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「魔法少女リリカルルイズ31」(2009/03/25 (水) 10:13:54) の最新版変更点
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#navi(魔法少女リリカルルイズ)
土くれのフーケにとって、その訪問者は異常だった。
長身の黒マントだから?否、そんな者はどこにでもいる。
白い仮面で顔を隠しているから?否、そんな同業者はいくらでもいる。
夜中の訪問者だから?否、夜は盗賊たるフーケの時間だ。
それは、ここがチェルノボーグの監獄だからだ。
フーケは、ヴァリエールの屋敷で捕らえられた後、裁判のためにここに移送された。
そして、今は裁判を待つ身である。
その間、ひどく退屈で牢番以外の誰かが来ない物かと思っていたが、まさか本当に警戒が極めて厳重なこの場所に非正規の訪問者があるとは思っても見なかった。
もっともこの訪問者、まともでない上に油断ならない相手であることは間違いない。
──私を殺しに来た刺客?あるいは……
身構えるフーケに、その訪問者は言った。
ハルケギニアを一つとし、聖地を奪還するために我ら新しいアルビオンの仲間になれ、と。
想定外の問いに、フーケは質問で返す。
断れば?
訪問者は答える。
死だ。
ならば、フーケは断れようはずもない。それに、はっきりした物言いは嫌いではない。
故にフーケは男の仲間となった。
すなわち、レコン・キスタの一人となったのである。
ヴァリエール公爵邸の中庭には大きな池がある。
燦々と照る日を受け、きらきら輝く水面に浮かんでいるのは小さな白い小舟。
その幻想的な小舟の中で、ルイズは周りの美しい景色に目をやることなく泣いていた。
と言っても、泣いているルイズは魔法学院の学生のルイズではない。まだ小さく、それに幼い6歳のルイズだ。
なぜ、こんなに泣いているのかはよくわからない。
でも二人の姉と魔法の力を比べられて悔しくて、情けなくて、悲しくて泣いているのだけはわかる。
ここに来るのはそんなときだけだからだ。
泣いても、泣いても涙が止まらない。ずっとずっと泣いていると、ルイズの白い小舟に魔法の力で空を飛んでいた立派な貴族が降りてきた。
「泣いているのかい?ルイズ」
「子爵様、いらしてたの」
まだ16歳の若い貴族ルイズのよく知る、そして憧れの人だった。
彼は先頃、近くの領地を相続したという。その件でここに来たのかも知れない。
「また、お父上にしかられたんだね。おいで、僕がお父上に取りなしてあげよう」
「でも……」
お父様が許してくれるかどうかわからない。
でも、子爵様と一緒なら。
「大丈夫さ。僕がついている」
「でも……」
お母様が許してくれるかどうかわからない。
きっと、すごく怒っている。
それがとても不安だ。
でも、子爵様と一緒なら。
「それに、みんなお茶を用意して待っているよ。ほら、ルイズの大好きなクックベリーパイもあるんだ」
子爵がおいしそうなパイをのせた手をルイズにさしのべる。
クックベリーパイの甘酸っぱい香りがルイズの小さい鼻に流れ込み、不安を溶かしていってくれる。
しかし、ルイズは頬をちょっとふくらませた。
ふくらせた頬と一緒に体も大きくなり、魔法学院のルイズになるが、そんな不思議もルイズは気にならない。
「子爵様。私、もう子供じゃありません。そんな、食べ物なんかで釣られたりしません!」
「じゃあ、いらないんだ」
──え?
