上条「二人で一緒に逃げよう」 美琴「………うん」 > 第二部 > 3


※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

朝――。

上条「もし困ったことがあったらインデックスや神裂に相談するんだ。いいな?」

美琴「うん」

玄関で靴を履きながら、上条は後ろに立つ美琴に言う。

上条「俺も日本にいるから。何かあったらすぐに電話してこい」

美琴「分かってる。子供じゃないんだから大丈夫だよ」

上条「そうか」

スクッと立ち、笑顔で振り返る上条。

上条「………ごめんな。先に俺が出ることになっちまって」

美琴「いいのいいの。実家のお父さんやお母さんたちに宜しくね」

上条「ああ。……じゃあ、これでお前ともしばらくのお別れだ。次はいつ会えるか分からねぇ」

美琴「うん……」

上条美琴「「……………………」」

2人は互いの顔を見つめながら、無言になる。

上条「……それじゃあ、またな」

美琴「うん。元気でね………」

僅かに寂しげな表情を見せ合いながら、2人は言葉を交わした。

バタン!

そしてドアが閉められた。

美琴「………………」

途端、静寂に包まれる室内。

美琴「……………グスッ……フグッ…」

直後、溜まっていたものが溢れ出すかのように、美琴は床に膝をつき嗚咽を漏らし始めた。

 

 

 

駅――。

 

上条「……………………」

多くの人たちが行き交うホーム。その端の方、先頭車両の乗車位置に近い場所に上条はいた。

上条「(結局……何も言えずに御坂と別れてきちまった……)」

大きなショルダーバッグを抱え電車を待つ上条。彼はこの後、とある人物と会う約束をしており、その足で実家に帰る予定だった。そんな彼は今、暗い顔をしてホームから線路を眺めていた。

上条「(……これで良かったのかな……)」

上条が元気が無かったのは美琴と別れてきたからでもあったが、実はそれだけではなかった。

上条「(……いや、いいんだ……。御坂はこれからイギリスで暮らすことになる。俺が変なことを言って渡英前に困惑させても迷惑なだけだろうし。……それに俺自身……この気持ちが何なのかよく分かっていない………)」

『間も無く電車が参ります。間も無く電車が参ります』

ホームにアナウンスが流れ始める。

上条「(……だから、これが1番なんだ。あいつはこれからイギリスで幸せに暮らす。中途半端な気持ちのまま、俺が変なことを言ってあいつを引き止めても何の得もない……)」

ゴオオオオ、と音を立てながら電車がホームに入ってくる。

上条「(……このままでいい。このまま何もせず別れた方が後腐れない……このまま………)」



――「私は……当麻のことが好きだよ………」――



上条「(……このまま……)」

『ドアが開きます。ご注意下さい』

プシュウウ……

上条の目の前に位置した扉が左右に開く。

上条「(このままでいいのか?)」

考え事に集中しながら、上条は電車に乗ろうとする。と、その時だった。



Prrrrrrrr.....



上条「ん? 電話? ……誰だろ?」

ポケットから携帯電話を出しディスプレイを見る上条。そこには『御坂』と表示されていた。

上条「御坂!!??」

発信者は美琴だった。上条は慌てて電話に出る。

上条「ど、どうしたんだ!?」

美琴『あ、ごめんね急に電話しちゃって』

いつもと変わらない美琴の声が受話器の向こうから聞こえてきた。

上条「い、いやそれは構わないけど……何かあったのか?」

美琴『えーっと……机の上に学園都市で着てた時の服忘れたままになってるんだけど……』

上条「え? あ、いや、それ持ってかないって言ったじゃないか」

美琴「あ、そう言えばそんなこと言ってたっけ……」

美琴はしまった、というような口ぶりで言う。ただ、彼女の声はどこか演技掛かっているように上条には聞こえたが。

上条「……………ああ、そうだよ。ちゃんと、聞いとかないと……」

美琴「……………そうよね、ごめん……」

どこかぎこちない感じで2人は会話する。そもそも、こんなことでわざわざ美琴は上条に電話を掛ける必要は無かったはずである。当然彼ら自身もその不自然さに気付いてはいた。……だが、気付いてはいてもそこから先に進めることは出来なかった。

上条「………じゃあ、もう切るからまたな……」

美琴「………うん………バイバイ」

同時に電話を切る2人。

上条美琴「「……………………」」

すぐ近くに互いの姿がなくても、彼らは今、同じことを胸中に思っていた。

上条「……だけど……仕方ねーよ……」

閉じた携帯電話を見ながら上条はボソッと呟く。

上条「……さて、電車に乗り損ねちまったな」

名残惜しそうな顔をしたまま頭を上げると、上条は時刻表を見つめた。

上条「今行ったのは14時10分発のだから、次来るのは20分か」

それだけ確認すると、上条はゆっくりと椅子に腰掛けた。

 

 

 

その頃。

美琴「……………………」

アパートの一室。誰もいなくなった部屋の中、美琴はベッドの上にうつ伏せ状態で横たわりながらボーッとしていた。

美琴「……荷物点検しなきゃ……」

これから彼女は、いずれやって来る『必要悪の教会(ネセサリウス』の魔術師と共に空港に向かう予定だった。そのために最後の荷物の点検をしておかなければならなかったのだが、ただ怠けているだけなのか、やる気が起こらなかったのか、彼女はベッドの上から動く様子はなかった。

美琴「……当麻、そろそろ約束してた人と会ってる頃かな?」

ブツブツと呟きながら、美琴は部屋の中を見つめている。

美琴「………………」

と、机の上の携帯電話が目に映った。必要悪の教会から提供された、メールと電話以外ほとんど機能のついていないものだったが、今の彼女には、唯一遠くにいる人間とコミュニケーションが取れる道具だった。

美琴「………メール……したら怒られるかな?」

机の上の携帯電話を手に取り、画面を見つめる美琴。何回かボタンを操作すると『上条』という名前がアドレスブックの欄に表示された。

美琴「……でも、最後に1回だけ……なら当麻も返信してくれるよね……」

そう自分で納得すると、美琴はメールを打ち始めた。

上条「ハァ……ついてねーや」

愚痴を吐き、上条は1人街角を歩く。

上条「たった1本電車乗り損ねるだけで歩く羽目になるとは……」

美琴との電話を終え、つい先程までホームで電車を待っていた上条。だが、突然運行停止のアナウンスが流れ不幸にも彼は電車に乗れなくなってしまった。

上条「まあたった3駅だからいっか」

仕方なく運賃だけ返してもらい駅から出た上条は、1度タクシーを探してみようとしたものの、たった3駅分の距離で高い金を浪費するのもどうかと思い、歩くことにしたのだった。

