とある夏雲の座標殺し(ブルーブラッド) > 02

~第十八学区・結標淡希の部屋~

姫神「お世話になります」

昼下がりのファーストフード店から出た後、姫神秋沙は身の回りの物一式を詰め込んだトランクケースを引きずってやって来た。結標淡希の導きによって。

結標「ええ。荷物はそこらへんに転がしておいて。貴女の部屋になる所少し片付けるから」

姫神「でも」

結標「冷蔵庫の中の飲み物でも飲んで適当に待ってて。疲れたでしょ?終わったらお風呂沸かすから」

第七学区は路面や車道はおろか路線から何から何まで壊滅的な有り様だったために、所々で座標移動を繰り返しながらも到着したのは既に夕方であった。
季節は初夏を迎え、第七学区を出るまでは汗だくになりながら歩いて来たのだ。
お冷やの一杯やシャワーでもなければとてもやっていられたものではない。

姫神「…ありがとう。飲み物は小萌ルールでいい?」

結標「そうして」

白と黒を基調に纏められた家具や部屋を見渡しながら姫神は冷蔵庫を開く。
食べ物はヨーグルトやパンに塗るブルーベリージャムやピーナッツバター、一口大にカットされたチーズが小皿に盛られてラッピングされているものしかない。
後はせいぜいがバター、ケチャップ、マヨネーズである。

姫神「(不健康。野菜も卵も入ってない。お米も置いてない)」

飲み物は清涼飲料水と野菜ジュースとお茶。牛乳は入っていない。
思わず嘆息する。小萌ルールを発動する以前の問題かも知れないと姫神は考える。

姫神「(私の最初の仕事。食生活の改善)」

時期こそ異なれど同じ小萌(かま)の飯を食べた者だと言うのにこの体たらくぶりはひどい。

姫神「(小萌。貴女の遺志は。私が引き継ぐ)」

草葉の蔭で小萌が泣いているに違いない。そう決意を固めた握り拳に誓う。
当然の事ながら小萌は存命ではあるが…



~結標淡希の部屋・空き部屋~

結標「うわっぷ…熱こもってる…雨戸開けなきゃ…暑い!」

一方、結標淡希は露出度が高い割に服持ちなのか丸々衣裳部屋代わりに使っていた部屋の窓を開け放つ。
閉ざしっ放しだった部屋には初夏の熱気がこもり、開け放てば開け放つで夕陽に目を焼かれる。

結標「んもーう!服多過ぎ!どこしまえばいいのよ!」

“服なンて上等なもンいつ着てンだァ?ほとンどまっぱのクセによォ”

と言う同僚の罵りが聞こえて来そうな量の春物、秋物、冬物の山をひとまず自分の部屋へ座標移動・座標移動・座標移動。能力の無駄使いここに極まれりである。

買った良いが捨てられない。もうこのシリーズは再販しないと思うと売りにも出せない。
女の服と下着はとかく始末に困るのだ。レベルがいくつであろうとも。

結標「マズいわ…私他の布団なんて持ってない…今使ってる肌掛け布団しか」

はたと気づく。もう色々と足りていない。残っているのは冬用の毛布のみ。
当然ながらベッドも一つ。早急に何とかせねばならない。

結標「あああ~私のバカバカバカ…こんなのダメダメじゃない」

スペースを作ろうとして散らかり放題になってしまった己を嘆く。
同時に思う。小萌は出来る女であったと。さながら親元から離れて知る母親の偉大さのように。
学園都市に来てから当然一人暮らしではあるが。

ゴロッ…ゴロゴロゴロ!

