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「ゼロの夢幻竜-19」(2009/02/11 (水) 15:51:23) の最新版変更点
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#navi(ゼロの夢幻竜)
「ラティアス!」
ルイズはそう叫んで目を覚ますが、そこはもう外ではない。
自分はベッドに横になっていて、そこから丁度跳ね起きたからだ。
ついでに言うと着ている物も学生服ではなく、誰かの手によって着させられた誰かのパジャマだった(ルイズは寝る時いつも下着姿である)。
また目覚めた場所も自室ではない。
軽くポーション系の匂いがツンとくる保健室だ。
そこまできてルイズはやっと事の経緯を思い出せた。
そうだ……学院に『深海の宝珠』を盗みに入ったというフーケを捕まえる為に森まで行って……
現場に着いたらそれがあって……それでもって案内してくれたミス・ロングビルがフーケだって事も分かって……そしたら大きなゴーレムが襲ってきて……
そこまで思い出してルイズはハッとする。
あのゴーレムは確かキュルケの『ファイヤーボール』でも、タバサとかいう子の風魔法でも通用しなかった筈。
ならばラティアスがゴーレムを打ち倒したというのだろうか?
ギーシュやキュルケの戦いであれだけの働きをしたのだから考えられなくも無い。
と、その時横から声がかかった。
「お目覚めかしら、ルイズ?」
目を横にやると、キュルケが自分と同じ様に半身を起こした状態でそこにいた。
「そうだ!ラティアスは?それからフーケはどうしたの?『深海の宝珠』は?」
「そんな一偏に聞かないで落ち着きなさいよ!ラティアスならあなたの部屋でぐっすり寝てるわ。治療が終わったから先に帰されたのよ。」
「そう……良かった。」
ラティアスが無事……その事が聞けただけでも良かった。
それからキュルケはルイズに質問された事を順々に答えていく。
「フーケは捕まったわ。今しがた王宮から来た衛士隊がしょっ引いていったけど、あれじゃ運良く脱獄したとしても当分の間泥棒稼業は無理ね。右腕と両足が折れちゃったんですから。」
フーケはラティアスがデルフで切りかかられた際にもう片方の足も折っていた。
おまけに小屋の中に押し込まれた時の衝撃が強かったのか、体のあちこちに打撲を負っていた。
その為学院に運ばれた時には水系統のメイジが大わらわだったとの事。
応急処置といってもかなりの精神力と水薬を使うものだった為、つい先程まで保健室への人の出入りはかなり多かったそうだ。
そして肝心の『深海の宝珠』だが、今はきちんと学院長、オスマン氏の元に戻っているとの事。
そして学院長はルイズが目を覚まし次第、他の皆、そしてラティアスと共に学院長室まで来るようにと言われていた。
「よくぞフーケを捕らえ、そして『深海の宝珠』を取り戻してくれた。君達にはわしから『シュヴァリエ』の爵位申請を出しておいた。王宮から追って沙汰があるじゃろう。
ミス・タバサに関してはもう授与されているので精霊勲章の授与を申請しておいた。」
学院長室で行われていた報告は終わり、オスマン氏の口からは労いの言葉と思いもかけない朗報が語られた。
『シュヴァリエ』の言葉にキュルケとルイズの表情はぱあっと明るくなる。
しかしルイズは直ぐにオスマン氏に対して質問した。
「あのう……ラティアスには何も出ないんですか?」
「うむ。今回の一番の功労者は彼女とも言えるが残念ながら貴族ではないのでな……」
