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「TAILS OF THE BLACK FREIGHTER」(2010/09/02 (木) 21:43:01) の最新版変更点
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**TAILS OF THE BLACK FREIGHTER ◆JR/R2C5uDs
ページをめくる。
海賊から逃れた男が、筏に乗り故郷を目指す。
ページをめくる。
男は、海賊達に蹂躙される故郷を想像し、怒りに震える。
ページをめくる。
筏には浮力を増すため、死体がくくりつけられている。
ページをめくる。
筏に使用した死体が、獰猛な鮫の群れを引き寄せる。
ページをめくる。
男は奮戦する。ただひたすら、故郷を海賊の脅威から守るために。愛する者のために。
◆◆◆
暗い屋敷の中、慎重に歩を進める。
壁に添い、音を立てず、それでいて確実に。
手に構えた銃を、しっかりと握る。
明かりが動いていたのはこの部屋だ。
僅かに開いたドア。
絨毯に、人の歩いた痕跡がある。
おそらく、一人。成人男性。歩き方に淀みが無く、規則的だ。
几帳面な、或いは神経質な性格。
だが果たして ―――。
「君は、どこの部署だ?」
ドアを開けた正面、暗がりの中佇む人影が、いきなりそう訪ねてくる。
ジェームズ・ゴードンは引き金に手を掛けたまま、
「ゴッサム市警本部長、ジェームズ・ゴードンだ」
返すはなから、横から飛び出してきた何者かに絡め取られ、首を決められた。
「ゴッサム…? ふむ。だが、そうだな」
手にしていたテイザー銃を奪われないよう伸ばす。伸ばした肘の内側を背後から握られ、激痛が走る。
「私はルンゲ。ハインリッヒ・ルンゲ。BKA(ドイツ連邦捜査局)警部だ。
悪いが、念のため一時的に拘束させて貰った」
す、と身体が解放される。
すぐにテイザー銃を構えたかったが、右肘にまだしびれが残っている。
振り返ると、表情の薄い、目つきの悪いドイツ系の男。
目の端、部屋の正面に大きな姿見が置かれているのがわかる。
成る程、してやられた。
部屋に入って最初に見えた人影は、部屋の正面に置かれた姿見に映ったルンゲの姿だった。
実際にルンゲは、扉のすぐ脇、死角になる位置にいて、室内灯などを巧妙に利用し、あたかもこの薄暗い部屋の正面に居るように細工をしていたのだ。
「足音の様子から、貴方がおそらくは正式な訓練を積んだ人間であろう事は推測できた。
軍人のものに較べると荒さが少ない。警察、捜査員関係だというのも。
唯一問題は―――」
「殺意の有無、か」
ゴードンは室内のソファに腰を掛け、ルンゲは立ったまま書架の前等を調べつつ、会話をしている。
トレンチコートに黒縁眼鏡。しかし骨太で重厚な顔立ちと豊かな口ひげが、現場主義のタフガイを想像させるゴードンとは真逆に、細く蒼白いインテリ風な風貌で、薄くなり始めた黒髪とつり上がった細い目をしたルンゲは、いかにも対照的だ。
ゴードンが持っていたのは、テイザー銃。コードを射出して、電撃で気絶させる。
現代警察の持つ、所謂非殺傷武器の一つだ。
「しかし、支給されていたのがたまたまテイザーと言うだけでは、殺意自体の有無はわからんぞ」
「殺意があれば、最初に人影を確認したときに撃っている。それだけの技術はあるだろう?」
こともなげにルンゲが返す。
もっともだ。
右手をカタカタと動かしている。癖だろうか。まるでタイプを打っているような動きだ。
「リストは見たか?」
「ああ、見た」
「知人は?」
少し、ほんの少しだけ躊躇して、しかし簡潔に応えた。
「バットマンは味方だ。協力してくれるだろう。ポイズンアイビー、ジョーカーは危険な犯罪者だ。ジョーカーは狂人で、何をするかわからない。アイビーは毒と植物を使う恐ろしい女だ」
一瞬だけ、視線を向けてくる。