結標「ああー!」

挙げ句、座標移動させた服の山がクローゼットから溢れかえり転げ落ちる。
その上ささやかな乙女の恥じらいである隠していたカップラーメンやインスタント食品のストックまで雪崩のように。

結標「もうヤダ」

別段、上げた事はないが男を部屋に招く訳でもないのだから肩肘を張る必要はない。
小萌の時だってお互いにそうだった。だが同年代で、後輩で、ほぼ初対面の人間にくらい良く見られたいではないか。

結標「はあっ…取り敢えず、今夜は私の部屋で寝てもらおう。そうしましょう」

再びの座標移動でひとまず部屋に何もない状態にした。
今日はもう色々とくたびれた。射し込む西日を遮るようにYVES SAINT LAURENTのカーテンを閉める。

結標「明日は買い出しね…晩御飯…もういいわデリバリーで」

長生きの秘訣は適度に自分を許す事、などと一人言ちて結標は部屋を後にした。
仕事は兎も角、プライベートは良い塩梅にいい加減なダメ人間。それが後の姫神による結標の評価である。



~結標淡希の部屋・リビング~

結標「姫神さん?ごめんね部屋なんだけど今日一日だけ待って…」

後にした部屋からリビングに向かう。空は何時の間にかヴァイオレットブルーに色を変え、そよそよと微風が吹いていた。

姫神「――――――」

ソファーの肘掛けにもたれ掛かるようにして船を漕ぐ姫神秋沙の黒髪を揺らして。

結標「待っ…て」

しどけない寝姿を晒しながら、ソファーの背面に位置する窓辺よりはためくカーテン。
夕闇と夜闇の狭間で微睡む寝顔に、声を掛けようとして言葉が出て来ない。

結標「(余程疲れてたのね。今まで寝る所どうしてたんだろう)」

テーブルの上には飲みかけの清涼飲料水の缶が汗をかいていた。
結標自体も経験があるが、寝る場所腰を据える場所がコロコロ変わるのは見えない疲労が澱のように溜まる。
猫ですら気ままに見えて己のパーソナルエリアには気を使うのだから。

結標「(少し寝かせてあげましょうか。ピザなんて起きてから頼めば良いわ)」

フッとその寝顔を覗き込む。ほぼ初対面の人間の部屋で寝るなどなかなか太い神経の持ち主などと思いながら。

結標「(睫毛長いわねー…量は私の方が多いけれど)」

よくよく見れば肌のキメも細やかだ。髪の手入れはどうしているのだろうかとしげしげと観察する。
常ならばそんな事はしないのだが、物珍しい巫女服を纏っているのも目を引いた理由の一つだ。

結標「(彼氏…は今いなさそうね。いたらわざわざ私の家に転がり込んで来る理由、ないもの)」

姫神は言った。帰る場所も待っている人もいないと。
それは、結標の心を強く打った。いつもならば口に出す以上の同情などしないはずなのに。

結標「貴女も、私も、変な娘ね」

仲間達の解放とグループの解散。名に反して今や標(しるべ)を持たぬ自分。
それが歪んだ鏡合わせのように、姫神秋沙と言う少女を映し取ったのか。
それとも月詠小萌との生活や、同じ性別であった事が要因か。はたまたそれら全てか。

結標「さーてと…今の内にシャワー浴びちゃおっと」

眠る姫神を残し、バスルームへと向かう。ここは誰に憚る事もない自分の家だ。
そう思いながら結標はシュルッと結わえた二つ結びの髪留め紐を抜き取りながら去って行った。



~結標淡希の部屋・リビング2~

結標「貴女も、私も、変な娘ね」

夢現の中で聞いた、夏風のように涼やかな声音の在処に私は耳をそばだてる。
閉ざした目蓋の中に広がる闇でその声の主の姿形を浮かび上がらせる。

姫神「(私は。変な子)」

クラスメートの女の子ともどこか違う、氷が肌を滑るような優しいクールさ。
最初は取っ付きにくい野良猫のような雰囲気だった。しかし

姫神「(貴女は。優しい子)」

迷い猫のようになってしまった自分に、歩み寄ってくれた野良猫。
何故ここまでしてくれるのだろう。この恩をどのような形で返していけば良いのだろう。

姫神「(どんな娘なんだろう。小萌から。小萌先生から聞いておけば良かった)」

むずかゆいような浮ついた気分、くすぐったいような好意。
学校が再開されるまで、新たな住居が確保されるまで上手くやりたい。
出来る事ならば仲良くありたい。しかし、出会った時に微かに香った――