上条「それに待ち合わせの時間まではまだあるしな。焦る必要はねぇだろ」

道路を行き交う車を横目で眺めながら、上条は歩道を歩く。そんな彼の頭にふと美琴の笑顔が浮かんだ。

上条「………………」

気にしないようにしていても、さっきから何度も彼女の顔がチラつくのだった。

上条「(ハァ……俺も未練がましいな……。今からあいつの所に戻ったって一体何がどうなるってんだ……)」

目線を下げ、足元を見ながら上条は考え事にふける。

上条「(どっかのお偉いさん同士の取引で俺は日本に残らなきゃならなくなったんだ。あいつと一緒にイギリスへ行けるわけがない……)」

通り過ぎる人々が訝しげな目で上条を見つめる。本人は気付いていなかったが、いつの間にか彼は心の中で考えていたはずのことを口に出してブツブツと呟いていたのだ。

上条「別にあいつが幸せになれるんならそれでいいじゃねーか……」ブツブツ

唐突に強い風が吹き、上条の髪を大きく揺らす。

上条「もう俺とあいつは滅多に会えなくなるんだし。今更何をどうしたって意味ねーよ」ブツブツ

独り言を呟いているうちにつれ、徐々に上条の顔が暗くなっていった。

上条「……でも、本当にそれでいいのか俺……?」

そう言った瞬間だった。

ブブブブブブブブブ……

上条「あん?」

ポケットにしまっていた携帯電話が振動した。

上条「メールか? 誰からだろ?」

携帯電話を開き、送信者を確認すると上条は反射的に立ち止まってしまった。

上条「御坂!!??」

送信者は美琴だった。文面には『さっきは突然電話してごめんm(_ _;)m もうこれで本当にあんたにしばらく会えなくなっちゃうけど、たまには連絡寄越しなさいよ! あと次会うときまでに「不幸だ不幸だ」言う癖直しときなさいよ 代わりに美琴センセーが特別にあんたの幸せ願っておいてあげるからさー(=`ー´)ノ』と書かれてあった。

上条「あいつ……」

思わず口元がほころぶ上条。彼はすぐに返信を打とうとした。




ヒュッ…… ドシャアアアッ!!!!!!




上条「!!!!!!」

その刹那だった。
上条の目の前を大きな影のようなものが上から下に落下してきたかと思うと、1秒後周囲に轟音を響かせて何かが地面に衝突した。

上条「な、何だ!!??」

大声を上げつつ、上条は何が起こったのか把握しようとする。見ると、ほんの数m先。そこにひしゃげた大きなネオン看板が1つあった。

上条「か、看板がどうして……? ………!!」

はっとして上条は顔を上げる。その視線の先、すぐ側に建っていたパチンコ屋の屋上のフェンスに設置されたネオン看板『パチンコ』の『コ』の部分が欠けているのが見えた。

上条「…………っ」

顔を戻す上条。地面の上でひしゃげていたネオン看板の文字を確かめると『コ』の字型をしていた。

上条「……落ちてきたのか……」

上条の顔が蒼白く染まっていく。

上条「メールをくれた御坂に感謝しないと……。……そのまま歩いてたら直撃してるところだった……」

大量の冷や汗が彼の背中を滝のように流れていった。

 

 

 

とあるオープンカフェ。そこに1人の女性がいた。

上条「あ、いたいた」

彼女を見つけ、上条は手を振りながら近付いていく。

上条「悪い。遅くなったか?」




神裂「いえ。私も今来たところなので……」




イギリス清教『必要悪の教会(ネセサリウス)』の魔術師にして聖人の神裂火織だった。上条が実家に向かう前に会う約束をしていたのは彼女だったのだ。

上条「今回は色々と世話になったな」

感謝を述べつつ、上条は神裂の向かいの席に座る。

神裂「何かあったのですか?」

上条「え?」

と、神裂が目を鋭くして訊ねてきた。

神裂「そんな感じがするのですが……」

上条「?」

神裂「ここに来るまでの道中、厄介事に巻き込まれでもしたのですか?」

何かを察したのか神裂は心配そうな表情を浮かべる。

上条「ん? ああ、何か電車が突然運行停止になっちゃってさ。それで仕方なく歩きで来たんだけど、その途中にさ、老朽化した看板が落ちてきて後少しで直撃するところだったんだよ」

神裂「そ、それは本当ですか!!??」

思わず、と言ったように神裂が大声を上げる。

上条「まあ直前に御坂からメールが来てそっちに気を取られたから助かったんだけど……相変わらず俺も不幸だな、あはははは」

神裂「笑い事ではありませんよ!!」

上条「え?」

神裂「もしそれが敵による工作だったらどうするのですか!!?? 狙われたのかもしれませんよ!!!!」

怒鳴る神裂。確かに学園都市から逃げてからまだ1週間も経ってない。看板の落下が上条を殺そうと敵が仕掛けた可能性も無きにしも非ずだった。

上条「いや、あれはただ看板が老朽化して落ちてきただけだって」

神裂「何故そう言い切れるのですか!!??」

上条「今までの経験からな。殺気らしきものも感じなかったし、あれは人為的な臭いもしなかった。多分普通に風に煽られて落ちてきたんだと思う」

神裂「しかし……っ!」

上条「それに敵が俺を殺そうと思ったら、ここに来るまでに何度もチャンスはあったからな」

神裂「………………」

押し黙る神裂。どっち道今こんな所でそんな心配をしても意味は無かった。

神裂「まあ、一応はそういうことにしておきます」

上条「大丈夫なのに……」

神裂「ならいいのですが……」

上条「ハァ……。それで……とにかく学園都市から脱出した時は世話になったな」

いつまでも言い合っていても進まないと思ったのか、上条は話題を変えてみた。

上条「改めて礼を言われてもらうよ。ありがとう」

神裂「いえ。私たちは当然のことをしたまでですから」

あくまで神裂は謙虚に応対する。

上条「だけど、あんな派手に動いて良かったのか? 下手したらまた魔術側と学園都市の争いに発展してたかもしれないのに……」

神裂「確かに、初めは私たちも『弧絶術式を受けた少女を助けたい』と何度も上に懇願してその度に断られていました」

上条「うん……」

神裂「ただ土御門が『このままでは少女と共に逃げてる少年の命も危ない』と貴方の存在を仄めかすと、その態度も急変しました。『必要悪の教会』としても貴方には今まで何度も力を借りているので、組織のメンツの為にも蔑ろに出来なかったでしょう。もしくは、まだ貴方の右手に利用価値があると判断しそれをここで失うわけにはいかないと思ったからか……」

上条「………………」

神裂は説明を続ける。

神裂「ただ、れっきとした組織に所属してる魔術師が正面から学園都市とぶつかると面倒なことになります。それを避けるため、上は敢えて1度私たちを解雇しました」

上条「………解雇?」

神裂「要はどの魔術組織や魔術結社にも属していない、フリーの魔術師扱いにしたのです。あくまで一時的ですが」

上条「な、なるほど……」

神裂「そうすれば例え我々が学園都市で捕まるような事態になっても『必要悪の教会』は無関係を貫き通すことが出来ます」

淡々と、分かりやすく何があったのか述べる神裂。

上条「でもそれって逆に……」

神裂「ええ。もし我々が学園都市側に捕まった場合、無関係と主張している以上『必要悪の教会』は何も出来ません。つまり我々は見捨てられることになります」

上条「そ、そんなことしてまでお前たちは俺たちを……」

神裂「ええ。上がこの方法を提案してきた時、ステイルは『馬鹿馬鹿しい』と言って乗り気ではありませんでした。しかしそれでも、インデックスは何の迷いもなく真っ先にこの提案を受け入れたのです。1番戦闘力が低く、下手をすれば1番捕まる可能性が高かったかもしれなかったのに」

