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「ゼロのノブレス・オブリージュ-8」(2007/09/16 (日) 15:58:19) の最新版変更点
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フーケによって竜巻の杖が強奪された翌日、トリステイン魔法学院は大騒ぎとなっていた。
『竜巻の杖、確かに了承いたしました。土くれのフーケ』
原因は、宝物庫の壁に刻まれた犯行声明だ。
ぽっかりとあいた大穴の前で、学院長をはじめとする教師たちが調査と議論をしている。
どうやら竜巻の杖以外に奪われたものはなかったらしいが、誰もが驚いていた。 魔法学院を襲う盗賊がいるなどとは、夢にも思わなかったのだ。
前例のない事態に、議論は紛糾しつつも全く進んでいなかった。
目撃者として呼ばれたルイズは、その様子を黙って見ていた。
「まさか、この宝物庫が破られるとは……」
コルベールの言葉を聞いたルイズは、背筋に冷たいものが走るのを感じた。
幸い、自分の失敗魔法がきっかけで宝物庫の壁が破られたことは誰も気付いていない。というよりそんなことは思いもよらない様子だ。
まあ、失敗魔法で破られるくらいなんだから大したことなかったんでしょ、と無理に軽く考えようとする。
「スクウェアクラスのメイジが何人も集まって固定化を施した上、壁自体この厚さじゃからの。正直、フーケがこれほどの力を持ったメイジとは思わんかった」
わざわざ王宮が勧告を出すわけじゃの、とオスマンは付け足す。
オスマンの言葉に、ルイズは顔色が蒼白になった。額に脂汗までもが浮き出てくる。
「あら、どうかしたの?」
「な、なんでもないわよ! それよりなんであんたがいるのよ!」
ルイズの隣にいたキュルケが声をかけてきた。ルイズは声を荒げてそれを否定し、問い返す。
「だって、面白そうじゃないの」
豊満な胸を張ってそう答えただけで、キュルケはこれ以上突っ込んでこなかった。ルイズはほっと胸を撫で下ろす。
教師たちの方も、鶴ならぬオスマンの一声で一段落したらしい。オスマンは一つ咳をしてから尋ねた。
「で、犯行の現場を見ていたのは誰じゃね?」
「ミス・ヴァリエールとミス・タバサです」
コルベールがさっと進み出て、自分の後ろに控えていた二人を指差した。ちなみに、ツルギをこの場においておくとまた騒ぎを起こしそうな気がしたので
食堂に待たせている。今頃、メイドに何か食べ物でももらっていることだろう。
注目を受け、ルイズはまたも顔色を変えた。
「ふむ……君たちか。……ミス・ヴァリエール、どうかしたのかね」
「い、いえ……なんでもありません」
「ならいいがの。詳しく説明してくれたまえ」
ルイズは声を震わせながらも、事の顛末を話した。とはいえ、自分の失敗魔法の辺りは何とかぼかしたが。
話を聞いたオスマンは、ひげを撫でながら呟いた。
「ふむ……後を追おうにも手がかりなしというわけか。ときに、ミス・ロングビルはどうしたね?」
「それがその……、朝から姿が見えませんで」
「なんじゃと? この非常時に、どこに行ったのじゃ」
そんな風に教師たちが噂をしているところへ、穏やかな声が割り込んだ。
「私がどうかしましたか?」
「ミス・ロングビル、どこに行ってたんですか! 事件ですぞ!」
ひょっこりと現れた当人に驚いたコルベールは、一気にまくし立てた。しかし、ミス。ロングビルは落ち着き払った態度を崩さずにオスマンに向き直った。
「申し訳ありません。昨日からずっと調査をしておりましたの」
「調査?」
「そうですわ。宝物庫が襲われたと聞きまして、夜通し調査いたしました」
「仕事が速いの、ミス・ロングビル」
オスマンは秘書の仕事振りに、満足そうに目を細めた。それとは対照的に、コルベールは慌てた調子で答えを急ぐ。
「で、結果は?」
「はい。フーケの居所らしきところがつかめました」
「な、何ですと!?」
「はい。近在の農民に聞いたところ、近くの森の廃屋に入っていった黒ずくめのローブの怪しい人影を見たそうです。おそらく、それはフーケで廃屋は隠れ家はないかと」
ミス・ロングビルの言葉に、ルイズは大きく頷いた。
「黒ずくめのローブ? それはフーケに間違いありません!」
「すぐに王室に報告しましょう! 王室衛士隊に頼んで、兵隊を差し向けてもらわなくては!」
コルベールは叫ぶが、オスマンは首を振り、怒鳴った。
「バカモノ! 王室なんぞに知らせている間にフーケは逃げてしまうわ! それに、魔法学院の宝が盗まれた!