姫神「(どうして。血の匂いがしたの)」

血液を司る能力を持つ姫神にとっては、同時に染み付いた血の匂いにも敏感になる。望む望まないに限らずに。
月のものとも違う、何人かの人間の血が入り混じった匂いが結標からした。

街中を歩いていても時折そんな匂いのする人間とすれ違う。
普通の人間なら汗の匂いほども気に留めないそれが姫神にはわかるから。

姫神「(何を。している娘なんだろう)」

かつて所属していた霧ヶ丘女学館でも結標を見かけた記憶がない。
学年が違うのだから当たり前なのだが、あんな血を連想させる髪の色をしていれば自分の記憶の片隅にでも残るだろうと。
どういった経緯で小萌に拾われたのか、それすら姫神にはわからない。

姫神「(これから)」

全てはこれからだと…そう姫神は考えた。そして次の瞬間にはどんなピザにしてもらおうかと頭が切り替わっていた。
図太い、と結標が姫神に抱いた印象は実のところそんなにかけ離れていなかったのである。



~結標淡希の部屋・バスルーム~

結標「あー…そう言えばあの娘の巫女服って普通の洗濯機で大丈夫なのかしら?なに洗いでやればいいのよ」

肌に叩き付けるように勢い良く出るシャワーを浴びながら結標淡希は詮無い事を考えていた。

結標「あんな着るのも脱ぐのも面倒臭そうな服良く着てられるわね」

浴びせられる熱を持った飛沫を瑞々しい素肌が弾いて行く。
成人男性の片腕で容易く包み込めそうな細身ながら、伸びやかな四肢は緊張感を纏い安易に触れさせる事を見る者に躊躇わせる。

結標「ふー…どうかしてるわ今日の私…」

自分の身体を抱くようにしながら浴びるシャワーに二つ結びしていた赤い髪が白い肌に張り付く。
いつの頃からかバスルームでその日一日を振り返る癖がついた。
キュッと絞り口を締めシャワーを止める。きめ細かい泡と今日一日の汗を洗い流し、後ろ髪の水気を指先で細かく扱いて切る。

結標「戦争が終わって…腑抜けてるのかしら」

何となく放っておけずに連れ帰ってしまった新たな同居人…否、初めてのルームメイト。
思ったより図太そうとは感じられたが、どこか浮き世離れした儚い雰囲気を姫神から感じられたからである。
あまり接する機会がない小萌以外の『表の世界の人間』だからか、単に弱気になって人寂しくうら寂しい気持ちになってしまったからか。

結標「あら…これが最後…んもーう足りない物ばっかりじゃないの」

蜂蜜パックに使っている千年蜜のストックまで切れてしまった。
暗部で活動している間は家など服を取りに行き寝に帰るだけだった。
故に日持ちしない食べ物など冷蔵庫には入れなかった。いつ帰るかも不定期だったから。
そして小萌の家から独立してからはやたらめったら服を買い漁った。
誰に憚る事なく自分の好きなように出来るから。
それが…今また帰りを待ってくれる人間が出来たのは奇妙な感情であった。

