とある世界の残酷歌劇 > 序幕 > 8


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――ばんっ!

大きな音を立てて扉が開き、けたたましく部屋に飛び込んできた少女に目を覚ました。

「大丈夫、初春!?」

聞きなれた声にゆっくりと体を起こし、初春は扉の方を見遣る。

息を切らせてこちらを、どこか必死なほどの形相で心配そうに見つめる佐天涙子という名の少女に、初春は弱く微笑んだ。

「倒れたんだって!? な、何か変な病気とかじゃないでしょうねぇぇ……」

少なくともそれは病人に向かって放つ声量じゃないよなぁ、などと考えながらも心配してくれている事は素直にありがたかった。

「あ、いえ、ただの貧血だって……雨に濡れたから体温が奪われてちょっと危なかったみたいですけど、もう大丈夫ですよ」

「よ、よかったぁ…………」

へなへなと力なくへたり込む佐天に溜め息を吐きながら、初春は身を起こす。

既に病室の窓にはカーテンが閉められ、その隙間から見える外界は真っ暗になっていた。

今何時だろう、とサイドテーブルに置かれた時計に目を向けると、もはや日付が変わろうとしていた。

……完全下校時刻はとうに過ぎ、病院の面会時間も終わっているだろうに、どうして佐天はこうも自然に部屋に飛び込んでこれたのだろう。

まあ、学園都市は色々と奇妙な街だ。
いちいちツッコミを入れていたらそれだけで一生が終わってしまう、と思いなおして、初春は考えない事にした。

物珍しそうに病室内をうろうろとする佐天をぼうっと眺めながら初春は頷く。
元々奇行の多い人物だ。彼女には彼女なりの偉大で崇高な理由があるのだろう。そういう事にしておく。

ひとしきり病室の中の物を触ったあと、佐天はベッドの脇にあるパイプ椅子にどっかと腰を下ろした。

それからじっと初春の顔を見つめ、そして、にへら、と笑った。

「アンタも災難だねぇ。もう少し大通りでぶっ倒れればすぐに救急車でもなんでも来れたのに。
 なんでわざわざ人通りのないところを選ぶかなあ」

「私だって好き好んでそんなところでひっくり返ったわけじゃありませんし」

口を尖らせて反論すると、佐天はうんうんと納得した様子で頷き、

「しっかしアンタ、こんな時間まで何してたのさ。お外はこんなに真っ暗だよん?」

問われ、

「………………」

何故、だっただろうか。

どうしてだか初春にはその事が思い出せなかっ



「………………ええと」

何故、だっただろうか。

何か大事な用があって、それで、あんな時間に。

誰かを。

「友達に」

――そうだ。

「友達に、会ってたんです」

頷き、初春は笑った。

「たまたま久し振りにばったり遭遇しちゃって、それでファミレスでついつい話し込んでたんですよ」

「へぇ。よく店員に蹴り出されなかったね」

――――そういえばそうだ。

でもまあ、あの時間の店員だ。
大学生のアルバイトが大半を占めているのだろう。

彼らにもきっと中学生や高校生や、そんな時に同じような経験をしたことがあって、それを思い出して目を瞑ってくれたのだろう。

そう初春は一人で納得して小さく頷いた。
そんな気を利かせてくれた店員がいるところなら今度から贔屓にしなければ。





けれど。



――――あれ?



初春の思考の海に疑問符が浮かんだ。
それはどうという事はないほど、小さなものだったが、確実に意識の水面に波紋を広がらせて。



――――どこのファミレスだっけ――?



何故か、記憶の中のそのページだけが掠れたような、どうにも上手く思い出すことができない様子だった。

他にもいくらか同じように思い出せない事があるのだが、そもそもそれが何かという事まで思い出せないのだから手のつけようがなかった。

この年で認知症にでもなったのだろうか……?

