上条「二人で一緒に逃げよう」 美琴「………うん」 > 第一部 > 01


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「急げ! こっちだ!!」

「上に行くにつれ魔術の臭いがするんだよ!」

「何としてでも早く敵を仕留めないと、取り返しがつかないようなことになりそうな気がするよ!」

「もっと早くに発見出来れば良かったのですが、今更悔やんでも仕方がありませんね!」

「そうだよ。今はただ敵を止めることに集中するんだよ!」
美琴「じゃ、みんなまたねー」

佐天「明日の放課後『学舎の園』の前で待ってますねー」

初春「今からとても楽しみにしてます!!」

美琴「ふふ。ええ私も楽しみにしてるわ」

黒子「さ、お姉さま、今日は明日に備えて早く帰りましょう」

美琴「あ、ごめん。ちょっとこの後用事があってさ……」
「ここだ!!」

ドバン!!

「いたぞあいつだ! 僕らは『必要悪の教会(ネセサリウス)』だ! 抵抗は止めて大人しく……何だ?」

「待って、様子がおかしいんだよ!」

「ええ。この方……もしや」

ズルッ……ドサッ

「なっ!?」

「し、死んでる……」

「ハァ…やれやれだにゃー。せっかくここまで急いで来たってのに……」

「どうやら見た限り自殺したようだね。ったく、本当に人騒がせだよ」

「みんなまだだよ」

「え?」

「この人、死ぬ前に魔術を発動してる」

「何!?」
御坂妹「今日はとても楽しかったです。ありがとうございます、とミサカはお姉さまに礼を述べます」

打ち止め「本当ありがとねお姉さま。いっぱい可愛い服買えちゃったーってミサカはミサカは全身で喜びを表現してみたり!」

美琴「いいのいいの。たまには姉妹水入らずで会うのも悪くないでしょ?」

打ち止め「うん! 出来ればまた一緒に遊んで欲しいんだけど……ってミサカはミサカは上目遣い」

美琴「ええ、いいわよ。いつでも連絡寄越しなさい」ナデナデ

打ち止め「ありがとー!」

御坂妹「ミサカもまた、お姉さまとお会いしても宜しいでしょうか、とミサカは期待を込めて問い掛けます」

美琴「もっちろん!」

御坂妹「ありがとうございます。では上位個体、そろそろ帰りましょうか」

打ち止め「そうだねー」

美琴「じゃ、またね。打ち止め、一方通行に宜しくね」

打ち止め「うん♪」

御坂妹「ではお姉さま、ミサカたちはこれで失礼します」

打ち止め「バイバイー」

美琴「はーい。2人とも体調管理に気を付けてねー」
「じゃ、じゃあ……この魔術の解除方法は無いって言うのかい?」

「うん。術者が死んじゃったし、魔法陣も術者が死ぬと自動で消滅する仕組みだったみたい」

「ということは学園都市から彼を呼び寄せても、魔術の効果が消えることはないということですか」

「そうだと思うんだよ……」

「参ったにゃー。それで、肝心の魔術の中身は何なんだぜい?」

「最悪なんだよ。魔術の中でも“最凶”なんだよ」

「“最強”? おいおい冗談やめてくれよ。もしかして世界が破滅するとか、人が大量に死ぬとかそんなんじゃないだろうね?」

「そんな世界的規模じゃないんだよ。せいぜい人間1人が対象なんじゃないかな?」

「それは……だいぶ安心しました。ならば早くその対象の人物を探しましょう」

「違う。全然安心じゃないよ。世界が滅ぶこともないし、誰かが死ぬわけでもないけど、この魔術は対象の人間にとって、とてもとても厄介なんだよ。それこそ  死  に  た  く  な  る  ぐ  ら  い  に  ………」

