『“未来”への反逆者たち ―チカラとココロ(1)―』


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「――行こう。ここにいたって…何も変わらない」

立ち上がり、きっぱりとそう言う新垣里沙の声に、高橋愛が涙を拭いながら頷いて身を起こす。
その光景をいまだ空虚さの残る瞳に映しつつも、田中れいなは2人に続けずにいた。

先ほどまで体の自由を奪っていた酷寒は、周囲の空気にも体の内部にもその痕跡すら留めていない。
だが――だからこそ、余計に立ち上がれなかった。
たった今、目の前で起こった出来事が――そして銭琳との様々な思い出が頭の中を廻っている。

里沙の言葉は正しすぎるくらいに正しい。
ここで銭琳の死をいつまでも悼んでいたところで、何一つ“未来”は変わらない。

だけど――

心の切り替えがすぐにできない自分がいけないのだろうか。
目の前で逝った仲間を即座に“過去”にして、前へ進めない自分が―――

「わたし……きっと心のどこかで思ってた」
「………?」

煩悶の中で彷徨っていたれいなの視線が、ポツリと呟やかれた里沙のその言葉に焦点を結んだ。

「今ならまだ引き返せるんじゃないかって。みんなと一緒の毎日に戻れるんじゃないかって。そんなことありえないのに……バカだよね」
「ガキさん……」

震えそうになるのを必死で押し殺したその声に、れいなは自分の中で何かが剥がれ落ちるのを感じていた。
今感じているこの思いは、自分だけのものではなく、愛や里沙のものでもあるのだと改めて気付かされて。

「わたしたちはもう、自分たちで切り開こうとしてる“未来”の中にいる。……リンリンはそれを誰よりも分かってた。この中の…誰よりも」

強い口調を取り戻し、決意を満たしたその瞳を向ける里沙に、れいなは無意識に頷きを返した。

「愛佳の“視”た“未来”の中でもリンリンは………。だけど、“未来”を変えられなかったわけじゃない。リンリンは自分の力と“覚悟”で…“未来”を変えた」

愛が“見”てしまった、愛佳の中の“未来”――
愛佳なりの葛藤の中で敢えて隠したのであろうその“未来”でも、銭琳は不帰の客となっていた。
だからこそ慣れない嘘をついてまで“置いて”いくことを決めたのだ。
だが銭琳はそれに抗い、自らの“覚悟”で歩むべき道を決め、自らの力でそれを切り開いた。

「そして――その命を懸けて、わたしたちに伝えてくれたんだよね。振り返っちゃダメだって。自分たちはもう“未来”の中にいるんだ…って」

里沙の言葉を引き継いだその愛の声にも力強く頷きを返しながら、いつしかれいなはゆっくりと立ち上がっていた。

そう、銭琳には本当の意味での“覚悟”があった。
向かってくる者を薙ぎ払い、前に進む“覚悟”が。
決して後ろを振り返らずにただ前だけを見据える“覚悟”が。
仲間のため、“未来”のため、命を懸ける“覚悟”が―――

 ――前に進むのは、現在を“過去”にするためじゃない

手に握っていた両親の写真を、そしてその裏に貼られた小さなシールをしばらく見つめた後、れいなはそれをポケットに戻した。

その命を懸けて、自分たちの進むべき道を照らしてくれた銭琳。
記憶を無くしても、遠く離れていても、自分たちを見守ってくれていた道重さゆみと亀井絵里。
自分たちの思いと未来の青空を託してきた光井愛佳と久住小春。

“過去”ではない――すべてが現在であり“未来”なんだとれいなはようやく理解した。
自分たちは、かけがえのない仲間と共に“未来”の中を今まさに歩んでいるのだと。

今ここで立ち止まっていては、命を賭してくれた銭琳はもちろん、残された李純にも申し訳が立たない。
銭琳も言っていたように、れいなたちがただ死ぬためだけに自分を“置いて”いったのだとしたら、いくら優しい李純でも決して許してはくれないだろう。

