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「TAKERU and Ivy:Matty the Dog.」(2010/08/27 (金) 01:24:55) の最新版変更点
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**TAKERU and Ivy:Matty the Dog. ◆JR/R2C5uDs
鬱蒼と生い茂る木々の中、そこだけが奇妙に揺らいでいた。
長く、太い蔓が、うねり、絡み合い、一つの巨木の様に高く伸び、数メートル上方で、あたかも巨大な花のつぼみのような形を成しているのだ。
うっすらと、その中が光っている。
人工的な光ではない。ヒカリゴケの様な、微かな発光体。
それは、植物の造り出した天蓋であった。
主は、パメラ・リリアン・アイズリー。
通称、ボイズンアイビーと呼ばれる、ゴッサムの毒婦である。
かつて、後にフロロニックマンとして知られる異界から来た植物生命体の仮の姿、ジェイソン・ウッドルー教授によってなされた人体実験により、彼女は体内で毒とフェロモンを生成し、自身はあらゆる毒素に耐性を持ち、さらには植物を自在に操る怪人へと変貌した。
それをきっかけに、引っ込み思案だった性格も一変。
植物を偏愛し、それらに害を与える人間を攻撃する様になり、幾度となくバットマン達と闘っている。
その彼女が今、自ら植物を操り巨大化させ、形成した天蓋の中で、しなやかな、緑色の肢体を揺らして寝転がりながら、革張りの手帳を読んでいる。
天蓋の中は、そこに使われている小さな花から微かな光が発せられ、また天蓋自体を構成してている巨大な花びらも、月の明かりをうっすらと透過させており、さほど視界には困らない。
アイビーは肌の緑とは正反対の、赤く長い髪に指を絡め、ふぅ、と溜息をする。
「くだらない……」
現在、ポイズン・アイビーは、まるでノリ気がしていない。
この実験とやらにも、その中のグループ分けの抗争とやらにも、だ。
髪を弄っていた指を、次第に顎から下に移し、首に触れる。
いや、正確には、首輪に、だ。
金属の冷たい感触。
彼女の好きではない、自然成らざる感触。
彼女の愛するものは、緑であり自然であり植物だ。
人間が、傍若無人に、暴力的にまで自然を破壊し、我が物顔でいることを彼女は認めない。
従って、彼女は歴としたスーパーヴィラン(悪党)ではあるが、その攻撃対象は比較的限定されている。
植物、自然に害をなす人間、だ。
だから、提示された勝利条件が、気に入らない。
仮に自分がHolグループなら、Setに植物を愛する人間がいれば殺す気はないし、Isiに植物を害する人間がいれば助ける気はない。
仮に自分がSetグループでも、同様に植物を愛する人間を率先して殺す気はない。
そして自分がIsiグループでも…やはり同様だ。
要するに、常からの自分のルール、在り方を、易々と変えたくは無いのだ。
だが、現時点でこの嫌らしい首輪をどうこうする手段もないのも事実。
瞬間移動等という技を使う以上、主催者の能力は未知数ながら手強い。
ただのハッタリかもしれない首輪だが、ただのハッタリと言い切れる材料もない。
気が乗らないし、くだらないが、やらざるを得ないことはやるしかない。
ふぅ、と、再び溜息。
さてこんなとき、相棒のハーレイが居れば、馬鹿話をして少しは気が楽になったかも知れない。(いや、もっと苛立たしい気分になった、と言う方が正確だろう)
そうしているうちに、下方からけたたましい声が聞こえた。
◆◆◆
一体何が起こっているのか?
松田桃太がまず最初に考えたのはそのことだ。
キラによる殺人テロが始まり、自分はその専門の捜査チームに入った。
まるで死に神のように、手も触れず姿も見せず自在に人を殺すキラという非常識な殺人者を追っているのだ。
だから、と言って、こんな奇怪な事まで信じろと言われて、どうする?
確かに…。
自在に人を殺せる殺人者が実在するのなら、遠隔操作で爆発させる首輪なんて、あまりにありふれていそうで笑えてくる。
(いや待て…全然笑えないぞ!?)
瞬間移動? テレポート?
それよりは、例えば薬か何かで意識を失わせて、あの部屋を運び込んで、さらにはここにも放り出された。
そう考える方がしっくり来る。
そうだ、さっき少しばかり戻してしまったのも、決して怖かったからではなく、そのときかがされた薬の後遺症なのかも知れない。
口元を拭いながら、松田はそう納得させる。
さて。
改めて松田は、この鬱蒼とした森の中で、木の根本に腰を掛けてから、足下に置いてあったバッグの中身を確認する。
手帳があり、その中には名簿やマニュアルと書かれた頁に、地図がある。
地図を見ると、この一帯は半島のようになっており、森林地帯は北東に集中しているから、多分その辺りだろうと思う。
また、乾パンや缶詰、ボトル入りの水などの他、包みが何個か入っていた。
「便利なもの」
たしか、そんなことを言っていた、と記憶する。
仮にも刑事たる松田が、軽々にそれを信じはしない。
何かの罠があるかも知れない…が、臆しても居られまい。
意を決して、包みを開く。まずは20cm代ほどの包みだが、その中には色鮮やかなボール紙に、透明なセロファンで梱包された、玩具の銃。
「な…なんだぁ…?」
腹立ち半分、安心半分で梱包を開いて中身を見る。
紫と緑、白と黄色。いかにも子ども向けの配色のそれは、丁度銃口のあたりに、ピエロを模した顔が取り付けられていて、そのひしゃげてつり上がった口の中から、玉が出る様な形状。
いや…、と再度銃口部分を見る。
玉、じゃない。或いはこれは、水鉄砲か何かか?
そう言えば、と後ろを見ると、ボンベか何かが取り付けられているぞ…と、そこまで確認して、はらりと紙が落ちた。
"ジョーカーベノムガス噴霧器
この銃からは、浴びた人間を笑い死にさせる笑気ガスが噴霧される"
「うひゃあ!」
と、思わず叫んで、取り落としそうになる。
(笑い死に!? 毒ガスって事!? 冗談じゃない! 銃なら、腕や足を狙って撃つことも出来るけど、これじゃ何もコントロール出来ないじゃないか!!)