いや、きっと倒れた拍子に頭でも打ったかして、記憶が混乱しているだけなのだ。

そのうち何が思い出せなかったかすらも忘れてしまうほど、どうでもいい事で。

……まあいいや。

どうせ、普段は近付かないような区域の店だ。わざわざ遠出してまで利用する必要はない。
それに学園都市中に点在するチェーン店だ。どこの店でもさほど変わりはないだろう。

そんな風にして初春は再び納得する。



「――――初春?」

佐天の声に初春は、はっと顔を上げる。

見れば佐天がベッドの上に乗り出して初春の顔を心配そうに覗きこんでいた。

「どうしたの? 気分でも悪い? お医者さん、呼ぼうか?」

「あ、いえ。大丈夫です。……ちょっと頭が痛くなっただけですから」

そう初春はこの友人を心配させまいと薄ら笑みを浮かべてみせた。

それからしばらく、気拙い沈黙が続く。

初春は終始何故か呆とした様子で所在なさげにふらふらと視線を動かしていた。

かっ、かっ、とアナログ時計の秒針が小さく立てる音だけが病室の空気を震わせていた。

「…………あの」

「…………ねぇ」

声が重なり、さらに気拙くなった。

「えと、佐天さんからどうぞ」

「いや私はいいよ。ほら、初春から。病人だし」

それとこれとは全く関係ないのではないだろうかなどと感じながら、初春はどうせこのまま不毛な争いが続いてはと折れる事にした。

「じゃあ、あの、佐天さん」

「なんだい初春クン」

茶化して偉ぶって言う佐天の様子が可笑しくて、何故だか少し救われたような気がしたけれど。

初春は、頭のどこかで猛烈な気持ち悪さを覚えながらもその言葉を口にした。





「――――御坂さんの事、知ってます?」







「へー。御坂さんが、ねー」

一通りの事を話した後、佐天はうむうむと大仰に頷いて、妙に納得した様子でそう言った。

「あれ。驚かないんですか佐天さん」

反応を見る限り既に知っていた、という事もなさそうだが。
そう思い尋ねてみると佐天はあっけらかんとした口調で。

「いやまあ、なんか前からそんな感じはしてたでしょ」

同意を求められても困る。

「好きな人がいるっていうのはなんとなく……ふいんき? で分かってたし。
 いいねぇ恋する乙女って感じで。ちくしょー私も恋してー!」

だからといって駆け落ちモドキはどうかと思うが、と初春は頬を掻いた。

それから、ふと思い立って。

「…………佐天さんは」

んー? と何故か疲れたような顔を向ける佐天に、初春は尋ねた。

「好きな人、いないんですか?」



「――――いるよ」

弱く笑み、そう答えた佐天。

予想外の返答に初春は面食らった。

……そして。

「私ゃ初春が大好きだーっ!」

飛びつかれ、抱き締められ、目を回しそうになりながらも初春は腰をくすぐってくる指を掴み、なんとか引き剥がした。

「病人に何するんですか!?」

「私をこんな風にさせるなんて……初春ってば罪なオ・ン・ナ」

私の所為なんですか……と初春は重く溜め息を吐いた。

「で、初春は?」

「…………はひっ!?」

予想外の質問に、初春は思わず裏返った悲鳴を上げた。

なんとなく発した質問がまさか自分に返ってくるとは思わなかった。

「……もしかして今日一緒にいた相手って、男の子だったりする訳ー?」

「ちちち違いますよ!?」

「そのやけに慌てるところが怪しいにゃーん」

「誤解ですー!?」

「むー……なんだいつまらない」

けっ、と佐天は悪ぶって唾を吐き捨てるような仕草をして、それから少し落ち込んだような顔をした。



「どうしたんですか?」

「んー……初春ってば純だからさー。おねーさんその辺が心配で心配で」

「……、……」

この能天気な友人は、初春が常駐する世界で飛び交う罵詈雑言の存在を知らないらしい。

確かに、初春には生まれてこの方そういう手の浮いた話はない。

けれど、少なくとも今はそれでいいと思う。

第一、大切な相手は少なければ少ないほど守りやすいのだ。

ある意味寂しいとも思うが、それでも恵まれているのだろう。
そういう相手がいるという事が。

まあ、今のところそんな相手なんて、それこそ佐天や――――。



――――ずきり、



「っ――」

左側頭部に鋭い疼痛を覚え、思わずこめかみを押さえた。





「……ほんと大丈夫?」

「ええ、ちょっと、寝不足だったのもありますし」

そんな生返事を返して、初春は力なく笑いかけた。

それからしばらく、また無言が続き。

「……そんでさ。初春」