「「「ゴクリ」」」

「で、その魔術の中身は一体?」

「うん、それはね……」
美琴「ふぅー。今日も一杯遊んだなあ」

美琴「あ、佐天さんと初春さんからメール来てる」

美琴「佐天さんは……『明日楽しみにしてます! 特大パフェ一緒に食べましょうね♪』」

美琴「初春さんは……『今日は1日ありがとうございました。また明日も宜しくお願いします(*-*)』か」

美琴「ふふ。まさか1年前はこんな私にここまで親しい友達が出来るなんて思ってなかったな。これが青春っていうのかな。何だか毎日がとても楽しいわ」

美琴「ん? 何だろ。妹からもきてるじゃない。なになに……『本日はお姉さまとご一緒出来てとても嬉しかったです。もし宜しければまた誘って頂けないでしょうか、とミサカは照れながらボタンを押します』」

美琴「あの子も随分個性がついてきたわね。とても良いことだわ。このまま普通の女の子として育ってくれたらとても嬉しいんだけど……って何だか本当の姉みたいね私って」

プルルルルルル

美琴「む、電話? 打ち止め?」

美琴「はいもしもし。打ち止め? どうしたの? あーうん、今日のこと? 何よ改まっちゃって。いいのいいの、妹と遊ぶのは姉の役目でしょう? え? あ、そうね。フフ……」
「そ、そんな魔術が実在するだなんて……」

「確かに、“最強”ではなく“最凶”だにゃー」

「うん。だから一刻も早く対象の人物を探して保護しないと大変なことに……」

「待って下さい」

「「「???」」」

「ここに資料があります。恐らく、この術者のものでしょう。文章から見るに、その対象の人物というのはこの写真の少女ではないでしょうか?」

「「!!??」」

「どれどれ。……ん? どうした2人とも? もしかしてこの子と知り合いとか言うんじゃないだろうね?」

「確かに……この少女は学園都市の学生らしいですが……。と言うか、また学園都市を狙った魔術ですか。辟易しますね」

「この子知ってる……」

「「え!?」」

「この子、とうまの知り合いなんだよ!!」

「何っ!?」

「ほ、本当ですかそれは!?」

「うん……」

「「………っ」」

「(これは……大変なことになった………まずい……まずいぜよカミやん……)」

――――――――――――――――――
06:00・学園都市――――――――――――――――――
―――06:00―――

常盤台中学学生寮――。

ピピピピピピピピ

朝日がカーテンの隙間から部屋に差し込む頃、208号室に設置されていたアラームが定刻通り鳴り出した。

美琴「う……うーん……」モゾモゾ

常盤台中学のエースにして、学園都市第3位の実力を誇るレベル5の超能力者・御坂美琴――通称『超電磁砲(レールガン)』は突如鳴り響いたアラーム音を鬱陶しそうに耳にし、布団の中でモゾモゾと動いた。


ピピピピピピピピピピピピ


美琴「あと10分……」


ピピピピピピピピピピピピピピピピ


美琴「…………………」


ピピピピピピピピピピピピピピピピピピピ


美琴「はぁ……」

1度、溜息を吐くと美琴は布団をめくり上体を起こした。

美琴「ん?」

と、何かに気付いた美琴が寝ぼけ眼で横を見た。

美琴「……………え?」

そこに彼女のルームメイト――白井黒子が立っていた。

何  故  か  、  包  丁  を  手  に  し  て  ――。

美琴「!!!!!?????」


ドスゥゥゥッ!!!!!!!!
包丁が布団の上に突き刺さる。

美琴「!!!!!!」

美琴は間一髪それを避けた。

美琴「黒子!!?? わっ」

ガタガタガーン!!

あまりの出来事に驚いた美琴は布団と一緒に床に落ちてしまう。

美琴「いたた……。………!!!???」


ドスゥゥッ!!!!!!!!


再び、黒子が美琴めがけて包丁を振り下ろしてきた。

美琴「く、黒子!!?? な、何やってんのあんた!!??」

床に刺さった包丁の柄を握りながら、黒子は腰を折った姿勢のまま美琴に視線を向けた。

美琴「じょ、冗談もいい加減にしなさいよ!!!! さすがに今日のイタズラは度が過ぎるわよ!!??」

黒子「………冗談?」ボソッ

美琴「!!??」

黒子「………イタズラ?」ボソッ

包丁を抜き、黒子はユラリと立ち上がる。

黒子「笑わせないで下さいまし。これが冗談にお見えになりますか? お姉さま?」

美琴「な、何を……」

黒子「いえ、  御  坂  美  琴  さん?」

美琴「えっ!?」

黒子「チッ……やはり慣れない凶器は使うものではありませんわね」

そう言うと黒子は包丁をベッドの上に放り投げ、太ももに巻いていた革ベルトの金属矢に手を伸ばした。

黒子「テレポートで殺したほうが早いですわね」

美琴「!!!!!!!!!!」ゾクゥッ!!
バン!!!!!!



