とある世界の残酷歌劇 > 序幕 > 5


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「それで。結局、私たちに超調査させてたのはなんだったんです?」

延々と続く面白みに欠ける映画を呆と眺めながら絹旗は問うた。

ここ数日、理由も明示されぬまま、絹旗たちは一つの施設について調べさせられていた。

本来そういう面倒な下準備は下部組織に任せるものなのだが、如何せん理由が理由だ。

垣根が統括理事会を敵に回す以上、それ相応の内容のはずだ。
他に任せられるようなものではないのだろう。

(そういう意味では……最初から、それなりに超信頼されていたんでしょうか)

いや、もしかすると自分たちが加担するのすら織り込み済みだったのかもしれない。

最初から計算ずくでこちらの意志に任せるような発言を取ったのだとしたら、それはもうパフォーマンスでしかない。

そこまで考え、絹旗は寒気を覚える。

誘導尋問にも似たそれに操作され『自分の意志で』垣根に肩入れしたのだとしたら。



……けれど。

(今さら言っても詮無い事ですし、たとえそうだとしてもこれは私の選んだ事です)

小さく、悟られぬように頷き、絹旗は顔を上げる。

「あれは――なんだっていうんですか」

訝しげな表情で絹旗はそう言った。





学園都市、第七学区にある建造物。

統括理事長、アレイスター=クロウリーの居城。

学園都市最大の特異点。

通称『窓のないビル』。

のっぺりとした壁面だけを晒すそのオブジェは、その名の通りに窓はおろかあらゆる出入り口が存在しない。

何も知らぬものが見れば(スケールはさておき)奇妙な石碑か何かだと思うだろう。

完全に密閉され、空気は元より放射線や宇宙線までも、ありとあらゆる物質の出入りを拒絶した難攻不落の城塞。

壮大な引き篭もり。いや、言葉を選べば籠城か。

何かから逃げるように彼は鉄壁を築き上げていた。

けれど、中にアレイスターがいる以上、外部との連絡手段が何かしらあってもおかしくはない。

そうでなければ彼はそれこそ単なるオブジェと成り下がってしまうのだから。

アレイスターへの直通のパイプ。絹旗が調べていたのはそれだ。

調べた。散々手を付くし、一歩間違えば即死しかねない致命傷を得る可能性もありながら書庫への直接のハッキングまで実行した。

本来その手の事は彼女の専門でないが、なんとかやってのけてみせた。

だが。

結果、何もなかった。

完膚なきまでに、何もなかったのだ。

「窓のないビル――以前、一発ぶちかましてみた事がある」

あまりスマートなやり方ではないがな、と垣根は肩を竦めた。

「結果、案の定と言うかなんと言うか……傷一つ付かなかった」





垣根帝督。

学園都市の頂点に君臨する超能力者の一角。
この世の法則を超越した、文字通り常識外れな力を振るう少年。

その力を正面からぶつけても無傷だったというのだから正攻法はもちろん裏技を使ったとしてもあの牙城を突き崩すのは不可能という事なのだろう。

「常識が通用しないどころか、非常識すら通用しねぇ。あれは超科学とかSFとかの域を越えちまってるんだろうよ。
 魔法のバリアが張ってあったとしても俺は納得するぜ」

だが、と垣根は手にしたピンセットを掲げる。

「滞空回線……コイツが存在する以上、あのビルへのアクセスはあるに決まってる」

「……で? もったいつけないでさっさと吐きなさいよ」

麦野は垣根に視線を向けず、いらつく様子で足を組みなおして、は、と息を吐いた。

「そのピンセットを使って滞空回線の中身を掻っ攫ってきたんでしょう?
 で、その中にビルの内部へのアクセス方法があったんじゃないの」

「ご明察」

ぱちん、と指を鳴らし垣根はにやりと笑った。

「盲点だった。あぁ、自分で言うのもなんだが、俺の未元物質があまりに強力なもんでな……。
 だが、コイツで崩せない物理法則があるなら他の法則で崩せばいい。
 そうさ。俺以外にもこの町には五十八人も既存の物理法則を無視する連中がいるじゃねぇか」