愛と里沙を真っ直ぐ見つめるれいなの中には、銭琳の遺した烈火のような“覚悟”と暖かい心の灯が赤々と点っていた―――

      *      *      *

れいなの瞳が決意の色を帯びたのを見て取り、里沙はただ黙って頷きを返した。
次いで、愛とも頷き合う。

そして―――そこで不意に動きを止め、目を見開いた。

「ジュンジュン……!?」

思わず口から出たその驚きの言葉に、愛とれいなも愕然として里沙の視線の先を見遣る。
そこには、どこか暗い怒りを宿した表情でこちらに歩み寄ってくるジュンジュン――李純の姿が在った。

「どうして……」

大切な…頼れる仲間の姿がそこに在るというのに、嬉しさや心強さは何故かまったく覚えなかった。
混乱…不安感…そして何より申し訳なさが里沙の中に湧き上がる。
こちらに向かってくるその一歩一歩が、たった今失ったものの大きさを改めて突きつけてくるかのように感じたからかもしれない。
そしてそれは、必死の思いで静めた心をあっさりと再び掻き乱した。

様々な感情の渦に飲み込まれ呆然と立ち尽くす里沙たちの視界の中、李純の姿はどんどん大きくなる。
やがて、その長身は里沙たちのところまで到達した。

「ジュンジュン……ごめん、騙して……。それに……リンリンは……」

目を伏せながら言葉を途切れさせる愛を一瞥したものの、李純はそれを無視するかのようにその脇を抜ける。
そして、無言のままで里沙の正面に立った。

「………?」

物も言わずに自分の目の前に立った李純と視線が合ったとき、里沙の中に初めて小さな疑念が浮かんだ。


      *      *      *

里沙が僅かに訝しげな表情を浮かべたその瞬間――れいなの脳裏に、唐突に愛と出逢ったときのことが過ぎった。

あのとき、れいなを欺いて廃倉庫に誘い込んだ―――
施設にいた頃の知り合い―東奈―の姿に“化け”ていた―――

「ガキさん――!!」
「死ね、裏切り者――」

      *      *      *

れいなの呼びかけの意味を、里沙は瞬間的に理解した。

だが―――
紛れもない李純の姿と声は、里沙の反応を大きく鈍らせた。

本物の李純であれば、絶対に自分に向けるはずのない表情をしていたにも関わらず。
絶対に発するはずのない言葉を口にしていたにも関わらず。
絶対にありえるはずのない行為を目の当たりにしていたにも関わらず―――

そこに在るのが李純の姿形をしているだけの別人であるということをはっきりと理解しながら、乱れた心に支配された体はそれについていかなかった。


冷たい感触が胸を貫いたと思った直後、それは燃えるような熱さとなって里沙を襲った。

“李純”の表情が残酷な笑みの形に歪み、次いで自らの胸に突き立てられた鋭利なナイフが引き抜かれる。
ナイフに繋がるようにして吹き出した鮮血が、点々と“李純”の笑みを不気味に彩る。

それらの光景をただ傍観しながら、里沙の体はゆっくりと崩れ落ちた―――


      *      *      *

「里沙ちゃん!!」

半ば悲鳴のような愛のその叫びよりも早く、れいなは“李純”に向かい跳躍していた。

あと少し早く反応できていれば―――という痛切な後悔はあった。
だが、もう迷いはなかった。

“李純”の――かけがえのない仲間の形をしたその顔に、れいなは思い切り拳を叩きつけた。

 ゴッ―――

鈍い音とともに十分な手ごたえが拳に響き、笑みを浮かべたままの“李純”の目がぐるりと白く裏返る。
続けざまに、その一発で完全に力を失い重力のままに膝を折りかけたところを、拳を出した勢いのまま半回転させた後ろ足で容赦なく蹴り抜く。

全体重と、遠心力と――そして様々な思いが乗せられた後ろ回し蹴りは、見事に体の真ん中を捉えた。
白目を剥いた笑顔の“李純”は、くの字状で数秒間宙を飛び―――無様にしばらく床を転がって静止した。

