8月1日午前11時00分、『猟犬部隊』32番待機所
時刻は遡り、侵入者を感知した後の作戦会議。
「よし、そろそろ作戦を開始するか」
「獲物は上手い具合に分かれてくれたし、2チームで戦闘を行う」
「……チーム分けは、どうしますか?」
マイクの疑問に対し、木原は。
「良く聞け、男の方の相手をするのはテレスと猟犬部隊4人、それにMARから数人ってトコだな。あ、ショチトルも同行させる」
「で、では……!?」
「ああ。女の相手は俺と木山ちゃん、そして“デニス”の3人って事だ」
あまりに戦力が偏った指示に、マイク達は返答が出来ない。
唯一テレスティーナだけが、眉をひそめて抗議する。
「……女の方が厄介だってのに、どういうつもり?」
「分かってねーなぁ。あの女と警備員との戦いをちゃんと観察すりゃ、むしろこっちの方がやりやすいって丸わかりだろーが」
「……?」
「とにかく、油断するなよモルモット。失態を見せたらテメェでも遠慮なく心臓(パーツ)採取だからよ?」
「ふん。『超大型駆動鎧』が調整中でも、侵入者1人ぐらいどうとでも出来るっつーの」
その時、唯一名前を呼ばれなかったインデックスが会話に加わった。
「私は、どうしたらいいのかな?」
「決まってる。――留守番だ」
「え!?」
「下手に現場に連れて行って攫われたら、元も子も無いじゃねーか」
「……」
「だから、代わりに皮膚を寄こせ」
それにピクリ、と反応したのはアステカの魔術師2人だ。
「まさか、この子の姿になれと?」
「当たり前だろうデニス。2人ともガキに化けておけば、敵はどちらも魔術を使えないからな」
「……もし偽物だと気付かれたらどうするのだ?」
ショチトルがそう尋ねるが、木原はその心配を一蹴した。
「戦局はこっちがコントロールするんだ、気付く暇すら与えないように攻撃の手順を組め」
「ま、その辺はテレスが熟知しているから問題ねーしな?」
そのまま答えを聞かずに、木原はインデックスに向き合って薬品を取り出す。
「これは麻酔だ、皮膚を切る痛みは無ぇから安心しろ」
「……でも……」
「今までお前を追ってきたアイツらの前に、バカ正直に本人を連れて行くのはアホすぎる」
「だが『禁書目録』がいると思わせるだけで、アイツらの行動は制限可能なんだ」
「――頼む、俺達に力を貸してくれ」
殊勝にも丁寧に頼み込む木原だが、当然これも作戦の1つだ。
手っ取り早く腕の一本を切り落とす程度、彼は毛ほども躊躇しない。
インデックスから無理やり皮膚を剥く事と、自発的に提供させる事。
彼が後者を選んだのは、単に後々の作戦効率を考えたからだ。
(あのゴーレム使いがやられた直後に敵地(がくえんとし)に乗り込んできたって事は、それだけの理由が存在するって意味だ)
(今この状況で魔道書を狙う連中が来るとも考えにくい)
(となれば十中八九、あのガキの知り合いだろう)
(コイツの姿を見せるだけで動揺を誘えるし、場合によっては……)
(なんにせよ、“全て”の条件が整うまではガキを有効活用しなきゃな)
(……大切な『魔道書図書館』サマだし)
誰よりも。
ひょっとしたら、あのイギリス清教よりも。
木原数多こそがインデックスを人間扱いしていない事に、当の本人は最後まで気付かなかった。
8月1日午前11時35分、第7学区のとある広場
自分を取り囲んだ敵に対し、ステイルは落ち着いて炎剣を振るう。
(どうやら、先ほど戦った人員とは“種類”が違うらしい)
(人を殺す事に手慣れている……科学側の暗殺部隊ってところかな)
(……相手をするだけ無駄だろう)
警備員や警備ロボとは異なり、駆動鎧やショットガンで武装を固めている敵を前にして。
ステイルはこの場からの退却方法を考え始めた。
「――ちょっと待って欲しいんだよ」
自分が最も大切にしている少女の声が、その耳に届くまでは。
思った通りに動きを止めた侵入者の姿を確認して、テレスティーナは満足そうに笑った。
「アッヒャッヒャッヒャッヒャ! その反応からすると、やっぱりただの敵じゃねーって事か!」
「な、ここに連れてきていたのか!?」
「テメェは自分の身を心配しろや、魔術師!」
「く……」
テレスティーナの操る駆動鎧が、高速でステイルに殴りかかる。
結果目の前にインデックスがいるにも関わらず、ステイルは引き下がらざるを得なかった。
ルーンを極めた天才魔術師である彼は、優秀なその実力を持って数多の魔術結社を1人で灰燼へ還した実績を持っている。
ただし、相応の犠牲を彼は支払っているのだ。
すなわち体力や接近戦能力。
ひたすらにルーン魔術のみに特化した彼は、それ以外の全てが一般的な魔術師よりも弱まってしまった。
(仕方ない、ここで使うしかないのか……?)