その言葉に、絹旗はぴくりと反応する。

具体的に思い当たったわけではない。
ただ、その人数がなんとなく何を指すのかが分かった気がした。

「空間移動能力者、ですか」

「正解。奴らは既存の三次元空間を無視して物体を移動させる術を持つ。窓があろうがなかろうが関係ねぇんだよ」

頷き、垣根は一部の書類をガラスの机の上に放った。

クリップで留められたそれには、一枚の写真が添付されていた。

顔写真。少女のものだ。

髪を二つに括った彼女は。

これが、統括理事長の城への唯一の『鍵』。



「空間移動系大能力者、結標淡希――窓のないビル内部への『案内人』だ」





――――――――――――――――――――











夜。





最終下校時刻を過ぎた校内は、当然だが闇に包まれ沈黙していた。

そんな中職員室だけが光を持ち、中には残業に勤しむ教師がまだ教材のプリント作りをしていた。

「――――――」

そんな横を、上履きを脱いで足音を立てないようにそろりそろりと歩く。

見つかれば大目玉では済まないだろう。

鍵閉めの教師にだけは鉢合わせしたくないが、多分、大丈夫だろう。

いつものパターンならもう二時間ほど前にそれは終わっているはずだ。

果たして誰にも遭遇せずに目的の扉の前に着いた。

沈黙のままにバックパックから取り出した携帯端末を扉の横に取り付けられた認証装置に無理矢理接続した。

ボタンを幾つか操作し、待つ事数秒。

ピ、と小さい音を立てて鍵が外れた。

手早く端末を取り外し滑り込むように扉の隙間から室内に入った。

そして内側から鍵をかけ、そこでようやく、初春は安堵の息を吐いた。

風紀委員第一七七支部。最終下校時刻を回り、室内には誰もいない。

室内は、しん――――と静まり返り、初春は思わず息を止めたが、自分の心臓の音がいやに大きく聞こえた。

そろそろと、誰にも気付かれないように、奥へと進む。

靴下が床をする音と関節が軋む微かな音が酷く耳障りだ。

明かりは点けない。

誰かに気付かれたら大変だ。

そしてようやく、いつもの場所に辿りつく。

この部屋の、初春の定位置。パソコンの前だ。

お気に入りの椅子に座り、初春はバックパックを下ろし中からゴーグルとグローブを取り出した。

まるで軍用の暗視ゴーグルか何かのように見えるそれと、赤いラインの入った普通の黒手袋にしか見えないそれの、
端から出ている線の先に付いたプラグをパソコンの接続端子に押し込んだ。

