上条「いや、実はですね」御坂「―――うん、実はね」


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御坂→上条×禁書さんのお話です。

ぶっちゃけると、御坂の失恋話となります。苦手な方はご注意ください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

はじまりがあれば、いつか必ず終りが訪れる。
酸いも甘いも永遠には続かない。


(誰がか言ってたわね)


さよならだけが人生か。


(別に、本当に『お別れする』ってわけじゃないけど、さ)


きっと、明日も、明後日も。
お互いが学園都市にいるまでは、私と彼は笑顔で挨拶を交わすだろう。
腹を抱えて一緒に笑うこともあるだろうし、罵声を挙げながら喧嘩をすることもあるだろう。


(……けど)


彼が未来を一緒に歩む人を決めたのだから、私の恋はここまでだ。
幸せな夢をみせてくる恋を眠らせたくない。
これほど愛しい少年を諦めたくなんかない。
本当は、彼の隣に居る未来を、無邪気に信じていたかった。


「もう、終わりにしないと、ね」


けれど、もう、全部お終い。
美琴がどんなに望んでも願っても、覆る答えはどこにもない。
自分の手で終わらせるのは怖いけど。胸が張り裂けそうになるくらい痛いけど。

ちゃんとこの気持ちに『さよなら』を告げよう。

 

―――

蝉のけたたましい鳴声が耳に障る、夏の学園都市。
太陽の日差しのせいで立っているだけでじんわりと汗が湧き、ワイシャツが肌にへばりつく。
シャツの第二ボタンまで豪快に開けて手を団扇代わりにパタパタと動かしてみても、
夏の暑さから逃れられず、美琴は思わず眉をひそめた。

第七学区のとあるオープンカフェの一角。
先ほど注文したオレンジジュースのストローを器用にクルクルと回しながら、美琴は待ち人の到着を待っていた。


「だぁー、あっつい!」


あまりの暑さに耐えきれなくなった美琴は、背伸びをしながら、ついつい不満を口にした。


『――今年は例年以上の暑い夏となりそうです』


すると、機械的な音声アナウンスが遠くから聞こえてきた。
動くことすら気だるいが、美琴はゆっくりと音源の方へと首を向ける。
そこには、空を悠々と漂っている飛行船。
美琴が全身に感じている猛暑なんて『知らぬ存ぜぬ』といった様子で気持ち良さそうに空の大海を泳いでいる。
なんだが、とても涼しそうね……、と美琴が飛行船を羨ましそうに眺めて、
「……海に行きたい」とポツリと己の欲望を吐露した時、ようやく待ち人がやってきた。


「悪ぃ、御坂。遅くなった!」

「遅い。アンタが呼び出したんだから、遅刻なんてしてんじゃないわよ」

「いやもう、本当にすいません!!」


スカートのポケットから取り出した携帯電話で現在の時刻を確認。
彼が自分で提示した約束の時間からとうに三十分は過ぎていたが、
大量の汗をかきながらぜいぜいと肩で息をするツンツン頭の少年の姿を見ると、必要以上に文句を言うのは躊躇われた。
きっと、一分でも一秒でも早くと、ここまで全速力で走って来てくれたのだろうだから。


「お詫びに奢るからさ」

「……当然よっ」


彼が、自分に会うために、駆けてきてくれた。

申し訳なさそうにはにかんで美琴の向かいの席に腰をおろした少年に、
ほのかな恋心を抱く少女の胸の内はたったそれだけの事で、一杯になってまう。
彼にしてみれば約束の時間を守るだけの行為だったとしても、美琴にはその真実だけで有頂天になってしまう。

「で、相談したいコトってなに?」


彼、上条当麻からの呼び出しは突然だった。
起床後、いつものように寮の自室で学校へ行く支度を整えている途中、携帯の着メロが鳴った。
メールの内容を要約すると『相談したいことがあるんだけど、放課後空いているか?』