佐天は妙に真面目な顔になって初春に向き直った。

「本当にオトコじゃないの?」

「だから違いますってー! 女の子ですー!!」

頬を膨らませ、初春は佐天を両手で小突く。

ぎゃいぎゃいと、ムキになって否定する振りをしながら、初春は顔を綻ばせ。



――――あれ、



その両手が、ゆっくりと、力を失いベッドの上に落ちて、初春は俯く。

ずきり、また疼痛が走る。



――――なんて名前だっけ。





どうしてだか、今日話していた相手の名前が思い出せない。

それどころか顔も、声も、喋り方も、どこの学校なのかも、どうにも朧気で。

まるで記憶に靄がかかったように曖昧模糊としていた。

その事を佐天に言えば。

「…………はぁ?」

案の定怪訝な顔をされた。

「うーん……まあたまにあるよね。私もたまに初春の名前忘れるし」

「それはいくらなんでもあんまりだと思いますよ佐天さん」

全力で作り笑いを浮かべながら、しかし作っている事を隠そうとはせずに初春は右手で佐天の肩を掴んだ。

「痛っ! 痛いっ!? あれー初春ってば結構握力あったりするー!?」

そんな佐天の声を意図的に無視して、初春は額に左の人差し指を当てながらうんうんと唸り思い出そうとして。

――どこかでそれに嫌悪感というのも生温いような吐き気を催す最悪を覚えながら、

「…………あ、」

ふっ、とその名が浮かんだ。

「鈴科百合子」

そういう名前だった。と思う。

「百合っ!? 何それやっぱり私の初春の危険が危ないー!?」

「お願いですから日本語喋ってください」

右手に力を入れると、小さく呻いた後大人しくなった。

「佐天さん。どうしてそんなに気にするんですか」

しばらく彼女は無言のままじたばたと両手を振っていたが、ふと動きを止め初春を向いて。

「んー……なんだろうね。気になるじゃん」

うん、と小さく頷き。

「初春の友達なんだもん。どんな人だろうなーって」

「……、……」

その返答に、初春はどうにも毒気を抜かれてしまって、仕方ないなといった様子で小さく息を吐いた。

「いい人ですよ。ええ」

頷き、初春はにっこりと笑いかけた。



「……あのさ初春」

「はい?」

「その百合なんとかさんに……連絡した? ぶっ倒れたって」

「………………あ」

そうだ。

佐天には真っ先に連絡したのに、他の人の事はまったく考えていなかった。

ついさっきまで(といっても数時間前だが)一緒にいた相手なのだ。
それに、もしかしたら後で電話か何かする約束だったかもしれない。――はっきりと覚えていないが。

そう思って慌てて携帯電話を取り出し、そういえば院内はこの手の機器は禁止だっけと思い直すが、
部屋の片隅に電子機器を使用可能な病室である事を示すプレートがかかっていたので遠慮なくアドレス帳を開く。

そこから、電話をするにはもう遅いしメールにしておこうか、などと考えながら。

「――――――あれ?」





  • 固法 美偉      ↑
  • 婚后 光子
  • 柵川中学
  • 佐天 涙子
  • じゃっじめんと177
  • 鈴山高校
  • 高崎大学       ↓





――番号もメールアドレスも、聞き忘れてたかな。

初春は携帯の画面を呆然と眺めながら、そこにない名前を探していた。

――まあいいか。

唐突に、大して重要ではない事のように思えて、初春は携帯を仕舞った。

「…………初春?」

呼ばれ、びくりと肩を震わせ振り向いた。

「どうしたの。顔……真っ青だよ」

言われて、気付く。

握り締めた手の内はべっとりと濡れ、そうでなくても体中から嫌な汗が噴出し、どうしようもないほどの寒気を感じる。

実際のところ、室温は低くはない。
だからこれは、初春の精神的なものだ。

そう理解してはいるものの体が震えて仕方がなかった。

凍える体を暖めるように自らを抱き締め、初春は泣きそうになった。

耳元で誰かが心配そうに自分の名を叫んでいた。

「初春! ねえ初春どうしたの!?」

「――――――、です」

小さく、ほとんど無意識のまま呟き、ようやく自覚した。





「何か凄く大切な事を忘れてる気がするんです――――」





けれど、それが何かが分からないのだ。

そう初春は呟いた。



「やっぱり、私お医者さん呼んでくるよ!」

まるで人形のように表情を失い俯く初春を見て青ざめ、佐天は慌てて病室から飛び出した。

真夜中だというのに憚らず、大きな足音を立てて扉まで駆け寄り。



がぢゃっ――!



