絹旗「私が馬鹿っぽい……?」10


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 翼が麦野を直撃する―――その寸前。
ある一つの異変が起こった。

垣根「……は?」

 突然、原子崩しの性質が変質したのだ。
具体的には、曖昧な状態だったはずの電子がこの上なく強固に結びつき、限りなく固体に近い状態をとっていた。
当然レーザーとしての破壊力は普段よりも損なわれているが、その代わり単純な強度は段違いに増している。
結果として原子崩しは垣根の翼を受け止めることに成功した。

垣根(守りに徹すればこんなこともできるのか?)

麦野「……滝壺、余計なことを」

垣根(ん……、滝壺? そういうことか!)

麦野「私の能力に介入しやがったな!」

滝壺「今までむぎのの能力は何度も近くで見てきたから……。
    初めての試みだけど、きっとむぎののパーソナルリアリティなら上手く補強できると思う。
    私を信じて、むぎの」

麦野「……私が能力を使う邪魔にはならないんでしょうね」

滝壺「大丈夫」

麦野「分かった。でも体がきつかったらすぐに能力を遣うのを止めなさいよ」

滝壺「うん。心配してくれてありがとう」

麦野「勘違いするんじゃないわよ。ただ便利なツールであるアンタを無駄に消耗したくないだけ」

滝壺「それでもありがとう」

麦野「……勝手に言ってなさい」



――――――



絹旗「で、浜面。さっきも超聞きましたがどうしてこんなところに?」

浜面「垣根って男が俺のところに来てな」

心理(ああ、垣根が抜けてたのはそういう……)

浜面「そいつからお前が捕まってるって聞いて、そこから無我夢中で」

絹旗「……馬鹿です」

浜面「へ?」

絹旗「浜面の馬鹿っ! 超馬鹿っ!」

浜面「ええっ!? いや確かに俺は馬鹿かもしれねえけど!?
    いきなり罵倒されるいわれはないと思うんだが!?」

絹旗「レベル4の私がさらわれたんですよ!
    無我夢中にって、浜面あなた危険だとは思わなかったんですか!?」

浜面「あー、まあその、そういうこと考える余裕が無かったっつーか」

絹旗「馬鹿なんだから、もう」

 絹旗は大きくため息をつくと、表情を一転させて笑顔を浮かべた。

絹旗「でも、来てくれて嬉しいです」

浜面「そうか、なら病院を抜けてきたかいがあったよ」

心理(……ははーん)

心理「そっかそっか。あなたそこの男のことが」

浜面「へ?」

絹旗「わああああああ!!」

 浜面に対する絹旗の気持ちを読み取り、面白そうにする心理定規。
慌てた絹旗は、顔を真っ赤にし、気持ちをばらされるのを防ごうと心理定規に突っ込む。

心理「ちょ、きゃっ!?」

 自分は絹旗からはそうそう手荒な事をされない。
そう思い込んでいた心理定規はとっさのことに体が反応できなかった。
思い切り絹旗のタックルを受け、地面に転倒する。

心理「いったあ……」

絹旗「だだだ駄目ですからね! 超駄目ですからね!」

心理「わ、分かったわかった!」

絹旗「もっ、もし今度こんな真似をしたら……、垣根にあなたの気持ちをばらします!」

心理「!?」

絹旗「超交換条件です。お互い超秘密にしましょう」

心理「わ、分かった……、約束だからね?」

絹旗「ええ」

心理(……ん? あれ? そういえばまだ能力は解いてないはずなのに、
    どうしてこの子はこんなにも平然と私に対して強気に出てるの?)

絹旗「いやー、それにしても空気にのまれてうっかり忘れていましたよ。
    そういえば私って好きな相手にも結構手荒なことできるタイプの人間でした」

絹旗(浜面を超殴っちゃったこととかもありますし……)

心理「……え?」

心理(嘘っ!? 好感度操作が通じにくい性質の人だったの!?)

絹旗「さすがに傷つけることはためらわれますけど……。
    あなたを超拘束することぐらいなら余裕ですね」

心理「あ、あははー、そういうのはできれば勘弁してもらえるとうれしいかなー、なんて」

絹旗「……」

心理「駄目かな?」

絹旗「駄目です」

心理(や、やばっ! このままじゃ垣根の言いつけを守れない!)

