最初に簡単な注意を
・主人公は木原数多と木山春生になります
・作者が台本形式を苦手としているため、セリフの前に名前はつきません
・恋愛要素が入ってきますが多分甘くなりません
・少し残酷な描写が含まれます
これらの点を踏まえて、お付き合いしてくださる方はよろしくお願いします
人口の8割を学生が占める街、学園都市。
彼ら子供達は、特別な脳開発(きょういく)によって「超能力」と呼ばれる異能の力を手に入れている。
その多くは実生活で大して役に立たない程度の能力しか持たないが、中には軍隊と戦えるレベルの圧倒的なチカラを行使する者も存在するのだ。
当然ながら。
それほどのチカラを持つ学生を抱える学園都市には、小説20冊を割り当てても尚終わらないほどのストーリーが用意されている。
――だがここでは、そんな学生達の話は語られない。
このちっぽけな、誰の目にも留まらないような片隅で語られるのは。
残る2割――科学者(おとな)達が繰り広げた、とある歪んだ物語。
第17学区の特別拘置所
『幻想御手(レベルアッパー)』事件と呼ばれる、1万人もの学生に生じた昏睡事件をとある少女が解決してから3日後。
まだ日が出たばかりの早朝、その事件の首謀者である木山春生を訪ねる者がいた。
「久しぶりだな木山ちゃん。じーさんの実験に参加してた気弱ちゃんが、まさかこんな派手な事をするとは思わなかったなぁ」
その面会に来た男の姿を見て、木山は驚愕し――次いで激怒した。
「貴様……木原数多か!」
「嬉しいねぇ。実験の手伝いをしてただけの俺を、フルネームで覚えてくれたなんて」
彼女の怒りをニヤニヤと受け流すのは、白衣を着た長身の男。
顔に特徴的な刺青を彫っていながら、木山春生と同じ学園都市の天才研究者。
そう。
面会人は、この特別拘置所にいる誰よりも悪党な存在――木原数多だった。
「忘れるはずが無い……貴様が木原幻生の一族で、あの実験の真の目的を知っていたのは分かっているんだ!」
「おいおい、落ち着けって。幻生のじーさんと俺は遠縁だし、あのチャイルドエラーも全員生きてるんだろ?」
「ふざけるな! 今もあの子達は目を覚まさないままなんだぞ……それが分かっているのか!」
「OK、じゃあその哀れなクソガキ共の健やかな回復をお祈りします。これでいいですかー?」
「な……」
あまりにもひどい木原の態度に、木山は言葉を失う。
だが木原は、彼女のそんな様子を一顧だにしないでこう告げた。
「大体、『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム) 』の代わりに1万人のガキ共を利用しようと考えた木山ちゃんが、俺を責めるってどーなのよ」
「……それは!」
「可愛い教え子のためならぁ? 無関係な人間を巻き込んでもぉ? 全然構いませんってかぁ?」
そこまで言うと、木原はその顔に浮かべた笑みの種類を変えた。
楽しげなニヤニヤ笑いから、どこか深く淀んだ得体のしれないソレに。
「――その通りだぜ! 大正解だ木山ちゃんよぉ!」
「……何を、言っている……?」
子供のようにはしゃいだまま、木原は弾んだ声で喝采を送る。
「目的の為なら何だって利用するべきだ。そんな覚悟も出来ねえようじゃ科学者とは言えねえよなぁ!」
「いやー、俺は本気で嬉しいんだぜ、木山ちゃん」
そう言いながら彼が取りだしたのは、特殊な麻酔ガス入りのスプレーだ。
「俺らクズへの仲間入り、心からオ・メ・デ・ト・ウ」
「!」
ブシュー、と木山の顔に直撃したガスは、一瞬で彼女の意識を奪い取った。
何一つ抵抗できないままぐったりと倒れた彼女を見て、木原はスッと無表情になる。
「よし、さっさと連れてくぞ」
その声に応えたのは、彼の部下である『猟犬部隊』の1人だ。
「了解。……木原さんも一緒に待機所へ?」
「ん? いや、俺は後で合流するわ」
「そうですか。では我々は先に帰還します」
部下はそう言うと、あっさりと拘置所の牢を開けて木山を運び出した。
その光景を見ていた木原が退屈そうに漏らした、独り言に気付くことなく。
「――ようこそ黒く染まったシンデレラ。カボチャの馬車へご招待、てか?」
ましてや、木山が気絶した時に落としたロケットになど目もくれず。
唯一気付いた木原は、それを一瞥すると遠慮なく踏み砕いた。
「まあ、行先は素敵なお城じゃなくて地獄なんだけどな」
『猟犬部隊』のとあるアジト
木山春生が目を覚ましたのは、誰かに頭を小突かれたからだ。
「ちょっと、いい加減起きなさいよ」
「……ここは……?」
床に寝かされていたらしく、体の節々が痛む。
それを我慢してゆっくり起き上ると、目の前にいた2人の女性の片方が溜息をついた。
「珍しく木原さん直々にスカウトしたっていうから、どんな人間かと思えば……てんで使えそうにないんだけど?」
「状況の把握も出来ていない相手に、それは酷よナンシー」
「それ止めて。何がナンシーよ、馬鹿みたい」
「そう? 互いを呼びあえる名前は、こんな私達にとって貴重だと思うけど」
「はいはい。本当ヴェーラは変わってるわ」
(……)
どうやら性格のきつそうな黒い短髪の女性がナンシーで、明るく人懐っこいセミロングの茶髪がヴェーラらしい。
たが、どうみても2人は日本人に見える。
「ここはどこだ? それに、君達は日本人ではないのか?」
「はぁ?」
木山の疑問に、ナンシーがとても嫌そうな顔をして首を振った。
「どう見ても日本人に決まってるでしょ。だから嫌なのよコレ」
「?」
頭が疑問符だらけの木山に、ヴェーラが端的に回答する。
「気にしないで。ナンシーとかヴェーラっていうのは、コードネームなの。私達はとっくに名前を失ったから」
「コードネーム、だと……?」
「あんた、木原さんから何にも説明受けてない訳?」
ナンシーのその言葉を聞いて、ようやく木山は自分が意識を失う前の事を思い出した。
(そうだ。私は木原数多によって、あの特別拘置所から連れ出された)
(……だが何のために?)
