佐天「…アイテム?」4


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あらすじ
佐天はマネーカードを拾って一枚を給与振り込み様のカードに。
麦野と浜面はいびつな関係です。

フレンダの本名はフレンダ=ゴージャスパレスと言うことが判明しました。





――佐天の学生寮、二十一時頃

「ただいまーって誰もいないかー…」


佐天は疲れた身体を引きずる様にして帰宅した。
彼女は指令にあったマネーカードを午後に送信された配置予想図に従って回収していた。
その後、気付けば日が暮れはじめており、作業を中断し、暗部に堕ちた当日に貰ったお金で軽く買い物を済ませた。


(はぁーあ…適当にマネーカード拾ったけど、これ拾う事で何の意味があるんだろう?)


佐天は拾ったマネーカードをトランプのババ抜きのように広げてみる。
見た目は何も変わらないフツーのマネーカードだ。
何か細工が施してあるとも思えない。


(このカードなんだろ…ってかそうだ、これのカードの中から一枚番号選ばないと!)


佐天はL銀行のカードを適当に一枚チョイスすると番号を仕事用の携帯電話に打ち込み、送信する。


(これで、このカードに今度から私のお金が入るって事なのかな?)


佐天がメールを送信すると、直ぐに返事が返ってきた。



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From:学園都市治安維持機関

Sub:お疲れさま

マネーカードにはお金がおおかれ少なかれ入っているようです。
佐天君はその中に入っているお金を自由に使っていい。


なお、カードをばら撒いている犯人は現在調査中である。

恐らく犯人は絶対能力進化計画に反対する組織の構成員だろう。
佐天君はこの計画を知らないだろう。

ここでまだこの業務を始めてから二日の君にこの計画の全容を説明するわけにはいかないが、近日中に詳細を説明する。
なお、本日君が打ち込んだカード番号のカードにはお金を振り込んでおいたので確認しておいて貰いたい。
以上

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(ふむふむ…そのなんたらとか言う計画はよく解らないけど…ま、いっか、その内知れる日が来るかー)

佐天がメールを送って数秒できた返事を読む。
その内容を彼女はじっくりと目で追っていく。


(…今日は仕事はこれでおしまいかな?)


仕事ついでと、思い佐天は立川駅の構内近くのBEAMSで買ってきたかわいらしいピン止めを机の上に広げる。


(ふふふ!初任給で買った最初の品、髪留めのピン!ちょっとしょぼいけど、中学生に取っちゃ身分相応だよね?)



佐天はふふと笑いながら楽しそうにBEAMSの袋をパリパリと開けて髪留めを頭につける。


(ふふ…BEAMSのヘアピン全部買っちゃった☆大人買いってやつ?)


KEYヘアピン、アクリルリボンポニー、スカシバレッタ、レインボウバレッタ等のヘアピンをざっとつけてみる。
そして机の前に小さい鏡を持ちだして、ピンをつけて、鏡を覗き込む。



彼女はにこりと笑ってみる。
自分のお金で買ったはじめてのもの。
喜びもひとしおと言ったところか。


(これは大事にしよう…!何かアイテムに電話して、マネーカード拾っただけだけど、何か達成感があるわね…!)


まだ社会に出た事のない中学生ながら佐天は仕事の達成感と言うものを味わっていた。
自分のお金で買ったものをざっと見てみる。
それらがさらに、自分が何かをしたんだ、という気持ちにさせてくれる。妙な高揚感だ。



(ふふっ、今度このピン、初春に自慢したいなー、かわいいだろー!って☆)



ピンの一つを頭につけて、鏡の前で暫くポーズを取っていろんな表情をしてみる。
すると携帯の鳴動している音が聞こえてくる。


ういーん…ういーん…



鳴動しているのは仕事用の携帯電話だ。


(…なによ?今日はもう終わったんじゃないの?)


そんなことを考えながらも佐天はいやいやながら携帯電話のメールフォルダをチェックする。



(はいはい、バイブ止まっていいよー、今から携帯見るからー)

タッチパネル操作でメールを開いていく。

ぽちぽち…



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From:人材派遣

Sub:助言

こんばんわ。初仕事終わったかな?取りあえず暇な時に読んでください。


いきなりで申し訳ないんだけど、『アイテム』のメンバーにはタメ口でいいと思うよ。
なんか佐天さんの律儀な性格だと敬語使っちゃいそうだなって思って笑


ってかもうとっくに定時連絡しちゃったよね?
なら、次から敬語はやめて、タメ口でいきな!正体特定されても面白くないからねー
(ってかもうタメ口かな?笑)


俺なんか気が弱くて最初の方はずっとタメ口だったし。
その内あいつらの口車に乗せられて正体特定されちゃったしね笑 
ま、めんどくさくて自分で口わちゃったんだけど。


ちなみにこのメールに返信はいらないよ。

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(へぇー…了解。そうよね、私の年齢とか当てられたら嫌だしなぁ…)


(じゃー、ため口でいっかなぁー、会ったことないんだし…出来るはず…!)

次からタメ口で行くか…、とおもむろに考えながら仕事用の携帯電話のメールを佐天は閉じる。



「ため口ねー…出来るかなー…」


一人ごちりつつ携帯電話を見て、佐天はごろりとベッドに横になる。


(年上の人にタメ口ってちょっと抵抗あるなぁー…麦野さん、声聞く限りだと恐そうだったし…)


(でも――)


佐天は思った。
無能力者の自分が敬語を使わないでレベル5や、高位の能力者たちに対して全く物怖じしないで話が出来るこの環境。


(無能力者の私が――ハイテンションでべらべら話す…『こいつらときたらー!』とか言ってみたり…あはは…難しいかな?)


そんなことを考えながら佐天はポフン、とベッドに横になる。


(ふあー…寝むい…)


久しぶりに一人で歩いた。
炎天下の中での散歩は案外疲れた様だった。マネーカード拾いと立川のショッピングは想像以上に彼女の体力を奪っていたようで、
気付けば彼女はその疲れからか着の身着のままで寝てしまった。



――翌日 佐天の学生寮

気付けば彼女は寝ていた。
マネーカードで炎天下歩き回ったことが体に応えていたのだろう。


「あれ?…あ、そっか…私寝ちゃったのか…」


彼女は私服でベッドに倒れ込んだまま寝てしまった。
時刻は朝の六時半。早く寝た代わりにかなり早い時間に起きれた。


(携帯見てみるかなー…)



仕事用の携帯電話の電源はいれたまま。
そのままメールフォルダを開き、新着メールのチェックをしていく。

(お、一件来てた…!なんだろ?)



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From:学園都市治安維持機関

Sub:定時連絡に関して

二日に一回で良い。
なので今日はなし。

定時連絡はないのだが、君にはアイテムに指令を出してもらいたい。
作戦予定日は明日だ。

佐天君がこの動画を見たら、この動画をアイテムの専用ワゴン車に送ってもらいたい。
ワゴン車据え付けのPCアドレスを下に添付しておく。

なお、終了した際にアイテムの構成員達から正否の報告を聞く事。
作戦が終了した場合、アイテムから報告を受けて上申する様に。
上申先はこのアドレスで構わない。




指令.mpeg

車載ワゴンの連絡先:----------------@***.jp.