心理(純粋な力じゃかなわないし……)

浜面(状況についていけないんだが……)

心理(そっ、そうだ! あの男、浜面とやらを利用すれば!)




 麦野・滝壺ペアと垣根の戦いは一応の均衡を見せていた。

垣根「オラァ!!」

麦野「ばたばたとうっとおしい羽根散らしてんじゃねえよ!」

垣根「ちっ。やーっぱ力尽くでいっても弾かれちまうか」

 もともと麦野は、理論上は第三位を大きく上回るほどのエネルギーを操作できると言われていた。
ただし全力を出すと制御が追いつかなくなるため、普段は力を抑えざるを得ない。
しかし今は事情が違う。

滝壺「はあ、はあ……」

 滝壺が麦野の能力の乱れを修正するので、麦野は安定していつも以上の力を使えるのだ。
しかも単純にエネルギー量が上がっただけではない。

垣根(くそっ、原子崩しを狙った通りに操作できねえ)

力の質そのものも変化している。

 垣根の未元物質は決して万能ではない。
確かに様々な物質、現象を自在に操るさまは、他人にそのような錯覚をおこさせるかもしれない。
だが実際には未元物質は、変質させたい物質の性質に応じてその都度構造を作り変えなければ、狙った効果を引き起こせないのだ。

 例えば、ある特定の構造をとれば、未元物質は太陽光を殺人光線に変えられる。
しかし考えてもみれば、普段から未元物質がそのような性質を持っていれば、
垣根は翼で自分の身を守るだけで、翼を通して降ってきた殺人光線に身を焼かれてしまうだろう。
そう、涼しい顔をしながらも、垣根が能力を使用する際には裏で膨大な量の演算がおこなわれているのだ。

 そして今垣根が相手にしているのは、麦野と滝壺両名の演算を組み合わせて作られた能力。
滝壺の干渉により不意に性質を変える原子崩しは、未元物質でも思い通りに変換しにくい。

垣根(っとに、攻めにくいったらねぇ!)

 そんな状況に、垣根は内心軽く苛立ちながらも、あまり焦りは感じていなかった。

滝壺「はっ、はあっ……はぁ……」

 既に滝壺が演算を続けられる限界が迫っていたからだ。
滝壺さえ倒れれば、麦野を倒すことは難しくない。

垣根(仕方ねえ、防戦を続けて時間を稼ぐか)

麦野(ジリ貧ね……)

 滝壺と垣根、このままではどちらが先に倒れるかは火を見るよりも明らか。
なにか打つ手はないかと、迫りくる翼を払いながらも考える。

滝壺「ねえ……、むぎの……」

 その時、荒い息を吐きながら、滝壺が小声で話しかけてきた。

麦野「何かしら、今ちょっと忙しいんだけど」

滝壺「全力で一発撃って」

麦野「は……?」

 予想だにしていなかった一言に、一瞬麦野の思考が停止する。
それでも半ば無意識に垣根の攻撃に対応し続けているのは、さすがはレベル5といったところか。

麦野「何言ってんだか。それはさっきからやってるわよ」

滝壺「ううん、むぎのはまだ力をおさえてる」

 図星だった。
確かに今麦野はいつも以上の力を出してはいるが、それでもまだ全力を発揮してはいなかった。
麦野には今の弱った滝壺が自分の全力を支えきれるとは思えなかったのだ。

麦野「……私の本気を補佐しきれるの? そんなボロボロで」

滝壺「うーん、どちらかというと戦いが長引く方が辛いかな」

 そう言って、滝壺は笑う。

滝壺「だからむぎの、全力を出して。大丈夫、私はそんなむぎのを応援するから」

麦野「はあーっ、分かったわよ。……ったく、どうなってもしらないからね」




絹旗「そろそろ話は終わりにしましょう。
    麦野達が超心配ですし、さっさとあなたを拘束させてもらいます」

心理(そうはいかせるもんですか。さっそく心の距離を調節してっと)

浜面(ん? なんだこの感じ?)

