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鬼哭街/Zero-5
I/
事の始まりは単純だった。トリステインの姫君が学校の査察に来るのにあわせ、幼馴染
のルイズにお忍びで会いにきた。話をあえて聞くまいとしていた濤羅には、どういう流れ
でそうなったのかは預かり知らぬが、彼女はルイズに密命を下した。他国との政略結婚を
前に、恋人に出した手紙を取り戻してほしいと。
そこに魔法で気配を消し聞き耳を立てていたギーシュという少年が加わった。とはいえ、
いくら濤羅がいるとはいえ学生だけに任せられぬと思ったのだろう。あるいは、そもそも
濤羅のことなど大して気にかけていなかったのかもしれない。皮肉ではあるが、ルイズの
安全を確実にしようとも思ったというのもありえることだ。
とにかく、これでは戦力が足りぬと判断したアンリエッタは、王国に三つしかない魔法
衛士隊が一つ、グリフォン隊隊長のワルドをルイズらの元にやった。
「その挙句がこれか」
呟いて、濤羅は己が乗る馬に目をやった。走る馬の呼吸は荒い。見てそれとわかるほど
の汗を首筋が流れ、瞳もわずかに血走っている。土の上を走っているにも関わらず、豪と
鳴る風音に混じって駆ける蹄の音すら耳に届く。このまま走らせ続ければ、そう遠くない
うちにこの馬は潰れてしまうだろう。
これが半刻ほど前に駅で交換したばかりの馬の姿だと誰が想像できよう。愚行といえば、
あまりに愚行だった。どれだけ急ごうと、馬を乗り潰してしまっては、結局困るのは自分
なのだ。余計に時間がかかるだけでなく、体力までも無駄に消耗してしまう。潰れずとも、
強行軍は人馬ともに負担が大きい。余程のことがなければ、馬鹿でもない限りこのような
真似はしない。そう、余程のことがなければ。
その原因——凄まじい速度で空を翔るグリフォンを、濤羅は見上げた。ふわりと、桃色
がかったブロンドが風に巻かれるのが見て取れる。こちらを見下ろしたのだろうか。判断
する前に騎手のワルドは彼女を胸にかき抱き、再び濤羅らから見えないように押し隠した。
いや——揺れる騎乗で濤羅は頭を振った。隠す意味などない。ただ落ちないように気を
使っただけだろう。言い聞かせて、濤羅は緩んでいた手綱を握りなおした。
慣れぬ乗馬だ。内巧の応用で馬の動きをある程度読み取り、何とか人並みにこなしては
いるが、急ぎともなれば、気を抜いている余裕などない。
「ふ、ふう。さすがグリフォン隊、隊長。とん、でも、ない速度、だ」
同じように馬に乗っているギーシュという少年が、息を切らしながら濤羅に語りかける。
いや、語りかけるというよりは、置き去りにされるかもしれぬという恐怖をどうにかして
紛らわそうとしただけだろう。
そこまでわかっていながらも、濤羅は年若い少年の不安をあえて無視した。そのような
義理もなければ、濤羅自身、同じような危惧を抱いていたからだ。抑えきれぬ黒い感情が
澱のように心に奥底に溜まっていく。
ワルドは、どこかかつての義兄に似てるのだ。
何が、というわけではない。体力と筋骨を鍛えた職業軍人と、呼吸や内臓などを鍛えた
内家拳法とでは、体格も所作も似ているところは何一つない。顔のつくりなど、西洋人と
東洋人という大きな隔たりすらあった。
だというの、あのルイズに向ける優しげな笑み。それがなぜだか豪軍を連想させた。
その理由を、濤羅は理解することができなかった。そも、彼は豪軍がなぜ彼を裏切った
のかも、妹が自分に懸想をしていたことにも気付けなかった暗愚だ。わかるはずもない。
それでも、思考だけは別だった。揺れる馬上で、その疑問だけが頭をついて離れない。
なぜ、彼の笑みを豪軍に似てると思ったのか——思考は、飛来する銀の光によって遮ら