以上

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いろいろな内容が記載されおり、佐天は何が何だか分からなくなる。
取り敢えず重要なのは麦野達に今作戦を知らせることだ、と考える。


(指令内容ってなんだろう…?)


その言葉を疑問に思いながら、佐天はメールに添付されている動画ファイルの拡張子をタッチする。
すると高画質の動画が再生される。
それはいつか佐天の弟がやっていたゲームの画面に似ていた。


(弟がやってたエースコンバットの作戦解説画面…?見たいなのに似てるなー…)


彼女はそんなことを考えながらぼんやりとCGで丁寧に作られた映像を見つめる。


映像が開始されると、液晶画面に学園都市のロゴが表示される。
その直後に音声が流れてくる。


(なんか妙に凝ってるなぁ…)


佐天が感心しつつ画面を眺めていると指令内容は淡々と流れ始める。



『さて、今回の任務だが…


学園都市と比較的良好関係にあるイギリスの軍需会社スーパーマリン社をご存じだろうか?
そこから学園都市にある河崎重工に出向している社員が学園都市のエンジン技術をを第三国に売りさばこうとしている、という情報を得た。


どうやらこのスーパーマリン社の社員は英国人に扮したロシア人の産業スパイらしい。


このスパイが明日、学園都市の鉄身航空技術研究所付属実験空港に併設されている調布国際空港から出発する。
その人物は調布国際空港発モスクワ行きの飛行機に乗り込むらしい。


飛行機に乗り込む前にアイテムの構成員で当該人物を処分してもらいたい』



その後、動画は産業スパイの乗るであろう当該飛行機の発着時間、空港に繋がっている道路の地図、産業スパイの身元、家族構成etcの重要情報も添付されていた。
最後に『健闘を祈る、以上』と無感情なトーンで言葉が添えられて動画は終了した。


(ふーん…ダグラス・ベーター、イギリス出身のロシア人、青年時代にロシア当局からスカウトを受け、思想改造…ふむふむ…)


(コードネームはソユーズ…へぇ…)


佐天は携帯電話の作戦説明画面に表示されている産業スパイの顔写真やプロフィールを見る。



(人種…白人…年齢…三十代…ふーん、ずいぶんほりが深い人ね、ちょっとはげかかってる…ってどうでもいいか…)


(本籍は英国のシュロップシャー…家族構成は、妻と子供…ふんふん…ってあれ?何か…?)



不意に佐天は何か思い出し、動画をもう一度見る。
先ほどの説明が繰り返し再生される。


そして佐天は肩をぶるりと震わせる。


それは無感情な言葉の羅列の中にひときわ冷酷な響きを感じたからだった。


『当該人物を処分してもらいたい』


その言葉に佐天は動揺を隠せないでいた。


(しょ、処分って…まさか、殺すって事…?)


(いや、まさかね…?技術流出しただけだし…法に則って処罰を下せって事よね?)


佐天はこの時アイテムの残忍さを理解していなかった。
彼女は脳裏に出てきた“殺害”という選択肢を排除する。あくまで順法で引き渡すのだ、と自分に言い聞かせる。


そしてそれらの思念を取り敢えず頭の隅に置く。そして深呼吸。


(と、取りあえず、これをアイテムに送らなきゃ…!)


部屋に据え付けの時計をちらりと見る。
時刻はまだ七時。麦野はまだ寝てるだろう。


(仕事の内容は明日だし、今日の朝八時位でいいかな?)


佐天は送られてきたファイルを添付されていたアイテムのワゴン車に搭載されているというパソコンのアド宛にメールを作成してそこに動画ファイルを張り付ける。


(取りあえず、動画は先に送っとこう…!)


学園都市治安維持機関なる組織から送られてきたメールを佐天はワゴン車に送る。


八時までまだ一時間ほどある。佐天はその間に昨日入りそびれたのでシャワーを浴びる。


冷房をつけて、テレビはつけたまま。
夏の日差しが差し込む部屋。

いつも適当に流している音楽。


カーテンと窓はあけっぱなし。
静かな夏。



――甲州街道 佐天が連絡を受けた時間帯とほぼ同時刻。

車のスピーカーからは浜面のお気に入りのラッパー、Rhymesterとラッパガリヤの『Respect』が流れている。
アフリカンビートにのりにのったこのトラックは夏にぴったりだ


さて、浜面仕上はここ最近の日課になっている麦野の家に弁当を届ける業務に奔走していた。
奔走と言っても自分が汗を流して走る訳ではない。


アイテムの商用車とでも言おうか、シボレー・アストロ。
4300CCの排気量で八人乗りの巨大キャンピングカーを運転し、麦野のアジトとは名ばかりの高級住宅街の一角にあるマンションに向かう。



(ったく…何で俺が早起きして麦野の家に行かなきゃいけないんだよ…)


昨日はシャケ弁を買えなかったが、今日は買えた。


(今日もキス出来んのかなぁ…)


そんな破廉恥な事を浜面はおぼろげに考える。
浜面がスキルアウトというチンピラ武装集団を抜けてから、暗部に墜ちて、数週間か、数ヶ月か。
彼はこのシャケ弁当の買い付け係を拝命してからの事を思い返す。


(いや、まぁ最初に暴走したのは俺なんだけどなー)


浜面は初めてキスした事を思い出す。




『おーい、麦野ー、弁当買ってきたぞー』


何回かアイテムのメンバーの送迎や後片付けをこなし、ある程度仕事に慣れてきた頃だった。
浜面は初めて麦野の家に弁当を届けに行った。


麦野はバスローブでそんな浜面出迎えた。


『悪いわねー、浜面だっけ?名前』


『あぁ、よろしく、麦野』


『ホラ、シャケ弁当買ってきたぞ?』


『ありがと、ねぇ、浜面?』


『な、なんだよ?』


『こっち来ればいいじゃない』


机にシャケ弁当を置いてさっさと浜面はトンズラしたかった。
何故なら、麦野の部屋全体に漂う女の香りに耐えきれなかったからだ。


気づけば浜面は無能力者でパシリであるという領分を越えて麦野に抱きついていた。


『は?ちょっと?こっち来ればいいとは言ったけど、あんた自分が何してるか分かってるの?』


『…俺のせいだ、完全に、俺が頭やられちまった』


『そう…』


ちゅ…


触れる唇。
直後、浜面は麦野をちらと見る。彼女の表情は無表情だった。
まゆひとつピクリとも動かさなかった。


ただいきなり抱きつかれて動揺したのだろうか、心臓の鼓動は妙に早かった事だけ覚えている。


麦野は能力を行使すれば浜面を即殺出来た。
しかし、彼女はしなかった。それは彼女が浜面を気にいってたのかもしれないし、馬鹿な浜面なんてどうでもいいとか思ってたのかも知れない。
ともあれ、あの梅雨が明けて夏が始まりかけている日の晴れた日の朝、浜面は麦野に抱きつきキスした。ただそれだけの話。