それから、右手を動かしつつ、こちらへと向かってきて、書斎の中心にある机の上に手帳を広げる。
視線も向けずゴードンに語りながら、ルンゲはペンでなにやら書き込み始めた。
「1971年に、スタンフォード大学心理学部で行われた心理実験の事は知っているか?」
「いや」
「ランダムに選び出した被験者を、それぞれ看守役と囚人役に分け、ロールプレイ…つまり、実際に看守として、囚人としての役割を徹底させた生活を送らせる」
ゴードンは聞きつつ、側に寄り、手帳を見る。
「その結果、それぞれの精神に変化が起きた。看守役は、徐々に横柄で威圧的になり、囚人役は卑屈で陰鬱、又は粗暴、無気力になった。
抑鬱、ノイローゼに近い症状を示す者も現れ、実験は中止になる」
名簿の何人かの横に、それぞれA、B、C、と書き込まれている。
「…その実験が?」
ちらり、とゴードンの顔を見て、再び言葉を続ける。
「この実験の結果として、一つ言えるのは、『与えられた役割は人間を変えうる』という事だ。
同じ人間でも、管理する側に回った場合と、管理される側に回った場合で、反応が異なると言うことは往々にあり得る」
「それが、犯人の目的か?」
「違う」
書き込みを終えて、それを見る。
「或いはそれも含まれているかも知れないが、主目的ではない。
役割による変化を観察するのが主目的ならば、まず最初に役割を明かす必要がある。
この犯人は、その前段階として、「各々の役割を探り当てる」事を示唆している」
「謎かけ、か…」
ゴードンの脳裏に、リドラーという男の顔が浮かぶ。
リドラーは犯罪の度に、必ず謎かけを仕掛けてくる。ジョーカーに近い愉快犯だが、謎かけという点に関してのみ言えば、より巧妙だ。
「グループ分けには、必ず何らかの法則性がある」
ルンゲは右手を動かしたまま、そう続けた。
「法則性がなければ、探り当てようがない。探りだし当てることを前提としているのは、そこに意味があるからだ。
例えば、貴方と私は、"法の執行者"だ」
「ジョーカーとアイビーは、"犯罪者"」
ルンゲの名簿、ゴードンとルンゲにA、ジョーカー、アイビーにC、と書いてある。
「バットマン、というのは、探偵か、情報屋か?」
「その二つなら、探偵だな」
A、と書かれていたところに、or B、とも書き加える。
他に、ニナ・フォルトナー、ヴォルフガング・グリマーにBとあった。
「ニナは失踪中の参考人の一人。ある殺人事件被害者夫婦の養女だ。グリマーは記者。そしてこの男―――」
ルンゲの指が、一人の男を指し示す。
「ケンゾー・テンマ。極東出身の外科医で、私が追っている、連続殺人犯だ」
C、と書かれた部位を、軽く二回ほど指で叩いた。
あくまで、現時点での推論だが、と断った上で、ルンゲは言葉を続けた。
法を守る者。警察、捜査官、司法関係者、又はその協力者と、法を破る者、犯罪者とを限定した空間に閉じこめる。
その上で、それらと些か関係のある一般市民も配置する。
そして、そこで擬似的に対立構造を創り出し、経緯を観測する。
それぞれ法の執行者である二人が揃ったことで、出てきた推論だ。
「世界の縮図を創ったつもり、というところか」
「或いは、それを逆転させたいのか」
「…我々法の執行者に、一般市民を殺させ、悪党共に守らせよう、という実験?」
「有り得なくはない。グループ分け、と、それぞれに科せられた条件まではまだわからない」
ゴードンは腕を組み、深く息を吐く。
ルンゲはゴードンに視線を向けず、虚空を見るかのような表情で、指を動かしながら言葉を続けた。
「犯人は非常に知性が高い。裕福で、組織力がある。或いは何らかの組織そのものが関わっている。
機械工学、薬学などのエキスパート、又はそれら含む集団」
誘拐、拉致監禁。そしてこの広大な土地を会場として使える事。
それらを踏まえてのこのプロファイルには、ゴードンも同意する。
「その上で、哲学、或いは心理学的に特異な思想に傾倒している。
利益目的や単純な快楽のためではない、大規模犯罪。
