浜面「俺は、どんな事してもお前を助けるって誓ったんだよ。インデックス」<br> > 02


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―2―

昨夜の落雷で起きた大規模停電はさり気なくこの街にかなりの被害をもたしていたらしい。

浜面がそれを知ったのは学園都市空中に常時浮かんでいる情報中継点となる飛行船からだ。

それによるとセキリュティシステムや都市機能の一部、果ては学校の端末までダウンしており復旧には時間がかかる。

――と、個人的にはあまり興味のないニュースは存外、街に住む学生の話題を集めているようで。

浜面「っと……明日は雨か」

飛行船を見上げそう呟く。予報とは名ばかりの天気予知によれば明日の夕方からは雨が降る。

浜面「まぁ出かける予定なんてないけど……ん?」

誰かに呼ばれた。

真夜中のような事を想像するが、その可能性は排除。流石に彼女も付き合った翌朝から自分を追い掛ける程暇な生活は送っていまい。

「――、――は」

それにこの抑揚のない声は聞き覚えがある。

浜面「っと、やっぱお前かよ。声かける時はもうちょっとでかい声で頼むわ」

ミサカ「申し訳ありません。とミサカは懇切丁寧に謝ります」

その華奢な体に似合わない無骨なゴーグルを装備し、自分の事ををミサカと呼んだ少女は抑揚のない、無表情な声でそう言った。

 

 

 

 

常盤台。

誰が聞いてもそれがどういう所か答えらる知名度100%のお嬢様校。

その制服に身を包んだ少女と、どこからどうみても不良にしか見えない少年が会話している姿は他人から見たら違和感を拭えないだろう。

ミサカ「お元気ですか。と、ミサカはあなたに問いかけます」

浜面「え?おぉ、俺は元気だけど……」

ミサカ「…………」

浜面「……?」

ミサカ「…………」

浜面「……あぁ、猫か」

ミサカ「はい」

猫。そう、スキルアウトの浜面と常盤台の少女。出会いは一匹の猫だった。

浜面が住む寮の前に居着いた猫に、通りがかった少女が餌をやろうかどうか迷っている所を――などという、単にそれだけの話なのだが。
 

浜面「そういや今日は見てない……か?」

ミサカ「…………」

浜面「あー……すまん。帰ったの朝方だったから確認してねぇや」

ミサカ「ならばミサカが確認するほかありませんね。とミサカは実験の後処理を他のミサカに任せて寮に向かう事にしましょう」

浜面「他の……?っつうか街中で会うのは初めてか。何やってんだ?」

ミサカ「ミサカ達が行っているのは機密行為ですのでお教えする事は出来かねます。とミサカは仄かに匂わせつつ質問にお答えします」

浜面「あー……常盤台だもんな。色々あんのか」

ミサカ「えぇ、では」
 

そう言ってミサカは足早に浜面が来た道を歩いて行った。

浜面「…………」

ミサカ。浜面があの少女に名前を聞いた時に教えられた言葉。たったの三文字。その後ろに何故か数字のような言葉を聞いた気がするが、はっきりと覚えてはいない。

ミサカ。聞き覚えがない訳ではない。御坂美琴。常盤台の超電磁砲と言えばその名は有名だ。

浜面(妹って聞いた時は驚いたよなぁ……)

 

妹。ミサカはあの御坂美琴の妹らしい。本当かどうかは怪しいところだったが、絹旗が言っていた通りの噂があるのなら、あの子は本当に妹なのだろう。

ただ、気になるといえば少し気に点もある。

学校に行っている様子がない事や、あの軍用ゴーグル。それに……

浜面「動物が好き……なのは別に普通か」

浜面「猫の面倒はアイツが見てるようなもんだしな」

ある程度の付き合いがあるにもかかわらず、浜面がミサカという少女について知っている事は少ない。

常盤台に所属していて、御坂美琴の妹、謎が多く動物好き。その程度。

それにはやはり浜面自身が壁を感じてしまっている事が理由でもあった。

スキルアウトで無能力者の自分と、超能力者の妹であり常盤台の能力者。その壁を。

浜面(馬鹿らしい。現に絹旗とはバッチリ馬が合っているじゃねぇか)。

壁を感じようとする暇がないと言った方がこの場合は正しいが。

 

自分次第。それはわかっているのだ。ただ、冷静に目を凝らすとその壁は浜面の前に高く高く、常にそびえ立っている。

浜面「……くそ」

 

浜面には、その壁を越えていける気がしない。
 

 

 

 

 

少年漫画とかだと大抵悪役や不良の溜まり場というのは路地裏の奥にある暗い倉庫、と相場が決まっている。
外より何十年も科学技術が進んだ学園都市といえどもそこは変わりないようだ。

浜面は今自分達がアジトに使っている路地裏奥の廃工場にいた。

半蔵「よぉ、浜面。ちょっち遅くね?」

浜面「すまん。来るときに知り合いがいてさ」

半蔵「ん、まぁいいさ。駒場のリーダーが待ってる。行こうぜ」

浜面「おぉ」

浜面「…………」

昔は鉄鋼関連の製粉工場だったらしいそこは、あちこちの柱や階段が錆び付いてはいるが、中がとにかく入り組んでいて、そして広い。

名残となっている機材や、材料が多く残っているため少し狭く感じるが、それでも自分達が根城に使うには丁度いい居場所だった。

半蔵「そういや浜面。お前の部屋に運んだ試作の試作品はどうなったよ」

浜面「アホか。どうもこうもあんなん使い道ねぇよ。ったくどうでもいいもん運びこみやがって」

半蔵「カカッ、じゃんけんで負けたお前が悪いんだって。引き取り手がいないとまずいんだからさー。まぁしっかり管理してくれ」

浜面「へいへー。貧乏くじ引いちまったわ」
 

半蔵「なぁ、浜面。結局、あの作戦はどうなるんだろうな」

浜面「ん?あぁ……報復、か」

現在、リーダー駒場利徳率いる第七学区のスキルアウトはその総力を挙げて以前からとある計画を準備していた。

細かく見ていけばそこまで大規模な計画でもない。むしろ小規模と呼ぶのにも値せず、悪戯レベルだとも言えるだろう。

少量の火薬を使い、何ヶ所かで小火騒ぎを起こすだけだ。

ただし、事前に設置した、非常時に機械がエラーと判断する悪戯という名の『爆弾』二万件と同時に。

それによって通信網の中継局サーバーをダウンさせるのがこの計画の一つの狙い、なのだが

浜面「昨日の落雷で学園都市の機能ほぼ麻痺してんじゃねーの?」

半蔵「だよなー!っつってもやっぱダメージ受けてんのは一部みたいだわ。普通にアンチスキルいたし」

浜面「じゃあ追い討ちって形になんのか」

半蔵「だな」

もう一つの狙いは、能力者への報復。
 

 

 

スキルアウト。世間一般から見ればそれは無能力者の武装集団だ。あくまで世間一般からみれば、だが。

イメージだけが先行してそう思われがちだがスキルアウトとして自分達がスキルアウトとはなんなのか、と聞かれるとそれはまた違う答えになる。

駒場「俺達は元々、強者から一方的に攻撃されるのを恐れて組織された無能力者の集団だ……」

リーダーの駒場利徳はそう言う。今回の計画のターゲットはその強者。

無差別に無能力達を襲って自分達を能力の捌け口にしているクズな能力者達への報復だった。

 

半蔵「っつーこたぁよ、駒場のリーダー。計画は予定通り行うって事でいいんだな?」

駒場「……ああ」

コピー用紙を吐き出すようにそう返事をした大男は、その手に持つ演算銃器<スマートウェポン>に意識を戻した。

半蔵「え、つかリーダーの持ってるその武器って噂のトンデモ兵器じゃね?」

駒場「……あぁ、あのMARからの置き土産だ……」

半蔵「はぁーいいよなー。後で俺にも触らせてくれよ。めっちゃ改造しようぜ!超電磁砲みたいなの撃てるくらいにさー!」

浜面「お前三点バーストのマグナム作って撃てなかった事忘れてんだろ」

浜面「んで駒場。その計画はいつ実行に移すんだよ」

駒場「……一週間前後だと考えている。そのぐらい経つ頃には今の学園都市の機能も少しは回復しているだろう……追い討つならその隙だ」

駒場「……第一発火地点は、分かるな?」

浜面「……ああ」

能力者への報復。駒場にとってはそれは弱者を守るため、自分達無能力者が安全に暮らしていくため。そのための計画なのだろう。

駒場はその外見からは想像も出来ない程の優しい心の持ち主だ。

そんな陳腐な言葉で表現出来てしまうほどの心を、駒場は持っている。

だからスキルアウトなんていう荒くれ者をまとめられるし、人が着いてくるし、こんな規模の計画を実行に移す事もできる。誰かの為に。他人の為に。
 

浜面「俺は……」

対して自分はどうだろう。浜面がこの計画に参加したのは、駒場利徳に着いていったというのが表向きだが、実際はただの憂さ晴らし、八つ当たりに近い

能力を振るいそれが存在意義だと当然のように言い張る能力者達への、制裁。

自分達は無価値だとレッテルを貼るクズ達への、報復。

その権利は当然自分にある。

だって自分は無能力者で、奴らは能力者なのだから。

浜面「…………」

浜面(……ハハッ、こんなんじゃ、確かに女の子一人も助けられねぇわけだ)

