学園都市第二世代物語 > 20


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20 「母・佐天涙子」 

 

沈黙が支配する応接間。

サッシを通して、アブラゼミやニイニイゼミの大合唱が聞こえてくる。

 

「どういう、こと、でしょうか?」

ゆっくりと、佐天涙子が言葉を返す。

血の気がひき、緊張で強張った顔。

向かい合う麦野沈利も、少し苦しげな顔で答える。

「あたしも、何故、あの子が生きていたのかはわからないわ。想像もしていなかったことよ……

あの子は確かに一度、記憶を全部消されて、まっさらな状態であなたに引き渡され、あなたの下で佐天利子として新しい人生を歩み出したはずなのよ。

……でも、麦野利子の心は生きていた、らしいの。

催眠療法で佐天さんに話しかけたら、佐天利子ではなく、『りこ』 と名乗る人間が 『あたしのママはしずり』 と答えたらしいの」

「……誰、が、そんな、余計な、ことを?」

佐天涙子の頭が垂れ、下を向いたまま今にも消えそうな声で聞く。

「詳しいことは聞いてないわ。あまり信用できないヤツだったから。

でもそいつ自身が、利子ちゃんに問うたところ、さっきの答えが返ってきた、と言っていたの」

「……」

もはや佐天涙子には言葉もない。               
                      
「そして、あたしの昔の仲間が、昨日あたしに電話をしてきたの。昔の、麦野利子のAIM拡散力場を確認した、って。

そのひとの能力は 『能力追跡』 AIMストーカー。彼女の判定に間違いは、ないのよ」

麦野沈利も黙った。麦茶を飲む。

しばらく沈黙の時が流れた。

 

「麦野さんは、嬉しいんですか?」

佐天涙子は下を向いたまま、小さくつぶやいた。

「何?」

「あの子を、取り返したいんですか?」

「あのね……」

「……なんで、どうして今頃になって、私に、いったいどうしろっていうんですか?」

佐天涙子の悲痛な声が大きくなる。

「……あたしだって、あんたと全くおんなじなんだよ? あたしの言いたいのはそんな事じゃない。あの子の、敵のことだ」

麦野沈利は静かに佐天に答えた。

「!」

佐天涙子が、顔を上げて麦野沈利を見た。

「覚えてるわよね? あの子は死んだことで、追跡から逃れたのよ? それが生きていたとなったら? 

またあの子は襲われるかもしれない」

「でも、それは16年も前の……」

「たった、と言うべきよ。あたしたちは、結局敵のことを全く知らない。

だから、解散してるのか残っているのかもわからない。

でも、あなた自身、16年とは言わないけれど、似た経験してるわよね?」

佐天涙子は愕然とした。

そう、彼女が引き起こした 「暴走竜巻<トルネードボム>事件」 の相手は、4年間も地下に潜って鳴りを潜め、彼女が大学を卒業した直後にいきなり牙をむいて襲いかかったのだった。

「また、あの子は狙われるんですか?」

唇を震わせて佐天涙子が麦野沈利に問いかける。

「何もかもが杞憂だったら、あたしの取り越し苦労だったなら、あたしの被害妄想だったら、どんなに良いことかしらね……

でも、可能性はある、と考えておくべきでしょ。そう考えておいた方が、あの子の為にも、あなたの為にも良いと思う。

とりあえず、あの子が学園都市に帰ってきたら、せめてもの手段として、私は漣をあの子の警護に付けようと思ってる」

「それって、公私混同ではないのですか?」

「確かにね。でも、これは漣の訓練にもなるのよ。ターゲットに気づかれずに警護を行う、っていうこともあたしたちの部局の人間には必要なことだしね。

言っておくけど、漣はレベル4だからね? 頼りないところもあるけど、テレポーターとしては優秀よ。

……さて、と。あまり時間もないから、あたしは学園都市に戻るわ」

「え? それはちょっと急すぎませんか? せめてうちでお昼くらい食べて行って下さいよ!」

あわてて、佐天涙子は麦野沈利を引き留めようとする。

(もっと、話が、したい。一人に、なりたくない。話をしていないと不安に押しつぶされそう)

だが、麦野の返事は佐天の思いを打ち砕くものだった。

「有り難う。お気持ちだけ頂くわ。また今度ね」

「そうですか……」

佐天涙子がありありと落胆の色を見せた事に、麦野も気が付いた。

「……全部落ち着いたら、いつかみんなでお花見でもしたいわね」

少しでも気を紛らせるように、麦野は話題を変えた。

「そうですよね。みんなでワイワイ騒いで、昔話で笑い飛ばしたいですね……」

「ごめんなさいね。言うだけいって、一方的に帰っちゃうなんて……でも、あたしは何があってもあの子を守るから。

あの子がここ(東京)へ帰ってきたときは、宜しくね。

……そうそう、育ての母の上条さんにもどうぞ宜しくお伝え下さいな!」

 

……突然現れた麦野沈利は、再び忽然と去っていった。

佐天涙子の胸に、思い切り重い鉛のような固まりを放り込んで……

 

(どうしよう……利子はまた、狙われてしまうの? 

いや、あの子の母親として、今度こそ私はあの子を守ってやらなければ。

ううん、でも、私に出来ることなんて、たかが知れてるじゃないの……。

あの時のように拉致されてしまうこともあるかもしれない。

残念だけれど、学園都市にいた方が、守ってくれる人がいるだけでも、ましなのかもしれない……

いや、それより、まずは今、あの子どうしてるか、だ……)

佐天涙子は娘、利子の携帯に電話を掛ける。しかし、

「おかけになった番号は、電源が入っていないか電波の届かないところにあるため、かかりません」

という通話不能案内が答えるだけだった。

 

*それは、彼女が海に落ちたとき、携帯も一緒に海に沈んだからであった。

彼女は大里香織の念動力で引き上げられたが、携帯はそのまま海の藻屑と消えたのだった。                     

 

しばらくたって掛け直してみたが、何度やっても同じ通話不能の案内が返ってくるだけだった。

(だめだ……連絡がつかない……海水浴に行くとは言ってたけれど。

まさかあの子、もう拉致されたとかいうんじゃ……?)