アメリカからも、ドイツからも、その他各国から被験者を誘拐し集めてきたのも、特定の国の倫理や法に依らない実験をしたかったのかもしれない。
異常だが、その底にあるのは冷徹な探求心と、長期的計画を実行できるねばり強い精神力でもある」
「神か、悪魔か、はたまた異次元人か宇宙人…かもしれんな」
ゴードンがそう呟くと、一瞬だけルンゲが視線をやり、特に関心も無いそぶりで、
「かもしれない」
と返した。
相変わらず、醒めた目つきのままで。
◆◆◆
ゴッサム、というのは、確かニューヨークの別名だったと記憶している。
ニューヨーク市警、と言わずに、敢えて俗称で名乗る理由は分からないが、アメリカ人独特の慣習なのだろうか。
神や悪魔、ならまだしも、異次元人や宇宙人までをも引き合いに出す当たり、ゴードン自身がそう言うくだらないことを言うのが好きなだけなのかもしれない。
或いは、狂った殺人ピエロだとか毒をまき散らす植物学者等ばかりを相手にしていると、自然とそう言う思考になってしまうのだ、というのも考えられる。
ルンゲは以前から、FBIのプロファイリング技術に強い関心を持ち、自身もそのノウハウを学び活用している。
しかし、そこで必要なデータベースに関しては、各国毎に異なるものが必要だとも考えている。
犯罪というのは、非常に文化的なものだ。
ゴードンの言うような、コミックブックを真似たコスチュームの犯罪者が横行する国と、石と煉瓦と伝統に裏打ちされた西欧では、やはり下地が異なる。
ルンゲは一人、広大な屋敷の書斎で、手にした本の頁を捲り、そう思い起こす。
この屋敷の中で、意識を戻したときに置いてあったバッグの中、手帳や食料の他にあった支給品の一つだ。
『黒の船』というタイトルの、アメリカのコミックブックの合本。
何故こんなものが? とゴードンも疑問に思ったようだが、これにも何かしら理由はあるだろう。
つまりは、これも謎かけの一つで、この中に何かしらのヒントが隠されているかもしれない。
ゴードンは、バットマンと合流したい、との行動方針を述べた。
ルンゲの推論が正しければ、示された3つのグループの内一つは、犯罪者達と言うことになる。
だとすれば、ジョーカーやアイビー、或いはテンマだけが脅威ではないという事だ。
いち早く、それら犯罪者を捕縛するためにも、ゴードンはバットマンの力が必要だと言う。
それに対し、ルンゲは同行を拒否した。
彼は彼なりに捜査を進めたいし、テンマが居るならば、確保もしたい。
いや、むしろ、テンマがこの主犯と関わりがあるという可能性も考えている。
ならば、と、ゴードンが手渡してきたのは、無線機だ。
ゴードンのバッグに入っていた支給品は3つ。一つはテイザーガン。もう一つはこの2対のトランシーバー。
そしてもう一つが、憎々しい表情と共に取り出した、白面に裂けた口、緑の髪をした男の顔が模された小さな装置。
その装置のスイッチの一つを押すと、外からエンジン音がする。
窓からそれを見ると、これまたその装置同様の顔が描かれた派手な車。そのライトが点滅していた。
「ジョーカーの車だ。まったく、趣味が悪い」
それには、同意見だった。
定時に合流しないか、との提案に、一応考慮する、と応える。
まずは明け方、6時にここで。逢えても逢えなくても、その次は正午の12時。
何処へ向かうつもりかと聞くと、まずは心当たりの場所がある、と言った。
一つは、ゴッサムタワー。もう一つは、アーカム・アサイラム。
ここ、ウェイン邸と共に地図に記載されたこの二つは、ゴードンにとって既知のものらしい。
ゴードン曰く、ウェイン邸には何度か来たことがあるが、その記憶の範囲で言えば、「非常に良くできている」という。
ゴッサムシティ有数の大富豪だというこの邸宅の元々の持ち主は、「遊び人だが、チャリティにも熱心な善良なセレブリティ」で、事件との直接の関連性は考えにくいという。
だが、果たしてそうなのか?
これも、姿を見せぬ犯人の何らかのメッセージなのではないか?