上条が誰かを助けることはある種、日常茶飯事なことだが、彼が自分から助けを求めることは珍しい。
地獄の底から多くの人々を助け出した上条当麻が、相談したい、助けてほしい、と頭を垂れた。
美琴も、返しきれないほどの恩を彼から受けた一人である。


(私に出来ることがあるなら、なんでもしてあげたい)


「金を貸してほしい。金欠で同居人のご飯を賄えないんだ」と
彼がため息をつくならば、いくらだってお金を渡すしなんだったら直々に夕食を作りに行ったっていい。
「嫌いな奴がいる、どうにかしてほしい」と彼が殺気立って宣言すれば、
どんな手を使ってでも、そいつを闇に葬り去ることだって躊躇はしないだろう。

美琴はそれだけ真剣だった。
上条のためならば、なんだって出来るし、何者にだってなることが出来る。


「……ああ、うん」


相変わらず鈍感のレッテルを欲しいままにしている上条は、美琴の内なる壮大な決意に全く気付かないようだ。
人差指で頬をぽりぽりと掻きながら、気恥ずかしそうに視線を右へ左を動かし落ち着きがない。


「いやー、なんつかーさぁ、その、なぁ?」

「なぁ? じゃ、分かんないわよ」

「……ですよねー」


ははっ、と乾いた笑いを一つ浮かべた上条は意を決したように口を開いた。



「お、俺さ。……その、インデックスの事が好き、みたいなんだ」



異性に心の臓を弾ませ、そのドキドキの原因が恋なのだと気付いたばかりの幼い子供のような男が、一人そこにいた。

もうすぐ夏休みに差し掛かろうとしているこの街は、学生たちのうずうずとした浮かれた雰囲気に包まれていた。

定期試験や身体検査が終わった後の独特の解放感。
太陽の暑さに酔わされて甘い夏を期待する空気。
燃え上がるような恋を密かに切望している群衆。

気恥ずかしそうに頭を掻いて頬を緩めている上条も例にもれず、恋に目覚めようとしている。

熱くて、熱くて。
脳の髄まで溶けてしまいそうな錯覚に陥りそうな程の熱気の中で、美琴だけが氷漬けにされたように身体を固まらせた。

息がつまる。
視界が暗転する。
思考が停止する。

御坂美琴の世界が、一瞬にして音もなく崩れる。


(―――――えっ。こいつ、何を言って……?)


今、目の前のツンツン頭の少年は、いったいどんな言葉を発したのだろうか。
上条が口にしたことを美琴はいまいち正しく理解することができない。
彼女はらしくもない体たらくを晒すこととなった。
混乱、困惑、動転。千々に乱れる、美琴の心。
さぁっと全身の血の気が引いているのに、やけに心臓が素早くドクンドクンと振動して高鳴り、鼓膜にまでその音を届けた。


「…………、ごめん。よく聞こえなかった」

「ちょっ、お前なー。こういうこと言うのって結構照れるんですよー……?」

「うん、本当にごめん。で、何て言った訳?」

「だから―――、」


美琴にそくされて上条が再度同じ言葉を紡ぐ。
今度こそ彼の言葉を正しく理解しようと、美琴は上条口の動きを凝視。


「―――俺さ、インデックスのことが好きなんだって、気がついたんだよ」

 

インデックス。
正式な名前は確かIndex-Librorum-Prohibitorumだっただろうか、と現実逃避に似た思考回路で考える。
長い銀髪と緑色の瞳を持つ、見た目十四、五の女の子を示す記号にして、
普段から身にまとっている白の修道服のように純粋で可憐な笑顔が印象的な人物の名前。

彼女は、
ツンツン頭の少年の隣に"当たり前"のように佇んでいる、上条当麻の同居人。
暴食と噛みつきがトレードマークになっている、御坂美琴の友人。
―――そして、新たに。上条当麻の想い人というポジションを得た、とても幸運な少女。

ハッキリと上条へと意識を向けたため、今度こそ美琴は逃げることは許されない。
全神経を耳と目に集中させたのだ。
どんなに否定したくても、どんなに拒絶したくても。聞き逃した、なんて甘ったれた現実なんて訪れはしない。