人間形態、事情を知らない人間からすればどう見てもルイズ専属のメイドのようにしか見えないラティアスは少しばかりうなだれる。
その様子を見たオスマン氏は咄嗟にフォローの一言が出る。
「しかし、わしの出来る範囲じゃったら何とかしてやれん訳でもないぞ。さあさあ!固い話はここまで。今日の夜はフリッグの舞踏会じゃ!主役の君達は目一杯着飾ってくるんじゃぞ。」
タバサとキュルケは一礼し、揃ってその場を去ろうとしたがルイズとラティアスだけはその場にいた。
「あら、あなた達来ないの?」
「後で行くわよ。」
ルイズはキュルケに素っ気無い返事を返し、オスマン氏に向き直る。
それから彼は部屋に残っていたコルベールにも退室を促した。
面白そうな話を聞けると考えていた彼はかなり落胆したようで、すっかり肩を竦めながら退室していった。
そして部屋の中が一頻り静かになってからオスマン氏は口を開いた。
「さて、ミス・ロングビルもとい、フーケの監視ご苦労じゃったな。
朝の時点で目を付けておいたので暫く泳がせておいて本性を見せた時に、とは思っていたが思いもかけんほどの重役になってしまったのう。すまんかった。」
「いえ、お気遣い感謝いたします。オールド・オスマン。」
「いいのじゃ。フーケにしても今回の一件は予想外の事じゃったろう。あれ程の痛手を被るとは彼女も予測はしとらんかったじゃろうな。
ところで……ミス・ヴァリエールの使い魔、ラティアスといったかな。
君はあの『深海の宝珠』に関して何か知っている事があるようじゃが、良ければ詳しく教えてくれんかね?こちらも力になれる事があれば出来るだけ力を貸そう。」
その言葉にラティアスは精神感応で答えた。
「あれの正確な名前は『深海の宝珠』じゃありません。私達の世界で『こころのしずく』と呼ばれている宝石です。」
「ほう。『こころのしずく』とな。それで一体あれはどういうものなんじゃ?」
「はい。あの宝石は私と同じ姿の個体であるラティアス、雄種族のラティオスが持つ力を大幅に上げる物なんです。何故上がるのかは分かりませんが、そういう力があるんです。」
「そうか……君が今持ったとしてもその力は働くのかね?」
「はい。どうも私本来の姿をしていない時でも働くみたいなんです。ところで……今度は私から質問してもいいですか?」
「一向に構わんぞ。」
「それじゃ、『こころのしずく』が何故ここにあるんですか?そもそもあれをここに持ち込んだ人って一体誰なんですか?」
その質問にオスマン氏は溜め息を一つ吐いて答える。
「あれをここに持ってきたのはわしじゃ。今から丁度30年ほど前になるかのう。丁度外で散歩を楽しんでおった時にワイバーンに襲われてな。
その危ない所を見たことも無い火竜で助けてくれたのが『こころのしずく』の持ち主だったのじゃ。」
火竜と聞いてラティアスは、自分の知り得る全ての携帯獣からそれに近しいイメージの物を考える。
該当する物はたった一つしかない……岩石を溶かすほど高温の炎を吐き、強い者を求めて高空を飛びまわる携帯獣、リザードン。
懐かせるのが難しいといわれているそれは、懐かせる事が出来るトレーナーは一流の腕前を持つと言われているほどである。
トレーナーとしてよほど出来た人だったのだろうとラティアスは思った。
オスマン氏は続ける。
「格好も見たことの無い奇妙な物でな、その者はわしに『使い道が分からない。宝石など持っていても自分には価値の無い物だから』と言って『こころのしずく』をくれたのじゃ。それと……」
オスマン氏はすっと立ち上がり、近くの戸棚からある物を持って来た。
