とある夏雲の座標殺し(ブルーブラッド) > 01


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結標「――貴女、名前は?」

姫神「――秋沙。姫神秋沙。貴女は?」

結標「――淡希、結標淡希」

姫神「淡い希(のぞみ)だなんて。幸が薄そう」

結標「秋(あい)の沙(すな)だなんて不毛な名前よりマシよ」

小夜時雨が降りしきる夜に、私が居候している部屋に駆け込んで来た一人の少女。

何でも、彼女もかつて月詠小萌を家主としたこの部屋に転がり込んで来たらしい。言わば居候の先輩である。

名乗り合った後は、お定まりの自己紹介。聞けば彼女は私より一つ年下で、特別留学扱いとして籍だけ置いている霧ヶ丘女学院に通っていたらしい事もわかった。つまり私の後輩に当たる。

姫神「雨が止んだら。寮に帰るから」

結標「好きにしたら?私だって居候なんだし、元々貴女の方が先輩なんでしょう?小萌だってそろそろ帰って来るでしょうし、ゆっくりしていったら?」

ゴシゴシと手渡したタオルで墨黒を流したような艶やかな髪を拭く。
その煉乳を溶かし込んだような肌と、この上なく整っていながら表情というものに乏しい横顔を私は卓袱台に頬杖をつきながら見やった。

結標「(変わった娘ね…この娘といい私といい、変わり者ばっかり拾って来るあんたも相当変わってるわよ、小萌)」

目を切って閉ざした瞼に浮かぶのは年齢不詳はおろか歩く年齢詐称とも言うべき家主の姿。
今日もあの小さな身体で生徒のために駆け回っているのだろうななどと思う。
学校には『窓のないビル』の『案内人』を務めてより通っていない。
もし小萌のような教師が担任だったならそれはそれで退屈しないだろうなとも。

結標「(…コーヒーくらい淹れてあげるべきかしらね。雨に当たっちゃったみたいだし)」

などと考えながら瞼を開く、するとそこには―――

姫神「………………」

結標「…何かしら?私の顔に何かついてる?」

卓袱台を挟んで何処へと視線を向けていた姫神が、身を乗り出してその微睡みの彼方を透かし見るような眼差しを向けて来た。
やっぱりお茶の一つも出さなかった事に腹を立てているのだろうかと訝ってみたが…

姫神「髪。赤い。地毛?」

結標「地毛よ。それがどうかした?」

姫神の目線は二つに結わえられた私の髪に注がれている。別段染めている訳でもさほど目立っているとも思えない。
普段仕事で顔を突き合わせている男など若くして総白髪であるし、昔『案内』したゲストに至っては髪が青かった。

姫神「まるで。血の色――」

一房、髪に触れられた。一瞬喧嘩を売られているのかと思った。
女にとって同じ女に髪を断りもなく触れられると言う事は、男同士で肩がぶつかるのと同じ意味を持つ。

姫神「私と。同じ――」

その一人言ちるような抑揚のない声音と、平坦な表情が何故か強く焼き付けられた。同時に、剣呑な毒気も抜かれた気がした。

結標「――やっぱり変わってるわ、貴女」

――これが私と、姫神秋沙の最初の出会いだった――



~数ヶ月後…第七学区・窓のないビル跡地~

結標「兵共が夢の跡…って言うのかしらね?こういうの」

海原「この国ではこういうのを“形ある物はいつか壊れる”って言うんじゃないですか?」

土御門「まるで墓石だな…おんやー?一方通行はどこ行ったんだにゃー?」

結標「あなた達…いつまでそのキャラ通すつもりなの?」

海原「この顔が気に入っているもので」

土御門「どっちかつかずで自分でも困ってるんだぜい」

第三次世界大戦の後…いくつかの抗争を経て最終戦争を迎えた学園都市。
私達『グループ』は瓦礫の山と化した『窓のないビル』の跡地にいた。
が、内一名は欠席である。このビルを破壊した『四人の男達』の中でも一際目立つホワイトヘアーの男…

