上条「まきますか?まきませんか?」(6)


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 第一手はベリーベルの一撃ではなかった。

 雛苺の命令に従い真紅に向かったベリーベルはしかし、その真紅の意思を受けたホーリエに阻まれたのである。

 弾丸のように突っ込むベリーベルを、盾のように受けとめるホーリエ。

 契約者を持つもの同士の人工精霊だ。多少の能力相違はあろうとも、攻撃力にそこまでの差はない。空中で制止し、押し合いをする二つの光。

 その代わりに突っ込んできたのは、雛苺ではなく、彼女の隣に立ったモノだった。

 『鳥籠』は、ぐっ、と膝を縮めると、植物のしなやかさを以って大きく跳躍。上条たちとの間にある人混みを一息に跳び越えたのだ。

「!」

 最高点が3メートルは超えようかという大跳躍。見上げる上条とインデックスの視線の先で、『鳥籠』が右拳を構えた。

 二人の人間のうち上条に向けて、突進力と重力が合わさった一撃が襲い掛かる。

「くっ!」

 人間離れした『鳥籠』への驚愕も一瞬。拳到達までに辛うじて包帯を剥ぎ取った上条の右手が、つきこまれた拳を受け止めた。

 幻想殺しが発動する。



 ―――!



 『鳥籠』の右腕が振り抜かれた。

 しかしそれは上条に一撃が入ったからではない。幻想殺しに触れた端から体を構成する苺轍を破壊され、ない腕を振り抜いたに過ぎなかった。

 右腕を破壊された『鳥籠』。そしてそれを為した上条は、

「小萌先生!」

 至近距離となった小萌に手を伸ばした。

 まずは『鳥籠』内部の小萌を救出する。どうすれば契約が破棄され、彼女が解放されるのかはわからない。それでもこの中に囚われているのは間違いなく危険だ。

 上条の意図を察したのか、『鳥籠』がしゅるしゅると己の構成物質を伸ばした。それは彼の目の前で瞬時に綾を成し、編みこんだような形で壁を形成する。

 だが無駄だ。幻想殺しにはいかなる常識外も効果がない。

 押し当てられた右掌が壁を突き破り、さらにその向こうにある『鳥籠』の頭部を掴んだ。

 瞬時に構成する轍が破壊される。

 そして上条はそのまま小萌に手を伸ばし―――

「とうま! うしろ!」

 と、インデックスが叫んだ。

「!」

 切迫した彼女の声に、反射的に身を沈める上条。

 その瞬間。

 ブン、と音をたてて何かが頭上数ミリの位置を横薙いでいった。彼の跳ねた黒髪が数本、屋上に吹く風に舞う。

「なっ!?」

 身を捻る。

 振り返った視界にはあったのは、

「ぬいぐるみ!?」

 一抱えもあろうかという、大きな熊のぬいぐるみだ。

 ずんぐりむっくりという微笑ましい造形の体に、愛嬌のある顔。そしてその両腕の先には、本物と見間違えるほどのごつい爪。

 下手な刃物よりもずっと切れ味のありそうなその爪が、再度打ち振られた。

「っ!」

 なぜぬいぐるみが動いているのかの疑問と苦情を上条は考えない。相手は魔術の産物。考えるだけ無駄だ。

 だから上条は上半身を強引に捻り、右拳を放った。

 拳に柔らかい感触。それとともに、ぬいぐるみの動きがとまり、爪が消えうせた。

 しかし敵はこっちではない。

 ひゅん、と風切り音が耳に届いた。発生源は至近距離。再び真正面に向き直る上条。

「!!!」

 そのときにはすでに『鳥籠』の攻撃が目の前まで迫っていた。

 上条が熊に気を取られているうちに、『鳥籠』は左腕を大きく旋回させ、鞭のように振るう。

 魔力を帯びた一閃。当たれば骨とまではいかないが、肉は十分に引き裂くことができるだけの威力があった。

 振り返ったばかりの、そして右手を振るったばかりの上条では、回避も、そして幻想殺しで受け止められるタイミングでもない。

 本日二度目の打ち首の危機。

「C・F・A!」

 インデックスの声が周囲の喧噪を圧して響き渡った。



 ―――!?

 

 瞬間、『鳥籠』の左腕が真上に跳ね上がった。

 強制詠唱。

 術者と媒介を結ぶ糸に介入する、魔力を用いない魔術だ。

 本来ならば自動制御の相手にこの技は効果がない。だが、インデックスは知っている。インデックスには理解できる。

 薔薇乙女は契約者の力を吸収し、それを用いて魔術を使っている。実際に遠隔的に操作をしていなくても、魔力媒介としての意思疎通は行っているのだ―――簡単に言えば『この魔力を用いて攻撃せよ』『この魔力を用いて回復せよ』『魔力が足りない』『魔力をよこせ』

 ならば、そこに介入する余地がある。

「っ!」

 しかし鞭の動きは剣のように即座に変わるわけではない。

 結果的に斜めを描いた左腕を、上条は沈み込むことで辛うじて回避。

 そして崩れた体勢のまま、

「うおおっ!」

 上条が再び幻想殺しを叩き込む!



 ―――! 