208
号室のドアを開け、美琴が部屋の外に飛び出してきた。
室内では、全身に青白い電気を纏った黒子が床の上で痙攣していた。

美琴「わっ!!」

勢いよくドアを開けてしまったため、美琴はそのまま廊下に向かって転がってしまった。

美琴「な……何なの一体!? 黒子に何があったの!?」

「御坂……」

美琴「!!!!!!」

頭の上から声を掛けられ、肩をビクつかせた美琴は咄嗟に振り返った。

寮監「寮内での能力の使用は禁ずる、と言ったはずだがなあ?」

そこには、常盤台中学学生寮の管理人、寮監が眼鏡を光らせて立っていた。

美琴「ち、違うんです! それより聞いて下さい!! 黒子が急におかしく……えっ!!??」

美琴の言葉を聞き終えるよりも早く、寮監は素早い動きで床に四つん這いになっていた美琴を持ち上げ、そのまま後ろから彼女の首に腕を回した。

美琴「うっ……!!」

寮監「おかしいのは貴様だろ御坂?」ググ

美琴「かはっ……や……やめて……寮監……」

美琴の首を絞める寮監の腕に力が篭る。

寮監「貴様がそんなことを言える身分か?」

美琴「がっ……首が……息が出来………」

寮監「寮監として、私が引導を渡してやろう」

美琴「くっ……」
ドスッ!!


寮監「うぐっ!?」

寮監が呻き声を上げた。美琴が肘鉄を彼女の腹に食らわしたのだ。
美琴の首に回されていた腕の力が緩んだ。

美琴「ごめんなさい寮監!」

その隙をつき美琴は寮監から離れた。それと同時、腹を押さえた寮監が床に崩れ落ちた。

美琴「ホントごめんなさい!!」

美琴は謝りつつ、その場から逃げるように立ち去った。

美琴「何で!? 黒子も寮監も一体どうしちゃったの!!??」

美琴は全速力で長い廊下を駆け抜ける。向かうは、寮の出入り口。
だが………

美琴「!!!!????」

女子生徒A「御坂美琴、止まりなさい!!」

女子生徒B「止まらなければ、容赦しません!!」

突然、美琴の行く手に2人の寮生が立ちはだかった。

美琴「な……何で……何であの子たちまで私に敵意を向けるの??」

その2人は、日頃から美琴を慕っていた1年生だった。困惑した表情を浮かべ美琴はそのまま走り続ける。

女子生徒A「止まれ、と言っているでしょう!?」

女子生徒B「仕方がありませんわね!!」

2人の寮生が攻撃の構えに入った。
素通りは出来ない。恐らく彼女たちの能力値は最低でもレベル3。美琴は何らかの防御を取る必要がある。
だが、出来ることならば美琴は能力を使いたくなかった。

美琴「お願いどいて!!!」

女子生徒A「黙りなさい!!!」

女子生徒B「これで終わりですわ!!!」

美琴「…………っ」
2人の寮生が美琴に両手をかざした瞬間だった。


バチバチバチッ!!!!


彼女たちの間を美琴が通り過ぎると同時、青白い閃光が空気を切り裂いた。
そして、2人の寮生は気絶するようにクタッと崩れ落ちた。

美琴「ごめん……ごめんなさい……っ!!」

顔に苦渋の色を浮かべて美琴は寮の外へ飛び出す。
その時だった。




キキイイイイイイイイイイイイイイイイイイッ!!!!!!!!!!




美琴「!!!!!?????」




ドォォン!!!!!!