件の人物を知らぬ以上、現時点では分からない。分からないが、しかしヒントは必ずあるだろう。
そう、この屋敷が、本当にゴードンの言うように、正確にウェイン邸を摸した物だというのであれば、そこに何かしらのヒントが隠れているはずだ。
◆◆◆
ページをめくる。
男は故郷にたどり着く。復讐のため。愛する者のため。
ページをめくる。
既に街は海賊に占領されている。海賊の仲間を殺し、馬を走らせ、家を目指す。
ページをめくる。
男は遂にたどり着く。
愛する家族の居た家。海賊に奪われた家。
せめて、家族の仇を取ろう。
男は狂気に塗れた目で、かつての我が家に進入し、我が物顔でいる一人を殴りつける。
血が。
血が、溢れ。
悲鳴を上げる。
そして、男の名を呼ぶ。
ページをめくる。
悲鳴を聞きつけてやってきたのは、男の愛娘たち。
殴りつけていたのは…。
男は、悲鳴を上げながら、家を転がり出る。
かつての我が家。
占領された故郷。
違った。
誰もこの街を襲っておらず、家族も殺されておらず、海賊の仲間など何処にもいない。
ただ一人。
男が、この街を、愛する家族を襲ったのだ。
今、この街を襲っている脅威は、彼自身だ。
ページをめくる。
男は海岸へ走る。
ありもしない悲劇と、居もしない敵の幻想に囚われ、ただの人殺しとなった男に、もはや居るべき場所はない。
男は遠くに船影を見る。
黒い船。
海賊達の船。
男は近づき、船に乗り込む。
その船は、罪人の乗る船。
男にとって、最も相応しい船。
その船が求めているのは、街ではなく、ここにある打ち砕かれた罪人の魂。
読み終えて、ルンゲはそれを丁寧にバッグへと仕舞いなおした。
一つ、ゴードンに言わなかった事について、考える。
ヨハン・リーベルト。
ケンゾー・テンマが創り出した、居もしない別人格。
ルンゲは、1995年に起きた中年夫婦連続殺人を調べていくうちに、その9年前に起きたアイスラー記念病院で起きた毒入りキャンディでの医師殺害事件最大の容疑者、Dr.テンマと再会する。
尋問をし、また新たな事件が起きる中、ルンケは、Dr.テンマが二重人格なのだという推論を得た。
9年前の医師3人の毒殺事件。ドイツ全州で起きた中年夫婦殺害。参考人の一人と警官の殺害。
共犯と目された男が射殺された際に、その現場にいたというテンマの証言は、その全てが、9年前に彼が助けた少年、ヨハンによるものだという。
嘘をつく男ではない。知性も高く、堅実で、真面目。大人しく控えめだが、人に好かれる。
その男の中に、もう一つの破壊的人格が潜んでいる。
ルンゲの推論では、ヨハンこそ、ケンゾー・テンマの上位人格であり、殺人鬼という別の人格である。
自分自身の犯罪を、かつて助けた少年によるものだという物語を作り出し、信じている。
その、ヨハンの名が、名簿にある。
ルンゲはそのことを、ゴードンには告げなかった。
何故か?
何故、この名簿に、ヨハン・リーベルトという名があるのか?
これもまた、犯人からのメッセージなのか?
ルンゲは考える。
黒の船に乗るのは、いったい誰なのだろうか。
黒の船に囚われるべき、砕けた罪人の魂は。
ケンゾー・テンマか、ヨハン・リーベルトか。
或いは…。
【B-5/ウェイン邸:深夜】
【ハインリッヒ・ルンゲ@MONSTER】
[属性]:その他(Isi)
[状態]:健康
[装備]:
[道具]:基本支給品一式、『黒の船』のコミック@ウォッチメン、小型無線機B、不明支給品0~2
[思考・状況]
基本行動方針: ケンゾー・テンマを捕まえ、また今回の事件を仕組んだ犯人も捕まえる。
1:ウェイン邸をもう少し探索して、手がかりを探す。
[備考]
・ヨハンの実在と、テンマの無実を知る以前より参戦。
・ゴードンより、バットマン、ジョーカー、ポイズンアイビーに関して情報を得る。
・犯人のグループ分けを、[法の執行者]、[一般市民]、[犯罪者] ではないかと推論。
・朝6時に、正午にそれぞれ、ゴードンとウェイン邸かそのほか何処かで落ち合う約束。
【ジェームズ・ゴードン@バットマン】
[属性]:その他(Isi)
[状態]:健康
[装備]:テイザーガン、トレンチコート
[道具]:基本装備品一式、ジョーカーモービルとそのリモコン、小型無線機A
[思考・状況]
基本行動方針: バットマンと協力し、犯人を打倒する。
