ミコト「ただいま!」後編3


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「美琴!!」

倉庫の外から一日ぶりに聞く上条の声が響いた。

上条はゆっくりと、慎重に歩を進め、そのまま美琴を庇うように前に立った。

男は顔色一つ変えない。

「こんばんは、上条当麻」

「あんた……、誰だ?」

上条も男の顔に見覚えがなかった。

背後から遅れて土御門がやってくる。

「(土御門、美琴を頼む。)」

土御門は頷くと、美琴を連れてその場を離れていった。


男はそれを見ると小さな笑みを浮かべる。

「まずは順を追って説明しようか」

男はそう言うと、近くにあった20cmほどのコンクリートの破片を拾い上げた。

「気づいていると思うが私は魔術師だ。ロシアの片田舎の小さな教会に所属している」

男は流暢な日本語で話し始めた。

上条はその様子にどこかいやなものを感じていた。

「私のことをこれ以上話す前に、まずは私の魔術を披露しよう」

男がそういった次の瞬間その隣に、なんの前触れもなく全く同じ姿の男が現れた。

全く同じ服装、そして全く同じ顔。

“新たに現れた男”は手の上で先ほど拾い上げたコンクリート片をポンポンと弄ぶ。

それは“元からいた男”が手にしているそれと、形も大きさも、何から何まで同じだった。

“元からいた男”が何かを呟いたかと思うと、突然その場から消え去った。

残された“新たに現れた男”は手にしていたコンクリート片を顔の高さに掲げると、コンクリート片はまるで早送りでも見ているかのようにみるみる風化していき、男の手の上で白い砂となった。

