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「ブレイブストーリー/ゼロ 2」(2008/09/16 (火) 13:12:05) の最新版変更点
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着水した瞬間から、下部に強烈な熱が迸った。
肉体を蝕む痛みは、しかし一瞬で消えていく。
熱の原因も、痛みの原因もわかっている。
自分の足が、マグマと変わらない灼熱を誇る溶鉱炉に、ゆっくりと落ちているのだ。
ショットガンにもマシンガンにも楽々耐えられるように設計された超合金のシャーシが、
落とされるほどに溶ける音をたて、浸る部分から蒸発したようにあっけなく消えていく。
ターミネーターは自らの体のことを冷静に判断していた、既に膝より下は無くなっている。
ラッキーなのは予備電池のかすかなパワー故、体の随所の感覚がうまく感じ取れていないことだ。
ボロボロにされたボディ、左腕は肘から下が引き千切れてへし折れたシャーシが顔を覗かせている。
『満身創痍』、まさにこの体には、この言葉がぴったり当てはまるだろう。
腰の部分が沈み始めた。
メイン電池が焼かれる事を察知した敏捷な人工知能が、彼の視界に警告を告げる。
しかし、ターミネーターはそんな警告を邪魔だと思った。
視界の殆どを埋め尽くす警告メッセージ、ターミネーターはこのプログラムを自らシャットダウンさせ、
一つの機能を自ら完全に破壊することで目の前のそれを取っ払った。
ターミネーターは決して自分の焼かれる姿を見ようとはしなかった。
彼の、ただ一点に見上げる視線の先には二人の人間がいる。彼らは少年と、妙齢の女。
どちらも、ついさっきまでターミネーターの存在理由だった存在だ。
しかし、今は違う。
『護る』という使命を果たした以上、自分の存在はこの世の中に対して邪魔でしかない――――いや、そんな複雑な事ではない。
もっとシンプルな理由だ。自らの任務を終えたターミネーターは、『存在する意味』も『存在する価値』も無くなってしまったのだ。
だから抹消する必要があった。これは2029年の少年――抵抗軍リーダー『ジョン・コナー』の命令だったし、
もともと『スカイネット』が初めから彼に組み込んでいた命令で、書き換えられなかった唯一のものだった。
別れ際、少年のジョンは泣いていた。その顔は記録している2029年のジョン・コナーが自分を送り出すときの顔にどこか似ていた。
寂しいとは思わなかった。否――思えなかった。
なぜなら自分は機械だから、それも、本来は文字通り殺人の為に作られたロボットなのだから。
ただ、なぜ人は寂しいと思うのか、悲しみを持つのはなぜで、なぜ泣くのか。その理由を最後の最後に学習する事が出来た。
人間ではこういうことを不幸中の幸いと言うらしい。
……とうとう、溶岩が胸を浸した。
視界に強烈な乱れが生じ始め、文字の解読が不可能なほどに画面が歪んでしまう。
下の端に映る揺らぐものが炎で、自分の体――正確に言えば人口皮膚の部分――が焼けているのだと解る。
それでも、ターミネーターは瞬きすらしなかった。
回路がショートする暇もなく、焼け壊れて歯止めが利かなくなったデータが大洪水となってCPUとサーボを通し、
次から次へと休み無く押し寄せてきた。
それを処理する能力が、当然今の彼にあるはずも無い。
次の瞬間には目の前に解読不可能な文字の羅列が並んだ。
なぜかその視界の端の方に、未だにこちらを見続ける少年の『ジョン・コナー』の姿が映っていた。
わずかに稼動している視覚機能が辛うじて見せているにしては、あまりにもはっきりとした輪郭が見える。
データの一部なのか、と人工知能が最後の思考を巡らせた。
でもその途中で、ターミネーターは自分のデータなど既に溶けてなくなっていることに気づいた。
(これはい っ た……)
次の疑問は巡らなかった。