不安が更にふくれあがってくる。

次に連絡を取ってみたのは上条麻琴。

「ハイハーイ! こんにちは!! おばちゃん元気してる? どしたの?」

明るい返事が返ってきて、佐天涙子はホッとした。

利子に何かあったら、麻琴がこんな明るい訳がない。利子と一緒にいてくれたら一番いいけれど。

「元気そうね、麻琴ちゃん。 あのね、うちの利子と連絡取りたいんだけれど、今連絡が付かないの。

お友だちと海に行くって言ってたんだけれど、あなた利子と一緒じゃないかしら?」

だが、一緒にいてくれたら、という涙子の希望はかなわなかった。

「えー? ホントですかー? いいなぁー、あたし、そんなこと聞いてないですよ? う~ん、どうしたんだろ?  

ごめんね、おばちゃん。あたし風紀委員<ジャッジメント>の夏休み中特別巡回中なんです。別行動なの。

でも巡回が終わったら、ちょっとあたしの方でも連絡取ってみましょうか? 

海に行ったと言うことは、外出届が出てるはずですし、あたしはそれを見る事が出来ますから、誰とどこへ行ってるのかわかりますからね?」

「ごめんなさいね、忙しいのに。そんなにせっぱ詰まってる訳じゃないけれど、でもちょっと連絡取りたいので、もし繋がったらあたしに連絡するように伝えて頂けるかしら?」

「お茶の子さいさいでーす! 上条麻琴、確かに承りましたっ! それでは吉報をお待ち下さい!」

ハイテンションのまま、上条麻琴との通話が終わる。

少し気が楽になったのは確かだった。

 

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「え?」

あたしは目が覚めた。

どこ、ここ?

「利子ちゃん? 気が付いた? 私がわかる?」

美琴おばさん? あれ? なんで美琴おばさんがいるの?

「あ、リコが気が付いた!」

ちょ、さくら? あんた何あわててるのよ?  ……あ~行っちゃった……

「佐天さんね、あなた、気を失ってたのよ。ここは、XX市の病院。 あなた、1日以上寝てたのよ?」

……1日以上?

そうか……道理で、おなかが減ってるわけだ。

 

  ――― ぐうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ ――― 

 

      くっ……  orz........

 

また、病院か……。

あたし、どうしてこんなに病院に縁があるんだろう?

病弱な薄幸の少女、なら少女マンガの主人公だけど、あたしの場合は毎回ろくな理由じゃないしなぁ。

今回はなんだ?

えっと……どうしたんだっけ……?

 

そういえば。

あれ、夢、だったんだろうか。

腕を見る。

何も、ない。

 

そうだ。あのとき、AIMジャマーであるアームレットは割れて落ちた。

やっぱり、夢じゃなかったんだ。


と、いうことは……だ。

 

本当なんだろうか?

 

「おばちゃん……?」

あたしは、美琴おばさんに話しかけた。他に誰もいなかったから。

「なぁに? どしたの?」

美琴おばさんの優しい笑顔。ほんと、おばさんは綺麗だ。いつも。

「あたし、わかんなくなっちゃった……」

 

その言葉を聞いた美琴の顔がかすかに動く。

「おばちゃん、あたしの言うこと、とりあえず聞いてくれる?」

「あら、どうしたの? そんなマジメくさって」

「マジメなの! そう、まじめな話なんです……」

佐天利子は真剣な顔で訴えかける。
                      
上条美琴は、茶化しつつ彼女の話の内容を予想していた。そして最悪の事態を想像していた。

(何を言い出すのかしらね、もしかして、自分のこと、それとも?)

「あたしの中にね、もう一人のあたしが、いるの。ずっと前からいたんだけど。

去年くらいから、良くしゃべってくるようになったの。

……今日ね、あたしは、写真屋さんで、1枚の写真を見たの。

そしたら、もうひとりのあたしが、その写真を見て 『ママだ!』 って叫んで、もう後は……彼女は暴走しちゃったの。

なんとか、あたしを暴走させるのは止めることが出来て、その後、覚えてないんだけれど」

(やっぱり、利子ちゃん自身のことなのね……そうか、りこちゃんが暴走したのか……。

一方通行<アクセラレータ>の話の通り、利子ちゃんはりこちゃんのことを知ってはいたのね……

そうか、でも肝心なところはまだか)

美琴は微笑を浮かべたまま、佐天利子の顔を見ながら、時折うなずいて話を聞いている。

 

「それで、もう一人のあたしがいうのは、あたしはむぎの りこで、ママはむぎの しずりだって言うの」

(!!!!! うわぁ、最悪だ !!!!!)

(バレた。ばれてしまった。ああ、知られてしまったのか……)

さすがの美琴も苦い表情を隠しきれなかったが、佐天利子は自分のことで精一杯で、美琴の顔を見ることはなかった。
                                                     
「あたしのお母さんは、佐天涙子で、あたしは佐天利子、でしょ?

なのに、もう一人のあたしは、むぎの りこであって、ママはむぎの しずりだって言う。

どうなってるの? あたし、いったいどっちなの? あたし、いったい誰なの?」

泣きそうな顔で、佐天利子が上条美琴に問いかける。

彼女は答えられない。答えるわけには、いかない。答えては、いけない。

答えられるのは、佐天涙子、利子の母だけだ。 

「ごめんね、おばちゃん。変なこと聞いて。

でもね、こんなこと、お母さんに聞けない……。絶対言えない。怖い。

お母さんに、『お母さんはあたしのお母さんなの?』 なんて、聞けないもの……」

最後の方は殆ど独り言になっていた。

黙ったまま、利子を見つめる上条美琴。

しばし沈黙の時が流れた。

 

ガーッという音と共に、扉が乱暴に開かれた。

「佐天さん、気が付いたんですって!?」

湯川宏美が青木桜子と一緒に飛び込んできた。

「こら、病院内で走ったらダメでしょ!」

上条美琴が注意する。

「すみません!」

湯川宏美が気をつけ!の態勢で直立した。

うしろにいた青木桜子もあわてて同じように直立した。

「あたし、ちょっと出てくるから、湯川さん、ちょっと利子ちゃんの様子見ててくれるかな?」

上条美琴はそう言って病室の外へ出た。

「どうして美琴おばちゃんが……」

という佐天利子に湯川宏美がニッコリ笑っていう。

「ゴメン、あたしが呼んだのよ」

「あなたがね、街でぶっ倒れた時、ホントどうしよう、最高にまずい、って思っちゃって。

あ、もちろん救急車は先に呼んでもらってたんだけれど。それで、思い出したのが上条さんだったわけ。

ホント、あのとき(九官鳥事件の表彰式)に紹介してもらってて助かった、かな。

正直、私もパニック状態だったから、上条さんも最初面食らってたみたいだったけどね……」

 

そうか、お母さんでなくてよかった……

お母さんがここに居たら、あたし、またパニックになっちゃっていたかもしれない……

今、AIMジャマーはネックレスしかない。アームレットのAIMジャマーは壊れてしまって存在しない。

もし、また暴走したら大変なことに……あ!