上条の背中を冷たい汗が伝う。

「私が使う魔術は――」

そう言うと、男は何かを呟きながら手の上の砂を放り投げる。

次の瞬間、今度は静止画像を見ているかのように、撒かれた砂が空中で停止する。

同時に全ての音が聞こえなくなる。

わずかに吹いていた風も止まり、完全なる静寂が二人を包み込む。

男が静かに口を開く。

「時間操作だ」




上条はわけが分からなかった。

時間を操る魔術など聞いたことがなかった。

しかし男が嘘を吐いているようにも思えない。

今しがた目にした光景。

そして男が放つ尋常ならざる力の気配。

能力の限界はわからないが、上条に見せた片鱗だけでもその脅威は計り知れない。


上条は混乱した。

これほどの力が何故戦争中に使われなかったのか。

そして何故わざわざ上条に能力を見せたのか。




空中で静止していた砂が動き出し、地面に落下した。

止まっていた虫の声や風の音が再びあたりを包む。

すると男の背後から人影が現れた。

金色の髪。

胸元が大きく開いたアロハシャツ。

真夜中にも関わらずその両目を覆うサングラス。

そして聞きなれた声。


「久しぶりだにゃー、カミやん」




上条は目を疑った。

そして慌てて後を振り返る。

50メートルほど離れた場所で、美琴と並んで立つ人影。

間違いなく土御門だった。

しかしその手には黒く光る何かが握られ、美琴の頭に押し付けられている。


上条の頭が目まぐるしく回転し、一つの答えを導き出す。

「……」

一瞬、能力を使用することを考えるが、すぐに思いとどまる。

後にいる二人が実物だという保証はない。

どこからかはわからないが、上条ははめられていたのだ。

男はどう考えても上条の能力を知っている。

全て分かっているからこそ、先に能力を披露し、本物の土御門を上条の眼前にさらしたのだ。

今更逃げ道が残されているとは到底思えない。

完全に手詰まりだった。

上条はわずかな可能性にかけ、口を開く。

「……話を聞かせてくれ」




男の話は簡単だった。


彼はロシア正教の小さな教会のある、小さな町で生まれ育った。

そしてやがて魔術に出会い、魔術界に足を踏み入れる。

ある日男は教会で一冊の魔道書を発見した。

禁書目録にも記されていない、未知の魔道書だった。

男は長い年月をかけ、魔道書を解読した。

そこには時間を操作する禁断の魔術が記されていた。

元々大望も持たないその男は、その魔術が秘める力のあまりの大きさに恐怖し、再び魔道書を封印することを決意する。

片田舎の一介の魔術師として人生を終えよう。

男はそう決めた。

しかし戦争が全てを変えた。



そこからはよくある話だった。

親しい友人を戦争で亡くし復讐を決意する。

そのために一度捨てた力に手を伸ばす。

その前に立ち塞がる圧倒的な力。

積み重なる仲間の犠牲。

そしていつしか男の魂は復讐にとりつかれていた。




「とまあ、こんなところだ」

男は淡々と話し終えた。

上条は奥歯を噛み締めた。

こうなることは分かっていた。

割り切ったはずだった。

乗り越えたはずだった。

しかし心の奥に閉じ込めた罪の意識が上条の心を激しく揺さぶる。

「……随分まわりくどい真似をするんだな」

上条は吐き捨てるように言った。

「殺せない相手というのはやっかいなものでな」

男は相変わらず顔色一つ変えずに話す。

「だから心をぶっ壊してやろうってわけだ」

上条は心の中で舌打ちした。

わざわざこのタイミングで現れたこと。

わざわざ土御門と謎の偽者を用いたこと。

全て合点がいった。

そして男は言い放った。

「二度と元に戻らないように、今回は念入りにぶっ壊してやるよ」




「今回……は……?」

上条は低くつぶやいた。

上条は目の前の男が吐いた言葉の意味を正しく飲み込めずにいた。

(まさか……)

上条の思考に覆いかぶせるように男は続けた。

「前回は場所からタイミングからそれなりに計算してやったつもりだったんだがなあ……全くお前ときたらますます張り切ってくれやがって」

「…………」

「おかげで何人仲間がやられたと思ってんだあ?おい、聞いてんのか?」

上条は歯を噛み締める。

「てめえ……」

「おいおい怖い顔すんなよ。お前だって俺の仲間を何百人もやってんだ。それにわかってんだろ?」

「……」

「わかってねえなら教えてやろうか?俺はこの術を使いどこへでも一瞬で移動できる。お前が妙なことをすれはすぐにあの女を[ピーーー]。お前が力を使えば外にいる俺の仲間が女を[ピーーー]」

男は上条の背後に見える土御門と美琴をさして続ける。

「さらに言えば後のあれは話をわかりやすくするためにあそこにいるだけだ。あれを消しても女は[ピーーー]。どこにいるかわからない、だれかもわからない人間は消せないんだろ?そういうことまでわかってんだよ」

「……」

「これでわかったか?お前に出来ることは、信じていた仲間の手で、大切な女が殺されているのを黙って見ていることだけなんだよ」

「黙れ……」

「お前のことは何ヶ月もつけさせてもらったよ。全く見ちゃいられねえよ。あんな何千人も殺しまくった野郎が今更女と幸せになろうってかあ?何考えてやがんだ」

「……黙れよ……」

「ま、それも今日で終わりだ。女は死ぬ。お前には何も出来ない。あの魔術師のときのようにな」

「黙れって言ってんだろお゛お゛お゛お゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!!」




美琴は上条から100メートルほど離れた倉庫の中にいた。

突然態度を豹変させた土御門に術式をかけられ、全身の自由が利かなくなっている。

(どういうことなの……)

美琴の頭にいくつもの可能性が浮かぶが、どれも最悪の内容だ。

土御門を睨みつけるが、こちらを見ようとすらしない。

彼らの目的は間違いなく上条だ。

正攻法では叶うはずのない彼を相手にするため、自分を人質にとったのだろう。

(私は、どうすればいいの……)

肝心な時に傍にいることができず、あまつさえ彼の足枷となってしまったことが口惜しくてならない。



突如大気が震え、周囲の気温が急激に下がるのを感じた。

美琴の全身に悪寒が走る。

真夏にも関わらず、吐き出す息が白くなる。

(あの時と同じだ……!!)

美琴はこの状況に覚えがあった。

そしてあたりに満ちる禍々しい気配。

間違いない。

上条が覚醒し、自分が能力を失ったあの日と同じだ。

(当麻……!!!)