(ってなーに思い出してるんだか…そろそろか)


交差点を曲がり、シボレー・アストロは麦野の住んでいるマンションの地下駐車場に入っていく。
マンションの警備員(けいびいん)が眠たそうに敬礼する。



――麦野の住んでいる高級マンション

(浜面来ないかなー…お腹減ったー…)


麦野は朝七時半頃に起床した。


唐突だが、麦野は浜面に惚れている。否、惚れさせられている、と言った方が良いかもしれない。


(浜面…初めてあった時に完全に惚れちゃったのよねー…あーゆーバカみたいな鉄砲玉みたいなタイプ…)


スキルアウトから暗部に墜ちた男、浜面。


麦野はその男の風貌に一目惚れした。初対面ながら性格も良さそうだった。
彼は自他共に負け犬であることを認めている。その事も彼女の浜面に対してのポイントを挙げる事に役立ったようだ。


口ではスキルアウトをまとめていたボスだとか抜かしておきながら実際は命令を唯々諾々と聞く犬みたいな男。


そんな男に半ばパシリの様に「シャケ弁当買ってこい」と命令したのはいつだっただろうか。
彼女自身、あんまり覚えていない。



正直、弁当買わせるのなんて絹旗や滝壺、フレンダでも良かった、自分で買いにいっても良いとも思う。
それでも浜面に買いに行かせたのは朝、浜面に会えるという期待からか。


麦野はそんな事をぼんやりと考えているといつしか仕事が終わって一人帰ってくると決まってオナニーをした。


無能力者の浜面に犯される事を考えて何度も何度も。大好きな浜面の事を考えて。


(バカよねー…私も、なんであんな男を求めてるんだろうかねー…)


(で、誘ったらまんまと来たのよね、私もバスローブなんて着て胸とかきわどいくらいに露出して…)


抱きつかれたとき、麦野は当然だが、浜面を殺す気など毛頭無かった。
寧ろ、抱きつかれた時、麦野の恥部からは愛液が太ももを伝っていた。


(あの根性無し…早く私で童貞捨てろっての…って朝からなぁに考えてるんだか…)


浜面の事を考えるといつも理性が吹っ飛びそうになる。
まるで緑の葉っぱに巻かれて幻覚を見ているかのよう。ガンジャ。



(ってなーに考えてるんだか…)


こんこん…


麦野の家のドアがノックされる。
彼女の顔が自然とほころぶ。
けれど、飽くまでアイテムのリーダーとして?いや、自分は一人の女として?振る舞おうとする。けどわからなかった。



「良いわよ、入って」


麦野の甘ったるい声が浜面の耳朶に響く。




「弁当買ってきたぞ?麦野」
(まぁたバスローブだよ…その格好辞めてくれ…かわいすぎる)



「あら、シャケ弁当あったんだ、今日もサバかと思ったわー…」
(脚見過ぎ…濡れるっつの)


浜面は麦野の部屋に入ってこない。
いつも彼女の許可が降りるまで、ドアをあけて廊下で待つ。
そんな律儀な所も忠犬の様な感じがして麦野は好きだったりする。



「良いわよ、入ってきて」


「おう…」


机の上にコンビニの袋ごとシャケ弁当を置く。


「じゃ、俺はこれで…」


これは浜面のいつもの口癖だった。
絶対に帰らない。



「待ちなって…」


浜面は麦野のこの言葉をいつも期待していた。


「あぁ?何だよ?麦野」


「もうちょっとゆっくりしてきなよ」


「フレンダとかがうっせーんだよ、何かしてるだろとか、だから…」


「だから…?」


麦野のみずみずしい唇を浜面はついつい見てしまう。
魅惑のグロス、蠱惑な瞳。


「だから…いや…今日もいいか?」

自分自身の言葉を打ち消して、浜面は麦野を見据える。
すると彼女は仕事をするときの表情ではなく、一人の女の表情になる。


「うん」


浜面は麦野のベッドの隣に座る。そして唇を寄せようとする。


しかし、その直後に浜面が何か思い出したようにキスを辞める。


いきなりもの欲しそうに麦野は浜面を見つめる。


「どうかしたの?」


「そうだ、キスする前に、一つ言っておくことがあったんだ。仕事だよ」


「仕事?」


「あぁ」


浜面がシボレーで麦野の家に向かっている最中、車載PCの電源が入る。
オートで点く仕様になっている。
それで仕事の案件を受信した事をPCのデスクトップを見て知ったそうだ。


「多分そろそろ連絡が来ると思うから…それ先にいっておこうと思って」


「あら、そうなの…仕事いつかしら、多分今日じゃないと思うけど、見てないの?その動画」


「わりぃ、見てない」


麦野の手が浜面の手に当たる。
そして小さいが、その動きは浜面の手を包み込んでしまうかのように這い回る。



「じゃあ、連絡が来るまでここで待ってようか?新しい電話の女の声がどんな声だか浜面も聞いてちょーだい」


「良いのか?ずっとここ俺がここにいても」


「帰りたいなら帰って良いわよ?」


「……………ここにいていいか?」


「上出来、電話の女からの連絡が来るまでここで待機ね、あ、浜面」


「何だ?麦野」


「携帯電話、取って?」


麦野は自分の胸元をちょんちょんと指さす。
バスローブから覗いている豊満な胸に浜面は釘付けになってしまう。


「ば、ばか…!自分で取れよ…!」


「いいじゃん…」


時刻は八時、五分前。連絡が来るのは大抵八時だ。それは人材派遣の時から変わらないルーティン。



ごくり、浜面は生唾を飲む。


「じゃ、じゃ…じゃあ…携帯探すだけだからな…?」


浜面は律儀に目をつぶって携帯電話を探そうとする。
胸の谷間に手を突っ込む。


(目なんかつぶっちゃって…そういうまじめな所も良いのよねー…)


「む、麦野?な、ないぞ?」
(胸でけぇー…やべぇ…襲いてぇ…!襲うって言っても何したら良いか分からないけど…)



「目、あけないと分からないんじゃない?はーまづらぁ?」


「だ、ダメだ!あけたら!ダメだ!」


「ふふ、なぁんで?」


「お、お前の胸、み、み、見ちまうだろ…?」


「それってダメなの?」


「…ダメだ!」


ういーん…ういーん…


麦野の携帯がなる。


「あ、待って浜面。電話きちゃった…!」


電話は麦野の寝ていた枕の下にあるようだ。
要するに浜面はただ麦野の胸を触っていただけ、という事になる。



浜面は目を開けるわけにもいかず、そのまま目をつぶったまま麦野の胸を触ったままただ固まっているだけだった。


(麦野の胸…すげぇ柔らけぇ…やばい…)


浜面が麦野の胸を目を閉じながら当てている最中、麦野は枕の下にある携帯電話を取ろうとして横になる。
バスローブがはだけて豊満な胸がそのままはみ出る。目を閉じている浜面からは見えない。


