とある魔術と木原数多 > 02


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『猟犬部隊』のとあるアジト


――「これから『猟犬部隊』の戦う相手は大きく変わる。――『魔術』って知ってるかオイ?」


木山春生は、言われた言葉の意味が本気で分からなかった。


(“まじゅつ”とは何だ?)

(一体木原は、この私に何をさせたい……?)


だがそれは、周りにいたナンシー達も同様らしい。

2人は互いに目を合わせると、代表してヴェーラがおずおずと手を挙げて質問した。


「あの……それは何らかの暗号や比喩ですか?」

「いやいや違うぜ。チチンプイプイ、アブラカタブラ、そんな感じのお伽噺に出てくる“魔法使い”の事なんだわ」

ますますもって意味が分からない。

思わず笑ってしまった木山は、そのままの表情で吐き捨てた。


「何を言うのかと思えば……。ここは学園都市だぞ。それに、貴様は曲がりなりにも科学者だろう」


かつては超能力も、魔法と同じくオカルトの領域だった。

しかし今では、投薬・電気ショック・催眠術を用いた“脳の開発”によりそれを実現している。

そして実現しているからこそ、逆に魔法や魔術といった非論理的な現象を決して認めない。

木原数多もそういう科学者の1人ではなかったのか。


「気持ちは分かるぜ、木山ちゃん」


専門分野こそ違えど、実績からすれば木山よりも優秀なはずの科学者は、あっさりと彼女の侮蔑を受け入れた。


「だが科学者だからこそ、感じた事があるはずだぜ?――“違和感”ってヤツに」

「……」

「まあ俺だって、子供が信じる魔法そのものがあるなんざ思ってねぇ。けどな……」

「この世界には、俺らの知る理論だけじゃなく“全く別の理論”が存在している可能性がある」


どこか挑発的な木原の態度に、木山が僅かながら興味をひかれたその時。


「木原さん、ただ今戻りました」

「……デニス、機材を乱暴に扱うなって言ったろ」


猟犬部隊の男2人が、アジトへ戻ってきた。


「遅ぇよバーカ。着替えは後だ。テメェらも座って話を聞け」


あらかじめ話があると知らされていたのか、その2人は無言で頷いた。

後に自己紹介されて知ったが、2人のコードネームはデニスとマイク。

メンバーで一番若く、敬語を使う金髪がデニス。少し言葉が乱暴で、灰色の髪をしているのがマイクだ。


「よし。じゃあ続きな」


本腰を入れて会議を始めるつもりの木原が、幾つかの書類を取り出した。


「さっき言った『魔術』っていうのはあくまで仮称だ。学園都市の“外”で開発された超能力の、な」

「……そんな話は、聞いたことが無い」


この世界で唯一超能力開発に成功したのが、ここ学園都市だ。

それ以外に能力者は存在しない――はず。

 

「俺も初めて聞いた。だが驚く事じゃねぇ」


木原が資料をめくりながら、適当に木山の話を受け流す。


「その最大の特徴は、十字教を始めとする“宗教観念に基づく異能の行使”ってところか」

「宗教……『自分だけの現実』ではなく、信仰心を土台にしているという事?」


ナンシーの訝しげな呟きに、木原が多分な、と同意した。


「どうもその『魔術』とやらは、学園都市(きぞん)の理論とは一線を画す別物らしい」

「で、それが?」

「気が早いな、大事なのはここからだぜ木山ちゃん」


木原は再び資料をめくり、興味深い実験動物を見つけたといわんばかりに目を輝かせる。


「上からの報告によれば、その『魔術』を使う人間――便宜上『魔術師』と呼ぶが、そいつがこの学園都市に侵入した」


その場がシン、と静まり返る。

学園都市外部で開発された能力者が存在するというのがすでに眉唾物なのに、それが今近くにいる?