「ガキさん!!」

それを見届けることなく、れいなは倒れ伏した里沙に駆け寄る。
既に愛の腕によって支えられていたその顔からは、血の気が引いていた。

「何で…何でリンリンのときみたく治癒能力が発動せんと!?」

里沙の傷は浅くない――もしかすると命を失うことに直結するかもしれないほどに――

愛が必死で抑える傷口から染み出した血が、その手の中の布をあっという間に染めていくのを見てそう悟ったれいなは、思わず叫んでいた。
無意識のうちに掴んでいたポケットの中の写真からは、確かにさゆみと絵里の温かさが伝わってくる。
それなのにどうして里沙だけ―――


      *      *      *

「多分……さゆ…と絵里は…う……お…守りに……ごほっ……」
「里沙ちゃん…喋らんでっ…!」

半泣きになっているれいなの疑問に答えようとして、里沙は自分の負った傷の深さを改めて知った。
傷は間違いなく肺にまで達している。
気管を逆流してくる血の味は、言葉を紡ぐことも困難にしていた。

銭琳の傷を癒した淡紅色の光……それがさゆみと絵里のチカラによるものであることは、疑うべくもなかった。
自分たちが理不尽に一方的な別れを告げた2人は、それでも遠くから優しく…力強く支えてくれていたのだ。
だけど――

おそらく「銭琳用」の治癒のチカラがそのペンダントに込められていたように、きっと「里沙用」のチカラは“お守り”に込められていたのだろう。
愛と交換し、いつも必ず大切に身に着けていたお守り――
未来とともに、愛佳と小春に託してきたお守り――
さゆみも絵里も、まさか愛や里沙がそれを手放すとは思ってもいなかったに違いない。

 ――ごめんね、さゆ…絵里……

お守りを託してきたことへの後悔は微塵もなかったが、結果的に2人の思いを無駄にしてしまったことは申し訳なかった。
そしてそれ以前に――

自分が情けなかった。
「もう振り返るな」と人には偉そうに言っておきながら、完全に心の隙間に入り込まれて動けなかった自分が。
“擬態能力―ミミックリィ”を持った能力者――辻希美のことをよく知りながら、致命傷を負わされた自分が。

あの場面での“李純”の登場には、完全に思考を奪われた。
もし相手が他の誰かに“化け”ていたなら、もしくはあの場面でなかったなら……きっと結果は違っていたと思う。
だが実際に今、自分はこうして血を流して横たわっている。
甘かったのだ――自分の覚悟が……致命的に―――


      *      *      *

 覚悟はしていたつもりだった。
 里沙が、れいなが、目の前で命を落とすことがあるかもしれないと。
 だけど――甘かった。

あまりにも呆気なく、そして突然に訪れようとしている別れを目の前に、愛は里沙の存在の大きさを改めて思い知らされていた。

 ――自分は里沙を置いて前へ進むことができるのだろうか

そんな自問が頭の中に浮遊する。
もちろん、答えは決まっている。

 進まなくてはならない。
 “未来”を変えるために。
 銭琳の遺志を虚しいものにしないために。

だけど―――

自分は何て弱いのだろう。
あまりに情けなくて涙も出ない。
置いてきた仲間たちに…命を懸けて道を示してくれた銭琳に申し訳が立たない。

しかしその反面……断ち切り難い思いが愛の中に沸き上がり、その心を支配し始めていた。

 最後まで里沙と一緒にいたい。
 たとえその結果、“未来”を変えることができなくなってしまったとしても―――

甘美で魅惑的なその感情が全身に染み渡っていくのを感じながら、愛はそれを止められずにいた。
その先に待つものの意味を、これ以上ないくらいに理解しながらも―――


「――あさ美ちゃん!来てくれたと!?」
「―――!?」

そのとき―――

傍らのれいなが発した思いがけない言葉に、愛の意識は現実へと引き戻された。
次いで、半ば無意識にれいなの視線の先を追った愛の瞳に映しだされたのは、紛れもなく紺野あさ美の立ち姿と――複雑な表情だった。