(確か彼女……ナンシーは、スカウトがどうとか)
(スカウト……?)
(確か、特別な境遇にある犯罪者は学園都市の暗部へ送られると聞いた事がある)
(まさかこの私が、暗部落ちとは……)
「人の話を聞いてる?」
「!」
自分の状況を分析していた木山に、ナンシーが怒りを露わにして詰め寄った。
「質問ぐらい答えろっての。説明は受けたの?受けてないの?」
「あ、ああ、聞いてない」
ますます不機嫌になったナンシーは、チッと舌打ちしてそっぽを向いた。
代わりにヴェーラが、おどおどする木山に優しく説明する。
「詳しくは後で木原さんから聞けるでしょうから、簡単に言うけど」
「ここは『猟犬部隊』のアジト。私もナンシーもその一員。リーダーは木原さん」
「『猟犬部隊』……か。本物を見るのは初めてだ」
「おめでとー。ついでにここにいるのは、男女問わず軽蔑に値するクズばかりだから気負わなくていいわよ」
ヴェーラの冗談(ではないのだが)に、木山は力なく口元を歪めた。
その雰囲気が気に食わなかったのか、ナンシーが再び話しかけてくる。
「あんた人事みたいだけど、自分も今日からその仲間入りって言うのは分かってんの?」
「まあ、それぐらいは。拒否権は無いのだろう?」
「またしても大正解だぜ、木山ちゃん」
いつから話を聞いていたのか、タイミング良く会話を遮って木原がアジトに入ってきた。
特別拘置所で見たときと違って、両手にマイクロマニピュレータと呼ばれる金属製の精密作業用グローブを付けている。
「……念のため聞くが、私が黙って貴様の言う通りにするとでも?」
「分かってるくせに、そういう無駄なハナシは止めようぜ」
木原が取りだしたのは、木山のかつての教え子の写真。
「人質ぐらいは用意してるって、想像付いてたんだろ?」
「……クッ」
悔しそうに歯を食いしばる彼女の姿を見て、木原は交渉は終わったと判断したらしい。
写真を無造作に放り捨てると、すぐに本題を話し始めた。
「汚れ仕事を引き受ける『猟犬部隊』にようこそ。今日からしっかり働いてもらうぜ」
「……私はただの科学者だ。銃に触れたことも無い私に、戦いなんて無理だと思わなかったかね?」
「言ってくれるなあ木山ちゃん。『幻想御手』を使って大暴れしてたのはどこの誰よ?」
「だが、すでに『幻想御手』のネットワークは存在しない……」
「じゃあ、“また”作るか。ぎゃはははは! 今度は1万人と言わず100万人ぐらいに聞かせんのはどーよ!」
「何を馬鹿な!」
出来るはずが無い。
データは全て消去したし、一度事件を経験した学生が怪しい音楽ファイルに2度も引っかかるとは思えない。
(そもそもそれだけ大勢の人間に、短時間で特定の音楽を聞かせるなど不可能だ)
頭ではそう分かっているのだが。
目の前の男は、どれだけ突拍子もない事でも、実現させてしまいそうな雰囲気を持っている。
だが、木山の警戒を彼はあっさり否定した。
「冗談だって。そもそも木山ちゃんを戦闘要員で補充した訳じゃねーし」
「では、何のために彼女をスカウトしたのです?」
予想外の言葉に、ナンシーが首を傾げた。
ヴェーラも意外そうな顔で木原を見つめる。
「これは、他の連中が集合してから説明するつもりだったんだけどなぁ」
いつになく機嫌の好さそうなリーダーに、部下の2人はむしろ恐怖を感じるが。
木原はその怯えを感じ取った上で、逃がさないように1歩近づいた。
「これから『猟犬部隊』の戦う相手は大きく変わる。――『魔術』って知ってるかオイ?」
木原数多率いる『猟犬部隊』が魔術と交差するとき、物語は始まる――!