けたたましい音が耳を貫いたかと思うと、次の瞬間、美琴は横から突進してきた大型トラックに跳ね飛ばされていた。
運転手「はっ! やってやったぜ!! あの御坂美琴を殺してやった!! これで俺も英雄だ!!」

運転手が窓からどや顔を覗かせる。

運転手「何!?」

美琴「…………っ」

しかし、運転手の期待とは裏腹に美琴は生きていた。全身から電気を発しながら、トラックのバンパーにしがみついて。

運転手「こいつ!!!」

美琴「くっ」

バンパーから飛び降り、そのまま地面を何度か回転すると、美琴はすぐに立ち上がった。
左腕を右手で押さえ、息を切らしながら彼女はトラックの運転手をフロントガラス越しに見た。

運転手「チッ……!! もう1回死ねや!!!」

ブロロロロロロロロッ!!!!

運転手が再びアクセルを踏んだ。しかし、美琴は咄嗟に歩道に逃げ込んでいた。

「いたぞ!! あそこだ!!!」

「見ろ!! 超電磁砲だ!!」

「あの野郎、まだ生きてやがったか!!」

「俺が殺してやる!!」

「いえ、私がやるわ!!」

通りを走り抜ける美琴を見、1人、また1人と彼女を追う追跡者の数が増えていく。

美琴「やだ……来ないで!! 来ないでよぅ!!」

パジャマ姿のまま、美琴は必死に逃げる。

「待てやおらあああああ!!!」

「逃げてんじゃねぇ!!!!」

「覚悟しなさい御坂美琴!!!」

美琴「何なのもう!? 一体何が起こってるの!? 私が何をしたって言うの!? ……もう追ってこないで!!!」
イギリス・某所――。

インデックス「やっぱり手掛かりらしきものは無いんだよ……」

神裂「術者が死んで魔法陣も消えれば無理も無いですね」

イギリスの小さな田舎街にあるアパートの一室。
そこに、インデックスを始めとするイギリス清教会『必要悪の教会(ネセサリウス)』の精鋭メンバーたちがいた。

インデックス「今すぐにでも学園都市に戻りたいんだよ」

ステイル「それはダメだ。君には当分の間ここにいてもらわなきゃならない。それに……この魔術の対象の人物が君の知り合いで心配なのは分かる。だが、僕にしても君にしても、彼女を助けるために今学園都市に単身で乗り込むのは自殺行為だ。この魔術のせいでね……」

ステイルは忌々しそうにタバコの煙を吐いた。

インデックス「………………」

神裂「今は……学園都市にいる“彼”に頼るしかないでしょう。それでどうなのです土御門?」

土御門「……ダメだな。何度やっても繋がらない」

神裂に問い掛けられ、部屋の隅で携帯電話を耳にしていた土御門は溜息を吐いた。

土御門「電源を切っているか、電波が届かない場所にいるか……何度かけても反応は同じだ」

神裂「そうですか……」

ステイル「チッ……あいつめ。こんな大変な時に。……まあいい……」

多少苛ついたような顔をすると、ステイルは立ち上がった。
部屋が狭く天井も低いため、彼は自らの巨体を持て余しているようだった。

ステイル「どの道今は様子を見るしかない。いいねインデックス?」

インデックス「………分かったんだよ」

それだけ答えると、インデックスは窓から眼下ののどかな景色を窺った。

インデックス「(無事でいて……短髪……)」
学園都市――。

午前8時。
通りに通学中の生徒がパラパラと増え始める頃、美琴は路地裏の一角にいた。

美琴「……路地裏に逃げ込んでからもう1時間は経ったかな……?」

彼女はキャラクター柄のパジャマのまま、足には靴下すら履かず建物の壁に背中を預けるようにして蹲っていた。

美琴「……何人電撃で倒したんだろ? 誰も死んでないよね……?」

ボソボソと美琴は暗い口調で独り言を呟く。

美琴「……何の罪も無い人たちを電撃で倒しちゃった……。敵でもない人たちを……。だって……みんな恐い形相で追いかけてくるんだもん……」

ふと、足の裏を見てみる。裸足のまま走ったせいか、右足の裏から僅かだが出血していた。

美琴「………グス………もう……何が起こってるの……」

体育座りをしていた美琴は更に縮こまるように両足の間に頭をうずめた。

美琴「私が何をしたって言うの……?」

表通りから学校に向かう学生たちの楽しそうな声が聞こえてくる。

美琴「…………………」

「キャー! モウ! ナニスルンデスカ!