美琴は心の中で叫ぶ。

怖かった。

彼の身に起きているだろう何かが。

そしてこれから起きるかもしれないなにかが。

美琴はぎゅっと目を閉じる。

(当麻っ!!!)



上条を中心に何かが弾け、大気の振動が広がっていった。

倉庫の外壁に嵌る窓ガラスにヒビが入ったかと思うと、次の瞬間音を立てて崩れ落ちた。

床一面に溜まっていた水はいつの間にか完全に氷結している。

真夏だというのに、倉庫内の温度は氷点下に達しようとしていた。


上条の背中からはぼんやりとした光の翼が飛び出していた。

そしてこちらを見据える双眸は赤い灯をともしている。

男はこの姿を見るのが初めてではなかった。

(全く馬鹿げてやがる)

男はそんな内心とは裏腹にニヤリと笑った。

おそらく自分はここで死ぬ。

しかしそれで構わない。

上条当麻を確実に潰す。

今の自分にはそれ以外何もないのだ。






161 :VIPにかわりましてGEPPERがお送りします[sage]:2010/07/22(木) 16:35:26.90 ID:iVJSIjE0



上条は不思議な感覚に陥っていた。

怒りが、憎しみが、後悔が、罪悪感が、様々な感情が渦巻く黒い激情の嵐。

その中に上条は立っていた。

嵐は容赦なく上条を飲み込む。

この光景には覚えがあった。

自分の一年余りの記憶の中で、最も思い出したくない記憶。

美琴の能力を消したとき、罪なき人々の命を奪い去ったとき、自分はこの嵐の中にいた。

しかし今は少しだけ違う。

上条は自らの足で地面を踏みしめている。

荒れ狂う渦に翻弄され、飲み込まれたあの時とは違う。

上条にはその理由が分かっていた。

信念。

別に呼び方は何だっていい。

かつてのそれは、自らの力に比べあまりに弱く脆かった。

後悔や疑念、迷いや自責によって押しつぶされ、すり減らされたそれは、自らの力の前に、敵の前に砕け散った。

でも今は違う。

上条は大地を踏み、前へ進む。

大事なものを取り戻すために。


(美琴っ!!)




目の前の少年の目から赤い灯が消えた。

少年の周りに吹きあれていた風も弱くなっている。

(……?)

男はかすかに眉をひそめる。

上条が口を開いた。

「土御門!!」

「何だ、カミやん?」

それまで押し黙っていた土御門が答えた。

その声はいつもと変わらない。

「……いつからだ?」

上条が土御門の目を見据え、再び尋ねかける。

「いつから?そんなもの最初からに決まってるぜよ、カミやん」

そういうと土御門は右手でずれかけたサングラスを直す仕草をした。

その瞬間なぜか男は嫌な予感がした。

今のやりとりに妙なところはない。

土御門には余計なことを言わないよう術もかけてあるし、保険もある。

しかしこちらを振り向いた上条の目は何かを確信したかのような目だった。

(まずい!)

男は瞬時に呪文を唱え、その場から姿を消した。




美琴を助けられるわずかな可能性。

上条はそれにかけた。

土御門は『最初から』と言った。

『最初』とはいつを指しているのか。

はじめは二人の出会いかと思ったが、その可能性は考えられない。

ではいつなのか?