心理「ねえ浜面クン」

浜面「へっ!? な、なんすか!?」

心理(ふふ、動揺してる動揺してる。かーわいい)

心理「そこの狂暴な窒素ちゃんが怖いんだけど、よかったら彼女から私のこと守ってくれないかな?」

絹旗「誰が狂暴なんです誰が!」

浜面「おい絹旗、あんまり手荒な真似はするんじゃねえぞ」

絹旗「ちょ、浜面ぁ!? 何を超自然にそこの女に従っちゃってるんですか!」

浜面「あれ? よ、よく分からんが、なんかこう急に守ってやりたい的な気持ちが……」

絹旗(これは浜面にも能力を使われたと見て間違いないですね。
    だー、超めんどくせー)

絹旗(……というか、すると今の浜面はこの女のことが超好きな状態なんですか!?
    私もこの女LOVEな手前大きなことは言えませんが、でもやっぱりなんか超ムカツク!)

心理(ふふ。これでしばらく状況は安定しそうかな)

絹旗「浜面、歯を超食いしばってください。
    あと先に謝っておきます、すみません」

浜面「え?」

絹旗「目を覚ませ浜面ぁあああああっ! 超窒素パァアアアアンチ!」

浜面「がぁああああああああ!?」

絹旗「いっちょあがり!」

心理「はい……?」ポカーン

心理「ちょ、ちょっとちょっとちょっと!」

絹旗「はい?」

心理「能力で好感を操作した私に対してならまだしも、 彼のことは本心から想ってるんでしょう!?
    どうしてこんな手荒なことを躊躇せずにできるのよ!?
    私だったらとてもじゃないけどそんなことできない!」

絹旗「うーん、それはですね。言葉にすると超臭いんですが……。
    まあ浜面は気絶してるし言ってもいっか」

心理「……」

絹旗「これぐらいじゃ私と浜面の関係は壊れないって信頼してるからですよ。
    でなきゃ浜面を殴るなんてできません。正直、私だって嫌われるのは怖いですし」

心理「……」

心理(……羨ましいな、そんな距離感)

絹旗「さて、次はあなたの番ですね」

心理「くっ!」

 心理定規はドレスの内側からハンドガンを取り出した。
そして即座にその照準を絹旗に合わせようと試みる。
が、そこで彼女は、いつの間にか絹旗の姿が自分の視界の内から消えていることに気がついた。

心理(なっ!?)

絹旗「後ろです」

 そう言って絹旗は、心理定規の背中側から、抱きつくようにして両腕を抑え込んだ。
同じ暗部の人間と言えど、両者の接近戦の能力には大きすぎる差があった。

心理「ひっ!?」

絹旗「拳銃を床に落として下さい」

心理「い、いやっ……!」

絹旗「お願いですからこれ以上手荒な真似はさせないでください」

心理(怖い……、けど、ここで諦めたら、きっと垣根に失望される。
    それだけは絶対に嫌だ……)

心理「はっ、離してよ!」

絹旗「超無理です」

心理「お願いだからさぁ……」

絹旗「……」

心理「手、離してよぉ……」

 いつしか心理定規の声は涙混じりになっていた。

心理「垣根の言いつけを守らせてよ……。折角これまでずっとずっとミスをしないよう頑張ってきたのに……」

絹旗「命令を果たせないのが泣きそうになる程のことですか? 別に一度や二度の失敗ぐらい」

心理「だって彼が私に求めるのはいつだって実績だけだもの……。
    正直言って、このままどんなに頑張っても、きっと私は垣根と同僚以上の関係にはなれないと思う。
    でもここで失敗したら、そのきっとが絶対に変わっちゃうよ……」

絹旗(私の中の垣根はもっと情に厚い人間の筈なのですが……。
    やはり仲間の死や時間の流れは彼を変えてしまったのでしょうか)