結標「いいわ!なるようになる!」

投げられた賽の目を悩んでも仕方ない。なるようになる。
小萌が拾って来た事のある人間だ。姫神の事がわからずとも、その一点だけが取っ掛かりであった。



~結標淡希の部屋・リビング3~

結標「サッパリしたー…ん?おはよー」

姫神「おはよう」

結標がバスルームから出ると姫神は既に目を覚ましていた。
外は既に群青色。壁掛けられた時計の針は18:20分を指し示していた。

結標「どうする?ピザ頼もうと思ってるんだけど、その前に貴女もシャワー浴びる?それとも後にする?」

姫神「先に。シャワー浴びて来いよ」

結標「上がったって言ってるじゃない。誰よその物真似」

姫神「じゃあ食べ終わってからにする。私も半分出すから」

結標「そう?じゃあピザは貴女が選んで。サイドメニューは私が選ぶから」

別にピザくらい構わないんだけどな同性だし、と思わなくもないが姫神もお客様のままでは心苦しいのかも知れないと髪をタオルで拭きながら向かいのソファーに腰掛ける。
すると風呂上がりの結標の姿を、手渡されたピザのチラシから視線を上げた姫神が見やり、口を開いた。

姫神「貴女はS?それともM?」

結標「えっ!?」

思わずキャミソールの上から自分の身体を抱き締める。
いやこれだけではダメだとホットパンツから伸びる脚も抱え込む。
いきなり座ったはずのソファーから逃げ出したくなる結標を前に姫神は間に挟まれたテーブルに手をつき身を乗り出す。

姫神「どうして引くの。当たり前の事を聞いただけなのに」

結標「あ、あっ、当たり前ってななな何言ってるのよ!私達知り合ったばかりでしょ!?」

姫神「?。初めても何も。最初に聞いておきたかった。貴女はS?それともM?」

結標「し、しっ、知る訳ないでしょうそんな事!なによいきなり!?なんなのよ貴女は!!」

姫神「どうして。自分の事なのに」

結標「そ、そのどっちかしかないの?」

姫神「私の都合もある。だからはっきりさせて欲しい。Sなのか。Mなのか」

いきなりの言葉に結標はお風呂上がりと言う事を差し引いても耳まで赤くなった。
確かに外見からすれば遊んでいるように見られるかも知れないが、自分のストライクゾーンの関係上誰彼構わずと言う訳ではない。ましてや…

結標「わっ、私達女同士じゃない…いきなり言われても…困るわよ」

姫神「女同士だからこそ。人目は気にならない。答えて。私はもう。我慢出来ない」

ズイッと姫神が乗り出した身から結標を指差す。それを直視出来ない結標は火照らせた顔をそっぽ向かせながら

結標「…M…かも知れない…かも」

姫神「聞こえない」

結標「えっ、Mよ!かも知れないってだけよ!!何言わせるのよ貴女は!!!」

思いっきり叫んだ。勢いをつかせなければ言葉に出せなかった。
しかし決死の思いで吐き出した言葉に対し、姫神は―――

姫神「そう。じゃあMサイズ。私も昼間たくさん食べたからLは無理だった。あまり入らないから助かる」


………………


結標「えっ」

姫神「えっ」

通り過ぎて言った沈黙の天使に笑われそうな相互理解の不一致が結標をフリーズさせた。

結標「SとMの話じゃないの?」

姫神「だから。SとMのサイズの話。ピザの」

結標「イジメる方とイジメられる方の話じゃないの?」

姫神「なにそれこわい」

結標「人目が気にならないって!我慢出来ないって言ったじゃない!」

姫神「女二人だから別にサイズで悩まない。我慢出来ないのは空いた小腹」

結標「~~~~~~ッッッ!!!」

ソファーに顔を埋めばた足のように身悶えする結標。聞かれていたのはSサイズかMサイズの話。
しかし答えたのはSサイドかMサイドの話。そしてまさかのM告白。
恥ずかしさのあまり今すぐこの場から座標移動したくなるも演算すらかなわない。