ルイズの目の前には子爵はないかった。
いや、さっきまで確かにとても立派で、素敵な、憧れの子爵様がルイズの前にいた。
でも、今ルイズの前でクックベリーパイをひょい、と引っ込めるのは。
「じゃ、僕が食べちゃうよ」
ぶかぶかの服を着て、大きすぎる帽子を思いきり後ろにずらしてかぶっているルイズの使い魔、ユーノ・スクライアだった。
さっきまでは大きかった手も、今は小さくなって両手でパイを持っている。
「いただきまーす」
ルイズは誰の目にも止まりそうにないスピードで手を伸ばす。高速とか神速とか言うのもまだ生ぬるい速度だ。
さっきまでユーノの手にあったクックベリーパイは消え失せて、いつの間にかルイズの手の中にある。
「誰もいらない、なんて言ってないわよ」
「じゃあ、それを食べたらみんなのところに行ってくれるよね?」
「でも……」
「まだ、たくさんあるよ」
「う……ユーノがそこまで言うんならしょうがないわ。行ってあげる。でも、これを食べてからよ」
「うん」
ルイズが、ニコニコ見ているユーノの前で大きく口を開ける。
少しくらい行儀が悪いがしょうがない。
それに、見てるのはユーノだけだし。
あーーーーん。
ぱく。
「うわぁあああああああああああああああああああああああああああああああ」
「ほへ?」
目が覚めた。
そろそろ日が昇ってきて、起きるのにはちょうどいい時間だ。
いつも聞こえる鳥の声が今日は聞こえない。
ユーノが叫びまくっているからだ。
「ほーひたの?ふーの」
「い、いたいいたいいたいいいたいいたいいたい。ルイズしゃべらないで、噛まないでーー」
「ほへー」
ルイズは寝ぼけ眼のまま、しばらくぼーっとしていた。
キュルケが朝一番にルイズを見つけたとき、何か違和感を感じた。
正確にはルイズではなく、その方に乗っているユーノの方に違和感があった。
と言っても、その違和感の出所は探さないといけないような微妙な物ではない。
見ればすぐにわかる。
「何があったの?」
ユーノ胴体にはいびつな包帯がぐるぐる巻かれている。
相当不器用に巻いたらしく、ユーノの胴体がかなり大きくなっていた。
「何でもいいでしょ!」
あまり言いたくない事のようで、ルイズはユーノが乗っているのとは反対の方向に顔を背けてしまう。
その隙にタバサは、ひょいとユーノをとってしまう。
「あっ、タバサ。何するのよ!」
「包帯の巻き方が悪い」
そういうとタバサは、ルイズがユーノ奪還に伸ばす手を避けながら包帯を外していってしまう。
全部の包帯が巻き取られ、露わになったユーノの胴体を見たとき、キュルケは自分の目を疑った。
そこにはくっきりと歯形が刻み込まれていたからだ。
「えっと……ルイズ、何かあったの?」
「なんでもないわよ」
「なんでもないって、この歯形、あなたのでしょ?」
親指と人差し指で大きさを測ってルイズの口と比べる。
ぴったりだ。
「……けたのよ」
「え?」
「だから、寝ぼけてユーノを噛んじゃったの!」
とたん、キュルケは口を開けて笑い出す。
以前は少しこらえていたが、近頃はそんなことをしない。
こらえても無駄だからだ。
「あははははあははは。噛んだ、噛んだって、自分の使い魔を?」
「そ、そーよ」
「そんなことするの、あなただけよ。きっと。ミス・ヴァリエール。あははははははあははは」
「そんなに笑わないでよ」
「間違いなく史上初めてよ。あははははははははははは」
ひとしきり笑い終えたキュルケは、教室に歩きながら息も絶え絶えに一言だけ言った。
「あなたって、ホント面白いわ」
その横ではタバサが慣れた手つきでユーノに包帯を巻き直し終え、9割も余ってしまった包帯を扱いかねていた。
教室に入ったルイズは何となくユーノを見ていた。
(ユーノ、もう痛くない?)
(平気だよ)
そうは言っても気になる。
肩に乗っているときも、いつもとは違うようだったし、歯もだいぶ食い込んでいたように思える。
いい味が出ていたのは気のせいだろう。たぶん。
扉ががらっと開き、この授業の教師のミスタ・ギトーが現れた。
生徒達は一斉に席に着く。
この教師、生徒達にはあまり人気がない。冷たい雰囲気と、何より漆黒のマント姿がかなり不気味だからだ。
おかげで、授業はいつも妙な緊張感に満ちて生徒達の私語も極めて少なくなる。
この日もそうだった。
一見、生徒達は授業に集中しているように見えるが、実際はどうなっているかさっぱりわからない。
今のルイズもそうで、半分上の空で考え事をしていた。
「最強の系統は知っているかね?ミス・ツェルプストー」
「『虚無』じゃないんですか?」
「伝説の話をしているわけではない。現実的な答えを聞いているんだ」
ルイズが考えているのは、今朝見た夢のことだ。
──なんで、あんな夢を見たんだろう。
この数年、子爵とは会っていない。
憧れはまだ強く胸に残っているし、あの約束のこともはっきり覚えているが、今日の今日まで思い出したことはなかった。
「火に決まっていますわ。ミスタ・ギトー」
「ほほう。どうしてそう思うね?」
あの約束を聞いたときに感じたあの思い、それもまた覚えている。
それが今、子爵の夢を見る元となったのだろうか。
「全てを燃やし尽くせるのは、炎と情熱。そうじゃございませんこと?」
「残念ながらそうではない
だとしたら、最後に子爵がユーノになったのはどういうわけだろう。
──まさか、あの思いをユーノに?
