声が聞こえる。
暗闇の中に、声だけが聞こえる。
遠い。
誰の声かわからない。
近付いてくる。
誰だ。
誰の声だ。
俺を呼ぶのは誰だ。
『―――よう』
「……チ、クソメルヘンかよ」
『なっ……オイオイ、そんな罰ゲームみたいに言うんじゃねーよ!』
あんまりな扱いに、垣根が抗議する。
だが、おかしい。
自分は妹達のようにネットワークを構築して意思の疎通を取ることなどできはしない。
「なンでオマエの声が聞こえてンだよ?まさか、助けにでも来たってのかァ?」
その問いに、垣根は、ふん、とだけ言って嫌そうな顔で答える。
『誰がテメエを助けに入るか、声が聞こえて気付いたらこの状態だ』
「……声?」
『ああ、多分最終信号のな』
その言葉に、詳細を問い詰めようとする。
だが、その前にまた新たに声が聞こえる。
『――おい、大丈夫か!?』
新たな声は、浜面仕上。
一方通行には、さらに現状がわからなくなった。
垣根だけなら、まだ能力だとかAIM拡散力場だとか、それで説明がつくかもしれない。
だが、彼は無能力者。
この状況には、あまりにも不似合いな存在だ。
『お前が連れてた小さい女の子が言ってたんだよ、「助けて」って』
疑問に答えるように、浜面が答える。
だが、それでも、どうしてこうなったのかはわからない。
『ま、お前さんも愛されてるってことだにゃー』
ニヤつきながら言うのは、土御門。
『まったく……少し嫉妬してしまいますよ』
溜息をつきながらも顔は笑っている、海原。
『どうでもいいけど、今の貴方、だらしないわよ?』
呆れたような顔の、結標。
「……オマエら」
『ったくよぉ、こんなのこれっきりにしろよ?』
言葉の後、何かが流れ込んでくるのを感じる。
「……コレは?」
『さぁな、よくはわからねえ。けどな、俺達が力を貸してやってんだ―――ヘマ、すんじゃねぇぞ』
声が消える。
暗闇が晴れ、目の前が明るくなっていく。
そう、自分は倒さなければならない。
そして、未来を勝ち取らねばならない。
だからこそ、もう一度立ちあがる。
一方通行が、立ち上がる。
その体から血を流しながらも。
そして、翼を再び力強く広げる。
それは、倒れる前には無かった、神々しいほどの輝きを持っていた。
打ち止めが、立ち上がる姿に安堵し、再び祈る。
彼が勝てるようにと。
エイワスが向けるのは、単純な興味。
目の前の存在が、どのように変貌したか、ということへの興味。
「―――来たまえ」
言われずとも、とでも言うように一方通行は目の前の敵へと突き進む。
対するエイワスは、それを迎撃すべく翼を突き出す。
そして。
パキン、とガラスのわれるような音がした。
「―――な、」
そのまま。
翼が、標的を薙ぎ払う。
バキバキバキィッ!!とエイワスの翼が砕け散り、霧散していく。
「オシリスか、ホルスか……いや、これはまさか」
白い翼の、真っ白な少年は、そのまま懐へと入る。
そして、もう一度、翼をエイワスへと向ける。
「そうか、これが意思……!全てを司り、全てを支え得る―――」
ザン!!と勢いよく翼は振るわれる。
その一撃は、エイワスという存在を真っ二つにした。
「ふ、ふふふ……」
エイワスが、光の粒となり、消えていく。
だが、表情には苦痛も絶望も見られない。
「やはり、君たちは興味深い……」
パキン、と一方通行の翼が砕ける。
そうして、支えを失った体は、どさりと地へと落ちる。
タタタ、と打ち止めが駆け寄る。
駆け寄った先の一方通行は、ただ、仰向けで、空を見ている。
「―――ねえ」
「……あァ?」
「おかえりなさい、ってミサカはミサカはあなたを労ってみる」
ふ、と一方通行が鼻で笑う。
まったく、世界は意外に甘いようだ。
こんな自分に、帰る場所を与えるなんて。
「――――あァ、ただいま」
ふ、と力の消失を感じる。
恐らく、敵の誰かろう。
それを示すかのように、目の前にいるアレイスターが俯いている。
「……どうなってるかは知らねーが」
ポリポリ、と上条が頭を掻きながら、勝利宣言のごとく言い放つ。
「アンタも、ここで終わりみたいだぜ?」
そうして、右手を構える。
自分は、目の前の敵をこの右手で打ち砕く。
共に闘っているものたちが、それを望んでいるから。
しかし。
「―――――――く」
この程度で、終わるようなことは無い。
「ははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは はははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは―――――ッ!!」
