とあるミサカと天草式十字凄教 > 11


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9月27日(午後5時45分)、女王艦隊の一隻


フルチューニングが船に乗り移った直後、凄まじい破壊音と共にヴィーゴ橋が破壊された。

それでもこの船は、わずかに速度を落とす事も無く海へ向かって進んでいく。


「うわあ、とうまー!」

「きゃあああ!」

「っ危ない!」


その衝撃で外に吹き飛ばされそうになるインデックスとオルソラを、フルチューニングの鋼糸が絡めとる。

ギリギリ間に合ったことにホッとしながら、フルチューニングは2人を甲板へ降ろした。

「ありがとうございます、レイさん」

「た、助かったんだよ…」


お礼を言う2人の後ろから、上条が咳き込みながら現れた。


「マジでありがとうな…にしても、この船は一体どこに向かう気だ?」


その問いに答えたのは、バタバタという複数の人間の足音だった。


「探せ。奴らはこの中に乗っているはずだ!」


それに続くように響く男の怒鳴り声を聞いて、フルチューニングは焦り出す。


「マズイですね。レイたちを捕まえようとして、大勢の人間が探し回ってます」

「くそ…こうも暗いと、飛び込む訳にはいかねえし…」


上条が周りを見回しながら、困ったように呟いた。
(…建宮さんたちが来るまで、後15分以上…)

(幸い、この船はバカでかいですし…オルソラさんたちはどこかに隠れるべきでしょう)


そうフルチューニングが結論するよりも早く。

上条がインデックスとオルソラの手を引っ張って、走り出した。


「船の中に行くしかねえな。ここにいたら間違いなく見つかっちまう。隠れてチャンスを窺おう」

「では、ここでレイは別行動をとります」

「え?」


その言葉を聞いて、上条が思わず立ち止まる。

心配そうに見つめてくる3人に、フルチューニングはあえて明るく言った。


「流石に4人で行動すれば目立ちますから」
「でもよ…」

「大丈夫です、レイには能力も鋼糸もあります」

「それに、議論している暇は無さそうですよ?」


徐々に近づいてくる敵の足音が、上条の迷いを断ち切らせた。


「分かった、うまく逃げろよ!」

「それはこちらのセリフです」


その言葉を最後に、フルチューニングは鋼糸を使った高速移動を開始する。




上条がこの判断を後悔するのは、それからしばらく後のことだった。

 

 

9月27日(午後5時50分)、旗艦『アドリア海の女王』


フルチューニングが隠れながら情報収集を開始してわずか5分。

危険を冒して『アドリア海の女王』まで来たためか、あっという間に情報は集まった。


(まさかここで、アニェーゼ部隊の修道女たちが働かされていたなんて…)

(しかもここにいる連中の話を聞く限り、どうもアニェーゼさんは魔術の“検体”として使われるみたいです)

(脳を破壊され、ただ心臓を動かすだけの廃人にされる…)


その趣味の悪さに、フルチューニングが笑みを浮かべる。


(…良い勝負ですね)

(2万体のクローンを簡単に殺す『科学者』と、人を平気で廃人にする『魔術師』)

(本当にどっちも救われない!!)

(ですが、アニェーゼさんがその犠牲になるというのなら、レイはそれを助けなくてはいけません)
そう決意するフルチューニングの背後で、パキパキという奇妙な音が聞こえてきた。

振り返って良く見てみると、アーチ状の氷の橋がこの旗艦と護衛艦を繋げたらしい。


「アニェーゼ…!?」

「あの時の能力者じゃないですか…まあ、天草式のあなたならオルソラと一緒に居てもちっともおかしくありませんがね」

「そんな事より!早くここから逃げないといけません!」

「…何だ、あなたは知っちまったんですか?『刻限のロザリオ』のことを」


平然と言い放つアニェーゼに、フルチューニングが詰め寄った。


「それが分かっているなら、どうしてここに来たんですか!」

「それが分かっているからですよ」


尚も表情を変えないアニェーゼ。

黙り込むフルチューニングに、追い打ちをかけるように説明する。
「ついさっき、オルソラたちには頼み事をしましてね」

「頼み事?」

「脱獄して捕まった、シスター・ルチアとアンジェレネの救出ですよ」

「……」

「それをやりやすくするために、陽動しなくちゃならねえからここまで来たんです」

「そんな!…聞いた限り、あの術式は」

「廃人になる、ですか。十分承知ですよ、んなこたぁ」


アニェーゼが、何でも無いかのように語る。


「ですが、その術式に適合しているのは私だけなんでね」

「私が逃げたら、すぐにバレちまうんですよ。…だから私だけは、逃げる訳にはいかねえんです」


(自分が廃人になるのを覚悟で、陽動に…!?)