刑事として一通りの訓練を受け、かつ射撃に関しては(見かけによらず)かなりの腕前でもある松田にとって、これは無用、いや、危険な道具だ。
慎重にそれをバッグに仕舞い、気を取り直して、別の包みを手にする。
それは先程よりかなり小さく、丁度印鑑ケースほどのものだった。
先程のような危険物とも限らないので、今度はさらに慎重にその箱から中身を取り出すと、首にかける事の出来る細い鎖の付いた、小さな金属製の笛だった。
説明書きをまず読むと、
"巴の笛。
この笛は、巴を呼び出せる。
巴は、呼びだした者の命令を何でも聞く"
とあった。
巴、と言って松田が真っ先に思い浮かべたのは、木曽義仲の愛妾、巴御前だ。
武者姿で義仲と共に戦場を駆けた麗しくも勇猛な姫君。
いささかにロマンチックな妄想をし、はたと気を引き締める。
「…でも、試しに…」
何を試しにか、松田はそれを口に当て、おそるおそる息を吹き込む。
静寂。
音がしない。
音もしないし、何かがぼわんと現れるでも無い。
いや、勿論松田とて、アラジンの魔法のランプの様に、煙と共に美女が現れると思っていたわけではないが、それでも拍子抜けをしてしまう。
ふう、と息を吐いて、気付いた。
生臭い、匂いと呼吸に。
「うわっ!?」
再び、松田は悲鳴を上げる。
松田の背後に、いつの間にやら大型犬が居たのだ。
黒い巨躯は、引き締まった筋肉質で、大きく裂けた口に覗く牙は、松田ののど笛など容易く噛みちぎりそうに見える。
爛々と耀く目は、凶暴とも獰猛とも取れる光を宿し、松田の心臓を縮こまらせた。
「わ、わ、待て、待て、僕を食べても…お、美味しくないぞっ…!」
バッグをまさぐり、先程しまった噴霧器を手にしようとするが、そこで再び気がついた。
「……まさか、巴…か?」
巨大な黒犬は、はたはたと尻尾を振り、それに応える。
「…お座り」
黒犬、巴がびしっと座る。
「伏せ!」
巴が、伏せる。
「回れ!」
巴が、くるくるとその場で回る。
犬にさほど詳しくは無いが、あやふやな記憶からすると、おそらくグレートデンという猟犬に似ている巴は、かなり忠実かつ従順に、松田の命令に従っている。
この支給品は、犬笛、だったのだ。
しかもどういう原理か、これで呼び出した巴は、呼び出し主の命令に忠実になるよう訓練されているらしい。
なるほど、これはもしかしたら、かなり便利かもしれない、と思う。
警察犬の例に倣うまでもなく、良く訓練された犬ほど、人間にとって頼もしいパートナーは居ないのだから。
松田は巴の笛に付いた細いチェーンを首に掛け、さてどうするかと考える。
独りぼっちで暗闇にいるよりも、一緒にいるのは心強い。
とはいえ、いつまでもここでそうしているわけにもいかない。
暫し思案して、松田は巴に命令をする。
「巴、この辺りを巡回して、誰か居たら教えてくれ」
早速駆け出す黒犬、巴を見送りながら、松田は自分のこの判断力に暫しの自画自賛。
さて、これでLか月君、又は月君の妹の粧裕ちゃんに合流できれば良いのだが。
そう考えながら、さらにバッグの中身の確認を続ける。
◆◆◆
「うわ、何だこりゃ!?」
そう突拍子もない声を上げるのは一人の少年。
名を、相沢たけるという。
実家は海の家れもんを経営していて、最近は居候で海棲人類のイカ娘がお気に入り、と言うと些か異常な環境に思えるが、当人は至ってごく普通の少年である。
年相応に好奇心があり、年相応に元気で、そして年相応に無邪気でありつつ、年相応に臆病だ。
彼にとってイカ娘は、既に異常な存在ではない。
人類征服と言いつつも、まるで本気とも思えない言動に、触手で遊んでくれるおかしな「イカ姉ちゃん」。
つまり、「お友達」だ。
それに較べて今。
いきなり気がついたら、真っ暗な空間にいて、何が起きたかも分からぬまま、殺せ、だの、生き残れ、だのと言われ。
また気がつけばこんな森の中だ。
状況の変化がめまぐるしく、何をどうしたものかまるで分からない。
分からないが、分からないままじっと縮こまっているほどには大人しくない。
すぐ側に置いてあったバッグに食べ物と飲み物があるのを確認するやすぐに背負い、特に目的もないままずんずんと森を歩き回った。
そして、今ここに至ったのだ。
「でけ~~…。っていうかでかすぎ? 何だよ、これ」
そう言いつつ、ぺちぺちと手で叩くそれは、巨大な蔓。
自分の腰回り以上はあるそれが絡み合い、空に向かって伸びている。
小さな頃に読んだ絵本、『ジャックと豆の木』に出てきた豆の木なら、丁度こんなものかもしれない。
登れるかな?
いささか興奮気味でそう考えてみる。
上の方には、なにやら丸く、大きな花が咲いているようで、その中は一体どうなっているのだろうかと興味をそそられる。
蔓の周りをぐるり一周して、手や足をかけられる場所はないかと探す。
そして、意を決して少し上の芽の部分に手を掛けようとして、
「駄目よ坊や。危ないじゃない」
止められた。
スーパーヴィランであり異常者であるポイズン・アイビーの嫌いなモノには、「自然破壊」や、「男」と言うモノが挙げられる。(男嫌いの原因は、もしかしたらかつて自分を騙して利用しようとした、ジェイソン・ウッドルー教授の影響かもしれない)
彼女が愛するものには、植物や自然が挙げられ、同時に自然を愛する人間に対しては、敵意も些か甘くなる。
そのほかに付け加えると、子ども(未成年)に対しても、彼女は甘い。
震災によって壊滅的ダメージを受け、「ノーマンズランド」、即ち、「無法地帯」と化したゴッサムで、アーカムアサイラムから解放された多くのスーパーヴィラン達は、各々欲望と衝動の赴くまま振る舞った。
その際、ロビンソンパークを根城とし、自らのための植物の楽園を作ろうとしていた彼女は、そこにやってくる人間を無差別に攻撃、排除し(何人かは殺害し)ていたのだが、子ども、ティーンエイジャー達だけは別だった。
震災で行き場を失った子ども達を、彼女は受け入れ、むしろその庇護者となったのだ。
一種の母性とでも言うべきか。ジェイソン・ウッドルーの人体実験で植物人間となった彼女は、子供を産むことが出来ない身体にもなっている。
犯罪者であり異常者でもある彼女の、奇妙な二面性がそこにある。
「そう、たける、っていうの」
アイビーは小さな子どもを胸に抱えるように抱きつつ、そう返した。
「おう! ねーちゃんは相沢栄子に相沢千鶴。そして、イカ姉ちゃんだ!」
無駄に元気なたけるの声に、アイビーは軽く肩をすくめる。
たけるが東洋人、おそらくは日本人なのだという事は分かった。
話によると彼は、ビーチサイドで観光客向けの店を切り盛りしている家族と共に、また海棲人類のイカ娘という少女と暮らしているという。
