上条「誰を助けりゃいいんだよ……」 > 13

「あー、スッキリした。じゃなくって、心機一転がんばるぞ!!」

長い説教を終えた上条さんは、親船邸を出て夜道を歩いていた。

久しぶりに清々しい気分である。

決して「久々のお説教を楽しんだから」ではない。
一歩だけだが進展があったからなのである。

どういった進展かというと、親船が結標の身柄を預かってくれることになったのだ。

また誘拐かというとそうではない。
彼女は今、魔術師に狙われている身である。
その結標を、親船が統括理事のプライドに掛けて絶対に守り抜くと誓ってくれたのである。

彼女の目は本気だった。
たとえ他の理事を敵に回しても、絶対に結標を魔術師に引き渡したりはしないだろう。

上条の情熱を掛けた説得が親船の心を動かしたのだ。

だから上条さんは清々しい気分なのですよ!
説教癖を満足させることが出来たからではないのですよ!


「それもどうなの……」


帰路につく。

ロシア成教に渡された滝壺を助けに行くにしても、一度準備をする必要があるだろう。

時刻は八時を回っていた。
終バスがとっくに出ているので徒歩で自宅を目指す上条の横で、スフィンクスが緊張したように鳴いた。

「……にゃぅ……」
「うん?」

その異様な声に驚いて立ち止まると、スフィンクスはトトト、と上条の前に進み出て、睨みつけるような視線を彼にぶつけてきた。

「な、何だ……? 腹減ったのか? 家までもうちょっとだから我慢……」

と。

突然、何かに導かれるように駆け出すスフィンクス。

「おい!? スフィンクス!? どこ行く気だよ?」

逃げられると追いかけたくなる――ではないが、急にアクティブになった愛猫に気を引かれ、上条は咄嗟にその後を追いかけた。


猫の足は速い。

が、どこか手加減しているらしい。
スフィンクスは時々後ろの上条を振り返り、付いて来ていることを確認しながら夜道を走る。

上条は奇妙に思いながらも追いかける。

猫って、人間のために手加減して走るんだっけ?




辿り着いたのは第二三学区だった。

航空専門の学区。
実際に飛空テストも行うため、広々として見晴らしのいい地域だ。
飛行機を格納するのだから、そこらの建物もいちいちでかい。

猫を追いかけるのに迷わないのは結構だが、上条の頭は混乱し始めていた。

何で猫が飛行場へ人間を連れて走って来なければならないのだろう。

スフィンクスは、明確な意志を持って上条を連れ回しているように見える。

上条が近寄ると逃げ、離れ過ぎると止まって待つ。
その繰り返しでここまでやって来たのだ。

ふいに、前を走るスフィンクスの姿が、一棟の巨大な建物の中へ消えた。

「勝手に入るなよ!」

慌てて追いかけ、どうやら小型戦闘機の整備場であるらしいそこへ近寄ると、人間用の出入り口の一つが開いているのが見えた。


「お、お邪魔しまーす……」

挨拶すれば勝手に入って許されるとでも思っているのか。

そんなことはないのだが、とにかくスフィンクスが侵入してしまった以上、彼も入らないわけにはいかない。
上条は開いていたドアからまず顔を突っ込み、誰もいないらしいことを確認して中へ入った。