美琴「…………………」

「イヤァー、コレヲシナイト、イチニチガ、ハジマラナクテサ」

美琴「…………………」

「モウ、ヤメテクダサイヨ、サテンサン!

美琴「………!」ピク

「マァマァ、オチツイテヨ、ウイハル!

美琴「!?」ガバッ

「モウ、サテンサンッタラ…」

美琴「…………ういはる? …………さてん?」

何かに驚いたように、美琴は顔を上げた。
美琴「確かに今『ういはる』と『さてん』って……」

彼女は表通りから聞こえる会話に注意深く耳を傾けた。

「デ、キョウノウイハルノ、パンツハ、シマシマカァ」

「ダカラ、イワナイデクダサイ、サテンサン!!

美琴「やっぱり!!」

勢いよく美琴は立ち上がる。

美琴「間違いない。それにあの声……どう聞いたって」


ダッ


希望の色を顔に浮かべ、美琴は表通りに向かって走っていた。

美琴「初春さん!! 佐天さん!!」

路地裏から出ると同時、彼女は叫んでいた。

初春「…………………」

佐天「…………………」

そこには、確かにいた。美琴の親友の初春と佐天が。仲良く一緒に歩きながら。
通学途中だからか彼女たちはセーラー服を着用し、学生鞄を手にしていた。

美琴「やっぱり! ねぇ初春さん!! 佐天さん!!」

初春「…………………」

佐天「…………………」

笑顔を浮かべ美琴は2人に話しかける。対して初春と佐天はそんな彼女を見てポカーンと口を大きく開けていた。
が、しばらくして、その表情に大きな変化が訪れた。

初春「きゃあああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!」






美琴「え!?」ビクッ

初春「きゃあああああああああ!!!!! 佐天さん!!!」

突如叫び声を上げた初春は、鬼を見たように慄き、咄嗟に佐天の後ろに隠れた。

佐天「“御坂美琴”!!!!」

佐天もまた、信じられない、というような表情を浮かべた。

美琴「えっ!? 何どうしたの!?」

初春「や……やだ……どうしてこんな所に“御坂美琴”が……」

美琴「“みさかみこと”?」

佐天「こ、来ないで!! き、来たら殴るよ!!」

美琴「佐天さん……? 初春さん……?」

2人は、まるで凶悪な殺人犯に会ったように睨んできた。

美琴「………………っ」

美琴はそんな彼女たちの顔を見てポカーンとする。
地獄はまだ、始まったばかりだった。
佐天「こ、来ないで!! き、来たら殴るよ!!」

震える初春と、彼女を庇うように学生鞄を正面に構える佐天。2人とも明らかに、親友と会う時の態度ではなかった。

美琴「な……何言ってるの? わ、私よ! 御坂美琴!」

敵意を見せる2人に対し、美琴はうろたえながらも笑顔で近付こうとする。

佐天「い、いくらレベル5だからって……舐めないでよ……っ」

美琴「佐天さん? ちょっと待って。何を怯えてるの? ねぇ、冗談やめてよ……」

佐天「来るな!!」

美琴「!!!」ビクッ

更に近付こうとしていた美琴を威嚇するように佐天は怒鳴った。

初春「もしもし? あ、アンチスキルですか? い、今御坂美琴に襲われそうになってて……」

美琴「!?」

ふと見ると、佐天の後ろで初春が携帯電話を片手にどこかと話していた。
彼女の怪物を見るような目が美琴に向けられる。

美琴「じょ、冗談やめてよ……何かのドッキリ? ……わ、私たち親友じゃない?」

佐天「お前なんか、親友じゃない!!」

美琴「!!!!!!!」

佐天「お前と親友だったなんて……あたしの人生の汚点だ」

迷いも無く、佐天はそう言い切った。

美琴「………佐天さん……」

呆然と美琴は2人を見る。
彼女たちの美琴に対する反応は明らかに親友に向けるものではなく、どちらかと言えばスキルアウト……否、スキルアウトならまだマシ、という感じだった。
「おいどうした!?」