心理「彼を傍から見守って、もしかしたらいつか振り向いてもらえるかもって甘い夢を見て……。
    お願いだから、私からそうする権利まで奪わないで……」

絹旗「あー、もう! そんなに泣かないでくださいよ!
    今の私にはあなたの涙は超堪えますので!」

心理「なら、言うこと聞いてよ……!」

絹旗「……、こんなこと柄じゃないので、本当はあまり言いたくないんですけどね」

心理「何よ……」

絹旗「ちょっとは垣根のことを信じてあげたらどうなんですか?」

心理「えっ?」

絹旗「あなたは初めから垣根のことを、こうこうこういう人間だと決めつけてしまってはいませんか?」

心理「そうかもしれないけど、垣根が徹底した成果主義なのは事実よ……。
    ずっと近くで見てきたからよく分かるもん」

絹旗「本当にそうでしょうか? 例えばそこの女狙撃手。
    あなたの言葉通り垣根が徹底した成果主義者なら、戦闘でしくじった彼女は見捨てられていた筈です」


心理「それはその、でも……」

絹旗「自分が好きな相手なんです。だったら少しぐらい信じてやればいいじゃないですか」

心理「……」



――――――



垣根「つーかよぉ、お前らばっかじゃねーの?
    んな俺に筒抜けの作戦会議して、万が一にでも上手くいくと思ってんのかね」

麦野「いいのよこれで」

垣根「ほう」

麦野「だって正面からアンタをぶち抜けば、それで全部済む話でしょう?」

垣根「この俺を正面からぶち抜くだと?」

麦野「あらあら。わざわざ聞き返すだなんて、悪いのは口だけじゃなく耳もだったのかしら」

垣根「……ハッ、面白ぇ! いいぜ、こいよ! テメェの全力を真正面からぶち砕いてやる!」

 翼を広げ、垣根は迎撃の姿勢をとった。
麦野は右腕を前に突き出し、手の先から破壊の波が溢れ出す光景をイメージし始める。

麦野(全力を出すのはこれが初めて、不安な気持ちは確かにある。
    でもそれだけじゃない。どこかで私はワクワクしてる)

麦野「私達がどこまでやれるか確かめてみましょう、滝壺理后!」

滝壺「うん、むぎの!」

 そして白い光が場にあふれかえった。

 原子崩しが垣根の周囲を埋め尽くす。
今までならば少し翼をかざせば、垣根の身の安全はそれで十分確保されていた。
しかし麦野が滝壺の補佐を得て全力を出した今、そうはいかない。

垣根(こりゃ予想以上だ……!)

 垣根は全身を翼で覆い、防御に徹することを余儀なくされていた。
しかも防御に全力を注いでいるというのに、徐々に徐々に翼をかたどった未元物質が削り取られていっている。

麦野「どう、未元物質? これが原子崩しの……。ううん。アイテムの力よ」




垣根「く、はははは、ははっ……」

 垣根は突如として笑い声をあげた。
その笑いに、麦野はどうしようもなく嫌な予感を覚える。

垣根「逆算、終わるぞ」




絹旗「では麦野達のところへ行きましょう」

心理「ええ」

絹旗(とはいえ気絶した浜面はどうしたものやら。
    戦いの場へ連れていくのは危険ですが、かといってここに置いていくのもそれはそれで危ないですし)

心理「そこの彼ならこのまま寝かせておいても大丈夫だと思うわよ」

絹旗「……。声に出していない私の疑問に答えるだなんて、
    あなたは人の好感度のみならず思考まで読むことまでできるのですか」

心理「ううん。具体的な考えを読むことまでは無理ね」

絹旗「それならどうして私の考えていることが?」

心理「あなたの表情と視線を見てればそれぐらいなんとなく分かるわよ」

絹旗(うへー。顔に出してたつもりはなかったのに超分かっちゃうものなんですね)

心理「話を戻すよ。この施設内にいる私達側の人間は私を含めて四人。
    内ここにいる二人や、麦野沈利と交戦中の垣根を除くと、残るのは一人だけ」

絹旗「それがさっき話していたヘッドギアの男と」

心理「うん。ここにやってくる可能性があるのは彼だけなのだけど……」

 心理定規はそこで一度言葉を切り、レベル5達が戦っているであろう方向を指さした。
そして大っぴらに溜め息をついてみせる。

心理「あーんな派手な騒ぎが起こってたら、ね。彼がどちらに向かうかは明白じゃないかな」



――――――




麦野「逆算、ねえ。随分なホラふいてくれるじゃない。
    あんたの翼はさっきの私達の攻撃で大きく削り取られたようだけど?」

 そんな挑発的な物言いで麦野は垣根に対し強がってみせる。
しかし彼女は内心大きく狼狽していた。
確かに垣根の翼は原子崩しにより大きく傷ついた。
だが、正真正銘自分に出せる最高火力で垣根を仕留めきれなかったということの意味を軽視できるほど、麦野は楽観的ではない。

