解き放つと同時にフライのスペルを再詠唱、落下を止める。タバサの眼下で、放たれた竜巻が融合し、ビダーシャルを取り囲み、押しつぶすように襲いかかった。
だが。
突如竜巻の回転が反転した。逆回転した竜巻は、あっという間に打ち消し合い、消滅していた。
「うそ……」
さすがのタバサも、声がなかった。このエルフは、先住魔法は、どこまでの力を秘めているというのか。
駄目だ。自分では彼には勝てない。
さすがのタバサの心も折れ掛かっていた。
だが、それは決して無駄ではなかった。この魔法が打ち破られた事自体が、貴重な情報となっていたからだ。
そしてそれが、この場で最強の力を持つ戦乙女に、ある決断をさせることになった。
“あれは、時間反転結界です”
タバサの行動を見つめていたなのはの耳に、相棒の声が響いた。
「時間反転結界? バリアじゃないの?」
“はい。バリアではありません。きわめて狭いものですが、あれは結界に属しています”
ミッド式をはじめとするなのはの世界の魔法において、防御は四つの段階に分かれる。
シールド、バリア、フィールド、そして厳密には魔法そのものではないが物理装甲。
シールドは特定の方向に立てられる壁。手持ちの盾を想像すると判りやすいだろう。
バリアは全方位を取り囲む壁。城壁である。
フィールドは一定の空間内に働く防御領域。なのは原作に登場した、魔法そのものの構成を分解するアンチマギリンクフィールド(AMF)が有名であるが、なのはが着用しているバリアジャケットも実はこの領域にあたる。
防御を万全にした場合、直接着用するのが物理装甲、自分のまわりにフィールドが発生し、フィールドの有効境界にバリアを張り、その外側にシールドを形成するという形になる。
外から見た場合、この守りを打ち抜くにはシールド、バリア、フィールド、物理装甲の順番に貫かねばならない。
これがなのはにとっての常識である。ちなみにハルケギニアの系統魔法にはまるでこの防御魔法が見あたらない。それ故、なのはと戦ったらトライアングル四人程度では歯も立たないであろう。力量以前の問題で。
対して結界は、なのは達の定義では本来一定の空間を本来のそれとは切り離し、まわりから感知されることを防いだり、攻撃の余波を元の空間に与えないようにするための技術で、個人防御に用いられるものではない。
だがレイジングハートは、あえて『結界』という言葉を用いていた。それには厳密な意味がある。
“はい、マスター。ミッドチルダでも理論的にしか存在しないと言われていたタイプの結界だと推測されます”
「根拠は?」
“あの結界は、竜巻を『反転』させました。また、投射型の攻撃も正確に入射角方向に反射していました。反射型のバリアはいくつか存在しますが、竜巻を反転させるという、時間を逆転させるようなものは一つしかありません”
「時間を逆転させるなんて……どうやって?」
“厳密には疑似ですが。クライン形式の時空間反転を利用し、入り口と出口を直結させているようなものです。結界に接触すると同時に取り込まれ、運動ベクトルの時間要素が反転した形で排出されます。ただ”
「ただ?」
“結界の維持に莫大な量の魔力フィールドが必要となるので、ミッドチルダでは理論的と言われていたのですが……”
「あるわね、天然物が」
“はい”
ハルケギニアの地は魔力に満ちている。天然の魔力フィールドの中にあると言っても過言ではない。
なのはは考える。相手の守りがそういう性質なら、一つだけ打つ手がある。問題はそのためには、十秒間なのはは無防備にならざるを得ないということだ。
でも、ほかに手はない。
なのはは覚悟を決めた。
「ご主人様、タバサ!」
なのはが大きく叫ぶ。
「お願いします。十数える間、彼を止めて!」