 

 

今朝、インデックスを引き止める事すら出来なかったた自分を思い出す。

今の自分は誰かを偉そうにクズ呼ばわり出来る人間じゃなかった。

能力者共が無能力者を貶めるクズなら、自分は小さな女の子一人助けようとしないクズだ。

人としてもっともなりたくないクズに、浜面はなっていた。

もう一度あの場にいたらと、そう思う。

浜面「…………」

例えありえない事だとしても、それぐらいの幻想は抱きたかった。

半蔵「浜面ー?おっかない顔してんじゃねーぞおい」

浜面「ん、ああ……」

半蔵「着いてこいよ。さっき言ってたの見せてやる」

浜面「さっき……?」

半蔵「イタズラ、だよ」
 

半蔵「そういやお前さー」

浜面「んー?」

半蔵「補習とか行ってる?」

浜面「アホか。いくわけねぇだろ」

半蔵「だよな」

浜面「え、お前まさか行ってんの?」

半蔵「おう。今日の朝行ってきた」

浜面「つーことはサボったんだな」

半蔵「いやー何やるかと思って行ってみたら無能力者対象の初期開発でさー」

浜面「……あぁ!俺達が一番始めにやった奴」

半蔵「そうそう。暗示かけて電気通して薬投与する初期開発。あれで受けて能力に目覚めるかどうか決まるんだっけ。2回目とか意味ねーよな」

浜面「多分それ3~4日後うちの学校もやるっぽい。昨日ロリ先生から電話かかってきたし」

半蔵「行く?」

浜面「ばーか」

半蔵「…………」

浜面「…………」

浜面「で、なんだよこれ」

半蔵「イタズラ」

浜面「…………」

足元が白い紙で埋め尽くされていた。足元だけではない。遠くに見える壁。15メートル程の高さがある天井にも、メモサイズの紙が何枚、何百枚、何千枚も貼られてある。

浜面「いや、イタズラってレベルじゃねぇだろ!!昨日はなかったじゃねぇか」
 

半蔵「どうやって貼ったんだ?天井とかよ。あの高さから落ちたらギリギリ死ぬか助かるかどっちかじゃね?」

半蔵が足元に貼ってあった紙の一枚を剥がす。

半蔵「それになんだろうな、このマーク」

そう言って浜面に手渡した。

浜面「…………」

紙の中心に文字のようなマークが書かれてある。おそらくの水性ペンでかかれたのだろう。

よく見れば床や壁に貼られた紙一枚一枚に同じようなマークが書かれていた。

浜面「…………」

半蔵「それなんっかに似てるよな。ほら、あれだよ。あー……ゲームとかに出てくるさ」

魔法の呪文。

浜面「――――」

頭の隅に追いやったばかりの少女との事が蘇る。

床、壁、天井。一晩のうちに四方に貼られていた呪文のようなものが書かれた何千枚、もしかしたら何万もの紙。

浜面「……ありえねぇ」

ありえない事は、今日2度目だ。
 


 

 

 

 

浜面「――ハァッ――ハァッ」

 

呼吸が乱れる。

浜面「――づぁっ!!」

足がもつれた。肩から衝撃が全身に伝わり、口の中に土が混じる。

浜面は待つ。まだか、まだかと。

気付くと眼前には敵が立っていた。忌むべき敵だ。

そいつは自分を見下して唇を釣り上げている。その手には能力で作りだした炎が燃え盛っていた。

浜面は待つ。

浜面(ちくしょう、まだかよ――)

 

敵が腕を振り上げたその時にそれは来た。

 

 

キィィィィィィィン

煩わしく、耳障りで、不快で、嫌いで、少しうるさい音。

ただ、少しうるさい。それだけの音だが、相手には違う伝わり方をしているようだ。

眼前にいた敵は頭を抱え苦しそうに呻いていた。能力はいつの間にか消えており、そのうちに膝が沈んだ。

先程とは立場が逆転していた。浜面は自分を見下していた敵を見おろし、唇を吊り上げる。

ズボンのベルトの間から伸縮性の警棒を取り出し、真横に降った。

 

 

シュンッ

と、警棒は一瞬で伸び、丁度いい獲物になる。

相変わらずうるさい音は辺りに響いているが、目の前の敵をこうも情けない状態にするならそれも我慢しよう。

なんて事はない。超能力なんて使えようが使えまいが相手はただの人間だ。殴ったら痛いし、高い所から落ちたら何も出来ない。

浜面は腕を振りかぶる。目掛けるのは相手の頭だ。

そして――

 

 

不自然に能力者達の力が上がってきている。

そう呟いたのは、浜面が運転する車の後部座席に窮屈そうに座る駒場利徳だ。

浜面「はっ?何?なんだって?」

半蔵「最近能力者共の質が上がって来てんだとよ!」

浜面「はぁ!?」

半蔵「……まぁ確かにさっきの奴らはレベル3から4ぐらいの勢いあった臭いけど」

浜面「…………」

浜面達が大量の貼り紙という、全く意味があるのか分からないイタズラをどうすべきか決めかねていた時に、外に出ていた仲間達から連絡が入った。

能力者に襲われていると。


それに黙っていないのが駒場利徳だ。連絡が入るや否や対能力者用の装備をし、仲間の元へ向かう。足の確保は浜面が行い、半蔵がサポート。

そして先程までアンチスキルが駆けつける程のどんちゃん騒ぎだ。当然無傷ではすんでいない。

浜面「いっつ……」

半蔵「大丈夫かよ浜面。頼むから事故んなよ?積み荷が壊れたら向こうも色々うるさいんだからさー」

んー。と生返事を返し運転に集中する。ハンドルを握る手は血や土で汚れており、指先が少し火傷していた。

浜面「でさぁ、質が上がってきたってどゆこと?」

駒場「……言った通りだ。……俺達に敵対している多く能力者のレベルが底上げされている……」

浜面「……どういう事だよ。レベルってんな短時間で上がるもんじゃねぇだろ。それも一気に」

そう、実際その能力開発に挫折した集まりが自分達スキルアウトなのだ。能力がそんなほいほいと簡単に上がるような物なら自分達はここにいない。

駒場「……可能性があるとすれば、だが。もしかして」

半蔵「幻想御手<レベルアッパー>」

浜面「…………」

半蔵「それじゃねぇの?駒場のリーダー」

駒場「……ああ。それだ」

 

幻想御手。いわゆる都市伝説の一つとしてインターネット上に広まっている噂の一つで、能力のレベルを簡単に引き上げてくれる代物だという。

浜面「……んなもん本当にあんのかよ」

半蔵「確かに存在はするらしいぜ?使用者の書き込みも度々みるしさー」

駒場「……何より最近の能力者共が幻想御手の存在を裏付けている……」

浜面「…………」

それは浜面も感じていた事だ。現に今日だって危ない所まで追い詰められた。

浜面「……もしさ、そんなもんが手にはいったなら」

レベルが簡単に上がる。それは自分達無能力からしたら夢のような道具だろう。
 

もし、もし本当にそんなものを手にしたら、自分は――

半蔵「まぁ、んなもんあったって使うわけにはいかねぇけどなっ!なぁ駒場のリーダー」

駒場「……ああ、俺達はスキルアウトだ。そんな物を使った時点で、そいつはスキルアウトじゃなくなる」

浜面「…………」

駒場「……能力に溺れてしまうなら、ソイツはもうスキルアウトじゃない」

駒場「……能力なんて無くても、守れるモノはいくらでもある」

駒場「それがスキルアウトだ」

浜面「…………」

浜面(……まぁ、お前ならそうだろうな)