いや、それはない。あるはずがない。
ユーノは、ずっと年下だし。子供だし。何より、フェレットだし。
それだけはあるはずがない。
別のことで子爵とユーノに共通点を感じたに決まっている。
そう、子爵はメイジとしても一流だった。
ユーノも、四系統ではないがすごい魔導師だ。
きっとそこからに違いない。
ルイズは安心して、満足そうにうなずいた。
「試しに君の得意な火の魔法を使ってみたまえ、と言いたいところだが……ミス・ヴァリエール!」
そういうと、ギトーは杖を一振り。
空気の固まりが部わっとルイズの髪をかき上げる。
「は、はい?」
ようやく、周りのことが耳に入ってきたルイズだが、今何が起こっているのかわからない。
確か今は風の授業のはずだ。
──と言うことは!
ルイズはあわてて杖を出して、持った手を振り上げる。
「はい、わかりました。すぐにやります」
「え?」
さっきまで問答をしていたキュルケが顔を引きつらせる。
「み、みんな危ない!隠れるんだ」
ギーシュが叫ぶが早いが机の下に待避する。
「ま、待ちたまえ!ミス・ヴァリエール!早まるな!」
もう遅い。
あわてるルイズは風邪を起こすルーンを唱え杖を振る。
そして、爆発が起こった。
庭で洗濯物を干していたシエスタの後ろで爆音が聞こえた。
以前はその爆発はよくあることではあっても、縁の遠い物ではあったが今は何故か身近に感じられる。
ミス・ヴァリエールが爆発を起こすところを見る機会が増えたからかも知れない。
そういえば、爆発が前より大きくなっているような気がした。
ミス・ヴァリエールの毎日の練習の成果が出ているのだろう。本人は喜ばないかも知れないけど。
音の元を見ると、教室から煙がもうもうと噴き上がっていた。
さらに、窓から誰かが──今度はよくわかる。よく飛ばされるマリコルヌと言う貴族だ──魔法も使わずに飛んでいくのが見えた。
シエスタは放物線を描いて飛んでいくマリコルヌを目で追った。
とりあえず、どうしていいか考えていたからだ。
学園の塀の手前まで飛んだところでようやく結論が出た。
「大変!!」
シエスタは塀の向こうに空飛ぶ貴族を追っていった。
#navi(魔法少女リリカルルイズ)
#navi(魔法少女リリカルルイズ)
土くれのフーケにとって、その訪問者は異常だった。
長身の黒マントだから?否、そんな者はどこにでもいる。
白い仮面で顔を隠しているから?否、そんな同業者はいくらでもいる。
夜中の訪問者だから?否、夜は盗賊たるフーケの時間だ。
それは、ここがチェルノボーグの監獄だからだ。
フーケはヴァリエールの屋敷で捕らえられた後、裁判のためにここに移送された。
そして今は裁判を待つ身である。
その間、ひどく退屈で牢番以外の誰かが来ない物かと思っていたが、まさか本当に警戒が極めて厳重なこの場所に非正規の訪問者があるとは思ってもいなかった。
もっともこの訪問者、まともでない上に油断ならない相手であることは間違いない。
──私を殺しに来た刺客?あるいは……
身構えるフーケにその訪問者は言った。
ハルケギニアを一つとし聖地を奪還するために我ら新しいアルビオンの仲間になれ、と。
想定外の問いにフーケは質問で返す。
断れば?