海棲人類、と聞いて、という事はアトランティスのアクアマンの親類か、とも思うが、まあ今はどうでも良い。
スーパーヒーローの連合チーム、JLAの中核メンバーで、バットマンやスーパーマン等とも親交があり、海の王者であるアクアマンは、居れば居たで厄介な相手だが、名簿によればここにいない。
勿論アイビーからすれば、それがグリーンランタンだろうと、ザ・フラッシュだろうと、さほどの意味はないのだ。
たけるが挙げた名前のうち、イカ娘と相沢栄子の二人は、リストにあった。
話からすると二人とも、まだ子どもである。
こんな子どもをかき集めて、やれ殺し合えなどとは、この実験を仕組んだ者は、趣味が悪いにも程がある。
アイビーは思い浮かべる。
バッツは、間違いなく「助ける側」に回る。
問題はない。
不味いのはジョーカーだ。
あいつなら、相手が子どもだろうと老人だろうと、全く関係ないだろう。
確かに鬱陶しいのは認めるが、自分を慕い崇拝しているハーレイですら、煩わしいと言って本気で殺そうとすらするのだから。
ジョーカーには、アイビーの様な、「植物を守る」という大義名分など無い。
ただひたすら、この世界を笑い飛ばすジョークの一貫として、殺人を犯すのだ。
さてどうしたものかと思案する。
思案したところで、鋭く声がした。
◆◆◆
「手を挙げて、子どもを下ろせ!」
背中に突きつけられた銃口に、鋭いが強い語気。
声の感じからするとまだ若い。
若いが、場数は足りていないようだ。
「悪いけど、レディは優しく扱ってくれない?」
振り返りもせずそう言うと、背後の男はぐえ、と悲鳴を上げる。
足元から、蔓が、草が、這い伸びて絡み合い、男をがんじがらめにしてしまっていた。
手にしていたのは、玩具の銃。
背広姿に革靴という出で立ちで、苦悶の表情を浮かべる顔を見ると、若い東洋人の男だった。
「……ふ~ん。貴方ってば、もしかして正義の味方だったりしたわけ?」
たけるを足元に下ろし、そう軽くあざける様な口調で聞く。
当のたけるはというと、すごいすごいとはしゃいだ歓声。
自在に動く蔓を見て、「イカ姉ちゃんの触手みたいだ」などと騒いでいる。
「でも、貴方が心配していたような事は何も起きていないわよ。今は、何も…ね」
言いつつ、男の背負ったバッグの中をまさぐると、小型のDVD再生機が出てきた。
あまりに状況に不似合いなそれに興味をそそられ、何の気なしに開けてみる。
「ウソ、やだ、あんたこれ見たの!?」
中にあったのは、『ハーレイ&アイビー』のDVD。
アイビーにとっては自分自身の黒歴史とも言える、「主演映画」だ。
以前、絶滅寸前の植物を手に入れるため、アーカムアサイラムを脱獄し、当時共に行動をしていたハーレイと共に中南米へと行っていた時期がある。
その間に、自分達の事をモデルにした映画企画が、ハリウッドで立ち上がっていたのを知ったのは、メキシコでの事。
自分役の女優が、頭スッカラカンのプレイガールだと知ったハーレイは激怒。代わりに自分が録ると言って、丁度アイビーが開発したばかりの洗脳ガスを使い撮影クルーを乗っ取った。
映画の事などどうでも良かったが、湯水の様に制作費用を増やしては、それを懐に入れられるというので協力をしていたが、やはりバットマンにかぎつけられた。
クライマックスは自分達で演じるのだと意気込むハーレイに渋々付き合う中、スタントマンとして潜入していたバットマンに叩きのめされ、敢えなく捕まえられてしまう。
その、ラストカットがそのまま使われているのが、これだ。
ハーレイ・クイーン初監督作品。最低の馬鹿映画として、カルトな人気を得てしまった、このクソ映画!
あまりと言えば、あまりに恥ずかしいそれを、何故この男が持っているのか。
いや、というよりこれは、主催者がこの男に持たせたのだろう。
DVDをブチ割ってやりたい衝動に駆られたのを、たけるの、「何、これ!?」 という声がとどめる。いや、とどめられてしまう。
「あー…これはね。全く一切どうしようもなく、見る価値が全然無い、どーしようもないものよ」
「ね、この写真って、おねーちゃん? もしかしたおねーちゃん、映画スター!?」
「ば、ちが…!」
言いよどむ。
見せたくはないが、見たがっているのを無理に止められないという葛藤。
全く、ここに来てこんな間抜けなことで悩むはめになるとは…!
結局アイビーは、あきらめてそれをたけるに渡す。
主催者に対して、新たな殺意が沸いてきた瞬間であった。
◆◆◆
結局の所、松田は拘束を解かれ座らされている。
松田に渡された最後の支給品、『ハーレイ&アイビーのDVDとバッテリー付き再生機セット』を見ていた為、巴が見つけてきた人物の場所に出向いたときに、その女が「ポイズン・アイビー」という女だという事はすぐに分かった。
それだけなら、ただ「映画の役者、またはそのコスプレをしているだけ」と判断しても良かったが、タイミングが悪かった。
松田の近づいた背後からは、女が少年を抱え上げ、今にも首を絞めて殺そうとしているかのように見えてしまったのだ。
焦った松田は、バッグから例の噴霧器を取り出し、背後から突きつける。
脅しになるかどうか。それで少年を離したら、組み討ちに持ち込んで押さえつける…つもりだった。
結果は、ご覧の通りだったが。
一つ。松田にハッキリ分かったのは、映画と違い、彼女がさほど危険人物ではない、という事だった。
実際にはこの判断は間違っている。
間違っているが、松田はそう信じた。
結局は拘束を解かれているし、子どもを襲おうとしていたというのも全くの誤解。今もまるで敵意を感じない。
それに、松田としてはもう、「なんでも来い」という自棄な気分でもある。
死に神のように簡単に、顔と名前を知っただけで人を殺せる殺人鬼が世の中にはいるのだ。
植物を操る女が居たところで、今更どうだというのだ?
「そのー…アイビーさん?」
恐る恐るの態ではあるが、松田がそう切り出す。
「何?」
「ぼ、僕はその、刑事です。
今回の、実験だか何だか知りませんが、子どもから何から誘拐してきて、やれ戦え、殺し合え、なんて言うヤツは、許せません」
そう、一気に吐き出すように言う。
「僕は、自分の責務として、なんとかしてこの異常な実験を止めなければならないと思ってますし、それに、一個人としても…」
ちらりと、離れた位置でDVDを観ているたけるを見る。
「…助けたい」
アイビーが、少し、目を細める。
「はっきり言って、分からん事だらけです。正直、僕の手には負えない。
でも、ここには、月君や、Lも居る」
「L…にライト?」
「はい!
あの、世界一の名探偵のLと、それにキラ捜査班一の天才、月君です!