一つの恋が始まった。
上条という少年は、インデックスという少女を好きになった。
たった、それだけのこと。されど、美琴にとっては人生の岐路に立たされるほどのこと。


「…………ふーん、アンタがインデックスの事を好き、ねぇ」


腹筋に必要以上の力を加えて肺に圧力をかけ、掠れそうになる声を無理やり喉の奥底から絞り出す。
片手でグラスを持って、ストローを加えてオレンジジュースで喉を少しでも潤そうと試みる。
中の氷で冷やされたグラス面が異様に冷たくて、美琴の背筋に寒気が走った。

カタッカタッカタッと、手が、声が、身体が、微かに震える。
上条に見透かされないことを、ただただ、美琴は願うばかりだった。


「なんだよ、別にいいじゃねーかよ」

「悪い、なんて一言も言ってないでしょ。……ただ」

「ん? ただ、なんだ?」


無意識のうちに漏れてしまった「……ただ」に続く言葉を、
未だに上手に回転してくれない頭からどうにかして捻りだすことすら、美琴にはどんな労働よりも疲れる作業だった。

なんとなく。
美琴はあの時から、なんとなく感づいていたのだ。


「ただ、…………ただ、ようやく自分の気持ちを自覚したのかぁ、って呆れただけよ」


もしかしたら、彼は、彼の少女に想いをよせてるのではないか、と。

「ようやく、って。え?」

「なーに、豆でっぽう食らったような阿保面してんのだか。アンタがあの子に気があるなんて、周囲にはとっくのとうにバレバレよ」

「……マジで?」

「マジで」


数秒の沈黙.



「―――マ、ジかよぉぉおおおおおおお!!は、恥ずかしいぃぃいいいいいいい」


上条は頬を上気させると同時に、コレでもかというくらいの唸り声を上げた。


「今まで気付いてなかったのは、アンタとインデックスくらいのもんよ?」

「みんなにばれてたとか! みんな知ってたとか! 
 最近、青髪とか土御門らへんが、やけにニヤニヤしながら話しかけてくるなーとは思ってたけどぉぉおお!!」


美琴が更に追い打ちをかけると、彼はテーブルの上につっぷしてしまった。
突っ伏しながら異様な速さで右手をバンバンとテーブルに叩きつける様は挙動不審すぎる。
彼の慌てふためく姿に、少しだけ気がまぎれた美琴だが、
ツンツンの黒髪の間から見え隠れする、ゆでダコのように真っ赤に染まってしまった少年の耳は、あえて視界に入れない。


「だってさー。ロシアから帰って来た頃くらいからかなぁ? 
 アンタがあの子の話ばっかりするようになって。それがまた、頬緩みっぱなしの顔で幸せそうに話すんだもの」


カラン、と手に持っていたグラスの中の氷がぶつかる。


「誰だって、気付くわよ。バーカ」


知りたくなくても、気付きたくなくても。

「ぅぅうう。そんな自覚、上条さんにはありませんでしたのよ……」

「夏休みが明けて秋になったら、あれから一年になるのっていうのに。鈍感にも程があるじゃないの~?」


世界中が戦いの色に染まった悪夢の一〇月。
魔術と科学の衝突から、早数カ月が経過した。

上条が、たったひとりの女の子を助けるために戦って、もうすぐ一年。

「しょうがねえだろ。その頃からなんとなーく意識はしてたけど、
 『あ、俺、コイツのことが好きなんだ』って自覚したのは、本当につい最近なんだからさ」

「もともと可愛い子だけど、あの子、今年に入って益々女に磨きがかかってきてるもんね。
 大方、大人っぽくなった姿にドキッとして、自分の気持ちに気付いたーとか、その辺でしょ?」

「っ!?」

「あら、図星?」

「~~~っ、まぁ、気付いたキッカケはそんな感じ、だけど」

「うん。だけど?」

「俺、絶対アイツのこと失いたくない、ってくらいにはインデックスに心底惚れてんだよな」


争いの中で、何度も彼女を失いそうになった。
何度も、その小さな手を離してしまいそうなった。
あんな心臓が押しつぶされそうな思いは、二度としたくない―――と、上条の真摯な瞳が告げている。