引き換えに得たチカラは強力だが、事前の準備が欠かせない。
そしてそれはまだ完了していなかった。
(周りに配置したルーンはおよそ一万枚、万全には程遠いが……!?)
ステイルの思考を遮るかのように、マイクが閃光手榴弾を幾つか放り投げた。
――『絶対等速』の能力を使って。
(なんだこの遅さは!?)
不気味に迫ってくる脅威に対し、ステイルは炎剣で薙ぎ払おうとするが。
「甘いな、魔術師」
炎剣が到達する直前にマイクは能力を解除した。
そして閃光手榴弾は、重力に従って落下する。
「!?」
薙ぎ払う為にそれを凝視していたステイルは、当然閃光も見る事になり。
「う、わあぁぁぁぁぁ!」
学園都市製の光が、彼の視界を焼きつくした。
作戦通りに事が運んだので、マイクは安堵を隠せない。
そもそも能力のこういった変則的な使用方法は、猟犬部隊に入ってから木原によって仕込まれたものである。
もしもそれで失敗していたら、間違いなく木原によって殺されていただろう。
「よし、ナンシー捕獲しろ」
「了解」
両目を覆って叫ぶステイルを捕まえようとして、猟犬部隊が走る。
が、テレスティーナがそれを阻んだ。
「テメェら避けな!!」
「!」
もしもその警告が無かったら、今頃ナンシーは炭になっていたかもしれない。
先ほどの炎剣とは比較にならない熱量が、ステイルの前に猛然と現れたのだ。
「その名は炎、その役は剣(IINFIIMS)」
「顕現せよ、我が身を喰らいて力と為せ(ICRMMBGP)」
「――魔女狩りの王(イノケンティウス)!!」
ステイル・マグヌスという天才魔術師が、1人の少女の為に己を犠牲にして習得した絶対のチカラ。
それは、まさに魔術を象徴する怪物。
紅蓮の炎が人の形をとり、全てを圧倒して君臨した。
「炎の巨人だと……信じられん」
あまりに非現実的な光景に、ステイルを囲んでいた全員が唖然とする。
「悪いが、僕の視界を奪ったぐらいで勝った気にならないでもらえるかな?」
「あの子がここにいる以上、君達を焼きつくして保護するまでだ」
この時、ステイルの視界が回復していれば。
テレスティーナの表情に。
インデックスの姿をした少女の表情に。
違和感を感じたかもしれなかった。
――だが、そんな未来は訪れない。
8月1日午前11時50分、第7学区のとある広場
燃え盛る炎の巨人を前にして、テレスティーナは舌打ちした。
(あー、殺せないのってタルいわね)
(とっとと撃ち殺しゃ早いっつーのに、生け捕りとか言いやがってあの数多(ゴミ)が!)
(にしても……どうやら超能力と違って、アレは自律行動をとれるらしいな)
(めんどくせえ、こいつを使うか)
彼女の装着している駆動鎧の右手。
そこに備わっているのは、『書庫』に登録されている御坂美琴の能力を解析して作り上げた、超電磁砲(レールガン)だ。
連発こそ出来ないが、その分一撃の威力は並大抵のものではない。
木原数多の指示は魔術師の生け捕り。
である以上ステイル本人を狙う訳にはいかないが――。
(あの炎の巨人を、吹っ飛ばしてやんよ!!)
ステイルを守るように立ち塞がるイノケンティウスなら、攻撃しても構わないはず。
そう判断したテレスティーナは、全力で超電磁砲を発射した。
「これで……!」
炎とは全く異なる人工的な青白い光が、轟音と共に眼前のイノケンティウスを跡形も無く吹き散らす。
テレスティーナはにんまりと笑みを浮かべようとして、そのまま凍りついた。
「呆れるね、そんな事で僕のイノケンティウスを破れるとでも?」
「……んだとぉ……どうなってやがんだ、あァ!?」
周りに散ったはずの炎が、ビュルン!!と得体のしれない音をたてて再び集合したからだ。
(強力な自己再生能力……?)
(いや、燃焼現象を固定化する能力か?)