グローブを手に嵌め、感触を確かめるように何度か握る。

「………………」

パソコンの電源ボタンを押し、ゴーグルを被る。

カリカリとハードディスクの駆動音が聞こえ、初春はそれが煩わしくてイヤホンを着け目を閉じた。

数瞬の静寂。

そして、静かにOSの起動音が流れた。

目を開く。

ゴーグルから映像が網膜に直接照射され、外部に光を漏らさぬままデスクトップの光景が眼前に広がった。

ぐ、と手指に力を入れると、ばらばらとプログラムの窓が乱れ咲いた。

初春の両の手に嵌められたグローブ。

使用者の微かな手の動きを感知してコマンドを入力する操作デバイスだ。

マウスやキーボードなどの一般的な入力機器を遥かに凌ぐ超高速の操作ができるものの、それを正確に操るのには相当の慣れが必要となる。

それを動かすにも専用のプログラムをインストールする必要があるし、かなりのマシンスペックを要求される事からほとんど使う事はなかったが。

ぴっ、と左手の人差し指を振る。

開かれたのはネットワークへの接続許可を確認するウィンドウ。

ただし、その先は。

――――学園都市のあらゆるデータが収められた巨大サーバ、通称『書庫』。





目の前に広がる数行の英文に初春は、ごくり、と思わず空唾を飲み込んだ。

初春は今まさに学園都市の知識の中枢へとハッキングを仕掛けようとしていた。

いつになく緊張する。

初春は本来、その手の輩からそれらを防衛する立場にある。

一部からは守護神だとか呼ばれていたりするのだが、そんな事はどうでもいい。

確かに初春の構築した防衛システムは強固だが、今回のこれとは全く関係がない。

初春が何者であれ、事が発覚すれば少年院行きは免れないだろう。

学園都市ではハッキングは重犯罪だ。

自覚はある。

わざわざ入室履歴も残さないように詰め所に忍び込んでいるのだ。

自室にあるパソコンからでは十全の力を引き出せないから。

捕まる気などさらさらない。

全てを終わらせて、何食わぬ顔でまたいつもの何もない日常へと戻るために。

「――――行きます」

小さく、己に宣言して。

初春は初めて自らの能を攻撃に使用した。





滝のように流れる英数字。

鳴り止まない警告のアラート。

一つ一つが致命的なまでのセキュリティを掻い潜りながら初春は『書庫』にアタックを仕掛ける。

かつてないほどに脳と指は動いてくれた。

愛機も、自ら組んだプログラムも、万全の働きをしてくれる。

まさかこのような事に使う破目になるとは思ってもいなかったが、初春の思いに応えるかのように相棒は静かに駆動音を響かせた。

眼前に広がるデータの嵐。

一言で表すならば最悪だった。

セキュリティなんて生易しいものではない。

一つ一つが片っ端から殺しにかかってくるような、凶悪な代物だ。

無数に現れるそれの、たった一つでさえ掠りでもすれば即座に武装した警備員がこの場に踏み込んでくるだろう。

けれど引き返そうとは思わない。

ようやく掴んだ手懸かりを見失うわけにはいかない。

もはやそれ以外に初春の進むべき道はなかった。










いったいどれくらいの時間が過ぎただろうか。

数分か、数十分か、それとも数時間か。

時間感覚の麻痺した初春の脳では判断できなかったが、唐突に、視界が開けた。

「…………突破、した?」

思わず呟き、数秒してからようやく深い溜め息を吐いた。

果てしない脱力感に初春は椅子に崩れる。

グローブを嵌めた手にじっとりと感じる冷や汗が気持ち悪い。

吐き気にも似た倦怠感に深呼吸をし、初春は再び体を起こした。

――まだ、本番はこれからだ。

「………………鈴科百合子」

『書庫』の統括する学園都市のあらゆるデータ。

学園都市に住まう学生はもちろん、そうでない人々や学校、研究機関、そして研究内容や過去の事件。

そこには文字通り全てが存在する。

ここにないものは、ない。……はずだ。

動作は一つで済む。

けれどその一歩を踏み出すのがどうにも恐ろしかった。



もしも。

もしも。

もしも。



嫌な予感がぐるぐると脳裏を駆け巡り、気付かぬままに指先が震えていた。

今ならまだ間に合う。

悪いことは言わない、引き返せ。

そう本能が告げている。

ここから先には最悪な結末しか存在しない。
何故かは分からないけれど、それが理解できてしまった。

確信じみた予感に寒気を覚える。

さっきから何やらかちかちと喧しい。
そんな大きい音を立てられては見回りの教師にばれてしまう。
そんな事はどうでもいいのに、目の前の『書庫』の情報こそが重要なのにどうしても意識を逸らせてしまう。

ほんの少しの条件を入力する、たったそれだけの事から精神が逃避してしまう。かちかちかちかち。
動作は一瞬で済む。そのために万全の準備をしてきた。
早く、早くしなければ見つかってしまうリスクは時間と共に跳ね上がってゆく。かちかちかちかち。ああ煩い。

目を背けるな。現実を直視しろ。そうでなければ、そうでなければ何一つできやしない。
なんのために自分はここにいる。掛け替えのないものを失わぬためだ。かちかちかちかち。
そのためにこんな途轍もない真似をしている。今までいったい何をしてきた、初春飾利。この唯一の武器は全てこの時のためではなかったのか。かちかちかちかち。そう、たった一人の友人を守れずなんの『守護神』だ。

かちかちかちかち。

かちかちかちかち。

かちかちかちかちかちかちかちかち。

ああ、さっきから煩いのは私の歯だ――!



がぎり、と軋む音を立てるほどに噛み締め、涙で茫洋となった視界を目をぎゅっと瞑る。

まぶたに押し出された涙は頬を伝い唇に溜まる。

口の中に感じるのはその味か、それとも血のものなのか。

そんな些細な事はどうでもいい。再び目を開く。

相変わらず濡れた眼球の表面に歪曲されたゴーグルの光線は歪んだ画面を投影するが、見ずとも分かる。

体は動いてくれた。

初春は一度深く息を吸い。

震える嗚咽を吐き出し。

それに条件を入力し。

もう一度息を吸い。

静かに吐き出し。

検索をかけた。









そして。







絶望が現れた。





















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