上条「インデックス………」

上条は口中にその名を呟き少女の顔を思い浮かべる。

神裂「最初はインデックスを学園都市に連れてくるつもりはなかったのですが、彼女がどうしても聞かなくて。仕方なくステイルか土御門の側にずっといること、という条件で連れてきました」

上条「あいつ、そこまでして……」

神裂「イギリスで終始『少女が弧絶術式を受けたのは自分のせいだ』のようなことを言っていたので、恐らくこれが彼女なりの責任の執り方だったんでしょう……」

上条「バカヤロウ……! そんな訳ないのに、無茶しやがって……っ!」

神裂「………………」

思わず上条は拳を握り、この場にはいない彼女を叱咤する。

神裂「まあステイルや土御門はともかく、本当に上がインデックスや聖人である私を見捨てたかどうかは分かりませんが……」

上条「………………」

神裂「……どちらにせよ、インデックスも、そして私もステイルも土御門も、そこまでして貴方がたを助けたかったのです。それだけは、胸に留めておいて下さい」

上条「ああ……とても感謝してもし尽くせねぇよ……ありがとう」

本当に心の底から感謝するように上条は礼を述べる。

神裂「因みに、貴方がたを直接学園都市から逃がしたアックアについてですが……」

上条「そ、そうだ! アックアだ!! あいつにも感謝の言葉を述べたい!! 今どこにいるんだ!?」

『アックア』という言葉を耳にし、上条が強く反応する。

神裂「それが、貴方がたの身を我々に引渡してすぐ日本を離れていったので、今はどこにいるのか分からないのです」

上条「……そ、そうなのか。でも、あいつがいなければ俺たちは死んでいた……」

神裂「彼に助けを頼んだのも万が一のための保険策としてです。王室のヴィリアン王女のツテを使って彼を探し出し、協力を頼みに行ったのですが、初めはまさか本当に彼から了承の返事を貰えるとは思いませんでした。ただ、彼は私の話を聞くと一言『絶対に助けられる保障は無いのである』と告げ何だかんだ言って助けてもらうことになったのです」

上条「……あいつ……何が『保証が無い』だよ。ちゃんとヒーローみたくギリギリで俺と御坂を助けてくれたじゃねぇか……」

僅かに口元を緩める上条。その表情にはただの感謝だけでは終わらないものが込められていた。

神裂「土御門も言ってましたよ。『あの男、正義のヒーローみたいだ』と」

上条「………そうか」フッ
上条「あ」

と、そこで上条は何かを思い出したようだった。

神裂「どうかしましたか?」

上条「土御門……あいつはどうするんだ? 俺たちの脱出に力を貸してくれたけど、あいつも一応は学園都市の住人だぞ。アンチスキルの前で顔見せてたら色々まずいんじゃないか?」

神裂「ああ、土御門のことですね。これは『必要悪の教会』と学園都市の上層部同士で密かに行われた取引内容にも関わってくることなのですが……」

上条「えっ!?」

上条は僅かに身を乗り出した。と言うのも、ここが1番重要で知りたかったことだからだ。

神裂「既に聞いていると思いますが、貴方がたが学園都市から逃げた後、取引が行われました。そこで決められた内容が、まず『御坂美琴は「必要悪の教会」の自由にしてもらってもいいが、上条当麻については日本…それもなるべく学園都市の近くに住まわせること』」

上条「………………」

神裂「そしてもう1つが貴方がたはまだ聞いていなかったでしょうが『土御門元春の件については不問とするが、代わりに今回の騒動で生じた被害の賠償金を支払うこと』です」

上条「……じゃあ、土御門は……」

上条は続きを促すように神裂の顔を見つめる。

神裂「ええ。彼は今後も学園都市で変わらぬ生活を続けていくことが出来ます。一応これに関しては『必要悪の教会』が賠償金を支払ったことで解決していますが、ただ彼自身の待遇については知らない所で変化があるのではないか、と土御門が言ってました」

上条「………え?」

神裂「つまり、もし学園都市内で何らかのトラブルに巻き込まれても学園都市からの保護や援助を優先的に受けられなくなるのではないか、とのことです」

上条「そんなっ!!」

神裂の説明を聞いた上条が驚きの声を上げる。

神裂「ただ、彼自身学園都市のトップと顔見知りのようですし、裏の世界にも精通しているらしいですから本人は『何も心配ないにゃー』と言って飄々とした顔をしていましたが」

上条「だ、だけど……」

神裂「まあ、それほど彼にとっても貴方は大切な友人だったのでしょう。彼の思い、無駄にしないことですね」

上条「土御門……」

上条は胸中に思う。自分はこれほど多くの人に大切に思われていたのだ、多くの人に愛されていたんだ、と。それを人生の中で今ほど実感したことはなかった。
だからこそ……

上条「(御坂………)」

……だからこそ、全ての友人を無くした美琴のことが気掛かりだった。

上条「なあ神裂……」

神裂「はい?」

上条「御坂は……御坂はやっぱりイギリスに行ったほうがいいんだよな?」

神裂「………………」

堪らず、上条は訊ねていた。

神裂「………学園都市から逃れられたので一応は安心ですが、万が一ということもありますからね。遥か遠いイギリスの我々の本拠地の下で暮らしたほうが良いのではないでしょうか。……まあ、あくまで客観的な意見ですが」

上条「………………」

無言になり何か考え込むような表情を作る上条。

神裂「……全てを無くした彼女が再び前のような元気を取り戻すには、同じような年代の子供たちと一緒に暮らす生活のほうが何かと合理的です。イギリス清教にはインデックスやアニェーゼ、アンジェレネなど彼女と歳の近いシスターも多いですし、同じ日本人なら我々『天草式』の五和もいますから友人を作る環境としては申し分ないかと……」

上条「……………だよな……」

神裂「………………」

反応の薄い上条。そんな彼を見て神裂は、また別のしかし今回の騒動の根幹に関わる話題を口にしてきた。





神裂「彼女が何故『弧絶術式』に掛かったのか、知りたいですか?」

 

上条「!!!!!!」

 

 

 