同時になのはの全身が光を放つ。すぐに光は消えるが、中から現れたなのはの姿が少し変わっていた。
服の布地が少し増え、スカートも前あきから完全なロングになっている。
そしてレイジングハートも、杖というより、まるで槍のような形に変わっていた。
そしてなのはは杖の先端をビダーシャルに向ける。
(威力は最低、カートリッジ未使用、非殺傷……)
なのはは脳裏に魔法の威力を限界まで下げる設定をする。今必要なのは、威力ではなく、特性だ。
なのはの手持ちの魔法の中で、唯一『結界破壊』という特性を持つ魔法。この魔法なら、理論上あらゆる攻撃を跳ね返す相手の結界を貫通して攻撃が可能になる。
だがこの魔法には、『十秒間魔力を溜める必要がある』という欠点があった。これは特性と表裏一体なので解消不能である。威力を最低限に抑えていてもである。
ルイズにもタバサにも理由はわからなかったが、やるべき事は理解できていた。
「十数える間ね!」
「やってみる」
返事は明瞭であった。
もちろん、ビダーシャルも黙ってみていたわけではない。彼女が何か大技を使おうとしていることは明白である。黙ってそれを見ている義理はない。
今自分の張っている『反射』の魔法とて、虚無の魔法には対抗手段があるのだ。系統魔法に対しては絶対の無敵を誇る『反射』であっても、虚無やそれすら上回る悪魔魔法には抗しきれるかどうか判らない。
激烈な攻撃が殺到した。
魔法に覚醒したタバサがエアハンマーを乱射して相殺する。ルイズも片っ端から攻撃を『爆破』する。
だがとうてい追いつくものではない。一秒で拮抗し、二秒で押されはじめる。
こうなると先も言った、『系統魔法には防御魔法がない』という欠点が露骨に出る形になっていた。手数では同時に一つしか魔法を使えない系統魔法では先住魔法による攻撃を相殺しきれない。
「ごめん」
「支えきれないっ!」
三秒目にして二人が崩れようとしたその時。
「むっ!」
一瞬攻撃の手が止まった。ルイズとタバサが訝しむ間もなく、
「なにしてるのよ! そこの美形!」
ガラスの割れるような音と共に結界を打ち砕き、両手でデルフリンガーを捧げるように持ったキュルケが、シルフィードに乗って突撃してきた。
「なによあれ」
それは信じられないようなものだった。手をゆるめると、そこは静寂の空間。なのにデルブリンガーをしっかり握ると、中庭で繰り広げられる激しい戦闘の様子が見られる。
キュルケの目に見えたのは、後方でなのはが何か一発仕掛けようとしており、それをルイズとタバサがガードしている姿だった。
驚くことにタバサは飛びながらエアハンマーを放っている。
「タバサ……やったのね」
そう思う間もなかった。相手の攻撃密度はとんでもなく、瞬く間にルイズ達が押し込まれていく。
考えている間など無かった。ためらうことなく、キュルケは特攻した。
圧倒的質量差でビダーシャルに襲いかかるキュルケとシルフィード。だが、反射の結界は恐るべき強度を誇った。
いや、原理上その耐久力は無限ともいえる。加わった力を向きだけ変えて相手に叩き返すのだ。必要なのは向きを変える力だけ。それすらも強引にではなく、道案内するだけで向きが変わるので力はほとんど必要ではない。
あっさりその突撃は反転され、シルフィードは自分自身の力によって大きく跳ね飛ばされた。
「きゃああああ、痛いのね~」
大きく悲鳴を上げて跳ね飛ばされるシルフィード。衝撃で転げ落ちるキュルケ。
だが、シルフィードの巨体がうまい具合になのはとビダーシャルの間に転がり、両者の視界をふさいだ。
「大丈夫!」
シルフィードを盾にしてルイズがキュルケを引っ張っていく。
「あたた……たいしたことはないけど、なによあれ」
「ありゃあエルフの『反射』だな。嫌らしい魔法だぜ」