広い整備場だった。

最新式(多分。学園都市だし)の小型機が十数台並ぶ中、ど真ん中に巨大な飛行船が鎮座している。

奥にいる奴はどうやって外へ出るのだろうか。
上条が困るわけではないのでどうでもいいのだが。

「おーい、スフィンクスー?」

呼ぶ声は、遠すぎる向かい側の壁には反響せず消えて行く。

しかし別の声が返って来た。

「にゃー」

その方向へ目をやると、すぐ近くの小型機のハッチの横で、スフィンクスが行儀よく座っていた。

ふう、とため息をつく。

「何やってんだよお前は。そんな所に勝手に上ったら怒られるぞ。俺が」

近寄って、連れ戻そうとする。
その上条の姿を確認したスフィンクスは、首を横へ向けた。

そして、ハッチ横に取り付いている何かのボタンに向かって、思い切り猫パンチした。

「え!?」


ハッチが開いた。

するりと、猫特有のしなやかな動きで、スフィンクスはその小型戦闘機の中へ乗り込む。

「おいおいおい!? 開いちゃうのかよハッチ!? 乗っちゃうのかよスフィンクス!?」

とにかく捕まえて降ろさなければならない。
上条は戦闘機に駆け寄り、側面をよじ登って乗り込み、スフィンクスの方へ手を伸ばした所で、


「うわっ!? 待て! 何で閉まっ……?」


ハッチが閉まって機体が前進を始めた。


どうやら飛行機が近付くと勝手に整備場のシャッターが開くようだ。
直撃を免れたのは良かったが、首尾よく離陸してしまったというのも困りものである。


仮にとうまんくす号と名付けよう。

最新式(多分)小型戦闘機とうまんくす号は、自動飛行機能を備えた賢い飛行機である。

最初に行き先さえ入力してしまえば、離陸、着陸時の微調整から飛行中の障害物の回避まで、
何から何まで自動で完璧にこなしてくれる。

ただし、今回スフィンクスが猫パンチで入力した行き先は滅茶苦茶だった。

正常に動くには動くのだが、このまま入力した目的地へ向かうと、
機体は南太平洋にあるヘンダーソン島という小さな島に着陸することになる。

そして燃料切れで二度と戻れなくなる。

上条は操縦席のモニタに表示される文字や記号の半分も理解出来なかったが、
飛行機が勝手に動いていて、進路が海のど真ん中へ向かっていることには気が付いてしまった。

不幸中の幸いだが、こういう時に叫ぶのにとてもいい言葉を、彼は知っている。



「不幸だあああああーーーーー!!!」



ただし、別に叫んでも意味はない。



「どうする!? どうする上条当麻! どうにかしてこいつの進路を変えるんだ!
 ああもう、何を押せば何が起こるかサッパリ分からねえ!!」

当たり前である。彼は右手と溢れる情熱とフラグ体質以外は他と何ら変わらないただの高校生なのだ。
戦闘機の扱い方などまるで分からない。
辛うじて自分と猫にシートベルトを着用できたくらいだ。

勝手に猛スピードで夜空を直進するとうまんくす号の中で、上条は動転する気持ちを抑えて機類を眺める。

何しろ戦闘機である。
適当に何かいじってミサイルでも発射されたら、上条一人とスフィンクス一匹では責任など取れない。

かといって何もしなければヘンダーソン島行きは確定である。

上条が一か八かで、ゲームのコントローラーの十字キーに近いモノを触ろうとしたその時だった。


『ガ――ガガ――か、――みじょ――ん?』


どうやら無線機らしい、機内に取り付けてある機械から、女性の声が漏れて来た。

突然この機体に無線を掛ける人物になぜ名前を知られているのかは分からない。
しかし助けてくれるなら誰でもいい。

「誰だ!? 俺の知り合い!?」

上条はマイクを取って応答しようとしたが、マイクが見つからないので虚空へ向けて叫んだ。

それで伝わったらしく、また相手からの通信が届いた。

『はい――か、ざ、―ひ―です……あ、やっと安定したみたい』

「風斬?」

通信の相手は、風斬氷華だった。

『えっと、飛行機が勝手に変な所へ行こうとしていて、困ってる……んですよね?』

「そう! そうなんだよ!」

頭のいいお嬢さんだ!

『それじゃあ、ちょっと待って下さい。この戦闘機の内部に侵入して、進路を変えますね』

「え? そんなことできるの?」

有能なお嬢さんだ!

一度、通信が切れた。
風斬はとうまんくす号の進路を変えるため、戦闘機に搭載されているコンピューターをいじるつもりらしい。

確かに風斬は普通の人間ではないのだが、そんなことまで出来てしまうとはにわかに信じがたい。

上条が信じようが信じまいが、その十分後には進路をロシアへ向けた航路図が、とうまんくす号のモニタに表示されていた。

って何でロシア?

『行きたいのかと思って』

家に帰してはくれないのね……

少し待つと、通信機から砂のような音がして、また少女の声が聞こえてきた。

『終わりました。これで大丈夫』

「すげえな……どうやってコンピューターの中に入ったんだ?」

『入ったんじゃないんです』

「入ったんじゃない?」

『閉じ込められているんです。コンピューターの中に』

「はい!?」

無線機越しの風斬の声は、それはそれは心細そうであった。

『世界のAIM拡散力場に異常な歪みが発生しているんです』

「世界の? AIM拡散力場ってあれだよな、学園都市の能力者がいないと発生しない……」

『今は『妹達』が世界中にいるので、世界的な展開が可能なんです。
 ただ、今回のは彼女たちが直接の原因ではないみたいで』

「な、何だか難しくなりそうだな……理解力レベル0の上条さんに手加減してくださいますか?」

『えっと……』

風斬は少し困ったような声を出し、

『できる限り噛み砕きますけど……』

「ああ、頼む」

『一ヶ月ほど前から、少しずつ虚数学区にズレのようなものが発生していたんです。
 何か、ちょっとおかしいかな、くらいの。それが日が経つに連れて段々大きくなって……』