彼らと合流できれば、きっと、謎を解いて、この犯人を捕まえられるはずです!」
出てくる名称に、何ら覚えはなかったが、そもそもバットマンをはじめとして、自称"世界一の名探偵"など腐るほど居るし、キラーだ何だというヴィランが、日本にいたとしても別におかしくはない。
取りあえず松田が、その二人に心酔しているのだろうという事だけ分かれば、後はアイビーにとってはどうでも良かった。
「…マッティー」
物憂げな声でそう呼ばれ、少ししてから自分のことを呼ばれたのだと気付く松田。
「そうね、私と貴方。利害は一致しているわね。
"無意味な殺し合いなんかしたくない" し、"子ども達を護りたい"」
ぱっ、と松田の表情が明るくなる。
「そう、そうですよ! 僕ら協力しあ…」
言いかけて、その口元を、不意に生暖かい何かが塞いだ。
目を見開くと、そこには美しくも妖しい瞳があり、肌から肌に、その熱が伝わってくる。
アイビーの緑色の肌は滑らかで、しなやかだがそれでいて女を主張する胸もまた、魅惑的な弾力に富んでいる。
舌が、松田の口中を蠢いて、彼女の唾液を喉の奥にまで送り込んでくる様だった。
「な、な、何…をっ……!」
なんとか、その蠱惑的な唇を引きはがし、両手で肩を掴んで身体を離した。
相変わらずの笑みをたたえるその顔は、やはりどうしようも無く美しく、抗いがたいほどの磁力を発している。
自分が、何故今この身体を離してしまったのか、それが理解できない。
「悪いけど、私、男って信用してないのよ。
だから、こうでもしないと、ね…」
口元を軽く上げるただそれだけの動作で、松田は自分の体温が一度上がるのを感じる。
脳裏にDVDの内容が浮かぶが、それはすぐにちりぢりになって、すぐに何処かへ行ってしまった。
ポイズン・アイビー。
ゴッサムシティの毒婦というこの二つ名には、二通りの意味がある。
一つは文字通りに、その血液に毒の成分が含まれていて、それに触れた者を死に至らしめるという意味。
もう一つはこの魔性の口づけ。体内で生成されるフェロモンにより、男を虜にする能力故、だ。
男を操り、或いは殺す、魔性の毒婦。
それが、ポイズン・アイビーなのだ。
◆◆◆
月の光を浴びて、緑に耀くその肌は、幻想的で心惑わす美しさを放っている。
その記憶が、松田の脳裏から離れず、そしてやもすれば陶然とした恍惚感をももたらしている。
愛しいアイビー。素晴らしいアイビー。美しいアイビー。
彼女は松田に言った。
Lや、月君。それから、バットマンという黒衣の男の他、役立つ人間を捜してくること。
そして、子どもを見かけたら保護し、或いはここに連れてくること。
バットマンというのは、本来はアイビーの敵らしいが、今回においては共闘した方がよい、のだという。
機械に詳しい彼は、これ(と言って、首輪を指し示した)をどうにかする事が出来るかもしれない。
それらはとても完璧な計画のようで、何よりもアイビーが自分に期待をしているという事の現れなのだ。
アイビー。
あの緑の肌。あの赤い髪。
松田は歩きつつ、それを思い起こす。
そうだ、何としても彼女の言いつけを守らなくては。
この実験とやらをぶちこわし、真犯人を捕まえ、そして何より……アイビーに喜んで貰うために。
アイビーは踊るような足取りで、縦横に森を歩き回る。
その指先から垂らされる血は、周囲の植物に染み渡り、彼女の思うまま成長し、森の中を這い伸びる。
彼女はさながら森の女王である。夏の夜の夢のティタニアの様に、この森の中を支配する。
するすると伸びゆく蔦の先に、何が待ち受けるかは分からない。
それでも彼女は思う。
この森を、私の城塞にしよう。
張り巡らせた蔦の結界は、侵入者を見逃さず、絡め捕らえてて離さないだろう。
無力な子ども達を助け、邪悪な者達から護ってやろう。
毒の血で、可愛い植物たちで。
さながら森の化身の如きその姿は、彼女の内なる毒と狂気など微塵も感じさせぬ神聖さに満ちていた。
そのとき、つぶさに松田の様子を見ていれば、普段と些か具合が異なることに気がついたかも知れない。
松田は確かに、アイビーのフェロモンにより、魅了されている。
しかし思考の全てが支配されてしまうほどには、効いていない。
今ここにおいて、アイビーのフェロモンは、かつてほどの強い効力を発揮してはいないのだ。
そのことに気付いていないことが、果たして後々にどういう結果をもたらすかは、今はまだ分からない。
ただ静かに、そして美しく、彼女は踊るように森を駆け抜けている。
くるり、くるり、ふわり、ふわりと、森の中を緑の精霊が、回り続けている。
【D-9/森の中:深夜】
【ポイズン・アイビー@バットマン】
[属性]:悪(Set)
[状態]:健康
[装備]:ポイズン・アイビーの服
[道具]:基本支給品一式、不明支給品1~3
[思考・状況]
基本行動方針: 森を城塞とし、子ども達を助ける。敵対する者は殺す。
1:森の植物に血を与えて城塞とする。
2:子ども(未成年)が来たら助けてやる。
3:バットマンと出会えたら、首輪解除のために共闘する。
※ポイズン・アイビーのフェロモン
キスにより男を魅了し、支配する事が出来る。
どのくらいの時間、どの程度の支配力があるかは不明。
【相沢たける@侵略! イカ娘】
[属性]:その他(Isi)
[状態]:健康
[装備]:特になし
[道具]:基本支給品一式、不明支給品1~3(未確認)、ハーレイ&アイビーのDVDとバッテリー付き再生機セット
[思考・状況]
基本行動方針:姉ちゃん達と逢いたい
1:とりあえずDVDを見る。
2:葉っぱの姉ちゃんの花の部屋に入ってみたい。
【松田桃太@DEATH NOTE】
[属性]:その他(Isi)
[状態]:健康、アイビーのフェロモンにより魅了
[装備]:背広と革靴
[道具]:基本支給品一式、ジョーカーベノムガス噴霧器@バットマン、巴の笛@MW
[思考・状況]
基本行動方針: 謎を解き、実験を辞めさせ、犯人を捕まえる。
1:アイビーに従い、役に立つ人物(L、月、バットマンなど)を集める。
2:アイビーに従い、子ども達を助け、或いはアイビーの元へ連れて行く。
3:アイビーの忠告に従い、ジョーカーに注意!
