とあるミサカと天草式十字凄教 > 15


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第7学区のとある病院 とある病室


いら立ちを隠そうともせず、白い『最強』がカエル顔の医者を睨みつけた。


「なんだかんだ言っても来てくれる辺り、キミも相当甘いね?」

「うるせェよ。…こっちの事情は知ってンだろうが。手短に話せ」

「やれやれ、じゃあ単刀直入に言おう」


カエル顔の医者は一瞬だけフルチューニングを見ると、きっぱりと告げた。


「そこにいる試作型妹達……いや、レイの肉体を元の状態に戻す。その手助けをしてほしい」

「…なンだと?」
カエル顔の医者はこう説明する。


「彼女の体は無理な改造でボロボロだった」

「それでも、これまでの調整で2日程度なら問題なく体は動かせるまでに回復させた」

「残る問題は脳だ」


カエル顔の医者が流れるように説明を続けた。


「彼女の脳は、得体のしれないノイズで極めて危険な状態になっている」

「万全を期す為に、キミの能力でそれを整えて欲しいんだ」

「…おい、いきなり無茶を言うンじゃねェよ」


黙って話を聞いていた一方通行が、思わず口をはさんだ。


「テメェは、俺が打ち止めから『ウイルスコード』を除去したっていう事実に期待しているみてェだが」

「……そう簡単にいく訳ねェンだよ」


だが、カエル顔の医者は自信ありげに答える。
「安心すると良い、手伝ってくれるのはキミだけじゃないからね」

「あァ?」

「キミの演算能力をサポートしている1万人の『妹達』が、レイの為に協力してくれる」

「……」

「やり方はこうだ」

「まず『妹達』が、レイの正しい脳波パターンをキミの脳に直接教える」

「その情報を基に、キミが能力を使ってノイズを整えるという作戦だ」

「待て待て、そンな事したらコイツの記憶は全て吹っ飛ぶぞ」

「あのガキと違って、コイツは『量産型能力者計画』の試作型。ミサカネットワークに繋がって無いンだろうが!」

「記憶をネットワークに保管しないまま脳波を戻したら、2度と戻らねェンだぞ」


掴みかかりそうな勢いで否定する一方通行に、カエル顔の医者はやれやれと首を振った。


「大丈夫だ。何しろこの事例はウイルスコードとは違う」

「僕がお願いしたのは、確認されたノイズを“整える”ことであって除去する事じゃない」

(そう、レイの頭にチップがある以上、ノイズの完全な除去は不可能なのだから)

「ノイズが脳の活動を邪魔しない程度に抑え込むだけで良いんだ」
わずか2日間の退院。

一方通行が依頼されたのは、その期間中フルチューニングが問題無く動けるための一時的な処置だった。


「…解せなェな」

「完全な治療を信条とするくせに、今回はえらく無様な妥協をしてンじゃねェかよ」


まるで咎めるような一方通行のセリフに、横からフルチューニングが弁明した。


「それは彼の責任ではありません。無理に退院を願ったレイの所為です」

「本来ならば後半年は調整が必要なはずなのに、今すぐ退院したいと我儘を言いました」


フルチューニングからの思わぬ言葉に、一方通行は彼女へと振りかえった。

その紅い目から一瞬も視線を外さず、フルチューニングは懇願する。


「お願いします、一方通行。レイに2日間だけ動ける時間を下さい」

「…チッ」


結局一方通行は、…本気でどうなっても知らねェぞ、と呟いて了承した。

 

 

午後5時00分、第7学区のとある大通り


一方通行とフルチューニングは、日の沈みかけた道を並んで歩いていた。

一方通行が一緒に居るのは、“治療”を終えたフルチューニングに異常が無いか確認するためである。

そのフルチューニングは、笑みを浮かべて軽快に歩く。

杖をついた一方通行を置き去りにする勢いで。


「かなりイイ調子です。この感じなら走ることも出来ますよ」

「止めろバカ」

「ム…ただの冗談です」

「テメェらの冗談は、ちっとも冗談に聞こえねェのが難点だなァ」


何か心当たりでもあるのか、げんなりとした様子で一方通行が吐き捨てた。

やがて2人は、天草式が学園都市で滞在している場所の近くへ到着する。


「ここまでで結構です、本当にありがとうございました」

「……」
「あの、一方通行?」

「1つ聞きてェンだが」

「はい?」

「…お前、死ぬ気か?」


すでに人通りも無くなった小道で、2人の能力者は無言で向き合った。


「どういう意味ですか?」

「そのまンまだよ、ここまでして退院したのは死ぬ為かって聞いてンだ」

「…いいえ」

「そうかァ、ならハッキリ教えてやる」

「テメェのノイズも、ミサカネットワークに接続出来ない理由も、全て原因は頭のチップだ」

「…チップ?」

「ああ、間違いねェ。脳波を弄った時に確認した」


この時になって初めて、フルチューニングは自分の頭にチップが埋め込まれている事を知った。
(つまり、レイが他の『妹達』と異なっている理由はそのチップ…!?)

(オルソラ教会や培養器の中で、意識を失った理由も…)

(レイが能力者なのに魔術を使える理由も全て…!)


「本当に死にたくないって言うンなら、病院に戻ってそのチップを取り除くべきだな」

「そ、れは…」

「そのチップが動けば、今度こそ脳がイカレルかもしれないンだぜ?」


一方通行の脅かすような言葉に、フルチューニングは黙りこくった。

とは言え、それは病院へ戻るか迷ったからではない。


(このチップが、レイを殺すかもしれない…それはどうでもいい事です)

(能力の低下したレイが天草式のみんなの役に立つには、このチップ…魔術が必要)

(ましてや、アックアという最強の魔術師相手ならば絶対に!)

(そもそも天草式のみんなを、建宮さんを助ける事が出来るのなら、この体がどうなろうと構わない)

(問題は、ただ1つ)


目の前に居る『最強』をどう誤魔化すか、と言う事に悩んだからだった。
「…レイは、死ぬつもりはありません」

「約束します」

「……」

「2日後までには、“必ず”あの病院へ戻りますから!」


その拙い説得に、一方通行はこう問い返した。


「…そこまでする理由はあンのか?」

「はい!…どうしても会いたい人たちがいます」

「どうしても助けたい人たちがいます」

「どうしても守りたい人たちがいます」

「…どうしても、失いたくない人がいます」


そこまで言って、フルチューニングはハッと気づく。


(これでは、レイが危ない事をしにいくと言ってるようなものでは…!)