(どうしてそこまで…)


慄然とするフルチューニングの脳裏に、あの日対峙した記憶が蘇る。

――「こちとら、その神様にテメェの想像出来ねえようなどん底から拾い上げてもらったんですよ!」

――「そのおかげで“こいつら”とも出会えたんです…」

――「その十字教を台無しにするような裏切り者を、逃がす訳にはいかねえって分かりませんかねぇ!?」


(そうか、この人にも…)

(何が何でも守りたい、大切な仲間が…)

(それが分かった以上…)


「アニェーゼさん」

「まだ何か?」

「“救われぬ者に救いの手を”…今、レイには戦う理由が出来ました」

「はぁ!?正気ですか!」

「もちろんです」

「以前私が、あなたたちに何をしたのか忘れちまったとでも?」

「今は関係ありません。前回助けたかったのはオルソラさんで、今回助けたいのはアニェーゼさんです」

「…そりゃー無理ってもんです」


「その通りだ、シスター・アニェーゼ」

「!?」
突然。2人の会話に割って入るように、重たそうな法衣を着た男が姿を見せた。


「ビショップ・ビアージオ…!」


その姿を見て、アニェーゼが苦い声で呻く。

対し、フルチューニングは動揺を見せずに向き合った。


「あなたがここの責任者ですか」

「…ふん。報告は聞いている。忌々しい能力者め」

「しかも神を否定する身でありながら、魔術を扱う事が出来るらしいな?」

「レイ自身は神様を否定した事などありませんが?」

「何も分かっておらぬな。その存在自体が神への冒涜なのだよ」


いささかの揺らぎも見せずに答えるビアージオに、フルチューニングは溜息を洩らす。
「どうしてこういう人種は話し合いが出来ないんでしょうかね」

「所詮猿に、我ら人の真似ごとは出来ないという事だな」


そして、ビアージオは首にかけていた十字架を取り出した。


「まあいい。何故君が魔術を使えるのかは、ゆっくりと調べさせてもらおう」

「!」


フルチューニングが反応するよりも早く。


「――十字架は悪性の拒絶を示す」


ゴッ!!と膨張した十字架が、フルチューニングの体に直撃し、一瞬でその意識を奪い取った。

同時刻、女王艦隊の一隻


侵入者を迎撃するための氷の鎧。

それは船の一部がその形を変えた、極めて高い破壊能力を持つ番人だ。

その無敵の番人が、ここでは悉く沈黙している。

理由は1つ。その鎧にオイルパステルで描かれた魔法陣だった。


「くだらない」

「こうも簡単に“接続”を分断できるなんてな…」

「さて、と」


金髪で褐色の肌。着古したようなゴスロリドレスを纏う魔術師。

シェリー・クロムウェルは退屈そうに首をコキリと回した。


「あの馬鹿はどこかしらね?」

 

 

9月27日(午後6時00分)、旗艦『アドリア海の女王』船底のとある一室


フルチューニングが目を覚ましたその場所は、ひどく静かだった。

その静寂の中で、フルチューニングは仰向けに寝かされている。


(ここは…?)

(痛っ)

(硬いベッドの上でしょうか?)


状況を把握するため、起き上ろうとするフルチューニング。

だが、上体をわずかに浮かせたところで両腕に激痛が走る。
(うああ!…レイの腕が…)

(いえ、腕だけでなく足も…!)