 

「せ、先輩! あたしのアームレットはどうしました?」

「あるわよ、いくら動転しててもそれくらいは気が付きます。伊達に風紀委員<ジャッジメント>やってませんって」

そう言って、湯川先輩は軽く微笑んだ。

                     


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佐天涙子はまんじりともせずに、静かに居間に座っていた。

もう夕方で、薄暗くなってきていたが、電気をつけることすら思いもしなかった。

連絡は、誰からも、ない。

不安が彼女の心を覆い尽くしていた。

携帯のマナーモードは解除。

メールでも音声通話でも着信音は最大に設定。鳴ったら直ぐに出れるよう、直ぐそばに置いている。

もちろん、家の固定電話兼FAXも着信音は最大ボリューム。

テレビのチャンネルはケーブルTVの学園都市広報番組に合わせてある。何かが起きたときのためである。

もっとも、都合の悪い騒動なぞは全く流れないので、意味がないと言えばその通りなのだが。

 

突然大音量で携帯の着信音が鳴りだした。上条麻琴からだ。

「は、はい!」

「おばちゃん? 麻琴です。あのね、リコは日曜日から伊豆のXXに海水浴に行ってるの。期間は1週間ね。

で、湯川さんていうひとの家にいるらしいんだけれど、彼女の携帯、やっぱり出ないの。

お家の方に掛けてみたんだけど、こっちも留守電で、ダメ。いやんなっちゃうわ。

まぁ、夜になったら携帯はともかく家には誰かいると思うから、やってみるね! 

大丈夫、リコは元気だと思うよ? おばちゃん、心配しなくて良いよ?」

海に行くから帰るのはちょっとあとになる、と言っていた通りだった。

(便りの無いのは良い知らせ、とは言うけれど……)

「ありがとう、麻琴ちゃん。助かるわ……忙しいのに、有り難う」

「えへへ、なんか照れちゃうなあたし。じゃまた連絡します」

(伊豆か……、それも西伊豆か)

涙子は行ったことはない。きっと良いところなのだろう。新鮮な、美味しい魚をあの子は沢山食べているだろうか?
 
                                            

PRRRRRRR! PRRRRRRR!

今度は家中に響く大音量で固定電話が鳴った。

涙子が飛びつく。

「は、はい! 佐天です!」

プー、という警告音が鳴る。公衆電話から? だれ? 

「良かった! 居てくれたわ!! あ、あの上条美琴です。佐天さん元気?」

「上条さん? いきなりどうしたんですか、公衆電話って、いったいどこからです?」

「あ、あのね、今、私、利子ちゃんと一緒なの。ここ、西伊豆の病院の前の公衆電話から掛けてる」

「びょ、病院ですか? あの子また何か!? 何があったんですかっ!?」

「昨日、利子ちゃんは能力を暴走させたらしいの。

正確には未遂で、でも暴走を押さえるので全精力使い果たして担ぎ込まれたってところらしいの」

「な、なんてことを。しかも学園都市外で、あのバカ娘ったら!!!」

「佐天さん、落ち着いて。それで、ホントなら利子ちゃんは学園都市に戻らなければいけないんだけど、その前に一旦あなたのところに帰る必要があると思うの」

「何があったんですか?」

「うん………電話で話す事じゃないと私思う。

まぁ、これはこっちの公衆電話だから、あなたの家に盗聴器でも無い限りは話の内容は漏れないと思うけどね。

携帯使わなかったのは用心の為。佐天さんもこれからは気をつけてね?

それでね、さっき利子ちゃんは意識を取り戻したの。かなり参ってる。

私が付き添って、明日あなたの家に送り届けるから」

「いえ、あたし、そっち行きます! どこですか!?」

「ダメ!! ここでは大切な話が出来ないから! あなたの家で無いとダメなの!! 

佐天さんは家で待ってて! 私を信じて、お願い」

予想外の美琴の強い拒絶にあって、涙子は引き下がるしかなかった。

「……わかりました。それでは、私はここで待つことにします。利子を、宜しくお願いします……

そうだ、上条さん? 今いいですか? 

私も上条さんにご相談したいことがあるんです。話にのってくれませんか?」

「いいわよ。明日聞いたげる」

「いえ、あの子が居る前ではちょっと出来ないんです……実は、麦野さんが、お昼にいらしたんです」

美琴は愕然とした。

麦野が、麦野沈利が佐天涙子のところに行った? 学園都市を出てまで? 

どういうことだ……彼女も知ったのか? 

彼女の娘、麦野利子が佐天利子の中で生きていることを。

「それで、信じられないことを、麦野さんはあたしに……あたし、信じられません」

や・は・り・そうだった。彼女は知ったのだ。そして佐天涙子もまた。

「麦野さんは、また、狙われるっていうんです。またあの子は襲われるかもしれないって。

どうしたらいいんですか、あたし」

「……難しい話は、そっちに帰って、利子ちゃんが寝た後で話しましょう。でもね、佐天さん? 

いい? 利子ちゃんはね、レベル3なのよ。それで能力コントロールも以前よりはかなり上達してきたみたいだし。

今回の暴走も、ちゃんと彼女自身で収拾をつけたようだし、確実に前進してるのよ。もうすぐレベル4になると思う。

その点は、1年前と全然違っている事なのよ? あの時とは状況が違ってるのよ? 心配しすぎよ」

「そうでしょうか……わたし、今度こそあの子を守ってやらないと、もう親失格ですから」

「大丈夫。あなただけじゃないのよ? 私もいるし、麦野さんもそうだし、あの一方通行<アクセラレータ>も利子ちゃんの味方だから?」

「え?……あ、あの、一方通行<アクセラレータ>さんって、確か以前、レベル5の第一位だったひとでしたっけ?」

「そうよ」

「どうして、また、そんな人が、利子のために?」

「それも話してあげるから。まぁ明日よ明日。病院出たら電話するから。でもそのときは難しい話は御法度だからね?」

「は、はい……」

「じゃ、私また戻るから。なんかあったら連絡するわね」

美琴の電話は切れた。

(上条さん、利子の事、知ってたのかな……)

         

しばし、時が流れた。

PRRRRRRR! PRRRRRRR!