恐る恐る相手の様子を窺うが、一方通行の表情は読み取れない。

そして一方通行は、そのままゆっくりと来た道を戻っていく。

だが去り際に、一方通行の言葉がフルチューニングへ届いた。


「…お前にも、自分の事を『1人の人間』として認めてくれた人間がいるンなら…」

「そいつのためにも、死ぬ事は許されねェって事を胸に刻ンでおけ」


その言葉の残滓が残っているうちに。

かつて孤独だった『最強』は夜の闇へ姿を消した。

 

 

 

第7学区、とある天草式の隠れ家


後方のアックアから、上条当麻を守れ。

天草式のメンバーは、その極めて難しい指示を果たすため現在打ち合わせをしている。

だがこの場に居る彼らの表情は、どことなくぼんやりとしたものだった。

その理由は1つ。

仲間になってわずかに2か月ほどの、とある少女を気にしているからだ。


「レイが戻るまで半年、か…やれやれ」

「…お見舞いには行けるけど、結構キツイわね」
教皇代理建宮の呟きに、対馬が寂しげな笑みを浮かべて同意する。

天草式の誰もが、今ではすっかり家族の一員のように感じていた。

――極めて特殊な出会い方をしたあの少女の事を。


「アックアとの戦いに集中しよう。…こんな我らの姿を、レイに見せる訳にはいかないのよな」

「それは、分かるんすけど…」

「香焼、しっかりしなきゃ駄目です。レイちゃんに笑われちゃいますよ」


あの海戦以降、傍目に分かるほど落ち込んでいる香焼を五和が励ます。

その優しさで、香焼が立ち直るよりも早く。


「――では、期待通り笑ってあげます」


無表情を装いながらも、その声に隠しきれない喜びを含んで。

件の少女、フルチューニングがその場に現れた。
突然姿を見せたフルチューニングに、建宮たちは当然驚いた。


「レイ! どうしてお前さんがここにいるのよ!?」

「そ、そうっすよ!入院はどうなったんすか!」


一体どこで覚えたのか、フォッフォッフォッフォッフォ…と手をチョキにして笑う(?)フルチューニングに、2人が詰め寄る。


「退院した訳じゃありません、これは一時帰宅です」

「一時帰宅? 認められたの?」


疑わしい、という目で見てくる対馬に、フルチューニングは帰宅許可証を差し出す。

それをゆっくりと確認すると、対馬はホッと安堵しながら頷いた。


「確かに、お医者さんの許可は貰ってる…」

「当然です」

「本当に良かったねレイちゃん。それで、どれぐらい外泊できるの?」

「ちょっと待ってね五和。…この書類を見ると、明後日までは大丈夫みたいよ」


対馬の答えにみんなが喜ぶ中で、1人だけ難しい顔をしている人物がいた。
「レイ、まさか今回の作戦に参加するつもりじゃないだろうな?」

「!」


今この学園都市に天草式が滞在している理由を、誰よりも理解している建宮斎字である。


「分かっちゃいると思うが…重症のお前さんを、戦わせるつもりはないのよ」

「建宮さん…」

「レイ、これだけは“絶対”だ」

「言われなくても、当然レイは分かっています」


フルチューニングの思いがけない言葉に、建宮が沈黙した。


「そもそも能力が使えないレイでは、戦っても足手纏いになるだけです」

「ですが、せめて連絡役ぐらいはさせて下さい」


周りにいる仲間たちが、建宮の判断を無言で待つ。

10秒ほど黙考した後、建宮は特大の溜息をついた。


「絶対に能力は使うな。それだけは守ってほしいのよな」

「…はい!」


こうして、およそ2週間ぶりに天草式十字凄教は全員揃うことになった。
翌日の夕方、第7学区のとある映画館近く


久しぶりに布団で眠ったり、五和たちとお喋りを楽しんだり。

フルチューニングが天草式とのコミュニケーションを楽しんだ日の夕方の事。


――ちなみに建宮は、対馬たちから「アックアのことをばらしたのはお前か!」ときつい折檻を受けた。


現在彼女は建宮の隣に立っていた。

その建宮は、物陰から護衛対象である上条当麻…ではなく五和を観察している。

学校帰りの上条当麻と、直接の護衛を担当する五和が話しているところだ。

その様子を見ている建宮は、いつかの引越しの時に発見した、双眼鏡まで持ち出していた。


「…つまらんのよ」

「何がですか?」


渋い顔をする建宮に、フルチューニングが理由を問い尋ねる。
「五和のアピールの話よな」

「あぴいる?」

「わざわざ上条当麻にゼロ距離攻撃できるチャンスを与えてやったというのに…」

「?」

「あいつは自分の武器にも気づいていないと見えるのよ」

「五和さんの武器?『海軍用船上槍(フリウリスピア)』がどうかしましたか?」


見当違いの武器を思い浮かべるフルチューニングを無視して、香焼が続けて質問する。


「で、なんすか五和の武器って?」


その言葉を受けて、建宮はとあるものを取り出した。

やはりあの引越しの時に見つけたモノ…フリップボードである。

そして流れるようにマジックを走らせると、建宮は堂々と宣言した。


「――そう、それは『五和隠れ巨乳説』ッッッ!!」
食いつきの良い男性陣に対し、教皇代理(今一番偉い人)が声高らかに自説を披露する。

対馬とフルチューニングは、そんな彼らをジト目で睨んだ。


「くだらないわね」

「…胸がそんなに大事なのですか…すると、オリジナルを素体にしたレイに可能性は…?」


そんな女性陣へ、容赦ない“口撃”が開始された。


「対馬先輩って、どっちつかずで需要が少なそうすよね」

「なっ!?」


香焼に続いて、貧乳好きの野母崎(既婚)がフルチューニングへそっと一言。


「あ、俺的にはレイぐらいのサイズが一番好みだよ」

「ううう…」


いろんな意味でショックを受ける2人に、建宮がすかさず助太刀(?)をした。

新たなフリップボードを取り出すと、再びマジックを走らせる。


「お前さんたちにはこれが分からんのよ」

「――『対馬・レイ脚線美説』!!」
直後にその2人が、建宮の股間を蹴り上げて強制的に黙らせたのは言うまでも無い。


「で、結局五和の奥手をどうしたものか…」


諫早の言葉に反応したのは、涙目となった建宮だった。


「ふっ、心配はいらないのよな。ここに秘策を用意したってのよ」


そうして建宮がいそいそとバックから取り出したのは。


「あれ?…あの時のサッカーボールじゃないですか」

「その通りなのよレイ…フッフッフ」

「…何だか不安なのですが」

「このフィールドの狙撃手・建宮斎字がフリーキック大作戦を提案するのよな」


ちなみに。

このフリーキック大作戦が、フルチューニングにとって大きな出会いの切っ掛けになる事を、今は誰も知らなかった。

 

 