 

半蔵「だいたいさー。何より、俺達だってもってるじゃねぇか。都市伝説の代物って奴」

能力者になっちまったら逆にあれ使えなくね?と、半蔵がケタケタと笑う。

都市伝説の代物。今浜面が運転している車の荷台に積んでいるそれの正式名称はキャパシティダウン。

ネット上では、能力者を無力化する音響装置だという噂が広まっているようだが、誰が広めたのか、それは全て正しい情報だった。

この装置が手に入って以来、スキルアウトによる対能力者戦の優位性が格段に増している。裏技と呼んでも差し支えない程に。

駒場「……まぁ、これがあれば、どの能力者が相手でも確実に俺達が有利だ……例えレベル5が相手でもな……」

半蔵「そうそう、駒場のリーダーの言う通り、幻想御手なんざカンケーないってね」

浜面「いやっ、つかレベル5は流石に無理だろ!?」

半蔵「難点は持ち運びに時間かかるぐらい?まぁそれもかなりマシになったけどさー」

駒場「……小型化には成功しているらしい……あの女が言っていた」

浜面「あの女って」

半蔵「巨乳のねーちゃんか!」

キャパシティダウンは元々スキルアウトのモノではない。MARという組織から実験データ採取の為に提供された代物だ。

有り難く使わせてもらってはいるが、そこの責任者である木原という女には少々きな臭い所も感じていた。

浜面「でもよ、もしも――」

半蔵「――!?浜面ッ!前だッ!!」

浜面「え? んなぁッ!?」

 

キキィィィィィィ

反射的にブレーキを踏む。丁度よく着いたアジトの前で響き渡るコンクリートとタイヤの擦れる音は、キャパシティダウンよりもうるさいくて不快感を感じる音だった。

 

浜面「っぶねぇぇぇぇぇ!!!誰だよ急に飛び出してき、た……の……」

浜面「……お前」

それは見覚えのある姿。忘れるはずがない。見たのは今朝で、頭の隅にはまだその姿が鮮明に思い出せる程記憶に残っている。

禁書「あ……」

浜面「インデックス……」

白い少女が、そこにいた。

 

車を降り、インデックスに駆け寄る。半蔵と駒場利徳もそれに続いた。

浜面「おまっ!……なんでこんなところに、怪我は?」

禁書「……ッ!」

インデックスはぽかんとした顔でこちらを見て、何かを思い出したように慌てて、迷うように叫ぶ。

禁書「こ、ここにいちゃダメなんだよ!早く逃げてッ!」

浜面「あ!ちょ、なんだよいきなり!」

半蔵「浜面、なんだよその」

駒場「なんだその女の子は……?」

半蔵「本当ちっさい女の子すきだよなリーダー。で、なんなのコイツ?」
 

駒場「……浜面、知り合いか?」

浜面「ああ」

禁書「そ、そんなのんきにお話してる場合じゃないかも……早く逃げないときちゃうんだよ!」

浜面「はぁ……? あ」

禁書『追われてるからね』

浜面(って、まさかッ!?)

駒場「……来る?」

誰が――と、言ったのは半蔵だったか、駒場だったかは分からない。

どちらにせよ、そのあとの言葉は背後の爆発音にかき消されて聞こえなかった。


浜面「――な」

半蔵「ん――」

駒場「……!?」

禁書「きゃぁぁぁっ!」

浜面「う、おおおおおおッ!!?」

その爆発の衝撃は浜面達の体を軽く吹き飛ばす。体を地に叩きつけられ、痛みが全身を走った。

駒場「……ぐ、う……なにが……」

現状を理解出来たのは、熱風と爆風に体を包まれながら振り返った時だ。


爆発したのは、浜面達が先程乗っていた車。

その車は車体の前半分が消し炭と化しており、既に車としての形を保ってはいなかった。

半蔵「なんだよ、これ……いったい何が、誰がこんな」

禁書「お、遅かったかも……」

何がどうしてこうなったのかが理解出来ず、呆然と立ち尽くす。

そんな浜面達三人の硬直を解いたのは、いつの間にか車を挟んだ向かい側に立っていた一人の男だった。

燃え盛る炎と同じ色の髪を流し、タバコをくわえたその男は浜面達に、少しの苛立ちを込めた声でこう言い放つ。

「うん? 僕たち、魔術師だけど」

 

男を中心に炎が広がる。爆発的に展開された炎は狂ったように周囲のビル壁を駆け、浜面達の視界の全てを炎が覆った。

唯一の異物は、漆黒の修道服を纏った魔術師と名乗った男。

ステイル「ふう……とりあえずその子をひき殺そうとした馬鹿はどいつなのかな?消し炭にしてやるから前にでてくれると助かるのだが」

半蔵「な、なん……!?」

駒場「…………」

浜面「……なんだよこれ」

空にのぼるかのように踊り狂い、一面を火の海にしていくかの如く広がるその炎が織りなす光景は一つの言葉を連想させる

 

 

――地獄。

 

浜面「ハ、ハハッ……」

もはや乾いた笑いしかでない。

禁書『じゃあ、私と一緒に地獄の底までついてきてくれる?』

ついて行くまでもなかったのだから。

今、浜面が少女と一緒にいるこの場所は、まさに地獄の底だった。

 

 

 

 

 

 

学園都市の総人口は230万と少し程いる。この街に住む学生は全て、能力開発という特殊な教育を受けた人間だ。

しかし、その6割はなんの能力も持たない無能力者。つまり外に住む人間となんらかわらない、ただの学生。

そのただの学生達は夏の補習の真っ最中のようで、長期休暇中なのにも関わらず、ここ学園都市はいつも通り学校へ向かう学生達で溢れかえっている。

その溢れかえる学生達を一望に見下ろせるビルの屋上。路地裏の一角にあるそのビルの屋上に、男はいた。

「ハッ、情けねぇよなぁ」

転落防止用に作られた手すりの外側に佇み、一歩踏み外せば落ちてしまうかも知れないその場所で、男は言う。

「外より技術が数十年もぶっ飛んでる学園都市でも、災害には勝てねぇってよ。笑わせやがる」

 

軽薄さが籠もるその言葉に返事をしたのは手すりにもたれかかる若い女。その表情は軟らかい。

「でもあなたはその災害がきっかけで学園都市に出来た隙を突けて以前からの計画を行動に移せた」

「違いねぇ」

「あの落雷がなかったら、実行に移せたのはいつだったかしらね」

女はそう言い放ち、静かに笑った。

「さぁな、だがいずれにせよ学園都市にはでけぇ穴が空いた。そこを狙わない道理はねぇ」

「そう言い切るって事は……何かわかったのかしら」

「あぁ、しっかりブツは手に入れた。雑な警備に機能しないセキュリティ。楽勝だった」
 

「それで、収穫は?」

そう聞くと、男は手にした情報をすらすらと並べていく。既に全て頭の中に入っているようだ。

「……メンバー、アイテム、ブロックの暗部組織詳細、量産型能力者計画に……絶対能力進化だっけか?ハッ、なかなか愉快な実験してやがんなあの糞第一位」

「それに訳のわからねぇ機密コード。多分、暗号か何かだ。……今のところ決め手になるような情報は何もねぇな。俺達下っ端でも知っているような事ばかりだ」

「……そう」

明らかに落胆を含んだ表情。密かに期待していていたのだろうか。男はそう感じ、慌てて補足する。

「あー、ただ、使いようによっちゃ、上手く事態を転がせるかもしれねぇ情報はいくつかあるな」

「……へぇ」
 

「特にこのスキルアウト共が準備してやがる計画。コイツと、昨日の落雷、だな」

「落雷……?」

なんの事かわからない。とでもいいたげな女の声と表情に思わず呆れる。

「あぁ?……おいテメーよ。まさかマジであれが自然的に発生した雷で偶然起こった災害とでも思ってんじゃねぇだろうな」

「……ニュースではそう放送してあるけど」

「ばーか」

「…………」

不機嫌そうな目をして女は男の背中を睨みつけている。それに気付かない振りをし、男は構わず言葉を並べていった。

「あれは能力だ。第三位のな」
「超電磁砲の……?」

「おぉ、しかも理由が……ハッ、笑えねぇな。常盤台のレベル5もなかなか愉快な奴を相手にしてやがる」

「でも……学園都市の機能を一部とはいえ停止させたのよ?それもかなりの範囲を。そんな無茶苦茶な雷なんていくらレベル5でも――」

「ありえねぇ、な。……まぁ、よっぽどぶちキレる事でもあったんだろ」

「……そう。それで、結局私達はこれからどう動けばいいのかしら」

「まずは、そうだな……確実な決め手がねぇ以上、学園都市の都市機能を本格的に麻痺させる必要がある」

「……そんな事」

「出来るさ、手に入れた情報を上手く利用出来ればな」

「多分、まだ予想に過ぎねぇが近い内、一週間前後にもう一度落雷が起こる。俺の想像通りに行けば昨日の比じゃねぇ規模のだ」

「…………」

「俺達が本格的に動くのは、その瞬間」

男が顔を上げる。その眼は、遠くにそびえ立つ窓のないビルに真っ直ぐ向かっていた。

「その時までは、まだ裏舞台で甘んじてやるさ」

誰に対してかそう宣言し、視線を逸らす。
 

「……あら?」

 