と、そこへ誰かが声を上げ近付いてきた。見てみると、大学生風の学生3人だった。

佐天「助けて下さい!! 御坂美琴です!! 御坂美琴に襲われてるんです!!!」

「御坂美琴だと!!??」

「本当だ!! 見ろ!! あれ、御坂美琴だ!!!」

「この野郎!! 子供たちに手を出そうなんてどんだけ卑劣なやつなんだ!!!」

口々にそう叫び、大学生たちは憤怒のような形相で走ってきた。

美琴「!!!」

美琴は佐天と初春に振り返った。

美琴「何で!?」

佐天「消えろ!!!」

美琴「!!??」



佐天「2度とあたしたちの前に姿を現すな!!! 次見かけたら、あたしが殺してやる!!」



まるで美琴を親の仇のように啖呵を切る佐天。彼女の背後に目を向けると、相変わらず怯えたような、それでいてどこか恨みが篭ったような目で初春が見つめていた。

美琴「佐天さん……初春さん……」
「捕まえろ!!!」

美琴「!!!!」

大学生の声が間近に聞こえた。再びそちらに顔を向けると、大学生の1人がパイプのようなものを持って接近してくるのが見えた。


ダッ


美琴「………っ」

思わず、美琴は走り出していた。

「あ、待てコラ!! 逃げるんじゃねぇ!!!」

「追え!! 追え!! みなさん!! あそこに御坂美琴がいます!!! 協力して下さい!!!」

背後に追っ手の足音が増えるのを感じながら、美琴は全速力で走った。

「君たち、大丈夫だった?」

佐天「あ、あたしは大丈夫です……」

初春「恐かったぁー」

佐天「まさかこんな所で御坂美琴に会うなんて思ってなかったよ……」

初春「でも殺されなくて良かったです」

そんな会話が聞こえた。

美琴「…………………」

美琴は唇を噛み締めながら走る。
今自分の身に何が起こっているのか、何が原因でこうなったのか、まるっきり検討もつかなかった。だが、これだけは分かった。もう彼女はかつての親友だった黒子や佐天、初春と一緒に楽しく過ごせないことが。

美琴「ううう……ヒグッ…グスッ…」

涙が風に流されていくのが感じられた。
午後・とある高校――。

上条「はぁ~~」

椅子の背もたれに全体重を預けるように、その高校生――上条当麻は深く溜息を吐いた。

上条「やれやれ……」

上条は今、自分が置かれている状況に辟易するようにやる気のない目を天井に向けた。

青髪ピアス「何やカミやん。あからさまに溜息なんか吐いて。退屈そうやなぁ」

上条「ああ?」

と、そんな上条をどこか楽しげに語りかけてくる隣の席の男が1人。友人の青髪ピアスだった。

上条「いやだって、当たり前だろ? せっかくの休み時間に補習なんて……」

青髪ピアス「そうかぁ? 僕は楽しいけどなあ。こんな密室に近い状況で小萌先生との個人レッスン♪ ああ『個人レッスン』……なんて甘美な響きやろー」

上条「お前のその性格見習いたいぜ」

彼らは今、補習中だった。
日頃の成績の悪さがたたって、担任教師より空き教室を使って補習をするよう言い渡されていたのだ。

上条「朝も補習、昼も補習、放課後も補習。勘弁してくれよマジで」

至極ダルそうに上条は言う。今も窓の外から校庭で昼休みを満喫する生徒たちの楽しそうな声が聞こえてくる。

青髪ピアス「カミやんはネガティブすぎるで。もっと前向きに考えなぁ。1日に3回も小萌先生と個人レッスンとか恵まれてんねんで。まあ贅沢言うなら、約1名ちょいと邪魔な人がおるけどなー」