デルフリンガーの言葉に、ルイズは答える。
「判ってる。なのはが十数える間止めてくれって」
「うお、ありゃ本来、虚無の魔法解除じゃなきゃ破れねえんだがよ」
二人と一本はなのはの方を見る。明らかに何かが始まっていた。
なのはの構える杖。その前方に、光が集まっている。まわり中の空間が発光をはじめていた。
シルフィードの向こう側では、ビダーシャルがとまどっていた。
結んだ契約が、片っ端から消えていくのだ。同時に発光する空間、何かに引き寄せられていく精霊。
視界の片隅で、飛行していた娘が突然落下して、竜の上に落ちた。運のいい娘だ。そのまま落ちていたら大怪我必死であっただろう。
だが、これは、この現象は。
彼には一つだけ思い当たる節があった。伝承に伝わる悲劇。エルフ最大の屈辱。滅びの呪文。
「まさか、これは……あの最悪の悪魔魔法か!」
だが今のビダーシャルには、それを止める術はなかった。
なぜならその呪文が使われるとき、周囲の精霊はことごとく悪魔に食われてしまう。
精霊の理に従う精霊魔法も、精霊の理を制する系統魔法も、一時的に使用不能になる。
そして竜の巨体が動き、悪魔の姿が目に入ったとき、すでに手遅れであることをビダーシャルは悟った。
「あれが滅びの魔法……『スターライトブレイカー』かっ!」
なのはは驚いていた。威力は最低にしたはずだ。なのにこれは。
「うそっ、なにこれ。最低の筈なのに、これじゃ!」
彼女が使用しようとしたのは、『スターライトブレイカー+』。スターライトブレイカーの威力上昇改良版である。ためを長くして威力を増した際、何故か結界破壊という特性が付いてしまい、試射の際保護結界を破壊してしまって大変なことになったのだ。
この魔法なら、たとえ時間反転結界といえども、接触と同時に破壊して突破が可能である。
ただ、本来のこれはカートリッジも四発使用する、とてつもない大威力の魔法であった。いくら何でも対個人に向けるには威力がありすぎる。
なのでなのははカートリッジも使わず、集束率も最低に落として使用していた。
だが集まってくる魔力の量は予想を遙かに上回っていた。本来ならレイジングハートの前に集束していく魔力線はせいぜい十本程度の筈だった。なのに現実には数百、いや数千かも知れない。
周囲の空間が発光したかの如くになり、通常レベルで放つのと変わらないほどの魔力が集まっている。
そしてなのはの視界の片隅では、タバサが突然落下した。幸いひっくり返ったシルフィードが直下にいたため、一メートル弱の落下ですんでおり、怪我をした様子もない。
疑問には想ったものの、今はそれを誰何している暇はない。
なのはは押さえきれなくなりそうな力を無理矢理押さえつけつつ叫んだ。
「どいて! 行くわよ!」
その言葉にルイズ達はシルフィードに捕まり、シルフィードも翼をはためかせ……飛べずに転がった。
だがそれで足りた。射線が開いた。なのはの口から、解放の言葉がほとばしる。
「スターライトブレイカー!」
その瞬間、周辺は桃色の光に染まった。
ゴーレムを瞬時に滅ぼしたものを上回るほどの圧倒的な光量。
跳ね返すことなど出来るはずもなく、ビダーシャルは光の奔流に呑まれた。
はっきり言おう。気絶しなかったのが奇跡に近かった。
指につけていた指輪の風石は瞬時に砕け、いくつかの魔具も壊れていた。
懐の奥に秘めて置いた魔法具だけが、かろうじて無事だったようだ。
ビダーシャルはほっと息を抜いた。これさえ無事なら、最悪の事態は避けられる。
貴重な品だったが、使用をためらうわけにも行かないだろう。
全身を苛む痛みに逆らい、何とか上半身を起こす。それが今の彼に出来る精一杯だった。
「すごいね、まだ意識あるんだ」