 『鳥籠』から動揺の気配。

 鞭の一撃は、回避されればそのまま慣性力によって自由を制限する。伸び上がった左手はまだ勢いを失っていない。

 当たる。

しかし。

「A la!」

「!?」

 舌足らずな声とともに、小萌の指輪から苺轍が出現した。

 轍はその鋭利な先端を上条の目に向け、早送りをしているかのように一息に成長する。

「くっ!」

 反射的に右手で打ち払う上条。もともと牽制だったのか、轍の一突きはあっさりと力を失い、破壊された。

 しかしその隙に『鳥籠』は左腕の制御を取り戻す。次いで大跳躍を行い、即座に上条から距離をとった。

「くそっ!」

 強引な動きをした直後の上条にはそれを追うことは出来なかった。たたらを踏んでいる間に、『鳥籠』は再び雛苺の隣にまで戻っている。

 十秒に満たない攻防。上条にも、真紅にも、インデックスにも、そして雛苺にもダメージはない。

 ただ一人ダメージを負ったのは、

「くあ・・・うああ・・・・!」

 小萌だ。

 『鳥籠』の中にいる小萌の苦鳴に、上条たちが目を見開く。

「えへへへ・・・」

 雛苺が壊れた笑みとともに、再び小萌の指輪を指差していた。

 指輪は光を放ち、『鳥籠』の右腕を修復。それだけではなく、幻想殺しに抗するためか、さらなる轍が絡み付き、腕や胸の厚みを増していった。

「真紅のミーディアム・・・とっても強いの・・・・ヒナも負けないの・・・」

 さらに雛苺は左手を、すい、と振るった。

 同時に彼女の背後―――アスレチックの方から、立ち上がる数々の影。

 それは、両手の指では足らぬほどの数の、ぬいぐるみやプラスチックの玩具たち。

 玩具たちはそれぞれが一抱えほどの大きさになり、各々の脚で立ち上がっていた。さらにそれらはいっせいに跳躍。

 雛苺と『鳥籠』を囲むようにして、着地した。

 

「っ!」

 この現象を実現させたエネルギー。その供給元など、考えるまでもない。

 上条が地面を蹴り、目の前の人ごみに構わず雛苺に向かったのと同時に、真紅が右手を振り上げた。

 ホーリエに命令するのか、あるいは別の攻撃か。

 しかし。

「っ・・・! い、いい加減にしなさい雛苺!」

 ギリ、と歯噛みした後、真紅は叫ぶのみ。声にも、表情にも、悲痛な迷いが見て取れる。

 彼女の腕は振り下ろされない。

「っ!」

 その声に、駆け出していた上条の脚が凍り付いたように止まった。

 上条には迷う必要はない。少なくとも小萌が危険なのだ。なんとかして雛苺を戦闘不能にして、後は真紅になんとかしてもらうしかない。それも、一刻も早く。

 小萌が危ない。

 雛苺は笑っている。

 小萌を助けなければ。

 雛苺は敵だ。

 水銀燈のときとはワケが違う。

 小萌の命がかかっている。

「っ」

 正面を見る上条。彼は人ごみなど恐れない。自分が押しつぶされる危険など、小萌を失うことに比べれば完全に瑣末ごとだ。

 だがそれでも、上条には真紅の迷いを見捨てることはできなかった。

 真紅は雛苺を攻撃することを躊躇っている。襲い掛かってきたという点では水銀燈と変わらないが、一目見たときの反応からして、何か因縁があるのかもしれない。

 上条は迷う。

 真紅への誓いは、彼女の意思を護ることも含まれるのである。
「っ、っ、っ!」

 そしてそれは真紅も同じだった。振り上げた右腕は、振り下ろされず、しかし、小刻みに震えている。

 『鳥籠』の中にいる人物が、上条の護るべき人だということは理解している。そして、こうして戦いが始まった以上、もう戦うしかないのだということも。

 そもそも『前回』は、真紅の方からしかけているのだ。結果的に彼女は自分の下僕となることを選び、そしてさらに、結果的に彼女が自分にローザミスティカを預けることになったはずだが、場合によっては自分が雛苺を壊していた可能性だって大いにあったのだ。

 だがそれでも真紅は納得がいかない。動けない。

 なぜ、雛苺がここにいる。なぜ、Nのフィールドを模した結界がある。なぜ、彼女は自分にすべてを託したことを忘れ、自分もそれを忘れていたのか。

 迷い、迷い、迷い。

 誰でもない、お互いのために動けない二人。

 その間にも『鳥籠』の修復は進み、小萌の命のリミットは近づいていく。

 だが状況にメスを入れたのは、アリスゲームという点からいえば、もっとも関係の薄い者だった。

 