第7学区のとある映画館近く


事態は流れるように進行した。

建宮は地面にサッカーボールを置くと、周りの男性陣と頷き合う。

そしてポカンとするフルチューニングの横合いから、軽く助走を付けてボールを蹴り上げた。

上手く横回転が掛かったボールは、ギュルギュルと音を立てて標的である上条当麻の頭部に直撃する。

当然、一撃を喰らった上条は正面に居た五和の胸に倒れ込む事になった。


「いえーい!」


見事に目的を達成した建宮は、牛深や香焼とハイタッチして喜びを分かち合う。

…喜びもつかの間、突如雷撃の槍が自分たちに降り注ぐまでは。

御坂美琴は悩んでいた。

1週間ほど前、とある人物が『記憶喪失』である事を偶然知ってしまったからだ。

しかもその人物が、最近いろんな意味で気になっている上条当麻なのだからなおさらである。

それがいつからなのか、適切な治療を受けているのか、…自分との思い出の事はどうなっているのか。


(…“あいつ”に相談するっていう手もあるにはあるんだけど…)

(どうも最近おかしな行動が目立つし、何か私に隠し事をしているカンジがするのよねぇ)


御坂は、この類の問題で最も頼りになる能力者の顔を思い浮かべて、すぐに否定した。

――常盤台中学で女王として君臨している、精神系能力者としては史上最強の『心理掌握』。

元々ウマの合わない2人だったが、常盤台校舎の改築工事以後特にそれが顕著になった。

何しろ、今まではすれ違った時に挨拶ぐらいはしていたのに、最近は一言も話しかけてこなくなっている。


(あの時期の記憶って、ボンヤリしてる部分もあるし…まさか、私に能力を使った訳じゃないでしょうけど)

(とにかくあいつを信用できない以上、相談は止めておいた方が良さそうね)


だが、他に具体的な解決策をすぐに思いつく事など出来るはずも無く。

思わず御坂が重い溜息を吐いたその瞬間。


「……?」


何故か街中で、サッカーボールをセットしている一団が目に飛び込んできた。

誰かが止める間もなく、その中心に居るクワガタみたいな髪色をした男が勢いよくフリーキック。

そのボールがバゴン!!と音を立てて上条当麻の側頭部に直撃し、彼は隣にいた少女へ倒れ込む。

いや、より正確に言えば…少女の胸の谷間へ顔を埋め込ませたというべきか。


(……)


さらに。

どことなく気持ちよさそうに気を失っている上条を、少女が心配そうに撫でている。

錯覚だとは思うが、まるで上条の頭を自分の胸に押しつけているように見えた。


(…………)


「いえーい!」


こんな事態の原因となったクワガタたちが、歓声を上げてハイタッチをする。

その楽しげな声が、只でさえ混乱中の御坂を爆発させた。


「人が色々抱えて困ってるってのに…変なモンを追加でゴロゴロ押し付けてんじゃないわよアンタらーっ!!」


御坂が、怒りのまま雷撃の槍を連続射出する。

そして――。

 

 

突然降り注いだ雷撃の槍に、建宮たちは慌てて逃走を開始する。

彼らが機敏に反応出来たのは、フルチューニングを通じて発電能力を身近に知っていたからだった。

天草式はあっという間に人混みに紛れ込み、自分たちの存在を消してしまう。

だが、当のフルチューニング自身は驚きのあまり動けなくなっていた。


(どうしてオリジナルがここに!?)

(み、見つかるのはマズイです)


気持ちは焦るものの、フルチューニングの体は1歩たりとも逃げられない。

今にも噛み付きそうな表情を浮かべた御坂が、ついに目の前に来た。


「一体、どういう…つもり…で……?」

「あ、あの」

「…どういうこと?」

「えっと、その」

「…答えなさい。アンタも『妹達』なわけ?」


中学生という容姿からは、想像も出来ないほど厳しい詰問。

これが、オリジナルとの最初の会話だった。

 

「…『量産型能力者計画』の試作型?」

「はい。実験が失敗し不要になったレイは、研究者によって売却されるところでした」

「全く…人のDNAマップを騙し取ったくせに、ホント研究者は碌な事をしないわね!」

「ですが引き渡し直後に、レイは助けてもらいました」

「さっき一緒に居たアイツらが、助けてくれたって事?」

「はい。今は彼らと一緒にイギリスで生活しています」

「じゃあ、何で今アンタは学園都市にいるのよ?」

「身体管理の為、学園都市の病院による検査を受けに来ました」


真実ではないが、全くの嘘でもない。

そのあまりに滑らかな回答を、御坂は疑いもしなかった。


「ああ、なるほどね」


納得したように頷く御坂が、重要な点に気が付いた。
「そう言えば私のクローンのはずなのに、どうしてアンタ…レイだっけ?…は私より成長している訳?」

「身体年齢を上げることで、計画の目的であるレベル5へ近づけると判断されたからです」

「…けど、レベル5には届かなかった」

「はい。他にも様々な調整を施されましたが…オリジナルの言う通り、レイは頑張ってもレベル4が精々、と言ったトコロでしょうか」

「……」


何でもない事であるかのように、フルチューニングが淡々と答えた。

それに引き換え御坂の方は、まるで物理的な重さがある言葉を投げつけられたかのように苦しげな顔をする。

一方通行に虐殺される為の『妹達』だけではない。

自分が生み出してしまったクローンが他にも存在するという事実は、御坂に衝撃を与えていた。


「もしかして、レイの事を気にしているのですか?」

「当然でしょ…」


さっきまでとは違い、弱々しい声で御坂が肯定した。

他の『妹達』を相手にする時のような、軽口交じりの雰囲気はどこにもない。

むしろ、あの非道な実験を初めて知ったころに逆戻りしたかのようだった。

「私が騙されなければ、こんな計画は存在しなかった!」

「だから、私はいくら恨まれても……!」

「いいえ、それは違います」


御坂の言葉を遮り、フルチューニングがきっぱりと断言した。


「…え?」

「あなたのおかげで、レイはこうして存在しています」

「しかも、こんなレイを気遣ってくれる仲間まで出来ました」

「建宮さんたちと出会えた事に、レイはとっても感謝しています」

「……」

「その全ては、あなたがいてくれたからこそなんです」


そう言って、フルチューニングは御坂の手を握りしめた。

その感触が御坂の悪夢を打ち消していく。


「正直な話、レイはあなたと会うつもりはありませんでした」

「……」

「あなたの重荷になりたくは無かったからです」

「ですが…今日こうしてあなたにお礼が言えた事は、勝手ながら嬉しく思っています」


その言葉を受けて、御坂はようやくフルチューニングの手を握り返した。
「あ、ははは…まさか私の方が励まされるなんて、思ってなかったわ…」

「私こそ、ありがとう。レイのおかげで、少しは自分を許せそうよ」


ようやく安堵した御坂が、ふと辺りをキョロキョロと見回す。


「っていうか、あの馬鹿どこ行ったのよ!?」

「?」


2人が話をしている間に、上条と五和はすでにその場を後にしていた。


「しょうがないわね…一旦寮に戻ろうかしら」


その時、悔しげに呟いた御坂のはるか後方で。


「お姉さまー!」

「!!」


今一番会ってはいけない後輩が、自分を探す声が聞こえてきた。


「ヤバイ黒子だわ!」

「クロコ?」

「ルームメイトの後輩よ!あんたが見つかったら面倒なことになるわ!…どっかに隠れて!」

「わ、分かりました」
フルチューニングは、急いで映画館の中に逃げ込んだ。

扉の向こうから、賑やかな声が聞こえてくる。


「お姉さまー!こんなところにお出ででしたのねー!」

「だー!ひっつくな!」

「…はて…変ですわね…やけにお姉さまの気配が強いですわ」

「は?」

「まるでお姉さまが2人いらっしゃったかのような…」

「ば、馬鹿なこと言ってないで帰るわよ!」


その後何かをズルズルと引きずるような音がして、ようやく周りが静かになった。


(レイの気配まで感じとるとは、只者ではなさそうですね…)