狂笑。
それが適切だった。
だが、アレイスターが感じているのは、挫折でも、後悔でも、絶望でもない。
それは、歓喜。
「まったく、何もかもが予想通りに動いてくれたよ」
「……な、に?」
アレイスターは笑う。
嘲るように、蔑むように、見下すように。
「ミサカネットワークの変質……これによって全ての準備は整った!」
大きく手を広げ、アレイスターが叫ぶ。
「さあ、今日が新しい世界の幕開けだ!」
そして
上条当麻は、何らかの力が自分から抜けていくのを感じ、
どさ、とその場に倒れ込んだ。
動かない。
立ち上がれない。
今まで自分はどんなに苦しくても立ちあがってきたというのに。
その源である力が、完全に自分の中から消えていた。
上条は、床に這いつくばりながら考える。
おそらく、今無くなったのはベツレヘムの星でフィアンマと対峙した際に感じたあの力。
顔を上げれば、そこにいるアレイスターが愉快そうにただ笑っている。
そこで確信した。
自分は嵌められたのだと。
この場所に自分を導いたのも、その力を手にするためだと。
つまり、先ほどまでの会話と戦闘はただの時間稼ぎだったということだ。
「……そもそも、私の計画の核は一方通行、最終信号、ヒューズ=カザキリの三つだった」
アレイスターが、まるで思い返すように語り出す。
「だが、ミサカネットワークは天界の特性を取り込ませても、そのまま現実の世界に具現させるにはいささか存在が脆弱すぎた」
「な…に…?」
どういうことだ、と上条は力を振り絞り、問う。
「ヒューズ=カザキリの覚醒、そしてそれによるエイワスの現出……その現象そのものによってミサカネットワークに新たな性質を持たせる」
その為だけに風斬氷華は変貌させられた。
まるで副作用にも思えるものを得るためだけに。
もっとも、エイワスの方には一方通行と相対させ、彼自身を天使に近い存在にすることによって、
さらにネットワークを完全な存在にするという役目があったが。
「だが、ミサカネットワークは脆いものだった。エイワスを現出させた段階で最終信号が崩壊しかねないほどに」
崩壊、という人間でないような扱いに上条は拳を握りかける。
だが、今の彼に目の前の敵を殴る力は無い。
「そこで柱が必要となった。だが、既存の魔術では支えることなどはできない」
そこで、とアレイスターが上条の方に指をさす。
「君の中の力に白羽の矢が立ったということだ」
「俺、の……?」
そう。
アレイスターは肯定し、軽く満足げに息を吐く。
「世界を壊しうる存在であり、かつ世界を救いうる存在、『神上』だよ。もっとも、君のソレは対となる存在、『神浄』なのだが」
ようやく、上条は自分の中の力の名を知る。
だが、その本質はわかっていない。
「もともと、君の家系にはそういう素質があった」
そこで、アレイスターは屈み、上条に顔を近付ける。
「思い当たる節はあるだろう?いくら偶然でも、常人が天使を召喚することなどできはしない」
そして、とアレイスターは続ける。
「その片鱗として、君の右手には幻想殺しが宿った、ということだよ」
つまり、幻想殺しは、『神浄』のシステムの一部でしかないということ。
自分の力の源を知った上条は、さらに問う。
「……それで、その力とミサカネットワークでアンタは何をしようってんだ」
屈んでいたアレイスターが、立ち上がる。
「ミサカネットワークを現実世界に具現させ、あらゆる人の心と繋ぐ」
そのまま、神の洗礼でも受けるように手を広げ、顔を上に向ける。
「それによって、世界と連動するネットワークは、人のあらゆる理想をその世界において現実のものとする」
上条は思い出す。
かつて、似たような話を聞いたことがある。
それは、考えたこと全てが現実となる力、黄金錬成。
しかし、それは術者の精神状態に効果が左右される、不安定なものだった。
「そう、これも不安定だ。だからこその『神浄』だよ」
考えを読んだように、アレイスターが告げる。
「世界を壊しうる力と同等のものだ。新たな世界のシステムを支えるには適任、ということだ」
そして、辺りが光り出す。
それは、新たな世界の産声。
「ミサカネットワークは適正な状態となり、『神浄』も今やこの手にある」
アレイスターがの言葉と共に、辺りの光が増していく。
上条に、それを止める力は無い。
その上、人の理想が叶う世界というものを否定してしまっていいのか、という迷いもあった。
だからこそ、上条が立ち上がることはなかった。
そして。
その光は、全世界へと広がっていった。
つづく