上条「………し、知ってるのか?」

神裂「ええ」

上条の問いに神裂は目を鋭くさせ答える。

上条「き、聞かせてくれ!!」

神裂「………構いませんが1つ約束をして下さい」

上条「約束?」

神裂「ええ。絶対に御坂美琴……彼女には口外しないことを」

上条「???」

神裂の言葉に上条は眉をひそめる。何か引っ掛かるものがあったからだ。逆に神裂は彼の顔を見て何も問題もないと判断したのか、その真相を話し始めた。

神裂「こちらに来る直前まで、私たちは『弧絶術式』を発動させ息絶えた魔術師のアパートを調べていました。何か、彼女を助ける手掛かりはないものか、と」

上条「あ、ああ……」

神裂「その途中、インデックスがとある日誌を見つけたのです」

上条「日誌……?」

神裂「ええ。別に魔術についての研究資料でも何でもない。ただの、魔術師のプライベートを綴った日記……」

上条「………………」

呆然と、上条は神裂の話を聞き続ける。

神裂「そこに、魔術師が彼女を狙った理由が書かれていました」

上条「!!!!!!」
上条「ほ、本当か!!??」

神裂「はい」

上条「な、何て書いてあったんだ!!??」

今にも立ち上がりそうな勢いで上条は質す。それほど知りたかったのだ。どんな深い理由があって件の魔術師が美琴を『弧絶術式』に掛けたのかを。例え、もう彼女が元の生活に戻る術がなくても。

神裂「……………………」

上条「神裂?」

まるで、何かを躊躇うかのように神裂は顔を背け黙っている。

 

上条「き、聞かせて……くれよ」

神裂「……分かりました」

上条の頼みを無視出来なかったのか、神裂は1度ゆっくりと目を伏せると続きを話し始めた。

神裂「魔術師の日記には彼女を『弧絶術式』に掛けるまでの経緯が記されていました」

上条「………」ゴクリ

神裂「どうやら、術式発動の2週間ほど前に学園都市を訪れていたようです」

上条「そ、そうなのか?」

神裂「ええ。どうもその魔術師は以前から科学一辺倒の学園都市を毛嫌いしていたようで……先の大戦を切っ掛けにこのまま学園都市を野放しにしておくわけにはいかないと思ったそうです」

上条「………………」

神裂「その思いは使命感と言っても過言では無いほどで、密かに彼は学園都市のトップ……つまりは統括理事長ですか。その人物の暗殺を図ったそうです。『弧絶術式』によって」

上条「!!!!!!」

神裂は、上条の反応を気にすることなく淡々と、日誌に綴られていた事実を述べていく。

神裂「しかし『弧絶術式』を発動するには、その対象の人物の本名および顔を知っていなければ不可能です。だから魔術師はその足で学園都市に出向いたのですが……不幸にも統括理事長の顔を知ることはおろかその本名でさえ知ることが叶わなかったのです」

上条「………………」

神裂「その最中でした。魔術師は藁にもすがる思いで、街中にいた1人の少女に統括理事長のことについて訊ねました」

上条「ま、まさか……」

上条の顔が徐々に変化していく。

神裂「ええ、それが、彼女……御坂美琴だったというわけです」

上条「………っ」

神裂「魔術師は彼女に訊ねました。『統括理事長の本名と顔を知っていないか? どこかで彼についての詳細資料を手に入れることは出来ないか』と。しかし、彼女は魔術師を怪しい人物だと思ったのか、それとも誰かを探していて急いでいたのか『知らないわよそんなの。悪いけど他当たってくれる?』と返したそうです」

上条「………………」

口を開け、目を丸くしながら上条はただ、神裂の言葉を耳に入れている。

神裂「その時です。ぞんざいな態度を取られた魔術師は思いました。『何故ここまで必死にしてる自分がこんな目に遭わないといけないのか』と。………だから彼は決心しました」

上条「………………」



神裂「統括理事長を狙うことが出来ないのなら、この少女を代わりに標的にしてやろう、と」



上条「!!!!!!」

神裂「彼女を標的に選んだ理由? そんな大したものありませんよ。ただ、強いてあげるなら『ムカついた』……だからだそうです」

静かに、神裂はそう告げた。

上条「………………」

絶望の表情が上条の顔に広がっていく。まるで体から全ての力が抜けていくような感覚を、彼は覚えた。

神裂「もしかしたら当初の目的を達成出来ないため自棄になってしまったのかもしれませんが、日誌にはそんなことは書いていませんでしたし。……とにかく、魔術師は少女の情報を集めた後帰国しました。そして予め半分まで仕上がっていた術式の準備を全て終えると、例の魔術『弧絶術式』を発動したのです」

上条「……………………」

神裂「……………………」

上条「……………………」

神裂「……………………」

静寂が、2人の間に流れた。

上条「…………そんなの」

神裂「?」

先に口を開いたのは上条だった。ただ、その目はいつもの彼のものとは思えないほど生気が抜けていたが。

上条「………そんなの……」

神裂「…………」

上条「ただの……八つ当たりじゃねぇか………」

今にも死にそうなほど、元気の無い声で上条は呟く。例え術式を受けた本人でなくても、それほど彼にとっては衝撃的な事実だったのだ。

上条「………何か……御坂が……もっと……酷いことしたのかと……思ってた………」

神裂「…………」

神裂はゆっくりと目を伏せる。まるでその言葉を聞き続けるのが耐えられないと言うように。

上条「……そんな……下らない理由で……何で……御坂が……あんな……目に………」

上条は恨むように言葉を紡ぐ。まるで美琴の思いを代弁するように。

上条「こんなのってねぇよ!!!!」

ドンッ!!!

神裂「!!!!!!」

上条が大声を上げてテーブルを叩いた。コップからコーヒーが零れ、周りのテーブルに座っていた人たちが一斉に目を向けてきた。

上条「そんなの……あるかよ………」

神裂「…………っ」

上条「そんなの………」

ただただ、上条は無念の叫びを口にするが、今更はどうすることも出来なかった。そしてその無力感が全身を覆っていき、やがて彼は両手で頭を抱えてテーブルに突っ伏した。

上条「そんなの………」

神裂「………………」

それを、悲しそうな目で見つめる神裂。

上条「……………………」

突っ伏したまま何も喋らず微動だにもしない。そんな無反応な上条の様子が更に哀しみを誘った。

美琴が何故『弧絶術式』の餌食にされなければならなかったのか。その衝撃的な真実を神裂から聞き、絶望に暮れた上条は頭を抱えてテーブルに突っ伏していた。

上条「……………………」

神裂「……………………」

5分ほど、上条は動かないままだった。

上条「……………………」

神裂「……………………」

神裂も敢えて声を掛けようとしなかった。
が、やがて………

上条「………悪かった」

ボソリ、と呟くとようやく上条がゆっくりと頭を上げてきた。

神裂「……気は済みましたか?」

上条「いや……。だが、いつまでもこんなことしてても今更どうしようもねぇ」

神裂「………そうですね」

2人は己の無力さを悔やむように言う。

上条「………俺としては御坂の側にずっといてやりたいってのが本音だ……。だけど、嫌な思い出がある学園都市の近くで俺と2人で暮らすよりかは、イギリスに行って同年代の女の子たちといる方がよっぽどマシだろう……」