あまりにも信じられない事だった。

「ポカンとしてるんじゃねぇよ間抜けども。……そんな面白そうなモノ、見逃す手は無ぇよな?」

「じゃあ、『猟犬部隊』の私達はこれから……」

「当然、それの回収作業を行う。ヘマしたらぶっ殺す」


ヴェーラの言葉を遮って、木原が宣言した。


「その為の特別編成だ。『猟犬部隊』でも、まだ役に立つ方のお前らを呼んだ理由はこれで分かったな?」

「ナンシー、ヴェーラ、マイク、デニス、そして念のため作戦に参加する俺も含めて5人で作戦を行う」

「了解」


マイクの同意は、その場にいる全員の総意として受け止められたらしい。

満足そうに頷いた木原が、具体的に作戦を詰めようとする。

その前に、木山が慌てて質問した。


「待って欲しい。その魔術師捕獲作戦に、私を呼んだ意味は?」

「察しが悪いなー木山ちゃん。大脳生理学を専門にしていたから。これで分かるよな?」

「ああ、分かったよ。……捕まえた後で、能力の解析を私に行わせるつもりか」

「もちろん、徹底的に頼むぜぇ。じゃねーと、多分そいつは“もっと酷い事になる”からさ」

「……」


恐らく、木原が自分を『猟犬部隊』に呼びこんだのはそれだけではあるまい。

木山はそう思いながらも、黙って従うほかに道は無かった。


「さぁて、『対魔術師用特別編成隊』の初陣だ。楽しくなってきたなぁ!」

「……木原さん、その学園都市に侵入した『魔術師』の名前は?」


ナンシーの疑問に、木原は歌うようにしてこう答えた。







「本名は不明だが、コードは付されてたな。確か……禁書目録――インデックスだと」

 

 

7月27日午前10時、第7学区のとある大通り


打ち合わせと言うよりは、木原の一方的な説明だけで作戦が立案されて15分。

夏休みに入ったばかりで学生達が溢れる大通りに、ヴェーラとマイクがカジュアルな格好で歩いていた。

本来『猟犬部隊』は、重武装で敵を殺戮する事を基本戦術としている。

だが、今は真昼間で大勢の人間がいるのだ。

その前でいつものように行動する事は、あまりにも馬鹿げている。

よって木原は、ひとまず標的を見つけ出してから人気のないところへ誘導するよう指示を出した。

まるでデートのようなおしゃれな格好をしている自分に、ヴェーラが溜息をつく。


「相手の能力が不明なのに、こうも“涼しい格好”だと不安になりません?」

「しょうがないだろう。そもそもこの作戦は普段と違いすぎる。文句ばっか言って手間をかけさせんなよ」

「はいはい」


ヴェーラを諌めはしたものの、不満の感じ方で言えばマイクの方が上だった。


(あの人に逆らうつもりは毛頭ないが、今回はあまりにも話が馬鹿げてる)

(学園都市以外の“超能力者”だと……?)

(そんなもの、存在してたまるか)


『よーし。奥にある公園が見えたな? そこにいる愛しの“魔法使い”の様子を観察した後、可能であれば回収しろ』

『ま、可能じゃ無くてもやってもらうけどよ。分かったか?』


同じように辺りを歩いている(はず)の木原が、マイクの思考を無線で遮った。

「こちらマイク。了解です」

「まずは私とマイクで、それとなく探ってみます」


同じく無線を聞いたヴェーラが、緊張気味に公園に目を向ける。


『……しかし、相手が大能力者(レベル4)、いや強能力者(レベル3)並みの力を持っていた場合どうするんだね?』


通信に割り込んだのは、アジトで部隊の情報管理を担当している木山だ。

出会ったばかりの『猟犬部隊』とはいえ、目の前で怪我したり殺されたりするのを見たくは無い。

銃器も持たずに接触した場合、相手の能力によっては一方的に攻撃されるかもしれないのだ。


(まあ、木原(あのおとこ)だけは死んでくれて構わないのだが)


それでも、木原は彼女の心配を鼻で笑った。


『別にこいつらの代わりは幾らでもいるし。とりあえず無様に負けたら腹ァ抱えて笑ってやるよ』

『……せめてこちらにも、能力者がいれば良かったのにな』


『ぎゃはは! うちに“モルモット”はいねーよ。――なあマイク?』

「……」

『? まさか彼は……』

『詮索ばっかりすると嫌われちゃうぜぇ木山ちゃん』


それっきり、無線は反応しなくなった。


(……あの男は、人を苛立たせる天才だな)

(それにあの余裕が気になる。ひょっとして、あいつは相手の能力をすでに知っているのか……?)