それは『こころのしずく』が納められていた箱と同じくらい質素な箱。
オスマン氏は机の中から宝石のついた鍵を取り出して蓋を開ける。
その中には奇妙な文様の描かれた、大きさにして5サント四方の所々欠けた板が一枚だけ入っていた。
「これもな。その者はどこぞの遺跡でそれを拾ったと言っておった。その者はわしの厚意で一晩だけ泊まっていったが時折言っておったよ。
『想い人の知り合いがこれの研究に夢中になっていた。』とな。この文様にも名前があって詳しい言い方も教えてくれたのじゃが何しろ昔の事じゃ。
上手く思い出せんでのう……あくる朝にはもういなくなっておった。『こころのしずく』とこの板を残してな。今を思えばもっと様々な事を訊いておけば良かったと思うものじゃ……」
ラティアスはオスマン氏の話に耳を傾けながらも、箱の中にある板をしげしげと眺めていた。
見た事のある文様だ。しかしそれが何なのか思い出せない。いつ、そして何処で見たのかも思い出せない。
知っていることは確かに知っているのだが。
側にいるルイズはそれまで黙っていたが、抑え切れなくなってオスマン氏に訊く。
「その者の行方は?」
「残念ながら掴めずじまいじゃ。ラティアス君のいる世界に帰れていれば良いのう。」
そう言って学院長は遠くを見つめる。
が、直ぐに真剣な表情に戻って二人に向き直った。
「すまないがミス・ヴァリエール。この先の話はラティアス君とだけでしたいのじゃがよいかね?」
「えっ?はい……分かりました。」
ルイズは気を抜かれたような返事をしてドアへと向かう。
「ご主人様、後で直ぐ行きますから!」
「わ、分かったわ。ありがと、ラティアス。」
ラティアスの元気のいい返事に少々戸惑いを見せるルイズ。
彼女が退室した後、オスマン氏は口を開いた。
「それから話はもう一つある。ラティアスの左手にあるルーンの事じゃが……」
「これ……ですよね?私も訊こうと思っていたんです。これが光ると体が凄く軽くなって上手く剣を使えるようになって……私剣なんて握った事も無いんですよ!それなのにどうして……?」
今度は自分の左手の甲を見つめるラティアス。
オスマン氏はその様子を見ながら話し出した。
「そのルーンはな、ガンダールヴの印じゃ。今では伝説ともなった使い魔の印じゃよ。」
「伝説の使い魔の印、ですか?」
「そうじゃ。書物によれば、その伝説の使い魔はありとあらゆる『武器』を使いこなしたそうじゃ。インテリジェンスソードを使えたのもそのおかげじゃろう。」
「でも……なんで私がその伝説の使い魔が持つというルーンを持っているんですか?」
「分からん。真に分からん事ばかりじゃ。お主がこの世界にやって来た事、そしてそのガンダールヴの印は何か関係しておるのかもしれん。」
ラティアスはもう一度自分の手にあるルーンを眺めた。
これが伝説の使い魔に関係しているという証なら、こっ恥ずかしい気もしてくる。
というのも、元の世界でも自分の種族ことラティアス、ラティオスはその力の多様性と謎の生態系の為伝説扱いされていた。
しかし今ここにいるラティアスはというと……その中でも落ち零れの類だった。
技の力比べをしても、飛ぶ速さを競っても、結果は同じ、仲間内で底の底。
伝説の生き物なんて肩書きは吹けば飛ぶようなものだった。
だが今は力がある。恐らく同世代の誰と戦っても負けないくらいの力が。
そんな事を考えていると、オスマン氏から声がかかってきた。
「ラティアス君?」
「は、はい!何でしょうか?!」
「力になれんですまんの。じゃがわしはお主の見方じゃ。よく深海の……ではなかった『こころのしずく』を取り戻してくれたな。改めて礼を言うぞ。」