上条「何気に俺を邪魔者扱いしてんじゃねぇ! 大体お前はわざと成績悪くしてるだろ。俺だって補習したくてしてるんじゃねぇよ。こっちだって色々と事情があるんだよ!」

青髪ピアス「まぁまぁそう怒らんといてぇなー。僕は常に新たな刺激を求めてるんや。そのためにはどんな状況にでも顔を突っ込む図太さが必要なんや」

上条「お前の事情なんて知らねーよ! 大体何だ刺激って。こっちは刺激だらけの毎日に辟易してるところなんです!」

青髪ピアス「ん? それを僕に説明させんの? ええで、今日は特別や」

上条「って聞いてねーし!」
青髪ピアス「例えばな……こうやって普通に補習受けてる最中に、どこか他所の学校の女の子が教室に乱入してきて僕に駆け寄ってきてこう言うんや……『私追われてるの! 助けて!』」

上条のことなど知った風でないように青髪ピアスはどや顔で語り始めた。

上条「…………………」

青髪ピアス「で、その直後、黒服の集団が教室に入ってきて女の子を連れて行こうとすんねん。けどそこで僕が勇敢に立ち上がって黒服の集団とカミやんをボコボコにして一緒に教室から逃げ出すんや」

上条「ちょっと待て! 何か無関係な俺ボコられてるんですけど!」

青髪ピアス「2人はもう、家にも学校にも戻れない追われの身。そうやって僕と女の子は決死の逃避行を繰り返して、いつの間にか2人の間には強くて太い愛の絆が生まれてんねん。ああ、何てロマンスやろー」

キラキラと不思議空間を身の回りに作りながら、青髪ピアスは自分の世界に浸る。

上条「妄想でそこまで語れるなんてある意味羨ましいぜ」

青髪ピアス「けっ。万年フラグばかり立ててるカミやんには僕の気持ちなんて一切分かるはずないんや!」

上条「フラグって俺がいつどこで立ててんだよ……」

青髪ピアス「あー! もう! それがカミやんのいかんところや! まったく、自覚無いのが一番腹立つでー!」

下らないことを真面目に語る青髪ピアスに対し、上条はどこかつまらなさそうだった。

青髪ピアス「なあカミやん。平均的な1日のスケジュールを思い出してみ? で、1人1人、どんな女の子に会ってるんか数えてみるんや」

上条「いや、女の子って言われても……」

青髪ピアス「いいからする!」

上条「………ハァ…ったく」
上条「そうだなー。朝起きたらインデックスに『食事まだー』と頭を噛まれ……」

青髪ピアス「何で朝起きていきなり女の子やねん!」

上条「いや…その……これは……」

青髪ピアス「まあええわ。続けや」

上条「寮から出る時に、土御門の妹の舞花に寝癖を馬鹿にされて……」

青髪ピアス「土御門の妹かい! 今度チクっといたろ」

上条「………登校中に、常盤台中学のジャッジメント、白井に何故か罵られ……」

青髪ピアス「常盤台のお嬢さまやと!? 贅沢すぎんで!」

上条「学校に着いたら姫神に『おはよう』って声掛けられて……」

青髪ピアス「ウソやん! 僕1度も声掛けられたことないで!?」

上条「吹寄に『今日も冴えない顔してるわね』って馬鹿にされて……」

青髪ピアス「あいつはどうでもええわ」

上条「ホームルームで小萌先生に補習を言い渡されて……」

青髪ピアス「ムー! それがいっちゃんムカつく! ムキー!!」

上条「………帰り際に姫神に『また明日ね』って声掛けられて……」

青髪ピアス「1日に2回もか! 僕なんて1日に0回や!」

上条「そんなとこかな。で、これのどこがフラグ立ってるんだ?」

青髪ピアス「立ってるやんけ! 合計5人は立ってるやんけ!」

上条の1日の戦歴報告を聞き終え、何故か青髪ピアスは激昂する。

上条「あ」

と、そこで上条は何かを思い出したように声を上げた。

青髪ピアス「何や!? まさかまだあるとか言わないやろうな!?」

上条「もう1人いたな。よく放課後、公園とかで会うんだけど」

青髪ピアス「誰や!?」
上条「御坂だよ」

青髪ピアス「え?」

上条「御坂美琴」

青髪ピアス「………何やて?」

その名を聞いた途端、青髪ピアスの顔が明らかに曇った。

上条「いや、だから御坂美琴だよ。知ってるだろ。常盤台中学2年の、学園都市第3位のレベル5、御坂美琴お嬢さま」

上条は一瞬、青髪ピアスの顔に違和感を覚えたが、彼が御坂美琴のことを知らないのかと思い、詳しく説明してみることにした。

青髪ピアス「………みさか………みこと………」

上条「?」



ガシィッ!!!