「ここぞとばかりに惚気るわね」

「別に惚気はねえだろ」

「最初から今まで全部惚気だったっての!」


美琴が、たったひとりの男の子を助けるために戦って、もうすぐ一年。


『―――インデックスッ! インデックスッ!!』


極寒の地で、無我夢中になってインデックスを探し求めた彼の背中を、
必死に、必死に、たった一人の女の子の名を叫び続けてた彼の声を、

美琴は今でも鮮明に覚えている。

あの時、ロシアで必死になって一つの影を追いかけていた彼を見て、
彼が想い、求め、守りたいのだと切望しているのは、銀色の髪を持つ白の修道女なのだ、と美琴はなんとなく悟ってしまったのだ。

手に持っていたグラスをテーブルに戻すと、
グラスで冷やされた両手をサイド団扇代わりに動かし始める。
今度は上条に見せつけるように、ワザとらしく。


「あーあ。惚気に当てられてさらに体感気温が上がったんですけど」


パタパタ、パタパタ。

額から止めどなく流れてくる汗は、猛暑のせいなのか、はたまたこの状況から感じる冷や汗なのか。
美琴には、それらについて見当する程の余裕はない。


「てか、相談ごとはどうした、相談ごとは。もしかして、惚気話したいがために私を呼び出しんじゃーないでしょーねぇ?」

「まさか! 相談というか、ちょっと、お前に頼みたいことがあって……」


美琴は意図的に話題をシフトしたのは、さっさとこの場から立ち去りたい一心からだった。
彼の惚気は、心臓にも耳にも痛くて、痛くて、たまらない。


「ふ~ん、そ。で、具体的に頼みたいことって何なの?」


パタパタ、パタパタ。美琴は、休めることなく両手で顔の辺りを仰ぐ。


「―――実は、ですね」


上条が柄にもなく、遠慮しながら相談事を口にし始めた。

彼の話を聞きながら、ようやく思考回路が正常に動き始める。
じんわりとじんわりと事を理解し始めるに比例して、込み上げてくる涙を我慢しながら、美琴は話に相槌をうっていく。


「……それにしても、暑いわね」


パタパタ、パタパタ。
美琴は小さな愚痴を溢しつつ、流れようとする水分を乾かすかのように、両手を動かし続けた。

 

 

―――

新しく出来たばかりの食のテーマパーク、自然豊かな郊外の公園、愛らしいペンギンに会える水族館、エトセトラエトセトラ。
学園都市内にある行楽地を紹介する雑誌やパンフレットを、
美琴は早朝の時間から熱心に品定めしていたのだが、さすがに目も疲れてきたためいったんその手を止めることにした。


「……うーん。いったい何処がいいのやら」


机の上に雑然と広げられている膨大な紙の山は、
『かき集められるだけ集めよう』と彼女が辺りの本屋やコンビニを練り歩き、ここ3日間でゲットしてきた代物なのだが、
何十センチと積み重なった山が2つほど出来る程の量にもなっていて、目を通すだけでも一苦労だ。

さすがに集め過ぎだろ、私。
自分の失態に呆れつつググっと背伸びをするとゴキゴキと良い音が鳴った。
部屋の時計を確認すれば、丁度、午前のおやつの時間。


「かれこれ三時間も文字と睨めっこすれば肩も凝るってね」


お腹も空いたし小休憩も兼ねて食堂で何か食べようと思い立ち、紙の束をまとめる美琴。
片付けの最中に、ポップなデザインで彩られた薄っぺらな紙の一つが目に留まる。

隅っこの目立たない所に掲載されている、カップルと思わしき二人組の写真に見覚えがあった。

よれてしまった茶色のパーカーを着込む金髪の青年と「オシャレに興味が全くない」と言わんばかりに地味目のジャージを着ている黒髪の少女。
どう言う状況で撮られたのか美琴には見当もつかないが、照れくさそうに、それでいて嬉しそうに微笑み合っている。