「いえ、そんな……」
つい謙遜した口調になってしまうラティアス。
「わしなりに調べてみるつもりじゃ。お主が何故この世界に来たのか。そして何故そのルーンを持つ事になったのかをな。しかし……」
「しかし。何ですか?」
「何も見つからなくても恨まんでくれよ。なあにこっちの世界も住めば都じゃ。お前さんもこの先また手柄を立てる事があるなら我々と肩を並べる時が来るかもしれんぞい。
……おおそうじゃった。つい忘れておったわい。褒美の件なんじゃが何か欲しい物はあるかね?」
言われてラティアスは少し悩んだ。
自分は特に今これといって欲しい物は無いからだ。
やや間があってから彼女はこう答えた。
「今はいいです。でももし何かが必要になったら、それが学院長先生の用意出来る物だったらその時に言います。」
アルヴィーズの食堂の上には大きなホールがある。
フリッグの舞踏会はそこで催されていた。
着飾った生徒や教師達が豪華な料理が並べられたテーブルの周りで歓談している。
その様子を人間形態のラティアスがバルコニーから眠たげに見つめていた。
眠たいのには理由がある。
学院長室から出て直ぐにラティアスはシエスタ経由で厨房からお呼ばれがかかったのだ。
何でも『猫の手も借りたいほど忙しい』との事で、もし時間と主人からの許可があれば来て欲しいとの事だった。
時間なら幾らでもあるし、ご主人様は恐らく二つ返事で了承してくれるだろう。
そう思ったラティアスはルイズの元に飛んだ。
ルイズは『死ぬほど忙しくなるんじゃないの?』と不安そうだったが一応許可は出してくれた。
そしてルイズが心配した通り、舞踏会が始まる頃にはラティアスは完全にのびていた。
今はそこまでではないものの、ともすれば立ちながら眠ってしまわないかと思うほどだ。
そんなものだから、気を紛らわせる為にシエスタが持ってきた料理を口にしている。
シエスタはおいしいからと言ってワインも持ってきてくれたが、ラティアスは一口飲んだだけでその場に倒れてしまいそうだったのでそれを持っているだけに留めた。
「嬢ちゃんはあそこには行かねえのかい?着飾ったら誘いの一つや二つは来るんじゃねえの?」
「一度体に覚えこませた幻術を一部でも変えるって結構大変なのよ。それに、私踊りの踊り方なんて知らないもん。」
「教えてもらってないから知らない……ってえ言葉は進歩の無い奴がするもんだぜ?出来ない事ってのは誰かの見よう見真似でも、相手に合わせる形でも次第に出来ていくもんだ。
最初からその可能性を投げ出してるんじゃ、出来るものだって何時まで経っても出来ねえぞ?」
「そうだけど……」
バルコニーの枠にはフーケ逮捕の陰の立役者、デルフが抜き身の状態で立てかけられている。
別にこの場所に持ってくるつもりは無かったし、デルフ自身が行かせててくれと言った訳でもない。
ただ、主人以外あまり親密になって話せる相手がいないラティアスにとっては丁度いい話し相手だったからだ。
眠気も紛れるし孤独感に襲われる事もないのが何より良い。
そんな折、彼女は『こころのしずく』に触れた時の事をふと思い出していた。
あの時自分の技の力は確かに上がった。
それは誰かから聞いた事があったから、取り立てて驚いたり騒いだりするほどの事ではない。
しかし肝心な事はそんな事ではない。
何か、正確には誰かの声が自分の心の内奥に聞こえてきた。
一体あれは誰の声だったのだろうか?
そして最後には自分の声まで聞こえてきた。
兄様と叫んでいたが自分には兄でもいるのだろうか?