垣根「諦めきれないってのは不幸なことだよなあ?
    実を結ばない努力を続けなければならない状況ってのは想像以上に堪えるもんだ」

 垣根が翼をはためかせ始める。

滝壺「むぎの、注意して」

麦野「分かってる」

垣根「お優しい俺はソッコーで終わらせてやるよ。テメェの無駄な足掻きをな」

 直後、体を翼で覆い、麦野の方へと跳ぶ。
思考を放棄した純粋な力押しの一手。

麦野「っ……」

 麦野は滝壺の力を借りて全力で原子崩しを放ち、それを迎撃する。
一方垣根は、相手の抵抗を物ともせずただ愚直に突き進む。
そうして白い弾丸と化した垣根が麦野に衝突した。

麦野「が、はっ……」

 ……。
………。
原子崩しが止んだ。

 麦野「……」

 麦野はぐったりとしたまま床に倒れていた。
咄嗟に原子崩しを利用して防御をはかったのだろう、体はその原形をとどめているが、大きくダメージを負っていることは明らかだ。

垣根「脈は……、まだあるな。しぶとい奴だ」

滝壺「むぎ……の……」

 滝壺は膝からがっくりと崩れ落ちた。
麦野の手前無理をしていたが、体晶を使用した反動はもはや取り返しのつかない段階へ至ろうとしていた。

垣根「これで分かったろう滝壺理后。アイテムは俺には勝てない。
    この場で麦野を殺されてハイ終わり。呆気ねぇ話だ」

滝壺「させない!」

垣根「だーから抵抗は止めとけ。それ以上能力を使えばお前は崩壊する。
    んな展開、俺は望んじゃいねえ」

滝壺「よく、言うよ……!」

垣根「そうだな、どの口がほざいてんだかとは俺も思う」

滝壺「……」

垣根「ま、犬に噛まれたとでも思って諦めるんだな」

滝壺(これがおとぎ話か何かなら……、誰かがかっこよく助けに来てくれるのかな。
    ううん、どっちにしろ駄目だね。私は助けられるヒロインになれるほど真っ白じゃない)

滝壺(それでも思っちゃうんだ。こんな時、私だけのヒーローがいてくれたらなって。
    フレンダ……、はまづら……、きぬ、はた……)




絹旗「滝壺さんっ!! 麦野っ!!」

滝壺「えっ……?」

絹旗「大丈夫ですか!?」

滝壺「よかった……無事だったんだ……」

 滝壺は絹旗の方を見て微笑むと、安心して緊張の糸が途切れたか、そのまま静かに気を失った。




垣根(何故絹旗がここに? 四肢を拘束する未元物質は物理的衝撃への耐性に特化させておいた筈だが……。
    滝壺の干渉を受けた際、俺の能力の揺らぎに連動して未元物質が変質でもしたのか?)

垣根(まあいい、逃げられた理由の追求は後だ。肝心なのはこの場をどう納めるか。
    チッ。心理定規の力では絹旗を止めきれなかったか……)

心理「か、垣根……。ごめん!」

垣根「気にすんな。それより絹旗、この状況を見てどう思う?」

絹旗「……麦野は、生きているんでしょうね」

垣根「今はな。だがすぐに止めを刺すさ」

絹旗「そんなことはさせません!」

垣根「この期に及んでどうしてお前が麦野を庇う必要があるんだ?」

絹旗「……えっ?」

垣根「麦野の存在価値は何だ。人徳か? カリスマ性か?
    違うよなあ。コイツの価値は原子崩し、その一点に尽きる」

絹旗「……」

垣根「コイツはいかにも暗部らしい人間だ。
    敵をいたぶって殺すことを楽しみ、使えない仲間はゴミのように扱える」

垣根「なあ、分かるだろ? そんな人間が、実は俺に惨敗するほどちっぽけな力しか持っていなかったんだぞ。
    もはやコイツに身を挺して守る程の価値なんて残ってないんじゃねえか? ああ?」