麦野は枕の下にある携帯電話を横になって取る。
上半身はほぼバスローブがはだけて彼女の胸を隠す物は何も無い状態になっている。


横になったことで浜面の手から麦野の胸が離れていく。
その代わりに麦野は浜面の太ももの辺りに寝っ転がって電話をする。
勿論、浜面は緊張と興奮で目を固くつぶっている。が、浜面のそれは固いジーンズの上からうっすら分かるくらいにいきり立っていた。



浜面のジュニアの状態は麦野も十分承知していた。
しかし、今は仕事の案件の話の方がちょっとだけ重要だ。


なので麦野は通話ボタンをぽちっと押す。


「はい、もしもし、麦野だけど?仕事か?電話の女ぁ?」


『電話の女?何?私の名前…?あだ名?それ』


あれ?麦野は違和感を感じた。
昨日の定時連絡の時は初めてと言うこともあって敬語だったが、いきなりタメ口になっている。


「おいおい?昨日まで敬語だったじゃねーか、どうした?電話の女」


『い、いいじゃない、私のか、勝手でしょ?』


「まぁー…あんたの素性なんか興味無いけどね…」
(声が震えてんだよ、電話の女…!誰だよ、こいつぁ…!)


『あ、そうそう、アイテムのキャンピングカーに仕事のファイルは送ったからそっちを見てくれると助かるんだけどー』


「まぁ、そう言うなって、電話の女。今車に居ないんだわ」
(仕事の内容を把握してない?…と見ると新人…だよな?)


『あー…』


電話の女は言葉に詰まっている様だった。
麦野のマンションに静寂が訪れる。



――佐天の学生寮

佐天は定時連絡がない代わりに、仕事の案件を麦野に報告していた。
八時ちょうどに麦野の携帯電話に電話をかけると麦野は起きていた。電話に出るまで少し時間がかかったので起こしてしまったのかも知れない。


「あー…」
(なんだっけ?確か産業スパイだかなんだかって話よね…落ち着け!涙子!)


佐天は自分に落ち着くように言い聞かせる。


(あ、この携帯、ノートパソコンみたいな感じだから、さっきの説明画面の音声だけでも聞かせることが出来るんじゃ…?)


「ちょっと待ってね…動画が来てて、その音声だけでもしか流せないけど、今から流すから聞いてて」
(これであっちにも作戦内容が伝わる…かな?)



『はいよ…』


通話モードのままタブを開き、そのタブから先程治安維持機関だとか言う所から配信された作戦動画の音声をながす。
すると佐天が先程聞いていた産業スパイの脱出に関しての内容が受話器を通して伝わっていった。



「同じ動画をアイテムの車載PCのアドレスにも送信しといたから、そっちで詳細を確認しといて貰うと助かるんだけど…」



――佐天の学生寮


『処分』。

その一言の放つ重み。


佐天に送られた指令は産業スパイを処分しろという旨の指令だった。
彼女が直接手を下すわけでは勿論、ない。


佐天がアイテムという非公式組織に命令を下すだけ。
そしてその正否を確認するだけ。


彼女はその指令を受信し、アイテムのリーダーである麦野に伝達した時、初めて自分が行おうとしている仕事の正体が分かった気がした。


正体――人材派遣の男が言っていた言葉、“学園都市の最奥”。その正体は決して中学生の少女が受け入れるには酷な環境だった。
ただ、繰り返しになるが彼女自身が手を下すわけではない。


それがせめてもの救いだった。
ダグラスとかいう人物がどうなるのか、その結果を見ないで済むから。



ともあれ、佐天はアイテムに指令を出した後、無性に友人に会いたくなった。
非現実的な現実から乖離したかったのかも知れない。



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To:初春

Sub:やっほー

今日暇?
暇だったら遊ばない?どーよ?

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(うーん…こんな感じで良いかな?)



佐天はカチカチとメールを入力していく。
仕事用のタブレット型携帯電話と違って折りたたみ式の携帯電話なのでボタンを押す音が聞こえてくる。


初春宛のメールを作成し、送信する。
夏休みで風紀委員の仕事もあんまり入っていないだろう、と佐天は勝手に予想する。


(よっし…!後は返事が来るまで適当にシャワーでもあびっかなぁ…)


佐天はそう思うとバスタブにむかっていった。



午前十時。
部屋はすでにサウナ。

この暑さじゃ目が覚めちまうなぁ。


「はーまづらぁ…童貞そつぎょ?」


「そういうことになる」


「なぁに神妙な顔つきしてるのよ」


浜面は童貞を卒業した。
麦野で。


八時ちょい過ぎに電話の女から仕事の依頼電話が来た。
その後、浜面は麦野のベッドへ…。

そんな真っ昼間。
こんな時にはZEEBRAの真っ昼間が良く似合う。


ってか歌詞まんまなんだけどね。


さて、麦野は浜面の隣でぐったり寝ている。


初めて、と言うこともあって浜面はそれこそ犬同然に腰を振った。


まずは復活のシャワーを浴びよう。


「おい、麦野?」


「なぁに?さっきは沈利沈利って馬鹿みたいに呼んでたのにー」


「あれはあれ、これはこれ…だ」


「意味わかんないよー」


けだるそうに麦野はうつぶせていた状態から浜面の方に向き直る。


「いいの?好きな人いないの?浜面ぁ」


「お前だよ」


「嘘ばっか」


「いつも滝壺の事ばっかみて」


「見てねぇって」


「怒らないから言ってみな?」


「だぁかぁら…ちげぇって」


「なら、信じちゃおうかな」


浜面は麦野を抱き寄せる。


「そろそろ、アイテム招集かけますかねー」


基本、アイテムの面々は学校など行ってない。留学や不登校、あらゆる理由で学校の出席を免除されている。
麦野はメーリングリストでアイテムを呼びだす。



To:アイテムメーリス

Sub:明日の招集
明日、仕事よー。

浜面が皆ピックアップするから、各自準備ー。
絹旗とフレンダ、あんたら多分出番あるから。




(こんな感じでいいかしらねー)



裸のまま麦野はケータイのメール送信ボタンに手をかける。
メールはあっと言う間に送信される。


麦野はベッドから裸で歩く。
ワインクーラーから冷えたシャンパンを一本。


シャンパンはフレシネ、ワイングラスはバカラ。無駄にたけェ。


「飲酒運転になっちまう」


「どうせ暇でしょ?泊まる?」


「…考えとく」


「あ、そ。取り敢えず、カンパイ」


カチン 


夏のうだるような暑さを打ち消すグラスの音。


二人が一つになったことは秘密。
そっちの方が面白そうだから、と麦野。



軽くシャンパンを飲むと、浜面と麦野はシャワーを二人で一緒に浴びる。


「麦野、今日暇だから俺泊まるわ」


「最初からそう言ってれば良いのよ、はーまづらぁ」


バスルームでお互いの体を拭きながら。
浜面は麦野を抱きしめながら泊まる旨を伝えた。




(結局初春ダメだったかぁ…)


佐天は“処分”と言う言葉を聞き、一人でいるのがなぜだか怖くなってしまった。
そこで親友の初春と会おうと思いつき、そのままの勢いでメールしたのだが、あっけなく断られてしまった。