これは魔法学院の問題、我らの手で竜巻の杖を取り戻し、盗賊によって汚された学院の名誉を回復するのじゃ!」
いつものとぼけた態度が嘘のような迫力だった。ミス・ロングビルはうれしそうに微笑む。
オスマンは何か勘違いでもしたのだろうか、ミス・ロングビルの方に流し目を送る。
が、それは完全に受け流された上、周りから白い眼で見られてしまう。彼はとりなすように咳払いをして、有志を募った。
「では、捜索隊を編成する。我と思うものは、杖を掲げよ」
誰も杖を掲げない。困ったように、顔を見合わせる。
何しろ、あの宝物庫の壁を破壊したほどのメイジだ。不安に思うのは当然のことだろう。
「おらんのか? おや、どうした! フーケを捕まえて名を上げようという貴族はおらんのか!」
オスマンは続けて檄を飛ばす。俯いていたルイズは、すっと杖を顔の前に掲げた。
学院の名誉、それと一緒にわたしの失敗も取り戻してみせるわ!
ルイズが杖を掲げているのを見て、キュルケも杖を顔の前に上げる。
「ツェルプストー!?」
「ふん、ヴァリエールだけにいい格好させるもんですか」
二人に続いて、タバサも杖を掲げた。
「タバサ。あんたはいいのよ、関係ないんだから」
「心配」
短くそっけない言葉であったが、キュルケとルイズはうれしそうに礼を言う。
「ありがとう、タバサ」
そんな三人の様子を見て、オスマンは決断した。
「そうか。では、頼むとしよう。ところでミス・ヴァリエール」
「はい!」
名指しで呼ばれ、ルイズは張り切って返答する。
「君の使い魔はどうしたのかね?」
「それは、その……食事中ではないかと」
まさか使い魔のことを聞かれると思わなかったルイズは、返答に窮した。
その頃ツルギは、食堂で新しい料理の試食をしていた。
「初めての味だー。これは何という料理だ?」
「はい! マルトーさんが新しく作ってみたハシバミ草のシチューです。ぜひ、ツルギさんに一番に味わってもらいたいって言ってました!」
「俺は味見でも頂点に立つ男だ!」
シエスタは答えながら、ツルギの反応をメモしていた。
「これは、……まずまずと」
「どうした? メイド」
「い、いえ! 何でもありません!」
怪訝な顔で尋ねてきたツルギに、シエスタは慌ててメモを後ろに隠した。
ルイズたちはミス・ロングビルを案内役に、さっそく馬車に乗って出発した。
もちろんルイズの使い魔であるツルギも、食堂から強引に引っ張り出されてここまで連れてこられた。
ミス・ロングビルが御者を買って出た馬車は、いざ襲われた時にすぐ飛び出せるようにと屋根のないタイプのものだ。
馬車に乗っている間、ルイズとキュルケは思い出したように口げんかをしていた。お互いいやみの応酬で、飽きるということがない。
これはこれで、いい暇つぶしだった。そんな状況にもかかわらず、タバサは常に変わらずに本を読み続けている。
ツルギは馬車の一番後ろの座席を占領して、優雅に足を組んでいた。その横に立てかけられたデルフリンガーが、思い出したように呟いた。
「前から思ってたんだけどよ。なんかおめ、使い魔の癖にずいぶんと偉そうだな」
「当然のことだ。俺は全ての頂点に立つのだからな」
何を当たり前のことを、といわんばかりに答えるツルギ。デルフリンガーは何を言っても無駄だと悟ったのか、鞘に引っ込んで黙りこくった。
そんな彼を見て、キュルケははっとしたように言った。
「そうだ! ツルギ、これ使って」
座席の下から、キュルケは一振りの剣を手に取る。ゲルマニアの錬金術師、シュペー卿が鍛えたという業物だ。
「いや、だが俺にはこれが……」
デルフリンガーを手に取り、言いながらもツルギはちらちらとキュルケの剣を見ている。いいものを使いたいと思うのは、当然の感情だ。
「そんな安物、役に立つもんですか。どうせあたしは剣なんて持ってても使わないし……いいわよねぇ、ヴァリエール?」
ツルギの内心を見透かしたかのように、キュルケはふん、と鼻を鳴らす。
「勝手にしたらいいじゃない……!」
ルイズはあさっての方向を向きながら呟いた。無関心な風を装ってはいるが、目はぎらぎらと釣りあがっている。
「では、ありがたく使わせてもらおう」
キュルケに名剣を手渡されたツルギは、刃を日の光に当てるなどしてはしゃいでいた。
その様子を横目に見たルイズは、この間没収した紫色の剣を目の前に持ってきて睨んだ。
これ、絶対返してあげないからね!