上条の頭にはロンドンに帰還したあの日が浮かんだ。

あの日土御門は絶望に沈む上条に言葉をかけた。

『超電磁砲との約束はどうするんだ』

上条は今このときまで『約束』とは、告白に答える約束だと思っていた。

しかしよくよく考えればいくら土御門でもその約束まで知っているはずがない。

そこで浮かぶ、もう一つの約束。

『御坂美琴と、その周りの世界を守る』


その瞬間上条は一つの答えに辿り着いた。

ロンドンから学園都市まで、偽土御門は不自然なほど美琴のことを気にかけていた。

上条が抱いていた違和感の正体はまさしくそれだった。

あの約束を知り、美琴のことを大切に思っている。

そしてその男は学園都市で土御門と同じ組織に所属していたはずだ。

何よりその男はかつて肉体変化の魔術を使用していた。

上条の中で全てのピースが繋がった。

上条の視線の先でサングラスに手をやる土御門の右腕には、白い包帯がまかれていた。




次の瞬間男が目の前から姿を消した。

上条の頭がフル回転する。

何に、どの順番で能力を使用するか。

上条は首をひねり、素早く辺りを一瞥する。

すると上条たちがいた倉庫が消え、辺りの建物も次々消えていった。

一瞬で更地となった周囲を素早く見回す。

案の定、辺りには数人の魔術師の人影が残った。

そのなかの一つ、いくつもの人影が集まっている場所がある。

上条はそこに向かって手をかざした。



男は美琴がいる場所へ走っていた。

周囲の時間を止めれば一瞬で辿り着くことが出来るが、上条には何の効果もない。

仕方なく自分の時間を限界まで加速し、目的地へ走る。

(ちっ!)

残り十数メートルの位置で周囲の時間が元に戻る。

上条が自分の能力を消したのだろう。

だがそれでも構わない。

すでに合図は送ってある。

人質を拘束している偽土御門かそれを囲む仲間が女を消す。

予定通りには行かなかったが、最終的に女を[ピーーー]ことが出来れば目的は達成できるだろう。

パンッ パンッ

男が倉庫の扉に手をかけると、中から乾いた銃声が聞こえた。

不意に銃声が耳に飛び込み、美琴は恐る恐る目を開く。

そこに飛び込んだのは、美琴を庇う様に立ち、背中から血を流す土御門の姿だった。

「土御門…さん……?」

次の瞬間土御門は膝をつき、床に倒れ臥した。

同時に十メートル程離れた場所で見知らぬ男が崩れ落ちる。

(相打ち……?どういうこと……?!)

すると、突如美琴たちがいた倉庫が跡形もなく姿を消した。

「え……?!」

美琴は混乱した。

あわてて辺りを見回すと、背後に先ほどの男がいた。

その手には黒い拳銃が握られ、銃口は自分に向けられている。

男は無表情のままだったが、その目には確かな殺意が宿っていた。

「終わりだ」

男の指がゆっくりとトリガーを絞る。

(とうま……)

身動きの取れない美琴は、覚悟して目を閉じる。

(ごめんね……とうま……)