再び大音量で電話が鳴る。

涙子はどきっとしたが、発信者名を見て安心した。

隣の隣、上条詩菜からだった。

「もしもし? 佐天さん? 晩ご飯どうしました?」

「す、すみません、お昼失礼しちゃいまして……」

「あらあら、いいのよ、佐天さんたら。

今、美琴さんから電話があって、明日、利子ちゃんと一緒に帰って来るって言ってたのね。

で、なんだかおかしなこと言っててね、あなたがたぶん晩ご飯の支度も出来てないはずだから、わたしにあなたのところに行って一緒にごはん食べてきて下さいなんて言うのよ? 

義母に向かってちょっとだわよねー、そう思いませんこと?」

「は、はぁ……」

「あら、佐天さんたら、聞いてるのかしら? ……あらあら、これじゃホントにあの子の言うとおりかもね。

じゃあ、今からそっちに行くわね?」

しばらくして、上条詩菜が押しかけてきた。ワインを2本、酒肴をランチボックスに詰め込んで。

 

「ほらほら、そんな陰気な顔してると、陰気な神様が取り憑いちゃうわよ~? ほら、ぐいっともう一杯! 

さあさあ、るいこ~! 行け~! じゃんじゃん飲め~!」

佐天涙子は、閉口しながらも上条美琴と上条詩菜に感謝した。

陰鬱な気は晴れなかったけれど、でも少しは気が紛れたからだった……

 

 

金曜日の昼。

佐天涙子は、玄関でずっと待っていた。

クルマの音が聞こえるたび、腰が浮いた。でも、今までのは全部通り過ぎていっただけ。

携帯は手に。

朝に一度、上条美琴から電話がかかってきた。これから出ますと言うことだった。

家に近くなったらまた電話するから、と。

昨日のどんちゃん騒ぎでワインくさかった家の中は、全部窓を開け放ち、空気を入れ換え、簡単ではあるが掃除もした。

そうでもしないと、とても耐えられなさそうだったから。

(あ、利子の好きな苺のショートケーキ買ってきておけば良かったか……) と気が付いたがもう遅い。

携帯が鳴り、震えた。

「もうすぐ、あと30秒ほどで着きますから」 と美琴の声。

涙子は立ち上がり、玄関を開け、門に駆け寄る。

タクシーがいた。伊豆ナンバー。病院からまっすぐ来たのだろう。

しばらく扉が開かない。

中でお金を払っているのだろう、ものすごく長い時間が経ったような気がした。

ドアが開き、上条美琴が出てくる。

そして、その後、娘、佐天利子が荷物を持ってタクシーを降りた。

「利子!」 

思わず、涙子は駆けだしていた。

 

------------------------

あたしは美琴おばさんとタクシーに乗っていた。

そういえば、学園都市から帰ってくるときは、必ず美琴おばさんがあたしのそばにいた。

そして、母も。

でも、今日はいない。

母は、きっと家の前で待っているに違いない。

 

怖い。家に帰るのが、怖い。

 

あたし、母さんの顔見れないかもしれない。

だって、母さんは、お母さんじゃないのかもしれない。

ううん、もし、もしそうだったとしても、あたしは、母さんに育ててもらった、涙子母さんに育てられた、佐天利子だ。

でも。

冷静な 『あたし』 は、自分を 「むぎの りこ」 だと言う。

じゃ、このあたしはいったい何者? さてん としこだと思っているこのあたしは本当は誰?

 

もう、何もかもがわからない。すごく怖い。

学園都市に、戻りたい。

家に、帰りたく、ない。
              
「怖いよ、おばちゃん」

あたしは美琴おばさんにすがりついた。

おばさんは、黙ってあたしをきゅっと抱きしめてくれていた。

(だいじょうぶ、だいじょうぶよ……)と小さな声であたしにささやきながら。

 

美琴おばさんが電話を掛けた。

「もうすぐ、あと30秒で着きますから」

いやだ。降りたくない。母さんに、会いたく、ない。

クルマが止まった。

ダメだ。

「カードでお願いします。あと、トランク開けて下さいね」

「ハイ……生体認証をお願いします……有り難うございました。

お忘れ物ないですか? ドアとトランク開けますね? 降りる際は気をつけて下さい」

ああ、あたし、降りたく、ない。

「『としこ』 ちゃん、さ、着いたわよ。降りてらっしゃい」

あたしは、せめてものの抵抗で、のろのろと、降りたくないという負のオーラ全開で、おそるおそる、降りた。

「利子!」

あ、お母さんの声だ。ちょっと緊張してるのかな?

でも、でも、あたし、顔を上げられない。上げたく、ない。
                            
「ほら、タクシー動くから」

美琴おばさんがあたしに注意する。

あたしは、よっぽどそのタクシーにまた乗り込んで、「学園都市まで」 と言おうかと思った。

でも、そんな勇気もなかった。 

タクシーは行ってしまった。いくじなし、のあたし。ヘタレな、あたし。

「お帰り、利子。あんた、ちょっとまた背が伸びたのね?」

お母さんのサンダルがいつの間にか、すぐそばに来ていた。

「ほら、利子ちゃん? しゃんとしなさい!」

美琴おばさんのちょっと厳しい声と共に、あたしの顔が強引に上げられた。

 

母さんの、少し白髪が見える、ちょっとやつれた、どこかに泣いたような、ぎこちない笑った顔が、直ぐそばにあった。

(あ……ちょっとお母さん、老けたかも)

目が、合った。

その瞬間。

 

     ――― あたし、母さんを守らなきゃいけない ―――

 

ふいに、以前思ったあたしの決意が思い出された。

(そうだ……あたし、母さんを守らなきゃって……)

(ええい、何をめそめそしてるんだ、佐天利子! そんなことで母さんを守れるの? しゃんとしろ!)

あたしは気合いを入れた。不思議と、すっきりした。

いったい何だったんだろう、今までのあたし?

(よし!!)