「あ、誰かと思えば浜面さんと滝壺さんだ」


よくよく見てみれば、懐かしい人達だとわかる。


「あーあ、こんなところでも見てつけてくれちゃって。やっぱり、仲いいのね、この二人」

ロシアでの戦いで美琴は様々な人たちに出会い、衝突し、和解した。
敵のままで関係が終わってしまった者もいれば、友情を育むことになった者もいる。

元暗部という肩書を持つ浜面たちと顔見知りになった。
上条の隣が居るインデックスとも美琴はいつのまにか仲良くなった。
今では友達と呼ぶべき間柄だ。
ともに死線を越え、命の鎖を繋ぎとめた仲間としての絆は、決して緩くない。

浜面達とは歳も離れているせいか、こっちに戻ってからあまり顔は合わせていない。
それでも数ヶ月前に、恋仲になって随分たつと聞いたが、写真から伝わってくるのは初々しい雰囲気ばかり。
初心な心が抜けきれない人たちだ、と浜面達の笑顔に釣られる様に美琴の口角も上がる。
上条とのやり取りで、一年だったのだなと思い返したが、そういえば彼らとも知り合ってだいたい一年になるのか、と美琴は懐かしそうに振り返る。
実は、滝壺とはロシアで会う以前に、施設襲撃の際に顔を合わせていたらしいのだが。


「うん、まさにオシドリ夫婦って感じ。ちょっぴり若すぎるけど」


クスクスと小さな笑い声をあげながら、素直な感想を口にする。
持ちつ持たれつ。互いが互いを時には支え時には守る。そんな彼らだからこそ、『元暗部』より『オシドリ夫婦』の名が方が相応しい。

写真に写る彼らを微笑ましいと思う反面、羨ましいとも美琴は思う。

頭によぎる仮定と空想。
もしかしたら、私にもこの写真のような未来があったのかもしれない。

『もしかして――』と、つい先日まで夢見ていた未来の影が重なりそうになり、美琴は首を振った。
空気を裂くほどの勢いで、ドロドロと付き纏って来る泥水の感情を振りはらうかのように。


「…………駄目、駄目。そんな暇、私にないのよ」


落ちこむ暇なんて、ない。
想像の世界に浸る暇なんて、ない。

 

『―――頼まれてくれないか、御坂』

生まれて初めての恋にアタフタする男が、プライドも意地もかなぐり捨てて、そう言った。
自分のだけの現実が吹き飛んでしまうほど惚れこんだ男が、そう言ったのだ。

頼まれてやるのが、女の道。

理由なんて、それだけでいい。
走り出すのに必要なガソリンは、それだけで十分だ。

彼から頼みごとを聞く前に自分で宣言し決めではないか。
上条の為ならば、何だって出来るし、何者にだってなることができる、と。


だったら、


(私はアイツの『女友達』として二人の『恋のキューピット』にだってなれる)


そうよね? ――――御坂美琴。

「よしっ、おやつを食べたら、第二ラウンドと行きますか」


甘いものをお腹一杯食べて気合いを入れ直したら、再び「頼まれごと」のために手を動かそう。

さて、いったい何処だったら、あの暴食シスターの心を擽ることが出来るだろうかと
思案しながら、机の上の整理整頓終えた美琴は食堂へと向かう。

単純に考えるなら、先ほど見かけた食のテーマパークが一番喜ぶはずだ。
キラキラと瞳を輝かせて、「ここにある食べ物、全部制覇するんだよっ!」とワクワクするに決まってる。
もし犬の尻尾があるならば、はち切れんばかりに振るくらい、狂喜乱舞する彼女の様が眼に浮かぶ。


「絶対に喜ぶとは思うんだけど。雰囲気がなさすぎるのが、難点なのよねー」


『世界中の食が大集合!!食い倒れの楽園へようこそ!!』
とデカデカと書かれているパンフレットだけを手に持って、ブツブツと独り言を言いながら静かな廊下を歩く。
食い意地が張りすぎている少女にも、今回ばかりは色気を優先させてもらわないと困るのだが、
やはり、はじめのキッカケくらいには彼女の食い気を利用するのも手かもしれない。