1:アーカム・アサイラム、ゴッサムタワーの何れかに向かう。
[備考]
・朝6時に、正午にそれぞれ、ルンゲとウェイン邸かそのほか何処かで落ち合う約束。
・ルンゲより、ニナ・フォルトナー、ヴォルフガング・グリマーを一般市民、天馬賢三を殺人犯として情報を得る。
※ジョーカーモービル。前面にジョーカーの顔を摸した飾りのある派手な車。バットモービルに対抗して作られた。
車体の前後に機銃が装備され、戦闘用に改造されている他、高架設置機能などでちょっとした亀裂や川なども渡れる。
ただし、ゴードンに支給されたそれがどの程度の性能かは不明。
*時系列順で読む
Back:[[悪夢のプレリュード]] Next:[[Crazy Wonderland]]
*投下順で読む
Back:[[悪夢のプレリュード]] Next:[[Crazy Wonderland]]
|&color(cyan){実験開始}|[[ハインリッヒ・ルンゲ]]|:[[]]|
|&color(cyan){実験開始}|[[ジェームズ・ゴードン]]|:[[]]|
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**TAILS OF THE BLACK FREIGHTER ◆JR/R2C5uDs
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海賊から逃れた男が、筏に乗り故郷を目指す。
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男は、海賊達に蹂躙される故郷を想像し、怒りに震える。
ページをめくる。
筏には浮力を増すため、死体がくくりつけられている。
ページをめくる。
筏に使用した死体が、獰猛な鮫の群れを引き寄せる。
ページをめくる。
男は奮戦する。ただひたすら、故郷を海賊の脅威から守るために。愛する者のために。
◆◆◆
暗い屋敷の中、慎重に歩を進める。
壁に添い、音を立てず、それでいて確実に。
手に構えた銃を、しっかりと握る。
明かりが動いていたのはこの部屋だ。
僅かに開いたドア。
絨毯に、人の歩いた痕跡がある。
おそらく、一人。成人男性。歩き方に淀みが無く、規則的だ。
几帳面な、或いは神経質な性格。
だが果たして ―――。
「君は、どこの部署だ?」
ドアを開けた正面、暗がりの中佇む人影が、いきなりそう訪ねてくる。
ジェームズ・ゴードンは引き金に手を掛けたまま、
「ゴッサム市警本部長、ジェームズ・ゴードンだ」
返すはなから、横から飛び出してきた何者かに絡め取られ、首を決められた。
「ゴッサム…? ふむ。だが、そうだな」
手にしていたテイザー銃を奪われないよう伸ばす。伸ばした肘の内側を背後から握られ、激痛が走る。
「私はルンゲ。ハインリッヒ・ルンゲ。BKA(ドイツ連邦捜査局)警部だ。
悪いが、念のため一時的に拘束させて貰った」
す、と身体が解放される。
すぐにテイザー銃を構えたかったが、右肘にまだしびれが残っている。
振り返ると、表情の薄い、目つきの悪いドイツ系の男。
目の端、部屋の正面に大きな姿見が置かれているのがわかる。
成る程、してやられた。
部屋に入って最初に見えた人影は、部屋の正面に置かれた姿見に映ったルンゲの姿だった。
実際にルンゲは、扉のすぐ脇、死角になる位置にいて、室内灯などを巧妙に利用し、あたかもこの薄暗い部屋の正面に居るように細工をしていたのだ。
「足音の様子から、貴方がおそらくは正式な訓練を積んだ人間であろう事は推測できた。
軍人のものに較べると荒さが少ない。警察、捜査員関係だというのも。
唯一問題は―――」
「殺意の有無、か」
ゴードンは室内のソファに腰を掛け、ルンゲは立ったまま書架の前等を調べつつ、会話をしている。
トレンチコートに黒縁眼鏡。しかし骨太で重厚な顔立ちと豊かな口ひげが、現場主義のタフガイを想像させるゴードンとは真逆に、細く蒼白いインテリ風な風貌で、薄くなり始めた黒髪とつり上がった細い目をしたルンゲは、いかにも対照的だ。
ゴードンが持っていたのは、テイザー銃。コードを射出して、電撃で気絶させる。
現代警察の持つ、所謂非殺傷武器の一つだ。
「しかし、支給されていたのがたまたまテイザーと言うだけでは、殺意自体の有無はわからんぞ」