姫神「結標さん」

そんなバタ足金魚状態の結標から目を切りピザのチラシに再び目を落としながら姫神はつぶやいた。

姫神「貴女は。心が汚れている」

結標「バカーーーーーー!!!」

その後、クッションやクレーンゲームの景品のぬいぐるみを座標移動しまくり、姫神目掛けて手当たり次第にぶつける初めての喧嘩を初日にしてやらかしてしまった。



~結標淡希の部屋・リビング4~

姫神「どうして。オリーブばかり私に押し付けるの」

結標「貴女とオリーブが嫌いだからよ!」

姫神「ひどい。オリーブと同じ扱い」

結標「なんならタバスコも飛ばすわよ」

姫神「私は。ペッパー派」

その後、しっちゃかめっちゃかになったリビングを一緒に片付け、デリバリーピザが届いたのは20:05分であった。
未だに憤懣やるかたない結標がピザに乗ったブラックオリーブを姫神のピザに座標移動させて溜飲を下げていた。

結標「もうっ…初日で私のイメージがた落ちじゃない…どうしてくれるのよ」

姫神「Mな所?」

結標「引っ張らないで!忘れてちょうだい!」

姫神「私は。多分S」

結標「でしょうね…って聞いてないわよ!むしろ私の話を聞いて!」

狙ってやったならば手に余り、天然ならば始末に負えない。
そう思いながら伸びたチーズを噛み切る結標。土御門とはまた違ったタイプのいじり方にペースが狂わされ調子が外れる。
黙々と骨付きチキンを頬張る姫神はどこ吹く風とばかりに

姫神「でも」

結標「?」

姫神「ホッとした。本当にクールな人だったら。どうして良いか少し困ったかも知れないから」

結標「………………」

言われてみれば結標もそれは同じかも知れなかった。
昼間フレッシュネスバーガーを完食するのも辛かったのに、今は二人で分けているとは言えピザまで食べている。

結標「(もしかすると…楽にしてもらってるのは私の方なのかしら)」

少し精神状態が安定しているのかも知れない。なんだかんだ言って座標移動の演算に狂いはない。
それ以上に…初めて自分の家に客を招いたにも関わらずさほど息苦しくない。
それは気兼ねしない同性だからか、はたまた姫神自身が空気のように溶け込めるからか。

結標「えっと…姫神さ――」

姫神「しまった」

結標の唇が言葉を紡ぐより早く、姫神の言葉がそれを遮った。
落とされた彼女の視線…それは巫女服の胸元に落ちたピザソース。

姫神「もう服がこれしかないのに」

結標「(うわー)」

手のかかる子供かと結標は胸中で一人言ちた。
かつて同じ感想を小萌に持たれたともつゆ知らずに。



~結標淡希の部屋・バスルーム2~

結標「姫神さーん?替えの服ここに置いておくからねー?」

姫神「ありがとう。ごめんなさい。貴女には迷惑をかけ通し」

結標淡希はひとまずさっきひっくり返しまくった服の中から姫神に合いそうな部屋着をチョイスし、バスルームの脱衣籠に畳んで置いた。
その間に姫神のトランクの中の衣類を洗濯機に放り込む。
巫女服はクリーニングに出す他ないと言う。本当に終戦の後の苦労が伺えた。

結標「気にしてもらわなくても結構よ。こっちだってそんなに大した事してる訳じゃないしね」

姫神「なら。せめて後でマッサージさせて。私の気が済まない」

結標「ん~…じゃあ、お願い」

磨り硝子を隔てて交わされる会話。身を清める姫神に衣類を洗う結標。ゴウンゴウンと音が五月蠅い。

さっきの喧嘩が結果として互いの緊張を良い方向に解きほぐしたのか、満腹感によるリラックスかはわからないが

結標「(なんか不思議な感じ…そう言えば私にこういう風に接したり出来る女の子なんて今までいたかしら)」

気づいた時には暗部で活動し、上層部を相手に地位も年嵩も遥か上の人間と接して来た結標にとっては――

結標「(いないわね。いなかった)」

こうした事すらほとんど初めてかも知れない。
仲間達やグループとは違った角度の、同性の知り合い。
終ぞ通う事すら稀だった霧ヶ丘女学院にすら当然ながらいなかった。

ゴウンゴウンと音を立てて回る洗濯機に片手を突きながら結標は思う。
僅かながら満たされ、微かながら充たされる何かを――

姫神「結標さん」

結標「きゃっ!?」

そんな物思いに耽っていた結標の肩を、バスルームから半身出していた姫神がトントンと指で叩く。
考え事をしていたのと洗濯機の音で姫神の呼びかけに気づけず狼狽した結標は慌ててそれに振り返って