スフィンクスが、地図上の行き先となっている『ロシア』の文字を見て「にゃー」と鳴いていた。
呑気だな、こいつは。

『そして三日前、突然大きな歪みが発生しました。まるで爆発みたいな』

「爆発?」

上条もレベル0とはいえ能力開発は受けている身だ。
爆発と表現する規模の異常があれば少しくらい気が付きそうなものだが、風斬によればそうでもないらしい。

AIM拡散力場を認識できるのは、特別な能力者か専用の機械くらいのものだという。

『私の体は沢山の能力者のAIM拡散力場が寄り集まって出来ていて、
 体温は炎系、声は音波系の能力者に補われて支えられています』

上条が相槌を打ち、風斬が続ける。

『たまたまその時、私の一番近くに電気系の能力者がいました。
 ハッキングを生きがいとするような人で、親友はパソコン、みたいな……
 何ていったかな、くやま……?』

「いいよ。大事な人物じゃないんだろ?」

『はい』

本当はその人は工山規範というのだが、確かに大事な人物ではないので彼については割愛された。

『"爆発"の時に、私の構成に不具合が起きたんですけど、
 近くにいた彼の『自分だけの現実』に大きな影響を受けてしまって』

AIM拡散力場に大きな異常が起きた時、近くにオタクがいたせいで、コンピューターの中の人にされてしまったらしい。

正確にいえば、「コンピューターの中の人」ではなくて、
コンピューター同士のネットワークの中に閉じ込められているのだそうだ。

そのネットワークを通じて個々のコンピューターへ侵入し、ある程度勝手に操作できる。

『でも、セキュリティの壁があって、学園都市のネットワークの外へは出られないんですけどね』

「どっちにしろ難儀だよなあ……」

そのお陰で上条はヘンダーソン島に永住しなくて済んだといえばそうなのだが、出来る事ならなんとかしてやりたい。

『AIM拡散力場が乱されているんです。学園都市以外の何者かの手によって』

「学園都市以外?」

『それが正されれば、自然に私も元の形に再構成されるはずなんですけど……』

二人して、考え込む。

そもそも「外」の人間は、AIMという言葉すら知らないはずだ。
いたずらに乱すことなどできるだろうか。
超能力も信じていない人間がほとんどだというのに。

「分かった。俺が何とかしてやる」

『……はい』

AIM拡散力場の異常。

上条にどうこう出来るような問題とは思えなかったが、上条は請け負ったし、風斬は託した。

彼はどんな無茶なことでもやってのけて来た。
やると言ったらやり遂げてしまうのである。

信頼と実績の上条当麻。

上条が何とかすると言ってくれれば、風斬はそれで安心だった。

そして、彼女は言った。


『――東南東から信号が来てる』

「えっ」


それきり通信が途絶えた。


「信号って……すっかりコンピューターっぽくなっちまったな。大丈夫かな、あいつ」

取り残された形になった上条は、ロシア到着を待って独りごちる。

シートベルトを振り切ったスフィンクスが何か言いたげにじっと彼の顔を見つめていた。

「ん? どうした?」

「……」

にゃー、くらい答えるのではないかと思ったが、スフィンクスは黙っている。

「何だよ。大体な、お前が勝手に戦闘機に乗り込んでボタンいじったりするから……」


「勝手に外へ連れ出してしまったことについては謝る」


「!?」



非常に滑らかに、流暢に、猫が喋った。



「はい!? え? あれ!?」


パニックに陥る上条の目の前で、スフィンクスは操縦席の隣のシートにしっかり座り直し、顔を正面に向けた。

顔洗いのような動作で、肉級の付いた前足がくるりと顔を撫でる。

みし、と、その小さな体が音を立て……


上条が目を瞬いたその刹那の間に、スフィンクスはそこから消えていた。

代わりに、隣の席に人間が一人。


「ど、ど、どちら様?」


「……ショチトル」


どうやら日本人ではなさそうだ。

褐色の少女がそこにいた。



■■■■救助リスト(抜粋)■■■■

===学園都市===

とある高校
   月詠小萌         【解決済】
    結標淡希        【保護:親船最中】
   姫神秋沙         【行方不明】
   吹寄制理         【解決済】
   青髪ピアス        【行方不明】
   土御門元春        【拉致:謎のキャンピングカー(三回目)】

御坂勢力
   御坂美琴         【誘拐】
   妹達(学園都市組)     【解決済】
   妹達(10033-14550)    【解決済:一方通行】
   妹達(14551-20000)    【委託:一方通行】
   白井黒子         【誘拐】
   初春飾利         【誘拐】
   佐天涙子         【誘拐】
   エツァリ         【行方不明】
    ショチトル       【発見】

その他
   風斬氷華         【中の人】
   スフィンクス       【行方不明】
   冥土帰し         【解決済】
   研究者(約150人)     【失踪】


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最終更新:2011年05月03日 18:47
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