――夢を見た。
はるか遠い、過去の夢。
私が闇の彼方に堕ちる理由となった記憶。
どこにも、私の居場所などなくて。
どこにも、光が射す道などなくて。
結局、私はもがきもせず、足掻きもせずただ堕ちていくだけの夢。
直前のことを覚えている。
少女が少年に止めを刺そうとした。
だから、私は『体晶』を使い、その上で能力を使った。
身体はとうに限界を超えていたけれど、構わなかった。
少女の能力は少年から外れて、危機を救うことが出来た。
これでいい。
これでよかった。
だって、道を示してくれた大事な人を守ることが出来たのだから。
私は、もう一向な闇に堕ちても、構わない。
夢のなかで、私はカプセルの中に入っていた。
粉を飲み込んで、意識がいつもよりはっきりして。
そして、闇の中に堕ちる夢――
空が割れた。
まるで、そんな過去の遺物を見る必要など無いとでもいうように。
床が抜けた。
堕ちる、と思ったけれどそんなことはなく、何かに支えられているように。
――この『幻想』を喰い殺せ。
夢の中で消え行く思考の中、そんな声だけを聞いた気がした。
まるで、絶望しか無い袋小路をこじ開けるような、そんな声を。
……私の、ヒーローの声を。
カラカラ、とスライド式の扉が開く。
窓が空いているのか、すぅ、と彼女の首を風が撫でた。
壁、ベッド、カーテン。全てが白で統一された部屋に入り、今のその部屋の主の名を少女は呼ぶ。
滝壺「……かみじょう」
上条「……おう」
上条は窓の外の景色から視界を外し、少女を見る。
その少女も入院着を着ている。至極当然のことではあるが。
上条「検査、一応終わったのか?っていうか……よく俺がここにいるってわかったな」
滝壺「わかるよ。だって、かみじょうだもん」
上条だから、という理由がどうしてここにいるのかという理由にはならないと思うが、上条はそれを突っ込まなかった。
なにせ不思議ちゃんだ。何を考えているかは多少わかるようにはなったが、未だにわからないこともある。
上条「……ちょっと、用足してくる。少し待っててもらえるか?」
滝壺「うん、わかった」
上条は滝壺とは入れ違いに病室を出た。
用を足すのは勿論だったが、彼はその足ですぐには病室に戻らない。
そこに行くのを見たから。
看護師とすれ違う度に少し頭を下げつつ、階段を上がる。
踊り場でタイルが外れ、ズルッと滑り転んだ。
不幸だ、と漏らしつつも彼は階段を登り続けて、その先にある扉をこじ開ける。
パタパタと白いシーツが風に揺れていた。
その奥。
そこに、朱色が靡く。
柵に腕をよしかけて、その横には松葉杖が立てかけられている。
入院着で見えないが、そこにある足は包帯まみれらしい。
その背中に、上条は声を投げかける。
上条「……よぉ」
麦野「あぁ?……テメェか」
一瞬だけ上条を見て、彼女は前へと戻す。
上条はそれに無防備に近づいていく。
そして、両者が互いに一撃で決められる距離までつめると、麦野は呆れたように吐く。
麦野「……オマエは何がしたいんだっつの。負け犬に慰めの声でもかけに来たんですかぁ?」
上条「そんなんじゃねぇよ」
上条は麦野の背を見ず。
麦野は上条のほうを向かず、話を続ける。
上条「……仲間ってのはさ、大事なもんだと思うんだ」
麦野「はぁ?」
麦野が何いってんだこいつ、とでも言いたげに声を上げる。
それでも彼は意に介せず、続ける。
上条「自分を支えてくれる存在。自分が支える存在」
上条「俺達はどんな力をもっていようと完璧じゃなくて、まるで不完全で完成してるんだ」
上条「だから、仲間を求める、特別を求める」
上条「自分が立っていられるように。困難に立ち向かえるように」
上条「お前は、それを少し間違えただけなんだ。自分を助けることを強制させ、支えることをしなかった。ただそれだけの話なんだ」
麦野「……で、それが何だって?私にえっらそうに説教でも垂れてるつもり?」
上条「いや、そうじゃない。たださ、少し変えるだけでいいっていう話。例えば――」