絹旗「……」

垣根「結局は暗部なんつーのは利害関係の積み重ねで成り立っているに過ぎねえ」

心理「あ、あの垣根、私は違……」

垣根「さあ、ここで絹旗さんに問題でーす」

心理「……」

垣根「崩れかかった泥船のアイテムにこだわって自分もその崩壊に巻き込まれるか。
    はたまた第二位の提案を受け、暗部から足を洗って平穏無事な暮らしを得るか」

 指を二本立て、絹旗に対し二つの選択肢を掲げる。

垣根「どちらを選ぶのが賢いかは明白だよな?」

 垣根は確信していた。
目の前の少女は比較的理論的な考えをする人間。
明らかに自分につくのが得な以上、事ここに至ってはアイテムに固執することはないだろうと。

絹旗「ふざけないでください」

 しかし絹旗は垣根の提案を蹴った。
その目に迷いはない。
彼女は確固たる意志を持って自分に不利な選択肢を選びとったのだ。

垣根「正気か?」

絹旗「当然です」

 垣根が纏う空気が徐々に暗いものへと変化する。
一人蚊帳の外にいる心理定規は、まるで場の空気が冷えていくかのような錯覚を覚えた。

垣根「俺達と実験を受けていた女が死んだあの日、俺がお前に言った言葉を覚えているか」

絹旗「私があなたの前に立ちはだかるのなら容赦はしない、でしたか」

垣根「ああ。ぶっちゃけ俺もできることならテメェを殺したくはねえ。
    だがこれ以上俺の提案を拒み続けるようなら、ちっとばかし考えを改める必要がでてくる」

絹旗「そうですか」

垣根「滝壺理后」

 前触れなく出されたその名前に、絹旗は怪訝そうな顔を浮かべた。

絹旗「滝壺さんがどうしましたか」

垣根「アイツさ、もう限界なんだわ。体晶の害が体をむしばみ過ぎてる」

絹旗「……で?」

垣根「つまりはわざわざ殺す価値もねえってこと。
    だからお前が俺に協力するってんなら、ついでにアイツを助けてやってもいい」

絹旗(滝壺さんが助かる? それは……)

 確実に被害が少なく済む道を選ぶのも選択肢の内か。
そう一瞬思考し、しかしそんな考えをすぐさま頭の外に追いやる。

絹旗(命を冷静に数字で考えられるようになっては、マッドな研究者どもと超同類になってしまいます。
    いや、そんな理由は超建て前か。
    私は今、ただ純粋にアイテム全体を守りたいと考えてしまっている)

絹旗(いつの間にか私はとことん甘くなってしまったようですね。
    誰一人失いたくないだなんて無謀なことを超本気で思ってしまうとは)

絹旗「垣根、あなたに一つ言いたいことがあります」

垣根「言ってみな」

絹旗「あまり人を侮らないでください」

垣根「それは俺に対する宣戦布告と取って間違いないか?」

絹旗「どうぞお好きに」

垣根「そうか。残念だよ絹旗」

垣根(使える残りの手札はさっきおびき寄せておいた浜面ぐらいか。
    浜面を使っても説得が無理だったとしたら、その時は俺もいよいよ覚悟を決めねえとな)

垣根(何にせよ絹旗にはもう一度意識を失ってもらうとしよう)

絹旗(ここまできたらやるしかありません。見たところ垣根は超消耗している様子。
    なるべく長く粘り、隙を見せた瞬間一気にたたみかけましょう)

心理(出る幕無いなあ……)

絹旗(ひとまず遠距離から牽制をしましょう)

 手始めに床でも砕いて投擲武器でも作り出そう。
絹旗がそう考え、それを実行に移そうとした瞬間、

絹旗「なっ!?」

 急に足元がぐらつき、天地がひっくり返った。

垣根「そろそろおねむの時間ですってか?」

 何ということは無い。
垣根はただ一枚の羽根を絹旗の足もとへ飛ばし、バランスを崩させただけだ。
しかしそんな簡単なことで絹旗の行動は封じられてしまった。

絹旗(くっ……、遠距離戦にしろ戦力差は超歴然。
    長期戦を狙うにしても、少しでもこちらの力を活かせる接近戦に持ち込む方がまだマシですね)