(いや、そんなはずはない。知っていたら情報を共有するはずだ。そうしないメリットが無いんだからな)

(だとすると、単に自信の表れかもしれない)


どこか腑に落ちないものを感じながらも、彼女は進展を待つしかなかった。

そして事態は、彼女の思わぬ方に進展する。

木原のもとに報告が届いたのは、それからわずか1分後の事だ。


『こちらマイク。回収目標なんですが……』

「おお、随分早いな? で、どうした?」

『どうやら、その……すでに目標は気絶しているみたいです』

「気絶だと?」


自らも公園に向かっていた足を、思わずその場で止める。

極めて珍しい事に、彼の顔に浮かぶのは困惑だ。


『はい。意識を失ってベンチに寄りかかっていました。とりあえず回収します』

「……ん。じゃあそのまま全員待機所へ戻れ」

『了解』


無線を切った後、木原は頭を掻いて大げさに嘆いた。


「しっかし盛り上がらねぇなー。どーすんだよ」


ただし口元には、得体のしれない笑みを残したまま。

 

 

7月27日午前11時、『猟犬部隊』のとあるアジト


外部で開発された能力者――インデックスは、到着と同時に目が覚めたらしい。

彼女は席に降ろされた直後、出迎えた木山に日本語でこう言った。


「おなかへった」


容姿が日本のモノではないのに日本語を流ちょうに話した事や、さらにその内容が予想以上に下らなかった事。

それらの要素が相まって、泣く子も黙る『猟犬部隊』の面々は互いに顔を見合わせる。


「何言ってんだこのクソガキ。状況理解してねーのか」


木原でさえも、呆れたようにそう言うしかなかった。


「行き倒れの私に、ご飯をくれるんじゃないの?」

「どう考えたらそんな結論になるのよ……」

「?」


ナンシーの突っ込みにも、インデックスはきょとんとした顔をする。


このままでは、イライラした木原が彼女を『学習装置(テスタメント)』へ無理やり押し込みかねない。

そう思った木山が、コンビニのおにぎりを取り出した。


「……とりあえず、こんな物しかないが」

「わあ、あなたはとても良い人だね。いただきます」

「よし、それで……」

「おかわりくれると嬉しいな」

「……」


それから7つほどおにぎりを食べたところで、ようやくインデックスは食事を終えることになる。

久しぶりにお腹が満たされてご満悦のインデックスに、木原が本題を突きつけた。


「とりあえず、残念な知らせだクソガキ」

「え?」

「テメェが学園都市に侵入した人間だって事ぐれぇ分かってる」

「あ……」

「……つーかよ、俺はこういうのめんどいから嫌なんだよなぁ。ヴェーラ、後話せ」


が、途中で嫌になってヴェーラに丸投げした。

それはいつもの事なのか、ヴェーラは嫌な顔一つせずに後を引き継いだ。


「はっきり言うわ。私達は犯罪者より性質の悪い集団よ。今あなたを生かしているのは、その前に聞きたい事があるから」


その言葉に、インデックスが何かに思い当たったかのようにハッとする。


「まさか、あなた達も“魔術結社”なの……!?」

「魔術……ねぇ」


まさか向こうからその単語を言われると思っていなかった木原は、それまでの退屈そうな態度を一変させた。

「あれ? でも、ここにいる誰からも魔術の気配を感じないんだよ……?」

「私達が聞きたいのはそれよ。学園都市外部で開発された異能が、実在するのかどうかって事」

「良く分からないけど、当然魔術はあるよ」

「……本気で言ってるのか」


あまりにも堂々と宣言された為、マイクはバカバカしいと笑う事が出来なかった。


「いいねいいね、非科学なんてモノがあるなら是非見てぇ!」


逆にテンションを上げた木原が、銃を片手にインデックスに近づく。


「で、それをお披露目してくれるんだろうなぁオイ?」


それに対するインデックスの返答は、意外なものだった。


「私には魔力が無いから、魔術を使えないの」

「……そうか」


そう言い放つと同時、木原は躊躇なく銃を彼女に向けて――。


「じゃあ、もう用はねえな」


彼女が何かを言うよりも早く、ダンダンダン!!と発砲した。

 