「あーあー…暇になっちゃったなぁ」
(初春ダメだったかぁ…何しようかなぁ…)


ダグラスという男の顔写真が佐天の脳裏にちらほらと浮かぶ。あの男は明日殺されることになるのかも知れない。
勿論、自分が狙われていることなど梅雨知らず、スパイ行為にいそしんでいるのだろう。


ダグラスのなにがしかに興味があるわけではない。
明日、彼の命が終わるか否か、その一点において佐天は興味を持っていた。


もし、明日の定刻になった時、ダグラスはただの肉塊に果てるのだろうか。
それとも学園都市の順法によってしかるべき処置を受けるのだろうか。


その結果が死刑になるのならば…えげつない話しだが、正直、どうでも良い。
ただ、アイテムのメンバーが己の能力に自信を持って殺害したとなればそれは自分が間接的に手を下したことになる。


(人殺し…には…なりたくない…)


佐天は頭をもたげる。


例え自分が直接的に殺害しなかったとしても、自分の命令で直ちにターゲットに向かっていく部隊を動かせる権限を彼女は付与されていた。
男が産業スパイだろうと、学園都市の技術を他国にかっさばこうと、佐天にとっては本当にどうでも良かった。


ただ、人を殺す、という一点において佐天は頑強に反対したい気持ちに駆られた。
が、周囲にそれを理解してくれる同じような境遇の人など居ない。
こんな大それた話しを教師達が真剣に聞き入ってくれるだろうか。


様々な焦りや同様が浮き上がってくる。



男には家族が居るそうだ。
また先程の思考が浮かび上がってくる。

一家の大黒柱である夫を失った彼女達は一体、どうやって生きていくのだろうか…。


佐天は仕事用の携帯電話を起動すると彼女の初仕事のターゲットのダグラスとその家族たちの写真をぼんやりと見つめていた。


結局この日は佐天は一人で川を散歩したり、適当にぶらぶら歩いて時間を潰した。
そのどれもが彼女の複雑な心境をはれさせることには到らなかったが、何かしなければ本当におかしくなってしまいそうだった。


そして初春にまた遊びのメールを送った。



To:初春

Sub:こらー!

暇してたら明日私と遊ぼーよ?
返事待ってるよー?




明日はアイテムが作戦を決行する日。
その報告が来るとき、佐天は自分の近くに誰かいて欲しい、そう思った。



――アイテムの作戦決行日 佐天の学生寮

結局佐天は熟睡できなかった。

一、二時間寝ると必ず起きてしまった。
夏の暑さと相まって彼女はじっとりと嫌な汗を掻いていた。


(全然寝れなかったよー)


佐天はベッドから身を起こし時計を見る。
時刻は八時を指していた。定時連絡の時間帯だった。



(取り敢えず…義務はやっとかなきゃね)


ベッドの枕の下に大事にしまってある携帯電話を佐天は取り出し、麦野の電話番号に掛ける。


――麦野の高級マンション

「ホラ、掛かってきたぞ?麦野」


「えー?浜面出てよ」


「下部組織の俺が出ても良いのかよ?」


「んー…まずいかも、と言うことでやっぱり私が出るわ」


麦野は折りたたみ式の携帯電話の受話ボタンを押す。
すると電話の女の声が聞こえてくる。


つい最近まで人材派遣の男が連絡をよこしていたのだが、もうその声は思い出せなくなっている。
とっかえひっかえなんだんぁー、とか思いつつ麦野は通話をする。


「はいはい、麦野ですー何よ、電話の女ぁ」


『定時連絡の時間だからしたんだけどー?』


「あぁ…定時ね、今日は仕事だからね、がんばるわー。じゃあね」


『ちょ、ちょっと、何時くらいに終わりそうなのか、教えてよ!?』


「あぁー…多分午後。飛行機の乗り場で仕掛けるわ」


『わかったわ…健闘祈ってるからねー』


電話の女はねぎらいの言葉を吐くと電話を切ってしまった。
麦野は隣ですやすや寝ている浜面を起こそうとする。



「おい、起きろ、はーまづらぁ」


「んんん?まだ八時じゃねぇか…フライト予定時刻は午後じゃ…?」


浜面は眠そうな瞳をこすって再び寝てしまった。
麦野もそんな浜面の顔を見て少ひだけほほえむと再び寝てしまった。


昨日から続くお泊まりで二人の距離はずっと近づいた。はず。


麦野はある懸念があった。
それは浜面が滝壺の事を好きなんではないか、という懸念だった。
そして逆に滝壺も浜面のに好意を寄せているのではないか、と。


浜面がアイテムのメンバーにいじられてアホだ、なんだ言われているとき、滝壺は決して浜面の事をバカにしない。
真剣なまなざしで寧ろ、無言でいじられている浜面にエールを送っているかの様にも見える。


(浜面も…受け狙ってるときとか滝壺の事ちらちら見てさ…何よ)


(私じゃダメなの?)


麦野は確かに学園都市の中でも最高級の美女だ。
しかし、浜面はそんな麦野に、滝壺の機嫌を伺ってちらと表情を覗くことなんか一度もしなかった。


(あーあ―…弁当買ってこいだ、なんだ言って命令してて、浜面の事を犬だなんだって言ってたけど)


(ホントの犬は私だったのかな…)

すぅすぅ寝息を立てている子供の様な浜面を麦野は裸で抱きしめる。
浜面は少しだけ「うーん?」と小さくうなる。麦野のお腹の辺りでうずくまろうとしている浜面の髪の毛をゆっくりなでる。


「私も雌犬ね…ふふ」

自嘲気味に麦野はつぶやいた。
その声は空調の音にまぎれ消えていく。



――正午頃、麦野の暮らしている高級マンション

「じゃ、行くか」


「そうね」


電話の女から連絡が来て暫くして二人は起きる。
支度を済ませると浜面と麦野はマンションのドアをあける。


するとむわっと熱気が二人の頬を打つ。
熱気に支配されたマンションの廊下から空調の効いたエレベーターに乗る。

地下駐車場に着くまでに二人はねっとりと、唇を重ねる。

「む…ふぁ…ん…」


「ぷちゅ…くちゃ…」


滝壺の事を浜面が好きだなんて話、自分だけの勝手な勘違いや妄想、幻想の類かも知れない。
浜面はその負け犬根性を全く臆面もなく自分の前でひけらかしてくれたのかもしれない。


信じたい。現に昨日浜面は麦野の事が好きだと言ったではないか。

空調の効いたエレベーターも地下に着くと終了。
ごうごうと空調のうなる音が聞こえる地下駐車場に到着した。


エレベーターには幸い誰も乗ってこなかった。
地下駐車場に着くと浜面はシボレーのロゴのキーケースを503のジーンズのバックポケットから取り出す。


一瞬シボレーのライトが光る。ドアが開いた証拠だ。


「ちょっと待ってろ」


「はいはい」


きざったらしくかっこつけながら浜面はシボレーの運転席に座ると麦野の方に車を走らせる。
そしてゆっくりと止まる。


浜面は地下駐車場からシボレーを出すと相変わらずお姉系のカッコの麦野を助手席に迎え入れ、出発していく。


車のステレオからは浜面の大好きなhiphopトラックMo Money Mo Problemsが流れる。
The Notorious B.I.G.のトラックに揺られて浜面と麦野はアイテムの仲間の個人アジトに向かっていく。
ささやかな戦端の幕が切って下ろされようとしていた。




