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「Angel Heart」(2010/11/30 (火) 21:20:07) の最新版変更点
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**Angel Heart◆uBMOCQkEHY
木々と雑草が鬱蒼と生い茂る森の中、大河とテンマは歩いていた。
二人は合流し、軽い自己紹介を済ませた後、とりあえず、南の511キンダーハイムという施設に行ってみようということとなり、南下していた。
森の北側は足元が落ち葉と雑草だったため、滑りそうな危うさこそはあったが、歩くのには不自由とまでではなかった。
しかし、進むにつれ、大蛇を連想されるような太い蔓が地面を這い、カーテンのように垂れ下がった蔦が二人の行く手を阻むようになった。
森というよりはジャングルの奥地を連想させる。
さすがに並んでは歩けなくなったので、テンマが先頭に立ち、雑草をむしりながら前進していた。
冷え冷えと光る月明かりに照らされた草木は眠りについたように生命力を閉ざし、その閑散さは墓地などの静けさに近い。
その沈黙に耐えかねたのであろうか。
大河は歩きながら、自分のこと、士郎のことをテンマに話していた。
「…でね、士郎って、お料理が上手で、まさに家政婦っ!一家に一台あると便利な子なの……」
「弓が上手くてね、百発百中っ!!だから、高校では弓道部から引っ張りだこ!テンマくんにも見せてあげたいわっ!!」
などと、その話は実に他愛もない。
それに対してテンマは、
「士郎って、すごいんだな」
と、好意的な相槌を打つ。
テンマはあえて口を出さないが、この時点でテンマは自分と大河が別の世界から来た人間ではないかという予感を薄々感じ始めていた。
大河の服装が、Tシャツにロングスカートというテンマの時代では考えられないファッションであることもそうだが、
度々大河の口から出てくる“高校”“家政婦”などの聞きなれない単語が決定打だった。
これらの単語自体、テンマの生きた1700年代には存在しない。
テンマと大河の生まれた時代には実に250年近くの隔たりが存在していた。
それでも会話が成立しているのはテンマが口を挟む余裕がないほどに大河が一方的に話していること、
テンマが聞きなれない単語について質問しても、“テンマくんは外国人だから『日本語』が理解できなくて当然よね”と、
テンマを日本語に不自由な外国人扱いし、時代の隔たりから来る概念の違いを自己解釈してしまうからだ。
本来なら、ここで大河の雑談を中断させ、時代の隔たりを説明した方が良かったのかもしれない。
しかし、テンマはあえてそれを行わなかった。
テンマ自身、単語の意味は前後の話から何となく予測できたし、何より気持ちよく話している大河に水を差すのではという考えがそれを押しとどめていた。
要は明るい大河を見ていたい。
それが今のテンマの素直な心境であった。
テンマがそんな気遣いをしているとも知らず、大河は話を続ける。
「……でね、士郎と私の最初の出会いは、冬木市で大火災が起こった時、士郎のお父さんの切嗣さんがね、身寄りを失った士郎を養子にしたのが……」
「士郎も……孤児なのか……」
ここでテンマは立ち止まった。
テンマの表情に陰りが浮かぶ。
「まさか…テンマくんも…?」
その表情で大河はテンマも士郎と同じ境遇だったことを察した。
「ご……ごめんなさいね……」
大河は辛いことを思い出させてしまったと申し訳なさそうに俯く。
しかし、テンマは首を横に振る。
「いや…気にしなくていいよ……孤児院での生活は辛いこともあったし、寂しさを覚える時もあった……けど、仲間……いや、家族がいた……」
テンマの脳裏に幼き頃のサーシャやアローンの姿が蘇る。
皆、身寄りはなかったが、肩を寄せ合い、助けあい、明日に希望を持って生きてきた。
この生活があったからこそ、テンマは今の自分があるのだと理解していた。
テンマにとって、彼らと過ごした日々はかけがいのない思い出であった。
「家族かぁ…」
テンマに同調するように大河はほほ笑んだ。
「士郎と私は血が繋がっていないけど、心は通じ合っている……テンマくんが孤児院の仲間を家族って思うように……私とって士郎は立派な家族なの……」
「そうか…士郎は幸せ者なんだな…」
親がいなくとも、信頼しあえる者が近くにいれば、その心は救われる。
テンマは孤児院の日々でそれを痛感している。
士郎もテンマと同じように寂しさを感じていた時があったのかもしれない。
それでも士郎は大河という懐の大きい女性に支えられていた。
士郎もテンマと同じ考えにたどり着いていたのではないのか。
「会ってみたいな……士郎に…」
テンマがそう呟き、再び歩もうと、目の前の蔓を引きちぎった直後だった。
「ちょっと、何しているのよっ!!」
テンマと大河は声がする方――上を見上げた。
そこには蔦が幾重にも絡み合い形作られた繭。声の主の女性はその繭の上で仁王立ちしていた。
「アンタは誰だっ!!」
テンマは大河を庇うように拳を構える。
女性は緑色の肌に、燃えるような赤い髪。
その容貌から明らかに“人間”でないことが窺い知れる。
しかし、男を知り尽くしているような甘く妖艶な顔。
男の欲望をそそらせるような引き締まった括れに、肉質的な太もも。
人外の姿でありながら、その美貌はどこの女性よりも完成されたものであった。
女性は忌々しげな眼光を鋭く放つ。
「私はポイズン・アイビー……貴方達がどういう目的でここに来たのかは知らないけど……この蔦は私の愛おしい子供たち…それを破壊しようなんて……許さないっ!!!」
女性――アイビーの有無を言わせぬ怒声。
この声を合図とするように、沈黙を守っていた足元の蔓が蠢きだす。
「逃げろっ!!!」
危機感を感じたテンマは大河を突き飛ばした。
「きゃっ!!」
大河は大きくよろけ、尻もちをつく。
これとほぼ同時だった。
蔓一本一本が総身をうならせ、津波のように彼らに襲いかかってきた。
「テンマくんっ!!!」
大河はテンマを守ろうと立ち上がる。
しかし、それよりも早く、テンマは身体の奥から何かを引き出すかのように深い息を吐き、そして――
「ペガサス流星拳っ!!!!!!」
蔓の群れに向かって、拳を放ったのだ。
ペガサス流星拳――天馬星座の13の星の軌跡を描く構えから、毎秒百発以上の音速の拳を繰り出す連続ラッシュ攻撃。
その拳には聖闘士が体内で燃焼させた力――小宇宙が纏われ、それが相手に打ち込まれるや否や、相手の原子を砕く。
シンプルでいながら、まさに絶技。
それを表わすかのように、テンマの目の前の蔓はまるで爆竹が弾けたかのように砕けていく。
「何ですって!!!」
思わぬ抵抗に、アイビーは柳眉を逆立てる。
大河も目で追うことができないほどのテンマの“すごい力”を目の当たりにし、呆然としている。
二人の女性はテンマの強靭的な力に言葉を失っていた。
この二人でなくとも、ほとんどの人々が同じような反応を示すであろう。
しかし、この絶技の“威力の弱さ”に愕然とする者がいた。
テンマである。
テンマは気付いていた。
(小宇宙が弱まっているっ!!)