「I T I H T R A R I !」

 インデックスの声が響く。

 同時に、指輪の放っていた光が一気に減衰した。苦しげだった小萌の表情が和らぎ、ワダチの成長がピタリと止まる。

「!?」

 驚きに目を見開き、上条たちを―――インデックスを見る雛苺。

 インデックスはその視線を畏れない。さらに何事かを命じようと息を吸い込み―――

「Allez!」

 インデックスを邪魔者と見たのか、彼女を指差し、雛苺が叫んだ。

 周囲を囲んでいた『玩具』たちが動き出す。

 ある者は滑るように、またある者は鈍重な外見のそのままに、人ごみを無視してインデックスに向かった。

 何体かは人ごみに弾き飛ばされ、踏み潰される。しかし彼らの体躯は小さく、数も多い。大部分の『玩具』が人ごみを突破した。

「!」

 上条が彼女を護るために駆け出そうと―――

 ダンッ! と音が響いた。

 完全な増強は出来ないまでも、右腕と頭部が回復した『鳥籠』が再び大跳躍。上条に襲い掛かった。

 相手が構えているのは右拳。先ほどとまったく同じ状況。

 ひとつ違うのは、

「くっ!」

 上条の受け手だ。

 上条は右手ではなく、左手で『鳥籠』の拳を受け止めた。

 幻想殺しは使えない。ワダチを破壊すれば、それがそのまま小萌のダメージに転化されてしまう。

 『鳥籠』の中にいる小萌の髪の色は、桃色から雛苺のようなブロンドへと色を変貌させていた。その幼い容貌とせいもあって、遠目からではもはや雛苺と同じ容姿に見えるだろう。

 上条にはそれが意味するところはわからなかったがそれでも異常な状況。これ以上は危険だ。

 重い一撃。

 全身に力をこめて、拳を受け止める。

 

 ―――!

 しかし『鳥籠』は腕を振りぬかなかった。

 上条が全身に力を篭めていることそのものを土台として、空中で前転。さらに右脚を一直線に伸ばす。

 拳と左手の接触面を基点とした『鳥籠』の前転の勢いは、そのまま振り下ろされる右踵の鋭さに変化した。

 踵落とし。

 狙いは頭だ。

「!?」

 予想外の動きに上条は反応できない。

「くうおっ!?」

 頭を思い切り横に傾け、なんとか直撃は免れた。しかし蹴り脚そのものは死んでいない。

 戦斧のような垂直の蹴りが、上条の肩に叩き込まれる! 

「ぐあっ!」

 がくっ、と上条の膝が折れた。ダメージではない。崩れた体勢では蹴りの重さに耐えられなかっただけだ。

 一秒にも満たない身体の硬直。しかし接近戦において、それは致命的な隙になる。

 『鳥籠』はさらに動いた。

 上条の肩を打ち付けた右足で全体重を支え、左膝を胸に―――小萌の頭に触れるかというほど―――引き付ける。

「!」

 意図に気づいた上条が、膝に力を入れて立ち上がった。

 否。

 ―――!

 『鳥籠』の動きが一瞬早い。

 蹴音!

 十分な溜めを持った左足の前蹴りが、上条の顔に突き刺ささった。

「ガっ!」

 顔を思いっきり蹴り飛ばされた彼の背中が、先ほど入ってきた出入り口の自動ドアに激突し、大きな音をたてる。

 