[備考] おそらく、月がキラの捜査に加わってから、監禁されていた時期を除く、ヨツバキラとの対決時期までの何れかより参戦。
※巴の笛。
この犬笛は、MWにおいて結城美知夫の飼っていた殺人犬、巴を呼び出せる。
巴は、呼びだした者の命令を何でも聞く。
*時系列順で読む
Back:[[宣戦布告だ]] Next:[[馬物語]]
*投下順で読む
Back:[[宣戦布告だ]] Next:[[馬物語]]
|&color(cyan){実験開始}|[[ポイズン・アイビー]]|[[Angel Heart]]|
|&color(cyan){実験開始}|[[相沢たける]]|~|
|&color(cyan){実験開始}|[[松田桃太]]|[[]]|
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**TAKERU and Ivy:Matty the Dog. ◆JR/R2C5uDs
鬱蒼と生い茂る木々の中、そこだけが奇妙に揺らいでいた。
長く、太い蔓が、うねり、絡み合い、一つの巨木の様に高く伸び、数メートル上方で、あたかも巨大な花のつぼみのような形を成しているのだ。
うっすらと、その中が光っている。
人工的な光ではない。ヒカリゴケの様な、微かな発光体。
それは、植物の造り出した天蓋であった。
主は、パメラ・リリアン・アイズリー。
通称、ボイズンアイビーと呼ばれる、ゴッサムの毒婦である。
かつて、後にフロロニックマンとして知られる異界から来た植物生命体の仮の姿、ジェイソン・ウッドルー教授によってなされた人体実験により、彼女は体内で毒とフェロモンを生成し、自身はあらゆる毒素に耐性を持ち、さらには植物を自在に操る怪人へと変貌した。
それをきっかけに、引っ込み思案だった性格も一変。
植物を偏愛し、それらに害を与える人間を攻撃する様になり、幾度となくバットマン達と闘っている。
その彼女が今、自ら植物を操り巨大化させ、形成した天蓋の中で、しなやかな、緑色の肢体を揺らして寝転がりながら、革張りの手帳を読んでいる。
天蓋の中は、そこに使われている小さな花から微かな光が発せられ、また天蓋自体を構成してている巨大な花びらも、月の明かりをうっすらと透過させており、さほど視界には困らない。
アイビーは肌の緑とは正反対の、赤く長い髪に指を絡め、ふぅ、と溜息をする。
「くだらない……」
現在、ポイズン・アイビーは、まるでノリ気がしていない。
この実験とやらにも、その中のグループ分けの抗争とやらにも、だ。
髪を弄っていた指を、次第に顎から下に移し、首に触れる。
いや、正確には、首輪に、だ。
金属の冷たい感触。
彼女の好きではない、自然成らざる感触。
彼女の愛するものは、緑であり自然であり植物だ。
人間が、傍若無人に、暴力的にまで自然を破壊し、我が物顔でいることを彼女は認めない。
従って、彼女は歴としたスーパーヴィラン(悪党)ではあるが、その攻撃対象は比較的限定されている。
植物、自然に害をなす人間、だ。
だから、提示された勝利条件が、気に入らない。
仮に自分がHolグループなら、Setに植物を愛する人間がいれば殺す気はないし、Isiに植物を害する人間がいれば助ける気はない。
仮に自分がSetグループでも、同様に植物を愛する人間を率先して殺す気はない。
そして自分がIsiグループでも…やはり同様だ。
要するに、常からの自分のルール、在り方を、易々と変えたくは無いのだ。
だが、現時点でこの嫌らしい首輪をどうこうする手段もないのも事実。
瞬間移動等という技を使う以上、主催者の能力は未知数ながら手強い。
ただのハッタリかもしれない首輪だが、ただのハッタリと言い切れる材料もない。
気が乗らないし、くだらないが、やらざるを得ないことはやるしかない。
ふぅ、と、再び溜息。
さてこんなとき、相棒のハーレイが居れば、馬鹿話をして少しは気が楽になったかも知れない。(いや、もっと苛立たしい気分になった、と言う方が正確だろう)
そうしているうちに、下方からけたたましい声が聞こえた。
◆◆◆
一体何が起こっているのか?
松田桃太がまず最初に考えたのはそのことだ。
キラによる殺人テロが始まり、自分はその専門の捜査チームに入った。
まるで死に神のように、手も触れず姿も見せず自在に人を殺すキラという非常識な殺人者を追っているのだ。
だから、と言って、こんな奇怪な事まで信じろと言われて、どうする?
確かに…。
自在に人を殺せる殺人者が実在するのなら、遠隔操作で爆発させる首輪なんて、あまりにありふれていそうで笑えてくる。
(いや待て…全然笑えないぞ!?)
瞬間移動? テレポート?
それよりは、例えば薬か何かで意識を失わせて、あの部屋を運び込んで、さらにはここにも放り出された。
そう考える方がしっくり来る。
そうだ、さっき少しばかり戻してしまったのも、決して怖かったからではなく、そのときかがされた薬の後遺症なのかも知れない。
口元を拭いながら、松田はそう納得させる。
さて。
改めて松田は、この鬱蒼とした森の中で、木の根本に腰を掛けてから、足下に置いてあったバッグの中身を確認する。
手帳があり、その中には名簿やマニュアルと書かれた頁に、地図がある。
地図を見ると、この一帯は半島のようになっており、森林地帯は北東に集中しているから、多分その辺りだろうと思う。
また、乾パンや缶詰、ボトル入りの水などの他、包みが何個か入っていた。
「便利なもの」
たしか、そんなことを言っていた、と記憶する。
仮にも刑事たる松田が、軽々にそれを信じはしない。
何かの罠があるかも知れない…が、臆しても居られまい。
意を決して、包みを開く。まずは20cm代ほどの包みだが、その中には色鮮やかなボール紙に、透明なセロファンで梱包された、玩具の銃。
「な…なんだぁ…?」
腹立ち半分、安心半分で梱包を開いて中身を見る。
紫と緑、白と黄色。いかにも子ども向けの配色のそれは、丁度銃口のあたりに、ピエロを模した顔が取り付けられていて、そのひしゃげてつり上がった口の中から、玉が出る様な形状。
いや…、と再度銃口部分を見る。
玉、じゃない。或いはこれは、水鉄砲か何かか?
そう言えば、と後ろを見ると、ボンベか何かが取り付けられているぞ…と、そこまで確認して、はらりと紙が落ちた。
"ジョーカーベノムガス噴霧器
この銃からは、浴びた人間を笑い死にさせる笑気ガスが噴霧される"
「うひゃあ!」
と、思わず叫んで、取り落としそうになる。
(笑い死に!? 毒ガスって事!? 冗談じゃない! 銃なら、腕や足を狙って撃つことも出来るけど、これじゃ何もコントロール出来ないじゃないか!!)