『後はテメェらでなンとかしろ。俺はまだ後始末が残ってンだ』

学園都市最強の第一位はそう言い捨てて姿を消した。右手に杖、左手に少女の手をそれぞれ携えながら。

結標「どうすんのかしらね…これから」

海原「“命ある所に希望はある”という諺もありますよ。僕は一度国に帰りたいと思います」

土御門「俺も一度イギリスに渡る。その後は…まあ、また戻ってくる事もあるだろう。お前はどうするんだ?」

結標「どうする…って」

上層部に囚われていたかつての仲間達は既に少年院の特別房より自由の身となった。
同時に結標の負っていた肩の荷も降り、言わば軽い虚脱と大きな安堵の狭間に揺られていた。

結標「案内人は廃業、暗部も解散、私根無し草になっちゃったばっかりなのよ?まだ身の振り方なんて考えられない…」

土御門「そうか。まあ学園都市そのものがなくなった訳じゃない。頭と首がすげ代わっただけだ…長い人生時には休息も必要だにゃー」

そうカラカラと笑いながら、土御門は瓦礫の山に取り残され砕け散ったビーカーの残骸を見やりながら…一羽の折り鶴を手向けた。

土御門「お前もそう思うだろう?――――――・―――――よ」

かつてその中でホムンクルス(フラスコの中の小人)のように科学と、魔術と、世界の全てを見通していた『人間』への餞のように。

土御門「…さて…湿っぽい別れを惜しむのは俺達には似合わない」

そして土御門は海原と結標に向き直る。笑顔という名のポーカーフェイスを貼り付けた海原と、未だ戸惑いの抜けきらない結標へと。

土御門「“グループ”はこれで解散だ」



~第七学区・とあるファーストフード店~

結標「本当にこれからどうするのよ…」

解散後、結標淡希は一人ファーストフード店にて注目の出来上がりを待つ列に並んでいた。
最終戦争後のゴタゴタで散り散りとなった学生達も、学園都市再建計画の目処が立つと同時に疎らに戻って来た。
戻って来たというより…外の世界に彼等の受け皿となる教育機関や教育施設がない事が要因である。

結標「あ~~~んっ~~~もう!!!」

しかしそれ以上に結標淡希は苦悩していた。懊悩していた。
資金は奨学金と暗部で稼いだ蓄えが十二分にある。しかし寄る辺がない。
かつての仲間達が手にした自由を再び闇の底に落とす事も気が引けた。
学園都市の先端技術や遺産を外部に売り渡すビジネスも、強いバックボーン無しには盗人の横流し以上の対価は得られない。それに――

結標「…どうしようかしらね、これから。どこぞの第四位みたくハッピーリタイアかしら」

念願であった仲間達の解放、悲願であった目標の達成は結標を軽いバーンアウトへと陥らせていた。
しばらくの間壊滅した上層部の間では生き残った人間同士の魑魅魍魎の権力闘争があるだろう。
しかし今更そのいざこざに加わるにはもう目指すべき地点も野心もない。
一言で言えば…結標淡希という人間は際限なく繰り返される暗闘に疲れ果てていたのだ。

結標「…取り敢えずなんか食べよう…」

そして店員からトレイに乗せられたフレッシュネスバーガーのセットを受け取ると結標はくたびれた表情で席を探す。そこで―――

結標「―――貴女」

山のように堆く積み上げられたハンバーガーの包装紙、一人ドリンクバー状態のテーブルに…顔を突っ伏している少女が一人。

結標「…何やってるのよ。こんな所で」

?「―――食い倒れ」

天鵞絨のように艶めかしい黒髪がテーブルからはみ出し揺れている。
起こした顔は整っていながら平坦な表情で、上げた視線は寝起きの猫のようで。

結標「…相席、いい?」

?「構わない」

纏うはこの科学万能を謳う学園都市にあって稀有な巫女服。
その首筋から胸元にかけて微かに見え隠れする奇異な十字架。
神棚と仏壇が同じくする部屋以上の違和感を見る者に覚えさせながら、そのどこかミスマッチさが一つのアクセントとして機能していた。