「ぐぬぬ。他にいい所があればそこにするんだけど……。無かったら、ココにするかぁ」


パンフレットの表紙にババンッと載っている「甘い雰囲気」が欠如したテーマパーク内の写真を目を凝らしてみていると、
「お姉さまっ!」「御坂ー」と自分の名を呼ぶ声が聞こえ、美琴は顔を上げた。


「難しそうな顔して何やってるんだー?」

「お姉さまったら、また行楽地の雑誌やらパンフレットと睨めっこをなさってますの?」

「黒子。それに土御門も」

 

少し遠くの前方に、後輩兼ルームメイトの白井黒子と、メイド養成を掲げる繚乱家政女学校に通う土御門舞夏の二人組。
美琴は彼女たちの存在を認識すると、無意識の内にパンフレットをさっと背中の後ろへと隠す。
その間にも、白井と舞夏は其々が大きなお鍋を抱えたまま、御坂の目の前へと歩み寄って来た。


「べ、別に、大したことじゃないわよ」

「まぁ、嘘ばっかりおっしゃって。此処三日ほど、お姉さまは夜な夜な徹夜しているではありませんか」


ずずい、と美琴の眼前へと顔を寄せて、「黒子はなんでもお見通しですのよ?」と言いたげに白井は首を傾ける。


(あっちゃー……、ばれてたか、やっぱり)


早朝から夜遅くまで山のような紙束相手に奮闘しているが、一応白井には見つからないようにしていたのだが、無駄な努力だったようだ。
出来れば、この後輩には知られたくなかったのに、と自分の詰めの甘さに内心で舌打ちをする。

ちょっと、というか、オーバー過ぎる親愛を傾けてくる少女のこと。
もし、彼女に全てがばれたら、絶対に何かしらの小言を言われるに決まっているのだ。


それに、


(―――余計な心配はかけたくないもの)


大切な後輩だから。
誰よりも可愛く思っている後輩だから。
いらない心労をかけるのは、先輩のすることじゃないしね、と付け足す美琴。

さて、なんて言い訳をしようか。
「だってさー」

どうして観光地や流行りの遊び場の情報を集めているのか。
言葉を紡ぎながら適当な理由をみつくろい、ねつ造する。


「…………ほら、もうすぐ夏休みじゃない? 今年こそは目一杯遊びつくしたいのよっ」


去年の夏休みは、ある意味、予定がぎっしり詰まっていた。

風紀委員の一日体験。
虚空爆破事件から始めるレベルアッパーの一件。
AIMバーストとの激闘もあった。
乱雑解放、MARやテレスティーナとの対決。

ぎゅうぎゅうに詰まり過ぎて、ほとんど何処にも遊びに行けなかった。
美琴は大げさにため息をついて見せ、「アンタも思い返してごらんなさいよ」と白井に念押しまでしてみせる。

確かに、佐天涙子や初春飾利、春上衿依らと知り合って友達になった想い出深い夏休みではあった。
みんなでショッピングにいったり、水着のモデルになったり、ゲームセンターで遊んだりした。


「でも『夏休みを思う存分楽しめたかな?』って考えると、そうじゃない感じもするのよねー」


上記以外にも、地獄の底を味わった絶対能力進化計画だってあった(これに関して、白井たちには秘密だが)。
ほかにも、諸々。


上条当麻との恋人ごっこ。

彼と見知らぬ青年が交わしたとある約束―――は、今は関係ないので、頭の隅っこに追いやる。


要は、貴重な中学2年生の夏休みは、全然遊べなかったという悔しさが心に残っている。
だから「今年こそは」と思っちゃうんだよね、と美琴は眉毛をハの字に曲げて、困ったような笑いを二人に向けた。