 

気付いたのは女だった。

「あれ……なにかしら」

「ん?」

「燃えているわ」

周囲を見渡す。確かに向こうに見える街の一角が燃えていた。

「……あぁ?」

感じる違和感。余りにも自然法則を無視して不規則に広がる強大な炎に、それに全く気付いている様子のない住民達。

「……この街にあれだけの炎を扱える発火能力者なんざ存在しない」

つまりそれは何を指しているのか。

男は思い出す。滞空回線に記録されていた莫大な量の情報の中に隠れるように混じっていた詳細不明の機密コード。
 

理解するには情報が足りず、決め手になるかもわからない、一言だけ書かれたそれを、

「……なるほど、確かに常識が通用しねぇ」

男は眼下で起こっている些細な情報を整理し、一瞬で理解した。

不思議そうな顔をした女を尻目に言葉を投げる。

「見つけたぞ心理定規。直接交渉権への糸口だ」

自然に燃え広がっているわけでもなく、超能力でもないその炎を、男は見下ろす。

「ハッ、てっきり何かの暗号か何かだと思ったが、こう来るとあながち間違いでもねぇみたいだな」

誰かが地獄の底の様だと表現したその炎を遙か高みの位置から見下ろし、

垣根「――魔術師さんよぉ」

垣根帝督は不敵に笑った。

 

 

 

 

強大な炎を展開した魔術師と名乗った男を目の前にして浜面達が取った行動は至極単純だった。

ステイル「……はぁ」

その行動に魔術師は思わず溜め息を吐く。面倒だと言わんばかりに。

ステイル「なるほどね、余程愉快な消し炭になりたいようだ」

それは、

禁書「ちょ、おろしてほしいかもっ!」

浜面「うるせぇぇぇぇぇぇ!いいからさっさと逃げるんだよッ!!」

逃亡。

あんなレベル5級の炎を扱う似非神父なんぞ相手にしてられるか。と、インデックスを抱え全速力で走る浜面は、心の中でそう叫ぶ。

それは並んで走る二人も同じのようだ。
 

駒場「……浜面、あいつは」

半蔵「まずは逃げんのが先だって駒場のリーダー!!半端じゃないぞあれっ!」

まずは目の前の男から、炎から逃げるのが最優先、しかし周囲をいくら見渡しても逃げ道になるような通路がない。

浜面「くそっ……」

路地裏奥の一角はすでに魔術師が放った炎に包まれ、浜面達の退路となるべき道を全て防いでいた。

半蔵「浜面!アジトだっ!」

言葉に従い、振り返る。工場の入り口は開いており、逃げる場所と言われたらもはやそこしかない。
 

浜面「ぐッ……!」

しかし、それは下手をすれば追い詰められるという事も意味していた。

 

 

一瞬の迷い。

 

禁書「ねぇ。きみ」

その隙に、腕に抱えているインデックスの言葉が入り込んだ。

禁書「おろしてくれるとうれしいな」

去り際に言った時とよく似た調子で、インデックスは言葉を投げかける。

禁書「私がおとなしく捕まれば少なくともきみと他の二人は助かるかもしれないんだよ」

だから、おろしてほしいかも。

そう言ったインデックスの表情はとても穏やかだった。

まるで、自分の全てを諦めているかのようで、自分以外の全てを拒んでいるような、そんな表情。

その目はこう言っている。

 

お前には無理だ。

 

浜面「――ッ!」

一瞬の、迷い。

何を?
 

 

浜面「…………」

魔術師は余裕なのだろう。追い詰めてくる様子もなく煙草を取り出している。

浜面「……く」

クソが。奥歯を噛み締め、心の中でそう叫ぶ。今確信した。自分は本当にクズだ。

元々わかってはいた。能力者共をクズ呼ばわりしている自分という人間も多分、相当のクズなのだろうと。

他人の為に動こうとせず、能力者を僻み、八つ当たりして満足感を得ていた自分は、ろくでもない人間なんだと。

でも浜面はなんとなく、根拠もなく思っていた。

もし目の前に困っている人間がいたら自分は手を差し伸べられる。きっと助ける事が出来る。

それぐらいは、人として当然の事ぐらい出来るだろうと、根拠もなくそう思っていたのだ。
 

それがどうだ。

禁書「?」

浜面は腕に抱える小さな少女をあろうことか見捨てようか迷った。

殺そうとした。

禁書「……私の事なら気にしなくていいんだよ?」

そう言った少女は気丈に振る舞っている訳ではない。多分、本当に誰も巻き込みたくないのだろう。

ここで言うとおりあの男に少女を渡すとしよう。もしかすると魔術師は案外あっさりと炎を引っ込めて自分達は助かるかもしれない。

それでも意地を張って、少女を助けようとするとしよう。男は全力で自分達を殺しにかかるだろう。案外守ろうとする事さえできず、自分達は焼かれるかもしれない。

どちらかが賢いかなんて、クズでもわかる。

浜面は抱えていたインデックスをそっとその場に降ろす。
 

 

禁書「……ごめんね。でも、もう大丈夫なんだよ」

ありがとう、さようなら。と、そう呟いてインデックスは魔術師のほうに向かってゆっくりと歩いて、

禁書「……え?」

行くことは出来なかった。

浜面「…………」

インデックスの手を掴む浜面の大きな手が、それをさせなかった。

禁書「手、離してほし――」

浜面「インデックス」

名前を呼ばれたインデックスがポカンと浜面の顔を見る。何をするつもり?と言いたげな顔。

浜面はインデックスの手を握る手に力を込め、

浜面「インデックス……お前その服重いんだよ」

禁書「へっ?」

浜面「いいからテメェも走りやがれッ!!!」

禁書「え? ひゃあああ!!」

全速力で走り出した。
 

 

 

確かに自分はクズだ。スキルアウトで、盗みやカツアゲ、無免許運転なんて犯罪行為に手を染め、能力者に当たり散らして自分に溜まった鬱憤を晴らす日々。

ろくな人間じゃねぇな。と、自分でもそう思う。

ただ、やはり自分はなりたくなかった。

例えクズでも、こんな小さな女の子一人すら助けようとしない、助ける事ができないクズなんかには、なりたくなかった。

浜面(やってやる。俺がどこまで出来るかなんてわかんねぇけど、コイツと一緒に地獄の底から這い出てやる!!)