よくよく考えてみれば、自分はこの世界に召喚される以前の事はよく覚えていない。
ルイズに話したような元いた世界の常識的な事はすらすらと出てくる。
しかし、ごく個人的な事、例えば両親や兄弟がいたのかといった事は雲がかった様に思い出せない。
学院長は褒美なら何が良いと訊いてきたが、今にして思えばきちんと『こころのしずく』と答えておけば良かったとラティアスは思った。
まあ、正直にそう言ったところで彼が首を縦に振ってくれるとは思えないが。
そんな事を思っているとホール奥の壮麗な扉が開いた。
「ヴァリエール公爵が息女、ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール嬢の、おなあありいぃ!!」
扉の近くに控えていた衛士がありったけの大声でルイズの到着を告げた。
主人の名が聞こえたので、扉の方を見たラティアスは驚いた。
そこにいるのは可愛らしさと高貴さの両方を存分に引き出したドレスを身に纏った一人の淑女だったからだ。
やがてホール内に楽士が紡ぐゆったりとした舞曲の旋律が満ちていく。
ルイズの美しさに見惚れた男子学生達が挙って彼女をダンスの相手にと誘うが、当の彼女は彼らを毛ほども気にかけはしない。
いつも、ゼロだ、ゼロだって馬鹿にしてるからでしょ、とラティアスはぼんやりと思いつつ料理を口に運ぶ。
するとルイズは誰にも何にも目をくれる事なく、真っ直ぐにラティアスの元にやって来た。
「服、やっぱり駄目だった?」
「すみませんご主人様。色々頑張ったんですけど無理でした……。」
開口一番聞かれるのは身なりの事。
変身できる事を悟られた時から言われる度に耳が痛い事だったが、こればかりはどうしようもない。
簡素なメイド服と、宝石の様な輝きを持つパーティードレスじゃ一緒にあるだけで不釣合いにも程がある。
おまけに他の者達は皆異性の相手がいるというのに、女同士で踊ったらおかしい事この上ない。
口調と表情から察するに、どうやらルイズは舞踏会で上手く相手を見つけて踊れているのかが気がかりだった様だ。
「はあ。そうよね。そんな直ぐ簡単にどうにかなるものじゃないわよね……」
落胆するルイズの声が消えない内にラティアスは呼びかけた。
「ご主人様!踊りましょうっ!」
「えっ?だっ、ダメよ!女同士で服もつり合わないのにどう考えたって変じゃない!第一、あなた踊った事あるの?」
「無い……です。」
「それじゃやっぱりダメじゃない!」
「でも!何とかしてみせます!ご主人様の真似でも何でもしますからご主人様に合わせます!」
「でも……」
ルイズはつい口ごもってしまう。
そんな時、バルコニーのデルフが口を開いた。
「娘っ子。嬢ちゃんは嬢ちゃんなりに頑張ろうとしてんだ。ご主人のお前さんがそれを無碍にしてどうするんだい?」
「五月蝿いわね。余計なお世話よ。」
「おほっ。こりゃ強気だねぇ。けどよ嬢ちゃんは真剣だぜ。やってる事が真っ当で当人が真剣にやってりゃ体裁が悪くったって笑われないものなんだよ。見てる連中にそれ以上の何かを訴えるからな。」
「何かって何よ?」
「さあ。その答えは実際踊ってみりゃ分かるんじゃねえのか?」
いまいち要領を得ないデルフの言葉に首を傾げるルイズ。
そしてラティアスは今だ!とばかりにルイズの手を引きホールの中央に進んだ。
そしてそれと全く同時に流れている音楽が軽快な物へと変化する。
場の空気に呑まれたルイズは何とも言えない表情でラティアスの手を取る。
「仕方ないわね……ほら、最初は右足、次は左足……」
「ええと、最初は右足、次が……」
「痛ッ!……ちょっと足踏んでるわよ!」
「あっ、すみません。」
「落ち着いて。リズムに合わせればその内慣れるわ。もう一度いくわよ。せーの……」
繰り返されるぎこちないステップ。
周りの者達はその様子に含み笑いをしていた。そしてそれと同時に軽い驚きも持った。
あの『貴族のプライドが服を着て歩いている』ようなルイズがあんなちぐはぐな事をやるだなんて!