神裂「………………」

上条「そのイギリスの生活をやめてまで、俺と一緒に日本に残ることを選ぶほど、あいつにとって俺がそこまで重要な存在とも……思え……ねぇし……」

顔を背けて言った上条のその言葉は、まるで自信の無いものだった。

上条「はは、何言ってんだよな俺……。これじゃあ俺があいつと一緒にいたいみたいじゃねぇか」

神裂「………………」

上条「でも、あいつといると不幸なことも起きないしさ。いや、ただ一緒にいるのが楽しくて、例えそんなことがあっても気にしなくなっただけなのかもしれねぇけど……。とにかく、学園都市では1度も感じたことのない幸せな気分になるんだ。まるで心がスッキリするような……パズルの最後の1ピースを嵌めた時のような……そんな感じがさ………」

今の上条にとって美琴がどんな存在なのか、どんな影響を受けているのか、彼はどことなく嬉しそうに語る。

神裂「………………」

上条「実際、俺あいつとじゃなけりゃ学園都市から逃げ切れなかった気がするよ。何度も危ない目に遭ったけど、その都度奇跡的に助かったし……」

神裂「………」ピク

上条「ぶっちゃけ相手が御坂以外の奴だったら上手く逃げ切れてたかどうか………」

神裂「………そうなのですか?」

瞬間、神裂の表情が僅かに変わった。

上条「え?」

神裂「彼女と逃亡している間、何度も危機一髪のところで奇跡的に助かったことがあったのですか?」

上条「そうだよ。自分でもよく学園都市から逃げ切れたと思うよ」

神裂「では、最近不幸なことを感じなくなったと言うのも本当ですか?」

上条「ああ……まあ思い返してみれば。以前は溝に嵌ったり財布落としたり携帯電話壊したりしてたけど、最近はそんなのねーな。寧ろラッキーなことが多いと言うか……。って何でそんなこと聞くの?」

訝しげな表情で上条は神裂を見返す。

神裂「…………っ」

上条「神裂?」

何か、大変なことに気付いてしまった。そんな表情を浮かべて固まる神裂。

上条「おい、どうした?」

神裂「はっ! い、いえ……すみません」

だが上条に声を掛けられると、すぐに彼女は我に返った。

上条「で、何であんなこと聞いたんだ?」

神裂「……………………」

上条に問われ一瞬黙った神裂だったが、しばらく経つと彼女は口を開いた。

神裂「………貴方は“雨女”を知っていますか?」

上条「は? 雨女?」

突拍子もないことを聞かれ、上条は間抜けな声を出す。

神裂「はい」

上条「そりゃあ……。ほら、あれだろ? 外出時や重要なイベントがある時に何故かいつも雨になっちまう、っていう女の人のこと」

神裂「そうです。その“雨女”です」

上条「だけどそれが何か?」

神裂「“雨女”は元々日本の俗信ですが、世界中にも似たような例がいくつもあります。例えば晴れ男・晴れ女もそうですし、別に天候にこだわらなければ、1年中何度も事故に遭う人、意図していないのに予知夢を見てしまう人、動物や子供に好かれやすい人、幽霊といった人外のものが見えてしまう人……後はやたら運の無い人とか」

上条「!」

突然、それまでとは関係の無さそうな話を始めた神裂に疑問を感じていた上条だったが、『運の無い人』という言葉を聞いた途端、強く反応を示した。

上条「やたら運の無い人って……」

神裂「ええ。貴方のような人のことですね」

上条「………」

何の意図があって神裂が今更そんなことを指摘したのかは分からなかったが、とりあえず上条は最後まで話を聞くことにした。

神裂「これらの人は生まれつきそういった体質をしており、基本的には一生変わることがありません」

上条「………………」

神裂「中にはその体質を引き起こす原因を、目に見える形で身体のどこかに備えている人もいます。そう、例えばあらゆる幸運を打ち消してしまう貴方の右手とか……」

上条「俺の右手……」

即座に上条は自分の右手を見る。

神裂「ですが……中には貴方とは対極の体質を持つ人間も存在します」

上条「俺とは対極?」

神裂「ええ……」

そこで1つ間を置き、神裂は答えた。

神裂「………あらゆる幸運を自他ともに招いてしまう人間とか」

上条「…………ふーん」

神裂「…………貴方の身近で誰か思い当たる人はいませんか?」

上条の素っ気無い反応が予想外だったのか、神裂は質問を出してみた。

上条「ああ、聖人のお前とか?」

神裂「……聖人はあくまで神の子のような加護を受けた人間のことです。私が今例に出したのは全て、そういった宗教的な影響とは全く関係の無い、ただの体質の話です」

上条「?」

上条には神裂が何を言いたいのか、自分にどんな答えを求めているのかサッパリ分からなかった。

神裂「いえ…確かに、これは体質の話であって『聖人』のように実際にそういった人間がいる、と明確に判明しているわけではありません。実際は世界中のあらゆる宗教で昔から密かに注目されてもいましたが、それでも、どちらかと言うと、ただの迷信や俗信、もしくは仮定の話の範疇であることは確かです」

上条「えーっと……」

神裂「なので私が言いたいことは全て仮定を前提としています。ですが、そういった体質の人が実在しているのもまた事実。それを踏まえてもう1度聞きます。貴方の身近で誰か思い当たる人はいませんか?」

上条「……い、いや一体俺には何がなんだか……」

魔術などの専門的な話ではない、ただの迷信や俗信・仮定の話と言われても、最先端の科学の街・学園都市で育った上条には疎い分野だった。

神裂「貴方、先程仰ったでしょう? 『最近不幸なことがなくなった』と。『寧ろラッキーなことが増えた』と」

上条「お、おう」

神裂「そしてその前に、こう言いましたよね? 『自分はあいつとでなければ学園都市から逃げ切れなかった気がする』と。『何度も危ない目に遭ったけどその都度奇跡的に助かった』と」

上条「…………そ、そうだけど……」

神裂「これでもまだ分かりませんか? 私が言った『貴方の身近に存在するあらゆる幸運を自他ともに招いてしまう人間』が誰なのか」

上条「……………………」

――思考停止。そして、頭の中に蘇った人物の顔が、神裂が言及した特徴の人間と一致する。

上条「………まさか……」





上条「………御坂……」





神裂「……………………」

唖然としたような表情で、上条はその名を呟いた。

上条「……じゃ、じゃあ……あいつは……その……『あらゆる幸運を自他ともに招く体質の人間』だとでも言うのか?」

恐る恐る上条は訊ねる。

神裂「思い返して下さい。学園都市で彼女と一緒に逃亡していた時のことを。何度も奇跡的に助かったのでしょう?」

上条「そんな……」

上条の脳裏に、学園都市で美琴と逃げていた時の記憶が1つ1つ鮮明に蘇っていく。

上条「嘘だろ……」

例えば、美琴の元に駆けつけた次の日、公園のベンチで座っていた時に隣の席に佐天と初春がやってきたが、その時一歩でも間違えれば彼女たちに正体を気付かれる可能性もあったはずだ。だが、上条と美琴は即座に芝居を打つことでその危機を回避した。