訪問者は答える。
死だ。
ならばフーケは断れようはずもない。それに、はっきりした物言いは嫌いではない。
故にフーケは男の仲間となった。
すなわちレコン・キスタの一人となったのである。
ヴァリエール公爵邸の中庭には大きな池がある。
燦々と照る日を受け、きらきら輝く水面に浮かんでいるのは小さな白い小舟。
その幻想的な小舟の中で、ルイズは周りの美しい景色に目をやることなく泣いていた。
と言っても、泣いているルイズは魔法学院の学生のルイズではない。まだ小さく、それに幼い6歳のルイズだ。
なぜ、こんなに泣いているのかはよくわからない。
でも二人の姉と魔法の力を比べられて悔しくて、情けなくて、悲しくて泣いているのだけはわかる。
ここに来るのはそんなときだけだからだ。
泣いても、泣いても涙が止まらない。ずっとずっと泣いていると、ルイズの白い小舟に魔法の力で空を飛んでいた立派な貴族が降りてきた。
「泣いているのかい?ルイズ」
「子爵様、いらしてたの」
まだ16歳の若い貴族ルイズのよく知る、そして憧れの人だった。
彼は先頃、近くの領地を相続したという。その件でここに来たのかも知れない。
「また、お父上にしかられたんだね。おいで、僕がお父上に取りなしてあげよう」
「でも……」
お父様が許してくれるかどうかわからない。
でも、子爵様と一緒なら。
「大丈夫さ。僕がついている」
「でも……」
お母様が許してくれるかどうかわからない。
きっと、すごく怒っている。
それがとても不安だ。
でも、子爵様と一緒なら。
「それに、みんなお茶を用意して待っているよ。ほら、ルイズの大好きなクックベリーパイもあるんだ」
子爵がおいしそうなパイをのせた手をルイズにさしのべる。
クックベリーパイの甘酸っぱい香りがルイズの小さい鼻に流れ込み、不安を溶かしていってくれる。
しかし、ルイズは頬をちょっとふくらませた。
ふくらせた頬と一緒に体も大きくなり、魔法学院のルイズになるが、そんな不思議もルイズは気にならない。
「子爵様。私、もう子供じゃありません。そんな食べ物なんかで釣られたりしません!」
「じゃあ、いらないんだ」
──え?
ルイズの目の前には子爵はないかった。
いや、さっきまで確かにとても立派で、素敵な、憧れの子爵様がルイズの前にいた。
でも、今ルイズの前でクックベリーパイをひょい、と引っ込めるのは
「じゃ、僕が食べちゃうよ」
ぶかぶかの服を着て、大きすぎる帽子を思いきり後ろにずらしてかぶっているルイズの使い魔、ユーノ・スクライアだった。
さっきまでは大きかった手も、今は小さくなって両手でパイを持っている。
「いただきまーす」
ルイズは誰の目にも止まりそうにないスピードで手を伸ばす。高速とか神速とか言うのもまだ生ぬるい速度だ。
さっきまでユーノの手にあったクックベリーパイは消え失せて、いつの間にかルイズの手の中にあった。
「誰もいらない、なんて言ってないわよ」
「じゃあ、それを食べたらみんなのところに行ってくれるよね?」
「でも……」
「まだ、たくさんあるよ」
「う……ユーノがそこまで言うんならしょうがないわ。行ってあげる。でも、これを食べてからよ」
「うん」
ルイズがニコニコ見ているユーノの前で大きく口を開ける。
少しくらい行儀が悪いがしょうがない。
それに見てるのはユーノだけだし。
あーーーーん
ぱく
「うわぁあああああああああああああああああああああああああああああああ」
「ほへ?」
目が覚めた。
そろそろ日が昇ってきて、起きるのにはちょうどいい時間だ。
いつも聞こえる鳥の声が今日は聞こえない。
ユーノが叫びまくっているからだ。
「ほーひたの?ふーの」
「い、いたいいたいいたいいいたいいたいいたい。ルイズしゃべらないで、噛まないでーー」
「ほへー」
ルイズは寝ぼけ眼のまま、しばらくぼーっとしていた。
キュルケが朝一番にルイズを見つけたとき、何か違和感を感じた。
正確にはルイズではなく、その肩に乗っているユーノの方に違和感があった。
と言っても、その違和感の出所は探さないといけないような微妙な物ではない。
見ればすぐにわかる。
「何があったの?」
ユーノの胴体にはいびつな包帯がぐるぐる巻かれている。
相当不器用に巻いたらしく、ユーノの胴体がかなり太くなっていた。
「何でもいいでしょ!」
あまり言いたくない事のようで、ルイズはユーノが乗っている肩とは反対の方向に顔を背けてしまう。
その隙にタバサは、ひょいとユーノを取ってしまった。
「あっ、タバサ。何するのよ!」
「包帯の巻き方が悪い」
そう言うとタバサは、ルイズがユーノ奪還に伸ばす手を避けながら包帯を外してしまう。
全部の包帯が巻き取られ、露わになったユーノの胴体を見たとき、キュルケは自分の目を疑った。
そこにはくっきりと歯形が刻み込まれていたからだ。
「えっと……ルイズ、何かあったの?」
「なんでもないわよ」
「なんでもないって、この歯形、あなたのでしょ?」
親指と人差し指で大きさを測ってルイズの口と比べる。
ぴったりだ。
「……けたのよ」
「え?」
「だから、寝ぼけてユーノを噛んじゃったの!」
とたん、キュルケは口を開けて笑い出す。
以前は少しこらえていたが、近頃はそんなことをしない。
こらえても無駄だからだ。
「あははははあははは。噛んだ、噛んだって、自分の使い魔を?」
「そ、そーよ」
「そんなことするの、あなただけよ。きっと。ミス・ヴァリエール。あははははははあははは」
「そんなに笑わないでよ」
「間違いなく史上初めてよ。あははははははははははは」
ひとしきり笑い終えたキュルケは教室に歩きながら息も絶え絶えに一言だけ言った。
「あなたって、ホント面白いわ」
その横ではタバサが慣れた手つきでユーノに包帯を巻き終え、9割も余ってしまった包帯を扱いかねていた。
教室に入ったルイズは何となくユーノを見ていた。
(ユーノ、もう痛くない?)