パンッ


命の終わりを知らせる発砲音が響いた。

しかし覚悟した瞬間はなかなか訪れない。

美琴が再びゆっくりと目を開けると、そこには光の翼を纏った上条の背中があった。




男の手から銃弾が放たれた瞬間にその少年は現れた。

目の前の少女に向けて放たれた弾丸は上条の身体に吸い込まれるように消えていった。

上条がこちらを睨む。

その瞳からは既に狂気は去り、黒々とした光を湛えている。

仲間の魔術師がこちらに向けて攻撃を放つが遅かった。

上条の翼が少女を守るように包み込む。

直撃するはずの銃弾や魔術はことごとく打ち消された。

上条は男から視線を外すと足元に倒れている偽土御門の前で跪いた。

胸部から背中に貫通している銃創に手を当てる。

するとたったそれだけで偽土御門の傷は何事もなかったかのように消え去った。

上条はゆっくりと立ち上がると辺りを一瞥する。

十人近くいた味方の魔術師は次々と倒れ、立っているのは上条と男だけとなった。

「全く馬鹿げた力だ」

男は低くつぶやいた。




上条は男の目を見た。

そこからは、何も読み取ることの出来ない、完全な無表情だった。

先ほどの男の話を思い出す。

この男も自分と同じなのだ。

信念を失くし、力に翻弄され、そして自分を喪った。

しかし、自分とは違いこの男には縋る者がなかった。

否、自分が奪い去ってしまったのだろう。

胸に鋭い痛みが走る。

しかし上条の視線は揺るがなかった。

男が口を開く。

「殺さないのか」

上条はわずかに目を細め、口を開いた。

「そういうことは俺より強くなってから言うんだな」

上条の背中から翼が消え、中から美琴が姿を現した。

美琴は地面に倒れ、気を失っていた。

「美琴……」

土御門が駆けつけ男を拘束すると、上条に声をかけた。

「安心しろ、極度の疲労と緊張、魔翌力の使いすぎで一時的に気を失っているだけにゃー。一時間もすれば目を覚ますぜよ」

それを聞いた上条は胸を撫で下ろす。

「久しぶりだな、土御門」

「だましてすまなかったな、カミやん。こいつはロシアの抵抗勢力の最後の大物でな。こいつの使う魔術のせいで今まで捕まえることができなくて、そこで俺がスパイとして送り込まれたってわけだぜい」

「仕事か……?」

「まあな。ま、こいつもおれの正体を知っていて利用していたようだし、とにかくだましたり、餌にするような真似をしてすまなかった、カミやん」

「美琴をまきこんだのは許せないけど、半分は俺の業だ。気にするなって」

「ま、とにかくカミやんのおかげで一件落着だぜよ。あとは俺が責任を持って後始末するから、カミやんはそこのお姫様を家まで届けてやるんだな」

「ああ、わかった。あとは頼んだぞ」

上条はそういうと美琴を背中に負ぶった。

「ああ、それと」

「なんだ、カミやん?」

「そこの土御門にも色々ありがとうと言っといてくれ」

そう言うと上条は美琴を背負ってその場を去って行った。




「おいおい、三下も随分派手にやりやがったなァ」

どこからともなく一方通行があらわれた。

「久しぶりだな、一方通行」

「その面で言われてもピンとこねェよ」

「そう言うな、気づいていたんだろう?だまっていてくれて助かった」

「まァな。気づかねェのは三下くれェなもンだ」

突然ヒュンという音が聞こえ、どこからともなく一人の少女が姿を現した。

「まったく人使いが荒いわね。妹さんは無事取り返してきたわよ」

「すまなかったな、結標」

「いいわよ、大切な妹さんなんでしょ。お互い様よ」


「このメンバーが揃うのも久しぶりですね」

いつの間にか身体を起こした海原が言った。

その顔も、いつの間にか土御門のものから海原光貴のものへと変わっていた。

「9ヶ月ぶりか」

「そうね……」

この4人がこうして顔を合わせるのは、昨年エイワスの手によってメンバーが壊滅して以来だった。

「組織はなくなってしまいましたがこうして皆さんと再び会えて嬉しいですよ」

一方通行がチッと舌打ちし、低く言い放つ。

「ンなこたァどうだっていい。とにかく駒は揃ったんだ。やるこたァ決まってる」

「そうだな……」

全員が真剣な面持ちで頷きあう。

「とりあえず今日は解散だ。新たな隠れ家を見つけ次第連絡する。こいつの身柄は俺があずかるからお前たちは帰ってくれ」

土御門がそう言うと、結標はその場から姿を消し、一方通行も去って行った。

「お疲れ様です、土御門さん」

「海原、お前も必要悪の教会に協力してもらってすまなかったな」

「いえ、御坂さんのお役に立てるならよろこんで協力しますよ」

海原はさわやかな笑顔を顔に貼り付けて言った。

「しかし彼の力は本当に凄いですね。痛みすらありませんよ」

海原はそう言うと傷のあった居場所を撫でた。

「ああ、俺も直接見るのは初めてだ。それに……」

土御門は先ほどの上条の姿を思い返していた。

(ドラゴン……か……)