 

『猟犬部隊』のとあるアジト


目の前で起きた光景に、木山は心底驚愕した。

木原が、一切の迷いなく弾丸を幼い少女に叩きこんだ事――ではない。

至近距離で3回も銃撃された少女が、何事も無かったかのようにその場でポカンとしている光景にだ。

例え防弾チョッキを着込んでいたとしても、あの距離から撃たれれば骨の1つや2つは折れるだろう。

だがインデックスは、全く痛みを感じてないのかケロリとしている。


「い、いきなり攻撃するなんて、あまりにひどいかも!!」


訂正。

結構怒っていた。撃たれたとは思えないほど、元気いっぱいに。


「確かに、ここなら魔術師も追ってこれないかも!と思って高い塀を乗り越えて侵入したけど、何も撃たなくても良いんじゃないかな!?」

「……お前、何で生きてる? 能力が使えねぇっていうのはブラフか?」

そんな彼女が黙らざるを得ないほど真剣な声色で、木原が静かに問い詰める。


「私が魔術を使えないのはホントだよ。銃が効かないのはこの服のおかげ」

「服? その修道服は、どう見ても防弾チョッキじゃねぇぞ」

「これは、『歩く教会』っていう極上の防御結界なの」


話を聞く気になったのか、木原が無言で続きを促す。


「トリノ聖骸布を正確にコピーした布地を、その織り方・糸の縫い方・刺繍の飾り方まで、全て計算して修道服に仕立て上げてあるんだよ」

「……」

「その強度は法王級(ぜったい)で、あなた達で言うなら核シェルターって感じかな」

「物理・魔術を問わず全ての攻撃を受け流し、吸収しちゃうんだから」


得意げに語るインデックスを前にして、『猟犬部隊』のメンバーは沈黙した。

普段なら戯言として一笑に付す話だが、事実撃たれても平気なのだから信じるしかない。


「……良いねぇ、学園都市の科学技術じゃどうやっても不可能な現象だぜ。もう少し詳しい話を聞かせろ」


誰よりも早く状況に適応した木原が、あっさりと銃をしまう。

代わりに取り出したのは、インデックスの話を記録し、調査するための超小型パソコンだ。


「どうやら、思った以上にタノシイ事になってきたな」

それから30分ほどかけて、木原達はインデックスから様々な話を聞いた。

十字教と魔術世界、世界中に存在する魔術結社の事。

未だメンバーのほとんどは半信半疑であるものの、とりあえず彼女の言葉を疑うそぶりを見せる者はいなかった。

インデックス自身については、本人曰くイギリス清教のシスターで、1年前より昔の記憶は思い出せないらしい。

だが、木原にとって重要なのはそんなことではなく。


「完全記憶能力を利用した、10万3千冊の魔道図書館!」

「つまり俺ら科学者の知識とは全くベクトルの違うものを、その頭に記憶してるって事だろオイ!」


魔術の知識という“宝物”を、彼女が大量に持っているという事だ。


「それだけじゃねえ。こいつの知識を、幾つもの魔術結社が狙ってやがるときたもんだ」

「はい。学園都市外部の能力者の情報を入手する、という観点から見ればこの上ない人材です」


ナンシーが同意したように、インデックスほど木原の目的に符合する人間はいないだろう。

まず彼女自身には他の誰よりも魔術知識がある。

そして、保護しているだけで彼女を狙ってやってくる魔術師と戦える。


(最高の釣り餌じゃねーか。これは愉快な事になりそうだ)