後輩のクロコという人物には警戒しなければいけない、とフルチューニングが冷や汗を流す。

しばらくここで時間を潰そう、とフルチューニングが映画館の奥へ入ろうとして。


「…は、初めまして」


何故か自分以上に冷や汗を流している、巨大な日本刀を持った女性と目があった。


「神裂火織…と申します」

「えっと、レイと言います…ひょっとしてあなたは…?」


こっそりと映画館の中から天草式の様子を窺っていた元女教皇。

世界に20人といない本物の『聖人』神裂火織と、科学の申し子フルチューニングが初めて言葉を交わした瞬間だった。

 

 

 

第7学区のとある映画館


神裂と名乗った女性(少女…?)は、極めて特徴的な格好をしていた。

大きな胸を強調したTシャツに、片方の裾を根元までぶった切ったジーンズ。

おまけに腰のベルトには巨大な刀を携えている。

だがそれ以上にフルチューニングが驚いたのは、その格好にどこか天草式の“匂い”を感じた事だ。


(それに加えてこの気配は…オルソラ教会で感じた…)

「…ひょっとしてあなたは、建宮さんたちが言っていた天草式の女教皇さんですか?」


フルチューニングの躊躇ない質問に、神裂は一瞬たじろぐ。

それでも動揺を完璧に隠すと、やがて寂しげな笑顔で肯定した。


「正確に言えば……“元”女教皇です。今の私は、天草式の人間ではありません」

「確か…今の所属は『ねせさりうす』だって五和さんから聞きました」

「ええ、その通りですよ。だから私は…」

「その“天草式と関係ない”神裂さんは、一体どうして学園都市にいるのですか?」


基本的に無表情のフルチューニングが、今は憤りの色を浮かべている。

その思わぬ鋭い切り返しに、今度こそ神裂は動揺を露わにした。


「…それは…」

「建宮さんから、あなたが天草式を離れた理由を聞きました」

「なのに何故、今さら!」


フルチューニングは、鮮明に覚えている。

かつてパラレルスウィーツパークで建宮が語った、天草式の苦い思い出を。


――自分たちの未熟さ、弱さ。それこそが女教皇を苦しめた、と自分たちを責めた。

――故に彼らは決意した。

――誰も傷つかず、誰も悲しまず、誰かの笑顔の為に戦い、その幸せを守るために迷わず全員が立ちあがれる居場所。

――自分たちの女教皇が戻るに相応しい、そんな居場所を必ず取り戻して見せると。
「建宮は教えたのですか…」

「かつて私の力が足りなかったが故に、天草式の仲間を傷つけ、失わせてしまった事を」


その悔いるような言い方が、フルチューニングの心をより一層苛立たせた。


「……レイは、天草式十字凄教の一員です」

「?…ええ、聞いています」

「では、そのレイが今あなたに“ムカついてる”事は気づいていますか?」

「もちろん、それは当然でしょう」

「……」

「私の所為で、かつて天草式は傷ついたのです。あなたが怒るのも――」

「分かってませんね」


神裂の言葉を、フルチューニングが遮った。


「過去の天草式について、レイが何か言えるはずもありません」

「レイがムカついているのはもっとシンプルな理由です」

「?」

「建宮さんがこの事を話してくれた時、とても悔しそうな表情をしていました」
「自分たちが弱いから、あなたを苦しめたと」

「自分たちが未熟だから、あなたの居場所を奪ったと」

「……そ、んな」

「それでも…いずれあなたを再び迎え入れる為に、みんなは戦っています」

「あなたに相応しい場所である為に!…レイを救い、オルソラを助け、アニェーゼを守りました!」

「そのみんなを、あなたは侮辱したんです!」


――私の力が足りなかった

――私の所為で、かつて天草式は傷ついた


この元女教皇は、一体何様なのだろう。

天草式を離れたのは、全て自分が彼らを守れなかったから。


(つまり簡単に言えば、天草式のみんなは弱くて危ないから付いてくるなという意味では無いですか!)

(一生懸命にあなたを迎えようとしているみんなの努力を、ちっとも期待してないという事ですか!)
フルチューニングの怒声に、神裂は困惑して宥めようとした。


「私は、決して彼らを侮辱など…」

「もう結構です!」

「無関係のあなたがここにいるのは、天草式のみんなを信頼していないからですね」


神裂は答えなかった。


「私はもう…これ以上仲間を失いたくはありません」

「…今度の敵であるアックアは、ローマ正教が誇る最強の魔術師で、しかも聖人です」


だが、それこそが何よりもハッキリとした答えになる。


「そうですか」


たった一言だけそう言い残すと、フルチューニングは映画館を飛び出した。

通りを歩きながら、フルチューニングは自己嫌悪に陥っていた。


(…あの人が女教皇…)

(圧倒的な力を持つ聖人…確かに凄まじい力を感じました)

(そんなすごい人が、みんなを助けに来てくれたというのに…)

(あんな言い方で責め立てるなんて…レイこそ一体何様なのでしょうね…?)