れた。それが先の森から放たれた矢だと濤羅が気付いたのは、背に負う倭刀を鞘から抜き
払い、斬り捨てた後のことだった。
「止まれ!」
背後に控えるギーシュに濤羅は叫んだ。言った彼自身は馬を止めようとしていない。今
この場で止めてしまえば、未だ襲撃に気付いていないギーシュの身が危険だからだった。
無言のままに、身に迫る矢をもう一度斬り捨てる。
気付いたころには数十メートルもあった距離が、早馬のせいで既に十数メートルにまで
迫っていた。弓ならばいいが、魔法を使われたら濤羅では対処できない。我が身だけなら
ともかく、馬までは守りきれないだろう。そして足がなくなればそれで終わりだ。
焦りが、濤羅の胸を焼いた。ギーシュを見捨てて止まろうにも、あまりに距離が近づき
すぎた。
その内心をあざ笑ってだろうか。敵は火炎瓶を投げてきた。距離を近づけさせぬために
いくらか濤羅たちの手前で破裂したそれは、道に赤い炎を撒き散らした。
「くっ」
「あわわわっ」
動揺する馬を、二人して必死になって宥めさせる。嘶き、暴れる馬の背で、濤羅は冷や
汗を浮かべながら臍をかんだ。随分と手馴れている。なら次の手は簡単に想像できた。
足を止めた二人に、とどめの矢を射掛けるのだ。この勢いのまま落馬すれば、あるいは
それだけで命を落とすかもしれない。
馬を諦めるべきか。
首筋に走る殺気を感じ、ついに濤羅が馬から飛び降りようとした時だった。その視界に
影が差す。一拍遅れて、上空から吹き降りた強い風が、地面の油で燃える炎を掻き消し、
降り注いだ炎が男たちの身を燃やす。
舞い上がる砂と熱気に目を細め、見上げた濤羅が見たのは——
「剣は上手くても乗馬は苦手なようね、ミスタ」
「条件が悪い」
彼らの行く先を知らぬはずのキュルケとタバサ、そしてその二人を背に乗せた風竜の
シルフィードの姿だった。
I/
事の始まりは単純だった。トリステインの姫君が学校の査察に来るのにあわせ、幼馴染
のルイズにお忍びで会いにきた。話をあえて聞くまいとしていた濤羅には、どういう流れ
でそうなったのかは預かり知らぬが、彼女はルイズに密命を下した。他国との政略結婚を
前に、恋人に出した手紙を取り戻してほしいと。
そこに魔法で気配を消し聞き耳を立てていたギーシュという少年が加わった。とはいえ、
いくら濤羅がいるとはいえ学生だけに任せられぬと思ったのだろう。あるいは、そもそも
濤羅のことなど大して気にかけていなかったのかもしれない。皮肉ではあるが、ルイズの
安全を確実にしようとも思ったというのもありえることだ。
とにかく、これでは戦力が足りぬと判断したアンリエッタは、王国に三つしかない魔法
衛士隊が一つ、グリフォン隊隊長のワルドをルイズらの元にやった。
「その挙句がこれか」
呟いて、濤羅は己が乗る馬に目をやった。走る馬の呼吸は荒い。見てそれとわかるほど
の汗を首筋が流れ、瞳もわずかに血走っている。土の上を走っているにも関わらず、豪と
鳴る風音に混じって駆ける蹄の音すら耳に届く。このまま走らせ続ければ、そう遠くない
うちにこの馬は潰れてしまうだろう。
これが半刻ほど前に駅で交換したばかりの馬の姿だと誰が想像できよう。愚行といえば、
あまりに愚行だった。どれだけ急ごうと、馬を乗り潰してしまっては、結局困るのは自分
なのだ。余計に時間がかかるだけでなく、体力までも無駄に消耗してしまう。潰れずとも、
強行軍は人馬ともに負担が大きい。余程のことがなければ、馬鹿でもない限りこのような
真似はしない。そう、余程のことがなければ。
その原因——凄まじい速度で空を翔るグリフォンを、濤羅は見上げた。ふわりと、桃色
がかったブロンドが風に巻かれるのが見て取れる。こちらを見下ろしたのだろうか。判断