今朝は出来なかった。こうやって、手を掴む事すら出来なかった。

今度こそ――

 

 

 

 

ステイル「…………」

その光景を見ていた魔術師は不愉快そうに煙草の火を靴底でもみ消した。思わず溜め息を吐く

ステイル「ふぅ……」

面倒だ。と、今度は口に出してそう言った。

一歩を踏み出す。インデックス達が逃げた廃工場に向かって。

急ぐような真似はしない。急がなくても逃げる事はできないし、何より目の前に立つ、浜面達がアジトと呼んでいた建物は既に自分のテリトリーだ。

魔術師は歩を進める。

一歩一歩、獲物を追い詰めるように。

 

 

 

 

半蔵「おせぇよ浜面ッ!」

インデックスの手を引きアジトに駆け込むと、飛んできたのは半蔵の怒声だった。

駒場「ぬぅん!」

二人が入った事を確認し駒場が入り口の分厚く重い扉を閉じる。あんな炎を扱う能力者には気休めにもならないが、足止め程度にはなるだろう。

禁書「あ、あの……」

浜面「走るぞっ!」

足止めをしたと言っても入り口辺りで落ち着くわけにもいかず、インデックスの手を引く浜面のかけ声と共に再び3人は走り出す。

機材やコンテナが積まれた隙間を駆けていく浜面達が、入り口の分厚く重い扉が破壊される音を聞いたのはその数分後だ。
 

半蔵「くっそ!足止めにもなってないじゃん!!なんなんだよあれっ!」

駒場「……能力者だろう、しかし、規格外だ。俺達では対処しきれん」

半蔵「じゃあどうすんだ!これじゃ逃げる事も出来ねぇしさ!」

浜面「とりあえずバラけんぞッ!固まってても全員焼かれるだけだ!!」

その声と同時にそれぞれ3方向に走り出す3人。しかし、それが何の解決にもならない事ぐらい浜面には分かっている。ただ、あの魔術師の目的はインデックスだ。分散させる事で少なくとも他の2人からは狙い逸らす事が出来る。

出来るとは思う、が。
 

浜面(……どっちみちあのロン毛を倒さねえと、同じ事か)

インデックスを助けると決めたものの、浜面にはその手段が全くと言っていい程なかった。

無能力者。レベル0、落ちこぼれ。つまるところ浜面は何の能力も持たないただの、少し体が鍛えられた一般人に過ぎない。

その一般人があの強大な炎を操る能力者、この場合は魔術師を倒すなどと、果たして出来るのだろうか。あんな化け物を丸腰で倒す事など。

浜面(ちくしょう、考えれば考える程不可能に思えてくる……)

禁書「あ、あの……」

浜面「ん? ……どうした、インデックス」
 

禁書「手、痛いんだよ……」

 

 

そういえば先程からずっとインデックスの小さな手を握り締めていた事に気付く。

慌てて離したインデックスの手は真っ赤になっており、インデックスは握られていた手を労るようにもう片方の手でそっと包んだ。

浜面「わりぃ……痛かったか?」

禁書「うん、痛かったんだよ。 でも……」

浜面「……でも、なんだ?」

禁書「痛くない痛みって、初めてかも」

どんな表情をすればいいのかもわからないといいたげなインデックスのその言葉は浜面の胸に突き刺さる。

痛くない痛み。言葉としてはおかしいのだろうが、その意味は分かる。
 

多分、インデックスは長い間逃げていたのだろう。自分を追ってくる魔術師からも、自分を助けようとする人間からも、まるで今朝のように、ずっと、一人で。

浜面「不可能だとか言ってられねぇな……」

そう、不可能などとは言ってられない。絶対にインデックスを助け、全員で生き延びる。

ステイル「しかし君には無理さ。それを助ける事も、生き残る事もね」

その声が聞こえたのは、浜面がそう決意した瞬間だった。

浜面「なッ!! もう追いつかれ――」

ステイル「Fortis931」

振り返る浜面を目の前に、魔術師は唇の端を歪め笑う。

 

 

ステイル「ステイル=マグヌス。と名乗りたい所だが、個人的に君はさっさと殺してしまいたいんだ」

ステイル「炎よ」

両の手を広げた魔術師が呟いた瞬間、掌から伸びたオレンジ色のラインが爆発し、一直線に炎の剣が生み出される。

浜面「な……」

逃げなければ、と冷静に考える半面、突然すぎる事態の展開に身体がついて行かない。

いくら決意を込めたところで、強大な力の前には足が竦む。

だって、やはり相手は能力者で、自分は無能力者なのだから。
ステイル「巨人に苦痛の贈り物をぉッ!!」

炎が、迫る。
 

 

浜面「――――」

しかし、その炎の剣が浜面を焼き尽くす事はなかった。

ステイル「……ッ」

浜面「……お、まえ」

禁書「…………」

インデックスが両手を広げ、魔術師の前に立ちふさがっていた。

魔術師がその手に持つ炎剣はインデックスを焼き尽くす寸前の位置でピタリと止められている。

禁書「……やめて、魔術師」

ステイル「…………」

禁書「この人を傷つけないで」

その瞬間、魔術師の表情が微かに歪んだ。何かを諦めたような、物凄く辛そうな、そんな風に瞳が揺れ、そして、

ステイル「…………」

禁書「!!」

インデックスを焼き尽くそうと炎を纏った腕を再び振り上げる。

浜面「お……ッおおぉぉ!!」

とっさにインデックス目掛けて足に力を込め、飛ぶ。

禁書「きゃあっ」

一瞬の灼熱が浜面のわき腹を掠った。

浜面「ぐううううっ!」

だがそんな事は気にしていられない。

インデックスは守ろうとしてくれた、こんな自分を、まだ手を掴んでしかいない自分を、守ろうと身を盾にした。

ステイル「……君にこれを助ける義理はないはずだが?」

ステイル「それにその子――それが着ている服は歩く教会と言って」

浜面「これやらその子やらうるせぇよ。こいつの名前はインデックスだ……」

それに、例え全ての攻撃を無効にする歩く教会がなかったとしても、インデックスは魔術師の前に立ちふさがっていただろう。
浜面(そうさ、能力とか無能力とか関係ねぇ……こんな小さなガキだって出来る事じゃねえか)

駒場『……能力なんて無くても、守れるモノはいくらでもある』

駒場の言葉を思い出す。もう、足が竦むような事はない。

この瞬間。浜面の何かが、確かに変わった。

今朝の自分ならこんな事を考えさえもしなかったろう。したとしても、止めていた。だって、自分は無能力者だから。そんな事を考えるのはお門違いだと。

無能力者の自分には、誰かを助けてあげられる力なんてない――

違う。

浜面「けど助けたいと思ったんだ。悪いかロン毛野郎」

そうさ、助けるんだ。能力なんざなくても、使えるものをなんでも使って、何を利用してでもコイツを倒す。

不様でもいい、這ってでもいい、情けなくてもいい。

駒場『それが――』

浜面「それがスキルアウトだ糞ったれぇッ!」


浜面が吠える。

 

それを、

ステイル「……ふぅ。まぁ何を言おうがそれは回収するんだけどね」

ステイル=マグヌスは斬って捨てる。

ステイル「それが持つ10万3千の魔導書は危険なんだ」

浜面「またその話かよ。んなもんどこにあるってんだ」

ステイル「あるさ、それの頭の中にね」

完全記憶能力。そう呟いたステイルに、それ以上説明する気はないらしい。

手を大きく広げ、浜面を今度こそ焼き尽くす為にステイルは呪文を唱える。

ステイル「灰は灰に――」

両の手に炎が灯る。

ステイル「塵は塵に――」

そして、

ステイル「吸血殺しの紅じゅう――」

禁書「両腕を交差、右足を半回転、左足を後方へ!」

ステイル「――な!?」

魔術師は盛大にずっこけた。

禁書「こっちっ!」

そう叫んだインデックスが浜面の手を取り走りだす、まるでさっきとは逆の立場だ。浜面の手を握るインデックスの顔は、不安が籠もりつつも、何故か嬉しそうだった。

浜面「お、おまっ!何したんだよ!?」

禁書「強制詠唱、呪文を妨害する魔術の一種なんだよ!」

浜面「今のも魔術!?俺にも使えそうじゃねぇか!」

禁書「これは使えるかもしれないけど魔術は無理だよ!!君達と私達じゃ回路がちがひゃぁっ」
 

何かに足を引っ掛けたインデックスが体勢を崩す、こけそうなインデックスを抱きかかえ、物陰に身を潜める。

禁書「いたた……なんでこんな所にロープが……」

浜面「工場だからな、機材包む縄ぐらいあるさ……」

荒い息を整え、それを潜める。耳を澄ますとカツコツ、カツコツと魔術師の靴音がすぐ近くまで響いていた。

浜面「くそっ……」

禁書「……本当によかったの?」

浜面「あぁ?」

禁書「私の手を取って、その……助けるって」

浜面「……あのよぉ」

ビクッとインデックスの肩が震えた。浜面はフード越しにインデックスの頭に手を置き、ゴシゴシと撫でる。

禁書「わっ、わっ……痛いんだよっ」

浜面「俺が助けたいって思ったんだ。いいに決まってんだろ」

禁書「――っ」

その言葉は、多分インデックスの心に刺さったのだろう。目にはうっすらと涙が浮かび、表情も崩れかけている。ふえっ、などという緊張感の欠片もない言葉も飛び出てきた。

だが、

浜面「泣くのはあとだ、インデックス」

禁書「……えっ?」

浜面「教えてくれ。どうやったらアイツを倒せる」

インデックスの震える肩に手を置き、そう訪ねる。

インデックスは一瞬ポカンとした後、歩く教会の袖で崩れた表情をゴシゴシとこすった。

浜面と再び向き合ったその顔は、魔術師のそれだ。
 

禁書「ルーン」

禁書「あの魔術師はルーンっていう刻印の力を借りて魔術を生み出しているんだよ」

禁書「多分、あれだけの炎を展開出来るって事は相当のルーンをこの建物に刻んでると思う。始めから私をここに追い込むつもりだったのかも……」

浜面「じゃあ、そのルーンって奴を消せば……」

禁書「うん、この場合はルーンを消したり、術者の意識を奪う事で魔術は消える」

でも……と、インデックスは浜面から顔を逸らす。

禁書「ナイフとかでルーンを刻んでたら消せないし、私と君だけじゃあの魔術師には太刀打ち出来ないかも」

浜面「お前は……あんな炎みたいな魔術って奴は使えないのか?」

禁書「私には魔力がないから……魔力を使用するような魔術は使えないんだよ」

シン……とした空気が場を支配する。まさしく打つ手なし、だった。

浜面「それでも、」

それでも、倒さなければならない。何をしてでも。

 