姫神「トランクの中から。トリートメントを取って欲しい」

結標「あっ?えっ?う、うん」

トランクから姫神のトリートメントを取り出し、それを手渡す際に…ついつい凝視してしまう。姫神の肢体。

結標「(くっ…ま、まあ出る所は私より出てるんじゃない?細さなら私の方が上だけど?なによ年下のクセに。生意気ね)」

処女雪でも圧し固めたような肌に張り付く黒髪が水気を帯びて生々しいまでに艶めかしく見えた。
大事な部分は当然タオルに守られているが、シャワーを帯びて微かに赤みの差した胸元を滑る水滴につい目がいく。そしてそれ以上に――

姫神「エッチ」

結標「うっ、うるさい!いつまでそんな格好のまま出てるのよ!早く戻りなさい!」

手渡したトリートメントと、姫神の細い指先が僅かに触れた。
一瞬だけドキッとしたが、その手はすぐに磨り硝子の向こうに消えて行った。

結標「(…なんなのかしら、あれ…)」

ついつい見入ってしまったのは同じ女として対抗意識を燃やされる肢体ばかりではなく、シャワーだと言うのに

結標「(巫女さんなのにクリスチャンなのかしら?)」

肌身離さずその首筋にかかっていた、十字架のペンダントがやけに強く印象に残った。



~結標淡希の部屋・リビング5~

結標「あっ…ひ…めがみ…さっ…ん!」

姫神「ここがいいの?初めてなのに」

結標「はっ、初…めて…痛っ…いぃ」

姫神「いいの?痛いの?どっち?ここはどう?」

結標「あっ…!くっ…ふぅ!ああっ…あぁっ…そこは…そこはやめて!お願いだからやめてぇ姫神さん!」

姫神「止めない。だって」

グググ…グリグリグリ

結標「痛い痛い痛い痛い~~~!!!」

姫神「足ツボマッサージとは。痛いもの」

誤解を招きかねない声音を上げながら、姫神の足ツボマッサージに泣きが入った結標である。
お風呂上がりに姫神の洗濯物を乾燥機で回し、お風呂を借りた恩は見事に仇で返された。

結標「ひっ、いぃぃ!?痛い痛いの!貴女本当は下手なんじゃない!?」

姫神「かっちーん」ググッ

結標「ふああぁぁん!?ひたいぃ!ひゅるひてえぇ!」

姫神「結標淡希。貴女が。泣くまで。マッサージを止めない」

ソファーの上で涙を滲ませ口元から濡れ光る唾液も構わず身悶えする結標。
無表情ながらもどこか瞳を妖しく輝かせる姫神。
そして終わった頃には結標は凌辱された乙女に息を荒げ胸を上下させていた。

結標「はあっ…はっ…ああっ…」

姫神「私の指で。こんなに感じてくれて。いやらしい。じゃない。嬉しい」

結標「いやらしいのは貴女の言い方でしょ!!!」

姫神「さあ。貴女の罪を数えろ」ググッ

結標「い゛い゛い゛ぃぃぃっ!?」

駄目押しの一撃を喰らいグッタリする結標を尻目に姫神は壁掛けの時計を見上げる。
時刻はいつの間にか23:15分を指し示していた。

姫神「結標さん。そろそろ寝にいかない?今日は。疲れた」

結標「はー…はー…そうね…貴女を…永眠させてやるわ…」

姫神「いい加減。学びなさい」ググッ

結標「はうっ!」

短いようで長かった1日が終わりつつあった。
昨夜まで結標淡希も姫神秋沙も思ってはいなかったし考えていなかった。
巡り合わせは奇なもので、星の巡りは異なものだと思わなくもなかった。互いに。