(平気だよ)
そうは言っても気になる。
肩に乗っているときも、いつもとは違うようだったし、歯もだいぶ食い込んでいたように思える。
いい味が出ていたのは気のせいだろう。たぶん。
扉ががらっと開き、この授業の教師のミスタ・ギトーが現れた。
生徒達は一斉に席に着く。
この教師、生徒達にはあまり人気がない。冷たい雰囲気と、何より漆黒のマント姿がかなり不気味だからだ。
おかげで授業はいつも妙な緊張感に満ちて生徒達の私語も極めて少なくなる。
この日もそうだった。
一見、生徒達は授業に集中しているように見えるが、実際はどうなっているかさっぱりわからない。
今のルイズもそうで、半分上の空で考え事をしていた。
「最強の系統は知っているかね?ミス・ツェルプストー」
「『虚無』じゃないんですか?」
「伝説の話をしているわけではない。現実的な答えを聞いているんだ」
ルイズが考えているのは、今朝見た夢のことだ。
──なんで、あんな夢を見たんだろう。
この数年、子爵とは会っていない。
憧れはまだ強く胸に残っているし、あの約束のこともはっきり覚えているが、今日の今日まで思い出したことはなかった。
「火に決まっていますわ。ミスタ・ギトー」
「ほほう。どうしてそう思うね?」
あの約束を聞いたときに感じたあの思い、それもまた覚えている。
それが今、子爵の夢を見る元となったのだろうか。
「全てを燃やし尽くせるのは、炎と情熱。そうじゃございませんこと?」
「残念ながらそうではない
だとしたら最後に子爵がユーノになったのはどういうわけだろう。
──まさか、あの思いをユーノに?
いや、それはない。あるはずがない。
ユーノは、ずっと年下だし、子供だし、何よりフェレットだし。
それだけはあるはずがない。
別のことで子爵とユーノに共通点を感じたに決まっている。
そう子爵はメイジとしても一流だった。
ユーノも四系統ではないがすごい魔導師だ。
きっとそこからに違いない。
ルイズは安心して満足そうにうなずいた。
「試しに君の得意な火の魔法を使ってみたまえ、と言いたいところだが……ミス・ヴァリエール!」
そう言うとギトーは杖を一振り。
空気の固まりがぶわっとルイズの髪をかき上げる。
「は、はい?」
ようやく周りのことが耳に入ってきたルイズだが、今何が起こっているのかはまだ分かっていない。
確か今は風の授業のはずだ。
──と言うことは!
ルイズはあわてて杖を出して、それを持った手を振り上げる。
「はい、わかりました。すぐにやります」
「え?」
さっきまで問答をしていたキュルケが顔を引きつらせる。
「み、みんな危ない!隠れるんだ」
ギーシュが叫ぶが早いが机の下に待避する。
「ま、待ちたまえ!ミス・ヴァリエール!早まるな!」
もう遅い。
あわてるルイズは風を起こすルーンを唱え杖を振る。
そして爆発が起こった。
庭で洗濯物を干していたシエスタの後ろで爆音が聞こえた。
以前はその爆発はよくあることではあっても、縁の遠い物ではあったが今は何故か身近に感じられる。
ミス・ヴァリエールが爆発を起こすところを見る機会が増えたからかも知れない。
そういえば爆発が前より大きくなっているような気がした。
ミス・ヴァリエールの毎日の練習の成果が出ているのだろう。本人は喜ばないかも知れないけど。
音の元を見ると、教室から煙がもうもうと噴き上がっていた。
さらに窓から誰かが──今日のはよくわかる。よく飛ばされるマリコルヌと言う貴族だ──魔法も使わずに飛んでいくのが見えた。
シエスタは放物線を描いて飛んでいくマリコルヌを目で追った。
とりあえず、どうしていいか考えていたからだ。
学園の塀の手前まで飛んだところでようやく結論が出た。
「大変!!」
シエスタは塀の向こうに空を飛ぶ貴族を追っていった。
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