上条「バカな……」

例えば、モーテルに入った時、受付の主人に怪しまれたが、その時もし美琴に宿泊客名簿へのサインや身分証提示を求められていたら、主人に正体を気付かれる可能性もあったはずだ。だが、主人が求めたのは上条のサインと身分証だけだったので上条と美琴はその危機を回避した。

上条「まさか……」

例えば、モーテルを出て市道213号線を歩いていた時、偶然にもオートバイを見つけていなければ、その直後にやって来たアンチスキルの車両に見つかっていた可能性もあったはずだ。だが、上条と美琴は幸いにもキーがついたそのバイクに乗って一足速く市道を去りその危機を回避した。

上条「じゃあ……全部……」

サービスエリアで駐車していたオートバイがアンチスキルに見つかった時は、ギリギリその事態に気付き逃げることが出来た。黄泉川や黒子が同乗していた列車から逃げ出せたのも、タイミング良く現れた鉄橋から川に飛び込んだからだ。

上条「全部……」

山中で崖から落ちそうになった美琴を寸前で助けられたのは、寸前でアンチスキルの捜索ヘリに見つからなかったのは、凍え死ぬ直前暗闇の中に山小屋の灯りを発見出来たのは、敵陣の真っ只中『デーモンズ・ネスト』から無事逃げ出せたのは………。

上条「あいつが……」

地下鉄で浮浪者が美琴を襲った時もそうだった。あの時激昂した上条は、逃げる浮浪者の背中に向かって拳銃を発砲した。だが、美琴が飛び掛ってきたことで弾丸は幸いにも浮浪者から外れた。その後、上条は残っていた浮浪者を射殺しようとしたが、その時は弾切れしたことで叶わなかった。つまり上条は結果的に美琴のお陰で殺人者にならなくて済んだのである。

上条「御坂が……」

そして、学園都市からの脱出時。後方のアックアがタイミング良く現れていなければ、上条と美琴は麦野が放った無反動砲の餌食になっていたはずである。

上条「いたから……」

神裂「……………………」

上条は呆然と、虚空を見つめる。

神裂「………まあ、全て仮定を元にした話ですが」

上条「じゃあ昨日、普段なら絶対に当たることがない服屋のくじ引きで当たったのもあいつのお陰だって言うのか!?」

神裂「そのクジはどちらの手で引かれたのですか?」

上条「右手だよ右手!! この幸運を何でも打ち消してしまう右手だよ!!」

言って上条は右手を神裂の前に突き出す。

神裂「ではその時、彼女……御坂美琴はどこで何をしていましたか?」

上条「どこで何をって……」

上条は昨日、カジュアルショップでクジを引いた時のことを思い出す。

上条「あいつは……俺のそばで……」

神裂「………………」

上条「俺の服を掴んでて……」

記憶を辿るにつれ、上条の声が徐々に小さくなっていく。

神裂「恐らく、彼女が貴方と接触していたことで右手が引き起こす不幸な体質を一時的に完全に消していたのでしょう」

上条「………………」

素の表情で神裂は推測を口にする。
しかし………

上条「有り得ない」

神裂「え?」

上条「そんなのこじつけだ!!」

我に返った上条は神裂を見据えそう叫んでいた。

上条「第一、御坂が『弧絶術式』に掛かる前から俺と御坂は知り合いだった。ならその時から俺の不幸は無くなってないとおかしいじゃねぇか! それに、昨日も今日も、バイクに轢かれそうになったり、落ちてきた看板の直撃を食らいそうになったりと死ぬ思いを2度もしてるんだぞ!! そんな状況で御坂の幸運だと!? 荒唐無稽もいいとこじゃねぇか!!」

上条は何故か必死に否定しようとする。しかし、神裂はそんな彼の言動に躊躇することなく更に深く話し込んで行く。

神裂「………これは憶測ですが……学園都市で彼女と一緒に逃げてる時、変なことを口に出して言いませんでしたか?」

上条「ああ?」

神裂「………例えば、日本の神道では『言霊』という概念が重視されています。実際に言葉に出して言ったことが力を持つという考え方ですね」

上条「……それが何だってんだ?」

眉を顰め、僅かに言葉に苛立ちを表しながら上条は訊ねる。

神裂「………いえ、よくあるのですよ。嫌いな人に向かって陰から『あいつ病気になったりしないかな』と言うと実際その人が体調を崩したり、他にも病院で入院している患者が、お見舞いに来た人間から『すぐ良くなるよ』と言われ症状が軽くなったりと。言葉とは稀に絶大なエネルギーを発揮します。実際、その『言霊』を用いる神道系の魔術師も日本には存在していますし」

上条「………………」

神裂「それが『神様』や『仏様』という、人間の信仰対象である高貴な存在に向けて発せられたものならば特に」

上条「…………だからそれが何なんだよ?」

神裂「ですから、貴方、学園都市で彼女と逃げてる時にひょんなことから口に出して言いませんでしたか? 『神様、助けて下さい』や『神様仏様お願いします』など。それも具体的に」

上条「はぁ? そんなこと覚えてるわけ………」

神裂「…………」

と、そこで上条の言葉が途切れた。

上条「いや待て………確か、山中で御坂が崖から落ちそうになって………」



   ――「……お願いだ神様……こいつを……御坂を……死なせないでくれ……っ! ……頼むから……御坂を無事……学園都市から逃がすまでは……一緒に……いさせてくれっ……!」――



上条「それであいつの手を掴んでる時に………」



   ――「その代わり……ぐおっ……その代わり……」――



上条「必死に何かを叫んだ記憶が………」



   ――「その後は……俺の一生分の幸せ全部くれてやる!!!!!! 一生分の不幸を与えてくれてもいいから……っ!!!!!! 御坂を……死なせないでくれえええええええええええええ!!!!!!!!!!!!」――



上条「!!!!!!!!」

神裂「………あるのですね」

瞬間、表情を固めた上条を見て、神裂は静かにそう言った。

上条「……確かに御坂を掴んでる時『俺の一生分の幸せを全部くれてやる』って言ったけど……」

神裂「それでそう叫んだ直後、彼女を無事助けられたということですね」

上条「…………、」

何かを考え込むように上条は黙り込む。だがすぐ彼は顔を挙げ疑問の声を上げていた。

上条「で、でも! それなら逆におかしいじゃねぇか!」

神裂「何がですか?」

上条「もし本当にその言葉通り、学園都市の外に逃げ出してから俺の身に一生分の不幸が一気に起こってるって言うんなら、何で俺は昨日バイクに轢かれずに、今日も看板に直撃しなかったんだ?」