フルチューニングの四肢が、氷のベッドに半分以上埋まっていたからだ。

そこから無理やり抜こうとしても、たったの1ミリも動かす事は出来なかった。


(最悪ですね)

(レイは、あの男に捕まったって事ですか)

(…近くに鋼糸は見当たらないですし、電撃で破壊を…)


自分が感電する事も恐れず、フルチューニングは能力を使おうとする。

だが…


「発動しない!?」


何故か、一向に電撃は発生しなかった。
思わぬ事態に混乱するフルチューニングに、男の笑い声が届く。


「無駄な事は止めたまえよ。その寝台は特殊でね、雷を無効化させる」


いつの間に部屋に入ってきたのか、ビアージオが嘲るように断言した。


「聞いても分からぬだろうが、教えてやろう」

「その寝台には、聖ニコラオスの伝承に則った術式が組み込んである」

「?」

「聖ニコラオスは、エルサレムへ行く途中で恐ろしい雷雨を鎮めてみせた」

「つまり神に逆らう雷は、この術式の前では全てその力を失うという訳だよ」

「そんな、レイの電撃は魔術ではないのに…!」

「“同じ事”だ、罪人」

「この術式が無効化するのは、『電気の流れ』そのものなのだから」

その言葉に、フルチューニングは愕然とする。

つまり今、自分に武器は一つも無いという事ではないか。


(何という失態…!)


この場における優位性を自覚しているビアージオが、ゆっくりとフルチューニングに近づく。

そして一言の警告も無く、フルチューニングの右腕を叩き折った。


「あああああァ――――!?」


フルチューニングの二の腕が、それを見た人間に寒気を与えるほどグシャリと歪んだ。

その光景を見て、それでもビアージオは表情を一切変えることなく淡々と告げる。


「喚くな、耳障りだ」
「グ…あああああ…」

「大体、貴様がこれから受ける苦しみは、この比では無いというのに」


その言葉と同時、数人の『職制者』と呼ばれるビアージオの部下が部屋に入ってきた。

彼ら職制者が、痛みに呻くフルチューニングを無視して魔術の準備に取り掛かる。


「殺しても構わん」

「この罪人が魔術を使える理由を、明らかにさえすればな」


そう言って立ち去ろうとするビアージオだが、小さな声がその足を止めた。


「それ、が…あなたの、やり方…ですか…!」

「違うな。少しは聖書から学べ」

「敵対する者を苛烈に裁くのは、我が主の御業だ」
「いいえ…」

「なに?」

「これは、単に…あなたが、リョナ趣味に…走る、変態だと…言う事、です」

「…喚くな、と言ったはずだが?」


ビアージオが完全に無表情になり、首にかかっているネックレスを弄る。

するとフルチューニングを拘束していた寝台が、両足をさらに強く締め付けた。

その痛みでもはや言葉も発する事が出来ないフルチューニングから、コヒュー、と息だけが漏れる。

そして―――彼女の絶望はまだ終わらなかった。


『報告します。侵入者の乗っていた三七番艦を撃沈しました』


ビアージオの持つ十字架から、信じられないような報告の声が聞こえてくる。
僅かな力を振り絞り、フルチューニングが問いかけた。


「ま、さか…?」

「ふん。君と一緒に入り込んだネズミ共は、全員船ごと海へ沈んだようだな」

「嘘…」


完全にフルチューニングへ興味を無くしたビアージオが、無慈悲に指示を飛ばす。


「念のため、砲撃はまだ続けろ」

『了解』

「全く、下らないな。…わたしはシスター・アニェーゼの所へ行く」


その言葉を残して、ビアージオは部屋を後にする。

部屋に残った職制者が、フルチューニングの知らない魔術儀式の準備を始めた。


「よし、使徒トマスの術式『聖痕の確認』を開始する」

「こいつの体を、バラバラに引き裂くぞ」


狂気の時間は、始まったばかりだった。

 

 