建宮たちの努力を欠片も当てにしていない態度に、フルチューニングは激怒してしまった。

だが、そもそも役立たずの自分が彼女を責めるのはお門違いである。


(ですが、ここで女教皇が全てを解決しまったら、みんなは…)

(もう二度と、建宮さんのあんな顔は見たくないのに)


ならば、取るべき道は決まっている。

フルチューニングは、オイルパステルをしっかりと握りしめて駆け出した。

 

 

 


第22学区のとある鉄橋


駆け出したは良いものの、すぐに体力が無くなったフルチューニングは、結局タクシーで移動した。


「たった5分も走れないとは…本当にポンコツじゃないですか」


彼女は自嘲気味にそう言うと、手にしたオイルパステルを一閃する。

傍目には気づかれないが、この付近には巨大な魔法陣が形成されつつあった。

目的は1つ。

あらかじめゴーレムを造りやすくするためだ。

師であるシェリーと違い、フルチューニングは未だ術式に不慣れである。

そんな彼女が強力なゴーレムを扱うには、こうした事前準備が必要不可欠だった。
(タクシーから連絡した時、五和さんは言っていました)

(この学区のスパリゾートに、上条当麻と一緒に来る予定だと)

(彼が一緒ならば、もしかするとここがアックアとの戦場になるかもしれない)

(……“ここ”ならばレイも戦える)


どこかぎこちないながらも、天草式から教わった“目立たない仕草”で術式を構成していくフルチューニング。

だが、そんな彼女に背後から声を掛ける者がいた。


「あなたは、一体何をしようと言うのですか…?」

「!」


タクシーの速度に易々と追いついていた『聖人』神裂火織が、気遣うようにそこに立っている。


「…どうしてここに?」

「あなたの様子が気になったので、少し後を付けさせてもらいました」

「…レイはタクシーで移動したのですが…」

「? あの程度のスピードなら、追いつくのは造作もありませんよ」

「ちくしょう」


あっさりと力の差を思い知らされて、フルチューニングは軽く落ち込んだ。
「それで、あなたはここで一体何をしているのですか?」

「念の為の準備です。…ここがアックアと戦う場所になるかもしれないので」

「ついでに言うならここは地下市街。レイの使える術式が最も効果的な区画なんです」


その言葉を聞いた神裂が、注意深く辺りを観察し…一拍置いて驚いた。


「準備…これは、カバラの魔法陣?…まさか、ゴーレム術式!?」


用意していた術式を正確に当てられた事に、今度はフルチューニングが驚いた。


「この大きさの陣を、良く読み解けますね」

「たまたまですよ。私の知り合いに、この術式を得意とする魔術師がいるので」

「そうか、師匠も『ねせさりうす』でした」

「『必要悪の教会』? まさか、この術式を教えたのはシェリーですか?」

「はい。シェリーさんは私の師匠です」


とんでもないことを宣言された神裂は、動揺して口をパクパクと動かしている。

それで彼女は謹慎中にも関わらず女王艦隊へ乗り込んでいたのですか!とか、

土御門はどうしてこういう大事な事を報告しないのですか!とか、

建宮たちはこの事を知っているのですか!?とか。
が、やがて大事なのはそんなことではないと気が付くと、再びフルチューニングに質問した。


「シェリーについては今は置いておきましょう。…それよりも、何故あなたが戦う準備を?」

「……」

「土御門からの報告によれば、あなたは半年ほどの入院が必要なはずです」

「(土御門?)……それは…」

「そのあなたが、アックアと戦う気でいるのですか?」

「幾らなんでも、建宮がそんな事を認めるとは思えませんが」


確かに神裂の言う通り、フルチューニングは作戦への参加を認められていない。


「確かに、レイは戦うなと言われました」

「では」

「ですが…それが何だというのでしょう」


平坦な口調なのに、しかし反論を許さないような強さがその言葉には含まれていた。

唖然とする神裂に対し、フルチューニングは自分の頭をトントンと指で叩いた。


「すでにレイの体は、いつ停止してもおかしくありません」

「何しろこの体は、実験に失敗した試作品ですから」


絶句する神裂を無視して、フルチューニングは自分の思いを打ち明ける。
「名前すら存在しない検体番号00000号を、レイと名付けてくれたのは天草式のみんなです」

「本来廃棄されるはずだったレイがまだ動いているのは、天草式のみんなのおかげです」

「何の目的も無かったレイに、生きる理由をくれたのは天草式のみんなです」

「その天草式のみんなが強大な敵と戦うというのに、何故レイ1人が戦わないでいられると思うのですか!?」

「このまま安静にしていれば、レイは延命が出来るかもしれませんが…」

「それはもう、天草式のレイではありません」

「無様に呼吸するだけのガラクタです」


そこまで言って、ようやくフルチューニングは目の前にいる元女教皇の顔を見た。


(……?)


意外な事に、神裂は優しげな表情を浮かべている。

それだけではない。そっとフルチューニングに近づくと、彼女の頭を撫で始めた。


「それが、あなたの生き方だというのなら…私に止める権利はありません」

「ただ…1つだけ言わせてください」

「え?」

「あなたはきっと、自分の命は大して価値が無いと思っているのでしょう」

「それは間違いです」

「ですが、そもそもレイはクローンで…」
「そんな事を言ったら、きっと彼らは悲しみますよ」

「少なくとも私の知る天草式十字凄教の仲間たちは、あなたをクローンではなく1人の人間として大切に思っているはずです」


神裂の優しい一言が、フルチューニングの過去の記憶を呼び起こした。

そう。確かあの時も、同じ事を言ったはずだ。

自分は存在意義の無いクローンだ、居場所など無いと。


――「助けたいのは、クローンじゃなくてここにいるお前さんという1人の人間なのよな」


そう言ってくれたのは誰か。

売却される寸前の自分を救いだし、オルソラ教会や女王艦隊で命懸けで助けてくれたのは誰だったか。


今までフルチューニングは、彼を助けるため自分の命を亡くすことを当然のように受け入れていた。

それなのに。

今は彼の顔を思い出すと、急に怖くなった。

これからも一緒にいたい。

――死にたくない。


(あ、れ?)

(――どうして?)


思いがそこに至った瞬間、フルチューニングから涙が流れた。

自分に起きた現象を把握できないまま。

涙は止まらずに溢れだす。

「ヒック……、うあああああぁぁぁぁぁ!」

「良かった。あなたはこんなにも、素直に泣けるじゃないですか」


どこかホッとしたようにそう言うと、神裂はフルチューニングを強く抱きしめた。

その腕の中で、フルチューニングはしゃくり上げながら訴える。


「…みんなを…建宮さんを、失いたくないんです!」

「はい」

「なのに、レイは…突然恐ろしくなりました」

「はい」

「明日をも知らぬこの身で、それでも諦めたくない…死にたくない…!」

「当然です」

「い、いつからレイは…こんな我儘になったのでしょうか」

「“人間”ならば、我儘なのは仕方ない事ですよ」

「レイは、これからも天草式のみんなと一緒にいたいです!」


ここにきてようやく、フルチューニングは他の『妹達』と同じ思いを手に入れた。

すなわち。


「こんな風に思った以上、レイはもはや簡単には死ねなくなりました」

「そうです。アックアがどれだけ強かろうと、誰1人として死ぬのはまっぴらです!」
(認めましょう、レイはとっても我儘になりました)

(戦わずにいるのはイヤ、戦って負けるのもイヤです)

(ならば、戦ってその上で勝つしかありません)