……そんな感じだ。
だが二人の踊りが息の合った軽やかな物になるにつれて、その含み笑いは収まっていった。
実際ラティアスはただ踊っている訳ではない。
ルイズのステップに合わせながら、どうやったら上手く見えるか他の者の足運びを見て真似しているのだ。
始め、唐突な調子の変化に戸惑ったルイズだったが、今は上手く合わせられていた。
気づけばホールにいる大半は彼女達を見ていた。
何かを食べる者も、歓談する者もいない。
その様子を見ていたバルコニーのデルフはぼそっと呟く。
「良かったな。上手くいって。ダンスのお相手を使い魔がやるのもだが、あれだけ早く覚えこむのも……おでれーた。本気でおでれーたよ……」
空では二つの月が寄り添うようにして地上を照らし続ける。
そしてホールに立てられた幾つもの蝋燭の光は、月光と溶け合い幻想的な空気を醸し出す。
泡沫とも言える饗宴は始まったばかりだった。
#navi(ゼロの夢幻竜)
#navi(ゼロの夢幻竜)
「ラティアス!」
ルイズはそう叫んで目を覚ますが、そこはもう外ではない。
自分はベッドに横になっていて、そこから丁度跳ね起きたからだ。
ついでに言うと着ている物も学生服ではなく、誰かの手によって着させられた誰かのパジャマだった(ルイズは寝る時いつも下着姿である)。
また目覚めた場所も自室ではない。
軽くポーション系の匂いがツンとくる保健室だ。
そこまできてルイズはやっと事の経緯を思い出せた。
そうだ……学院に『深海の宝珠』を盗みに入ったというフーケを捕まえる為に森まで行って……
現場に着いたらそれがあって……それでもって案内してくれたミス・ロングビルがフーケだって事も分かって……そしたら大きなゴーレムが襲ってきて……
そこまで思い出してルイズはハッとする。
あのゴーレムは確かキュルケの『ファイヤーボール』でも、タバサとかいう子の風魔法でも通用しなかった筈。
ならばラティアスがゴーレムを打ち倒したというのだろうか?
ギーシュやキュルケの戦いであれだけの働きをしたのだから考えられなくも無い。
と、その時横から声がかかった。
「お目覚めかしら、ルイズ?」
目を横にやると、キュルケが自分と同じ様に半身を起こした状態でそこにいた。
「そうだ!ラティアスは?それからフーケはどうしたの?『深海の宝珠』は?」
「そんな一偏に聞かないで落ち着きなさいよ!ラティアスならあなたの部屋でぐっすり寝てるわ。治療が終わったから先に帰されたのよ。」
「そう……良かった。」
ラティアスが無事……その事が聞けただけでも良かった。
それからキュルケはルイズに質問された事を順々に答えていく。
「フーケは捕まったわ。今しがた王宮から来た衛士隊がしょっ引いていったけど、あれじゃ運良く脱獄したとしても当分の間泥棒稼業は無理ね。右腕と両足が折れちゃったんですから。」
フーケはラティアスがデルフで切りかかられた際にもう片方の足も折っていた。
おまけに小屋の中に押し込まれた時の衝撃が強かったのか、体のあちこちに打撲を負っていた。
その為学院に運ばれた時には水系統のメイジが大わらわだったとの事。
応急処置といってもかなりの精神力と水薬を使うものだった為、つい先程まで保健室への人の出入りはかなり多かったそうだ。
そして肝心の『深海の宝珠』だが、今はきちんと学院長、オスマン氏の元に戻っているとの事。
そして学院長はルイズが目を覚まし次第、他の皆、そしてラティアスと共に学院長室まで来るようにと言われていた。
「よくぞフーケを捕らえ、そして『深海の宝珠』を取り戻してくれた。君達にはわしから『シュヴァリエ』の爵位申請を出しておいた。王宮から追って沙汰があるじゃろう。
ミス・タバサに関してはもう授与されているので精霊勲章の授与を申請しておいた。」
学院長室で行われていた報告は終わり、オスマン氏の口からは労いの言葉と思いもかけない朗報が語られた。
『シュヴァリエ』の言葉にキュルケとルイズの表情はぱあっと明るくなる。
しかしルイズは直ぐにオスマン氏に対して質問した。
「あのう……ラティアスには何も出ないんですか?」