 そう方針を変更し、立ちあがろうとする。
だが、垣根の前にはそれすらかなわない。

絹旗「うあっ!?」

 姿勢を整えようとしている最中、またもや羽を飛ばされ、絹旗は再びすっ転ばされた。

絹旗「く……」

垣根「軽くあしらわれる気持ちはどうだ?」

絹旗「超ムカつきますね……」

垣根「これが俺とお前の実力差だ」

絹旗「みたいですね」

 そういいながらも立ち上がろうとし、

絹旗「つっ……」

 三度地面を舐めさせられる。

垣根「もう止めとけよ。大人しくそこで寝ていても誰もお前を責めたりしねーからさ」

絹旗「私がそんな要求を大人しく呑むとでも?」

垣根「意地張るなっつーの。諦めないことは時に美徳だが、今のお前は馬鹿っぽいだけだぞ」

絹旗「私が馬鹿っぽい……?」

垣根「ああそうだ」

絹旗「それは違います」

 ぴしゃりと言い放つ。
いつの間にか絹旗の口元には不敵な笑みが浮かんでいた。

垣根「何がおかしい」

絹旗「いえね。馬鹿っぽいなどと、あなたが私のことを買い被った発言をしたのがおかしくて。
    私は馬鹿っぽいんじゃありません、正真正銘の馬鹿なんです」

垣根「……」

絹旗「ええそうです。本来利用し合う筈の人たちに愛着を持ってしまったどうしようもない大馬鹿。
    それが私、絹旗最愛なんです! だから私はっ!!!」

 表情を引き締め、立ちあがる。
すぐさま両腕を上にあげ、頭の中に浮かんできたある言葉を口にする。

絹旗「圧縮、圧縮、窒素を圧縮っ!!!!」

 窒素が絹旗の頭上へと集まっていく。
部屋の中のみならず、部屋の外からも大量の窒素が吹き込んでくる。

垣根「馬鹿な! お前の能力ではこれほどの窒素を制御することは……」

絹旗「理屈じゃないんですよ!! 守りたいって気持ちは!!!」

 今まで断片的にしか取り入れられなかった一方通行の演算方式が、
まるでパズルのピースを組み立てるかのように組み合わさっていく。
この瞬間絹旗は、能力者として一つの壁を越えた。

絹旗「うあああああああっ!!!」

 叫び声とともに、頭上に凝縮した窒素を垣根めがけて放つ。
窒素は垣根の元へと到達するまでの間もどんどん、どんどん圧縮され続ける。
そうして圧縮に圧縮を重ねた窒素は、

垣根「っ!? おおおおおおおおっ!!」

心理「垣根っ!!」

 大きな爆発を引き起こした。
その間も絹旗は全力で演算を続ける。

絹旗(垣根の周囲に窒素の防壁を生成! 爆発の衝撃をすべて閉じ籠め、周りへの被害を失くす!)

 爆炎はそれから数十秒もの間、窒素の壁の中で荒れ狂った。




 長く激しい爆発がおさまった。
絹旗が爆風を逃がさないためにと形成していた窒素の防壁を解除すると、何かが焦げたような臭いがぷんと辺りに広がった。
爆発の中心部には、黒く焦げた羽がドーム状に織り重ねられ、垣根の全身を隠している。

心理「え、あっ、え?」

 何か信じられないものでも見たかのような顔で、心理定規が焦った声を出した。

心理「生きて……るわよね? あなたがこんなことで死ぬはずないわよね?」

 一歩、二歩、焦げた羽の山へと近づくも、すぐに足が止まる。
ドレスの中にある彼女の足はがくがくと震えていた。

心理「いやっ! やだ! やだやだやだあっ……」

 心理定規は涙交じりに悲鳴をあげながらその場にへたり込んだ。

心理「私の……私のせいだ……。私がきちんと絹旗を押さえられてさえいれば……」




「うぬぼれてんじゃねーよ。全ては俺の行動が導いた結果だ」

心理「垣根!?」

絹旗(くっ!)