同時刻、天草式の上下艦


海へ投げ出された修道女やオルソラ、ルチア、アンジェレネ、インデックス、そして上条当麻。

彼らを海中から拾い上げた天草式十字凄教の教皇代理、建宮斎字は全員が目を覚ますのを待っていた。

その隣では、五和が心配そうに看病をしている。

建宮が五和の肩をポン、と叩いた。


「落ち着け五和、もうすぐ目を覚ますだろうよ」

「はい…」


その言葉通り、インデックスと上条がゆっくりと目を開ける。


「た、建宮、斎字か?」


上条の声に、インデックスも頷いた。


「天草式の教皇代理さんなんだよ…」

「その通りだ。今は手前にイギリス清教所属ってつくけどよ」
上条が安堵して、周りをキョロキョロと見まわした。


「そうか、天草式がオルソラの引越しの手伝いに来ていたっけか…」

「そうだ、オルソラ達は!?」

「海に落ちた人間は、一応全員拾っておいたのよ。身元が分かっているのはオルソラ、ルチア、アンジェレネ。他にローマ正教の修道女も」

「そうか、良かった」


ところが、その言葉を聞いてインデックスが声を上げた。


「…ねえ、レイは?」

「あれ?…そういや、レイはどこだよ?」


上条の何気ない質問に、天草式の全員がザワリ、と雰囲気を変える。

戸惑う上条に、建宮が詰め寄った。
「どういう事だ?」

「へ?」

「レイは、イギリス清教との連絡役として、拠点で待機するよう伝えているのよな」

「何言ってんだ?レイは俺たちと一緒にあの船にいたんだけど…」


五和が驚いて大声を上げる。


「じゃあ、まさかレイちゃんは!?」


上条の答えに、顔を青ざめていた建宮が静かに呟いた。


「まさか、今もあの船の中にいるってことか…!?」


建宮がその事実を知った時、事態はすでに最悪の展開を迎えていた。

 

 

 

9月27日(午後6時30分)、キオッジアのソット・マリーナ


海に落ちた全員が意識を取り戻したので、天草式は一旦上陸して夕食をとる事になった。

慌ててフルチューニングを助けに行こうとするみんなを、建宮が止めたからである。

それは上条にとって意外な事に思えた。この中で建宮こそが、一番彼女の身を心配しているように見受けられたからだ。


「なあ、本当にすぐ行かなくていいのかよ?」

「…」

「アイツが捕まったかどうか分からねーけど、一刻も早く行ってやった方が良いんじゃねーか?」

「今すぐ行っても無駄なのよ」
上条の訴えを、建宮は一言で切り捨てた。


「我らがさんざんかき回した後なのよな。警戒態勢を解くために、時間を置かなくちゃならねえ」

「でもよ…」

「今行ったところで、ガッチリ待ち構えた敵さんに全員殺されるのがオチよな」

「そうなれば、誰がレイを助けられるのよ?」


沈黙する上条を、イタリアの海風が包む。まるでその熱を冷ましてくれるかのように。
「それに、ああ見えてレイは優秀だ。…きっと大丈夫に決まっている」


そう言われて、上条は今度こそ言い返すのを止めた。

建宮の必死な言葉に説得されたからではない。

そう告げる建宮が、思いつめた表情で拳を握っているのに気づいたからである。


(そうか、本当は…)

(建宮こそが、今すぐに助けに行ってやりたいんだ…)

(なのに、確実にアイツを助けるために、あんな顔をして耐えている)