神裂「………まあ普通なら死んでいるでしょうね」

平然と答える神裂。

上条「そ、そうだろ!」

神裂「ですが貴方の側には、幸運を招く人物がいるはずですよ」

上条「!!!!!!」

神裂「そのバイクに轢かれそうになった時のこと、そして看板に直撃しそうになった時のこと、その前後をよく思い出して下さい」

上条「………………」

神裂「大方ネガティブなことでも考えていたのではないでしょうか。『彼女とはもう会えない』、『どうせ会っても意味はない』など」

上条「…………っ」

上条の記憶を遡るように神裂はゆっくりと言葉を紡いでいく。

神裂「しかし寸前、恐らく貴方はその考えを撤回した。……それで、どうなりましたか?」

上条「それで………」

上条の脳裏にその時のシーンが蘇る。



   ――「あんた何やってんの!!?? 今死ぬところだったのよ!!!」――



バイクに轢かれそうになった時、誰が上条の背中を引っ張ったのか。

上条「………………」



   ――『さっきは突然電話してごめんm(_ _;)m もうこれで本当にあんたにしばらく会えなくなっちゃうけど、たまには連絡寄越しなさいよ! あと次会うときまでに「不幸だ不幸だ」言う癖直しときなさいよ 代わりに美琴センセーが特別にあんたの幸せ願っておいてあげるからさー(=`ー´)ノ』――



何故上条は落下してきた看板に直撃する寸前、立ち止まったのか。

上条「……『代わりに美琴センセーが特別にあんたの幸せ願っておいてあげるから』……」ボソボソ

神裂「………………」

上条「そんな……それじゃあ……それじゃあ……全部……全部あいつが!!??」

上条は信じられない、と言うように神裂の顔を見る。無理も無い。こんな非科学的で根拠も無いことを信じるほうが難しかった。

神裂「………………」

上条「違う! こんなの……こんなの偶然だ……っ!! ただの……偶然なんだっ!!」

神裂「……………………」

Prrrrrrrrrrrr....

と、その時だった。上条の携帯電話が鳴った。

上条「………………」

Prrrrrrrrrrrr....

神裂「………………」

しかし、上条は出ようとしない。

Prrrrrrrrrrrrr....

神裂「鳴ってますよ」

上条「………っ」

言われ、上条はしぶしぶ携帯電話の通話ボタンを押した。

上条「はいもしも……」

土御門『カミやん、無事か!?』

上条「つ、土御門!?」

電話の相手は土御門だった。しかも何やら慌てた様子だった。

上条「一体どうし……」

土御門『今どこで何してる!?』

開口一番、土御門はそう訊ねてきた。

上条「ど、どこって予定通り神裂とオープンカフェいるけど」

土御門『本当か!? よく無事だったな!』

上条「え? どういう意味だよ?」

土御門の尋常ではない様子に上条は怪訝な顔になる。

土御門『待ち合わせ時刻から逆算すると、カミやんはアパートの近くの駅から14時台の電車に乗ったと思ったんだが……』

上条「あ、いや違うんだよ。確かに1度は電車に乗ろうとしたんだけど、急に運行停止になって歩いて行くことにしたんだ」

土御門『そ、そうなのか!? それは……幸運だったな』

上条「へ?」

土御門『……? カミやん、お前知らないのか?』

妙に真剣な土御門の口調に上条は違和感を覚える。何か緊急事態が起こったような、そんな感じが彼の言葉から伝わってきた。

上条「な、何がだよ?」

上条の問いに、土御門は一言答えた。





土御門『14時10分発の電車、脱線事故に遭ったんだよ』





上条「……………は?」

一瞬、上条はその言葉の意味を理解出来なかった。

土御門『何でも2駅目を出発してしばらく経った時かな? 置石でもあったのか脱線しちまってな。かなり速いスピードで走ってたからからすごい勢いで横転して……。死者も結構出たって話だ。特に先頭車両が酷いらしい……」

上条「………………なっ……なっ……」

声にもならない声を出し、上条は口をパクパクと動かす。無理も無い。14時10分発と言えば、1度上条が乗ろうとした電車だったのだから。しかも彼は先頭車両に乗ろうとしていたのだ。

上条「………そ、そんな……」

もしあの時、14時10分発の電車に、しかも先頭車両に乗っていれば上条は今頃………。

土御門『にしても、何で14時10分発の電車に乗らなかった? 乗っていれば大変だったぞ』

土御門がそう質問するのも当然だった。1つ間違えれば死んでいたかもしれないのだ。脱線事故を起こした電車に直前に乗車するのを止めたなど、奇跡もいいところだった。

上条「……何で、って言われても確かあの時は………」



   ――「ん? 電話? ……誰だろ?」――



上条「急に電話が……」



   ――「御坂!!?? ど、どうしたんだ!?」――



上条「御坂から……」



   ――『あ、ごめんね急に電話しちゃって』――



上条「掛かって………きて………」

ゆっくりと、耳から受話器を離しながら、上条は恐る恐る神裂に顔を戻した。

神裂「……………………」

上条「……バカな………」

愕然としたような表情で上条は神裂を見据える。

神裂「………何故、学園都市にいた頃、彼女と知り合っていたにも関わらず貴方の不幸が消えなかったのか」

上条「!」

上条の戸惑いに応えるように、神裂は再び静かに話し始めた。

神裂「それは恐らく貴方と彼女の関係にまだ距離があったからでしょう」

上条「………………」

神裂「ですが、それでも彼女は自身も気付かぬうちに貴方を助けていたはずです。でなければ、不幸な体質の貴方が今まで数々の強敵相手に生き延びることは出来なかったでしょう」

上条「!!!」

神裂「貴方がロシアに訪れた時も彼女も同様にロシアに来ていたはず」

上条「…………っ」

神裂「そんな貴方と彼女は、今回共に学園都市から逃げることで互いの距離がかなり近くなったはずです。ですから隠されていた彼女の幸運を招く体質がそれを機に一気に顕現化し、その影響で貴方たちは無事学園都市から脱出することが出来た。私はそう考えます」

驚愕の表情を見せながら黙って話を聞く上条に、神裂は分かりやすくゆっくりと推論を述べる。

神裂「要するに彼女の幸運を招く体質は、貴方の不幸の体質を掻き消し、プラマイゼロにすることが出来るのです。恐らく彼女のその体質は、今回のことがなければ本格的に現れることもなかったのでしょう」

上条「………………」

神裂「即ち、彼女の幸運の体質と貴方の不幸の体質はペアみたいなものです。先程例に挙げた『雨女』も『晴れ男』と一緒になることでその体質を打ち消すことが出来ます。1年中事故に遭う人も、全く事故に遭ったことがない人と一緒になることでその体質を打ち消すことが出来る……」

上条「……………………」

神裂「こういう+と-のような、あるいは凸と凹のような関係の男女が互いにとってどのような存在なのか、そしてその相手をどのように呼ぶのかご存知ですか?」

上条「…………?」






神裂「“運命の人”ですよ」






上条「…………運命の……人………?」

無意識に、上条はその言葉を口中に反芻した。

神裂「ええ。かなり使い古された言葉ですし、聞いたことがあるでしょう? 赤い糸と糸で結ばれた、生まれる前から一緒になることが決まっていた男女のこと。あるいは最近流行りのスピリチュアルでは『ソウルメイト』などとも呼ばれているようですが……」