する前に騎手のワルドは彼女を胸にかき抱き、再び濤羅らから見えないように押し隠した。
いや——揺れる騎乗で濤羅は頭を振った。隠す意味などない。ただ落ちないように気を
使っただけだろう。言い聞かせて、濤羅は緩んでいた手綱を握りなおした。
慣れぬ乗馬だ。内巧の応用で馬の動きをある程度読み取り、何とか人並みにこなしては
いるが、急ぎともなれば、気を抜いている余裕などない。
「ふ、ふう。さすがグリフォン隊、隊長。とん、でも、ない速度、だ」
同じように馬に乗っているギーシュという少年が、息を切らしながら濤羅に語りかける。
いや、語りかけるというよりは、置き去りにされるかもしれぬという恐怖をどうにかして
紛らわそうとしただけだろう。
そこまでわかっていながらも、濤羅は年若い少年の不安をあえて無視した。そのような
義理もなければ、濤羅自身、同じような危惧を抱いていたからだ。抑えきれぬ黒い感情が
澱のように心に奥底に溜まっていく。
ワルドは、どこかかつての義兄に似てるのだ。
何が、というわけではない。体力と筋骨を鍛えた職業軍人と、呼吸や内臓などを鍛えた
内家拳法とでは、体格も所作も似ているところは何一つない。顔のつくりなど、西洋人と
東洋人という大きな隔たりすらあった。
だというの、あのルイズに向ける優しげな笑み。それがなぜだか豪軍を連想させた。
その理由を、濤羅は理解することができなかった。そも、彼は豪軍がなぜ彼を裏切った
のかも、妹が自分に懸想をしていたことにも気付けなかった暗愚だ。わかるはずもない。
それでも、思考だけは別だった。揺れる馬上で、その疑問だけが頭をついて離れない。
なぜ、彼の笑みを豪軍に似てると思ったのか——思考は、飛来する銀の光によって遮ら
れた。それが先の森から放たれた矢だと濤羅が気付いたのは、背に負う倭刀を鞘から抜き
払い、斬り捨てた後のことだった。
「止まれ!」
背後に控えるギーシュに濤羅は叫んだ。言った彼自身は馬を止めようとしていない。今
この場で止めてしまえば、未だ襲撃に気付いていないギーシュの身が危険だからだった。
無言のままに、身に迫る矢をもう一度斬り捨てる。
気付いたころには数十メートルもあった距離が、早馬のせいで既に十数メートルにまで
迫っていた。弓ならばいいが、魔法を使われたら濤羅では対処できない。我が身だけなら
ともかく、馬までは守りきれないだろう。そして足がなくなればそれで終わりだ。
焦りが、濤羅の胸を焼いた。ギーシュを見捨てて止まろうにも、あまりに距離が近づき
すぎた。
その内心をあざ笑ってだろうか。敵は火炎瓶を投げてきた。距離を近づけさせぬために
いくらか濤羅たちの手前で破裂したそれは、道に赤い炎を撒き散らした。
「くっ」
「あわわわっ」
動揺する馬を、二人して必死になって宥めさせる。嘶き、暴れる馬の背で、濤羅は冷や
汗を浮かべながら臍をかんだ。随分と手馴れている。なら次の手は簡単に想像できた。
足を止めた二人に、とどめの矢を射掛けるのだ。この勢いのまま落馬すれば、あるいは
それだけで命を落とすかもしれない。
馬を諦めるべきか。
首筋に走る殺気を感じ、ついに濤羅が馬から飛び降りようとした時だった。その視界に
影が差す。一拍遅れて、上空から吹き降りた強い風が、地面の油で燃える炎を掻き消し、
降り注いだ炎が男たちの身を燃やす。
舞い上がる砂と熱気に目を細め、見上げた濤羅が見たのは——
「剣は上手くても乗馬は苦手なようね、ミスタ」
「条件が悪い」
彼らの行く先を知らぬはずのキュルケとタバサ、そしてその二人を背に乗せた風竜の
シルフィードの姿だった。
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