――調布国際空港へ向かう道中にて


正午ちょい過ぎ。麦野の号令の元、浜面の運転する車に拾われ、アイテムの面々は全員集合した。
というのも昨日、電話の女が受注したと言う産業スパイの処分作戦の為だ。


麦野は一応作戦の状況説明の動画を車内でアイテムの面々に見せる。
すると絹旗がはぁ…とだるそうにため息を吐く。


「…この任務、超浜面でも出来るんじゃないですか?だってただのスパイ社員ですよ?」


「そうだねぇ…でも、スパイとして訓練は受けてると思うから、絹旗。あんたがいきなさい」


「…ちゃっちゃっと終わらせることに超したことはありませんしね。わかりました。援護は?」


麦野の使う“原子崩し”という能力はいかんせん破壊する当該物がでかくないとどうしようもない。
こういう時は絹旗やフレンダの様に暗殺が得意なメンバーにやらせるのが定石と言っていいだろう。


因みにアイテムの照準である滝壺は勿論出撃しない。
彼女が出撃するとき、それは麦野が出撃することを意味するのとほぼ同義だからだ。


絹旗の質問に麦野は考える。
実際、能力者でも無い限り絹旗を倒すことは不可能だろう。


しかし慢心は敗北を誘発する可能性が非常に高い。
念には念を、と言うことで麦野はフレンダと二人でペアを組むよう絹旗に指示する。


「援護かー…フレンダいい?」


恐らく敵もそれなりに鍛えられているだろうし、油断は出来ない。
最近ではキャパシティダウンとか言う能力者対策の音響兵器も開発されているという噂だ。


「絹旗と一緒に行動しな。んで、適宜援護ね」


「OK、無能力者の私と能力者の絹旗で行けばどっちかが落伍してもどうにかなりそうね、たかが一人だし」


「ま、そうゆうこと。じゃ、今回は二人で気を付けて。目標は…捕獲するなり、なんでも良いわ。殺っちゃっても構わないから」



「「はーい」」


麦野の指示を聞き終えると二人はシボレー・アストロから降りて空港のメインゲートから中に入っていく。
あくまでただの一般人にしか見えない二人だが、学園都市の暗部工作員と見抜いている人物はこの空港でどれほどいるだろうか。


二人が暫く歩くと調布発モスクワ行きの航空機乗り場の待機所に男はいた。
車内で見た状況説明動画に出ていたまんまの人物。
ダグラス・ベーダーらしき人物だった。


(流石…当局関係者だけあって顔つきも鋭いわね…)


フレンダは飛行機のチケット保持者の列近くにある休憩所の影から冷静に男の体躯や隠し持っている武器の大まかな位置を分析しようとする。


(足に一丁…銃器の詳細は不明…胸内ポケットにプラスチック製のデリンジャー…)


空港には多数の人が居る。
そんな中フレンダと絹旗は白昼堂々どうやって男を処分するのだろうか。


と、ここで男の近くにいた絹旗が歩いて向かっていく。


「すいません、落とし物落としましたよね?この旅券、違いますか?」


「ん?」


絹旗が拾った旅券は勿論偽物だ。
しかし、それに興味を持った男は一瞬絹旗の方に振り向いてしまった。
その時、男の死角になっている所からフレンダがサイレンサー付きのシグザウエルP230で一発、ハンカチをサイレンサーの上にかぶせたまま撃ち、素早い動作でスカートの中の裏ポケットにしまう。


「…っぐ…」
(このにおいは…?)


ダグラスは弾を背後から撃たれた事に気づく。


が、時既に遅く、即効性の麻酔弾は筋肉質な体躯のダグラスにも効果を現し、突如、彼は千鳥足になる。


周囲の客はそれを見て不審に思っているが、フレンダが英語でダグラスに話しかけ、介抱をしているそぶりを装っているのであまり気にしていない。
因みにダグラスが麻酔弾を撃たれる直前に嗅いだにおいはフレンダがハンカチに染み付けていたイブサンローランの香水『ベビードール』だった。


もうろうとする意識の中ふらつくダグラスを抱えて調布空港から出て行く絹旗。
三人は空港の前の大型ロータリの前で止まっているシボレーにダグラスを乗せる。


絹旗がダグラスを載せるまで残っていたアイテムの面々は静かに状況が終わるのを待っていた。
この時には既に男は麻酔弾が効き、眠っている状態だった。


「お疲れ、フレンダ、絹旗、ってあれ?てっきりぶっ殺しちゃうかと思ったけど」



「無理ですよ、あの状況じゃ、人が超多すぎます」


事実空港にはモスクワ行きの旅客機に乗る人以外にも多数の人が多数いた。
あの場で殺害を目論むなど、出来る芸当ではない。


電話の女がアイテムの車に配信した作戦説明動画で言われていた“処分”という内容にフレンダ達が行った方法――麻酔弾の使用――
が合致しているかどうかは分からない。



しかし、ともあれ、産業スパイ、ダグラスの情報がロシア当局に持ち帰られる事はこれで阻止された。


「結局麻酔弾使って眠らせたから、後は学園都市の治安維持機関に引き渡せばいいって事じゃない?」


麦野に話しかけながら、フレンダがブロンドの髪に手を当ててふぁさりと後ろに持って行く。その素振りは優雅ささえ感じさせる。


「そうね。ねぇ、浜面?下部組織に連絡してこの男を引き渡して頂戴。私達の任務は終了」



「あれ?なんだかしょぼくねぇか?今日の仕事」



ドライバーで車に乗っていた浜面は麦野の任務終了の知らせを受けて驚く。
絹旗とフレンダが車から出てからものの数十分しか経っていない。
しかも産業スパイを生け捕りにしたという殊勲ものの功績をひっさげての凱旋だ。


「しょぼくないよ。はまづら。スパイの生け捕りは難しいんだよ」


「滝壺の言うことも一理あるわね」
(スパイとかぶっ殺しちゃっていいんじゃないの?)


「は、はぁ」
(む、麦野!?お前だって最初は殺しちゃって良いとか言ってたじゃねぇか!)