と鈍い音を立て扉を開いた。

しん――と耳鳴りがするような静寂。

真っ暗な廊下は静まり返り、どこかで何かの機械が駆動する音だろうか、ぶぅぅん、という虫の羽音に似た煩わしい振動を反響させていた。

夜の病院。

嫌な予感と気配と、そして背後の友人の真っ青な顔を思い出して、思わず佐天は身震いする。

いくらここが人の英知と科学の結晶である学園都市だからといって、そういう『何か』の気配はそこかしこに点在する。

深夜、人気のない病院などというのは典型ではなかろうか。



――――ごくり、



思わず唾を嚥下した喉が大きな音を立てた。





だが。

同時に、張り付いたような無表情の奥に見えた、彼女の今にも泣き出しそうな瞳を思い出し。

ぎゅっ、と両手を握り、佐天は廊下へ踏み出した。



かつっ――――、



靴底がリノリウムの床を叩く。

乾いた音が四角く狭い通路に反響し、その奥にある闇を嫌が応にも実感させる。

緑色の避難口誘導灯のやけに人工的な光に照らされた廊下は、まるで異次元にでも迷い込んだかに思え、

「――――――あ、れ?」

僅かな違和感。

不気味で、怖くて、気持ち悪くて、肌寒くて、仕方がないというのに。

その違和感は、まともに考えれば最悪でしかないはずなのに。

どうしてだろうか。





今自分の立つ病室の前に、ついさっきまで、それこそ佐天が戸を開け放つ瞬間まで立っていたであろう生々しい人の気配が足元から伝わってくる。

だというのに。



なのに、なぜかまったく恐怖は感じず、それどころかどこか安堵さえして。

かたん、とどこか遠くで物音がして、佐天は我に返る。

「――――――、」

感じた気配は一瞬で、ひんやりとした廊下の空気に押し流されたのか、もはや無機質な冷たさしか踏んだ床は返してこなかった。

左右を思わずきょろきょろと見回すが、廊下は相変わらずぽっかりと闇を広げるだけだった。

緑の病的な、どこか生理的嫌悪感を感じさせるような気持ち悪い人口の光に薄ら寒さを覚える。

淡い緑に照らされた通路の奥がどうにも恐ろしいどこか別の場所への入り口に見えた。

だが。

「――――うん」

小さく頷く。



――誰かの暖かい手で、優しく背を押された気がした。



「――――うん」

もう一度、小さく、確かに頷き。

佐天は迷うことなく走りだした。





――――――――――――――――――――





雨脚は弱まり、しかし風が出てきた深夜。

病院の駐車場は人気はなく、雨垂れだけがぱらぱらとその音を奏でていた。

病院の壁面から僅かに伸びる電線のようなものに、風が正面から当たり、ひうひうとどこか物悲しい悲鳴のような音を立てていた。

そんな雨と風の音に紛れるようにして。

――――ぱしゃり、

と、水溜りを叩く音が響いた。

強い風に長い髪を嬲られながら、横顔に細かい雨粒をばらばらとぶつけながら、彼女はその無人の駐車場に立っていた。

空ろな瞳は駐車場を照らす街灯を弱々しく跳ね返し、あっという間に濡れてしまった頬は蝋人形のように真っ白だった。

そこに、傘を差し出される。

真っ黒な、どこか時代遅れを感じさせる蝙蝠傘。

それを握る手は、彼女と同じ色のブレザーに包まれていた。

「………………風邪を……引くわ」

「……放っておいてくださいまし」

ゆらり、と幽鬼のように白井は顔を上げた。

「そもそもその傘は、あの方のものでしょう。わたくしにはどうかお構いなく」

「そうもいかねえだろ。オマエに風邪ひかれちゃ――御坂が怖い」

困ったように頭を掻く、ツンツンと尖ったような特徴的な髪型の少年。

「お優しいんですのね、あなたは」

ふっ、と幽かに笑みを浮かべる白井に、肩を竦めた。

「そんな大層なものじゃねえよ。単に、それっぽい事をしてるだけだ」

苦笑する少年に、白井は頭を振った。

「いいえ。それでも、そう言ってくださるのは、少しだけ……ええ、ほんの少しですけど」

その先を紡ぐ事はせず、頷いて、白井は空を見上げた。

真っ黒の、無明の闇から降り注ぐ雨粒は、風に煽られて斜めに吹き荒び、その身を照らされて宙に白く無数の線を描いていた。

分厚い雲に覆われて、月も星も、見えない。