小宇宙は一種の気である。
身体の中で小宇宙を練り、それを力とする。
しかし、それだけでは外面を守ることができない。そこで肉体を限界まで鍛え、型と技法に磨きをかける。
そう言った意味では、聖闘士の戦闘は中国武術の長所――呼吸や血流を律することで経絡をめぐる気を鍛える太極拳の“柔”と
体を外面から強くして剛力を用いる少林拳の“剛”を併せ持つ闘法と言える。
しかし、中国武術と大きく違うのが小宇宙の特性である。
森羅万象、この世全てのものは原子でできている。
この原子を見定め、破壊することができるのが小宇宙という存在である。
聖闘士の闘法とは、外側からの剛力による破壊と内側からの原子の爆発による破壊、この二つが合わさることで成立する、究極の戦闘スタイル。
それ故に、拳で大地を割るなどの超人的なことを易々と行うことができるのだ。
勿論、アイビーの蔓を砕くなど聖闘士にとっては朝飯前のことである。
現に、テンマはアイビーの蔓を砕いた。
しかし、それはあくまで外側から衝撃を加えた結果でしかない。
内側からの爆発――原子の破壊が伴わっていないのだ。
原子の爆発が生じていれば、蔓など砕いたどころか、まるで内側に仕掛けられた爆弾が爆発したかのような破裂が生じるのだから。
拳から小宇宙がにじみ出ていることから、完全に小宇宙を失ってしまったわけではないようである。
しかし、その量はこれまでが湯水のように溢れ出る程と表現するなら、現在はこんこんと流れ出る湧水程度。
今のテンマの小宇宙は聖闘士候補生レベル――どうやって原子を破壊するかを模索するレベルにまで落ち込んでいた。
なぜ、ここまで小宇宙が弱まってしまったのか。
第一に、聖闘士の小宇宙を増幅させる効果を持つ聖衣を身に纏っていないという点があげられる。
しかし、テンマは本能的に感じ取っていた。
明らかに、自分の能力が落ちているのは何らかの力が加わっていると。
制限の根源が何かは分からない。
首輪によるものなのかもしれないし、会場全体に結界のようなものが張られているためなのかもしれない。
しかし、その原因を追及しなければ、いつか窮地に陥る可能性が出てくるだろう。
テンマはキリリと歯噛みする。
(そうなったら、俺はタイガを……)
「アイビー姉ちゃんの葉っぱをいじめちゃダメだよっ!!!!」
突如、蔓の繭から幼い少年――たけるが顔を出した。
「えっ…」
なぜ、この場で子供がいるのか。
戸惑ったテンマの注意が上空の繭に向けられる。
それは見事な隙であった。
この直後、無数の蔓が鞭のようにテンマの身体に巻きついた。
テンマはそのままビタンと地面に叩きつけられた。
「テンマくんっ!!」
大河はテンマの元に駆け寄り、蔓を引きはがそうとする。
しかし、蔓は巨木の根のようにびくともしない。
アイビーはそのテンマの無様な姿を見下すように鼻先で笑う。
「植物を嬲った罰よ…」
基本的にアイビーにとって、未成年は保護する対象である。
しかし、植物を傷付ければ話は別である。
植物を破壊することがいかに冒涜な行為であるかを理解させる必要があった。
「うぐっ…かはっ…」
テンマの口から苦痛の声が洩れる。
蔓はテンマの身体に食い込み、少しずつ締め上げていく。
「お兄ちゃん……」
テンマが苦しんでいることは、小学生のたけるでも十分理解できた。
たけるはアイビーを見上げた。
「お願い…アイビー姉ちゃん…もうやめてあげて…お兄ちゃん、苦しそうだよ、辛そうだよ…可哀そうだよ…」
今にも泣き出しそうな瞳をアイビーに訴える。
「たける…」
まさかのたけるからの懇願。
アイビーにとって予想外の展開である。
アイビーの心にチクリと小さな針が刺さったかのような痛みが走った。
(もしかして、私、間違っていたかしら……)
一瞬、アイビーにそんな迷いが生まれる。
アイビーは自分に言い聞かせるように首を横に振った。
(いいえ、そんなことはないわっ!!)
アイビーはたけるに言い聞かせる。
「彼はね…植物を傷付けたのよ……
貴方だって身体が傷ついたら、嫌だと思わない……?
これは当然の報い……
それに、貴方だって、傷付けられていたのもしれなかったのよ…」
たけるは物分かりのいい子供だった。
そういう考えもあるかもしれないとアイビーの言葉を受け入れ、しゅんと俯く。
「だけど……」
ここでたけるは申し訳なさそうに呟いた。
「……あのお兄ちゃん……隣のお姉ちゃん、守ろうとしていたんだよ……
もし、アイビーお姉ちゃんが誰かに狙われていたら、
僕もお兄ちゃんみたいにアイビー姉ちゃんを守っていたと思うよ……」
「それは……」
今回の戦闘はテンマが植物を引きちぎったことが発端である。
テンマの行為は植物を愛するアイビーにとっては許されざることではあるが、テンマ達の視点から見れば、進むために必要かつ無意識の行動であった。
そのテンマ達に対して嫌悪を覚え、一方的に攻撃を仕掛けてきたのは、むしろ、アイビーの方である。
テンマ達の事情も考慮すれば、非があるのはむしろ自分ではないのか。
アイビーの心の疑問がいよいよ大きくなっていく。
(私は……やっぱり…間違っていたのかしら……)
この時だった。
テンマに絡みつく蔓が緩んで解けていった。まるでアイビーの心の蟠りに呼応するかのように。
テンマは訝しげに蔓を眺める。
(何が起こった……?)
その原因を追及するべきなのかもしれない。
しかし、今は少しの隙が命取りに繋がる戦闘状態。
相手より先手を打てるかどうかが、勝敗を決する。
また、アイビーの様子を見ると、何か思案に捕らわれているようであり、蔓が緩んだことに気付いていない。
(今だっ!!!)