馬車は深い森に入った。鬱蒼と茂った樹木が太陽光を遮り、昼間だというのに薄暗くて気味が悪い。
「ここから先は徒歩で行きましょう」
森を通る道から、小道が続いている。この道は、確かに馬車では通れないだろう。
御者を務めていたミス・ロングビルの言葉に従い、全員が馬車を降りた。
森を抜けた一同は開けた場所に出た。その真ん中に小さな廃屋が見える。五人は小屋から見えないよう、近くの茂みに身を隠す。
ツルギは右手にキュルケにもらった名剣を提げ、左手にはデルフリンガーを持っている。
「わたくしの聞いた情報だと、あの中にいると言う話です」
ミス・ロングビルは廃屋を指差した。全員の視線がそこに集中する。
あの中にフーケがいるのだろうか。いるとしたら、奇襲が一番だろう。
タバサが手招きをして、みんなを集めた。宝物庫の壁を破壊するほどの相手、いくらこちらに四人ものメイジがいるとはいえ、
準備もなしに倒せるような相手ではない。
そのまましゃがんで、杖を使って地面に絵を書き始める。自分の考えた作戦を説明するためだ。
まず、偵察兼囮が小屋の側に行って……
しかし、そこまで説明したところで、ルイズの絶叫が否応なく説明を中断させてしまった。
「あぁーっ!」
「何よヴァリエール、そんな大声を出してフーケに見つかったら……あぁーっ!」
ルイズの愚行をたしなめようとしたキュルケは、彼女の指差す先を見て同様に叫んだ。
あろうことか、ツルギが堂々と小屋に向かって歩いているのだ。
彼は馬車の上でキュルケに渡された剣を携えている。二本もの大剣を持つのは邪魔になるのか、デルフリンガーはルイズたちの所に置きっぱなしだ。
「こらーっ! 何やってんのよツルギ! 戻ってきなさい!」
「危ないわよ、フーケに気付かれたらどうするの!」
「お二人とも……そんな大声を出しては……」
ミス・ロングビルの言葉も届かない。二人は茂みに隠れながらツルギに向かって大声で怒鳴りつける。
その声にツルギは立ち止まり、振り向いた。やっと止まってくれたと胸を撫で下ろす二人に対して、彼は大声で宣言した。
「こそこそするなど性に合わん」
「何言ってるのよ、この馬鹿! 気付かれるじゃない! 罠があったらどうするの!」
「俺はそんな姑息なものになどかからん」
二人はぎゃあぎゃあと言い争いを……と言うよりもルイズが一方的に怒鳴っているような状況ではあったが。
こんな大声で言い合っていては、たとえ冬眠中の熊でも目を覚ましてしまうであろうと言う勢いだ。
完全に無視された形となったタバサは、後ろで杖を抱えたままぽつんとそれを眺めた。
入り口を開けようと戸板に手をかけると、ぼろい板は簡単に壊れた。
少々バツの悪さを感じながらも、ツルギは堂々と小屋の中に入り、ゆっくりと小屋の中を見回した。
埃の積もったテーブルや壊れた椅子、元が分からないほどに崩れた暖炉、床には酒瓶が転がっている。部屋の隅には薪が転がっており、その隣には木でできた、
やはり古ぼけたチェストが置かれていた。
しかし、どこにも人の気配はない。人が隠れるような隙間もない。
「本当に盗賊はここに逃げたのか? 別に何もないようだが……ん?」
薄暗い小屋に目が慣れてきて、気付いた。チェストの引き出しが若干動いている。よく見ればその辺りだけ埃の積もり方も違って見えた。
ツルギはそれなりに気をつけながら、チェストの方に歩み寄っていった。
「おい、何かあったぞ!」
小屋を出たツルギは箱を掲げ、隠れているルイズたちに見せつけるように言った。
とりあえず危険はないらしい。ルイズたちは茂みを出て、恐る恐る彼のもとに近寄る。
ミス・ロングビルは周囲を偵察してきますと言って、森の中に消えた。
「フーケはいなかったの?」
「誰もいなかったが……これは何だ?」
ツルギから箱を受け取ったタバサは軽く杖を振る。光の粉が箱を包む。
「罠はないみたい」
ディティクトマジックで安全を確認し、箱を開ける。
その中には、杖というにはあまりに奇異な物体だった。甲虫をかたどったようなで、むしろ剣に似ている。