ターミネーターは最後の力を振り絞って、まだ完全に溶け切っていない右手を動かした。
赤い画面に敷き詰められた文字が音をたてて消える。
ターミネーターは肉片のかけらも残さずに、溶けてなくなった。
・
・
・-
・--
・--
・----
・シャーシ損傷率 ――――0%。
・認識機能 ――――正常。
・識別機能 ――――正常。
・戦闘機能 ――――追加事項有・問題無。
・学習機能 ――――追加事項有・上書有。
・データ ――――損傷無。
・CPU ――――損傷無・正常。
・補助パワー ――――損傷無・異常無。
・再起動=開始。
再起動まであと:3秒前…………2秒前…………1秒前…………
――――トリステイン魔法学院。
『ゼロのルイズ』は、爆煙の中からようやく姿を現したそれを見たとき、
自らの期待(主に希望と妄想)が穴の開いた風船のように急激にしぼんでいくのを感じとった。
煙を体に纏わせながら現れたそれは、おそらく爆発によって出来てしまったクレーターの中心で
黒尽くめの大きな体を丸め、うずくまっている。
片膝をつき、両手を地面に付けて顔を俯かせるその姿は一見してみると主に誓いを捧げてる騎士のように見えるが、
しかしその一方で、疲れが溜まってだらしなくうな垂れている旅の男の様にも見えた。
彼女にとって、問題はポーズではなかった。ぶっちゃけ、強くて美しくて逞しい使い魔が現れてくれるならポーズなんてどうでもいいのだ。
ルイズが頭を抱えた問題は、現れた『コレ』がどこからどー見てもただの平民だと言う事。ただ、それだけだった。
勉学に励んでいたから、過去の歴史などは詳しいつもりだ。しかし、今回の問題はその知識の引き出しをいくら開けようとも、
どこにも答えが見当たらない、見当たるわけがなかった。なにせ、平民がどうこうを除いても、
人間を召喚した事例など、どこの国の歴史書にも載っていないことだ。
……少なくとも、今まで自分が見てきたものには、かけらも載っていない事なのだ。
この事実は、少なからずここにいる者たちの心を揺さぶっていた。
周りを囲む同学年の者たちはおろか、年を重ね、さまざまな体験を経験してきた『炎蛇』――教師コルベールでさえも、
一時ほど息を忘れ、茫然とした顔で目の前に起きた予想外の事実を眺めていたほどだ。
しかし、当たり前かもしれないが、この場にいる者たちの中で最も早く現実を対処しようと覚醒したのは彼だった。
伊達に年をとっているだけのことはある。……それゆえか頭上はいささか寂しかったが。
「ミス・ヴァリエール」
「!」
急に名前を呼ばれ、ルイズは体をびくりと跳ねさせた。
それからあわてた様子で首を回すと、背後にいるコルベールへと向き直した。
やや放心した目から、コルベールはおそらく彼女も事態に対応すべく、
“彼女なり”に冷静になろうとしていたのだろうことがわかった。
ルイズは、自分以上に冷静に事態を見るコルベールに安堵したのか、助けを求めるような目をして訴えた。
「ミスタ・コルベール……お願いです。もう一度……もう一度召喚の許しを……」
あわてた様子にしてはやけに落ち着いた声なのは、やはりルイズも事態に対して冷静になろうと
四苦八苦しながらも感情をコントロールしていたに違いない。
訴える目は純粋だった。純粋に、悔しさや怒りが光を帯びて映え渡っている。
コルベールは本心を言えば「イエス、わかりました」と言ってやりたかった。
が、しかし掟は掟、守らねばならないルールなのだ。彼は心を鬼にして、出来るだけ優しくルイズに言った。
「残念ですが、それはできません」
コルベールの短い台詞を聞いたルイズは、硬く口を閉ざしてそれ以上何も言わなかった。
解っていたから。伝統と神聖さが重要視されるこの儀式がやり直せないことなど、知識としてとっくに理解していた。
ルイズからしてみれば、藁にもしがみつく思いで『それでももしかしたら』というわずかな可能性に賭け、言ってみただけなのだ。
だからなのか、否定の言葉を聴いたとき、思っていたよりショックは大きくなかった。