「今年こそ、去年の分まで遊んで遊んで遊びつくしたくて、つい、ね」


中等部最高学年にもなって、小学生みたいにウキウキしちゃってるところを見られたのは、さすがに恥かしいわねー、と観念したように頬をかく仕草も加えてみる。

「…………、まぁ、お姉さまったら。子供のようなことをおっしゃって」

「べ、別にいいでしょっ!?」


くすり、と白井が小さく笑った。
三日月に湾曲した両目が微笑まそうな視線を「夏休みを満喫するのよ!」と熱弁する少女へと向ける。
年下の後輩に苦笑されるのはいささか恥かしいもので、つい、ほんのりと上気する頬に御坂の注意が注がれる。


「去年は忙しそうにしてたからなー。いいんじゃないか? 今年は遊びまくれば」


白井の横に並ぶように立ち二人のやり取りに耳を傾けていた舞夏が、仲裁するように割り込んできた。


「立ち話をいいが、コレをはやく調理室に運ばないとだめなんだなー」


器用に手先を動かし鍋を持つ手のバランスを整えながら、「そろそろ行こう、白井」と声を掛け、舞夏は調理室の方角へと身体を向けた。


「あら、そうでしたわね。早くいきませんと」

「ていうか、さっきから気になってたんだけど、アンタ達の持ってるその鍋って、何?」

「今年の盛夏祭に出品予定の料理ですの」

「そっか。今回も料理は繚乱家政にお願いするんだっけ。で、アンタはまた舞夏の手伝いってわけね」

「土御門に無理やり手伝いにひっぱりこまれましたわ……」

盛夏祭。
それは、毎年行われている常盤台中学学生寮の伝統ある寮祭のこと。
といっても、盛夏祭が実施されるのは学校の敷地の外部に在る、美琴たちが住むこの学生寮だけだ。
普段は『関係者以外立ち入り禁止』であるが、寮祭の期間においてのみ、その秘密のベールが解き放たれる。
余談であるが、常盤台はお嬢さま校として学園都市内の男子生徒からの注目も高く、
盛夏祭のチケットは相当プレミア価値がついていたりする。


「去年もお料理美味しかったし、今年もすごく楽しみにしてるわね、土御門」

「その期待、見事に応えてみせるぞー」

「それではお姉さま。私たちは、これにて」


大きな鍋を抱えながら調理室へと向かう二人に、じゃーね、と美琴はヒラヒラと手を振る。
美琴よりも何センチも小柄な彼女たちが持つと大きな鍋は更に大きく、重そうに見えた。
白井の空間移動でちゃっちゃと運べばいいのではとも思うが、この学生寮は基本能力の使用が規制されているから、やはり無理か。


「…………それにしても」


やはり、白井は感の鋭い子だ。
気付かないふりを押し通したが、美琴の言訳を聞いたあとの彼女の少しの無言が気になる。


(――――あの子も、なにも思わってないようにふるまってたわね)


あっさりと引いたことが、その証拠。
『まぁ、黒子とのデートをご希望ですの!?』と勘違いして美琴に抱きついてセクハラまがいの行動こそすれ、
『ああ、そうですか』と世間話のようにスルーした今回のほうが、白井の行動としては珍しい。

多分、気を利かせて知らないふりをしてくれているのだ。
何を感じながら。
それでも。


「あー……」


誰よりも自分に厳しく優しい後輩の心配りに、言葉にならない気持ちが胸に込み上げる。

どれほど虚勢をみせても意地をはっても、結局のところ全て猿芝居。
完璧に普段の『御坂美琴』を演じきっているつもりでいても、小さな綻びが見え隠れしている。
白井に一目で見抜かれてしまうほど、己の僅かなズレを隠しきれていない。

それでも今は。
演劇経験が皆無な大根役者であったとしても、
一度あがってしまった壇上から降りるわけにはいかない。


「やばいやばい。切り替え、切り替え!」


意識的に大きくて高い声をあげ、無理やりにでも自分を奮起させる。


(ほら、私が誰なのか答えてみなさいよ、御坂美琴)