「竜巻の杖」
中身を確認したタバサは、無造作にそれを持ち上げた。
「ほう、これが竜巻の杖か」
ツルギはそう言って、竜巻の杖に触れる。その瞬間、左手のルーンが輝き、どのようなものであるか手に取るように分かった。
「何だと? これが本当に魔法の杖なのか?」
「間違いないわ。宝物庫見学した時にあたしも見たもの」
タバサに竜巻の杖を渡してもらったキュルケは頷く。
「だが、これは……」
納得のいかないツルギがキュルケに食い下がろうとしたそのとき、ルイズが突然悲鳴を上げた。
「きゃああぁぁぁぁぁっ!!」
「どうした、ル・イーズ?」
全員が一斉にルイズのほうを向く。ルイズはがたがたと震えながら、空のある一点を指差した。
巨大な土の巨人が、青空をバックに四人を見下ろしていた。
「ゴーレム!?」
キュルケが叫ぶ。一番に反応したのはタバサだった。
素早く呪文を詠唱し、杖を振る。巨大な竜巻が竜となり、ゴーレムに襲い掛かった。
続けてキュルケも杖を引き抜く。呪文の詠唱と同時に杖の先から伸びた炎が巨体を包み込む。
息の合った連続攻撃だったが、ゴーレムは全く意に介すことなく近寄ってくる。
「退却」
タバサが呟き、キュルケと共に逃げ出し始めた。
「ルイズ、あなたも!」
キュルケが叫ぶが、ルイズはそこを動かなかった。
「嫌よ! あいつを捕まえればもう誰もわたしをゼロのルイズとは呼ばないでしょう!」
「何言ってるの! 魔法も使えないくせに勝てるわけないでしょ!」
「わたしは貴族よ! 魔法が使えるものを貴族と呼ぶんじゃないわ。敵に後ろを見せないものを、貴族と呼ぶのよ!
自分の失敗は、自分の手で挽回してみせるわ!」
ルイズは決然と言い放ち、呪文を唱える。
だが、やはり成功しなかった。ゴーレムの胸が小さく爆発しただけで、びくともしない。
それどころか、今のでルイズに標的を定めたようだ。ゴーレムの巨大な右の足が持ち上がり、ルイズを押し潰そうと迫り来る。
だが、そこに鋭い声が届いた。
「よく言った、ル・イーズ!」
いつの間にやらゴーレムの左の方にいたツルギは、左手で鞘を持ち、柄に右手をかけている。
「君の気高き誇りに応えよう」
そしてツルギは剣を引き抜き、鞘を捨てる。ゲルマニアの錬金術師、シュペー卿が鍛えたという名剣が太陽光を反射し、眩い輝きを放った。
「オレはツ・カイマーでも頂点に立つ男だ。貴様にも見せてやろう、我が剣の冴えを……」
左手のルーンが輝く。ツルギは剣を振りかぶって、跳躍した。気合と共に、名剣をゴーレムの足めがけて振り下ろす。
刃筋のたった見事な振り……ではあったが名剣は根元からぽっきりと折れてしまった。
「……なぁにぃぃっ!!?」
もはや柄だけとなってしまった剣を見て、ツルギは素っ頓狂な叫びを上げた。
ツルギが戦っているうちにルイズを強引に引っ張ってきたキュルケは、自分の買った剣が無様に折れたのを見て嘆くように呟いた。
「ゲルマニアの業物じゃなかったのぉ?」
「あれじゃあツルギが!」
いかに剣の腕が立とうと、肝心の剣がなければ意味はない。
ルイズは何とかできないか、と首を巡らす。そして、キュルケが小脇に抱えた物体に目を留めた。
「それ、貸しなさい!」
言うが早いか竜巻の杖をひったくるようにして奪い取ったルイズは、呆気に取られたキュルケの手を振り解いてゴーレム、そしてツルギのいる方へと駆け出した。
タバサは呼び寄せた自分の使い魔、風竜のシルフィードに跨って戦いの様子を眺めた。
キュルケたちを助けようにも、降りようと近づけばゴーレムが拳を振り回すので近寄れなかった。
何とか隙を突こうと空中を旋回してはいるが、なかなかタイミングがつかめない。
ツルギの剣が折れたのを見たタバサは、無理にでも回収しようとシルフィードに降下の命令を下す。
さらに隙を作るため、呪文の詠唱も開始する。
そのとき、先ほど隠れていた茂みのほうから怒鳴り声が届いた。
「おい、嬢ちゃんたち! 俺を使え!」