テンマが蔓を引きちぎろうと腕に力を込めたその時であった。
「テンマくん、あの人に謝ろう……」
大河がテンマの肩にそっと手を置いた。
「な……どうしてだよっ!!!」
難癖をつけて攻撃を仕掛けてきたのはアイビーの方である。
非がないにもかかわらず、相手に頭を下げるなど、納得できるはずもない。
「分かっているわ、テンマくん…だけどね……」
大河とて、テンマの不満は重々承知している。
それでも大河はテンマを説得する。
「あの人……あの男の子を守ろうとしていたんじゃないかしら……確かに、彼女の行為はちょっと過剰よ……だけど、私たちも彼女に説明を怠っていた部分もあったし、ここって殺し合いの場じゃない……警戒心が強くなりすぎるてもしょうがないわ……」
大河は立ち上がり、アイビー達に手を振る。
「怖がらせてごめんなさいっ!だけど、私たちは殺し合いには乗っていないわっ!!信じて!!」
「何を突然……」
アイビーは大河の行動に面食らう。
敵対する人間に対して、素直に己の非を詫び、その上で信じてほしいと説得する。
これが恐怖からくる命乞いであれば、アイビーも理解はできた。
しかし、はきはきと叫ぶ大河を見ている限り、どうも謝罪の根源は恐怖からではないらしい。
(彼女に応じるべきなのかしら……)
アイビーは目の前の女に対してどう対処すべきかを考えあぐねる。
その答えはたけるが知っていた。
「あのお姉ちゃん、謝ってるよっ!!僕たちも謝ろう!!」
たけるは近くの蔓を引っ張りながら、“下に降りよう”とアイビーを促す。
「けど、たける…彼らは…」
守るべきはたけると植物。
それを狙う者は敵である。
もし、降りてきた直後に彼らがたけるの命を狙ってきたら……。
アイビーはたけるの言葉を受け入れるべきかどうか、逡巡する。
しかし、そんな可能性に思い至らないたけるは“いいから、下へ降りよう”と尚もアイビーを促す。
結局、根負けしたのはアイビーの方だった。
「分かったわ……ただ、彼らが襲ってきても…知らないわよ…」
テンマの身体から蔓が離れていく。
その蔓はアイビー達の繭に向かって伸びていき、あっという間に、階段を形作っていった。
たけるとアイビーはそこからゆっくりと降りていき、テンマ達と対峙した。
たけるには襲われても知らないと公言しておきながら、それでも彼の身を案じているのだろう。
蔓の階段から降りるや否や、アイビーはたけるを自身の背後に隠した。
また、万全を期するため、森を覆う蔓の先はレーザーサイトのようにテンマ達を狙っている。
「アンタ……」
勿論、テンマもアイビーのことを信用しているはずがない。
テンマは拳を構え、万が一の時はこちらも容赦しないという意思を見せつける。
和解する予定だったかかわらず、二人の間には一触即発のガラスのような緊張が漂っていた。
そのガラスを粉砕したのは、やはりたけるであった。
「お兄ちゃんっ!!」
アイビーの制止する声も聞かず、テンマに詰め寄る。
「首とか足とか手とか大丈夫?痛くなかった?」
「えっと…たけるだっけ…」
テンマは蔓の動きに警戒しながら、とりあえず、知りたかった疑問を口にする。
「どうして、あの女と一緒にいる?…酷いことはされていないか…」
テンマには予感があった。
たけるは何らかの方法で脅迫され、彼女と一緒にいるのではないのかという予感が。
もし、そうであれば、たけるを保護する必要がある。
アイビーという女を信用できないからこそ、テンマはたけるの真意を確かめたかった。
「アイビー姉ちゃんのこと…?」
質問に答えないテンマにキョトンとしつつも、笑顔で答える。
「ここで初めて会ったのがアイビー姉ちゃんで、蔓の中はふかふかでとっても温かくて、お布団みたいなんだっ!!」
たけるは、万が一の時は見捨てるなどの発言をされておきながら、アイビーに対して不満を抱いていないどころか、全幅の信頼を置いているようである。
当のアイビーは手を伸ばしたまま、歯痒そうにテンマを睨みつけている。
「彼女は安心できる人みたいね……」
大河は“ほらごらんなさい”と言わんばかりに肘でテンマの脇を突っつく。
「分かったよ…」
テンマは気まずそうにそっぽを向いた。
テンマはアイビーの人外の容貌、威圧的な言葉、一方的な攻撃から、その性格をかなり歪んだ邪悪なものとして受け取っていた。
実際、テンマの考えは的を射る部分もあるのだが、たけるに対してはアイビーのもう一つの特性である母性が大きく働き、悪しき面は鳴りをひそめていた。
テンマはたけると同じ目線になるようにしゃがむと、その頭を優しくなでた。
「俺は平気だ……それよりも、さっきは植物を傷付けて悪かったな……」
テンマは“あの人の元へ戻れ…心配しているから…”とたけるの背中を押す。
たけるは“うん”と元気に頷くと、アイビーの元に走った。
「たけるっ…!!」
アイビーは大きく手を広げ、たけるを抱きしめる。
このアイビーの行動は無意識によるものだった。
アイビーの母性が働いたからに他ならないが、その行動は毒婦として名を馳せてきたアイビー自身、戸惑いを覚えてしまう。
大河はそんなアイビーの心の内など露知らず、クスリと笑みを浮かべる。
「なんか親子みたいね……」
「親子……」
アイビーは大河の言葉を噛みしめるように反芻する。
アイビーの本名はパメラ・リリアン・アイズリー。
彼女は大学在学中に、ジェイソン・ウッドルー博士の人体実験によって、体内に毒と菌を宿す肉体に改造させられてしまった。
この人体実験の後遺症のせいで、彼女は妊娠できない身体となった。
故に、親子という関係はアイビー自身がどんなに望んでも、実現できない一種の理想でもある。
(もし、パメラ・リリアン・アイズリーとして生きつづけていれば、たけるのような子供を授かっていたのかもしれない…)
アイビーの心中に郷愁に近い甘い感情が静かに湧きあがる。
アイビーは更にたけるを強く抱きしめた。
(もう…諦めていたことなのに……)
アイビーはどう対処すれば分からない母性に困惑する。
それに反発するためだろうか、吐き捨てるように呟く。
「私は……私のポリシーを貫いているだけ…別に情なんて……」
「親子……」
アイビーと同じように、テンマも大河の言葉を反芻していた。
テンマは寂しげな苦笑を浮かべる。
「タイガ……実は黙っていたんだけど……俺、実の両親に会ったことがあるんだ……」