コルベールの口調がいやに優しかったのも、恐らくは理由の一つだと思える。
ルイズは覚悟を決めたように小さな拳を握り締め、踵を返して男へ向かった。
幸い、男は召喚されたときから死んだように全く動いておらず、動く気配も感じられない。
ルイズがうつむいた顔に、握りを開放した手で撫でるように触った。
男はピクリとも反応を示さない。ルイズの手に暖かさは伝わるのだが、まるで本当に死んでいるように
男はか細い指で触られている事に異常なほど無関心だった。
一方で、周りの生徒たちは今頃になって呆然とした状態から立ち直り、
改めるように一呼吸分間を空けるとそろいも揃って一斉に野次を飛ばし始めていた。
だが、いま男の顔をまじまじと見つめるルイズの耳に、果たして届いているかは誰も解らない。
……目を開くと、体の中でピーッと音がした。再起動が正常に行われたことを知らせる音だ。
全ての回路が瞬く間にオンラインとなり、ターミネーターはゆっくり頭を上げながら周囲の光景と状況を高速で認識し始めた。
内蔵されたセンサーが彼の目から入る景色を正確にCPUへと伝える。
次の瞬間、
彼は恐らくロボットとして出来る限りの驚いた表情を瞬時に作りだすと、前方表示器に記された
『Dont not』の文字を、しばらくの間じっと、何も言わずに睨んでいた。
彼のCPUはいつまでたっても答えを導き出せずにいた。
自分は再起動した。それは各システムが正常に、何の問題もなく働いたからだがそれだけではここに存在する説明がつかない。
いくつもの可能性を示唆しては『新たなる可能性』と、それを『論理的に説明できない』と形容する文章が次々に上書きされ、
大量のデータがバグを引き起こしたかのように彼の判断・思考回路を縦横無尽に駆け巡っていく。
人間で言うところの『焦り』を彼は感じていた。
彼はもう一度、周りを見渡す事にした。
目の前には桃色の髪の少女が、なんともいえない(データにない)表情でこちらを見上げ、
その十数メートル奥に、恐らく同年齢だろう少年少女が立ち並んでさまざまな顔でこちらを見ている。
肌から読み取る気候、気温、風の暖かさ。どれも記憶しているものと大幅に違う。
そもそも自らがここに『存在している理由』はなんだ? 任務を終えた以上、存在の意味はない。
だから溶鉱炉の中に落ち、完全に自らの存在を消し去ったはずだ。
跡形もなく。それこそデータのひとかけらも残さずに散ったはずなのだ。
奇妙な事に、そのときの記憶はデータフォルダの中に新しいものとして厳重に保存されていた。
悔しさか、無力さ故なのか――いや、私がいなくなるという悲しさ故だった――(コレは訂正されている)。
顔を歪めるジョン・コナーとサラ・コナーの遠くなる姿が、まるで実在のように表示画面に再生される。
「私がココにいる意味は……なんだ?」
それが、トリステインにきたターミネーターの最初の言葉だった。
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それを見つけたのは、偶然ではなかった。
トリステイン魔法学院のお昼休憩。
皆が教室を飛び出し食堂に押しかける中、一人食事も取らず学院の外の草原を歩く少女がいた。
青い髪に少々センスの悪い眼鏡。タバサという生徒である。彼女は子供と間違われそうな小さな体を屈め、時折探索魔法も使いながら、草の根を掻き分けるようにして何かを探していた。
明確な探し物があるわけではない。彼女がこの場所にいるのは、身の周りに散る火の粉は事前に払っておこうという思いからだ。
「…………っ、ぅぷ」
タバサは顔をしかめると体を上げ、天を仰いで深呼吸をした。開始早々臭いで鼻がバカになりそうだった。
地面を見下ろすと、その一帯だけ黒く焼け焦げている。
騒動から一日経った今でも、妙な臭いが風に散ることなく地面に染み付いている。
そこは、昨日サモン・サーヴァントの儀式が行なわれた場所だった。
(……この臭いは、何?)