「当麻!」

 その音に立ち止まる真紅。

 上条と同じく『玩具』に襲われるインデックスを助けに向かっていた彼女だが、上条の苦境も放っておけない。

 だが彼女には、上条を助けることも、そのためにホーリエに命ずることもできなかった。

「余所見してると危ないのよ」

「!」

 慌てて振り向けば―――いつの間に接近したのか―――ほんの数メートル先に、雛苺の姿。

 ドレスの裾を翻す桃色の少女は、ちょうどこちらに向かって、何かを投げつけるように右腕を振りかぶっていた。

「―――!」

 真紅は反射的に地面を蹴って、後ろに跳躍。同時に右手をホーリエに向け、

「ホーリエ!」

「ベリーベル!」

 二つの人工精霊が同時に動いた。

 数条の光槍を放ったベリーベルに対し、ホーリエは真紅の右手に赤光を照射する。

 真紅の右手に集まった赤光は鞭のようにしなった後、一振りのステッキに姿を変えた。

「はあっ!」

 迫る光槍をステッキで叩き落す真紅。

 光槍はガラスのように砕け、瞬いて消えた。

 だがその間に、

「真紅なんか」

 雛苺の右手が振り下ろされていた。

「ペシャンコになっちゃえ!」

 ブン! と塊が空を切り裂く鈍い音。

 真上から放物線を描いて、歪な球形の物体が飛来する。

「!?」

 さらに背後に跳ぶ真紅。彼女がさっきまでいた位置に、その塊が叩き込まれた。

 コンクリートの地面が砕け、破片を周囲に撒き散らす。

 雛苺を見る真紅。

 右手を振り下ろした姿勢の彼女が持っているのは、太く長い苺ワダチだ。そして叩き込まれたのは、その先端にくっついている、この状況に置いては場違い極まりないもの。

 人の頭ほどはあろうかというほどの、巨大な苺だった。

 しかし見た目だけでは侮れない。雛苺の苺ワダチは大の大人でも素手で千切れるものではなく、先端にある『苺』の威力は、いま見たとおりだ。

 彼女の武器を端的に表すなら、

「モーニングスター!?」

 真紅が目を見開き、雛苺が動いた。

「ぜったい、負けないんだからぁ!」

 雛苺は素早く背中側に回転。全身の勢いを持って水平に右腕を振るう。

 苺ワダチの長さは雛苺本人の2倍以上。その上先端の『苺』はアスファルトにめり込むほどの重さだ。通常であれば彼女の体重で扱えるものではない。

 だがこれは薔薇乙女の能力だ。特にNのフィールド内と同等であるこの空間内では、そんな常識は一切通用しない。

 まるで意思持つように持ち上がった『苺』が、反動と勢いを喰って空を飛んだ。

 鞭の動きとハンマーの威力。

 直線的に見えてそうではない軌道の『苺』を、真紅は辛うじてステッキで受け止めた。

「きゃあっ!」

 だが威力差は歴然。

 ステッキの上下を両手で支え、その中央で受けたにも関わらず、まったく衝撃を殺せない。

 彼女もまた先ほどの上条のように吹き飛ばされる。

「くっ!」

 なんとか空中で体勢制御し、左手を地面につけつつも着地する真紅。受け止めた両手が痺れていたが、ダメージはない。

 だがそれを確認している間にも、雛苺は次の攻撃に移っていた。

 風切り音。

「!」

 顔を上げる。

 真正面。

 真紅は右手一本でステッキを構える。が、先の威力から考えれば、とてもではないが受けきれるものではない。ステッキは弾き飛ばされ、そのまま命中するだろう。

 あんなものを頭に食らえば、それだけで倒れてしまう。ゲームは終わりだ。

「っ!」

 真紅は防御を諦め、回避に転じる。

 地面を蹴り―――動かそうとした脚に、唐突に何かが絡みついた。

「!?」

 慌てて目線を下げれば、己の両脚に、コンクリートから直接生えた苺ワダチが絡み付いている。

 動けない。

「真紅、さよならなの!」

 楽しげな響きを持つ雛苺の声が、やけにクリアに響いた。

 彼女は再び身を捻り、今度は大上段に構えている。

 狙いは頭。

「―――っ!」

 回避不能だ。

「P I O B T L L!」

 だがそれを遮るように、歌うような言葉が『コインの裏』に響いた。

「キャー!?」

 突然、雛苺の左脚が後ろに動く。体勢も何もかもを無視した動きに、雛苺は対応できない。

 前のめりに倒れこむ。妙な動きの入った『苺』は、真紅からまったく外れた場所にめり込んだ。

「シスター!?」

 真紅が声の方向に視線を向けた。

 遠く、『玩具』たちから逃げ回りながらもインデックスが安堵の表情を浮かべているのが見える。

 しかしそれも一瞬のこと。

 瞬く間に『玩具』に群がられ、彼らの攻撃を回避するため、インデックスは再び走り出した。

「ホーリエ! シスターを!」

 真紅の意を受け、ホーリエが弾かれたように『玩具』たちに向かう。

 それを一瞬だけ見送ってから、

「真紅の、バカー!」

 雛苺に視線を戻す真紅。

 転んだ姿勢のまま、雛苺が腕を振った。

「っ! やめなさい雛苺! なぜなの!?」

 真紅はそれを完全に見切った。

 リーチ、速度、そして雛苺の身体の動き。 

 そこから予測できる攻撃有効範囲ギリギリの間合いを維持し、

「Que soit epuise!」

 雛苺の声と同時に、ぐんっ、と擬音でも聞こえる勢いで『苺』が、いや、『苺』と雛苺を結ぶワダチが伸長する。

「っ!」

 

 

 鈍音!

 

 真紅の脇腹に『苺』がめり込んだ。

「かはっ!」

 口から呼気が漏れ、手からステッキが離れる。

 振り切られた『苺』の運動エネルギーをまともに受けた彼女の身体は、落下防止用の金網フェンスまで一息に吹き飛ばされ、たたきつけられた。

「・・・!!!」

 衝撃が全身に響き、息が吸えない。なんとか立ち上がろうとするが、まったく力が入らなかった。

 身体を支えることもできず、フェンスに沿ってズルズルと滑り落ちていく。

 彼女らを結ぶ一直線上のちょうど中央のコンクリート上に、ステッキがくるくると回転しながら落下し、軽い音をたてて転がった。 

「いまなの!」

「!」

 顔をあげる真紅。

 力強く発光したベリーベルが真紅に迫る。しかし回避する余裕も、防御する余力も、いまの彼女にはなかった。

「ひな・・・いちご・・・!」

 痛みで途切れ途切れになる声。

 だが彼女の細い言葉は、雛苺には届かない。

 真紅の視界いっぱいに、桃色の光が広がった。
(真紅!)

 自動ドアに叩きつけられた上条は、視界の真紅の危機を捉えながら、自ら身体を下方にずらした。

 ずり下がるようにして、頭ひとつ分だけ視界が下がる。



 ―――!



 ついさっきまで彼の頭があった位置に、追撃の前蹴りが叩き込まれた。

「っ!」

 上条は自分の真上で響くとんでもない蹴音を無視して、地面を殴りつけるようにして立ち上がる。

 目前に迫るゲームオーバーを阻んだのは、駆け込んできた一人の影だった。

「させるかよっ!」

 上条は全力疾走そのままに大きく跳び込み、掬い上げるようなモーションで右の拳を放った。

 幻想殺しが描く軌跡は、ベリーベルが真紅に突っ込もうとするそれと重なっている。



 ―――!