大河の顔からパッと華やかな笑みが洩れる。
「良かったじゃないっ!!テンマくん!!!」
しかし、その吉報とは裏腹に、テンマの表情の曇りは晴れない。
テンマは俯いたまま、淡々と言葉を継ぐ。
「俺の両親は俺を愛してはいなかった……それどころか、両親は野望の足掛かりにするために俺を産んだ……」
神話時代、ペガサスの聖闘士は冥王ハーデスとの激戦の末、ハーデスの身体に傷をつけた。
神を傷付けた――神殺しの力を持った唯一の聖闘士であり、その魂を持ったのが、ほかならぬテンマであった。
テンマの両親である杳馬とパルティータはその能力に目を付け、テンマを出産。
その神殺しの力をテンマから抜き取ることで自分たちがオリンポスの神々に成り変わろうとしていることをテンマに告白したのだ。
彼らにとって、テンマは悲願達成の道具でしかなかった。
テンマは真っ直ぐとした瞳でアイビーを見据えた。
「血が繋がっていても情愛が存在するとは限らない……それにもかかわらず、アンタは会ったばかりの子供を守ろうとしていて、たけるもアンタの気持ちを理解している…すごいことだよな…それって……」
「テンマくん…」
大河は憂苦の表情でテンマを見つめる。
この少年はどれだけの悲しみを背負っているのか。
覆すことができぬ事実に何度涙を流したことだろうか。
それを想像すればするほど、大河の胸は潰されそうになった。
「テンマ…」
その感情はアイビーも一緒だった。
アイビーは愛情の薄い家庭で育った。
だからこそ、誰かに愛してほしかった、認めてほしかった。
ジェイソン・ウッドルー博士の人体実験を了解したのも、成功すれば、ウッドルーが更に自分を受け入れてくれるかもしれないと確信していたため。
しかし、実験の結果、彼女は正気を失い、それに失望したウッドルーは彼女を捨てた。
愛情を与えられない苦しさ、愛情を否定される悔しさは、他の誰よりもアイビー自身が理解している。
「私も…攻撃して悪かったわ……」
アイビーが立ち上がった。
それと同時に、それまで行く手を阻んでいた蔦がゆっくりとカーテンを開くように動き始め、道を作ったのだ。
「これでこの子たちを傷付ける必要はないでしょ?さぁ、行きなさい…」
「ねぇ、アイビーさん……」
大河はアイビーに声をかける。
「また、貴方と会えるかしら……」
それに対して、アイビーは女帝の風格を感じさせる、皮肉な笑みを見せた。
「貴方達が死んでいなければの話だけどね…再会したところで持て成す気もないけど…」
その不遜な言葉に、大河は頬を膨らませる。
「もう!何でそんな尖った言い方をするの!!だから、誤解されちゃうんじゃないっ!!貴方、本当はとってもいい人なのに……」
「私が……善人……?」
罵られたことは数多くあるが、人から礼賛されたことなどなかった。
痒さを伴った照れがアイビーの全身に広がっていく。
「そんなこと言っても…何も出ないわよ……」
アイビーは大河の警戒心のなさに呆れ果てると同時に、彼女に危うさを感じた。
放っておけば、誰かに足元をすくわれて、命を狙われると。
アイビーはため息をつく。
「本当に貴方は心から平和ボケしているようね…そんな心構えでここを生き残れると思っているの…?」
アイビーは二人の人物と合流することを忠告した。
一人はマッティー。くたびれたスーツを着た東洋人の男で、アイビーに心酔し、アイビーの知り合いだと説明すれば、協力してくれるらしい。
もう一人はバットマンという男。アイビーとあまり“親しくない”らしいが、場合によっては彼も協力してくれる可能性がある。
「この二人に会えば、とりあえず貴方のような間抜けそうな女でも延命できるんじゃない……?」
「アイビーさん……」
ここまで虚仮にされれば、普通の人間なら腹を立てるだろう。
しかし、大河は冬木市の裏の市長とまで呼ばれる藤村組組長、藤村雷画の孫娘である。
このような屈折した情の表現は藤村組の若衆とのやり取りで慣れている。
「なんだかんだ言ったって、助言してくれる……やっぱり貴方……いい人よ……」
「本当に貴方って……何を言っても無駄のようね……」
アイビーは顔をぷいっと背けてしまった。
「ありがとう…アイビーさん……元気でね……」
大河はアイビーに礼を言うと、テンマと共にアイビーの作った道を進み始めた。
「本当に平和ボケしているんだから……」
アイビーは悪態をつきながらも、小さくなっていく二人の後ろ姿をいつまでも見つめ続けていた。
【D-9/森の中:深夜】
【天馬星座のテンマ@聖闘士星矢 冥王神話】
[属性]:正義(Hor)
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:基本支給品、未確認支給品1~3
[思考・状況]
基本行動方針:聖衣を取り戻し、この場から脱出する
1:タイガを守る
2:パンドラを探す
3:バットマンとマッティーに会ったら協力を頼む
【藤村大河@Fate/stay night】
[属性]:一般人(Isi)
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:基本支給品、未確認支給品1~3
[思考・状況]
基本行動方針:みんなと一緒に生きて帰る
1:士郎を探す
2:テンマが心配
3:バットマンとマッティーに会ったら協力を頼む
【ポイズン・アイビー@バットマン】
[属性]:悪(Set)
[状態]:健康
[装備]:ポイズン・アイビーの服
[道具]:基本支給品一式、不明支給品1~3
[思考・状況]
基本行動方針: 森を城塞とし、子ども達を助ける。敵対する者は殺す。
1:森の植物に血を与えて城塞とする。
2:子ども(未成年)が来たら助けてやる。
3:バットマンと出会えたら、首輪解除のために共闘する。
※ポイズン・アイビーのフェロモン
キスにより男を魅了し、支配する事が出来る。
どのくらいの時間、どの程度の支配力があるかは不明。
【相沢たける@侵略! イカ娘】
[属性]:その他(Isi)
[状態]:健康
[装備]:特になし
[道具]:基本支給品一式、不明支給品1~3(未確認)、ハーレイ&アイビーのDVDとバッテリー付き再生機セット
[思考・状況]
基本行動方針:姉ちゃん達と逢いたい
1:アイビー姉ちゃん大好き!
2:テンマ兄ちゃんとタイガ姉ちゃんはいい人!