「殺意があれば、最初に人影を確認したときに撃っている。それだけの技術はあるだろう?」
こともなげにルンゲが返す。
もっともだ。
右手をカタカタと動かしている。癖だろうか。まるでタイプを打っているような動きだ。
「リストは見たか?」
「ああ、見た」
「知人は?」
少し、ほんの少しだけ躊躇して、しかし簡潔に応えた。
「バットマンは味方だ。協力してくれるだろう。ポイズンアイビー、ジョーカーは危険な犯罪者だ。ジョーカーは狂人で、何をするかわからない。アイビーは毒と植物を使う恐ろしい女だ」
一瞬だけ、視線を向けてくる。
それから、右手を動かしつつ、こちらへと向かってきて、書斎の中心にある机の上に手帳を広げる。
視線も向けずゴードンに語りながら、ルンゲはペンでなにやら書き込み始めた。
「1971年に、スタンフォード大学心理学部で行われた心理実験の事は知っているか?」
「いや」
「ランダムに選び出した被験者を、それぞれ看守役と囚人役に分け、ロールプレイ…つまり、実際に看守として、囚人としての役割を徹底させた生活を送らせる」
ゴードンは聞きつつ、側に寄り、手帳を見る。
「その結果、それぞれの精神に変化が起きた。看守役は、徐々に横柄で威圧的になり、囚人役は卑屈で陰鬱、又は粗暴、無気力になった。
抑鬱、ノイローゼに近い症状を示す者も現れ、実験は中止になる」
名簿の何人かの横に、それぞれA、B、C、と書き込まれている。
「…その実験が?」
ちらり、とゴードンの顔を見て、再び言葉を続ける。
「この実験の結果として、一つ言えるのは、『与えられた役割は人間を変えうる』という事だ。
同じ人間でも、管理する側に回った場合と、管理される側に回った場合で、反応が異なると言うことは往々にあり得る」
「それが、犯人の目的か?」
「違う」
書き込みを終えて、それを見る。
「或いはそれも含まれているかも知れないが、主目的ではない。
役割による変化を観察するのが主目的ならば、まず最初に役割を明かす必要がある。
この犯人は、その前段階として、「各々の役割を探り当てる」事を示唆している」
「謎かけ、か…」
ゴードンの脳裏に、リドラーという男の顔が浮かぶ。
リドラーは犯罪の度に、必ず謎かけを仕掛けてくる。ジョーカーに近い愉快犯だが、謎かけという点に関してのみ言えば、より巧妙だ。
「グループ分けには、必ず何らかの法則性がある」
ルンゲは右手を動かしたまま、そう続けた。
「法則性がなければ、探り当てようがない。探りだし当てることを前提としているのは、そこに意味があるからだ。
例えば、貴方と私は、"法の執行者"だ」
「ジョーカーとアイビーは、"犯罪者"」
ルンゲの名簿、ゴードンとルンゲにA、ジョーカー、アイビーにC、と書いてある。
「バットマン、というのは、探偵か、情報屋か?」
「その二つなら、探偵だな」
A、と書かれていたところに、or B、とも書き加える。
他に、ニナ・フォルトナー、ヴォルフガング・グリマーにBとあった。
「ニナは失踪中の参考人の一人。ある殺人事件被害者夫婦の養女だ。グリマーは記者。そしてこの男―――」
ルンゲの指が、一人の男を指し示す。
「ケンゾー・テンマ。極東出身の外科医で、私が追っている、連続殺人犯だ」
C、と書かれた部位を、軽く二回ほど指で叩いた。
あくまで、現時点での推論だが、と断った上で、ルンゲは言葉を続けた。
法を守る者。警察、捜査官、司法関係者、又はその協力者と、法を破る者、犯罪者とを限定した空間に閉じこめる。
その上で、それらと些か関係のある一般市民も配置する。
そして、そこで擬似的に対立構造を創り出し、経緯を観測する。
それぞれ法の執行者である二人が揃ったことで、出てきた推論だ。
「世界の縮図を創ったつもり、というところか」
「或いは、それを逆転させたいのか」
「…我々法の執行者に、一般市民を殺させ、悪党共に守らせよう、という実験?」
「有り得なくはない。グループ分け、と、それぞれに科せられた条件まではまだわからない」
ゴードンは腕を組み、深く息を吐く。
ルンゲはゴードンに視線を向けず、虚空を見るかのような表情で、指を動かしながら言葉を続けた。
「犯人は非常に知性が高い。裕福で、組織力がある。或いは何らかの組織そのものが関わっている。