なんにせよ、学園都市の技術漏洩をアイテムは防いだ。
ダグラスがどうなるかは分からないが、取り敢えずはアイテムの勝利と言えよう。
浜面がドライバーを務めるシボレー・アストロはダグラスを乗せて調布空港から出て行く。
車は途中、下部組織と合流してダグラスを引き渡す。


下部組織の連中曰く第十七学区の府中にある拘置所に連れて行かれるそうだ。



「今日は私達の出る幕は無かったわね、滝壺?」


「うん。でも、空港でむぎのが能力使ったら空港なくなっちゃうよ」


「ふふ、違いないわ…あ、作戦終了の報告しないとね」


滝壺のジョークにもならない言葉を麦野は字義通り受け取ると携帯電話をお姉系のワンピースのポケットから取り出す。
そして電話帳に登録した番号にカーソルを合わせてボタンを一押し。


麦野は電話の女に電話をかけた。



――第七学区 セブンスミスト

「いやー、初春、結構似合ってると思うわよ?このカチューシャ」


「えー?そうですか?実際、問題こんなのカチューシャじゃないですよぉ」


「え?結構シンプルで良いと思うけど?」


「ダメダメですよ、佐天さん。カチューシャはもっと花とか点いてないとダメです!夏なんで…彼岸花とか!」


「うーん…それは絶対に辞めた方が良いと思うよ…?初春?」



他愛もない(!?)会話。いつもの二人。
佐天と初春はセブンミストの髪留めピンの新作を見ていた。


初春に送ったメールは正午過ぎに帰ってきた。なんでも風紀委員の会議だったとか。
午前中はやはりぼんやりと過ごした佐天にとっては初春の返事が来たことは僥倖だった。


(いやー…返事帰ってこないと実際暇だったからなぁー…アケミ達は実家帰ってるって言ってたし…それに、御坂さん達は…)


佐天は今日の午前中に初春から返事が来ない間、他の友人達――御坂と白井――に遊ぼう、とメールを送る事に逡巡していた。
何故かあの二人と初春抜きで会うことに佐天は抵抗を感じていたのだ


(私…どうしちゃったんだろ…午前中、御坂さん達に遊ぼうって、メール送れなかったよ…)


彼女の心の奥底で何かがつぶやく。その声はこう言っている。


『お前はあの二人と会って自分の無能力ぶりをさらけ出したくないんだ』
(うるさい…)



『風紀委員の詰め所に行っても煙たがられるだけだからな』
(黙ってよ…!)


心の声は否定的な事しか言わない。佐天は考えれば考えるほど思考の深みにはまっていった。
浮かび上がるのは負の感情だけ。


(私だって…無能力者になりたくてなった訳じゃ無い…!)


(それに…今の私には御坂さん達と同じように他人に言えない様な事だってしてる…)


佐天はそう言い聞かせて自分の心に納得させる。セブンスミストの空調とはまた違った冷ややかな風が自分の付近に滞留しているような感覚を覚える。
初春が気にかけてのぞき込むまで佐天はしばらく考えていた。



「佐天さん?」


「へ?あ、初春!?ごめん、ぼーっとしてたよ!」
(くだらない事考えるのやめやめ!)


初春は両手に派手な花がくっついたカチューシャを持っていた。
そしてニコニコ笑うと佐天にどっちがいいでしょう?と話しかけてきた。

「うーん…こっちはバラメインねー…って痛っ!トゲあるじゃん!これ!」


「え?トゲ??ホントだ!これは…ちょっと怖いですね…こっちはどうでしょう?」


「これは…ツクシ?カチューシャにツクシってどうなのよ…?」


「え?ダメですか?」

佐天は初春のカチューシャ選びのセンスにあきれつつ、他のカチューシャコーナーを見ようとした時だった。


ういーん…ういーん…


佐天のショルダーバッグがにわかに振動しているではないか。


(ゲッ!こんな時に何よ?)


佐天は突然の電話に驚きつつも、焦らず、初春に話しかける。



「ご、ごめん初春。ちょっと電話が鳴ってるから待ってて」
(誰よー!こんな時に電話かけるなんてー!切って遊びに集中したいのにー!)


電話を切りたい衝動に駆られつつ佐天は近くの休憩用のソファに腰掛け、タブレット型の携帯を取り出す。
そしてイヤホンをつなぐ。

(えーっと、なるべくタメ口で…年齢がばれないよーに…)


佐天は人材派遣の助言を思い出し、脳内で反芻させる。そして受話ボタンをぽちっと押す。

「はいー、何よー!?こっちは遊んでるのにー?」


『おーおー、遊んでるったぁ…良いご身分なことで…電話の女ぁ?』


「む、麦野…さ…」
(おっとっと…タメ口タメ口…!)

佐天は、「…さ」、とでかかったところで口を紡ぐ。
危うく「麦野さん」と言ってしまう所だった。


「で、どうしたの?仕事は終わった?」


『あぁ、終わったよ。今回はフレンダと絹旗が首尾良くやってくれたから』


「へぇ…お疲れ様、で、ダグラスは…?」


佐天の脳裏に浮かぶのは“処分”と言う言葉。果たしてダグラスはどうなったのだろうか。
彼女の興味はその一点に注がれる。


『ダグラス?あぁ、今回の目標ね。つつがなく下部組織に渡したわよ?』

「…そう」
(死ななくて済んだの…?)


麦野の言葉に自然と安堵する佐天。
自分が人殺しを命令しなくて良かった、と思った。免罪符を得たのだ。


『じゃ、今日の所はこれで終わりね?』


麦野の質問に佐天はメールを思い出す。


(ないね…あとは暇があったらマネーカードを拾うだけ…ってこれは私の雑務か…)


そんな事を考えながら佐天は麦野に「ないわよー」、と軽い調子で答える。
すると通話先でクスクスと割る声が聞こえる。


「どうしたの?」


『いやいや、お前ってどういうヤツなのかなって話しを今車の中でしてたのよ…ふふ』


「…あ、っそ」
(なにぃー!?)


『ま、私の予想だと…私より年下ね…?必死に言葉を選ぶようにタメ口使ってるみたいだけど?電話の女?』


「べっ、べっつにー!?そんな事ないわよ?」
(そ、そりゃ年上にタメ口って簡単にできるわけ無いでしょー!)


佐天は冷や汗が流れるのを肌に感じた。
正体がばれるわけではないが、ここで自分の身分が分かってしまうのはちょっと抵抗があった。
それは正体がアイテムのメンバーにばれることが学園都市の最奥、いわゆる暗部に完全に堕落する事だと本能的に知覚していたのかもしれない。


麦野はその後何も話さない。というか通話モードにしたままアイテムの面々と話している様だった。
するといきなりアイテムの面々の声が聞こえてくる。
麦野がどうやら外部スピーカーモードにしたようだった。


まず最初に拾ったのは絹旗の声。とげんこつの音。


『超若いですね…麦野よりも全然…ってイタっ!』


直後ゴチンというくぐもった音が聞こえる。どうやら絹旗が麦野に一発お見舞いされたようだった。


『私より若いィィ?そりゃない。私はピチピチの十歳だから』


『ちょ?麦野?私より超若いじゃないですか?』


『そしたら、きぬはたはむぎのより年上だからタメ口オッケーだね』


『あ、なるほど。滝壺さん。超名案です。おい、麦野、パン買ってこい!』


『きぬはたぁ!それはあんたの未来の明暗を分ける言動だァ!そげぶっ!』


『ひぃぃ!』


『あ、きぬはたの窒素装甲が破れたさすが怪力』


『た・き・つ・ぼ・ぶ・ち・こ・ろ・し・希望かにゃん☆?』


『とある日常はぱられるー♪はい、フレンダの盾!』


『あわわ…介入しなかったのにぃ…結局私を盾にするなってわけぇぇぇぇ!むぎのぉぉぉ!』


『お前等おちつけぇぇぇぇぇ!!』




最後に男の叫び声が聞こえてくる。
これは昨日の朝方麦野の所にいた浜面という男だろう、と佐天は勝手に推測する。


声から推察するに、アイテムの車内は阿鼻叫喚の地獄絵図の様相が繰り広げられている様だ。
佐天はその状況を聞きながら、自然と笑みがこぼれていた。


(はは、面白い連中ね―…こいつら)


「ちょっとー!おまえらー!ケンカすんなー!」


『お・ま・え・ら?』


佐天のケンカ(!?)を制止する声は火に油を注ぐ行為になってしまったようだ。
電話の女=アイテムの構成員より年下、という図式が彼女達の頭の中にできあがってしまったようで(事実なのだが)、全員が佐天の声に反応する。


(ちょっと!?なんで私が皆の怒りの終着点なのよー?)