刑事として一通りの訓練を受け、かつ射撃に関しては(見かけによらず)かなりの腕前でもある松田にとって、これは無用、いや、危険な道具だ。
慎重にそれをバッグに仕舞い、気を取り直して、別の包みを手にする。
それは先程よりかなり小さく、丁度印鑑ケースほどのものだった。
先程のような危険物とも限らないので、今度はさらに慎重にその箱から中身を取り出すと、首にかける事の出来る細い鎖の付いた、小さな金属製の笛だった。
説明書きをまず読むと、
"巴の笛。
この笛は、巴を呼び出せる。
巴は、呼びだした者の命令を何でも聞く"
とあった。
巴、と言って松田が真っ先に思い浮かべたのは、木曽義仲の愛妾、巴御前だ。
武者姿で義仲と共に戦場を駆けた麗しくも勇猛な姫君。
いささかにロマンチックな妄想をし、はたと気を引き締める。
「…でも、試しに…」
何を試しにか、松田はそれを口に当て、おそるおそる息を吹き込む。
静寂。
音がしない。
音もしないし、何かがぼわんと現れるでも無い。
いや、勿論松田とて、アラジンの魔法のランプの様に、煙と共に美女が現れると思っていたわけではないが、それでも拍子抜けをしてしまう。
ふう、と息を吐いて、気付いた。
生臭い、匂いと呼吸に。
「うわっ!?」
再び、松田は悲鳴を上げる。
松田の背後に、いつの間にやら大型犬が居たのだ。
黒い巨躯は、引き締まった筋肉質で、大きく裂けた口に覗く牙は、松田ののど笛など容易く噛みちぎりそうに見える。
爛々と耀く目は、凶暴とも獰猛とも取れる光を宿し、松田の心臓を縮こまらせた。
「わ、わ、待て、待て、僕を食べても…お、美味しくないぞっ…!」
バッグをまさぐり、先程しまった噴霧器を手にしようとするが、そこで再び気がついた。
「……まさか、巴…か?」
巨大な黒犬は、はたはたと尻尾を振り、それに応える。
「…お座り」
黒犬、巴がびしっと座る。
「伏せ!」
巴が、伏せる。
「回れ!」
巴が、くるくるとその場で回る。
犬にさほど詳しくは無いが、あやふやな記憶からすると、おそらくグレートデンという猟犬に似ている巴は、かなり忠実かつ従順に、松田の命令に従っている。
この支給品は、犬笛、だったのだ。
しかもどういう原理か、これで呼び出した巴は、呼び出し主の命令に忠実になるよう訓練されているらしい。
なるほど、これはもしかしたら、かなり便利かもしれない、と思う。
警察犬の例に倣うまでもなく、良く訓練された犬ほど、人間にとって頼もしいパートナーは居ないのだから。
松田は巴の笛に付いた細いチェーンを首に掛け、さてどうするかと考える。
独りぼっちで暗闇にいるよりも、一緒にいるのは心強い。
とはいえ、いつまでもここでそうしているわけにもいかない。
暫し思案して、松田は巴に命令をする。
「巴、この辺りを巡回して、誰か居たら教えてくれ」
早速駆け出す黒犬、巴を見送りながら、松田は自分のこの判断力に暫しの自画自賛。
さて、これでLか月君、又は月君の妹の粧裕ちゃんに合流できれば良いのだが。
そう考えながら、さらにバッグの中身の確認を続ける。
◆◆◆
「うわ、何だこりゃ!?」
そう突拍子もない声を上げるのは一人の少年。
名を、相沢たけるという。
実家は海の家れもんを経営していて、最近は居候で海棲人類のイカ娘がお気に入り、と言うと些か異常な環境に思えるが、当人は至ってごく普通の少年である。
年相応に好奇心があり、年相応に元気で、そして年相応に無邪気でありつつ、年相応に臆病だ。
彼にとってイカ娘は、既に異常な存在ではない。
人類征服と言いつつも、まるで本気とも思えない言動に、触手で遊んでくれるおかしな「イカ姉ちゃん」。
つまり、「お友達」だ。
それに較べて今。
いきなり気がついたら、真っ暗な空間にいて、何が起きたかも分からぬまま、殺せ、だの、生き残れ、だのと言われ。
また気がつけばこんな森の中だ。
状況の変化がめまぐるしく、何をどうしたものかまるで分からない。
分からないが、分からないままじっと縮こまっているほどには大人しくない。
すぐ側に置いてあったバッグに食べ物と飲み物があるのを確認するやすぐに背負い、特に目的もないままずんずんと森を歩き回った。
そして、今ここに至ったのだ。
「でけ~~…。っていうかでかすぎ? 何だよ、これ」
そう言いつつ、ぺちぺちと手で叩くそれは、巨大な蔓。
自分の腰回り以上はあるそれが絡み合い、空に向かって伸びている。
小さな頃に読んだ絵本、『ジャックと豆の木』に出てきた豆の木なら、丁度こんなものかもしれない。
登れるかな?
いささか興奮気味でそう考えてみる。
上の方には、なにやら丸く、大きな花が咲いているようで、その中は一体どうなっているのだろうかと興味をそそられる。
蔓の周りをぐるり一周して、手や足をかけられる場所はないかと探す。
そして、意を決して少し上の芽の部分に手を掛けようとして、
「駄目よ坊や。危ないじゃない」
止められた。
スーパーヴィランであり異常者であるポイズン・アイビーの嫌いなモノには、「自然破壊」や、「男」と言うモノが挙げられる。(男嫌いの原因は、もしかしたらかつて自分を騙して利用しようとした、ジェイソン・ウッドルー教授の影響かもしれない)
彼女が愛するものには、植物や自然が挙げられ、同時に自然を愛する人間に対しては、敵意も些か甘くなる。
そのほかに付け加えると、子ども(未成年)に対しても、彼女は甘い。
震災によって壊滅的ダメージを受け、「ノーマンズランド」、即ち、「無法地帯」と化したゴッサムで、アーカムアサイラムから解放された多くのスーパーヴィラン達は、各々欲望と衝動の赴くまま振る舞った。
その際、ロビンソンパークを根城とし、自らのための植物の楽園を作ろうとしていた彼女は、そこにやってくる人間を無差別に攻撃、排除し(何人かは殺害し)ていたのだが、子ども、ティーンエイジャー達だけは別だった。
震災で行き場を失った子ども達を、彼女は受け入れ、むしろその庇護者となったのだ。
一種の母性とでも言うべきか。ジェイソン・ウッドルーの人体実験で植物人間となった彼女は、子供を産むことが出来ない身体にもなっている。
犯罪者であり異常者でもある彼女の、奇妙な二面性がそこにある。
「そう、たける、っていうの」
アイビーは小さな子どもを胸に抱えるように抱きつつ、そう返した。
「おう! ねーちゃんは相沢栄子に相沢千鶴。そして、イカ姉ちゃんだ!」
無駄に元気なたけるの声に、アイビーは軽く肩をすくめる。
たけるが東洋人、おそらくは日本人なのだという事は分かった。
話によると彼は、ビーチサイドで観光客向けの店を切り盛りしている家族と共に、また海棲人類のイカ娘という少女と暮らしているという。