ただ無数の流星のように雨粒が黒天を横切った。

……それを。さらに黒いものが遮った。



「……風邪を……引くわ」



「――――――!」

その、耳に心地よいはずの声色に、視界が真っ白に染まった気がした。

かしゃ、と傘の爪が舗装された地面を引っかき、乾いた音を立てた。

そのまま開かれた懐に風を抱き込んだそれは、かしゃ、かしゃ、と音を立て弾むようにして横滑りに飛んでゆく。

こっ、と足に当たり、跳ね上がったそれを掴み、彼は本来そうである通りに傘を差した。

それから、傘の飛んできた方を見遣り。

「………………」

雨に濡れる二人の少女。

ひうひうと吹く風に、その特徴的な二筋に結われた髪が靡く。

雨風にその身を晒すのを躊躇う素振りもせず、二者は向かい合っていた。

――いや、その表現は正しくない。

身長差があるにも関わらず、白井はその手で胸倉を掴み上げていた。

「――――――ねえ、」

首が圧迫されているであろうに、彼女は一切苦しむ様子もなく、睥睨するようにして感情のない視線を白井に向けていた。

それが気に食わなかったのか、白井は手首を捻るようにしてさらに力を加え、

ぶっ、とブラウスのボタンが弾け飛んだ。

「お願いですから――あなた、わたくしに声をかけないでいただけます?」



ともすれば殺意を感じさせる視線で、白井は見知った顔を見上げる。

……こうするにも、どうしようもなく最悪に吐き気と罪悪感を感じるというのに。

けれど心の中では真っ黒な、熱して溶けたコールタールのようなどろどろとした気持ち悪いものが渦を巻いていて仕方がなかった。

だがそれを白井は許容し、納得した。

……これを選んだのは、他でもない自分だ。

だが、『これ』は耐え難い。

自分の敬愛し、信奉してやまない少女、御坂美琴。

なればこそ白井は最悪なまでの吐き気を催す以外なかった。

「ええ、そうです。そうですとも」

頷き、空ろな目を彼女に向ける。

「わたくし、あなたが意識の端にいるのですら我慢できませんのに」

ご理解いただけまして、と極力優しい声色で、かくりと首を傾げながら白井は尋ねる。

そんな、正気の沙汰とも思えぬ言動に、彼女は。

「――――ええ。分かった、わ」

どこか機械的に、無機質に頷くのだった。

「…………あんな状態で大丈夫なの、白井ちゃん」

そう、背後から声をかけられ、少年は傘の向こうにいるであろう人物を見ようともせず答えた。

「そんな事にまで俺は責任持てねえよ。心配なら仲裁してくれ。俺だって、あんな絵面見たくねえんだ」

「冗談。下手に刺激して逆鱗に触れたら大事」

もしかしてこの状況を面白がっているのではないのだろうか、などと勘ぐるが、思い直し。

「そう思うなら自分が止めれば?」

……言われ、もっともだと頷いて、二人に歩み寄った。

二人は顔も、髪も、服も、雨にぐっしょりと濡れ、肌は真っ白に冷えていた。

そこに傘を差し出す。

「………………」

そんな彼を見て、白井はばつが悪そうに顔を背け、手を離した。

とたん、力が抜けたのか彼女は崩れるようにへたり込んだ。

そんな彼女の肩を抱き、心配そうに、彼は言う。



「大丈夫か――――御坂」



「…………ええ。大丈夫」

そう、力なく彼女は頷いた。
















  • 序幕
    『さがしもの』

    Closed.





















――そうして、ようやくこの最低な茶番劇の幕が上がる。





故に、ここから先は悉く地獄の底まで一方通行で。


         ヒ ー ロ ー
だからこそ、幻想殺しの少年は登場しない。





























                 グランギニョール
   ――とある世界の残酷歌劇――




















ビーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




















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