*時系列順で読む
Back:[[夢の続き]] Next:[[運命/不可思議な偽りを]]
*投下順で読む
Back:[[甘楽ちゃんのドキ☆ドキ身体&精神検査!?]]Next:[[運命/不可思議な偽りを]]
|[[天馬と虎]]|[[テンマ]]|[[]]|
|~|[[藤村大河]]|[[]]|
|[[TAKERU and Ivy:Matty the Dog.]]|[[ポイズン・アイビー]]|[[]]|
|~|[[相沢たける]]|[[]]|
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**Angel Heart◆uBMOCQkEHY
木々と雑草が鬱蒼と生い茂る森の中、大河とテンマは歩いていた。
二人は合流し、軽い自己紹介を済ませた後、とりあえず、南の511キンダーハイムという施設に行ってみようということとなり、南下していた。
森の北側は足元が落ち葉と雑草だったため、滑りそうな危うさこそはあったが、歩くのには不自由とまでではなかった。
しかし、進むにつれ、大蛇を連想されるような太い蔓が地面を這い、カーテンのように垂れ下がった蔦が二人の行く手を阻むようになった。
森というよりはジャングルの奥地を連想させる。
さすがに並んでは歩けなくなったので、テンマが先頭に立ち、雑草をむしりながら前進していた。
冷え冷えと光る月明かりに照らされた草木は眠りについたように生命力を閉ざし、その閑散さは墓地などの静けさに近い。
その沈黙に耐えかねたのであろうか。
大河は歩きながら、自分のこと、士郎のことをテンマに話していた。
「…でね、士郎って、お料理が上手で、まさに家政婦っ!一家に一台あると便利な子なの……」
「弓が上手くてね、百発百中っ!!だから、高校では弓道部から引っ張りだこ!テンマくんにも見せてあげたいわっ!!」
などと、その話は実に他愛もない。
それに対してテンマは、
「士郎って、すごいんだな」
と、好意的な相槌を打つ。
テンマはあえて口を出さないが、この時点でテンマは自分と大河が別の世界から来た人間ではないかという予感を薄々感じ始めていた。
大河の服装が、Tシャツにロングスカートというテンマの時代では考えられないファッションであることもそうだが、
度々大河の口から出てくる“高校”“家政婦”などの聞きなれない単語が決定打だった。
これらの単語自体、テンマの生きた1700年代には存在しない。
テンマと大河の生まれた時代には実に250年近くの隔たりが存在していた。
それでも会話が成立しているのはテンマが口を挟む余裕がないほどに大河が一方的に話していること、
テンマが聞きなれない単語について質問しても、“テンマくんは外国人だから『日本語』が理解できなくて当然よね”と、
テンマを日本語に不自由な外国人扱いし、時代の隔たりから来る概念の違いを自己解釈してしまうからだ。
本来なら、ここで大河の雑談を中断させ、時代の隔たりを説明した方が良かったのかもしれない。
しかし、テンマはあえてそれを行わなかった。
テンマ自身、単語の意味は前後の話から何となく予測できたし、何より気持ちよく話している大河に水を差すのではという考えがそれを押しとどめていた。
要は明るい大河を見ていたい。
それが今のテンマの素直な心境であった。
テンマがそんな気遣いをしているとも知らず、大河は話を続ける。
「……でね、士郎と私の最初の出会いは、冬木市で大火災が起こった時、士郎のお父さんの切嗣さんがね、身寄りを失った士郎を養子にしたのが……」
「士郎も……孤児なのか……」
ここでテンマは立ち止まった。
テンマの表情に陰りが浮かぶ。
「まさか…テンマくんも…?」
その表情で大河はテンマも士郎と同じ境遇だったことを察した。
「ご……ごめんなさいね……」
大河は辛いことを思い出させてしまったと申し訳なさそうに俯く。
しかし、テンマは首を横に振る。
「いや…気にしなくていいよ……孤児院での生活は辛いこともあったし、寂しさを覚える時もあった……けど、仲間……いや、家族がいた……」
テンマの脳裏に幼き頃のサーシャやアローンの姿が蘇る。
皆、身寄りはなかったが、肩を寄せ合い、助けあい、明日に希望を持って生きてきた。
この生活があったからこそ、テンマは今の自分があるのだと理解していた。
テンマにとって、彼らと過ごした日々はかけがいのない思い出であった。
「家族かぁ…」
テンマに同調するように大河はほほ笑んだ。
「士郎と私は血が繋がっていないけど、心は通じ合っている……テンマくんが孤児院の仲間を家族って思うように……私とって士郎は立派な家族なの……」
「そうか…士郎は幸せ者なんだな…」
親がいなくとも、信頼しあえる者が近くにいれば、その心は救われる。
テンマは孤児院の日々でそれを痛感している。
士郎もテンマと同じように寂しさを感じていた時があったのかもしれない。
それでも士郎は大河という懐の大きい女性に支えられていた。
士郎もテンマと同じ考えにたどり着いていたのではないのか。
「会ってみたいな……士郎に…」
テンマがそう呟き、再び歩もうと、目の前の蔓を引きちぎった直後だった。
「ちょっと、何しているのよっ!!」
テンマと大河は声がする方――上を見上げた。
そこには蔦が幾重にも絡み合い形作られた繭。声の主の女性はその繭の上で仁王立ちしていた。
「アンタは誰だっ!!」
テンマは大河を庇うように拳を構える。
女性は緑色の肌に、燃えるような赤い髪。
その容貌から明らかに“人間”でないことが窺い知れる。
しかし、男を知り尽くしているような甘く妖艶な顔。
男の欲望をそそらせるような引き締まった括れに、肉質的な太もも。
人外の姿でありながら、その美貌はどこの女性よりも完成されたものであった。
女性は忌々しげな眼光を鋭く放つ。
「私はポイズン・アイビー……貴方達がどういう目的でここに来たのかは知らないけど……この蔦は私の愛おしい子供たち…それを破壊しようなんて……許さないっ!!!」
女性――アイビーの有無を言わせぬ怒声。
この声を合図とするように、沈黙を守っていた足元の蔓が蠢きだす。
「逃げろっ!!!」
危機感を感じたテンマは大河を突き飛ばした。
「きゃっ!!」
大河は大きくよろけ、尻もちをつく。
これとほぼ同時だった。
蔓一本一本が総身をうならせ、津波のように彼らに襲いかかってきた。
「テンマくんっ!!!」
大河はテンマを守ろうと立ち上がる。
しかし、それよりも早く、テンマは身体の奥から何かを引き出すかのように深い息を吐き、そして――
「ペガサス流星拳っ!!!!!!」
蔓の群れに向かって、拳を放ったのだ。
ペガサス流星拳――天馬星座の13の星の軌跡を描く構えから、毎秒百発以上の音速の拳を繰り出す連続ラッシュ攻撃。
その拳には聖闘士が体内で燃焼させた力――小宇宙が纏われ、それが相手に打ち込まれるや否や、相手の原子を砕く。
シンプルでいながら、まさに絶技。
それを表わすかのように、テンマの目の前の蔓はまるで爆竹が弾けたかのように砕けていく。
「何ですって!!!」
思わぬ抵抗に、アイビーは柳眉を逆立てる。
大河も目で追うことができないほどのテンマの“すごい力”を目の当たりにし、呆然としている。
二人の女性はテンマの強靭的な力に言葉を失っていた。
この二人でなくとも、ほとんどの人々が同じような反応を示すであろう。
しかし、この絶技の“威力の弱さ”に愕然とする者がいた。
テンマである。
テンマは気付いていた。
(小宇宙が弱まっているっ!!)