機械工学、薬学などのエキスパート、又はそれら含む集団」
誘拐、拉致監禁。そしてこの広大な土地を会場として使える事。
それらを踏まえてのこのプロファイルには、ゴードンも同意する。
「その上で、哲学、或いは心理学的に特異な思想に傾倒している。
利益目的や単純な快楽のためではない、大規模犯罪。
アメリカからも、ドイツからも、その他各国から被験者を誘拐し集めてきたのも、特定の国の倫理や法に依らない実験をしたかったのかもしれない。
異常だが、その底にあるのは冷徹な探求心と、長期的計画を実行できるねばり強い精神力でもある」
「神か、悪魔か、はたまた異次元人か宇宙人…かもしれんな」
ゴードンがそう呟くと、一瞬だけルンゲが視線をやり、特に関心も無いそぶりで、
「かもしれない」
と返した。
相変わらず、醒めた目つきのままで。
◆◆◆
ゴッサム、というのは、確かニューヨークの別名だったと記憶している。
ニューヨーク市警、と言わずに、敢えて俗称で名乗る理由は分からないが、アメリカ人独特の慣習なのだろうか。
神や悪魔、ならまだしも、異次元人や宇宙人までをも引き合いに出す当たり、ゴードン自身がそう言うくだらないことを言うのが好きなだけなのかもしれない。
或いは、狂った殺人ピエロだとか毒をまき散らす植物学者等ばかりを相手にしていると、自然とそう言う思考になってしまうのだ、というのも考えられる。
ルンゲは以前から、FBIのプロファイリング技術に強い関心を持ち、自身もそのノウハウを学び活用している。
しかし、そこで必要なデータベースに関しては、各国毎に異なるものが必要だとも考えている。
犯罪というのは、非常に文化的なものだ。
ゴードンの言うような、コミックブックを真似たコスチュームの犯罪者が横行する国と、石と煉瓦と伝統に裏打ちされた西欧では、やはり下地が異なる。
ルンゲは一人、広大な屋敷の書斎で、手にした本の頁を捲り、そう思い起こす。
この屋敷の中で、意識を戻したときに置いてあったバッグの中、手帳や食料の他にあった支給品の一つだ。
『黒の船』というタイトルの、アメリカのコミックブックの合本。
何故こんなものが? とゴードンも疑問に思ったようだが、これにも何かしら理由はあるだろう。
つまりは、これも謎かけの一つで、この中に何かしらのヒントが隠されているかもしれない。
ゴードンは、バットマンと合流したい、との行動方針を述べた。
ルンゲの推論が正しければ、示された3つのグループの内一つは、犯罪者達と言うことになる。
だとすれば、ジョーカーやアイビー、或いはテンマだけが脅威ではないという事だ。
いち早く、それら犯罪者を捕縛するためにも、ゴードンはバットマンの力が必要だと言う。
それに対し、ルンゲは同行を拒否した。
彼は彼なりに捜査を進めたいし、テンマが居るならば、確保もしたい。
いや、むしろ、テンマがこの主犯と関わりがあるという可能性も考えている。
ならば、と、ゴードンが手渡してきたのは、無線機だ。
ゴードンのバッグに入っていた支給品は3つ。一つはテイザーガン。もう一つはこの2対のトランシーバー。
そしてもう一つが、憎々しい表情と共に取り出した、白面に裂けた口、緑の髪をした男の顔が模された小さな装置。
その装置のスイッチの一つを押すと、外からエンジン音がする。
窓からそれを見ると、これまたその装置同様の顔が描かれた派手な車。そのライトが点滅していた。
「ジョーカーの車だ。まったく、趣味が悪い」
それには、同意見だった。
定時に合流しないか、との提案に、一応考慮する、と応える。
まずは明け方、6時にここで。逢えても逢えなくても、その次は正午の12時。
何処へ向かうつもりかと聞くと、まずは心当たりの場所がある、と言った。
一つは、ゴッサムタワー。もう一つは、アーカム・アサイラム。
ここ、ウェイン邸と共に地図に記載されたこの二つは、ゴードンにとって既知のものらしい。
ゴードン曰く、ウェイン邸には何度か来たことがあるが、その記憶の範囲で言えば、「非常に良くできている」という。
ゴッサムシティ有数の大富豪だというこの邸宅の元々の持ち主は、「遊び人だが、チャリティにも熱心な善良なセレブリティ」で、事件との直接の関連性は考えにくいという。
だが、果たしてそうなのか?
これも、姿を見せぬ犯人の何らかのメッセージなのではないか?