 人工精霊といえども、彼の右手に触れればひとたまりもない。慌てて軌道を変え、大きく上昇するベリーベル。

 その間に上条は真紅に駆け寄った。左手で彼女を抱き起こし、顔を覗き込む。

「大丈夫か真紅!」

「かほっ、こほっ、な、なんとか大丈夫・・・なのだわ・・・」

 こたえながら顔を上げた真紅の苦しげな表情。

 しかしその目が見開かれる。

 自分を抱える上条の肩越しに、『鳥籠』が見えたのだ。

 しかしこちらに向かってきているのではない。

 行き先は、

「シスターが・・・!」

 いまも『玩具』からの攻撃を必死に避け続けている、インデックスだ。

 おそらく上条は、こちらの危険を見てそれこそ何も考えずに助けにきたのだろう。だが『鳥籠』の役目は上条を倒すことではなく、アリスゲームに勝つことだ。

 無理に上条を追うことより、もっとも多くの戦力をひきつけているインデックスを先に倒したほうが、話は簡単になる。それにインデックスは雛苺の魔術に割り込むことが可能な、厄介な存在だ。

「っ!」

 自分に向かってくる『鳥籠』を見て、インデックスが一瞬だけ表情に緊張を走らせた。

 インデックスは強制詠唱を用いて『玩具』たちの一体一体を牽制している。だがそれも決して手玉にとっている、というレベルではない。

 右手をあげろ、や、脚を動かせ、という命令で同士討ちを狙い、辛うじて出来上がる安全地帯を縫うように使っているに過ぎなかった。

 あの状態に『鳥籠』が加われば、逃げ続けるのは不可能だ。



 ―――!



 滑るように近づいた『鳥籠』が、右の拳をインデックスに叩き込んだ。

 身を翻し、辛うじて避けるインデックス。しかし突きこまれた腕が修道服に絡み、引っ張られたインデックスの脚がたたらを踏む。

 その隙をついて、『玩具』たちがいっせいに殺到した。

「当麻、シスターが!」

 叫ぶ真紅。

 だが、

「大丈夫だ、インデックスなら!」

 上条が、確信を持った口調で言う。

 彼の口ぶりも、瞳も、まったくインデックスを心配した様子がない。

「で、でも」と、真紅。

 正直に言って、上条でもてこずる『鳥籠』を相手に、インデックスが無事でいられるとは思えない。

 だが、上条の言葉を肯定するように。



 ドン! とインデックスに殺到していた『玩具』たちが、吹き飛ばされた。

「くあっ!?」

 その途端、己の頭に走った痛烈な痛みに、真紅は顔をしかめた。

 何か攻撃を受けたのか、と雛苺を見るが、彼女もまた側頭部を押さえて膝をついている。

 ベリーベルが小さく明滅してふらふらと高度を落とし、インデックスに向かっていたホーリエに至っては力を失って地面に落下した。

 『鳥籠』も、電撃か何かで痺れさせられたように、小刻みに震えながら膝をついている。

 それを引き起こしたのは、倒れた『玩具』たちに説法でもするかのように、両手を軽く開き立つインデックスだ。

 インデックスの使う、もうひとつの音声魔術。

 魔滅の声である。

 本来であれば十字教徒以外には効果がないはずの魔術が、いま彼らに対して威力を発揮した理由は、その発せられた言葉と、真紅たちの特性ゆえ。

 塵は、塵に。

 十字教にある言葉に『人形』という属性を強引にひっかけられ、『玩具』たちは動けない。

 対照的にインデックスは、閉じていた目を開き、さらに動いた。

 修道服を止めている安全ピンを、まとめて引き抜いた。チャイナドレスよろしく右脚が大きく露出するが、まったく気に留めることなく『鳥籠』に向けて走り出す。

 『鳥籠』は接近する敵に対して顔を上げた。しかしまだ魔滅の声の影響から脱していない。立ち上がろうとするが、まったく動けないようだ。

「やあっ!」

 インデックスは脚を大きく露出させながら踏み込み、手にした安全ピンを次々と『鳥籠』に―――『鳥籠』を構成する苺ワダチに差し込んでいく。

 ただ差しているだけではない。ワダチの一部を留め合わせるように、一定の動作をよどみなく、それこそ手馴れた生け花でもしているように彼女は動く。

 そして手の中の安全ピンをすべて『鳥籠』に差してから、インデックスは一足に『鳥籠』から離れた。

 『鳥籠』は魔滅の声の影響下であってもインデックスを追おうとして―――

 

 ―――!?