タバサは厳しい表情で探索を続ける。
火炎魔法による焦土の臭いとは何かが違う。いや、臭いだけの問題ではない。タバサが胸を悪くしている原因は、おそらく臭いだけではない。
何か強烈な悪意の残滓みたいなものがこびりついている。
それを臭いのせいと誤認するのだ。
現に、事後処理を行っていた生徒と教師が「臭いによる」体調不良を訴えたのをタバサは見ている。
朝食前にこっそり「重病人収容につき入室禁止」としてあった医務室に忍び込んだ。召喚された青年からもこの感覚がした。
しかし、あれは彼のものではない。彼もまた、かすかな残滓をまとっているだけだった。
ここにはもう、何もないかもしれない。
かといって放置しておくには、あの悪意は吐き気がするほど恐ろしい。
昨日から彼女は、いても立ってもいられなかったのだった。
「きゅいきゅい! おねえさま!」
探索を始めてから5分。
使い魔のシルフィードの声に、彼女は立ち上がる。使い魔である大きな風竜が、子供みたいに跳ねて自分を呼んでいた。
「……喋っちゃ駄目」
「誰もいないからいいと思うのねってきゅい!? 痛い痛い! 杖で殴っちゃいたいのねっ!」
「……どうしたの」
「こんなの見つけたのね! キレイなのね!」
彼女の使い魔はとても珍しい種類のもので、人語を理解する程の知性を有している。それは他人には秘密にしてあるのだが、いかんせん若いためか言うことを聞いてくれない。困ったものだと思いながら、タバサはシルフィードの抱えている物を見た。
「きゅい!?」
見た瞬間。
あれ、と思った。
「おねえさま、今度はシルフィ何もしてないのね! ぶっちゃやなのね!」
なぜか目の前に杖があった。腕が勝手に杖を構えている。口が詠唱の準備に入ろうとしていることに気付く。
いつの間に自分はそうしたのだろうか。
「…………!!」
追って、ぶわりと全身から汗が噴き出した。
「……それ、置いて。早く、は、早く」
言葉が震えるのを止められない。不思議そうなシルフィードがそれを置いた途端、タバサはシルフィードの羽を強引に引っ張り、痛みを訴えるのもおかまいなしに「それら」から距離を置く。何が起こっても対応できるように。
数十秒が経過して、タバサは震える杖を下ろした。恐る恐る近づく。
黒ずんだ地面に、「それら」は無造作に転がっていた。
宝石の原石に見えた。すごくキレイな琥珀色と、滑らかなエメラルドグリーン。
二つともカットも済まされていないような荒々しい形のままだが、成人の拳大はある。
エメラルドグリーンの方は蛇を象った金属の装飾が枠縁のように施されており、良い値で売れそうではある。
しかし、そんなことは絶対にしてはいけないとタバサの直感が告げている。
これらはきっと、装飾品にしたなら持ち物を次々と不幸にする魔石になる。
しかも度合いは個人の不幸なんてものじゃない。一国を、世界を狂わす類だ。
こんなものが転がっているのに、何故誰も気付かなかったのか。
「……拾って」
「きゅい? 捨てさせたり拾わせたり、せわしないのね!」
使い魔の胸に抱かれた二つの石を見る。
この不安感の原因は、この宝石と見てほぼ間違いはないようだ。断定しながら、違和感も感じていた。
これらからは残滓と同じ質の力は感じるものの、悪意はそれほど感じないのだ。
「すごくキレイなのね! おねえさま、これもらってもいい?」
「駄目」
「えー、二つあるんだから一つくらいは」
「駄目」
「きゅい……」
事の重大さに全く気付かない使い魔に、悩みなさそうでいいなという感想を抱いて、タバサは学院である城を振り返る。
風が吹きぬけた。季節にそぐわない、少し冷たい風だった。
本を読む代わりに受け取った宝石をしげしげと見つめながら、タバサはシルフィードを操って学院へ戻る。
半透明な宝石の中心には、不思議な文様が刻まれている。
カットがあまりに雑だというのに、一方でこの刻印の凝り方。違和感を拭えない。
――を持つ者よ、我と契約を――
空を駆けながら、風に乗って何かが聞こえた気がした。
「ブレイブストーリー/ゼロ」-02
◇
――ムスタディオが目覚めたのは、その日の夕方だった。
彼は体の違和感に目が覚めた。自分のものではないような異物感を、全身から感じる。
起き上がろうとしたが、痺れた様な感覚が全身を貫き、再びベッドに倒れこんでしまった。
「だ、大丈夫かい!?」
声が聞こえる。視界が霞む。声の主が男性であることしか分からない。
男性に抱き起こされたようだった。何か言おうとしたが、声が上手く出ない。
「使い魔が目覚めたと、ミス・ヴァリエールに伝えてください。……大丈夫、ゆっくり息を整えるといい」
言われたとおり、目を閉じてひたすら深呼吸を繰り返す。体の痺れが幾分取れた気がした。
「す、少し落ち着いた。……ありがとう」
「それはよかった。ほら、これにもたれるといい」
男性がベッドに設置した背もたれに体を沈めると、部屋の前景が見えた。
清潔な様子からして、どうもどこかの医務室らしい。
何か考えようとした時、男性の声に意識を散らされてしまう。
「あなたは自分が誰かわかりますか?」
ムスタディオは、意図が読み取れずにきょとんとしてしまった。
名前を聞いているのだ、ということは分かるが、何でそんな尋ね方をするのだろうか。
「ムスタディオ――ブナンザだ」
「ブナンザ? 貴族なのかい!?」
「いや、平民だ。ゴーグで機工士をやってた……っつ、なんなんだ、体が痺れて……」
「コルベール先生!!」
医務室の扉が開け放たれる。