自問自答。
言い聞かせるように、崩れ零れそうになる心の悲鳴に上塗りするように。

他者から投げつけられたキャッチコピーはさして好みではなかったが、
外部から与えられる自分自身への評価、あるいは偏見を客観的に理解できる点は褒めてもいいかもしれない。

発電能力者。
常盤台のエース。
最強無敵の電撃姫。
第三位。
超電磁砲。

そして、


(私は――――『ビリビリ』)


それらの言葉が、今まで培ってきた御坂美琴を修飾する言葉、呼び名。

『ビリビリ』ほどやっかいなキャッチコピーはない。
他にも不名誉な称号をつけられているかもしれないが、特に知りたいとは思わない。

アイツ直々に命名された『ビリビリ』。
呼ばれる度に、ムカついて腹立たしくて。
悔しいほどに愛着を感じて手放せなかったモノ。


『よっ、ビリビリ中学生』


と、片手をヒラヒラと動かして呑気な顔で声をかけてくる男の中の御坂美琴は、
常にけんか腰で前髪をビリビリさせてて、子供っぽくて明るくて元気な奴。

多分、そんな感じだ。
だから、自分は『そんな御坂美琴』であり続けなければならない。

どれほど演技が下手でも、
せめて彼とシスターの前だけでも。


「だから私は、『ビリビリ』って言われてる私であり続けないとね」


なんて、そんな役回りなんだろう、という本音を、御坂はため息でかき消した。

 

 

―――
暇だ。
とてつもなく暇だ。

白い修道服に身を包んだ少女は、
先ほどから寝そべっているベットの上でごろごろと意味もなく寝返りを繰り返していた。
同居人は「しすてむすきゃん」という試験でここ最近忙しいらしく、
部屋の中にいるのは少女とスフィンクスと呼ばれる猫の一人と一匹。
普段は煩いほど賑やかなこの部屋も、今この時ばかりはシーンと静まりかえっていた。


「……暇なんだよ。ねぇねぇ、スフィンクス。遊ぼうよー」


科学の街である学園都市にはあまりにも場違いに感じる純白シスター、インデックス。
お留守番という名の暇で暇で仕方ない時間をどうにか活用すべく、
彼女は横で丸くなっている飼い猫に声をかけて見たのだが、


「……ふぁ」


ペット禁止の部屋で極秘裏に飼っている愛猫スフィンクスは
インデックスの声かけに返答するような小さなあくびをするだけで、また夢の世界へと旅立ってしまった。


「うー……。もうお昼寝も飽きたんだよ」


同居人の用意したお昼ご飯を食した後から、
インデックスもスフィンクスと一緒に惰眠をむさぼっていたのだが、さすがにもう眠くない。
つれない飼い猫の背中を優しく撫でてやるも、気を紛らわすほどの効果も得られず。

「そうだ! カナミンを一話から見直そうっ!」

DVDに溜めこんでいるカナミンの放送を見返そうと、思い立ったら即行動。
インデックスはベットから飛び起きると、DVDプレイヤーのリモコンを探し始めた。

いかに魔術漬けの生活に明けくれ、
一部では機械音痴と名高い神裂よりも機械にチンプンカンプンな彼女でも、
DVDを見るためには専用のリモコンで操作すればいい、ということくらいはわかる。

1年近くも学園都市の街にいるのだから、さすがに多少は科学に馴れる。


「あれれー? 今朝はマガジンラックの近くに置いてあったのに、当麻どこにやったんだろう?」


リモコンが行方不明だ。
テーブルの上、本棚。
ガサゴソと上条が何気なくリモコンを置きそうな場所を探してみるが、中々見つからない。

部屋の整理整頓(というか感じ全般)は基本的に上条が担当しているため、
完全記憶能力を持つインデックスといえども、
彼女が見ていない所で部屋のモノの位置が変化してしまうと、結構見つけ出すのに苦労することが多かったりする。

同居故の不便さだろうが、インデックスはその不便さが好きだった。

二人と一匹。
自分と上条とスフィンクスがいるからこそ。
一緒に暮らしていけるからこそおきる不都合なのだから。

                                                             つづく

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