浜面は考える。何をすればいいのか、どうすればいいのか、何を利用して、何を使えばいいのか。

浜面(考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ考えろ)

使えるものはどこかにあるはずだ。今日は何があった?絹旗に追い掛けられ、雷が起こり、インデックスに出会い、ミサカに出会い、アジトに来て、イタズラを――

イタズラ。

浜面「――インデックス。ルーンてのは紙に書いて貼り付けるだけでも効果があんのか」

禁書「え……うん。何に刻もうがそれは確かにルーンだし、ルーンの多さが魔術の強さだから……」

チッ。と浜面は舌打ちをする。

足元を埋め尽くしていた呪文のような文字が書かれた白い紙を思い出す。壁や天井にも床程じゃないにしろ何百何千と貼られていた。

浜面(くそッ……あれがルーンだったのかよ)

素材はコピー用紙に水性ペンだったか……魔術と言ってもずいぶんチンケなもんで出来てるものだ。

とは言っても、ルーンの正体が分かった所で解決にはなりはしない。大量の水でもあれば一気に潰せるかも知れないが、

浜面「雨が降るのは明日だったな……」

結局、何から何までタイミングが悪い。

浜面(くそッ、後は能力者倒してインデックスをひきそうになってそれにブチ切れたあの魔術師が現れたところで現在に至って――)

浜面「――――」

違和感。なんだ、何かがおかしい。今、何を考えた。

浜面(なんだ、この……)

もう少しで何かが掴める、その瞬間。

ステイル「こんな所に隠れていたのか」
 

 

 

浜面「!?」

ステイル「吸血鬼殺しの紅十字!!」

灼熱の炎が目の前を覆う

浜面「おおおおおッ!!」

それを避けれたのは奇跡だった。少なくとも、先程の浜面では避ける以前に体が動かず焼かれていただろう。

ステイル「もういい加減にしてくれないかな?一年も追い掛け回してやっと出来たチャンスなんだ。そろそろ僕もそれを回収したいんだよ」

浜面「…………」

浜面「……ははっ」

魔術師のその声を、遠くに聞いて浜面は笑う。

浜面(そうかよ……1年か)

1年も、1年もインデックスはこんな生活を送っていたのか か。泣き言も言えず、助けも求めず、1年間も、こんな――

浜面「――あ」

ふいに、先程の思考が繋がった。そうか、違和感の正体は、『それ』だったんだ。

 

倒れた体を起こし、天井を見上げる。

高い天井、貼り付けられたコピー用紙が何枚か見える。

矢継ぎ早に浜面の思考が展開されていく。イタズラ、能力者、キャパシティダウン、魔術師、インデックス、10万3千、炎、ルーン、天井、そして……

浜面「…………」

手元には、先程インデックスの足に引っかかった長めのロープがあった。

浜面(……いける、か?)

浜面が行き着いた思考の果ては、危険な賭け。

あまりにもばかばかしい程の賭け。

それでも、

浜面「…………」

隣にいるインデックスは弱々しく浜面の腕を掴んでいる。

浜面「…………」

それでも、浜面仕上は逃げるわけにはいかない。

浜面(やるしかねぇ……!)

その為にクリアしなければいけない課題は2つ。

浜面「インデックス……」

禁書「えっ?」

浜面「……ごめんな」

そう呟き、浜面は魔術師の前に立ちふさがる。
 

ステイル「そろそろを引き渡してくれる気になったのかな?」

浜面「すげーよなアンタ。あんな炎を操ってよ、太刀打ちできねぇよ。俺みたいな一般人じゃ」

ステイル「……?」

ステイルが眉を潜める。突然何を言い出したんだコイツは、という風に

浜面「それでもやっぱわかんねぇ事があってさ」

ステイル「……なにかな?」

浜面「どうしてそんなすげぇ魔術師のお前が一年もかけてこんな女の子一人捕まえられないんだ?」

ステイル「…………」

浜面「いや、アンタがすげぇ魔術師だってのはさっき言った通り分かる。あんな炎、学園都市のレベル5でも展開出来るかわかんねぇよ。つまりさ――」

その言葉を口に出すのを躊躇うわけにはいけない。しかし、それを言うのはやはり浜面には心が痛んだ

浜面「インデックスがあんたよりとてつもなくすげぇ『バケモノ』って事だよな?」

禁書「!!」

ステイル「――貴様ッ!!」

轟!!

恐るべき勢いでステイルの周囲に灼熱が展開される。その熱は床を焦がし、周辺の機材を溶かす。

自分に死をもたらす業火を前に、浜面は薄く、本当に薄く笑っていた。

魔術師は、それに気付かない。
 

ステイル「イノケンティウスッ!!」

灼熱が収縮。一つの業火球になったかと思えば、それは勢いよく弾け、浜面達の視界を炎に染める。

浜面「…………!!」

まるで業火の卵から生まれたそれは人の形をしていた。

重油のようにドロドロとしたモノを芯とした質量のある炎。

ステイル「魔女狩りの王――イノケンティウス。3000度の炎は鋼鉄さえ溶かし標的を焼き尽くす。その名の意味は『必ず殺す』だ」

ステイル「貴様を許すわけにはいかない」

魔術師の顔には、怒り。それが何に対する怒りかは、クズでも分かる。

浜面「……ははっ」

炎の巨神を前に、浜面はやはり笑っていた。

なんせ、一気に課題が片付いたのだから。

体が震える。それは恐怖によるものか、はたまた――

ステイル「殺せ」

その言葉が発せられた瞬間、浜面は体を翻し、素早く駆け出す。足元に落ちていたロープを拾い、呆然としたインデックスの手を取って、そのままステイルの前から逃走。

力の無いインデックスの手を引っ張り、浜面は走る。イノケンティウスの追撃に追われながら、浜面は駆ける。
 

 

 

浜面「……クス! ……インデックス!!」

禁書「……ふぇ?」

浜面「悪かったな」

禁書「……えっ?」

浜面「あんな事言っちまってよ。あとで噛み付いたって何したって構わねえ。許してくれ」

禁書「…………」

少しの沈黙。その場に響くのは二人分の足音と、その二人を追ってくる一体の巨神の叫び声。

禁書「いいんだよ」

禁書「でもね、私はちょっとお腹がすいたかも」

浜面「…………」

浜面「……はぁ」

浜面「アイツ倒したら腹一杯うまいもん食わせてやるよっ!!」

禁書「うんっ!」

二人は走る。この地獄から這い出る為に。

 

 