 『鳥籠』から動揺の気配。

 その身が、縛り付けられたかのように動かない。

 上条にも、真紅にも、そして雛苺にもわからなかったが、インデックスが『鳥籠』に施したのは縄縛術である。

 夏休みの最後の日、他ならぬインデックス自身を捕縛した縄の魔術のひとつ。

 網の目状の小萌を捕縛する苺ワダチを安全ピンで固定、あるいは結び目をつくり、自らを拘束する形に組み替えたのだ。

 10万3000冊の知識でもなく、完全記憶能力でもなく、それらをすべて応用し、独自に使えること。 

 それこそが、彼女のもっとも強力な武器なのである。

 そしてもうひとつ。

 彼女が持つ、強力な武器は。

 インデックスは『鳥籠』が動けないのを確認。そして、大きく息を吸い込み、

「とうま! こもえはもう大丈夫! これは動けないし、その子の命令もわたしがなんとかする! だから」

 インデックスが上条を見る。

「とうまはとうまの護りたいものを、しっかり護って!」

 


 それは、上条に対する、信頼だ。

 危ないと思ったら逃げろ、と言う言葉に頷いたインデックス。
 
 にも関わらず逃げていないことを、上条が『彼女にとって対処できることなのだ』と信じたのと同じように。

 インデックスもまた、上条が護ろうとするモノを、信じている。

 笑みを浮かべる上条。

「真紅!」

 一声。

「小萌先生はインデックスが護る! だから教えてくれ! どうすればいい!」

 そのまま、言葉を続ける。

「どうすれば、お前とアイツに一番いい結果を出すことができるのか、俺に教えてくれ!」 

 アイツとは間違いなく、雛苺を指しての言葉。彼女の身すら案じるのは、なによりも真紅を案じているから。

 真紅があんな顔をしてまで迷いを見せるのは、真紅がダメージを負ってもなお彼女の名を呼ぶのは、少なくとも、雛苺に異常な事態があるということ。

「―――っ」

 真紅は確かに一瞬だけ迷った。

 違和感、疑問、そして雛苺。

 だがそれを振り切るように目を閉じて首を振る。

 自分の大切なモノに手を出されても、上条も、インデックスも、自分のことと、そして雛苺さえも信じてくれようとしている。



 私の、護りたいものは、なに? 

 

「・・・!」

 真紅は身を起こす。ふらつく身体を、それでも自分の脚で支えて。

「当麻!」

 そんな彼女の表情からは迷いは消えないまでも、確かな決意が浮かんでいた。

「雛苺は私が抑えるわ! だから当麻、あなたは」

 真紅は雛苺を見た。

 魔滅の声の影響を若干とはいえ受けた彼女は、痛みにいまだ動けそうもない。両手で頭を抑えて、身を震わせている。

 その弱弱しい仕草は、『前回』に見た、身体を奪われた彼女を思い起こさせた。

 だが―――

 真紅は眦を決する。

 大きく息を吸い込み、

「彼女の指輪を破壊するのよ! そうすれば雛苺を壊すことなく、このアリスゲームは終わるのだわ!」

「おう!」

 頷き、上条が駆け出した。

 右手を握り、危険地帯と化した人混みにも構わず一直線に雛苺たちを目指す。

「だっ、」

 動けない雛苺だが、真紅の声は聞こえている。

 顔をしかめながらも、

「だめーっ!」

 雛苺が叫び、その意思を拾い上げたベリーベルが上条を追うように飛んだ。

走る上条と空を翔るベリーベル。速度差は歴然。数瞬後にはベリーベルが追いつき、追い越してしまう。

 上条自身に攻撃を仕掛けるのは、幻想殺しを受ける危険性がある。ベリーベルが目指しているのは、インデックスに拘束された『鳥籠』の方だ。

 拘束そのものは、安全ピンに依る危ういバランスの上に成り立ったもの。光球の一撃で安全ピンをひとつでも弾き飛ばせば、それだけで拘束は解けるだろう。

 シスターの声は確かに厄介だが、それでも『鳥籠』自身の攻撃力というプラス要素に比肩するものではない。

「そこまでよ雛苺!」

 ふらつきながらも立ち上がった真紅が、震える脚を強引に押さえ込んで走り出した。

 彼女の上向けた右掌。そこに真紅自身の生み出した薔薇の花弁が、風を巻いて集中する。

「っ!」

 駆ける上条の脚が一瞬だけ乱れ、すぐに持ち直す。真紅の能力使用により、体力を奪われたせいだ。

 しかし上条は振り向かない。真紅が躊躇わず能力を行使する―――ここが勝負どころということに間違いない。

 そして真紅は右足を力強く踏み出し、右手を雛苺に向ける。

「薔薇の尾!」

 ゴッ! と花弁が一群となり、雛苺を襲った。

「!!!」

 目を見開く雛苺。

 慌てて『苺』を構えるが、直線攻撃である薔薇の尾に対して、それは遅きに失した行為だ。

「やあっ!」

 首、胴、両腕、両脚。

 瞬く間に絡めとられ、自由を奪われる。

 真紅は駆ける脚を止めないまま、地面に転がったステッキを掬い上げるようにして拾い、構えた。

 行き着き先は、もはや動くことのできない雛苺だ。



 ―――!



 上条を追い抜こうとしていたベリーベルの動きが、引きつるように止まった。

 雛苺の命令と、雛苺の命。

 人工精霊が優先するものなど決まっている。

 空中で強制制動。そのまま跳ね返るようにして雛苺に向かうベリーベル。

 

 ホーリエと『玩具』は魔滅の声で停止している。

 『鳥籠』は縄縛術で動けない。
 ベリーベルは雛苺を優先している。

 雛苺は捕縛状態。

 真紅は迫り来るベリーベルを防御するため、脚をとめている。

 『コインの裏』の人物の中で、唯一動けるのは、

「おおおっ!」

 大覇星祭の時のような大声をあげながら上条は走る。

 表側にいる人ごみの中を一息たりとも畏れず、一直線に。

 その視線の先にあるのは、『鳥籠』ではなく、小萌のみだ。


 ―――!