小宇宙は一種の気である。
身体の中で小宇宙を練り、それを力とする。
しかし、それだけでは外面を守ることができない。そこで肉体を限界まで鍛え、型と技法に磨きをかける。
そう言った意味では、聖闘士の戦闘は中国武術の長所――呼吸や血流を律することで経絡をめぐる気を鍛える太極拳の“柔”と
体を外面から強くして剛力を用いる少林拳の“剛”を併せ持つ闘法と言える。
しかし、中国武術と大きく違うのが小宇宙の特性である。
森羅万象、この世全てのものは原子でできている。
この原子を見定め、破壊することができるのが小宇宙という存在である。
聖闘士の闘法とは、外側からの剛力による破壊と内側からの原子の爆発による破壊、この二つが合わさることで成立する、究極の戦闘スタイル。
それ故に、拳で大地を割るなどの超人的なことを易々と行うことができるのだ。
勿論、アイビーの蔓を砕くなど聖闘士にとっては朝飯前のことである。
現に、テンマはアイビーの蔓を砕いた。
しかし、それはあくまで外側から衝撃を加えた結果でしかない。
内側からの爆発――原子の破壊が伴わっていないのだ。
原子の爆発が生じていれば、蔓など砕いたどころか、まるで内側に仕掛けられた爆弾が爆発したかのような破裂が生じるのだから。
拳から小宇宙がにじみ出ていることから、完全に小宇宙を失ってしまったわけではないようである。
しかし、その量はこれまでが湯水のように溢れ出る程と表現するなら、現在はこんこんと流れ出る湧水程度。
今のテンマの小宇宙は聖闘士候補生レベル――どうやって原子を破壊するかを模索するレベルにまで落ち込んでいた。
なぜ、ここまで小宇宙が弱まってしまったのか。
第一に、聖闘士の小宇宙を増幅させる効果を持つ聖衣を身に纏っていないという点があげられる。
しかし、テンマは本能的に感じ取っていた。
明らかに、自分の能力が落ちているのは何らかの力が加わっていると。
制限の根源が何かは分からない。
首輪によるものなのかもしれないし、会場全体に結界のようなものが張られているためなのかもしれない。
しかし、その原因を追及しなければ、いつか窮地に陥る可能性が出てくるだろう。
テンマはキリリと歯噛みする。
(そうなったら、俺はタイガを……)
「アイビー姉ちゃんの葉っぱをいじめちゃダメだよっ!!!!」
突如、蔓の繭から幼い少年――たけるが顔を出した。
「えっ…」
なぜ、この場で子供がいるのか。
戸惑ったテンマの注意が上空の繭に向けられる。
それは見事な隙であった。
この直後、無数の蔓が鞭のようにテンマの身体に巻きついた。
テンマはそのままビタンと地面に叩きつけられた。
「テンマくんっ!!」
大河はテンマの元に駆け寄り、蔓を引きはがそうとする。
しかし、蔓は巨木の根のようにびくともしない。
アイビーはそのテンマの無様な姿を見下すように鼻先で笑う。
「植物を嬲った罰よ…」
基本的にアイビーにとって、未成年は保護する対象である。
しかし、植物を傷付ければ話は別である。
植物を破壊することがいかに冒涜な行為であるかを理解させる必要があった。
「うぐっ…かはっ…」
テンマの口から苦痛の声が洩れる。
蔓はテンマの身体に食い込み、少しずつ締め上げていく。
「お兄ちゃん……」
テンマが苦しんでいることは、小学生のたけるでも十分理解できた。
たけるはアイビーを見上げた。
「お願い…アイビー姉ちゃん…もうやめてあげて…お兄ちゃん、苦しそうだよ、辛そうだよ…可哀そうだよ…」
今にも泣き出しそうな瞳をアイビーに訴える。
「たける…」
まさかのたけるからの懇願。
アイビーにとって予想外の展開である。
アイビーの心にチクリと小さな針が刺さったかのような痛みが走った。
(もしかして、私、間違っていたかしら……)
一瞬、アイビーにそんな迷いが生まれる。
アイビーは自分に言い聞かせるように首を横に振った。
(いいえ、そんなことはないわっ!!)
アイビーはたけるに言い聞かせる。
「彼はね…植物を傷付けたのよ……
貴方だって身体が傷ついたら、嫌だと思わない……?
これは当然の報い……
それに、貴方だって、傷付けられていたのもしれなかったのよ…」
たけるは物分かりのいい子供だった。
そういう考えもあるかもしれないとアイビーの言葉を受け入れ、しゅんと俯く。
「だけど……」
ここでたけるは申し訳なさそうに呟いた。
「……あのお兄ちゃん……隣のお姉ちゃん、守ろうとしていたんだよ……
もし、アイビーお姉ちゃんが誰かに狙われていたら、
僕もお兄ちゃんみたいにアイビー姉ちゃんを守っていたと思うよ……」
「それは……」
今回の戦闘はテンマが植物を引きちぎったことが発端である。
テンマの行為は植物を愛するアイビーにとっては許されざることではあるが、テンマ達の視点から見れば、進むために必要かつ無意識の行動であった。
そのテンマ達に対して嫌悪を覚え、一方的に攻撃を仕掛けてきたのは、むしろ、アイビーの方である。
テンマ達の事情も考慮すれば、非があるのはむしろ自分ではないのか。
アイビーの心の疑問がいよいよ大きくなっていく。
(私は……やっぱり…間違っていたのかしら……)
この時だった。
テンマに絡みつく蔓が緩んで解けていった。まるでアイビーの心の蟠りに呼応するかのように。
テンマは訝しげに蔓を眺める。
(何が起こった……?)
その原因を追及するべきなのかもしれない。
しかし、今は少しの隙が命取りに繋がる戦闘状態。
相手より先手を打てるかどうかが、勝敗を決する。
また、アイビーの様子を見ると、何か思案に捕らわれているようであり、蔓が緩んだことに気付いていない。
(今だっ!!!)