今までの明日を捨てた覚悟ではない。

明日を望むからこその覚悟。

それを見てとった神裂は、フルチューニングの涙をそっと拭ってこう尋ねた。


「もう、大丈夫ですね?」

「はい」

「では、私は行くことにします。…その所為でしばらくは動けそうにありませんが…」


『聖人』はその力故に、自由な行動をとる事は出来ない。否、許されていない。

これから神裂は、上からの指示に従って幾つもの任務をこなさなければならなかった。

それが、彼女が今学園都市への滞在を許されている理由なのだ。
「…女教皇、あなたの仲間を信じてください」

「そうですね。ちなみに…“元”女教皇です」


その会話を最後に、神裂はその場を後にした。


(…あの様子では、信用はしても信頼はしていないってところでしょうか)

(実際に力が遠く及ばない以上、仕方ないのかもしれませんが…)

(このままでは、いつまでも建宮さんたちとすれ違ったままです)

(女教皇がレイに大事な事を気づかせてくれたように、あの方にもそんな人がいれば良いのですが)


きっとそれは、無力な自分では無理な事だから。

フルチューニングはそう誰かに祈るしかなかった。


「…今は自分の事に集中しましょう」


それから1時間ほどかけて“場”を整えたフルチューニングは、天草式のみんなの元へ向かった。

 

 

第22学区のとあるカラオケボックス近く


フルチューニングが建宮を見つけた時、たまたま彼は1人だった。

正確には周りにちらほら仲間がいるが、並んで歩く人はいなかった。


「…レイ?」

「お願いがあります、建宮さん」


あまりに唐突な出来事に、建宮は目を丸くする。

ただそれも、フルチューニングの言葉を聞くまでだった。


「レイを上条当麻の護衛に参加させてください」

「…何だと…!」


厳しい顔で睨む建宮に、フルチューニングは怯まずに続けてこう述べた。


「レイはダメと言われても絶対に参加します」

「レイ!」

「正直に言うと、レイは建宮さんたちの為に死んでも構いませんでした」

「…それは何となく気が付いていたのよな」
「そうなんですか?」

「だからお前さんを、“絶対”に戦わせる訳にはいかねえって言ったのよ」

「少しばかり特殊な境遇で生まれたお前さんは、あまりにも自分を大切にし無さ過ぎる」

「…はい」

「それぐらい仲間を大切に思っているのは悪い事じゃない」

「だがな。そんな一方的な思いで救われた方は、堪ったもんじゃねえのよ」

「救った相手の重荷になるような真似を、我らは決して良しとしないのよな」

「…はいっ」


建宮にとって、予想できない返事。

良く見ると、フルチューニングは潤んだ目でしっかりとこちらを見つめていた。

その泣き顔に建宮が反応する前に。


「レイはある人のおかげで気づきました」

「?」

「レイはとっても我儘です」

「このまま何もしないなんて、レイは絶対我慢できません」

「ですが、戦って死ぬのも絶対に嫌です」
「だからみんなでアックアに勝ちます。こんな下らない戦いで、誰1人死なせません」

「もう一度お願いします。その為に、レイを上条当麻の護衛に参加させてください」


そう一気に言うと、フルチューニングは頭を下げた。

そして。


「――くっ」


建宮から、笑いを含んだ声が漏れた。

フルチューニングがちらりと目を向けると、建宮が目を覆って笑っている。


「やれやれ、全く困ったものよなあ!」

「…建宮さん?」

「そんなふうに言われちゃあ、嫌とは言えないだろうよ?」

「じゃあ…!」

「一緒に戦うぞレイ」

「はい!」


ひときわ嬉しそうな笑顔を浮かべて、フルチューニングが喜んだ。

その顔を見て、建宮の呼吸が一瞬止まった事に彼女は気づかない。
「では色々作業をして汚れたので、五和さんのいる銭湯に行ってきます」

「おう。…自分が万全ではない事を忘れるなよ?」

「分かりました!」


スキップしそうな勢いで、フルチューニングは近くのビル『スパリゾート安泰泉』へ入って行く。

それを姿が消えるまで見送った建宮は、やがてヘナヘナと地面に座り込んだ。


「…あれは反則だろうよ」


僅かに赤い顔で、それだけ言うのが精一杯。


(あの泣き顔もヤバかったが、最後の笑顔は強烈過ぎる)

(大体、あんなに懐かれたらそりゃあ悪い気するはずがねえのよな)

(…どうするんだ俺?)

(とりあえずは、まあ…)

(この戦いを乗り切らない事には始まらねえ)

(気合を入れろ建宮斎字)

(本来戦えるはずのないレイを、参加させると決めた以上…全ての責任は俺にある)

(惚れた女の1人ぐらい、守って見せなければ男が廃るってもんよ!)


内心カッコイイ決意をしている教皇代理のすぐそばで。

対馬たち女性陣が「オちた!?」「わお!」「でもこれって年齢的に良いんでしょうか…?」と盛り上がっていた。

 

 

 

第22学区の『スパリゾート安泰泉』


様々な種類のお風呂がある中で、フルチューニングは学園都市特製の入浴剤を使ったお風呂を選択した。

選んだ理由は『ただいま“試作品”のアンケート中なう』の看板があったからである。

フルチューニングが髪と体を洗い、どの浴槽に入ろうかと辺りを見回した時。

見覚えのある人影を見つけたので、彼女はその人物へ近付いた。


「…奇遇ですね、オリジナル」

「へ!?……あ、レイ」


微妙に疲れ気味の顔をした、御坂美琴がそこにいた。

ちなみにお疲れの理由は、溺れたと勘違いされてさっきまで女医の診察を受けていた為である。

だがフルチューニングの格好を見た御坂は、疲れも忘れて絶叫した。
「ちょ、アンタ!少しは隠しなさいよ!歩く時ぐらいタオルを使えー!」

「?」


フルチューニングが、文字通り何1つ隠すことなく堂々と立っていたからだ。


「ア、ア、アンタの体は私の体でもあるんだから、気を使いなさいよね!?」

「言ってる意味がよく分かりませんが、結局レイはどうしたら良いのでしょうか?」

「とりあえず早く湯船に入れ!体を隠しなさい!!」


このままだとお風呂が電気風呂になりそうな雰囲気だったので、とりあえずフルチューニングはその指示に従う。


「少しぬるい気がします…」

「ええ?これぐらいがちょうど良いでしょーが!」

「…何というお子様体質」

「なにおう!?」


喧嘩売ってるのかコラァ!と御坂が怒鳴ろうとするが、そこでようやく周りの冷たい目線に気が付いた。

慌てて自分の口を塞ぐと、彼女は小声でブツブツと文句を言い始める。
「っていうか、何でアンタがここにいるのよ?」

「当然、お風呂に入るためですが」

「…もういいわ」


これ以上悩み事を増やしたくないし、と御坂は追及を諦めた。

上条当麻の記憶喪失や、突如現れた隠れ巨乳の女の子のことなどで、すでに頭は一杯一杯である。

この上クローンの事で悩むのは流石にうんざりだった。


(隠れ巨乳…クローン……クローン?)