口げんかを諫(いさ)めようとちょっとした気持ちで口出ししたのがたたってしまったようだった。


佐天はアイテムに電話をするだけで実際に彼らに顔を合わせることは…恐らくないだろう。
しかし、話すだけでも面白い、と佐天は思った。


会計を済ませた初春がこちらに向かってくるのがちらと見えたので佐天は「切るね」、と言い残し電話を切った。


通話先の麦野の携帯は外部スピーカーに接続されてアイテムの車内で放送されている。
なので運転に集中している浜面以外の四人の「はーい」という元気の良い声が佐天のイヤホンにもたらされた。


ガチャリ…。そして通話は終了した。


「どうしたんですか?佐天さん?何か嬉しそうですよ?」


「いやね、知り合いがちょっとさ」


「知り合い?学園都市外の友達ですか?」


初春が怪訝そうに聞く。まだ中学一年生の彼女達は小学生で離ればなれになった友人達も居るのだ。
佐天は初春の問いに対して「いや、」と否定の言葉を発して苦笑いをしてごまかす。
その素振りに「?」と首をしかめる初春。


「さーって、私も買いたい財布があるからちょっとばっかし見ても良いかな?初春」


「良いですよー、どこにします?」


「ふふ…ちょっと高いけどお財布を買ってみたくてね…サマンサタバサとかいうやつなんだけど」


「あ、それでしたらすぐ下の階にありましたね、いってみましょう!」


初春はマップを覚えているのだろう。ひょこひょこ佐天の後ろを歩きながら言う。
佐天は今使っているポーターの小さい財布の中身をちらと見やる。
中には一万円しか入っていない。webで調べたら確か一万以上はしたはずだ…。



(うーん持ち合わせ、あんまりないなぁ…どうしよ、ちょっとお金おろそうかな?)


お金が無いのに物は買えない。
なので佐天は初春にお金をおろしたいと言う。


「ごめん、初春!この辺りでL銀行のない?」


「L銀行ですか?確か…って私はセブンスミストの案内役ではありませんよっ!佐天さんっ!」


「だよねー!ってことでちょっと一緒に探さない?今持ち合わせが無くてさ…これじゃ財布買えないのよねー」


「わかりました。二人でさがしましょうか」


「うん、ありがとね、初春」


二人はエスカレーター付近のマップを見てこの階にATMが無いことに気づく。
そのままエスカレーターを下っていく。


「そういえば、佐天さん、そのL銀行のカード、最近作ったんですか?」


「え、あぁ…まぁね。それがどーかした?」


佐天の表情が一瞬曇る。初春がL銀行のカードの事を聞いてくるなんて予想外だから。


「いえ、他意は無いんですけど、最近L銀行のカードをばらまいている人が居るらしくて…」


初春はそう言うと困ったように首をひねる。どうやら風紀委員の方“でも”マネーカードの散布は話題に上がっているようだった。


「へー…カードをばらまくなんて…理解できないねー…なんなんだろー?」
(確かに意味不明よね…)


「しかもカードがまかれている所は決まって裏路地とか人目につかないところなんですよねー」


「へぇ…そーなんだ…」
(風紀委員の方でもカードをまいている人の真相はわからないって事…?)


(なんか…気分が良いわね…風紀委員の話についていけるって…)


佐天は真相不明のマネーカードをばらまきに関して話題を密かに共有している事がなんだか嬉しかった。
風紀委員にならずとも、こうしたある程度の情報が自分の耳に入ってくる事に言いしれぬ優越感の様な物を感じられずにはいられなかった。


(初春…私もその話し知ってるよ…って言いたいー!けど、がまんがまん!)


佐天が一人マネーカードの話しで葛藤している間に初春は弁を続ける。


「なんで裏路地ばっかにまくんですかね…ここ最近で急増してるんですよ?」



「今日の朝、返事返せなかったのはちょっとこの件に関して立て込んでまして…今日で確か32件ですよ?総額六十五万円ほどだって…」



「そうなんだ…結構バカにならない金額ね…」
(その中の一枚は私が持ってるんだけどね…あ、32件にはカウントされないか。私が拾ってる分は報告してないし、使っちゃったし)


「でも、佐天さんにこんな話ししても意味ないですよね、すいません」


「あはは!無能力者の私にゃどーでもいいってか!コラ―!初春!こいつときたらー!」


佐天はクレヨンしんちゃんのみさえ張りにぐりぐりげんこつを初春にかます。
初春は「他意はありませんよー!勘ぐり過ぎですー!」と言って泣く素振りを見せている。


「あっはっは。許す!私は風紀委員じゃないし、こーゆー事は私に話しても意味ない話って事でしょ?分かってるよ、初春」
(初春、いつもありがとね、あんたは優しいよ)


佐天はにこりと初春に笑い、答える。
初春の無意識の中から繰り出される言葉に少しだけズキンと心に響く気持ちには気づかない振りをして。



それから数日。
佐天は初春、御坂達とも一緒に遊び、夏休みを楽しんだ。


勿論、その間にもアイテムに対しての定時連絡は二日に一回欠かさず行った。
定時連絡が無い日は大抵仕事の依頼が来る。


そのお陰でアイテムに電話をかける事も数日ながらかなり手慣れてきた。


そして八月十日。
夏休みの半ば、まだまだ夏まっさかり。蝉の鳴き声がうるさい位に聞こえてくる日。


佐天は取り立てて予定も無かったので学園都市治安維持機関なる組織からの命令でマネーカード配置図に従ってカードを拾っていた。
彼女にとってこれは暇つぶしになったし、一種の小遣い稼ぎの様なものだったので結構楽しかった。


因みに、彼女のギャラ(給与)についてはこんな感じだった。

アイテムに定時連絡:一万円
アイテムに仕事の要請:三万円
アイテムの仕事が成功:十万円


アイテムの面々がいくら支給されているかわからないが、佐天より少し多いようだ。
フレンダが電話の時に「あんな危険な事したのに二十万しか貰えないの?」と愚痴っていたのを耳にしたからだ。


彼女達は少ない危険手当で学園都市の治安維持に従事しているのだ。

 

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