 

「ただいま! お母さん、いろいろあって、また美琴おばちゃんに迷惑掛けてしまいました。ごめんなさい!」

そして、上条美琴に向かい、

「おばちゃん、すみませんでした。またやっちゃいました。ごめんなさい!」

 

あまりの豹変ぶりに、佐天涙子・上条美琴の二人はぽかんとして立ちつくしていた。
                                     

 

 

「それで、その傷なわけ?」

上条美琴が目を鋭くして、利子に尋ねる。

「う、うん。情けないことに……」

「利子、あんた気をつけなさいって、あれほど言ってたのに……、その大里さんに御礼しなければ……

それから、手当してくださったそのおじさんにも御礼に行ってこなければ……

利子、あなたちゃんと御礼してきたんでしょうね?」

母、涙子が娘・利子に突っ込む。

「そ、それが……」

「ちょっと、行ってないの? バカ! なんで直ぐ行かないの? 全くもう……住所とか名前聞いてるの?」

「……」

「あきれた……」

「だから、湯川先輩は知ってるんだけれど……あの騒ぎで……行く予定どころじゃなくなって……」

消えそうな声で答える利子の様子で美琴は気が付いた。問題の場面なのだ、と。それに、もう一つ。

むしろこっちの方こそヘタすると公に大事になりかねない、非常にまずい大問題にこの二人、気が付いてない!!

「佐天さん、ちょっとそこで止めて!」

「え?」

「いいから、そこで。で、利子ちゃん? 今のお話、ちょっと問題があるんだけど、わかってる? 知ってるよね?」

「はい。大里さんが、あたしを助ける為に、能力を使っちゃったことです。湯川先輩から指摘されてます。

あたしと大里さんのケガの診断書をもらってますけれど……」

「……あのね、それはもちろんマズイことなんだけど、もうひとつあるんだなぁ。

あなた、学園都市外でケガをして、手当を受けたのよね? いいこと? 大里さんはレベル2、あなたはレベル3。

能力者である二人の血液のサンプルを取られちゃった、と言うことになるのよ。外部の人にね。

それは場合によっては、秘密漏洩になるのよ? 大問題になるかもしれないの!」

「……!」

「佐天さんも利子ちゃんに教えてなかったの? こんな重大なこと!」

「す、すみません……言ってませんでした」

「あー、ったくもう、どうしよう……で、その診断書はどうしたの?」

「湯川先輩が持ってます……」

「その子、風紀委員<ジャッジメント>よね、落第だわホント……利子ちゃん、湯川さん達はどうしてるの?

まだ伊豆にいるのかしら?」

「いえ、たぶん、切り上げて、今日学園都市に戻ると思います。いろいろあったので……」

「そうか……時間無いわね。ゴメン、ちょっと考えさせてね」

数分間美琴はじっと物思いにふけっていた。

「決めた!」

 

 

美琴おばさんは、そそくさと学園都市に戻っていった。

「ケリつけたらまたとんぼ返りするから、利子ちゃんと佐天さん、積もる話もあるでしょ。いっぱいお話ししてなさい?

佐天さん、戻ってきたらお話があるから、待っててね? 大丈夫。全部この上条美琴委員にまかせなさい!」

厳しい顔だったけれど、最後に少し笑ってそう言って。

 

部屋には母とあたし、2人だけ。

「お母さん、ごめんなさい」

「何が?」

「迷惑かけちゃったし、それに……」

「いまさら起きちゃったこと、グダグダ言ってても仕方ないでしょ? あなたのミスは上条さんが何とかしてくれるわよ。

あのひとが 『まかせなさい』 って言ってくれたんだから、大船に乗ったつもりで任せておけばいいの」

「でも……ずっと、あたし、おばちゃんに世話かけっぱなしで……」

「なら、あんたが大きくなって一人前になった時に、何でも良いから、少しで良いからお返しをすればいいのよ。

そういう母さんだって、ずっと上条さんには迷惑の掛けどおしだから、偉そうなこと言えた義理じゃないけどね。

……それより、利子? あなた、あたしに何か言うことあるんじゃない?」

あたしは思わず目を見張って、母を見た。

 

優しい顔。

あたしの、お母さん。

ちょっと、老けたけど、でも、やっぱりあたしの、お母さん、だ。

 

そうよ、『あたし』 がなんと言おうと、あたしの、お母さんは……

 

涙子かあさんに決まってるじゃないの!!!!


「おかあさん……おかあさーん!!!」

利子が母・涙子に飛びついて号泣する。

 

(ホントにもう、いつまでも子供なんだから……わたしの利子……私もしっかりしなきゃ、ね)

涙子は黙って泣きじゃくる利子を抱きしめて、優しく髪を撫でていた。

                                   
 

----------------------------------

よっぽど疲れ果てていたのだろう。

泣きじゃくる利子が少し落ち着いたところで部屋に連れて行き、パジャマに着替えさせ、

ベッドに寝かせると、あっという間に利子は寝入ってしまった。

わたしの手をしっかりと握りしめたまま。

しばらくのあいだ、わたしは我が娘、利子の寝顔を見ていた。

気が付けば、娘の寝顔をこれだけ近くで見たのはかれこれ1年近く無かったような気がする。

 

笑った顔がとっても可愛かった利子。

でも、今、ここに眠っているのはすっかり大人の顔になってきた、一人の女性。

昔の面影はわずかに残っている。でも、昨日初めてやってきた麦野沈利の顔に、本当によく似ている、と思う。

(わたしが子供を産んでいたら、娘を産んでいたら、その子の顔は、わたしに似ていただろうか)

思わず、そんなことを想像した。

 

わたしは思い出す。利子との16年間を。

 

未婚の母、シングルマザー、私生児を産んだ女として後ろ指を指され続けたこと。

3歳の子を1歳と偽らざるを得なかったため、どこでも不審の目で見られたこと。

正直、一番苦しかったとき、だ。 でも。

 

「おかぁちゃん」と初めて利子がわたしを呼んだ日のこと。

嬉しかった。涙が出るほど嬉しかった。

抱き上げて、高い高いをしてあげたら、あの子はうれしそうに声を上げて笑ってた。

「ママ」 はあのひとが呼ばせてたから、わたしは意地でも 「おかあさん」 と呼ばせようとしたんだっけ……。

わたしは一人、心の中でガッツポーズを決めた。わたしは 「お母さん」 になれたんだって。

 

毎週、綺麗な栗色の髪にコーティング剤を塗り、黒髪に染めていたこと。

小学校に上がるとき、文房具に 「さてん としこ」 と名前を書いてあげたっけ。

嬉しそうな顔をしてたわね……

黄色い帽子を被って、黄色いカバーを掛けた赤いランドセルをしょって、

はしゃぎながら麻琴ちゃんといっしょに駆けだして行った、利子の姿。

ようやくここまで、育て上げたか……と感慨深かったわね……

 