ふと大事な事に気が付いた御坂は、さきほどの光景を思い描く。


(レイは私の身体年齢を上げたクローン)

(…つまり私の数年後の状態と一緒…)

(お、思ったよりも成長していない…!)

(い、いやいや…これから…きっと大器晩成型なのよ!)


乙女心に傷が付いたものの、必死に自分で慰める御坂。
「それに、あ、あいつがおっぱい好きとは限らないじゃない」

「あいつとは誰ですか?」

「ひにゃあ!?」


心の内を声に出していた事に気づいていなかった御坂は、フルチューニングの質問に劇的な反応を示した。


「大丈夫ですかオリジナル?」

「あはははは!当たり前でしょ!全然問題ないわ!」

「…そうでしょうか」

「そうよ!」

「分かりました。では、1つレイからアドバイスを」

「なによ?」

「おっぱいが嫌いな男の人はいないそうです」


悪意のない一言に、今度こそ御坂は撃沈した。


「な、な、何を言ってるのか意味が分からないんですけど!?」

「…これはとある筋からの確かな情報です」
ちなみに。

情報源は天草式の男性陣とカエル顔の医者である。


「ただしおっぱいの大きさの好みは、人によって様々だ、とも聞きました」

「アンタは一体何を教わってんのよ!」

「世の中には貧乳好きも存在しているのです」

「だからレイは。…オリジナルのDNAマジで役立たずだなオイ、とか決して思っていません」

「ぐはぁ」

「可能性はごくわずかですが、これからの成長に期待だって…」

「もうやめて!すごく悲しくなるから!」


その後の2人は、二度とこの話題に触れようとしなかった。


(全然関係ないけど…あ、あいつはどうなのかしら…?)

(そういえば、建宮さんはどうなのでしょう…?)


決して答えの出ない問いを残して、同じDNA(運命)を持つ者同士の邂逅は終わりを告げた。

 

 

第22学区のとある通り


一足先に風呂を出ている上条と五和を、建宮たちは気づかれぬように護衛している。

そんな中。

作戦を指揮している建宮は、異様な雰囲気を感じ取っていた。

しかもそれは外部からもたらされるモノではない。

――今まで生死を共にしてきた天草式の仲間たち。

他ならぬ彼らからこそ、異様な重圧感を感じていたのだ。


(…何だ? この妙なプレッシャーは…?)


教皇代理(今一番偉い人)の建宮は知らなかった。

例のシーンを女性陣に一部始終目撃されており、すでに全天草式構成員に情報が伝達されている事を。

建宮は、五和の事から分かるように基本的には“おちょくる側”の人間だ。

今まで浮いた噂――つまりは格好のネタ――も無かったので、自分が標的になることは無かった。

だが今は。
(ついに教皇代理をからかうチャンス…もとい応援する時が!)と野母崎。

(レイを嫁がせても良いかは、しかとこの目で判断させてもらうぞ!)と諫早。

(まさか教皇代理に春が!ちっとも予想していなかったのに!)と牛深。

(さあ、これからが男を見せる時!あの子を泣かせたら殺すわよ!)と対馬。

(嘘だ…何で教皇代理が…レイなんかのどこが良いんだよ…!)と香焼。


今回初めて美味しいネタを提供した建宮は、すでに全員からマークされている。


「教皇代理」

「ん、どうしたのよ?」


全員が注目している中、野母崎が声をかけた。


「レイちゃんって、法律上は何歳だと思いますか?」

「は?」

「いやホラ、考えようによってはあの子0歳ですよ」

「……?」

「やっぱ手ぇ出したら犯罪だと思いませんか?」

「ブフォ!?」


予想外の口撃に、建宮は飲んでいたシェイクを噴き出した。

「野母崎!一体お前さんは何を言っている!?」

「…えー。まさか結構マジでその気…?」

「馬鹿な事を言うんじゃないってのよ!」

「けど、噂によると既にキスまで…」

「あれは違う!…じゃなくて誰がそんな事を!?」

「レイちゃんが対馬にメール相談したそうですが?」

「ノー!!!」


結局相談したのかよ!と建宮が嘆く。

しかも悲劇はそれだけでは終わらなかった。


「それにカラオケボックス近くで、教皇代理が『…あれは反則だろうよ』って顔を赤くして呟いていたって」

「だから誰がそんな情報を!?」

「対馬が目撃しました」

「またか!」

「『人を散々からかった罰。甘んじて受け入れなさいよ』という伝言を預かっています」

「あいつ昼間の美脚説をまだ根に持っているのよな!?」

「あ、後『レイを泣かせたら本気で後悔させるから』とも言ってました」


次々に悪化していく状況に、ついに建宮は頭を抱えた。


(この妙な感覚はそれか!)

(すでに全員に情報が行き渡っているとみて間違いないのよな)

(状況はほとんど詰んでいる……マジでどうするんだ俺?)


今度ばかりは気合が入らない教皇代理であった

 

 


第22学区のとある鉄橋


お風呂上がりのフルチューニングが、上条と五和を探し始めて10分ほど。

2人を発見したその時、ちょうど上条が五和に質問をしているのが聞こえてくる。


「そういや、他の天草式の連中は?」

「ええとですね」

「…とりあえずここに1人」


フルチューニングが背後から解答すると、2人は面白いように飛び上がった。


「おわあ!? …ってレイじゃねえか!」

「ど、どうしてレイちゃんがここに…?」


顔色を変えて心配する2人に、一時帰宅の許可を受けた事を説明する。

ちなみに五和だけは“教皇代理ニ春到来ス”の情報を受け取っていない。
「…だから建宮さんの許可も得ていますし、作戦に合流する事にしました」

「そっか……でも絶対にムリしちゃダメですよ!」


五和は心配しながらも、フルチューニングを追い返すようなことはしなかった。


「大丈夫です。全員揃って帰る為にも、こんなところで無茶したりしません」


彼女の表情が、今までと異なっているのが見て取れたから。

今まで感じていた、殉職者のような“諦め”の雰囲気が消えている。


「…そうですよね。レイちゃん、一緒に頑張りましょう!」

「おー!」


護衛対象を置き去りにして盛り上がる2人に、上条が突っ込みを入れようとしたその瞬間。


「――“頑張る”か。……のんきなものである」

「――が、宣告は与えた」


前方に広がる闇から、フルチューニングが今まで一度も感じた事のない圧倒的な力を感じ取った。

あの最強と謳われた『一方通行』や、天草式の女教皇にして聖人の『神裂火織』よりも、なお強く。


「――率直に言おう。もう少しまともな選択はなかったのかね」


そう嗤う声と同時に、後方のアックアが姿を見せる。

(これが、『後方のアックア』…!)