心の底から楽しげな木原とは対照的に、冷や汗を流す木山がこう聞いた。


「それで、これからどうするつもりなんだ?」


木山のような常人(しでかした事を考えれば、そうは言えないのだが)からしてみれば、木原の喜びようはまるで理解できない。

このままインデックスを匿えば、絶えず魔術師に狙われる。

言わば自分から爆弾を抱え込むようなモノではないか。

いかに知らない知識を取り入れるためとはいえ、頭がいかれてるとしか思えない。

そしてそんな木原に黙って従う『猟犬部隊』も、木山には納得いかないものだった。

尤も彼らの場合には、見たことも無い魔術師を相手にする方が、木原の不興を買うより千倍もマシだから従っているに過ぎないのだが。


「これから、か。……とりあえず、アレだ」

「ん?」

「『学習装置』で脳のチェックだろ」

「彼女の記憶した、魔道書の知識とやらを取り出すのか」


木山がそう言った直後。


「だ、ダメ!」


突然、インデックスが首を大きく横に振った。

「私の記憶している『原典』は、普通の人が読んだら一発で廃人になっちゃうようなモノしかないの」

「だから、『てすためんと』が何かは良く分からないけど、絶対に中身を見ようとしちゃダメ!」


必死な様子でそう訴えるインデックスを見て、木原が何かを思案する。

木山は、彼なら無理やりにでもそれを実行するかもしれないと思っていたのだが。

意外な事に、木原はインデックスの頼みを何故か受け入れた。


「あー。直接出力しなくても、テメェが状況に応じてしっかり解説できるんなら“今は”それでイイ」


つーか『学習装置』を使う理由はそれじゃねぇ、と木原は真剣な顔をして言う。


「テメェの矛盾した状態が納得いかねえから調べるだけだ」

「え? え?」


混乱するインデックスに聞こえないように、木原が内緒話を始めた。

「あのな、完全記憶能力を持つのに記憶喪失ってあからさまにオカシイだろーよ」

「言われてみれば確かに……」

「だろ木山ちゃん? 過去の記憶で残っているのは10万3千冊の知識だけで、残りは全てすっからかんて言うのはありえねえ」

「この子に本の知識がある以上、完全記憶能力に異常は無い……」

「そ。けどな、だったら他の記憶を覚えていないって言うのは妙だろーが」


脳の専門家でもある木山が、愕然としたように言葉を紡ぐ。


「――完全記憶能力は、意味記憶をエピソード記憶と“共に”記憶する」



木原はつまらなさそうに話を続けた。


「当然だよなぁ。普通の人間は字の読み方を記憶しても、誰とどうやってどんな風に学んだのか、つまりエピソード記憶は忘れちまう」

「でも完全記憶能力者は、覚えたときの状況を全て記憶している。つーかその時のエピソード記憶が消えてんなら、そもそも完全記憶と呼べねェ」

「じゃあ、この子の脳は……」

「完全記憶として両立してなきゃおかしいはずの記憶が、片方だけ失われてる。結論は単純だぜ」

「誰かが意図的に弄ったって事以外考えられないよな?……スゲェな!10万3千冊の知識以外を、全て削り取るなんて!」

「だがそうすると、その理由は……?」

「おいおい、頼むぜ木山ちゃん。そんなの分かりきってるだろーが」

「?」

「考えてみろって。犯人は誰だ?」

「仮にこいつの知識を狙う人間の仕業だったとして、こうするメリットはあるか?」

「俺なら中身を読み取った後、他の誰にも読まれないように“魔道書”の記憶を消すか、まあ命を奪うな」

「なのに、わざわざエピソード記憶の方を消して、しかも1年間放置する理由は存在しねぇだろ?」

「だったら犯人は1つしか考えられないよなぁ?」

「このガキに魔術知識を仕込んだイギリス清教が、自分達で管理しやすくするために手を加えたんだろう」

「まさか……正気の沙汰とは思えない……!」


絶対に逆らわなくさせるため、全ての思い出を奪う。

科学者(じぶんたち)よりも趣味が悪い魔術師(じんしゅ)が存在する事を知って、木山は言葉を失った。

だが、さらにおぞましい事を木原は平然と口にする。



「賭けても良いが、連中がただ記憶を奪っただけで済ますはずはねぇ」

「例えば俺なら、大事なモルモットの逃走を防ぐため脳に爆弾やバルーンを仕込む。……逃げたら殺せるようにな」

「反吐が出る」

「あっそ。けど同じ事をこのガキはされてるはずだぜぇ。その“魔術”ってやつでよ」