垣根「俺があの程度の攻撃で死ぬかよ」

 黒い燃えカスの中から聞こえてきた声には、未だ生気が漲っていた。

垣根「あー窮屈だった。クソ暑かった。
    ……そんでもって超ムカついた」

 直後、羽の燃えカスがぶわっと周囲に散らばった。
空間が一瞬にして黒い粉末に覆われ、絹旗の視界が黒一色に染まる。
燃えカスを能力でガードできない心理定規などは、目を空けること呼吸をすることすらままならない。

心理「け、けほっけほっ! けほっ!」

絹旗(風をおこして視界を確保、……できない!? 粉末化した未元物質が大規模に窒素を操ることを阻害している!?)

心理「けほっ! けふっ!」

絹旗(落ち着け、落ち着け……。目くらましだなんて超回りくどい手段に出たということは、恐らく垣根にも大きな余力はないはず。
    こちらに攻撃してきた瞬間、逆に相手に一撃を超叩きこめれば、勝機はあります!)

 絹旗は少しでも相手の動きを読もうと、耳をこらした。
すると、カツカツと足音が一つ、ゆったりとしたペースで絹旗の方へに近づいてきているのに気がつく。

絹旗(どうやら垣根は足音に気を払う余裕すら無いようですね)

心理「か、垣根、本当に無理……。息、苦しっ……」

絹旗(彼女は……。いえ、意識があるうちは大丈夫でしょう。今のところ粉が舞ってから体感四十秒ほどですし。
    麦野や滝壺さんも問題はないはず。とにかく今は垣根を倒すことに注力しましょう)

 足音は一定のペースを崩さない。
一種の余裕すら感じさせる動きに、絹旗は妙な不安感を煽られる。

絹旗(何か策でも……? いえ、余計なことは考えないようにしましょう。
    今はただ足音に超集中しなくては)

 確実に距離を縮めてくる足音。
どくんどくんと心臓が早鐘のように鳴りだす。
そして緊張がピークに達した瞬間。

絹旗「えっ?」

 何か妙な感覚が絹旗を襲った。
“能力を使ってはならない”と、理屈抜きにそう感じてしまう。
ほんの僅かに生じる能力の揺らぎ。
その一瞬の隙に、何かが絹旗の鳩尾にめり込んだ。

絹旗「ぐっ……」

 全身に衝撃が駆け抜け、身体が崩れ落ちる。

絹旗(しくじっ…た……)

 あえなく絹旗は気を失った。

心理「やったわね垣根! うまくいったわ!」

垣根「ああ。上出来だ」

 羽の燃えカスを散らした直後、まず初めに垣根がしたことは心理定規への接触だった。
自分の近くへ寄っていた心理定規に燃えカスを防ぐフィルターを手渡すと、こう指示を出した。

垣根「今から俺が五十歩進んだら絹旗に心理定規を使用。不意を突けば必ず隙はできる。
    そのタイミングで俺は攻撃を仕掛ける。ああそれと、咳き込んでいるふりは続けておけ」

 そうして絹旗は垣根の目論見通り倒されたのだ。

心理「ところで身体の方は大丈夫なのかしら」

垣根「肉体的にはな。ただ能力の方はちと限界だ。羽一枚満足に出せねえ。
    ったく、あの場じゃ仕方なかったとはいえ、爆発を防ぐのに無茶な能力の使い方をしすぎたな……」

心理「そっか。とはいえ怪我はないようでよかったわ」

 防ぐ攻撃の種類に合わせて性質を変化させ、最小限の労力で攻撃を防ぐのが未元物質の普段の使い方。
しかし先ほどの爆発に対しては性質変化が追いつかず、結果、物量で強引に防御し通してしまうはめになったのだ。

垣根(厄介なことになったな……。今この部屋にいるアイテムは三人。
    フレンダ、あいつがまだフリーで動き回っている可能性がある)

心理「険しい顔をしてどうしたの?」

垣根「フレンダとヘッドギアの現状が掴めていないことが気がかりでな」

心理「ヘッドギアなら携帯で連絡すればいいじゃない」

垣根「どうも通じね―んだよ。大方戦いで破損したんだろう」

心理「そっか……。まあ何とかなるでしょ!
    フレンダはしょせん無能力者よ」

垣根「だといいがな」

垣根(今の俺は実質無能力者と大差ない。頼りの綱が精神操作系の心理定規のみというのが心許ないな)
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