ごめん、利子。小学校に上がったときから、あたしはあんたを大おばさまに預けちゃったんだよね……。

恨んでるかな? でも、そうしないと、あたしたち食べていけなかったし。家も買えなかったし、ね。

父兄参観日に、どうしてお父さんがいないの?って聞かれて、困ったわねぇ、あの時は。

わたしの結婚式の写真を見たい、と言われたときは青くなったわよ。そんなことまで考えてもいなかったからね。

そういえば、アルバムって、ウチにはなかったんだよねー。今から思えば、失敗だったか。

 

小学校の卒業式。

そして、セーラー服を纏った中学生になった利子。

一気に大人びたのには正直驚いたけれど、年考えればそうだよね……

 

学園都市に、憧れた利子。

わたしは利子を学園都市には行かせたくなかった。

学園都市は決して夢あふれる未来都市なんかじゃない。

でも、この子は、運命に導かれるように……

 

拉致されて、隠していた能力を引き出され、暴走させてしまって、また拉致されて、銃撃されて、ケガして、

そして。

 

能力者になってしまった、利子。

 

ほんと、大きくなったわ。利子。

佐天利子のままか、麦野利子に戻るのか、あたしにはわからないけれど、どちらにしても、だ。

 

――― この子は、もうすぐわたしのところから巣立っていく ―――

 

……よくやったわよね、佐天涙子。

あんた、ホントによくやったわよ、褒めてあげる。

 

麦野さんも、わたしに「ありがとう」くらい言って欲しいもんだわよねー ふふ。

 

佐天涙子のほほを涙が伝って、落ちた。
                      
 

 

利子は昼過ぎになってようやく起きてきた。

少しは落ち着いたようだ。

 

あきれるくらい、利子は食べた。

「あんた、いくら何でも食べ過ぎじゃないの?」

「え、そうかな? このくらい食べてたような気がするけど? 大丈夫よ、母さん、ちゃんとトレーニングするからさ!」

……何がトレーニングだか。 

食べた後、部屋に戻った利子がいつまで経っても降りてこないから見に行ったら、しっかり寝ていたくせに。

幸せそうな顔して。

寝る子は育つっていうけれど、あんた、それじゃおなかが育つだけだわよ?

 

夕方、上条美琴さんがうちにやってきた。

本当にとんぼ返りしてきたのだった。

「利子ちゃんは?」

「寝てます」

「そう、よかったわ」

「良くないですよ。あの子、起きてきたの1時ちょっと前ですよ? 

それで驚くくらいごはん食べて、2時過ぎに部屋に行ってみたらまた寝てましたからね? 

とんでもないぐうたら娘ですよ。こんなことやってたら直ぐデブになっちゃいますよ」

「本当? それはまた大物よねぇ……。で、佐天さん、今ちょっといいかな?」

「は、はい、あの子のことですか?」

「他にないわよ。それで、ね? 利子ちゃんには聞かれたくないから大きい声で言えないの。こっち来て?」

あたしは上条さんの傍に寄る。

あ、隈が少し出来てる?

「ちょっと、どこ見てるの佐天さんたら? そんなのどうだって良いでしょ?」

おっと、読まれたか? 上条さん、そう言うところは鋭いなぁ……

「いい、長点上機学園は知ってるわよね? で、そこに利子ちゃんが行った訳なんだけれど……」

上条さんの話が始まった。

 

 

(あの子が、自分の中に麦野利子がいることを知っていたなんて!)

わたしは、上条さんの話にはかなり驚いた。

麦野さんのお嬢さん、利子(りこ)ちゃんが利子(としこ)の中で生きていた話は、既に麦野さんから聞いていたので驚く話ではなかった。

しかし、それを利子(としこ)も知ってしまったこと。

そして、自分が「むぎの りこ」であったことも知ってしまい、自分が誰なのかわからなくなり、非常に神経質になっていること。

特に、わたしが本当は育ての母なのではないのか? と思い始めていることにはかなりショックを受けた。

(そうか、あの過食はストレスの逃げ道だったの……?)

(帰ってきてずっと寝ているのは、わたしとなるべく会わないように逃げているのかも……)

 

かわいそうな、利子(としこ)。あの子も苦しんでいるのだ。

気が休まらないだろうに……

 

「で、佐天さん、どうする?」

「……そうですね……つらいですが、言いましょう、あたしが」

「……言ってしまって、大丈夫?」

「……わかりません。でも、あの子ももう、16ですから。それに、どうやら予期してるみたいですし。

どれ、起こしてきます」

「ええええ? いきなり?」

「そうですよ。わたし、思い切りは早いんで」

わたしは、利子を起こしに応接間のドアを開けた。

 

 

 

ベタなドラマだと、ここに娘が青い顔で立っていたりするはずだ、が。

いない。 よかった。

 

 

……ウチの利子は、しっかり自分のベッドで幸せそうな顔をして眠っていた。

よだれが少し垂れていた。

いやはや、我が娘、情けないねぇ……これじゃ彼も出来ないわよ?

ホッとするやら、情けないやら。

だんだん腹が立ってくる。

「こらぁ!!、いいかげんに起きなさぁーーーい!」

わたしは豪快に、ばぁさぁーっ……と利子のふとんをまくり上げた。

「ひゃぁ!!」

利子が弾かれたように、起きた。

「トレーニングはどうしたのよ!? それから、よだれ拭きなさい、恥ずかしい!!」


 

-----------------------

「ケリ付けてきたわよ?」

「すみません」

「まぁね、利子ちゃん? ちゃんと注意してくれないとみんなに迷惑がかかるからね? 

次はないから、覚悟しなさいよ?」

「……はい……」

上条美琴が怖い顔で、真剣な眼差しで佐天利子を睨む。

蛇に睨まれた、いや、レベル5・元学園都市第三位の超電磁砲<レールガン>に睨まれた利子は小さくなって畏まっている。

「で、どうしたかというと、診断書はバツ。アレ出したら、あなたと大里香織さんはどうなるかわかったものじゃないから。

あたしでも手に負えないかも知れないからね。

だから、単純に、あなたと大里さんがケンカして能力を使っちゃったことにしたわ」

ええっ? と言う顔で利子が美琴の顔を見る。

「それから、何があったんだか知らないけれど、他にも能力使っちゃった人がいたわね?」

利子は、そうだったかな? と言う顔でそらを見る。

「………………あ!」

「いたでしょ? えーと……」

そう言いながら美琴はスツールを出してピッピッとレポートを取り出す。

「えーと、あと4人だわ。斉藤美子、佐藤操、前島ゆかり、湯川宏美って、あんたら9人で出かけてたわよね? 