(戦う前から、戦意を根こそぎ奪われそうです)


そして戦慄するフルチューニングを無視して、標的である上条当麻に端的に告げた。


「――その右腕を差し出せ。そいつをここで切断するなら、命だけは助けてやる」

「テメェ…!」


睨みあう両者の隣で、五和が小さな声で確認する。


「天草式の本隊は……」

「無駄である」


だが合図を送っても、援護が来る様子は無い。

最悪の可能性を思い浮かべたフルチューニングが、アックアに噛みついた。


「レイの仲間に、何をしたのですか!?」

「殺してはいない」

「…死ななきゃいいって訳じゃないんですよ。ナメてんですか?」


フルチューニングの心が怒りで染まり――。

直後、戦闘が始まった。
相手は聖人。当然、3人は最大限の警戒をしていたはずだった。

だが。

人の判断力を遥かに超える速度で移動したアックアに、付いていくことなど不可能である。


「ッ!?」


“姿が消えた”と思った時には、すでに五和は攻撃を受けた後で。

まるで冗談のように、彼女の姿が車道まで吹っ飛んでいった。


「この…!」

「遅い」


ましてや、走ることすら不可能なフルチューニングが反応できるはずも無く。

何一つ攻撃しないまま、肘打ちを喰らって倒れ伏した。


「五和!? レイ!?」


あまりの光景に上条が叫ぶ。

だが、それを遮ってアックアが冷たく警告した。


「人の心配をしている場合であるか」


ここにきて、ようやくアックアは自身の武器を取り出した。

全長5メートルの金属棍棒(メイス)。その用途は撲殺。
「行くぞ。わが標的」


上条が逃げようとするよりも早く、メイスが振り下ろされる。

だが、その攻撃が当たる事は無かった。

視界の外から飛んできた五和のバッグが、ぶつかった彼の体を予想外の方向へ飛ばし。

馬鹿げた質量のメイスは、突如浮き上がったアスファルトが激突することでさらに方向を狂わされた。

それでも鉄橋に叩きつけられたメイスの威力は凄まじく、橋のあちこちで鉄骨を留めるボルトが破断する音が響く。

隕石のような一撃の余波に、上条は何メートルも転がった。


(これは…?)


今起きた現象に、アックアが怪訝な顔をする。

だが彼は、分析を中断せざるを得なかった。

五和がゆっくりと起き上がり、海軍用船上槍の切っ先を向けていたからである。


(まだ立ち上がるのであるか)


尤も、彼女を脅威に感じている訳ではない。

すでに深刻なダメージを受けていた五和は、満足に武器を構えることすら出来ていないのだ。


「一組織の全体が束になっても敵わなかった相手に、その一員が挑んで勝てるとでも思っているのであるか」

「……私にも……意地があります」
その答えに込められた、強い感情と決意をアックアはしっかりと感じていた。

それでも。


「そうか」


ここが戦場である以上、アックアが手を止める理由は無い。

再び一瞬で距離を詰めると、巨大なメイスの一撃を五和に叩きこもうとする。


――ズリュ…


「!」


だがアックアは、残り一歩の地点を“踏んだ瞬間”に違和感に気が付いた。


(なんだこれは……“地面が腐っている?”)


彼は、そのまま体重を掛けるのは危険だと判断して慌てて下がる。

その異様な地面を見て、攻撃を受ける直前だった五和も驚愕の表情を浮かべた。


(様子からすると、この少女による術式ではない?)

(では、誰が…)


アックアがこの場で打ち倒した護衛は2人。

槍を構える五和と、今も倒れているフルチューニングだ。
(待て)

(あの倒れている少女が“手に持っているモノ”は何だ?)


これ以上はごまかせないと気づいたのか、気絶したふりをしていたフルチューニングが悔しそうに声を上げた。


「まさか…一度は踏んだにも関わらず、あの罠を回避できるなんて…反則です」

「やはり、オイルパステルか」

「今のレイには、これ以外出来ませんから」


その言葉通り、フルチューニングの今の体では、発電能力はおろか天草式の戦闘体術すら扱えない。


(複数のゴーレム術式の同時発動による崩壊術は失敗)

(それならば、もうこれしかありません)


正真正銘、唯一の戦闘手段。


「だから、これで片を付けます」

「なに…!?」


起き上がったフルチューニングが、その手をパン!と打ち鳴らす。

崩壊した鉄橋が轟音と共に集結し、瞬く間に巨大なゴーレムへと変貌した。


「今度はこちらが、叩き潰す番です!」

「天草式の人間に、ゴーレム使いがいたとは……面白い、相手になるのである!」
フルチューニングの指示を受けた巨大ゴーレムが、聖人アックアに襲いかかる。

完全に予想外の状況に、上条が信じられねえ…と漏らした。


「アレは、シェリーが使ってたゴーレムじゃねえか!」

「…残念ですが、師匠のゴーレムとはモノが違います」


悔しそうに言うフルチューニングだが、それに五和は気づかなかった。


「そっか、建宮さんが女王艦隊で見た術式って…レイちゃん…いつの間にあんな魔術を?」

「今は説明している暇がありません。早く、今のうちに逃げないと!」


その言葉は真実だった。

アックアの前では虚勢を張っていたが、あのゴーレムに勝ち目はない。

そもそもゴーレム術式を学んで日が浅いフルチューニングが、シェリーと同じように出来るはずがないのだ。

現在ゴーレムを行使出来ているのは、

ここが大地の力を利用しやすい地下市街だという事

あらかじめ、付近に魔法陣を構築していた事

記憶には無くとも、歴史上最大の魔術師が同じ魔法陣を描いた時の事を体が覚えていた事

そういった様々な“幸運”による、まぐれでしかない。

しかもシェリーのエリスと異なり、四大天使を模していない為パワー不足だ。

辛うじて修復・再生能力は備えているものの、これでアックアを倒せるとは思えなかった。
(…本当にここで戦う事になるとはラッキーです)

(戦力が無い今は、何としても逃げなければ…!)


ゴーレムがアックアを抑え込んでいるうちに、3人で逃走する。

それがフルチューニングが今出来る、最善の策だった。

だが――。


「こんなものか」

「そ、んな」


抑え込んでいたはずのゴーレムが、気づけば完全に崩壊していた。

そう。アックアは、逃走すら許さなかった。

再生していくゴーレムの肉体の90%を、2秒以内に吹き飛ばす。

それがゴーレムの無力化法である。

つまり。およそ常人には不可能な方法で、フルチューニングの術式は叩きのめされたのだ。


(……これほどまでに、差が…!)

(もう、レイには他に手がありません)


慄く3人に、アックアは一言告げた。


「右腕だ。差し出せば、命の方は見逃すのである」

「「嫌です!」」


五和とフルチューニングが、声を張り上げる。


「そうか。それならば、もう少し現実を知ってもらうのである」


そして――無慈悲な一撃が、フルチューニングに振り下ろされた。

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