半蔵「浜面!……ってうぉぉぉなんだあれ!?」

横から飛び出してきた半蔵がイノケンティウスを見て叫ぶ。

浜面「あのロン毛の能力だよっ!」

半蔵「くっそう何でもありかあのロン毛!どうせ追いかけられるなら巨乳のねーちゃんがいいのにさー!!」

浜面「こんな時にアホな事いってんじゃねぇぇぇぇ!!」

半蔵「んで浜面っ!なんとかなんないのかよこれ!!」

浜面「今からなんとかすんだよ!!」

半蔵「はぁぁぁ!?」

まさかそんな返事が返ってくるとは思わなかったのだろう。半蔵は驚きの声をあげ、浜面の顔を見つめる。

半蔵「……本気か」

茶化すような事は言わない。それは浜面がどれだけ本気なのかを半蔵も感じとったからだろう。

浜面「半蔵、頼みがあるんだ」

半蔵「あぁ?」

浜面「あのよ――」

その頼みはあの魔術師を倒すには必要不可欠な事だった。浜面はそれを口頭で、出来るだけ分かりやすく伝える

半蔵「……まじで言ってんの?」

浜面「あぁ」

走りながら半蔵は溜め息をつく。

半蔵「……本当に、それだけでいいんだな?」

浜面「あぁ」

分かった。と、走りながら半蔵はそう呟いた。

半蔵「ったく!まぁ仕方ねぇか。死ぬんじゃねぇぞ浜面とそこのチビ!」

浜面「おぉ!!」

禁書「ち、チビじゃないんだよ!!」

そう言って浜面達は左へ、半蔵はまた別の方向へ、再び二手に別れ走りだす。炎と共に叫び声をあげるイノケンティウスは、思った通り浜面達の背後をぴったりと着いてきた。

 

禁書「そ、それでこれからどうするんだよ!」

浜面「まずは上に出るぞ!!」

禁書「上?」

浜面「屋上だよ!!」

浜面達が魔術師から逃げ、行き着いた先は鉄製の薄い階段。それは随分錆び付いていて、登れるかも分からないほど酷く脆い。

浜面「いくぞっ!」

禁書「ふぇっ!?」

それを2人は駆け上がる。インデックスの手を引き、力を込めて、上へ上へ、駆け上ぼる。

その後ろを執拗に付けてくるのは、一体の業火の塊。

しかし――

イノケンティウスは浜面達の後を追う事が出来なかった。

浜面「よう、バケモノ。階段登んのは苦手か?」

浜面は魔術師の言葉を思い出す。イノケンティウスは3000度の炎の塊、鋼鉄さえ溶かして標的を焼き尽くす。

そう、鋼鉄さえ溶かしてしまう、炎の塊。

浜面「なら鉄で出来た足場に登れるわけねぇよなぁ!!」

イノケンティウスは足場を挟んだ浜面の足下でもがき、叫ぶ。辺りの機材を掴み、ところ構わず投げては見るが、浜面達には届かない。

浜面「いくぞインデックス!!」

禁書「う、うん!」

インデックスの手を取り、そのまま金網が敷かれた通路をガシャガシャと音を立てて駆け抜ける。

足下を見るとまだイノケンティウスは追いかけようと必死にもがいており、それを使役する魔術師は浜面を怒りを込めた目で睨み付けていた。

まるで大事なモノを傷つけられたような、そんな目で。

浜面「…………」
 

通路の奥にある扉を勢いよく開け放つ。

その屋上は平坦で、転落防止用の手すりはなかった。

浜面はいそいで屋上の端まで駆け寄ろうと――

浜面「んなぁっ!!」

突如、屋上を駆ける浜面の足元が爆発した。爆風は浜面を吹き飛ばし、無理やり屋上の端まで追いやられる。

浜面「痛ッ……」

危うく落ちそうになる浜面の体を包んだのは下から押し上がった熱風。見渡すと、未だに工場周辺は地獄の業火のように燃え盛っており、その勢いは衰えてはいない。

浜面「くそ……なんだ今の」

禁書「多分、天井に貼り付けたルーンを爆発させたんだと思う」

インデックスが駆け寄り、浜面の体を起こす。爆風が消し飛んだそこを見てみると、大きが穴をあけていた。

浜面「…………」

屋上の中央にあいた、大きな穴。それはさながら死の穴だ。落ちたら、もう戻れない。

浜面「……よし」

浜面は覚悟を決める。後は魔術師が屋上にのぼってくる前に、

禁書「……どうしたの?」

浜面「あのさ、インデックス」

いつになく(と言っても会って間もないが)真剣な浜面の表情にインデックスがたじろぐ。

禁書「な、なんなのかな……?」

浜面「また先に謝っとく。すまん」

禁書「……へっ?」

 

 

天井が爆発した事を確認し、何も落ちてこない事も確認したステイルは静かに舌打ちをした。

ステイル「くそっ」

未だにもがくイノケンティウスはもう役に立たない。まさかあんな弱点を突かれるとは、流石に百戦錬磨の魔術師を自負するステイルでも想像していなかった。

鋼鉄をも溶かす魔女狩りの王は鋼鉄の足場では戦えない。考えればそれは簡単にわかる事だが、こんな極限状態の中思い付くなんて……

ステイル「何者かは知らないが、ずば抜けた戦闘センスだね……噂の能力者という奴かな?」

半蔵「アイツはただのスキルアウトさ」

背後に立つ気配。振り返えるとそこにいたのは、インデックスの手を取った少年の仲間の一人。

半蔵「あぁ、ちなみに屋上には向かいの階段を使えば行けるぜ?」

ステイル「それはいい事を教えてもらった……君には感謝するべきなのかな?」

半蔵「あぁ、してもいいさ。どうせお前は屋上に行く事ができない」

腕を振る。袖口から飛び出てきたのは矢の様な形をした道具。半蔵はそれを掴み、構えを取る。

ステイル「…………」

ふざけているのか?

半蔵の構えを見て抱いたステイルの感想は、それだった。

 

先程から自分が展開させてきた炎の術式は既に見た通りだろう。それを見て、なおも細い槍一本で自分に向かってくる少年をステイルは理解できない。

だから

ステイル「イノケンティウス」

そう呼んだ瞬間、人型の業火が半蔵の前に立ちふさがる。

半蔵「ひゅー。何度見てもすげーな」

ステイル「僕は一足先に行かせてもらうよ。止めるつもりならそれを倒してみる事だ」

無理だろうがね、とステイルは心の中で付け加える。

魔術師はそのまま少年を一瞥する事もなく、屋上へ続く階段へと向かっていった。


その場に残されたのは、一人の少年と一体の炎の化身。

向かい合う半蔵は、ステイルが階段へ向かった事を確認し、余裕を繕っていた表情を崩す。

半蔵「言う通りにしたぞ浜面……あとは」

目の前の炎を見上げる。燃える十字架を手にする灼熱は半蔵を見据え、今にも焼き尽くそうとジリジリと近寄ってくる。

半蔵「後はコイツをなんとかするだけか……うまくやってくれよ~駒場のリーダー」

そう言うと半蔵は手に持つ打ち根を袖に戻し、身を翻して走りだした。

半蔵「あ、そうだ」

追撃を開始する魔女狩りの王に思い出したように言葉をなげる。

半蔵「服部半蔵、推して参る」

半蔵「…………」

なんてな、と半蔵は自虐の笑みを浮かべ、足に力を込めて本気で走りだす。

忍者と魔神の短い間の鬼ごっこが開始された瞬間だった。
 

 

 

カツカツと階段をのぼり、ガシャガシャと金網の通路を歩いていたステイルの頭の中は浜面が放った言葉に対しての苛立ちで埋め尽くされていた。

それはインデックスを侮蔑し、貶した言葉。いくら彼女の敵という立場にいても許せないその言葉。

だから、屋上へ続く扉を開けた瞬間目に入ってきたその光景はステイルの怒りを爆発させた。

信じられず、許し難い、その光景。

浜面が嫌がるインデックスを屋上から突き落とすその瞬間を目の当たりにした時、ステイルは思わず叫んだ。

ステイル「お、おおおおおおおッ!!!」

地面を踏み砕く勢いでそこから駆け出す。呆けた面をしている少年に灼熱の獄炎を食らわせてやろう。そう思い力を込める。

インデックスは常人なら落ちたら死ぬかもしれないこの高さから落ちても死なない、怪我すらしない。

だからと言って、この少年が、インデックスの手を掴んだこの少年が、たったいまインデックスにした事を許せるわけがなかった。

かつて、その場にいた自分としては、絶対に許せなるわけなかった。
 

 

 

ステイル「巨人に苦痛の贈り物をぉぉぉぉぉッ!!!」

急ぎ唱えたからだろう。先程より威力が落ちたその炎を、ステイルは構わず浜面目掛けて思い切り放つ。

炎は浜面を掠め、大きく体勢を崩し、

浜面「な、ああぁぁぁぁッ!!」

そのまま屋上から姿を消した。

ステイル「くそッ……落としたかッ!!」

急いでステイルは端に駆け寄る。今の一撃じゃ足りない、まだ足りない。さっきインデックスを貶した分にもならない。例え死体になっていようが。教皇級の灼熱を叩き込んでやる。