 『鳥籠』が接近する上条に対し反応を見せる。

 拘束された身でありながらも、強引に動こうとするが、

「おせぇんだよっ、この生け花野郎!」

 上条が間合いに入るほうが、早かった。

 拳をとき、右手を大きく振りかぶる上条。

 そして、

「小萌先生を、放しやがれっ!」

 掬い上げるように幻想殺しが叩き込まれた。

 上条の右手が苺ワダチを破壊し、そのまま、小萌の左手を握る。


 ―――!!!


 パキイッ! と小さな金属音。

 そこで、勝負は決まった。

 

 

 

 

指輪は破壊されても、結界はまだ維持されていた。

 小萌から奪われた力はあくまで起動のためのスイッチのようなもので、核は雛苺自身なのだろう。
 
 そう言ったのは、結界が残っていることで他の魔術師の存在を疑った上条に対するインデックスだ。

 とはいえ、雛苺の力そのものが失われているのは間違いないようだった。

 『鳥籠』は安全ピンだけを残して消滅しており、『玩具』はすべて元のぬいぐるみやおもちゃに戻って転がっている。

 さらに、指輪が破壊された瞬間に一気に減衰したベリーベルは、魔滅の声の効果から脱したホーリエに容易に押さえ込まれていた。

「・・・・・・」

 気を失った小萌を抱えた上条。彼はひとしきりそんな結界内を見回してから、心配そうに視線を真紅のいる方向に移した。

 それを追い、女の子座りでへたりこんだ姿勢の――連続の回避行動で体力を消耗したのだ――インデックスもそちらを見る。

 真紅が、どこか悲しげな表情で、雛苺に歩み寄って行く。
屋上であっても、来店者の靴はそこまで砂土をはこんでくる。

 歩みを止めた真紅の靴の裏が、ざっ、と音をたてた。

 それが耳に届いたのか、あるいは影がさしたせいなのか。

 尻餅をついた姿勢の雛苺が、顔を俯けたまま、びくっ、と小さく身を震わせた。

「雛苺」

 見下ろす真紅の表情には、先程まで浮かんでいた決意はそのままだが、消えていなかった迷いと疑問は、逆にいま、色濃く現れていた。

「ゲームは終わりよ。貴女の指輪は壊れ、アリスになる資格は失われた」

 真紅は一旦言葉を切り、辛そうに麗眉を歪ませる。

「・・・なぜなの雛苺。なぜ、こんなことを」

「・・・・・・」

 雛苺はこたえない。顔をあげようともしない。

 真紅は、ちらり、と上条の抱える小萌を見て、

「当麻が指輪を壊さなかったら、あと数分で間違いなく、彼女は指輪に喰われていたはず」

「・・・・・・」

「巴とのことを忘れたというの? いいえ、それよりも」


 ・・・貴女は、本当に雛苺なの?


「・・・・・・」

 口から飛び出ようとした言葉を、真紅は咄嗟に飲み込んだ。
 目の前にいるのは、間違いなく雛苺だ。ローゼン以外に薔薇乙女を作れる存在はなく、それ以前に、同じ属性の彼女を間違えるわけがない。