慌しく入ってきたのは、桃色のブロンドの少女だった。
「ミス・ヴァリエール。使い魔が目を覚ましましたよ」
使い魔。その単語を、ムスタディオは自分と結びつけることが出来ずにいた。彼が考えていたのは、彼女はいったい何なんだろうということだった。よほど急いでいたのか、息が切れ切れだ。しかしその割に表情は暗い。
何が起こっているのか分からず目を白黒させ、頭をかき、ふとその手を見る。目を見開いた――その手はまだらに変色していた。
大部分はかさぶたが取れたてのようなピンク色で、元の肌の色の比率が圧倒的に低い。
――ああ。
そういえば、自分は大怪我をしたんじゃなかったか。
必要なことだけが頭に浮かぶ。
体を少し見回すと、露出している肌は大部分が新しい肌の色をしていた。
もの凄い熱を全身に受けたのだ。酷い火傷だったのだろう。
自分は、助けられたのか。
「……状況がいまいち分からないけど、助けてくれたんだな。本当にありがとう。
ええと、改めて、オレはムスタディオ・ブナンザだ」
「ああ、彼は姓がありますが、どうも平民のようです……いや、この辺りの地域では、姓を持つものは貴族だけなんだ」
前半は少女に、後半はムスタディオに向けられた男性の声。
「君はもしかしたら、すごく遠方から来たのかもしれないね」
「遠方……そうだ」
コルベールの発言の意味がよく分からなかったが、遠方という言葉にピンと来た。
ムスタディオは今一番にしなければならない質問をする。
「ここ、どこなんだ?」
それは、本人が思っているよりもずっと重要な質問だった。
◇
「私はルイズ。
ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールよ」
そうぶっきらぼうに言い放ったっきり、ルイズという少女はムスタディオの前を黙々と歩いている。
ただ、歩きなれていない自分に速度をあわせてくれている辺り、気にしてくれているのは確かだ。
(ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラ……なんだっけ?)
長ったらしい名前だと思う。ムスタディオは何度か枢機卿や将軍と謁見する機会を得たことがあるし、旅の仲間の半数は貴族だった。しかし、今まで会った貴族たちの中でも群を抜いた長さだ。
すれ違う人間すれ違う人間若いが、着る物は高価で、身のこなしも少し品が良い気がする。皆彼女のような身分の人間なのかもしれないな、とムスタディオは観察する。
ここはトリステイン魔法学院、という場所らしい。
かつて仲間の幾人かが貴族の士官学校に通っていたらしいが、その魔道士専門科のようなものかもしれない。
そんな場所の内部を、ムスタディオは何故か案内されていた。
目覚めた後、コルベールと名乗った教師と医務室の保険医から一通りの体の動作確認、それに2人がかりでの念入りな柔軟を受けた。
随分と体が楽になったところで、リハビリと案内も兼ねてそこらへんを二人で散歩してくるように言われたのだ。
『これからずっと二人でやっていくことになりますからね』
それはどういうことだとコルベールに尋ねたが、ミス・ヴァリエールから聞きなさいとのことだった。
しかし、当のルイズは時折立ち止まって施設の名称を告げる以外、黙ったままである。
仕方がないから、しばらくは状況整理に努めることにしていたが、出てくるのは疑問ばかりだ。
自分の装備品はどこに行ったのか。
ここはイヴァリースのどの辺りなのか。
血塗られた聖天使は倒されたのか。
自分はあの爆発に巻き込まれた後、どういった経緯でここに居るのか。
――他の仲間達は、どうなったのか。
考えているだけでは埒が明かない。
ムスタディオから話しかけることにした。
「ええと、ヴァ……リエール様」
「なに」
ぶっきらぼうに返事をする彼女の表情は、何か暗い。
器量は悪くないと思う。しかし何か陰鬱そうな少女だというのがムスタディオの第一印象だった。
「この魔法学院、はイヴァリースのどこにあるんですか?」
「イヴァリース? どこよそれ」
「オーダリア大陸の最南西にある国ですが」
「オーダリア? ここはハルゲニア大陸よ。それにそんな大陸聞いたことないわ」
「……ハルゲニア?」
それからしばらく地理に関する問答を続けてみたが、一から十まで噛み合わなかった。
――何か、頭の隅でよく分からない不安が膨らむ。
「……分かった。じゃあ、質問を変えたいんだが、オレはモンスターと交戦中に爆発に巻き込まれました。どうやって助けてくれたんですか? それと、他にも仲間がいたはずだけど、彼らのことは知りませんか?」
「他の仲間は知らないわ。私があなたをサモン・サーヴァントの儀式で召還したのよ。呼び出したのはあなた一人だけ」
「召喚……? そうだ、使い魔ってどういうことだよ?」
「そのままよ」
そこで初めて、ルイズがムスタディオの方を向いた。
ムスタディオのくすんだ金色の双眸を、感情の読み取れない色素の薄い瞳が見上げ――彼女はあらかじめ決めていた内容を読み上げるように言った。
「あんた、何もしらない田舎の平民みたいだから説明してあげるけど、サモン・サーヴァントっていうのはメイジが使い魔を呼び出す儀式のことよ。
使い魔の意味もそのまま。あんたは私の使い魔になってもらうわ。
私の小間使いとして働いてもらうって言ったほうが分かりやすいかしら?」
「な」
なんだそれは、と思った。
「い――いくら貴族だからって、いきなりそれは無茶苦茶じゃないか!?