(あの超電磁砲の威力なら、ごく短時間とはいえ燃焼に必要な酸素量を周辺から弾き飛ばすハズだけど)
(……魔術……ねえ)
理屈はともかく、現状ではあの炎の巨人を無力化するのは不可能らしい。
「炎を攻撃しても、無意味なんだよ」
「!」
そこに聞こえてきたのは、インデックスに化けたショチトルの声だ。
ステイルに疑われないように、そしてステイルを追い詰める為に、魔術の解析を行っている。
その方法は極めて簡単だ。
今までの戦いをアイ・カメラで見ていたインデックス本人が、無線でショチトルに適切な指示を出しているだけ。
そうする事で、彼女は本物と全く同じ言動をとる事が出来るのだ。
無論、これも木原の作戦である。
「この魔法はルーンを使った迎撃魔術。辺りに刻まれたルーンを消さないといつまでも倒せないの」
「ルーン? 古代言語の?」
「そう。多分、この広場一帯に張られた紙1つ1つにルーン文字が書かれているのかも」
スラスラと魔術を看破していく少女の姿に、ステイルが歯ぎしりした。
「……君は、何故こんな奴らに……!」
「あなたは私の敵だから」
インデックスの指示による言葉ではなかった。
それは紛れもないショチトルの本心。
かつてエツァリとショチトルは、『原典』所持の罪でイギリス清教の魔術師に捕まっている。
捕縛者は他でもない――ステイルと神裂だ。
(組織から私を助けてくれたエツァリお兄ちゃんを、よくも捕まえてくれたな)
(絶対に許さない。お前も、あの得体のしれないキハラも!)
エツァリを人質にされているので、その木原に利用されていると知りながら従うしかない。
となれば、その行き場のない感情は当然ステイル1人に向けられる。
その悲痛な姿を見ていたテレスティーナが、心の中で嘲った。
(まんまと乗せられやがって、バカじゃねーの)
(これも全部あの数多(カス)の思惑どおりだって事に、どうして気付かないのかねえ)
エツァリにはショチトルを、ショチトルにはエツァリを。
互いを人質にすることで、表面的な反抗を抑え込む。
それだけではない。
あえてこの段階で“敵”であるステイルと対峙させることで、現在おかれている状況を作りだしたのはイギリス清教だと思い込ませる事が出来る。
――インデックスと同様に。
(せいぜい憎むのね。その感情ごと利用してあげるから)
(……ふふ。素直な子供って本当にステキ)
既にこの時。
悪意と言う名の『糸』は、静かに魔術師達に絡みついていた。
インデックスの助言を受けたテレスティーナ達は、迅速に行動を開始する。
「ブルーマーブル、付近一帯を“清掃”しな!」
「了解!」
MARのブルーマーブル隊5名が、思い思いの武器で辺りのコピー用紙を塵にしていき。
さらに、付近の清掃ロボを大量に広場に呼び寄せた。
只でさえ数の足りていなかったルーンが、みるみるうちにその姿を消していく。
「けど、その前に……イノケンティウス!」
「お前の相手は俺達だ」
焦って指示を出すステイルへ、マイク達猟犬部隊が立ち塞がった。
「邪魔だ素人が!」
「ナンシー、ヴェーラ、あの炎の移動速度は覚えたな?」
「ええ。一定の距離を取ったまま時間を稼ぐわ」
イノケンティウスはかなりの脅威だが、自動追尾ゆえか標的を追う際に一定のタイムラグが発生する。
1対1で倒さなくてはならないならともかく、複数の人間で単に逃げ回るだけなら。
相応の訓練を受けた『猟犬部隊』にとって不可能な任務では無くなるのだ。
何しろここは学園都市。
異能を相手に戦う事など、日常茶飯事なのだから。
こうなってしまえば、後残るのは目の見えないステイルだけ。
戦力を分断されたステイルに、テレスティーナが一瞬で肉薄した。
「ほーら、手品はオシマイなのかしら」
「!」
高速で繰り出されたローキックが、ステイルを狙う。
(殺さない程度には手加減してやんよ!)
だが、またもテレスティーナの目論見は外れる事になった。
(……感触が……ない!?)
(バカな、一体何をした!?)
直撃するはずの蹴りが、手応えの無いまま空を切る。
確かにその場にいるはずのステイルが、奇妙に揺らいで笑ってみせた。
「確かに、僕では勝てそうにないな」
「――だから一先ず退散するとしよう」
その背後では、ルーンを消されたイノケンティウスが儚く消えかかっている。
それでもステイルの声色は、余裕が感じられた。
(幻覚……うざってえ真似を!)