「うむ。今回の一番の功労者は彼女とも言えるが残念ながら貴族ではないのでな……」
人間形態、事情を知らない人間からすればどう見てもルイズ専属のメイドのようにしか見えないラティアスは少しばかりうなだれる。
その様子を見たオスマン氏は咄嗟にフォローの一言が出る。
「しかし、わしの出来る範囲じゃったら何とかしてやれん訳でもないぞ。さあさあ!固い話はここまで。今日の夜はフリッグの舞踏会じゃ!主役の君達は目一杯着飾ってくるんじゃぞ。」
タバサとキュルケは一礼し、揃ってその場を去ろうとしたがルイズとラティアスだけはその場にいた。
「あら、あなた達来ないの?」
「後で行くわよ。」
ルイズはキュルケに素っ気無い返事を返し、オスマン氏に向き直る。
それから彼は部屋に残っていたコルベールにも退室を促した。
面白そうな話を聞けると考えていた彼はかなり落胆したようで、すっかり肩を竦めながら退室していった。
そして部屋の中が一頻り静かになってからオスマン氏は口を開いた。
「さて、ミス・ロングビルもとい、フーケの監視ご苦労じゃったな。
朝の時点で目を付けておいたので暫く泳がせておいて本性を見せた時に、とは思っていたが思いもかけんほどの重役になってしまったのう。すまんかった。」
「いえ、お気遣い感謝いたします。オールド・オスマン。」
「いいのじゃ。フーケにしても今回の一件は予想外の事じゃったろう。あれ程の痛手を被るとは彼女も予測はしとらんかったじゃろうな。
ところで……ミス・ヴァリエールの使い魔、ラティアスといったかな。
君はあの『深海の宝珠』に関して何か知っている事があるようじゃが、良ければ詳しく教えてくれんかね?こちらも力になれる事があれば出来るだけ力を貸そう。」
その言葉にラティアスは精神感応で答えた。
「あれの正確な名前は『深海の宝珠』じゃありません。私達の世界で『こころのしずく』と呼ばれている宝石です。」
「ほう。『こころのしずく』とな。それで一体あれはどういうものなんじゃ?」
「はい。あの宝石は私と同じ姿の個体であるラティアス、雄種族のラティオスが持つ力を大幅に上げる物なんです。何故上がるのかは分かりませんが、そういう力があるんです。」
「そうか……君が今持ったとしてもその力は働くのかね?」
「はい。どうも私本来の姿をしていない時でも働くみたいなんです。ところで……今度は私から質問してもいいですか?」
「一向に構わんぞ。」
「それじゃ、『こころのしずく』が何故ここにあるんですか?そもそもあれをここに持ち込んだ人って一体誰なんですか?」
その質問にオスマン氏は溜め息を一つ吐いて答える。
「あれをここに持ってきたのはわしじゃ。今から丁度30年ほど前になるかのう。丁度外で散歩を楽しんでおった時にワイバーンに襲われてな。
その危ない所を見たことも無い火竜で助けてくれたのが『こころのしずく』の持ち主だったのじゃ。」
火竜と聞いてラティアスは、自分の知り得る全ての携帯獣からそれに近しいイメージの物を考える。
該当する物はたった一つしかない……岩石を溶かすほど高温の炎を吐き、強い者を求めて高空を飛びまわる携帯獣、リザードン。
懐かせるのが難しいといわれているそれは、懐かせる事が出来るトレーナーは一流の腕前を持つと言われているほどである。
トレーナーとしてよほど出来た人だったのだろうとラティアスは思った。
オスマン氏は続ける。
「格好も見たことの無い奇妙な物でな、その者はわしに『使い道が分からない。宝石など持っていても自分には価値の無い物だから』と言って『こころのしずく』をくれたのじゃ。それと……」
オスマン氏はすっと立ち上がり、近くの戸棚からある物を持って来た。
それは『こころのしずく』が納められていた箱と同じくらい質素な箱。
オスマン氏は机の中から宝石のついた鍵を取り出して蓋を開ける。
その中には奇妙な文様の描かれた、大きさにして5サント四方の所々欠けた板が一枚だけ入っていた。
「これもな。その者はどこぞの遺跡でそれを拾ったと言っておった。その者はわしの厚意で一晩だけ泊まっていったが時折言っておったよ。