上条は、その事に気づかなかった自分を責める。

その様子を見て、建宮が困ったようにヘラリと笑った。


「さあさあ、食事の準備も出来たし、食べながら打ち合わせをするのよな」
建宮たちが、食事をしながら情報整理と作戦会議を始めた頃。

1つの人影が、こっそりとその場を抜け出した。

そして女王艦隊へ向かって走り出そうとして――


「どこへ行くのかしら?」


別の人影に、その動きを止められた。


「…邪魔をする気すか?」

「あなた1人が突っ込んで、何か解決出来るの?…香焼」


香焼と呼ばれた少年が、ギリ、と歯噛みして振り返る。


「お節介は要らないすよ、対馬先輩」

「…馬鹿ね、そのお節介が私たちの生き方じゃないの」
女性らしく柔らかな仕草で、対馬が香焼の頭を撫でた。

その思わぬ反応に、香焼は動きをピタリと止める。

そして目を潤ませると、対馬にギュッとしがみ付いた。


「どうしよう…レイが、レイが…!」

「落ち着きなさい」

「けど、レイは今もあの船に!…きっと、捕まって…」

「教皇代理も言っていたでしょう。今行っても殺されるだけだわ」

「ヒック…そんな…でも、早く助けなきゃ…グス…」

「あの子を助けたいのは、みんな一緒よ」

「ううう…」


対馬が優しく説得するが、香焼は涙を拭うと怒りの表情を見せた。
「だったら、何でもっと早く…!」

「だからそれは…」

「結局、教皇代理は臆病ってことじゃないすか!」

「…何ですって?」

「だから、レイをすぐに助けないんだ!」


香焼の言葉に、対馬は彼以上の怒りを露わにした。


「もう一回言ってみなさい!!」


対馬が、先ほどとは打って変わって荒々しく香焼を突き飛ばし、彼の顔に平手打ちを喰らわした。


「つ、しま先輩…」


ジンジンと痛む左頬を、香焼が呆然とさする。

「香焼、あなたは教皇代理の顔をちゃんと見たの!?」

「え…」

「あんなに悔しそうな、辛そうな表情をしていたじゃない!」


そう叫ぶ対馬に、香焼が目を見開いた。

叫んで落ち着くことが出来たのか、静かに対馬が語る。


「助けたいから、すぐに危険へ飛び込む。それは確かに勇気がいるけど、ある意味楽な事なのよ」

「…っ」

「だって、自分の気持ちに正直に動くことほど、簡単な事は無いんだから」


そして対馬は、どこか遠くを見つめるように暗い空を見上げる。
「ねえ香焼。どうして今みんなで策を練っていると思うの?」

「そ、れは…」

「今救出のために突撃したら、レイを助ける前に殺される。そうしたらレイも死ぬの」

「!」

「教皇代理は、何が何でもレイを助けたいと思ってる」

「その為に歯を食いしばって耐えるあの人を、臆病呼ばわりなんて許さないわよ?」


それだけ言うと、対馬は自分の席へ戻って行った。

やがて香焼も、その後を追いかけるために走り出した。

 

 

同時刻、旗艦『アドリア海の女王』船底のとある一室


使徒トマスの術式『聖痕の確認』の開始から30分ほど立った今、フルチューニングは無言だった。

ただしそれは、彼女が無事だからではない。

今まで叫びすぎて、既に喉が潰れていたからであった。


「……!」

「次、お前は右腕を」

「了解した」


フルチューニングを囲む職制者が、淡々と“作業”を続ける。

その作業とは、自らの手を直接フルチューニングの体内に貫通させ、魔術の痕跡を探るというものだった。

今フルチューニングの右腕と、左の脇腹には彼らの腕が埋まってゴソゴソと蠢いている。

この貫通を可能にする、同化術式こそが『聖痕の確認』であった。
フルチューニングが知らない事だが(知りたくもないだろうが)、

かつて使徒トマスがキリストの復活を信じるために、キリストの脇腹の傷口に自分の手を差し込んだという伝承を元にしている。

この術式で、フルチューニングは職制者の手が体内に入ってきても無事でいられる。

ただし、この術式は痛みは欠片も消さない。

体に異物が入るその激痛を、抵抗せずに受け入れるしかないフルチューニングは、すでに精神状態が危険な域に達していた。


「また有った。これだから科学は…」


そう吐き捨てて、職制者がフルチューニングの右腕から取り出した謎のパーツを引きちぎって取り出した。

レベル5を目指すため、天井亜雄が取り付けた能力強化用部品である。

職制者は『魔術師』であって『科学者』ではない。

その部品の意味を理解することも無く、ひたすらに見つけては引きちぎって取り出すのを繰り返す。
(あ、るいは…)

(レイが…魔術を使える、理由なんて…)

(…本当は、どうでも…良いのかも、しれません)


また一つ、レイから無造作に部品が投げ捨てられる。


(…五和さん…香焼…対馬さん…上条当麻…師匠…)

(それに…)

(建宮さん…助けてください…会いたいです)


そう願うフルチューニングの耳に、幻聴が聞こえてきた。


――我らが女教皇から得た教えは?

――救われぬ者に救いの手を!!!


その幻聴に、フルチューニングは力無く微笑んだ。

思わず動きを止める職制者たち。


(そう言えば、元々レイは魔術結社に売られて、こうされる運命でしたね)

(あの時。天草式のみなさんに助けてもらった時は、どうして五和さんが怒るのか理解できませんでした)

(…その理由が分かる今になって、こんな状況になるなんて…これが皮肉というものでしょうか)


フルチューニングも、職制者も気づかなかった。

ちょうどまさに同じタイミングで、天草式が同じ言葉を大声で宣言している事を。

自分の足元で、ゴーレム・エリスの目が睨みつけるように職制者を見ている事も。

 

 

 

9月27日(午後7時00分)、天草式の上下艦


建宮は、180センチもあるフランベルジェを片手で軽々と引っ提げて甲板に立っていた。

その見つめる先には、女王艦隊の大軍勢が君臨している。


(…ちくしょう…)

(レイが指示通り拠点に向かったか、あの時ちゃんと確認さえしていれば…)

(そんな当たり前の事も忘れちまうとは…この建宮斎字は何を府抜けてんのよ!?)