海棲人類、と聞いて、という事はアトランティスのアクアマンの親類か、とも思うが、まあ今はどうでも良い。
スーパーヒーローの連合チーム、JLAの中核メンバーで、バットマンやスーパーマン等とも親交があり、海の王者であるアクアマンは、居れば居たで厄介な相手だが、名簿によればここにいない。
勿論アイビーからすれば、それがグリーンランタンだろうと、ザ・フラッシュだろうと、さほどの意味はないのだ。
たけるが挙げた名前のうち、イカ娘と相沢栄子の二人は、リストにあった。
話からすると二人とも、まだ子どもである。
こんな子どもをかき集めて、やれ殺し合えなどとは、この実験を仕組んだ者は、趣味が悪いにも程がある。
アイビーは思い浮かべる。
バッツは、間違いなく「助ける側」に回る。
問題はない。
不味いのはジョーカーだ。
あいつなら、相手が子どもだろうと老人だろうと、全く関係ないだろう。
確かに鬱陶しいのは認めるが、自分を慕い崇拝しているハーレイですら、煩わしいと言って本気で殺そうとすらするのだから。
ジョーカーには、アイビーの様な、「植物を守る」という大義名分など無い。
ただひたすら、この世界を笑い飛ばすジョークの一貫として、殺人を犯すのだ。
さてどうしたものかと思案する。
思案したところで、鋭く声がした。
◆◆◆
「手を挙げて、子どもを下ろせ!」
背中に突きつけられた銃口に、鋭いが強い語気。
声の感じからするとまだ若い。
若いが、場数は足りていないようだ。
「悪いけど、レディは優しく扱ってくれない?」
振り返りもせずそう言うと、背後の男はぐえ、と悲鳴を上げる。
足元から、蔓が、草が、這い伸びて絡み合い、男をがんじがらめにしてしまっていた。
手にしていたのは、玩具の銃。
背広姿に革靴という出で立ちで、苦悶の表情を浮かべる顔を見ると、若い東洋人の男だった。
「……ふ~ん。貴方ってば、もしかして正義の味方だったりしたわけ?」
たけるを足元に下ろし、そう軽くあざける様な口調で聞く。
当のたけるはというと、すごいすごいとはしゃいだ歓声。
自在に動く蔓を見て、「イカ姉ちゃんの触手みたいだ」などと騒いでいる。
「でも、貴方が心配していたような事は何も起きていないわよ。今は、何も…ね」
言いつつ、男の背負ったバッグの中をまさぐると、小型のDVD再生機が出てきた。
あまりに状況に不似合いなそれに興味をそそられ、何の気なしに開けてみる。
「ウソ、やだ、あんたこれ見たの!?」
中にあったのは、『ハーレイ&アイビー』のDVD。
アイビーにとっては自分自身の黒歴史とも言える、「主演映画」だ。
以前、絶滅寸前の植物を手に入れるため、アーカムアサイラムを脱獄し、当時共に行動をしていたハーレイと共に中南米へと行っていた時期がある。
その間に、自分達の事をモデルにした映画企画が、ハリウッドで立ち上がっていたのを知ったのは、メキシコでの事。
自分役の女優が、頭スッカラカンのプレイガールだと知ったハーレイは激怒。代わりに自分が録ると言って、丁度アイビーが開発したばかりの洗脳ガスを使い撮影クルーを乗っ取った。
映画の事などどうでも良かったが、湯水の様に制作費用を増やしては、それを懐に入れられるというので協力をしていたが、やはりバットマンにかぎつけられた。
クライマックスは自分達で演じるのだと意気込むハーレイに渋々付き合う中、スタントマンとして潜入していたバットマンに叩きのめされ、敢えなく捕まえられてしまう。
その、ラストカットがそのまま使われているのが、これだ。
ハーレイ・クイーン初監督作品。最低の馬鹿映画として、カルトな人気を得てしまった、このクソ映画!
あまりと言えば、あまりに恥ずかしいそれを、何故この男が持っているのか。
いや、というよりこれは、主催者がこの男に持たせたのだろう。
DVDをブチ割ってやりたい衝動に駆られたのを、たけるの、「何、これ!?」 という声がとどめる。いや、とどめられてしまう。
「あー…これはね。全く一切どうしようもなく、見る価値が全然無い、どーしようもないものよ」
「ね、この写真って、おねーちゃん? もしかしたおねーちゃん、映画スター!?」
「ば、ちが…!」
言いよどむ。
見せたくはないが、見たがっているのを無理に止められないという葛藤。
全く、ここに来てこんな間抜けなことで悩むはめになるとは…!
結局アイビーは、あきらめてそれをたけるに渡す。
主催者に対して、新たな殺意が沸いてきた瞬間であった。
◆◆◆
結局の所、松田は拘束を解かれ座らされている。
松田に渡された最後の支給品、『ハーレイ&アイビーのDVDとバッテリー付き再生機セット』を見ていた為、巴が見つけてきた人物の場所に出向いたときに、その女が「ポイズン・アイビー」という女だという事はすぐに分かった。
それだけなら、ただ「映画の役者、またはそのコスプレをしているだけ」と判断しても良かったが、タイミングが悪かった。
松田の近づいた背後からは、女が少年を抱え上げ、今にも首を絞めて殺そうとしているかのように見えてしまったのだ。
焦った松田は、バッグから例の噴霧器を取り出し、背後から突きつける。
脅しになるかどうか。それで少年を離したら、組み討ちに持ち込んで押さえつける…つもりだった。
結果は、ご覧の通りだったが。
一つ。松田にハッキリ分かったのは、映画と違い、彼女がさほど危険人物ではない、という事だった。
実際にはこの判断は間違っている。
間違っているが、松田はそう信じた。
結局は拘束を解かれているし、子どもを襲おうとしていたというのも全くの誤解。今もまるで敵意を感じない。
それに、松田としてはもう、「なんでも来い」という自棄な気分でもある。
死に神のように簡単に、顔と名前を知っただけで人を殺せる殺人鬼が世の中にはいるのだ。
植物を操る女が居たところで、今更どうだというのだ?
「そのー…アイビーさん?」
恐る恐るの態ではあるが、松田がそう切り出す。
「何?」
「ぼ、僕はその、刑事です。
今回の、実験だか何だか知りませんが、子どもから何から誘拐してきて、やれ戦え、殺し合え、なんて言うヤツは、許せません」
そう、一気に吐き出すように言う。
「僕は、自分の責務として、なんとかしてこの異常な実験を止めなければならないと思ってますし、それに、一個人としても…」
ちらりと、離れた位置でDVDを観ているたけるを見る。
「…助けたい」
アイビーが、少し、目を細める。
「はっきり言って、分からん事だらけです。正直、僕の手には負えない。
でも、ここには、月君や、Lも居る」
「L…にライト?」
「はい!
あの、世界一の名探偵のLと、それにキラ捜査班一の天才、月君です!