「あさ美ちゃん……?なんでここに……?」

呆然と呟きながら、愛はあさ美との出逢いを思い出していた。

 路地裏で数人の男に囲まれていた一人の少女。
 その脇に倒れ伏す一人の男性。
 そして―――

「――!あさ美ちゃん!里沙ちゃんを助けて!お願い……!」

あのとき――頭部に重傷を負っていた男性を、あさ美はそのチカラ……“治癒能力―ヒーリング”で救った。
そのことにようやく思いが至った愛は、すがるように必死の言葉を投げかけた。
助けを求めている相手が“敵”であるということを十分に承知していながら―――

「バカだよ、れいな。わたしにあんな電話してくるなんて。わたしがどういう立場の人間か分かってるの?」

だが、あさ美は愛とその腕の中の里沙に一瞬視線を向けた後、愛の言葉には答えずにれいなに視線を移した。

「電話―――?」

そういえば、れいなはさっきあさ美に対し、「来てくれたのか」と……?
2人が交わす言葉の意味を理解しきれず、愛は訝しい思いをその視線に乗せてれいなとあさ美を見遣った。


「あさ美ちゃん…お願い!このままやったらガキさんが死んでしまいよう!」

愛の視線に気付く様子もなく懸命の懇願をするれいなに、あさ美は歩を進めながらもゆるゆると首を振った。

「なんで……!あんときもあの男の人助けてくれよったやん!なんでっ……!」
「れいな、あなたには言ったはずだよ。わたしは――Dr.マルシェはこの世から“チカラ”を消去したいんだ……って。喩えどんな犠牲を払ったとしても」
「それはわかっとー!……わからんけどわかっとー!やけどっ……!!」

そのやりとりを聞きながら、愛の中で今さらながらに色々なことが繋がっていた。


珍しく――というより初めて――れいなが「明日店を休ませて欲しい」と突然言ってきたときの表情が脳裏に甦る。
何のために…どこに行くために休むのか、れいなは触れようとしなかったし、だから愛も敢えて詮索しなかった。

愛が愛佳とともに、雨の中の「リゾナント」で“もう一人の予知能力者”と話をしていたあの日――れいなはあさ美に会っていたのだろう。
その前夜、愛の寝室を訪ねてきたれいなが言っていた言葉が思い出される。

――自分が犠牲になることでみんなが幸せになれるとしたらその道を選ぶか――

れいなはあのとき、愛はそんな風に考えているように見えることがあると言っていた。
だけど――もしかすると、それだけではなく自分自身に向けた言葉でもあったのかもしれない。


「“Marche(マルシェ)”にはね、“物事がうまく機能する”というような意味があるんだよ」

愛たちの目の前に辿り着いたあさ美は、愛とれいなの中間あたりに視線を彷徨わせながら言葉を継いだ。

「この忌まわしいチカラが無くなれば、世界はもっとスムースに回る。終わりのない哀しみの連鎖は断ち切れる。…それが叶うなら、わたしは他に何も望まない」
「やけん、そんなんおかしいって言うとろーが!」
「おかしくはないよ。ただ………正しくもない……みたいだね」
「……っ!?」


一瞬、笑顔とも泣き顔ともつかない表情を浮かべてそう言ったあさ美は、愛たちと触れ合うほどの距離まで近づき―――そしてしゃがみ込んだ。

「わたしは確固たる信念の下、自分で望んで闇に染まったと思ってた。……ううん、そう思いたかっただけなのかな。自分の弱さを認めたくなかったんだね、きっと」
「あさ美ちゃん……」

里沙の傍らに膝をついたあさ美は、愛と入れ代わるようにして里沙の頭を優しく抱き、もう片方の手をその胸元――赤く染まった傷口にかざす。
その掌から温かく優しい“チカラ”が流れ出すのが、愛の“ココロ”に映った―――