~結標淡希の部屋・寝室~

姫神「良い香り。なんの匂い?」

結標「ブルーローズ。ほら、青い薔薇の形してるでしょう?」

姫神「うん。名前は?このキャンドルの」

結標「ブルーブラッド。“高貴なる血統”って意味らしいわ」

寝室へと移動した二人…寝る支度を整える姫神の傍ら、結標はある物を焚いていた。
それは…間接照明のように青白い炎を揺らめかせる青い薔薇のアロマキャンドル。
寝る前にこうするとリラックスするのだと結標は語り、その炎に照らされた姫神も口を開く。

姫神「青い薔薇。花言葉は。“不可能”」

結標「詳しいのね」

姫神「もう一つは。“神の祝福”」

血統、血筋、血脈。…皮肉なものだと姫神秋沙は熱を感じさせない思考に耽る。

姫神「(呪われた血。不可能。嫌な符号が重なり過ぎていて。少し憂鬱…)」

今はあの修道服の少女から授けられた十字架がこの忌まわしい能力を押さえてくれている。
しかしそれでも消し去る事は文字通り不可能だった。
その可能性を持っていたかも知れない人間…果たされる事のなかった志の果てに倒れた“あの男”も既にいない。

高貴な血統などと上等なものではない。神の祝福など受けられはしない。
何を考えているのだと冷え切った心に射した暗い影に…姫神は静謐な眼差しを向ける他なかった。

結標「少女趣味なのね?見た目通り」

姫神「そういう貴女も。眠る前にアロマキャンドルだなんて。見た目に似合わず乙女チック」

結標「い、良いじゃない別に!もう!消すわね!?」

フッと青白い炎が吹き消される。濃厚な甘い香りが漂う中…結標はピンクを基調としたベッドに身を投げた。
そして向かって右側を結標が寝そべり、空いた左側をポンポンと叩きながら姫神を誘う。

結標「ごめんなさいね。布団とか他になくって…狭いけど我慢してくれない?」

姫神「私こそ。至れり尽くせりでごめんなさい。借りは必ず返して行くから」

結標「まだ良いわよ。そんな初日から張り切られたからこっちの肩が凝るわ」

姫神「マッサージなら。任せて」

結標「もう良いわマッサージは…んっ…こっち空いたわよ」

姫神「お邪魔します」

ベッドの大きさは普通くらいだが、細身の女二人ならば手狭さ感じられない。
なんとなく背を向けて寝るのも素っ気ないなと結標は思い、互いに見つめ合うような体勢になってしまう。
赤い結標の髪と、黒い姫神の髪が僅かに重なる。

結標「赤と黒だなんて…スタンダールみたい」

そう結標が呟くと、姫神が乗って来た。

姫神「あれは聖職者の赤と。軍人の黒」

結標「あら…あんな救いのない話読むなんて貴女ずいぶんひねくれてるのね?」

姫神「貴女こそ。キャラに合ってない」

結標「言ってくれるじゃない。別に好きで読んだ訳じゃないわ。ただの暇潰しよ」

身の内に流れる赤い血によって黒より暗い闇を見つめてしまった姫神秋沙。

この学園都市の影より暗い闇の中を生き、少なからず赤い血を目にして来た結標淡希。

奇妙にねじれ、歪み、重なる相似形を描く二人が出会ってしまった事が如何なる意味を持つのか…それはまだ、誰も知らない。

姫神「おやすみなさい。今日はありがとう」

結標「おやすみなさい。明日もよろしく」

天より他に知る者もなく。

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最終更新:2011年03月27日 22:17
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