9人中6人が違反したってのはちょっとね、笑い事じゃないのよ?」

 

(AIMジャマーは効いてるのよね?)

佐天涙子は、いつ何時上条美琴が電撃を飛ばすかヒヤヒヤしながら、話を聞いていた。

ここが学園都市だったら、とっくの昔に上条さんは火花を飛ばしていたはずだ、と。

 

しかし、肝心の怒られている利子は、というと

(湯川先輩は地獄耳<ロンガウレス>だし、ミコ(斉藤美子)ちゃんは心理解読<インターブリット>でしょ、ゆかりんは自動書記<オートセクレタリ>で、この3人はあの朝の時だからわかるけど……佐藤先輩はなんだったっけ?)

と、美琴の厳重注意もどこへやら、メンバーの使用能力のことをずっと考えていたのだった。
                                             
 

「と・し・こ、ちゃん? 聞いてる?」

美琴は、肝心の利子が上の空状態なのに気が付き、ムカっとした顔そのままに問いただす。

(やばい、上条さん、すごく怒ってるってば……)

「こら! 利子! ちゃんと答えなさい!」

母・涙子もあわてて注意する。

「は、はいっ? す、すいませんでした!」

あわてて利子は頭を下げる。

「聞いてなかったわね、やっぱり……」

あきれた、という感じで美琴は絶句する。

(このバカ娘がぁっ! これは叱らなきゃダメだ!)

涙子は瞬間的に判断した。

「ですね……本当にすみません、出来の悪い娘でして、申し訳ありません」

そう言いながら、彼女は娘・利子の頭に一発、ゴツンと軽くげんこつをくらわした。

「いったーい!!」

利子が悲鳴を上げ、

「ちょっと、佐天さん、いくら娘だって、女の子にそんなことしちゃダメでしょ!」

美琴が、それは予想しなかった、やりすぎよ、という顔で涙子を怒る。

「これぐらいしないと、このバカ娘にはこたえませんから。上条さんだって、麻琴ちゃんに結構やってましたよ?」

「う」

確かに以前は、そう、最近では麻琴が勝手に利子を学園都市に連れ出した時、湾内絹保の勤める第1中央能力開発センターで、美琴は娘麻琴を怒りにまかせてひっぱたいたのであった。

「ま、そ、それはそうかもしれないけれど、拳固はダメ、拳固はね。ってそんなこと問題にしてるんじゃないのよ!」

「問題にしたのは上条さんですが?」

しらっと涙子が応える。

「あー、もう! 話を戻すわよ! 

利子ちゃん、あなたへの処罰! 学園都市に戻った日から数えて90日、再出国は禁止!

わかった?」

「えーっ? 90日もですか?」

利子が不満そうに口をとがらせて言う。

「何言ってるの、ホントなら半年間は確実なのよ? 半分で済んだんだから有り難く思いなさいね? 

それとも奨学金没収がいいかしら?」

美琴は厳しい顔を崩さずに言い放つ。

「そ、それは困ります! 奨学金ゼロは悲しいですから!! ……わかりました。90日再出国禁止、ガマンします」

「利子、ガマンするって話じゃないのよ? あんた、ホントに反省してるの?」

「……反省してます……」

不承不承という感じで利子が頭を下げる。

「反抗期かしらね」

「反抗期ですね」

美琴と涙子が顔を見合わせてつぶやく。

それが利子にはおもしろくなかったらしい。

彼女の態度が豹変した。

「なによ、母さんたら、あたしを子供扱いして! いいわよ。もう知らない! あたし、学園都市に戻る!

早く帰れば、その分、謹慎の解禁日だって早くなるんだし。

お友だちにも申し訳ないことしちゃったから、早く帰って謝らなきゃ!

上条さん、済みませんでした。ご迷惑ばっかり掛けてしまって本当に申し訳ありません。

骨折って頂いて有り難うございました。

以後、気を付けます!! 失礼します!」

所謂、逆ギレというヤツだろうか。

一気にまくし立てると、利子はバッと立ち上がり、ドアの前で美琴に頭を下げると、荒っぽくドアを開けて外へ出てドアを閉めた。

ダダダダダダと階段を荒っぽく駆け上がる音が響いた。

残された美琴と母・涙子はぽかんと口を開けていた。

「あちゃー……」

「弄り過ぎたかしら」

「年頃だしね……」

「まぁ、大丈夫ですよ、あの子は」

「……ちょっと、佐天さん? でもこんな状態で、あのこと、利子ちゃんに言うのは……」

「……そうですね。今日は止めておきます。あんな状態では聞く耳持たないでしょうし。

まぁ本人が知っているのなら、わたしがあわてて言うこともないでしょう」

「そう? なら良いんだけど……でも、珍しいわね、あんな利子ちゃんは……」

「あら、わたしとはしょっちゅうでしたよ? まぁ親娘ですからね」

自信たっぷりにいう涙子を、美琴は(へーっ)という顔で眺めていた。 

 

 

(お母さんのバカ! バカバカバカ!! なにが反抗期ですね、よ! ちょっと甘えてあげたらいい気になってさ!

もうずっと戻ってあげないから! あたし、学園都市にずっといてやるから!)

頭の中で憤然と文句をぶちまけながら、あたしは荷物を纏めてそーっと部屋を出た。音を立てずに階段を下りる。

(よし!)

靴を履き、そっと玄関の扉をあけ、外へ抜け出し、同じように扉をそっと閉めた。

(お母さんのバカ!! もう帰ってきてやるもんか!)

そう言い捨てて、門をそーっと抜けだし、元通りにそーっと閉めておいた。

母も美琴おばさんも出てこない。

(よし、脱出成功!! さーて、とっとと学園都市に戻るぞ!)