上条「……じゃ……じゃあ……御坂が……俺の………」

神裂「ええ、きっと」ニコッ

言って、神裂は久しぶりに笑顔を見せた。

神裂「そして、その運命の赤い糸で結ばれた者同士から生まれる子供は、将来世界にとって役に立つ発明をしたり歴史に名を残す偉人になったりすることが多いのです」

上条「………待ってくれ」

と、上条はストップを掛けるように話を遮ってきた。

神裂「?」

上条「そんなことはどうでもいい。……それよりも……おかしいじゃないか。御坂が俺の運命の相手だって? なら!!」

神裂「!」

そこで上条は右手を神裂の顔の前で開いて見せた。

上条「ならこの右手はどう説明するんだよ!? この右手はなぁ、運命の赤い糸さえ打ち消してしまってんだ!! なのに、運命の相手の御坂と既に知り合っていたなんておかしいじゃねぇか!!」

神裂「だから言ったでしょう? 彼女の幸運の体質は貴方のその右手が引き起こす不幸の体質その物も打ち消すと」

上条「!!!!」

神裂「つまり、彼女の前では貴方の右手が引き起こす不幸なんて何の意味も無いのですよ。……だから、彼女との運命の赤い糸は健在ですよ」

上条「……………そ、そんな……」

神裂「まだ信じられませんか?」

上条「………………」

神裂「逆に言うと、貴方と一緒になれる女性は彼女……御坂美琴以外、いないのですよ……」

そう言った神裂の顔は僅かに上条から背けられていた。まるで何かの感情を押し殺すように。だからこそ彼女は上条に理解してほしかった。美琴が上条にとってどんな存在であるかを。

上条「……………………」

うなだれ、何も喋らない上条。

神裂「……………………」

上条「………………なあ」

神裂「?」

と、そこで上条は俯いたまま神裂に問い掛けてきた。

上条「………もし……このまま俺と……御坂が……別れたら……それぞれ……どうなる?」

神裂「………そうですね。別に運命の人と結ばれなくても幸せになることは出来るので、彼女はこれからイギリスで新しい人生を送り、貴方の代わりに夫となる人を見つけてそれなりに満足のいく人生を送れるのではないでしょうか」

上条「………………」

神裂「貴方の場合は、彼女と別れた途端、またすぐに不幸体質が戻るでしょう。当然運命の赤い糸も打ち消されるので一生結婚も出来ません。それ以前に貴方は、学園都市で彼女が危険な目に遭った時『彼女を助ける代わりに学園都市から脱出した後は一生分の不幸を受けてもいい』などと宣言してしまってます。実際そのせいか否か分かりませんが、昨日と今日で3度も死にそうな目に遭っています」

上条「……………………」

神裂「このままだと貴方は後1年無事に生きれるかどうか……いえ、生きれたとしても五体満足で過ごせるかどうか……分からないところですね」

神裂は、淡々と思いつく限りの予想を口にした。

神裂「ですが1番大事なのは、貴方自身、そして彼女自身の気持ちです。私は、それを確かめるだけでも意義はあるとは思いますよ? それにもう1度断っておきますが、今のは全て仮定の上での話ですからね」

上条「……………………」

神裂「でも、個人的な見解を述べさせてもらうと、恐らく彼女……御坂美琴以上に貴方にとって相応しい女性は今後1度たりとも現れないと思いますよ?」

上条「……………………」

神裂「……………………」

沈黙が流れ、周囲のテーブルでザワザワと会話する客たちの声が耳に入ってくる。

上条「………俺は……」

そんな中、上条はふと口を開いた。

上条「俺はどうしたらいい?」

神裂「………………」

そう小さな声で訊ねる上条。神裂は彼の顔を見ながら答える。

神裂「それは私が決めることではありません。貴方が自分自身で決めることです」

上条「…………そうか」

神裂「ただ、イギリス行きの飛行機の搭乗をキャンセルすることぐらいは出来ます」

上条「……………ありがとう神裂」

久しぶりに顔を上げ、上条は覇気のある声で言っていた。

上条「俺………」

神裂「…………」





上条「俺、決めたよ」





神裂「ええ」ニコッ

神裂は笑顔で答えた。

 

 

 

 

 

それから数分後。

 

神裂「………………」

飲みかけのコーヒーカップだけを残し無人となった空席を向かいに、神裂は静かに紅茶を嗜んでいた。
と、その時である。




「いやぁ、カミやんも罪な男だぜい」




正面の席に突然、金髪にサングラスの男が腰掛けてきた。

神裂「土御門……何しにここへ?」

ジロリ、と神裂は片目でその人物を窺う。

土御門「つれないにゃー、ねーちんは全く」

上条の友人でもあり、『必要悪の教会(ネセサリウス)』の魔術師でもある土御門だった。

神裂「とぼけないで下さい。しばらく前から密かにいたのは分かっていましたよ」

土御門「ありゃりゃ、バレてたか。いやあ本当に脱線事故に巻き込まれてなかったのか、カミやんが心配になってにゃー。急いで来てみたんだぜい」

神裂「なら顔ぐらい出せばよいものを……」

飄々とした土御門に神裂はあくまで冷静に答える。

土御門「そういう雰囲気じゃなかったからにゃー。ねーちんも相当の覚悟を持ってカミやんを送ったはずだし」

神裂「何のことだかサッパリ分かりませんね」

土御門「密かに惚れてる男を平然とした表情で別の女に譲るなんて真似、普通は出来ないもんだぜい」

神裂「………貴方が何を言いたいのかは理解し兼ねますが、この件に関してはあのインデックスが……」


     
   ――インデックス『短髪と一緒になれてとうまが幸せなら私も幸せなんだよ』――



神裂「……と潔く身を引いた以上、私もそれに倣わなければ大人気ないでしょう」

これといった感情も見せず神裂は淡々と述べる。

土御門「……ふん、禁書目録もねーちんも偉いにゃー。……にしてもあの2人、なかなか今後が楽しみなコンビぜよ。特に超電磁砲がカミやんにどんな影響を与えていくのか、がな」

神裂「そうですね。“不幸を招く魑魅魍魎に逆らう巫女”……いえ“女神”でしょうか」

そこで神裂はカップから口を離し、口元を緩めて遠くを見据えた。

神裂「“魅逆命”と“神浄討魔”。実に興味深い2人です」

上条「ハァ……ゼェ……ハァ……」

その頃、上条は走っていた。全速力で。人ごみを掻き分けて。

上条「(今すぐお前に会いたい御坂……!)」



   ――「私は……当麻のことが好きだよ………」――



上条「(待っててくれ……御坂……っ!)」


ただ、美琴の元を目指して――。

ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。