彼らと合流できれば、きっと、謎を解いて、この犯人を捕まえられるはずです!」
出てくる名称に、何ら覚えはなかったが、そもそもバットマンをはじめとして、自称"世界一の名探偵"など腐るほど居るし、キラーだ何だというヴィランが、日本にいたとしても別におかしくはない。
取りあえず松田が、その二人に心酔しているのだろうという事だけ分かれば、後はアイビーにとってはどうでも良かった。
「…マッティー」
物憂げな声でそう呼ばれ、少ししてから自分のことを呼ばれたのだと気付く松田。
「そうね、私と貴方。利害は一致しているわね。
"無意味な殺し合いなんかしたくない" し、"子ども達を護りたい"」
ぱっ、と松田の表情が明るくなる。
「そう、そうですよ! 僕ら協力しあ…」
言いかけて、その口元を、不意に生暖かい何かが塞いだ。
目を見開くと、そこには美しくも妖しい瞳があり、肌から肌に、その熱が伝わってくる。
アイビーの緑色の肌は滑らかで、しなやかだがそれでいて女を主張する胸もまた、魅惑的な弾力に富んでいる。
舌が、松田の口中を蠢いて、彼女の唾液を喉の奥にまで送り込んでくる様だった。
「な、な、何…をっ……!」
なんとか、その蠱惑的な唇を引きはがし、両手で肩を掴んで身体を離した。
相変わらずの笑みをたたえるその顔は、やはりどうしようも無く美しく、抗いがたいほどの磁力を発している。
自分が、何故今この身体を離してしまったのか、それが理解できない。
「悪いけど、私、男って信用してないのよ。
だから、こうでもしないと、ね…」
口元を軽く上げるただそれだけの動作で、松田は自分の体温が一度上がるのを感じる。
脳裏にDVDの内容が浮かぶが、それはすぐにちりぢりになって、すぐに何処かへ行ってしまった。
ポイズン・アイビー。
ゴッサムシティの毒婦というこの二つ名には、二通りの意味がある。
一つは文字通りに、その血液に毒の成分が含まれていて、それに触れた者を死に至らしめるという意味。
もう一つはこの魔性の口づけ。体内で生成されるフェロモンにより、男を虜にする能力故、だ。
男を操り、或いは殺す、魔性の毒婦。
それが、ポイズン・アイビーなのだ。
◆◆◆
月の光を浴びて、緑に耀くその肌は、幻想的で心惑わす美しさを放っている。
その記憶が、松田の脳裏から離れず、そしてやもすれば陶然とした恍惚感をももたらしている。
愛しいアイビー。素晴らしいアイビー。美しいアイビー。
彼女は松田に言った。
Lや、月君。それから、バットマンという黒衣の男の他、役立つ人間を捜してくること。
そして、子どもを見かけたら保護し、或いはここに連れてくること。
バットマンというのは、本来はアイビーの敵らしいが、今回においては共闘した方がよい、のだという。
機械に詳しい彼は、これ(と言って、首輪を指し示した)をどうにかする事が出来るかもしれない。
それらはとても完璧な計画のようで、何よりもアイビーが自分に期待をしているという事の現れなのだ。
アイビー。
あの緑の肌。あの赤い髪。
松田は歩きつつ、それを思い起こす。
そうだ、何としても彼女の言いつけを守らなくては。
この実験とやらをぶちこわし、真犯人を捕まえ、そして何より……アイビーに喜んで貰うために。
アイビーは踊るような足取りで、縦横に森を歩き回る。
その指先から垂らされる血は、周囲の植物に染み渡り、彼女の思うまま成長し、森の中を這い伸びる。
彼女はさながら森の女王である。夏の夜の夢のティタニアの様に、この森の中を支配する。
するすると伸びゆく蔦の先に、何が待ち受けるかは分からない。
それでも彼女は思う。
この森を、私の城塞にしよう。
張り巡らせた蔦の結界は、侵入者を見逃さず、絡め捕らえてて離さないだろう。
無力な子ども達を助け、邪悪な者達から護ってやろう。
毒の血で、可愛い植物たちで。
さながら森の化身の如きその姿は、彼女の内なる毒と狂気など微塵も感じさせぬ神聖さに満ちていた。
そのとき、つぶさに松田の様子を見ていれば、普段と些か具合が異なることに気がついたかも知れない。
松田は確かに、アイビーのフェロモンにより、魅了されている。
しかし思考の全てが支配されてしまうほどには、効いていない。
今ここにおいて、アイビーのフェロモンは、かつてほどの強い効力を発揮してはいないのだ。
そのことに気付いていないことが、果たして後々にどういう結果をもたらすかは、今はまだ分からない。
ただ静かに、そして美しく、彼女は踊るように森を駆け抜けている。
くるり、くるり、ふわり、ふわりと、森の中を緑の精霊が、回り続けている。
【D-9/森の中:深夜】
【ポイズン・アイビー@バットマン】
[属性]:悪(Set)
[状態]:健康
[装備]:ポイズン・アイビーの服
[道具]:基本支給品一式、不明支給品1~3
[思考・状況]
基本行動方針: 森を城塞とし、子ども達を助ける。敵対する者は殺す。
1:森の植物に血を与えて城塞とする。
2:子ども(未成年)が来たら助けてやる。
3:バットマンと出会えたら、首輪解除のために共闘する。
※ポイズン・アイビーのフェロモン
キスにより男を魅了し、支配する事が出来る。
どのくらいの時間、どの程度の支配力があるかは不明。
【相沢たける@侵略! イカ娘】
[属性]:その他(Isi)
[状態]:健康
[装備]:特になし
[道具]:基本支給品一式、不明支給品1~3(未確認)、ハーレイ&アイビーのDVDとバッテリー付き再生機セット
[思考・状況]
基本行動方針:姉ちゃん達と逢いたい
1:とりあえずDVDを見る。
2:葉っぱの姉ちゃんの花の部屋に入ってみたい。
【松田桃太@DEATH NOTE】
[属性]:その他(Isi)
[状態]:健康、アイビーのフェロモンにより魅了
[装備]:背広と革靴
[道具]:基本支給品一式、ジョーカーベノムガス噴霧器@バットマン、巴の笛@MW
[思考・状況]
基本行動方針: 謎を解き、実験を辞めさせ、犯人を捕まえる。
1:アイビーに従い、役に立つ人物(L、月、バットマンなど)を集める。
2:アイビーに従い、子ども達を助け、或いはアイビーの元へ連れて行く。
3:アイビーの忠告に従い、ジョーカーに注意!
[備考] おそらく、月がキラの捜査に加わってから、監禁されていた時期を除く、ヨツバキラとの対決時期までの何れかより参戦。
※巴の笛。
この犬笛は、MWにおいて結城美知夫の飼っていた殺人犬、巴を呼び出せる。
巴は、呼びだした者の命令を何でも聞く。
*時系列順で読む
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*投下順で読む
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|&color(cyan){実験開始}|[[ポイズン・アイビー]]|[[Angel Heart]]|
|&color(cyan){実験開始}|[[相沢たける]]|~|
|&color(cyan){実験開始}|[[松田桃太]]|[[殺戮の黎明、岩におおわれた境界(はてし)ない]]|
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