『想い人の知り合いがこれの研究に夢中になっていた。』とな。この文様にも名前があって詳しい言い方も教えてくれたのじゃが何しろ昔の事じゃ。
上手く思い出せんでのう……あくる朝にはもういなくなっておった。『こころのしずく』とこの板を残してな。今を思えばもっと様々な事を訊いておけば良かったと思うものじゃ……」
ラティアスはオスマン氏の話に耳を傾けながらも、箱の中にある板をしげしげと眺めていた。
見た事のある文様だ。しかしそれが何なのか思い出せない。いつ、そして何処で見たのかも思い出せない。
知っていることは確かに知っているのだが。
側にいるルイズはそれまで黙っていたが、抑え切れなくなってオスマン氏に訊く。
「その者の行方は?」
「残念ながら掴めずじまいじゃ。ラティアス君のいる世界に帰れていれば良いのう。」
そう言って学院長は遠くを見つめる。
が、直ぐに真剣な表情に戻って二人に向き直った。
「すまないがミス・ヴァリエール。この先の話はラティアス君とだけでしたいのじゃがよいかね?」
「えっ?はい……分かりました。」
ルイズは気を抜かれたような返事をしてドアへと向かう。
「ご主人様、後で直ぐ行きますから!」
「わ、分かったわ。ありがと、ラティアス。」
ラティアスの元気のいい返事に少々戸惑いを見せるルイズ。
彼女が退室した後、オスマン氏は口を開いた。
「それから話はもう一つある。ラティアスの左手にあるルーンの事じゃが……」
「これ……ですよね?私も訊こうと思っていたんです。これが光ると体が凄く軽くなって上手く剣を使えるようになって……私剣なんて握った事も無いんですよ!それなのにどうして……?」
今度は自分の左手の甲を見つめるラティアス。
オスマン氏はその様子を見ながら話し出した。
「そのルーンはな、ガンダールヴの印じゃ。今では伝説ともなった使い魔の印じゃよ。」
「伝説の使い魔の印、ですか?」
「そうじゃ。書物によれば、その伝説の使い魔はありとあらゆる『武器』を使いこなしたそうじゃ。インテリジェンスソードを使えたのもそのおかげじゃろう。」
「でも……なんで私がその伝説の使い魔が持つというルーンを持っているんですか?」
「分からん。真に分からん事ばかりじゃ。お主がこの世界にやって来た事、そしてそのガンダールヴの印は何か関係しておるのかもしれん。」
ラティアスはもう一度自分の手にあるルーンを眺めた。
これが伝説の使い魔に関係しているという証なら、こっ恥ずかしい気もしてくる。
というのも、元の世界でも自分の種族ことラティアス、ラティオスはその力の多様性と謎の生態系の為伝説扱いされていた。
しかし今ここにいるラティアスはというと……その中でも落ち零れの類だった。
技の力比べをしても、飛ぶ速さを競っても、結果は同じ、仲間内で底の底。
伝説の生き物なんて肩書きは吹けば飛ぶようなものだった。
だが今は力がある。恐らく同世代の誰と戦っても負けないくらいの力が。
そんな事を考えていると、オスマン氏から声がかかってきた。
「ラティアス君?」
「は、はい!何でしょうか?!」
「力になれんですまんの。じゃがわしはお主の見方じゃ。よく深海の……ではなかった『こころのしずく』を取り戻してくれたな。改めて礼を言うぞ。」
「いえ、そんな……」
つい謙遜した口調になってしまうラティアス。
「わしなりに調べてみるつもりじゃ。お主が何故この世界に来たのか。そして何故そのルーンを持つ事になったのかをな。しかし……」
「しかし。何ですか?」
「何も見つからなくても恨まんでくれよ。なあにこっちの世界も住めば都じゃ。お前さんもこの先また手柄を立てる事があるなら我々と肩を並べる時が来るかもしれんぞい。
……おおそうじゃった。つい忘れておったわい。褒美の件なんじゃが何か欲しい物はあるかね?」
言われてラティアスは少し悩んだ。
自分は特に今これといって欲しい物は無いからだ。
やや間があってから彼女はこう答えた。
「今はいいです。でももし何かが必要になったら、それが学院長先生の用意出来る物だったらその時に言います。」
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