「どうかしましたか?」

「いや、なんでもない。ここから先は俺の仕事だ。お前ももう大丈夫なら帰ってくれ」

「わかりました。では彼に伝えておいてもらえますか。『約束を守ってくれてありがとう』、と」

「わかった、伝えておく」

海原は笑顔で頷くとその場から去って行った。




美琴は夢を見ていた。

風邪をひいた時に見るような、得体の知れない恐怖に満ちた夢だった。

美琴は必死で上条の姿を探す。

ようやく上条の姿を見つけ肩に手をかける。

上条がゆっくりとこちらを振り向く。

その目は美琴を飲み込むかのように、暗く、赤く光っていた。



「っ!!」

美琴は目を覚ました。

慌ててまわりの様子を確認する。

美琴は上条に背負われ、いつしかの土手の上を進んでいた。

「とう……ま……?」

「気づいたか……」

上条は美琴を背負ったまま答えた。

「ここは……?」

「ああ、一応全部片付いてな。美琴が寝ちゃったから家まで運んでるんだ。あと少しで着くぞ」

美琴は先ほどの記憶を必死で思い起こす。

第6位のこと、突如現れた男のこと、自分に向けて放たれた銃弾のこと、そして最後に見た上条の姿を。

「とうま……?」

「なんだ……?」

その声は美琴の良く知る、いつもの彼の声だった。

しかし美琴は怖かった。

自分を背負っている目の前の彼が、どこか遠くへ行ってしまった別人のような気がしてならなかった。

上条が怖い。

そしてそう考えている自分が嫌でたまらなかった。

「あ……」

二人はいつの間にか見覚えのある場所へ来ていた。

「この河原……」

「どうした?」

「当麻、この河原覚えてる?私と当麻が出会った頃、ここで勝負したのよ。私の攻撃を当麻が全部消しちゃって、それで当麻がやられたふりして私が怒って追いかけて……」

上条が少し黙り込む。

「すまない……俺にはその記憶はない……」

「…………」



長い沈黙が流れた。

美琴が自分の胸に回す手に力を込めるのが伝わってくる。

しばらくして美琴がポツリと呟いた。

「私、生きていていいのかな……」




しばらく答えが返ってこなかった。

上条は自分を背負ったまま足を止めない。

美琴は後悔した。

何故こんなことを言ったのか。

彼を困らせるようなことを、彼を責めるようなことを。

やがて上条がゆっくりと口を開いた。

その答えは少し意外なものだった。

「それは……俺にはわからない」

「……」

「俺がどんな立派なことを美琴に言ったとしても、それは正しい答えじゃあない。美琴が信じること、それこそが正しいことなんだ。わかるか?」

美琴がゆっくりと首を横に振る。

「……俺はこの世界で生きていちゃいけない人間だと思うか?」

今度は激しく首を横に振る。

「でも俺は何人もの命を奪い取った。彼らや、その周りの人間にとって俺は殺したいほど憎い存在なんだ。それでもおれは生きていていいと思うか?」

「……」

「俺もかつてはそう思っていた。自分は生きていていい人間じゃない。死んで当然の人間なんだと。でも今は違う。生きていたい。美琴と一緒に生きていたい、そう思っている」

「……」

「でもそれは道理や理屈じゃない。お前と一緒にいたい。だから生きたい。それだけなんだ。何千人、何万人もの憎しみや怨嗟、それを背負ってでも俺は生きたいんだ」

「とうま……」

「お前は……生きたいか?」

美琴はゆっくりと頷いた。

「だったらそれでいいんだよ。邪魔するやつは蹴散らして、文句を言うやつはぶん殴って、そうやって生きてやればいい。俺はもうそう決めたんだ」

「……でも……」

美琴がそう言うと、上条は土手の上に会ったベンチに美琴をゆっくり座らせ、その前に立ち美琴の髪を優しく撫でた。

「……」

「……今日は怖い目にあわせて悪かった。でもどうしても学園都市の外にでないとならない用事でさ」

上条はそう言って、肩にかけていたブリーフケースから数枚の書類の入ったクリアファイルを取りだし、美琴に手渡した。

「……?」

「とりあえず見てみてくれ」

美琴がクリアファイルから書類を取り出し目を通すと、それは戸籍謄本ととある中学校への編入案内だった。

「え……?」

「実は今日、美鈴さんと旅掛さんに会ってきたんだ」



上条は数日前から美鈴に連絡をとり、旅掛と二人が揃う今日美琴の実家へ出向きあるお願いをしにいったのだ。

そのお願いとは、美琴を家族としてほしいということだった。

上条は妹達のこと、オリジナルと00000号のこと、全てを包み隠さず二人に話した。

「お願いです。俺は美琴に表の世界で生きていてほしいんです。1万人の妹達を放って置いて虫がいいと思われるかもしれません。それでも俺は美琴のためにできることをしたいんです」