(全く、こんなんで教皇代理って言うんだから笑わせるのよな…)


そう自嘲する建宮の目は、恐ろしいほど剣呑に光っている。
(もうこれ以上、ミスは許されねえ)

(待っていろ、レイ。今迎えに行くから)


全員の準備が出来た事を確認すると、建宮は紙束を海へ投げ込んだ。

水を吸った紙が、瞬く間に帆船になる。その数は50ほどだろうか。


「こっちも大艦隊かよ。これなら女王艦隊にだって、正面からぶつかれんじゃねえのか?」


呆れながら話す上条に、建宮は首を横に振った。


「それは買い被り過ぎってヤツよ。これは女王艦隊と違って軍艦じゃないからな」

「…そんなモンを用意してどうするんだ?」


建宮は不敵に笑って告げた。


「海で戦うのは軍艦だけじゃねえのよ」

「?」


こうして、天草式十字凄教が最も得意とする『海戦』が始まった。

かつて敵対したアニェーゼを、そして大切な仲間を助けるために。

 

 

同時刻、旗艦『アドリア海の女王』船底のとある一室


大量に用意した帆船を、女王艦隊に接近させ『火船』として自爆させる。

海中には、無人の上下艦を囮として配置しておく。

さらに『火船』の振りをした一隻に天草式の本隊が隠れて、一気に女王艦隊へ飛び移る。

天草式の用意した、大胆な囮作戦は成功した。


「何だ、この音は…?」

「敵襲か!?」


部屋の中まで響く戦闘音に、職制者たちが警戒をする。


(…?)

(な、にが…)


意識が朦朧としているフルチューニングも、その振動を感じ取った。

だが、すでに目を開ける事も出来ない彼女は、再び何も考えられなくなっていく。
天草式の戦闘員は50人余。その中で、香焼は最も年齢の若いグループの1人だ。

日々の鍛錬をこなしているとはいえ、その戦闘力は建宮などに比べるとはるかに劣る。

だが、只一つ。

香焼は、天草式の中で自分が一番だというモノを持っていた。

それはスピードである。

小柄な体格に、武器は小さな短剣。

破壊力を犠牲にした結果、彼は誰よりも早く動く事ができる。

だからこそ、偶然とはいえ香焼は一番に到着出来たのかも知れない。

フルチューニングが捕まっている部屋に。


(ここにも魔術の痕跡…)

(もしかしたら、レイはここに?)


アニェーゼのいる隣の部屋と違い、防御術式の施されていない扉を強引に開ける。
そこで香焼が見たものは、氷の寝台に拘束され、意識の無いフルチューニングだった。

しかもフルチューニングの周りには、彼女から摘出したらしき血塗れの物体が散乱している。


「て、メェ…!」


香焼の体全体が、感じた事の無い怒りで染まる。


「ここにまで侵入者が来たか」

「迎撃しろ、殺すのだ」


慌てもしない職制者に、我を忘れた香焼が襲いかかった。


「レイに何してるんすか!!!!!」


けれども、その刃は職制者まで届かない。

突如出現した2体の守護氷像が、その攻撃を阻んだからだ。
「邪魔する気すか!?」


それでも香焼は短剣を振りまわすが、氷像を砕くにはあまりに非力だった。


「クソ…」


徐々に追い詰められ、ついに香焼は膝をつく。

それでも、燃えるような目で氷像を睨みつけた。


「異端者が…そこで死ぬと良い!」


職制者の言葉に反応し、氷像が棍棒を香焼へ振り下ろす。


(ちくしょう、レイ…!)