なのはは素直に感嘆していた。非殺傷設定とはいえ、これを受けて意識を保っていられる人物はまれである。並どころか超一流でもまず無理だ。自分だって自信がない。
「あ、飛べるのね」
先ほど無様に転がったシルフィードが、翼をはためかせて起き上がっていた。
ルイズ達も泥まみれになっていたが、大きな怪我はないようだ。腕をなめていたりするところからすると、擦り傷くらいは負っているようだが。
「私の勝ちね」
なのはは歩み寄って、ビダーシャルにレイジングハートの先端を突きつけた。エクシードモードのレイジングハートは、一見すると二股の槍に見える。
だがビダーシャルは、憎々しげに、いや、よりいっそうの憎悪を込めてなのはを睨んでいた。
「教えて。何でそんなに私を敵視するの。私はお話ししたかっただけなのに」
それを聞いたビダーシャルは、一瞬ぽかんとした表情を浮かべた。信じられない、とでも言いたげに。
そして次の瞬間、何故か笑い出した。
「ははは、おまえは知らないのか、今自分がなにをしたのか。かつて我らが同胞五万と、母なるサハラの地をただの一撃で滅ぼした、その呪文を使っておきながら」
「え? なに?」
当然なのはには何のことだか判らない。遠くから聞いていたルイズ達にも。
「いいだろう、教えてやろう」
ビダーシャルはこちらを憎しげにねめつけながら言う。
「かつて禁忌を犯したシャイターン・テスタロッサは、たった一つの呪文でエルフ五万の軍を焼き尽くし、同時に広大な森林であったサハラを砂と変えた。今でも我々は不毛の地と化したその場で暮らしている」
「……」
さすがに言葉も出ないなのは。
「その呪文こそ、今おまえが唱えた呪文。最悪の悪魔魔法、周辺の精霊をことごとく食らいつくし、破壊の魔光へと変える呪文、『スターライトブレイカー』!」
「!」
なのはは息を呑んだ。相手の言い方は、明らかにこちらの呪文名を知っている言い方だった。たった今、なのはが発した呪文名を復唱したのではなかった。
「伝承は言う。幸いにもこの呪文で悪魔自身も自滅していなかったら、この世はすべて滅びると! 判るか。ただでさえおまえ達悪魔は生きるのに精霊を喰らう。ましてやこれだ。もはや我々は止まらぬぞ」
そこまで言われて、なのはには一つ思い当たることがあった。少し勘違いも入っているが、間違いはあるまい。
「リンカーコアのこと、かな?」
だがそれには答えず、ビダーシャルは言葉を続けた。
「シャイターン・タカマチナノハ! おまえは、我らエルフ族にとって最大の宿敵となった!」
それと同時に、懐から何かを取り出す。それは大きな鳥の羽のようであった。
「古の盟約により、我が身を運べ!」
その瞬間、羽が巨大化したようになのはには見えた。あ、と思った瞬間、ビダーシャルの姿は消えていた。
「なに、今の……」
「シームルグの羽根」
答えたのはタバサだった。
「滅多に残ってないマジックアイテム。使うと瞬時に故郷に帰れる」
思わずなのはは、某有名RPGのアイテムを思い出していた。
「キメラの翼なのかしら……あ、みんな、大丈夫?」
なのはがそう問うたとき、何故か返事はなかった。不思議に思ったなのはだが、次の瞬間、なのはも理解した。
異変が起こっていた。
庭が、大地が、そして離宮が。
さらさらという音を立てていた。それはやがてザアザアという音に取って代わり、そして。
「逃げてっ!」
叫ぶ間もなかった。ルイズ達はシルフィードにしがみつき、なのはも慌てて宙に舞った。
そして眼下では。
辺り一面のすべてが、砂と化して崩れ落ちていた。
「滅びの、呪文……」
これが彼の言っていたことだと、なのはにも理解できた。
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