テンマが蔓を引きちぎろうと腕に力を込めたその時であった。
「テンマくん、あの人に謝ろう……」
大河がテンマの肩にそっと手を置いた。
「な……どうしてだよっ!!!」
難癖をつけて攻撃を仕掛けてきたのはアイビーの方である。
非がないにもかかわらず、相手に頭を下げるなど、納得できるはずもない。
「分かっているわ、テンマくん…だけどね……」
大河とて、テンマの不満は重々承知している。
それでも大河はテンマを説得する。
「あの人……あの男の子を守ろうとしていたんじゃないかしら……確かに、彼女の行為はちょっと過剰よ……だけど、私たちも彼女に説明を怠っていた部分もあったし、ここって殺し合いの場じゃない……警戒心が強くなりすぎるてもしょうがないわ……」
大河は立ち上がり、アイビー達に手を振る。
「怖がらせてごめんなさいっ!だけど、私たちは殺し合いには乗っていないわっ!!信じて!!」
「何を突然……」
アイビーは大河の行動に面食らう。
敵対する人間に対して、素直に己の非を詫び、その上で信じてほしいと説得する。
これが恐怖からくる命乞いであれば、アイビーも理解はできた。
しかし、はきはきと叫ぶ大河を見ている限り、どうも謝罪の根源は恐怖からではないらしい。
(彼女に応じるべきなのかしら……)
アイビーは目の前の女に対してどう対処すべきかを考えあぐねる。
その答えはたけるが知っていた。
「あのお姉ちゃん、謝ってるよっ!!僕たちも謝ろう!!」
たけるは近くの蔓を引っ張りながら、“下に降りよう”とアイビーを促す。
「けど、たける…彼らは…」
守るべきはたけると植物。
それを狙う者は敵である。
もし、降りてきた直後に彼らがたけるの命を狙ってきたら……。
アイビーはたけるの言葉を受け入れるべきかどうか、逡巡する。
しかし、そんな可能性に思い至らないたけるは“いいから、下へ降りよう”と尚もアイビーを促す。
結局、根負けしたのはアイビーの方だった。
「分かったわ……ただ、彼らが襲ってきても…知らないわよ…」
テンマの身体から蔓が離れていく。
その蔓はアイビー達の繭に向かって伸びていき、あっという間に、階段を形作っていった。
たけるとアイビーはそこからゆっくりと降りていき、テンマ達と対峙した。
たけるには襲われても知らないと公言しておきながら、それでも彼の身を案じているのだろう。
蔓の階段から降りるや否や、アイビーはたけるを自身の背後に隠した。
また、万全を期するため、森を覆う蔓の先はレーザーサイトのようにテンマ達を狙っている。
「アンタ……」
勿論、テンマもアイビーのことを信用しているはずがない。
テンマは拳を構え、万が一の時はこちらも容赦しないという意思を見せつける。
和解する予定だったかかわらず、二人の間には一触即発のガラスのような緊張が漂っていた。
そのガラスを粉砕したのは、やはりたけるであった。
「お兄ちゃんっ!!」
アイビーの制止する声も聞かず、テンマに詰め寄る。
「首とか足とか手とか大丈夫?痛くなかった?」
「えっと…たけるだっけ…」
テンマは蔓の動きに警戒しながら、とりあえず、知りたかった疑問を口にする。
「どうして、あの女と一緒にいる?…酷いことはされていないか…」
テンマには予感があった。
たけるは何らかの方法で脅迫され、彼女と一緒にいるのではないのかという予感が。
もし、そうであれば、たけるを保護する必要がある。
アイビーという女を信用できないからこそ、テンマはたけるの真意を確かめたかった。
「アイビー姉ちゃんのこと…?」
質問に答えないテンマにキョトンとしつつも、笑顔で答える。
「ここで初めて会ったのがアイビー姉ちゃんで、蔓の中はふかふかでとっても温かくて、お布団みたいなんだっ!!」
たけるは、万が一の時は見捨てるなどの発言をされておきながら、アイビーに対して不満を抱いていないどころか、全幅の信頼を置いているようである。
当のアイビーは手を伸ばしたまま、歯痒そうにテンマを睨みつけている。
「彼女は安心できる人みたいね……」
大河は“ほらごらんなさい”と言わんばかりに肘でテンマの脇を突っつく。
「分かったよ…」
テンマは気まずそうにそっぽを向いた。
テンマはアイビーの人外の容貌、威圧的な言葉、一方的な攻撃から、その性格をかなり歪んだ邪悪なものとして受け取っていた。
実際、テンマの考えは的を射る部分もあるのだが、たけるに対してはアイビーのもう一つの特性である母性が大きく働き、悪しき面は鳴りをひそめていた。
テンマはたけると同じ目線になるようにしゃがむと、その頭を優しくなでた。
「俺は平気だ……それよりも、さっきは植物を傷付けて悪かったな……」
テンマは“あの人の元へ戻れ…心配しているから…”とたけるの背中を押す。
たけるは“うん”と元気に頷くと、アイビーの元に走った。
「たけるっ…!!」
アイビーは大きく手を広げ、たけるを抱きしめる。
このアイビーの行動は無意識によるものだった。
アイビーの母性が働いたからに他ならないが、その行動は毒婦として名を馳せてきたアイビー自身、戸惑いを覚えてしまう。
大河はそんなアイビーの心の内など露知らず、クスリと笑みを浮かべる。
「なんか親子みたいね……」
「親子……」
アイビーは大河の言葉を噛みしめるように反芻する。
アイビーの本名はパメラ・リリアン・アイズリー。
彼女は大学在学中に、ジェイソン・ウッドルー博士の人体実験によって、体内に毒と菌を宿す肉体に改造させられてしまった。
この人体実験の後遺症のせいで、彼女は妊娠できない身体となった。
故に、親子という関係はアイビー自身がどんなに望んでも、実現できない一種の理想でもある。
(もし、パメラ・リリアン・アイズリーとして生きつづけていれば、たけるのような子供を授かっていたのかもしれない…)
アイビーの心中に郷愁に近い甘い感情が静かに湧きあがる。
アイビーは更にたけるを強く抱きしめた。
(もう…諦めていたことなのに……)
アイビーはどう対処すれば分からない母性に困惑する。
それに反発するためだろうか、吐き捨てるように呟く。
「私は……私のポリシーを貫いているだけ…別に情なんて……」
「親子……」
アイビーと同じように、テンマも大河の言葉を反芻していた。
テンマは寂しげな苦笑を浮かべる。
「タイガ……実は黙っていたんだけど……俺、実の両親に会ったことがあるんだ……」
大河の顔からパッと華やかな笑みが洩れる。
「良かったじゃないっ!!テンマくん!!!」
しかし、その吉報とは裏腹に、テンマの表情の曇りは晴れない。
テンマは俯いたまま、淡々と言葉を継ぐ。
「俺の両親は俺を愛してはいなかった……それどころか、両親は野望の足掛かりにするために俺を産んだ……」