      *      *      *

「あさ…美……ちゃん…」

目の前にあるその瞳を見つめながら、里沙は絞り出すような声でその名を呼んだ。

「じっとしてて、里沙ちゃん。ずっとチカラを消去する研究をしてたおかげで、わたしの能力は随分弱くなってるから。……皮肉だよね、自分で望んだことなのに」

再び泣き笑いのような表情を浮かべ、あさ美は唇を噛んだ。

「わたし…あのとき言ったよね。“分岐路”に立ったとき――迷ったらダメだって」

あの日――里沙が“潜入”の任務につく日、あさ美が餞別代りにと話した「トロッコ」の喩え話――
そのときのことを鮮明に思い出しながら、里沙は微かに頷いた。

「わたしは自らの揺るぎない意志でポイントを切り替えて、自分の進むべきルートを選択した―――そう思いたかった。でも……心の底ではきっとずっと迷い続けてた」

恐らく今まで誰にも見せたことのないであろう表情を湛えたあさ美の独白は続く。

「“Marche”には、“歩く”って意味もあること……わたしは本当は分かってたのかもしれない」

言いながら、あさ美は顔を上げて愛とれいなを交互に見遣った。


      *      *      *

「わたしは本当はいつだってやり直せたんだよね。トロッコを降りて来た道を歩いて戻ることも。線路じゃない新たな道を自分の足で歩いていくことも……できたはずなんだよ」

そう、自分はあの日――愛とれいなと出逢ったあのとき、深層ではそれに気付いていたのだ。
だが……既に自分が選び、進んできた道を否定することができなかった。
自分に対して殊更にもってまわった言い訳をしながら、その実自分の弱さを糊塗することに必死だった。

もしもあのとき、愛やれいなとともに歩くことを決めていたなら……何かが変わっていただろうか。

 ――詮無いことだ

今さらそんなことを言っても始まらない。
その場所まで歩いて戻ることはもうできないのだから。

だけど―――

「行って。愛ちゃん、れいな」

 ――“未来”を変えるにはギリギリ間に合うかもしれない。

「里沙ちゃんはわたしが必ず助ける。だから愛ちゃんとれいなも……自分の為すべきことを」

僅かな逡巡が瞳の中を通過した後、2つの頷きが返ってくる。

この場面で“敵”を無条件に信じ切ることのできる強さ……そして甘さ。
自分が持ち得なかったココロ。
案外それこそが、哀しみの連鎖を断ち切ることのできる唯一の存在だったのかもしれない。

「羨ましい」と言うのはどこか違う気がする。
でも―――いつも闇で閉ざされていた未来への道が、一瞬明るい光で照らしだされたような気が―――あさ美にはした。


「れいな、あなたがわたしにかけた電話は……間違いなくわたし以外の何人かもこの場に呼び寄せたよ。あそこはそういう組織(とこ)だからね。―――“覚悟”はいい?」

2人が持つ眩い“光”と背中合わせの“弱さ”を少しでもカバーするべく、あさ美は感情を殺した表情と声でそう言った。
即座にれいなが…やや遅れて愛が首肯する。

「れいなにはこの前言ったけど、“瞬間移動―テレポーテーション”“増幅能力―アンプリファイア”……それはあなたたちのチカラの本質じゃない。それも忘れないで」

その言葉に対する反応は、先ほどと逆だった。

きっと―――既に愛は思い出していたのだろう。
自身の持つチカラの本当の意味を―――

「愛ちゃん…れいな。後から…絶対、行く、から……」

腕の中の里沙が僅かに首を起こしながら振り絞るようにして言ったその声に、一瞬現実から剥離していたあさ美の意識は引き戻された。
焦点を結んだその目に、愛とれいなの力強い頷きが映る。
今生の別れの覚悟を孕んだ表情の―――2つの頷きが。

「あさ美ちゃん、里沙ちゃんのこと…どうかよろしく」
「来てくれてほんと感謝しとう。ありがとう、あさ美ちゃん」

2人の視線を真っ直ぐに受け止め――あさ美は言った。
あの日――初めて2人に出逢った自分の“誕生日”――に言い得なかった思いを、その言葉に乗せて。

「愛ちゃん、れいな。わたしたちの生まれたこの世界を……陸のない世界にはしないで。絶対に。青空を……守って」


そして―――あさ美は別れを告げた。

生きて再び逢うことはないであろう2人に。
科学者の姿をした道化師――“Dr.マルシェ”に―――