カチャン、と再びドアノブが回る。
そこから三人の男女が姿を表した。
上条は微笑し、そちらの方を振り返る。
そして、決定づけるように言う。
上条「慰めにきた、お前の仲間みたいにさ」
見知らぬ少年――いや、見たことはあるが、それほど話したことはない少年が屋上から立ち去った後、彼らは僅かに驚く麦野に近寄る。
絹旗「病室にいないんで超探し回りましたよ。全く、安静にしてなきゃ駄目じゃないですか」
呆れたように、絹旗は肩を竦める。
フレンダは同調するように笑い、
フレンダ「ま、結局麦野はジッとしていられない性格なわけよ。ウチのリーダーサマが安楽椅子に座っている状況なんて思い浮かばないし」
浜面「そうだなぁ……っていうかお前ら少しは荷物持てよッッ!!結局最後まで俺が持ってきてんじゃねぇか!!」
絹旗「あ、浜面さっき病室ついたときにおいてきてよかったのに」
フレンダ「別に持ってくる必要なかったし」
浜面「そう言って持ってこなかったら『なんでおいてきたんだ』とか言って弄るつもりなんだろ!?」
先程まで全く静かだった屋上が、嫌なくらいに騒がしくなる。
それを麦野は唖然として眺める。
そして彼らは、ガサガサ、と音を立てて、ビニールの中から果物とナイフ、それから皿を取り出した。
絹旗「もう超面倒なので、ここで食べちゃいましょう。ほら、浜面とっとと剥いてください」
浜面「いやいやいや!なんで俺がそこまでやらなきゃいけないわけ!?」
和気藹々と、マットも敷かずに床に座り込む三人。
見ながら、ただ立ち尽くす麦野に気付いた彼女らは、ぽんぽん、と空いている場所を叩く。
フレンダ「ほら、麦野。早くこっちに座って」
絹旗「そうですよ。浜面の剥いた果物を超食べましょう」
仲間なんて、使い捨てだ。
仲間なんて、ただの道具だ。
けれど。
麦野「ほら、とっとと皮ムケよ浜面」
こんな空気も、悪い気はしなかった。
部屋に戻り、声をかけるが返事がない。
不思議に思いつつも踏み入れ、ベッドの近くまで足を運ぶ。
上条「滝壺ー?っているじゃんか」
その滝壺は、ベッドの横に置いた椅子に座ったまま、まっすぐに前を向いていた。
上条が近寄ると、ようやく彼女の視線は彼へと向く。
心なしか、なんとなく苛立っているようにも思え、
滝壺「……屋上で、何してたの?」
その言葉で、心臓が止まるかと思った。
いや、別段やましいことはしていないが、そうズバリ言い当てられると焦る。
上条「い、いやっ、別に何も……」
滝壺「麦野と、何話してたの?」
ギャーッ、とここまでくると流石に怖い。
上条は焦り、頭の中が混乱しつつも彼女に質問を投げかける。
上条「なななな、なんで屋上に行ったこと知ってるんですか滝壺さん!?」
滝壺「……上条の右手は、能力を――そして、その能力の副産物であるAIM拡散力場すら消してしまうから」
滝壺「だから、どこにいるか探知せずとも逆にわかりやすいの」
なるほど、と思い、同時に疑問に思う。
つまりは、滝壺から自分は逃げられないのではないか?
その疑問に肯定するように、滝壺は笑みを浮かべる。
滝壺「……ねぇ、かみじょう」
上条「……ナンデショウカ」
滝壺「かみじょうが、例えどこに行っても、どんな遠いところにいなくなっても――私は、かみじょうを追いかける」
それは、宣言だ。
他の子にうつつを抜かしたり、浮気したりして、逃げても。
どこまで行っても、追い詰めると。
しかし、上条は別段それに恐れは抱かない。
上条「大丈夫だよ、滝壺。俺はお前を見捨てない。ずっとずっと、守ってやる。お前が例え嫌だって言っても、絶対に」
滝壺「……うん、わかってる」
それでも、これだけは覚えておいて。
そう滝壺は続けて、釘を差す。
天然フラグメイカーにはきっとあまり意味はないだろうが、それでも。
滝壺「――私は、AIMストーカーだから」
例え地球の裏側までも、共に行く、と。
fin.
最終更新:2011年01月23日 03:55