件の人物を知らぬ以上、現時点では分からない。分からないが、しかしヒントは必ずあるだろう。
そう、この屋敷が、本当にゴードンの言うように、正確にウェイン邸を摸した物だというのであれば、そこに何かしらのヒントが隠れているはずだ。
◆◆◆
ページをめくる。
男は故郷にたどり着く。復讐のため。愛する者のため。
ページをめくる。
既に街は海賊に占領されている。海賊の仲間を殺し、馬を走らせ、家を目指す。
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男は遂にたどり着く。
愛する家族の居た家。海賊に奪われた家。
せめて、家族の仇を取ろう。
男は狂気に塗れた目で、かつての我が家に進入し、我が物顔でいる一人を殴りつける。
血が。
血が、溢れ。
悲鳴を上げる。
そして、男の名を呼ぶ。
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悲鳴を聞きつけてやってきたのは、男の愛娘たち。
殴りつけていたのは…。
男は、悲鳴を上げながら、家を転がり出る。
かつての我が家。
占領された故郷。
違った。
誰もこの街を襲っておらず、家族も殺されておらず、海賊の仲間など何処にもいない。
ただ一人。
男が、この街を、愛する家族を襲ったのだ。
今、この街を襲っている脅威は、彼自身だ。
ページをめくる。
男は海岸へ走る。
ありもしない悲劇と、居もしない敵の幻想に囚われ、ただの人殺しとなった男に、もはや居るべき場所はない。
男は遠くに船影を見る。
黒い船。
海賊達の船。
男は近づき、船に乗り込む。
その船は、罪人の乗る船。
男にとって、最も相応しい船。
その船が求めているのは、街ではなく、ここにある打ち砕かれた罪人の魂。
読み終えて、ルンゲはそれを丁寧にバッグへと仕舞いなおした。
一つ、ゴードンに言わなかった事について、考える。
ヨハン・リーベルト。
ケンゾー・テンマが創り出した、居もしない別人格。
ルンゲは、1995年に起きた中年夫婦連続殺人を調べていくうちに、その9年前に起きたアイスラー記念病院で起きた毒入りキャンディでの医師殺害事件最大の容疑者、Dr.テンマと再会する。
尋問をし、また新たな事件が起きる中、ルンケは、Dr.テンマが二重人格なのだという推論を得た。
9年前の医師3人の毒殺事件。ドイツ全州で起きた中年夫婦殺害。参考人の一人と警官の殺害。
共犯と目された男が射殺された際に、その現場にいたというテンマの証言は、その全てが、9年前に彼が助けた少年、ヨハンによるものだという。
嘘をつく男ではない。知性も高く、堅実で、真面目。大人しく控えめだが、人に好かれる。
その男の中に、もう一つの破壊的人格が潜んでいる。
ルンゲの推論では、ヨハンこそ、ケンゾー・テンマの上位人格であり、殺人鬼という別の人格である。
自分自身の犯罪を、かつて助けた少年によるものだという物語を作り出し、信じている。
その、ヨハンの名が、名簿にある。
ルンゲはそのことを、ゴードンには告げなかった。
何故か?
何故、この名簿に、ヨハン・リーベルトという名があるのか?
これもまた、犯人からのメッセージなのか?
ルンゲは考える。
黒の船に乗るのは、いったい誰なのだろうか。
黒の船に囚われるべき、砕けた罪人の魂は。
ケンゾー・テンマか、ヨハン・リーベルトか。
或いは…。
【B-5/ウェイン邸:深夜】
【ハインリッヒ・ルンゲ@MONSTER】
[属性]:その他(Isi)
[状態]:健康
[装備]:
[道具]:基本支給品一式、『黒の船』のコミック@ウォッチメン、小型無線機B、不明支給品0~2
[思考・状況]
基本行動方針: ケンゾー・テンマを捕まえ、また今回の事件を仕組んだ犯人も捕まえる。
1:ウェイン邸をもう少し探索して、手がかりを探す。
[備考]
・ヨハンの実在と、テンマの無実を知る以前より参戦。
・ゴードンより、バットマン、ジョーカー、ポイズンアイビーに関して情報を得る。
・犯人のグループ分けを、[法の執行者]、[一般市民]、[犯罪者] ではないかと推論。
・朝6時に、正午にそれぞれ、ゴードンとウェイン邸かそのほか何処かで落ち合う約束。
【ジェームズ・ゴードン@バットマン】
[属性]:その他(Isi)
[状態]:健康
[装備]:テイザーガン、トレンチコート
[道具]:基本装備品一式、ジョーカーモービルとそのリモコン、小型無線機A
[思考・状況]
基本行動方針: バットマンと協力し、犯人を打倒する。
1:アーカム・アサイラム、ゴッサムタワーの何れかに向かう。
[備考]
・朝6時に、正午にそれぞれ、ルンゲとウェイン邸かそのほか何処かで落ち合う約束。
・ルンゲより、ニナ・フォルトナー、ヴォルフガング・グリマーを一般市民、天馬賢三を殺人犯として情報を得る。
※ジョーカーモービル。前面にジョーカーの顔を摸した飾りのある派手な車。バットモービルに対抗して作られた。
車体の前後に機銃が装備され、戦闘用に改造されている他、高架設置機能などでちょっとした亀裂や川なども渡れる。
ただし、ゴードンに支給されたそれがどの程度の性能かは不明。
*時系列順で読む
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*投下順で読む
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|&color(cyan){実験開始}|[[ハインリッヒ・ルンゲ]]|[[あなたって本当に最低の悪魔(メフィスト)だわ]]|
|&color(cyan){実験開始}|[[ジェームズ・ゴードン]]|~|
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