置きっぱなしだった剣、デルフリンガーだ。
その声を聞きとめたタバサは小さく頷く。そして杖を振り、別の呪文のルーンを詠唱した。
ゴーレムの足が、目前の大地に押し付けられる。
剣が折れたことで動揺したせいで反応の遅れたツルギは、衝撃で巻き上げられた土砂に飛ばされ、背中を地に着けてしまった。
「くっ……何故だ」
怪我はないが、今のツルギには攻撃の手段がない。いくらなんでもこれでは勝てないだろう。
せめて、剣があれば……。
そのとき、声が聞こえた。ツルギは声の聞こえた方、上へと首を向ける。一本の錆びた剣が、太陽をバックにして落下してきた。
「抜け、相棒!」
天から舞い落ち、目の前に突き刺さったデルフリンガーが叫ぶ。
「よしっ!」
デルフリンガーを掴もうと手を伸ばすが、直前でその手が止まった。
ゴーレムが向きを変えたのだ。その先には竜巻の杖を必死で振るルイズの姿がある。
「ル・イーズ!」
「ちょっと待て、相棒! 俺を使えって!」
ツルギは手を引っ込め、丸腰のままルイズのもとへと走る。地面に突き刺さったままのデルフリンガーは、悲痛な叫びを上げた。
「……」
レビテーションを使ってデルフリンガーを運んだタバサも、シルフィードの上から黙ってそれを見下ろしていた。
「ほんとに魔法の杖なの、これ!」
竜巻の杖を持ったまま、ルイズは怒鳴った。
ツルギと戦っているゴーレムに向けて竜巻の杖を振ったが、何も起こらない。あせって何度も振るものの、やはり沈黙したままだ。
そこに、ツルギが駆け寄ってきた。
「ツルギ! 使い方が……」
「寄越せ!」
ルイズから竜巻の杖を奪い取る。
左手のルーンが輝く。その瞬間、使い方が頭の中に流れ込む。ツルギは慌てることなく、竜巻の杖を両手で持った。
同時に三体の奇妙な虫が現れた。空中から現れた黄色い蜂、水色の蜻蛉、地面を突き破ってきた紫色の蠍。それらは金属のような光沢を
放ちながら、ツルギのもとに集まっていき、竜巻の杖に止まった。
奇妙な虫たちは竜巻の杖に一体化すると同時に、若干色が変わった。
ツルギは杖の根元の辺りの四つのボタンを押す。
『Kabuto Power』『Thebee Power』『Drake Power』『Sasword Power』
無機質で平坦な調子の声が流れるにつれ、竜巻の杖と金属の虫に力が集まっていく。
『All Zecter Combine』
最後の音声。竜巻の杖は莫大なる破壊の力を蓄え、解放の時を待つように鳴動している。
両手に竜巻の杖を構えなおしたツルギは、迫り来るゴーレムを見据えた。もはや目前に迫ったゴーレムは、巨大な拳を二人めがけて振り下ろした。
「伏せていろ、ル・イーズ」
言われたとおり、ルイズは慌てて頭を押さえてしゃがみこむ。
それを横目で確認したツルギは、竜巻の杖を切り上げるように振るいながら、トリガーを引いた。
『Maximum Hyper Typhoon』
平坦な音声の直後、竜巻の杖の先端より赤い刃が伸びた。それは巨大な拳を切り裂き、胴から横に突き通す。
「うおおぉぉぉっ!」
続いて縦に振るう。伸びた刃はゴーレムを貫き、背後の森をも縦に裂いた。
それでもゴーレムは足を踏み出そうとして、そのまま膝を落とした。
身体の中心部から、裂け目が生まれる。ちょうど甲虫の角のような形に裂け目は広がり、上半身がボロッと崩れ落ちてしまう。
残された下半身も支えを失ったかのように、派手に土を撒き散らしながら朽ちていく。
ツルギは竜巻の杖を放り投げ、ルイズに覆いかぶさった。崩壊するゴーレムから庇うためだ。
バウンドし、地面に落ちた竜巻の杖から三体の虫が離れ、何処かへと姿を消す。
ゴーレムが完全に土くれへと戻ったのを見て、ツルギはルイズを助け起こしながら立ち上がる。
「ル・イーズ、無事か?」
服についた泥を叩き落としながら、尋ねる。ルイズは呆然としたまま、首をかすかに動かした。
「すごいわツルギ!」
キュルケは歓声を上げ、ツルギのもとに駆け寄った。