テレスティーナが歯ぎしりするが、どこにもステイルの姿は確認できない。
このまま逃がすと厄介だ、と彼女が焦燥を覚えるより早く。
「……悪いが、俺達『猟犬部隊』は一度狙った獲物を逃がさない」
静かにマイクがそう告げた。
「ヴェーラ、“どこ”だ?」
「そこから右に8m、前に12m。インデックスの後方に反応アリね」
直後、指示通りの場所をナンシーが体当たりした。
「ぐはっ」
「残念でした。姿を隠したぐらいじゃ私達は誤魔化せないわ」
隠れてインデックスを連れて行こうとしたステイルが、うめき声を上げる。
すでに蜃気楼はかき消えて、彼はその姿をハッキリと晒してしまっていた。
「何故、だ?」
「俺達は鼻が利く、それだけの事」
「……くそ、こんなところで!」
マイクの冷徹な声に対し、ステイルが無念を叫ぶ。
人の視界を欺く蜃気楼では、匂いまでは操れない。
ヴェーラの持っていた『嗅覚センサー』は、ステイルの居所を完全に探知していたのだ。
幾つか計算外の事がったとはいえ、無事に標的を捕まえた事にテレスティーナは満足していた。
もしもこの作戦を失敗したら、間違いなく木原の怒りを買っていたのだから当然だが。
「殺すなら、さっさと殺すといいさ」
そんなテレスティーナに対し、拘束されたステイルが挑むように言葉を発した。
「あぁ?」
「言っておくが、僕からイギリス清教の情報を得ようなんて考えても無駄だよ」
「……」
「拷問にかけたところで、絶対に口を割ったりはしないからね」
「……」
じゃあ死ねよ。
そんな風に投げやりになるテレスティーナだが、ふとある事を思い立った。
(そういえば、数多(クズ)から面白い報告が来てたな)
(イギリス清教による非人道的な記憶利用だっけか)
(コイツはその事を知ってんのかねえ)
その情報を使ってみるか、と呟いてテレスティーナはステイルに近づく。
「ねえ。今から話す事を聞けば、世界が変わって見えるかもしれないわよ?」
「何を言っている……?」
今さら丁寧に語りかけてくるテレスティーナに、ステイルは怪訝な表情を見せた。
それから15分ほどの時間。
他ならぬ自分の所属していたイギリス清教が、何よりも大切な少女を今まで苦しめていたと聞かされて。
「最大主教が、そんな事を……!」
ステイルは極度の混乱状態に陥った。
「今も無事なあの子の姿がその証拠。記憶のしすぎで人が死ぬなんて有り得ないわ」
「あの子を助けたいのなら、私達と共に行動しなさい」
「……」
「今死ぬよりも、ここであの子と一緒に生きた方が幸せだと思うけど?」
「……」
それからたっぷりと100秒近くが経過した後。
「……分かった。あの子を守れるなら、幾らでも無様に生きてやる」
「そう、良い子ね」
イギリス清教『必要悪の教会』所属の魔術師、ステイル・マグヌスの猟犬部隊入りが決定した。
(ここまでやれば十分か)
(……いや、どうせなら完璧に心を折っておこう)
(おもしれー事思いついたし)
「じゃあ、最初に頼みたい事があるのだけれど?」
「いきなりかい」
「そうよ、言わば入社試験ね」
「何をすればいいんだ?」
「簡単よ。――あなたの元同僚を殺すお手伝いをしてほしいの」
ステイルは、言われた言葉の意味が本気で分からなかった。
「まさか、僕に神裂を殺せと!?」
「あの女、神裂っていうの。……別に直接手を下す必要はねーよ。そのお手伝い」
「そんな事出来……」
「言っておくがな、」
抗弁するステイルを、テレスティーナは一言で抑えつける。
「もし逆らうなら、今ここであのガキの頭を吹き飛ばす」
「な!?」
「考える時間は3秒。その間にハイと言いな。さもなきゃガキの脳みそとご対面ね」
楽しげに追い詰めるテレスティーナは、わざわざ猶予など与えない。
「3、2」
「待て、言う通りにする!」
結果ステイルは、そう言うしかなかった。
「良く聞け数多、面白い事になったぞ」
『んー?』
「ちょっとした余興なんだけど」
後は、地獄まで一直線。
その作戦を気に入った木原により、即座に事態は進展する事になった。
8月3日午前10時00分、『猟犬部隊』32番待機所
木原の手により聖人である神裂が葬られ、同時にステイルが猟犬部隊に入ってから2日後。
その日も、いつもと同じように研究が進められていた。
――彼らに1通の手紙が届けられるまでは。
「ようやくのお返事か」
仰々しい封筒を見た木原が、送ってきた相手の名を見て思わず笑う。
だが、その中身を一読すると一気に表情を変えた。
「……バチカンへの招待状、だと……」
世界の揺らぎは、さらに加速する。