上条は必死で二人に頭を下げた。

美鈴は上条の目も憚らず、大粒の涙を流し続けた。

旅掛も何かを堪えているようだった。

「わかった。美琴とその子さえ良ければ私たちも構わない。ただ一つだけ条件がある」




「これで晴れて美琴も学園都市の住人てわけですよ」

そう言って上条は美琴に渡した謄本の一部を指差した。

そこにはこう書かれていた。

長女 御坂 美琴
次女 御坂 ミコト

「え……これって……?」

「うーん、我ながら少し強引だったかなと思うんだけど、向こうの名前を変えるわけにはいかないし、美琴の名前が変わるのも嫌だし、というわけで美琴は今日からカタカナでミコト。もちろんお前さえ良ければだけどな」

「で……でも……」

「もちろんオリジナルには話をしてある。喜んで承諾してくれたぞ」

「でもそんな簡単に……」

「確かに戸籍を捏造するのはただごとじゃないけど、上条さんには色々と素敵なコネがあるんですよ。だからミコトは何の心配もいらないよ」

上条はそう言って胸を張った。

ミコトにはにわかに信じられないことばかりだった。

それでもミコトは嬉しかった。

再び光の下に出られること。

上条がどこまでも自分を大切にしてくれていること。

そして、いつもの上条が戻ってきてくれたこと。

「ありがとう当麻……ありがとう……」

ミコトは上条の胸に顔を埋めた。

いつの間にか目からは涙が溢れ出していた。

上条はミコトを優しく抱きしめながら口を開いた。

「ただいま、ミコト」

「え……?」

「……言っただろ、必ずお前のもとに帰ってくるって。今回はちょっと危なかったけど、約束は必ず守る。だからミコト……」

上条はそう言ってミコトの頭を撫でた。

「ただいま」

「……おかえり、当麻!」




土御門は海原が帰った後、残った魔術師たちも拘束し、手配した必要悪の教会の人間が来るのをまっていた。

すると何もなかったはずの空間から一人の少年の声が聞こえた。

「あれ……ここはどこや?」

「青ピか?」

「あれ……土御門クン?随分久しぶりやなぁ」

「そういうお前もな」

「これはどういうことなんや?」

青ピは辺りを見回して言った。

「まあ、そこの男の仕業とだけいっておくか」

「へぇ、けったいな能力やな。ところで土御門クンもお仕事?」

「まあな、こっちで会うのは初めてだな」

「せやな、ところであのお嬢ちゃんはもう帰ってもうたん?」

「超電磁砲か?それならカミやんが連れて帰ったぜい」

「相変わらずカミやんモテモテやなあ。まあそれならええわ」

「ところで青ピ、用がないならここから離れてもらいたいんだがいいか?」

青ピは上半身だけ起こし、いつもと変わらないにやけ顔で言った。


「手、貸してくれへん?」




上条とミコトは先ほどのベンチに並んで座り星を見ていた。

ミコトは上条の肩にもたれかかり、腕に手を回している。

あれから1時間ほどがたったが二人が動く気配はない。

「やっぱり学園都市だとあんまり星は見えないな……」

「そうね……でもこれはこれで綺麗なんじゃない?」

「そうだな……」

突然やって来た川風が二人を包み、ミコトが少しだけ身体を震わせた。

「寒くなってきたな……、そろそろ帰るか」

「いや……」

「でも風邪ひいちまうぞ?」

「ううん、違うの。そうじゃないの」

「……?」

「私が帰る場所はここなの……だから『帰る』じゃないの」

ミコトはそう言うと上条の背中に腕を回し、胸に顔をうずめた。

上条は小さく笑うとミコトの小さな背中に手を回し、抱き締めた。

「おかえり、ミコト」

「ただいま!」
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