シルフィードからタバサも降りてくる。相変わらず無表情のままだが、
「あら……あなた、落ち込んでる?」
目ざとく表情を読んだキュルケが訊いた。タバサは応えずに土くれの山を見て呟く。
「フーケはどこ?」
その一言に、全員がはっとして辺りを見回す。ゴーレムを操っていた者、フーケが近くにいるはずなのだ。
そこに、ミスロングビルが茂みの方からすっと姿を現した。彼女はそのまま竜巻の杖を拾い上げ、全員に向ける。
「ご苦労様」
「ミス・ロングビル?」
ルイズは唖然としてミス・ロングビルを見つめている。
「竜巻の杖というだけのことはあるわね。私のゴーレムが粉々じゃない」
口調の変わった彼女はメガネを外し、結いていた髪の毛を解いた。長い髪の毛を垂れ下げ、鋭く釣りあがった目で四人を睨みつける。
「私のゴーレム?」
「何だと、貴様!」
キュルケとツルギは口々に言った。
「そう、私が土くれのフーケよ」
タバサが杖を振ろうとし、ツルギは地面に突き刺さったデルフリンガーのところへと駆け出す。
が、そこにミス・ロングビル、いやフーケの鋭い声が突き刺さる。
「動かないで! 全員、杖を遠くへ投げなさい」
仕方なくルイズたちは杖を手放した。フーケは満足気な微笑を浮かべ、足を止めたツルギに目を向ける。
「そこの使い魔もじっとしていなさい。ご主人様たちの命が惜しかったらね」
「くっ、卑怯な!」
言いながらもツルギは言うとおりにした。何しろ、あの竜巻の杖が狙っているのだ。
その威力は、たった今使ったばかりの自分自身がよく分かっている。
「どうして!?」
ルイズが怒鳴ると、フーケは妖艶な笑みで応えた。
「盗んだはいいけど、使い方が分からなくて困ってたのよ。魔法学院の誰かを連れてくれば、きっとうまいこと使ってくれると思ってねぇ。
教師じゃなくて生徒が来たのは少し当てが外れたけど、結果的には正解だったみたいねぇ。こうやって、使い方を教えてくれたんだから」
フーケは笑い、竜巻の杖に手をかけた。
「お礼を言うわ。さようなら」
ツルギがやったのと同じように、四つのボタンを順番に押す。そして最後、持ち手の部分のトリガーを引いた。
ルイズたちは、観念して目をつむった。
……しかし、何も起こらない。
竜巻はおろか、三体の奇妙な虫さえも出現せず、竜巻の杖はピクリとも反応しない。
フーケはもう一度トリガーを引いた。
「な、どうして!」
「どうやら、俺にしか使えないようだな」
ツルギは言い、デルフリンガーを拾い上げる。
「ちっ、なんで平民のあんたに使えて私には使えないのよ!」
「教養の差だ」
こともなげにツルギは言う。フーケは竜巻の杖を投げ捨て、杖を取り出した。
しかし、ツルギのほうが早かった。、デルフリンガーで杖を弾き飛ばし、喉もとに突きつける。
「終わりだ」
フーケの額に脂汗が流れる。
竜巻の杖は使えず、杖も失った。年貢の納め時と思われた、そのときだった。
二人の間に、疾風のように何者かが割って入った。
金属同士のぶつかる音がして、デルフリンガーが弾かれる。ツルギは一歩下がって、剣を両手で構えなおした。
「何だ、貴様は」
そして、邪魔をした男を睨みつける。
男は見るからに異様な風体をしていた。左袖だけの、黒いコート。銀色のベルトはツルギがよく知っているものと同じ形状のものだ。
左足から、ガチャガチャと音がする。ブーツに金属製のアンカージャッキが装備されているのだ。これでツルギの剣を弾いたのだろう。
男、ヤグルマはツルギのほうは見向きもせず、わずかに振り向いてフーケに言った。
「逃げてください。あなたは、私が守ります」
先ほど竜巻の杖と一体化したものとは別の、金属製の虫――おそらく飛蝗だろう――が飛び跳ねながら、どこからともなく現れる。
それはヤグルマの近くで大きく跳躍し、彼の手に収まった。
「変身」
ヤグルマは顔の前に金属の飛蝗を持ってきて呟いた。
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