「――心の底からつっまんねえモンをこの俺に見せんじゃねえのよ!!」


その棍棒が直撃する刹那。建宮の振るうフランベルジェが、棍棒を氷像の腕ごと粉砕した。
「レイ!助けに来たぞ!」

「教皇代理…どうしてここにいるんすか…?」


敵の修道女部隊をこの旗艦から引き離すため、現在天草式の主力は護衛艦を移動しながら時間を稼いでいるはずである。

当然建宮も、主力の1人としてそうしているはずだった。


「対馬と五和に、とっととレイを助けろと背中を押されてな」

「あの2人が…」


建宮がその場からいなくなれば、当然五和たちの負担は激増する。

それでも、2人は笑って建宮を送り出した。

ならば。

その思いに応える事ができなければ、今度こそ教皇代理失格だ。


「…で、これは一体どういう事なのよ?」


仲間の後押しを受けた建宮が、低い声で職制者に問う。
グッタリとしたフルチューニングから目を一時も離さず、建宮は脇に居たもう一体の氷像を破壊する。

一歩一歩職制者に近づく建宮の姿に、香焼は安堵と無力感を感じていた。


(やっぱり、まだまだ“遠い”って事すかね)

(…悔しいなあ)


だが、近づく建宮を見て、職制者たちはそれでも余裕だった。


「異端者に対し、『聖痕の確認』を執り行っただけだ」

「お前たちを排除した後、さらにコイツを詳しく調べる必要があるがな」


その嘲るような言葉に、建宮と香焼が顔色を変える。


「そんな事を、この俺が許すと本当に思うのか?」

「レイをこんな目にあわせて…絶対許さないからな!」
立ちあがって短剣を握り締める香焼と、フランベルジェを構えた建宮。

その2人を見て、職制者たちは尚も慌てない。


「潰せ」


その号令に応じて、今度は10体以上の氷像が部屋に現れた。

しかもそのうちの一体は、剣をフルチューニングの頭の真上にかざしている。


「抵抗すれば、もちろんコイツの命は無い」

「素直に降伏し、神の審判を待て」


人質を取られ、天草式の2人は身動きが取れなくなった。
揺らぐ意識の中、フルチューニングは確かに聞きたかった声を聞いた。


――レイ!助けに来たぞ!


(…建宮さんの声)

(レイを、助けに…?)


自分の目で姿を確認する事は出来ないが、確かに建宮の声だった。


(それに、香焼も一緒…)

(天草式のみんなが女王艦隊へ乗り込んできたのでしょうか…)

(アニェーゼさんは、まだ無事ですか…?)


助けに来てくれた事にホッとするフルチューニングだったが、そこへ恐ろしい宣告が聞こえてきた。
(まさか、レイを人質に…!?)

(ダメですダメです、絶対ダメです!)

(建宮さんや香焼が、レイの所為で死ぬなんて、絶対許される事ではありません!!)

(早く2人は逃げてください!)

(みんなに恩返しできないまま死ぬのは嫌ですが、レイなんかの為に2人が死ぬのはもっと嫌です!)


そう叫びたくなるフルチューニングだが、今の彼女は喉が潰れ声など出るはずもない。

どうにもならない状況に彼女が絶望したその時。


「――Intimus115(わが身の全ては亡き友のために)!」


この場にいる人間では、フルチューニングだけが知っている魔術師の声が響いた。

そして溶けた天井からこの部屋に降り立ったシェリーが、フルチューニングを狙う氷像へ稲妻のように魔法陣を書き込んだ。


「これで今からアンタはエリス。…さあ、存分に破壊しな!」
ゴォォォン!と唸りをあげて、ゴーレム・エリスとなった氷像が周りの氷像を粉砕して回る。

その破片を吸収し同化して、あっという間に巨大な氷のゴーレムが誕生した。


「馬鹿な!?」

「何故守護氷像を操れる!?」


初めて動揺を見せる職制者に、シェリーは何でもないかの様に告げた。


「護衛艦の一隻に籠って、2時間も術式の分析をした結果よ」

「すでにこの魔法陣の刻まれた所は、その属性を『水』から『地』へと書き換えてあるのさ」


誰1人気づかなかったが、フルチューニングがいるこの部屋は、すでに“外側”からシェリーの魔法陣が刻まれていた。


「そして地は私の味方。しからば地に囲われし闇の底は我が領域」


歌うように告げるシェリーの目には、建宮たちに勝るとも劣らない怒りが宿っていた。

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