そう思い勢いよく屋上から地上を覗き込んだステイルの目に映ったのは、自らが展開した工場全体を覆う炎、吹き飛ばした車。そして――

浜面「捕まえたぜ」

突然、素早く伸びた手がステイルの足を掴む。

ステイル「な、な……!?」

微かな凹凸に手をかけ、地上に落ちる事なく、片腕だけでそこに留まっていた浜面仕上が、魔術師の足を強く掴んでいた。

浜面「能力者と渡り合う為にはそれなりの体作りが必要だ」

しかし、対策はばっちりしているようで、その体には命綱のようにロープが巻かれ、屋上の出っ張りにしっかりと巻き付けられれている。

よく見ればインデックスも同じように命綱をつけていたらしい。ゆらゆらと白い塊が吊れ下がり、揺れてるのがステイルの視界に入った。

ステイル「その子を、突き落としたんじゃ……」

浜面「テメェを取り乱させる為の演技だよ」

ステイル「演、技……?」

ステイルの瞳が揺れる。

先程浜面が感じた違和感の正体、それがこれだ。

ステイルの言葉の節々に散らばるインデックスへの距離感。
 

浜面「まず始めから全ておかしかったんだ」

初めて登場した際、この魔術師はインデックスの事をその子と呼んだ。あまつさえその時の標的はインデックスに危害を加えかけた浜面達だ。

そして続く会話にはそれ、これ、あの子。全てに置いてインデックスを指す言葉が安定しなかった

浜面「それにお前は歩く教会の事を知っていながらインデックスを斬るのを躊躇った」

極め付けは思い出したくもないあの発言。

浜面「あそこで確信したんだ。テメェはただの『敵』じゃねえってなぁ!」

そして、浜面は魔術師のそこにつけ込んだ。魔術師の心を煽り、追い込み、取り乱させた。

浜面「アイツには悪い事しちまった。いくらテメェを倒す為だからって、俺はアイツを利用したんだ」

ステイル「――くッ」

ステイル「イノケンティウス!!」

魔術師は叫ぶ。それでも足元の男を振り払おうとしなかったのは、自らの手でこの男を焼き殺したかったから、インデックスを利用した、自分の心の隙をつけ込んだこの男を――

ステイル「………?」

炎が、展開されない。

ステイル「イ、イノケンティウス!!」

魔術師は吠える。何度呼んでも、炎の巨神は顕現しない。

キィ……

扉の開く音。まさか、扉からやってきたのか!?と勘違いした魔術師は、すでに精神的に相当追い込まれていたのだろう。

そこにいたのは、炎によってあちこちが焼け焦げた服を着た駒場利得と服部半蔵。

半蔵「いよぉ、ロン毛の兄ちゃん。言われた通り倒して来たぜ?」

ステイル「なっ……!!」
 

その言葉に、魔術師は驚きを驚隠せない。理解が出来ない。意味がわからないとでも言う風に。

ステイル「ば、かな……!! 自動追尾のイノケンティウスをどうやって!?」

半蔵「いやー浜面の言った通りでさー。まじであのちっさい貼り紙ほとんど潰したら消えてなくなっちまったよ」

ステイル「な、何万も仕込んだルーンだぞ!? 一体……!!」

半蔵「はぁ?お前は人のアジトに何ペタペタ貼ってくれちゃってるわけ?コピー用紙に水性ペンで書いた落書きとか地味に迷惑なんだけどよー」

ステイル「な……ま、まさか、水でインクを溶かしてッ」

半蔵「んなめんどい事するかよ。あのさー、お前は一体なんの能力者なんだよ」

その言葉で魔術師はようやく気付く。何故この少年達が生きているのか、なぜイノケンティウスが倒されたのか、どうやって何万枚ものルーンが潰されたのか――

自分がどこに何万枚ものルーンを仕掛けたのか。

半蔵「紙って燃えるんだぜ?知らなかったのかよばーか」

浜面が屋上にのぼる直前にした半蔵への頼み事は二つ。

まず一つは魔術師を上手く屋上へ誘導すること。

そして二つ目は、炎の巨神から足元に埋め尽くされた紙の上を逃げる事。

 ステイル「……あ、あ」

ルーンの多さが魔術の強さ。インデックスが言っていたその言葉を思い出す。

浜面「この工場広いからよ。四方に貼るの大変だったろ?場所が偏っても仕方ねぇよ」

浜面はステイルの足を掴む手に力を込める。

浜面が吊り下がっているその遙か下の地上は、勢いが収まったと言え、未だに灼熱が燃え広がっていた。まるで地獄の底のように。

ステイル「は、灰は灰に――」

魔術師がか細い声で呪文を唱える。炎は灯らない

ステイル「ち、塵は塵にぃ――」

灯らない。

浜面「テメェにどんな事情があるのかしらねえがよ」

ステイル「吸血殺しの――」

浜面「それでもテメェには地獄の底がお似合いだッ!!」

魔術師を掴む手を、思い切り引きずり降ろす。

そうさ、なんて事はない。とてつもない炎を扱う魔術師と言えども結局のところただの人間だ。殴ったら痛いし、高い所から落ちたら何も出来ない。

ステイル「の、能力者がぁッ!!」

体勢を崩し、落ちていくステイルがそう呟くのと、浜面がまるで這い上がように屋上に手をかけ、それを言ったのは、同時だった。

浜面「わるいがこちとら無能力者でね」

そして、立ち上がる。

ドサッと、何か落ちる音が聞こえた。

浜面「楽勝だ、魔術師」

そう呟き、振り返る。工場を覆っていた炎は全て消え失せていた。

浜面「安心しろよ。この高さから落ちてもギリギリ死ぬか助かるかどっちからしいぞ」

あとやるべき事は、一つだけ。

禁書「……あの」

浜面「ほら、インデックス」

吊り下がったインデックスに、手を差し伸べる。
禁書「…………」

どうもおずおずとしたインデックスはこの後に及んで自分の手を掴むのに抵抗があるらしい。

浜面「……飯はいいのか?」

禁書「うっ……」

浜面「それに俺が引き上げないとお前そのままだけど」

禁書「うぅ……」

やはり、おずおずと手を伸ばすインデックスの小さな手を浜面は掴みとる。

禁書「ひゃあっ」

浜面「うっ……」

そしてそのまま引きずり上げようとした――が、どうも無理をしすぎたらしい。格好を付けたものの、ずっと屋上に吊り下がっていた浜面の腕はそろそろ限界に近かった。

浜面「わりぃ……やっぱ自分で上がって?」

禁書「……もう」

かっこつかないんだよ。そう小さく呟いたインデックスは、自分の腕を伸ばして屋上の端を掴み、這い上がる。

先程の浜面と同じように。

地獄の底から、二人一緒に。

浜面「あ゛ー疲れた」

ドサッと、屋上に倒れこむ。疲れた。本当の本当に。

禁書「しあげは無茶しすぎなんだよ?」

その顔をインデックスが覗き込む。その顔には、今朝のような悲しそうな笑顔じゃなく、本当に、どこか安心して、嬉しそうな笑顔。
 

浜面(…………)

この笑顔が見れたなら、まあいいか。と、浜面はそう思う。

それより

浜面「あ、今俺の名前呼んだか?」

禁書「えっ?」

浜面「呼んだよな。俺の名前」

禁書「う、うん……な、何!? 私がしあげって呼んだらわるいの?」

悪くねぇさ。と、浜面はポンとフード越しにインデックスの頭をごしごしと撫でる。

禁書「わ、わわっ」

浜面「インデックス。さっきの続きだ」

禁書「……え?」

浜面「…………」

禁書「…………」

禁書「わ……私の手を取っちゃったら、迷惑がかかるんだよ」

浜面「おかげで冷蔵庫の中身は空っぽだな」

禁書「いっぱい怪我しちゃうんだよ?」

浜面「今日は路地裏で喧嘩してきたからな」

禁書「ほ、本当によかったの?私の手を取って、助け――」

浜面「俺が助けたいって思ったんだ」

その言葉は、やっぱり少女のどこかに突き刺さったようだ。

浜面「いいに決まってんだろ」
禁書「ふぇ……」

禁書「ふぇぇぇぇぇん……」

インデックスはくしゃくしゃになった顔を浜面の胸に押し付ける。

誰にも関われなかった、誰にも接する事が出来なかったこの一年間の想いを、インデックスは今日初めて吐き出した。

浜面の硬くて暖かい胸の中で、長い長い、嗚咽と共に。
 



 

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