結標「…細い見た目より入る質なのね」

?「やけ食い。貴女はそれで足りるの?」

結標「やけ食いしたくても入らないの。喉が通ってくれないのよ…ねえ?ええっと」

一度出会い、一回顔を合わせ、一辺言葉を交わしたに過ぎない人間。
縁と言う縁でもない。だが、いつか誰かかが言っていた。

『一度会えば偶然で、二度逢えば必然だ』と

結標「姫神――秋沙さん」

姫神「結標。淡希さん」

吸血殺し(ディープブラッド)と座標移動(ムーブポイント)が交差する時、物語は始まる――



~第七学区・ファーストフード店~

結標「女子寮を追い出された?」

姫神「追い出されたと言うより。焼け出された」

何とか減退した食欲を振り絞り、フレッシュネスバーガーを平らげた結標淡希はアイスティーを啜りながら姫神秋沙の言葉に形良い眉を顰めた。

姫神「この間の。戦争で」

結標「…そうだったのね」

学園都市全土を巻き込んだ有象無象の科学サイドと魔術サイドと第三勢力の激突。
内部抗争と言うより最終戦争とも言うべき規模で起きたそれは結果として統括理事長の消息不明、及び学園都市上層部の完全壊滅という結果にて幕を下ろした。

後に引けない魔術サイド、前に進むしかない科学サイド、その双方を打ち砕くべく相手取った第三勢力。
その先陣を切った『四人の男達』の内、金髪の男が出した避難勧告と避難誘導により奇跡的に無関係な学生達は誰一人命を落とす事はなかった。

しかし、戦闘の中心地とも言うべき第七学区は激戦地と化し、今こうしてハンバーガーにありつける事すら一人一人の死に物狂いの働きによって支えられている一つの奇跡なのだ。

姫神「もう。小萌の。小萌先生の世話にはなれない。私の他にも。焼け出されて行く所がないクラスメートが頼ってる。これ以上迷惑はかけられない。だから」

だからやけ食いしていたのだと言う。幸い他の学区は戦火がほとんどなかったため食料や物資の搬入や流通には滞りはないが、住宅事情や避難所はパンク寸前の有り様だ。

結標「…他の学区に移るなり、ほとぼりが冷めるまで実家に帰る手はないの?」

姫神「ない。私には帰る場所も。待っていてくれる人も。もういないから」

その声音は、悲痛を遥か彼方に通り越し、置き去りにし、終ぞ透徹な響きすら感じられた。
同情を買おうだとか、憐憫を抱かれようなどと言う地点を通り過ぎた感情の極北。

結標「(帰る場所…か)」

最終戦争が起きた際、結標は混乱に乗じて仲間を救い出すのに手一杯だったため戦闘の中心を知らない。
伝え聞くには金髪の男が全学生を率いて戦火より大移動して逃がし、赤髪の男が魔術サイドを、白髪の男こと一方通行が科学サイドをそれぞれ圧倒し、黒髪の男が全てを終わらせたと言う話を土御門から聞いたに過ぎない。

結標自身も第三次世界大戦後、小萌の家から独り立ちしていた。
故に彼女達の窮状を知らずにいたのである。救い出した仲間を学園都市の外に精一杯であり手一杯だったために。

結標「――もし、行く所がないんだったら」

柄でもない。らしくもない。我が事ながらありえないとも思う。しかし

結標「私の余ってる部屋、使う?」

一人助けるも二人救うももう関係ない。そう思えた。

姫神「待って。私と貴女は。会って話すのはこれで二度目。私はそんなつもりじゃ」

結標「…変な言い方だけど、貴女小萌に拾われたんでしょう?」

言うなれば置き去りにされた犬を、捨てられた猫を拾って帰るそれに似ていた。
善意と呼ぶには不確かな覚悟で、気紛れと言うには確かな思いで…

結標「小萌は変な娘は連れて帰って来るけど、悪い娘は拾ってこないだろうから」

私は悪い子だけどね、と付け加えた。小萌は手のかかる子ほどその熱情を燃え上がらせ注ぎ込む質だとも理解している。
短い付き合いの中でも、時にそれを疎ましく思えても、喧嘩して飛び出した事は結局一度もなかったから。

姫神「貴女も。変な娘」

結標「お互い様よ。私だけ変みたいに言わないで頂戴。で?どうするの?来るの?来ないの?私そろそろ帰って寝たいんだけども?」

今ならほんの僅か、ほんの微かに…小萌の気持ちが分かったように感じられた。

姫神「私は」

答えはもう、決まっていた。
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