神話時代、ペガサスの聖闘士は冥王ハーデスとの激戦の末、ハーデスの身体に傷をつけた。
神を傷付けた――神殺しの力を持った唯一の聖闘士であり、その魂を持ったのが、ほかならぬテンマであった。
テンマの両親である杳馬とパルティータはその能力に目を付け、テンマを出産。
その神殺しの力をテンマから抜き取ることで自分たちがオリンポスの神々に成り変わろうとしていることをテンマに告白したのだ。
彼らにとって、テンマは悲願達成の道具でしかなかった。
テンマは真っ直ぐとした瞳でアイビーを見据えた。
「血が繋がっていても情愛が存在するとは限らない……それにもかかわらず、アンタは会ったばかりの子供を守ろうとしていて、たけるもアンタの気持ちを理解している…すごいことだよな…それって……」
「テンマくん…」
大河は憂苦の表情でテンマを見つめる。
この少年はどれだけの悲しみを背負っているのか。
覆すことができぬ事実に何度涙を流したことだろうか。
それを想像すればするほど、大河の胸は潰されそうになった。
「テンマ…」
その感情はアイビーも一緒だった。
アイビーは愛情の薄い家庭で育った。
だからこそ、誰かに愛してほしかった、認めてほしかった。
ジェイソン・ウッドルー博士の人体実験を了解したのも、成功すれば、ウッドルーが更に自分を受け入れてくれるかもしれないと確信していたため。
しかし、実験の結果、彼女は正気を失い、それに失望したウッドルーは彼女を捨てた。
愛情を与えられない苦しさ、愛情を否定される悔しさは、他の誰よりもアイビー自身が理解している。
「私も…攻撃して悪かったわ……」
アイビーが立ち上がった。
それと同時に、それまで行く手を阻んでいた蔦がゆっくりとカーテンを開くように動き始め、道を作ったのだ。
「これでこの子たちを傷付ける必要はないでしょ?さぁ、行きなさい…」
「ねぇ、アイビーさん……」
大河はアイビーに声をかける。
「また、貴方と会えるかしら……」
それに対して、アイビーは女帝の風格を感じさせる、皮肉な笑みを見せた。
「貴方達が死んでいなければの話だけどね…再会したところで持て成す気もないけど…」
その不遜な言葉に、大河は頬を膨らませる。
「もう!何でそんな尖った言い方をするの!!だから、誤解されちゃうんじゃないっ!!貴方、本当はとってもいい人なのに……」
「私が……善人……?」
罵られたことは数多くあるが、人から礼賛されたことなどなかった。
痒さを伴った照れがアイビーの全身に広がっていく。
「そんなこと言っても…何も出ないわよ……」
アイビーは大河の警戒心のなさに呆れ果てると同時に、彼女に危うさを感じた。
放っておけば、誰かに足元をすくわれて、命を狙われると。
アイビーはため息をつく。
「本当に貴方は心から平和ボケしているようね…そんな心構えでここを生き残れると思っているの…?」
アイビーは二人の人物と合流することを忠告した。
一人はマッティー。くたびれたスーツを着た東洋人の男で、アイビーに心酔し、アイビーの知り合いだと説明すれば、協力してくれるらしい。
もう一人はバットマンという男。アイビーとあまり“親しくない”らしいが、場合によっては彼も協力してくれる可能性がある。
「この二人に会えば、とりあえず貴方のような間抜けそうな女でも延命できるんじゃない……?」
「アイビーさん……」
ここまで虚仮にされれば、普通の人間なら腹を立てるだろう。
しかし、大河は冬木市の裏の市長とまで呼ばれる藤村組組長、藤村雷画の孫娘である。
このような屈折した情の表現は藤村組の若衆とのやり取りで慣れている。
「なんだかんだ言ったって、助言してくれる……やっぱり貴方……いい人よ……」
「本当に貴方って……何を言っても無駄のようね……」
アイビーは顔をぷいっと背けてしまった。
「ありがとう…アイビーさん……元気でね……」
大河はアイビーに礼を言うと、テンマと共にアイビーの作った道を進み始めた。
「本当に平和ボケしているんだから……」
アイビーは悪態をつきながらも、小さくなっていく二人の後ろ姿をいつまでも見つめ続けていた。
【D-9/森の中:深夜】
【天馬星座のテンマ@聖闘士星矢 冥王神話】
[属性]:正義(Hor)
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:基本支給品、未確認支給品1~3
[思考・状況]
基本行動方針:聖衣を取り戻し、この場から脱出する
1:タイガを守る
2:パンドラを探す
3:バットマンとマッティーに会ったら協力を頼む
【藤村大河@Fate/stay night】
[属性]:一般人(Isi)
[状態]:健康
[装備]:なし
[道具]:基本支給品、未確認支給品1~3
[思考・状況]
基本行動方針:みんなと一緒に生きて帰る
1:士郎を探す
2:テンマが心配
3:バットマンとマッティーに会ったら協力を頼む
【ポイズン・アイビー@バットマン】
[属性]:悪(Set)
[状態]:健康
[装備]:ポイズン・アイビーの服
[道具]:基本支給品一式、不明支給品1~3
[思考・状況]
基本行動方針: 森を城塞とし、子ども達を助ける。敵対する者は殺す。
1:森の植物に血を与えて城塞とする。
2:子ども(未成年)が来たら助けてやる。
3:バットマンと出会えたら、首輪解除のために共闘する。
※ポイズン・アイビーのフェロモン
キスにより男を魅了し、支配する事が出来る。
どのくらいの時間、どの程度の支配力があるかは不明。
【相沢たける@侵略! イカ娘】
[属性]:その他(Isi)
[状態]:健康
[装備]:特になし
[道具]:基本支給品一式、不明支給品1~3(未確認)、ハーレイ&アイビーのDVDとバッテリー付き再生機セット
[思考・状況]
基本行動方針:姉ちゃん達と逢いたい
1:アイビー姉ちゃん大好き!
2:テンマ兄ちゃんとタイガ姉ちゃんはいい人!
*時系列順で読む
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*投下順で読む
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|[[天馬と虎]]|[[テンマ]]|[[Forest Of The Red]]|
|~|[[藤村大河]]|~|
|[[TAKERU and Ivy:Matty the Dog.]]|[[ポイズン・アイビー]]|~|
|~|[[相沢たける]]|~|
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