 それに、薔薇乙女は必要な要素さえ揃えば復活することも不可能ではないのだ。

 自身にも定かではない記憶。もしかしたら覚えていないだけで、白薔薇に奪われた身体を取り戻したのかもしれない。

 雛苺を復活させられる状況になれば、間違いなくそれを実行しただろうから。

「・・・こたえて、雛苺。貴女の言う『お姉ちゃん』とは、誰のことなの? なぜ貴女はその命令にしたがったの?」

 雛苺が己の意思で自分の破壊を承諾したなどと、真紅には信じたくなかった。

 ジュンたちと過ごしたあの日々の中で、彼女の浮かべていた微笑みは絶対に嘘などではなかったはずだ。

「・・・いの」

「え?」

 と、真紅は聞き返した。

 不意に雛苺の口から漏れた言葉は、フェンスを通り抜けて吹く風に流され、よく聞き取れない。
「・・・てなんか、ないの」

「雛苺? 震えているの?」

 雛苺の手が、小さく震えていた。それを見て取った真紅の声に心配の色が付加される。

 思わず一歩踏み出した。

 その瞬間、

「泣いてなんか、ないんだからぁ!」

 雛苺が顔をあげ、叫んだ。同時に彼女の身体から桃色の光がほとばしる。

「!」

 光の爆発。

 反射的にステッキを構え、背後に跳ぶ真紅。

 その視界の端に、同色の光の、別の爆発が映った。

 ホーリエが弾きとばされ、ベリーベルが浮き上がるのが見える。

「真紅!」

 目を見開いた上条が一歩を踏み出しかけ――腕の中の小萌を見て動きをとめた。彼女を危険に曝すわけにはいかない。

 そして上条が動けず、インデックスが目をかばい、真紅が着地するまでの一刹那の間に。

「っ」

 雛苺が一息に立ち上がり、駆け出した。
真紅の脇を抜け、フェンスに――ついさきほど真紅がたたき付けられた辺りに――一直線に向かう。

「ま、まちなさ・・・きゃあっ!?」

 それを目で追うとする真紅の足首に、なにかが絡み付いた。

 地面から直接生えた苺ワダチ。

 ガクン、と引っ張られて真紅は地面にたたき付けられた。

 手から再びステッキがこぼれ、転がる。

「っ」

 真紅はすぐさま頭をあげようとするが、

「伏せてろ真紅!」

「!」

 上条の声に、慌てて身を伏せる。

 その直後、彼女のすぐ上をベリーベルがかすめていった。

 真紅を狙ったというよりも、雛苺への最短ルートを選択したというところだったが、それでも直撃を受ければただでは済まなかったにちがいない。
真紅の脇を抜け、フェンスに――ついさきほど真紅がたたき付けられた辺りに――一直線に向かう。

「ま、まちなさ・・・きゃあっ!?」

 それを目で追うとする真紅の足首に、なにかが絡み付いた。

 地面から直接生えた苺ワダチ。

 ガクン、と引っ張られて真紅は地面にたたき付けられた。

 手から再びステッキがこぼれ、転がる。

「っ」

 真紅はすぐさま頭をあげようとするが、

「伏せてろ真紅!」

「!」

 上条の声に、慌てて身を伏せる。

 その直後、彼女のすぐ上をベリーベルがかすめていった。

 真紅を狙ったというよりも、雛苺への最短ルートを選択したというところだったが、それでも直撃を受ければただでは済まなかったにちがいない。


 一方、そんな真紅には目もくれず、フェンスまで到達した雛苺は走る勢いをそのままに大きく跳躍した。

 成人男性の倍ほどの高さのフェンスは、ただそれだけでは飛び越えられない。

 しかし雛苺は跳躍最高点でちょうどよく足元に滑り込んできたベリーベルを踏み台にしてさらにもうひとつ跳びあがり、さらに召喚した苺ワダチをフェンスに絡み付け、なんなくその障害をクリアした。

「くっ、待ちなさい雛苺!」

 真紅が身を起こし、

 

 ―――!



 ベリーベルが光槍を放った。

「っ!」

 地面を転がり、なんとかそれを回避する。

 その間に、雛苺の身体が重力に引かれ、下方向にフェードアウトしていく。ベリーベルが桃色の軌跡を描きながらそのあとを追った。
デパート最上階から落下すれば、いかに薔薇乙女といえども一たまりもない。

 だがここはNのフィールドと同等の性質を持つ結界内だ。そして磨き上げられたデパートのガラスは、鏡の代用を果たすだろう。

 逃げられてしまう。

 実際問題、指輪も契約者も失った雛苺には、そう選択肢は残されていない。僅かに残った魔力も、いまの光の爆発で使い果たしたはずである。

 あとはゼンマイが切れ、地面に転がるのが関の山だ。

「ホーリエ! 追いなさい!」



 ―――!



 弾き飛ばされ、明滅をしていたホーリエが、それでも真紅の指示に従った。

 紅い光球がふらつきながらも浮き上がり、雛苺たちを追って屋上から飛び出していく。

 しかしそこまでだった。

 視界からホーリエの姿が消えた直後、雛苺の気配が、真紅の感覚の中から消えうせる。先の予想どおり、窓ガラスを鏡代わりにして本物のNのフィールドに入ったのだろう。

 幸い、ホーリエはその後を追えたようだが・・・。
「・・・・・・」

 ゆっくりと身を起こした真紅が、雛苺の飛び降りた虚空を見た。

 紅いドレスは砂に塗れ、『苺』を受けた部分は破れてしまっている。

 真紅は視線を動かさないままで、その場所を右手で撫でた。

 時のゼンマイを巻き戻し、ドレスを補修する。

 手を離したときには、もうドレスにはなんの綻びもない。

 まるでそこに受けた一撃が、夢幻であったかのように。


 そこに背後から上条の声。

 
振り向けば、小萌をお姫様抱っこにした上条と、右手に安全ピンを持ち、左手で『歩く教会』の裾を押さえたインデックスが立っていた。

「ええ、大丈夫なのだわ」

 頷き、足元に目を移す。

 ステッキがほのかな紅い光を放ち、粒子となって崩れていく。

 雛苺という核を失った結界が、消えかかっているのだ。

「大丈夫・・・なのだわ」

 屋上にざわめきが戻ってくる。

 いつのまにかそこに立っていた、見慣れないインデックスや真紅に、周囲から奇異な視線が集まりはじめた。

 なにひとつわからない。

 なにひとつはっきりしない。


「真紅、少し教えてもらって、いいか?」と、周囲の視線を無視して上条が言った。

 ここは能力者の街で、科学最先端の都市だ。あまり派手に動くところを見せればまずいだろうが、多少会話する程度なら、遠隔操作系の能力か、それこそ研究中の人形と思われるだろう。


 彼の声には、自分への疑念はない。ただ気遣いだけがあり、おそらく、上条は自分の力になりたくて、問おうとしているのだろう。

「・・・ええ」

 真紅は頷いた。

 説明は必要だった。

 いまの自分を、はっきりとさせるためにも。

 

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