「記憶の限定破壊すら可能な以上、脳を利用した絶命方法なんざ幾らでも用意出来るはずだからな」


否定は不可能だった。

木山の『感情』は有り得ないと叫ぶが、『知性』はそれぐらいはするだろうと冷静に告げていたからだ。


「イギリス清教にいずれ戻らないと、確実に死ぬ。つまり逃げ続けることは不可能。だから虎の子であるこいつをほったらかしにしていた」

「だが、これは油断を招いたな。……連中は致命的なミスを犯した」

「ミス、だと?」

「そうさ。学園都市(おれら)の領域に、こいつが逃げてきた事。ぎゃははは!」


脈絡もなく、弾けたように笑い出す木原。

腹を抱えてヒーヒー笑う彼の姿は、正気を失っているかのようにも見える。


「笑えるぜ! 誰が作り上げたかは知らねぇが、残念でした!」

「“脳を弄る”事にかけて、俺ら以上の適任は存在しねェ!」

「そのために、『学習装置』を……?」

「そう! こいつにどんな“爆弾”が仕掛けてあっても、脳に直接アクセスする『学習装置』の相手になる訳がないからなぁ」


木原の宣言が、アジトに響き渡った。


「――勝負といこうぜ魔術! カビくせェ信仰心とやらのチカラをこの俺に見せてみろ!」

 


途中から蚊帳の外だったインデックスが、静かに木原に問う。


「あなたは、何をする気なの?」

「良く聞け。俺は木原数多、科学者だ。これからテメェの記憶喪失の原因を探る」

「……それは無理なんだよ。私の知りうる魔術では、どうにもならなかったもん」

「だろうな。むしろそんな知識を教えておくはずがねぇ」

「じゃあ何が出来るって言うんだよう」

「決まってる。俺達が扱うのは科学だ。……デニス、『学習装置』の準備!」


木原の号令に、デニスが慌てて従った。

その姿を横目で見ながら、インデックスはそれでも首を横に振る。


「ハッキリ言うね。これ以上私に関わらないで」

「あ?」


木原は、初対面で銃弾をブチ込んだ自分の事を彼女が信じていないからそう言ったのかと思った。


「今さら逃がすかよ。10万3千冊には手を出さないつってんだから大人しく――」

「“違う”よ」

「……?」

 

「さっきも説明したけれど、私は魔術師に追われてるんだよ?」

「このまま私と一緒にいたり、ましてや私の脳(なかみ)を知るような事があれば、“あまた”は殺される」

「あまたはいきなり銃を撃つような恐ろしい人だけど、それでも私の所為で殺されるのは見たくないから」


だが、インデックスにはあきらめにも似た笑顔だけがあって。


「それに、他の人はおにぎりをくれた優しい人達だから巻き込みたくないんだよ」


その声は、どこまでも思いやりと優しさだけに溢れていて。


「私の事は忘れてしまうのが一番いいかも」


――故に、どこまでも木原をムカつかせた。


「話聞いてたか、クソガキ?」

「あ……」


彼はインデックスの襟を片手で掴んで持ち上げると、咳き込む彼女にこう言った。


「俺は“優しい”からもう一度だけ言ってやる。今さら逃がすかよ」

「ゴホ、ゴホ」

「魔術師が俺を殺しに来る? 実にご機嫌な話だろーが!」


「何を、言ってるの……?」

「分っかるかなぁ。殺し合いなんて些細な事は問題じゃねーよ」

「テメェらは俺の知らない知識を持っている、俺はそれをもっと知りてぇ」

「そのためならテメェを誰からであろうと保護するし、誰であろうと殺す」


ドサリ、と手を離されたインデックスが床に落ちる。

彼女の顔は、9割の混乱と1割の“記憶にない感情”で彩られていた。

相手がどんな悪党で、最低の人間であろうと。

今まで彼女は、記憶にある限り一度として『保護してやる』と言われた事は無かったから。


先ほどとは違った笑顔に涙を浮かべて、インデックスはゆっくり言葉を紡いだ。


「……じゃあ。私と一緒に地獄の底までついてきてくれる?」


これが彼女の、最後通牒。

今まで木原がいた『科学の世界』と、インデックスがいた『魔術の世界』。

それらを隔てる扉を開ければ、2度とその扉は閉じる事は無い。

だからこそ、木原は。


「地獄か。どーするよ、楽しみ過ぎて眠れねぇぞ?」


一瞬の逡巡も見せずに、その扉を蹴り破った。

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