そう意気込んで振り向いたわたしは、一瞬息が止まった。

 

人が立っていたからだ。

「あらあら、利子ちゃん、どこへ行くのかしら? おばちゃん家には来てくれないのかな? せっかくの夏休みなのに?」

優しい笑顔を浮かべた上条詩菜大おばさまだった。
                         
 

結局、あたしは大おばさまを振り切れず、その日は上条家に泊まることになってしまった。

美琴おばさんが来たらどうしようか、とものすごくビビっていたのだが、幸いなことに、おばさんは戻ってこなかった。

晩ご飯の時にそれとなく詩菜大おばさまに聞いてみたら、美琴おばさんは朝に立ち寄って、忙しいのであたしの家に寄ったらもうそのまま学園都市に帰る、と言っていたらしい。

 

久しぶりに、詩菜大おばさまとの晩ご飯。

よく考えれば、まだ半年も経っていないのに、すっごく長い時間、一緒にごはんを食べていなかったような気がする。

 

あたしは久方ぶりの大おばさまのご飯をばくばく食べながら、母に対する文句を全部大おばさまにぶちまけた。

大おばさまは 「まぁ」 「あらあら」 「それは言い過ぎだわ」 とか適度に相づちをうちながら、穏やかな顔のまま、ずーっとあたしの話を聞いてくれた。

いい加減、文句を言うのにも疲れて、あたしは黙った。同じ話を2回しちゃったことに気が付いたし。

しばらく経って、大おばさまが優しく、あたしに言った。

「利子ちゃんね、あなたがずっと大きくなって、結婚して、子供が出来て、その子が大きくなった時にあなたもわかると思うんだけれどね。

あのね、親からすれば、子供は、いくつになっても、親から見れば子供なのよ。

おばちゃんだってね、当麻は今でもあたしから見たら子供なのよ。

麻琴という娘が、16になる娘がいる父親でもね、あたしからすれば、やっぱり子供なのよ。

親だけに許された特権、とでもいうものかしら。

あなたからすれば、いつまで子供扱いするの、もう止めてよ! って思うでしょうけれど、そこは笑って許してあげて欲しいの。

……親から見れば、子供が一番可愛いのよ? 

そりゃ、孫は可愛いわよ? でもね、おばちゃんの一番可愛いのは、一番はやっぱり当麻なのよ。

だって、わたしの息子、わたしの子供なんだから」
                                    
 

そういうもの、なんだろうか? 

あれだけ可愛がっていた麻琴より、当麻おじさんの方が詩菜大おばさまは一番可愛いと言う。

とてもそんなふうには見えないけれど……

母さんも、あたしが一番可愛いんだろうか……あれだけケンカしていても? 

まぁあたしも母さんが一番大切なのは間違いないけど。

 

はた、と思う。

『あたし』 のママ、麦野さんは、どうして 『あたし』 を捨てたのだろう?

よっぽど何かあったのだろうか。一番可愛いはずの、自分の娘を、何故?

……そうだ。あの写真を見る限り、間違いなく麦野さんは『あたし』を愛していた様に見える。

あんなに嬉しそうな、幸せそうな顔をしていたのに……

どこで、どうして 『あたし』 は佐天利子になったんだろう?

 

……おっと、これ以上深みに入ってまた暴走されては大変だ。止めよう。

(なによ? あたしは冷静だからね!) わ!!! 起きた!! お願い、静かにしてて!!

(ちょっと、もう一度言うからね? 『あたしは冷静ですから』 、宜しく!)

はいはい。わかりました。よくわかりましたから!


「利子ちゃん? ところで学校はどう? 楽しい? 麻琴ちゃんとは会ってるの?」

おお、詩菜大おばさま、ナイスな話題ですね、助かります!

あたしは、お友だちとの話をした。麻琴と漣くんの話だけはちょっと省いて。

大おばさまは知らないのか、特に尋ねてくることもしなかったし。

はー、でも美味しかったぁー。

 

「あらあら、こんばんは。佐天さん」

「すみません、やっぱりそっち行きました?」

「ええ、来てますよ。もう寝ましたけれどね。良いタイミングで捕まえましたわ、ホントに」

「なんか言ってました?」

「ええ、たっぷりとあなたの悪口をね。

でも羨ましいわ、なんだかんだ言って、利子ちゃんはあなたを信じてる、愛してることがよくわかったわよ? 

あたしにも分けて欲しかったわ。あんなに可愛がってたのにね」

「あはは、そうですか。それはどうもすみません。でも親冥利に尽きますね、有り難うございます」

「あらあら、ごちそうさま。でも、親離れも少しずつ進んでるようだから、あんまり笑っていられないかもね。

佐天さん、耐えられるかしら?」

「んー、たぶん大丈夫でしょう」

「うふふ、そう言って案外ボロボロ泣くんじゃないの?」

「! ……まぁ、そのときはそのときで。その日が来るのを楽しみにしてて下さいよ」

 

佐天涙子と上条詩菜の電話はその後も続いた……
                          
 

 

---------------------------------

「利子ちゃん? タクシー来たわよ?」

「あ、ハイ。すみませんでした」

「お母様に言わなくて、ホントにいいの?」

「いいんです。今、ケンカ中ですし。今顔見たら、また始めちゃいそうですから。

すみませんけれど言わないで下さい」

「あらあら、大変ね(そうは言ってもクルマの音でわかっちゃうけど?)」

「じゃ、おばちゃん、行ってきます。昨日はあたしの相手してくれてどうも有り難う。母をお願いします」

そう言ってあたしは頭を下げ、タクシーに乗り込んだ。

「XX駅までお願いします」

「はい、ドア閉めて良いですか?」

「ハイ、お願いします」

あたしは運転手さんと会話したあと、窓を開ける。

「じゃ、おばちゃん、またしばらく帰れないけれど、元気でね?」

「はいはい。身体には気を付けるのよ」

「はーい」

タクシーが走り出した。

 

ウチの前。

 

母が立っていた。手を振って。

一瞬、目が合った。

(いってらっしゃい) そう言っていた。

あたしは複雑だった。

(ごめんなさい) という素直な気持ちと、(知るか、勝手に立ってろ) という突っ張った気持ちとが入り交じって。

 

どっちにしても、あたしは90日、ここへは帰って来れないのだ。

佐天利子、学園都市に戻ります。

じゃあね、お母さん。
                                                    

 

 

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*作者注) 投下原文では「美琴おばさん」「美琴おばちゃん」がランダムに使われていましたので、しゃべった言葉のみ「おばちゃん」を使用するよう修正しました。他のところでも間違いがあった場合は修正して行きます。

 *タイトル、前後ページのリンクを作成、改行及び美琴の一人称を修正しました(LX:2014/2/23)

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