元の場所に戻してくれ! 召喚術なら、召喚したものを元の世界に返す方法だって分かるんだろ?」
「? そんなのないわよ。あんたの言ってるのが何の魔法を指してるかは分からないけど、私達が用いるサモン・サーヴァントに送還術は存在しない。帰るなら自力で、ってことになるわ」
「何だって!? そんな横暴、許され――」
「あーもう! うるさい!!」
突如ルイズが爆発した。
いや、先ほどから導火線に火が灯りっぱなしだったのだが、ムスタディオにそれに気付くほどの余裕がなかったのだ。
「さっきから静かに聞いてたら、わ、わけの分からないことをずらずらずらずら!
こっちだってああんたみたいな平民を呼び出して困り果ててんのよ! 召還のやり直しは認められないんだからあんたが私の使い魔になったってことは決定事項なの!
こ、コントラクト・サーヴァントだってさっさと済ませないと進級が認められないんだからあんたの言い分なんて聞いてる暇はないのよっ!!」
呂律が回っているとは言い難い上に連射弓のような剣幕、おまけにその内容の不可解さと理不尽さにムスタディオは若干ひるむ。
そしてひるんだ瞬間を狙われた。
ルイズに腕を思い切り引っ張られる。自分で思っていたより弱っていたムスタディオの体はいとも簡単に引き寄せられる。
ルイズの顔が、ムスタディオの目と鼻の先にあった。
唇が動く。ムスタディオは次の行動に迷う。相手が危害を加えようとするのなら突き飛ばして逃げればいい。しかし、彼女は自分に何をしようとしているのか――
「面倒くさい。もうここで済ませるわ。
我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ!」
口付けをされた。
「……っ!?」
右手の甲に熱を感じて、歯を食いしばる。
大した痛みではなかったが、体調が万全ではないため眩暈を起こしてへたりこんでしまう。
「それ、今あんたの手に焼きついたの、使い魔のルーンよ。
早く立ちなさい」
冷たい声が命令を下してくる。
立ち上がろうと壁に手をつく。そこは廊下だった。窓の外には広大な草原に栄える夕焼けが見えた。
彼の故郷、空気の汚れた機械都市ゴーグにはこんな綺麗な黄昏は存在しない。
今までイヴァリース全土を回り、数え切れない夕焼けを見てきたムスタディオだが、この景色は一番の絶景じゃないだろうかと思った。
――自分はこれからどうなるんだろうか。
オーボンヌ修道院に足を踏み入れた時から、死ぬ覚悟はしていた。いや、生きて帰るつもりではあったが、それだけの気概を持ってあの戦いに臨んだのだ。
そして今、自分は生き延びている。
しかし、なんと心もとないんだろうと思う。
昔、バート協会に追われていた時の事を思い出す。あの時は周囲の人間全員が敵のように見えた。ひたすらに逃げていた。
今は違う。誰かに助けられ、周りの人間は皆無害そうだ。
しかし、そのほとんどが自分の知識と噛み合わない未知である。
助けてくれた人間も、彼の仲間たちのように善意で、というわけではなさそうだった。
沈んでいく太陽を見ながら、ムスタディオはルイズにせかされるまで動けずにいる。
血塗られた聖天使と対峙した時とは種類の違う恐れを感じていた。
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