上条「!!!???」



青髪ピアス「御坂美琴やとぉ!!!???」
突然、青髪ピアスが上条の両肩を掴み揺さぶってきた。

上条「な、何だよ急に!!??」

青髪ピアス「カミやん、ホントに御坂美琴に会ったんか!!??」

それまでの雰囲気とはまるで違い、青髪ピアスは必死の形相で上条を揺さぶる。

上条「1週間に3、4回は会ってるけど、一体それがどうしたってんだよ!? 必死すぎだろお前!!」

青髪ピアス「何てことや……」

ピタと青髪ピアスが動きを止め、上条から手を離した。

上条「?」

青髪ピアス「カミやん!!」

と、そこで青髪ピアスは上条に真剣な表情を見せた。

上条「な、何だよ?」

青髪ピアス「あいつはあかん……。いくらカミやんでも御坂美琴にだけは会ったらあかん!!!」

上条「は、はぁ?? 何言ってんだお前?」

青髪ピアス「あいつは危険や……あいつは……」

何か、怯えたような、それでいて恨みが篭ったような声で青髪ピアスは言葉を紡ぐ。

上条「いや確かにあいつレベル5の超能力者だけど、俺にはこの右手があるし……」

青髪ピアス「違うんや!!!」

上条「!!!」

青髪ピアス「ああ……何でカミやん今まで言ってくれんかってん!? カミやんがこんな目に遭ってたっていうのに……僕は友達失格やぁ……」

青髪ピアスは本当に悩んでいるように頭を抱え込む。

上条「??????」

青髪ピアス「カミやん」

そこで再び青髪ピアスは真剣な表情を上条に据えた。

青髪ピアス「これは友達である僕からの忠告や。これから御坂美琴には絶対に会ったらいかん!!!!」

上条「はぁ!!??」
青髪ピアス「あいつは危険でこの世の人間とも思えない外道や。カミやんの安全を考えるとこれからは……」

と、そこまで聞いていた上条がいきなり立ち上がり怒鳴り声を上げた。

上条「ふ、ふざけんなよお前!! お前、何の恨みがあってあいつをそんな悪いように言うんだよ!!??」

青髪ピアス「カミやん、どうしたんや? 何でそんな御坂美琴を庇うようなこと言うん?」

本当に心配するように青髪ピアスは訊ねてくる。

上条「お、お前こそ、あいつのこと知らないくせに、一体何でそんな罵倒できるんだよ!?」

青髪ピアス「まさかカミやん、御坂美琴に騙されてるんとちゃうやろな? あいつは悪女や。いや、悪女どころやない。世界史上最悪の人間……」

上条「ふ、ふざけ……」

小萌「はいはいそこまでー」

上条が切れ掛かった直前、横合いから子供のような声で制止の合図が入った。

上条「こ、小萌先生……」

小萌「まったく……。仲良く2人で補習をやってると思って見に来たらこれは一体どういうことですか? いくら先生でも怒っちゃいますよ」

上条と青髪ピアスの担任、小萌だった。

青髪ピアス「先生! 聞いてぇな! カミやんったらな……」

上条「先生!! 青ピったら酷いんですよ!!」
小萌「酷い?」

ジロリと小萌は青髪ピアスを横目で見た。

小萌「まさか上条ちゃんが傷つくようなこと言ったのですか?」

青髪ピアス「ちゃうちゃう! ちゃうて! ただ僕はカミやんのためにと」

上条「何が俺のためだ! お前、あろうことか俺の知り合い馬鹿にして……」

小萌「まあまあそれは聞き捨てならないですね?」

青髪ピアス「だって、相手はあの御坂美琴やで? あんな外道女に何言っても構わんやろ?」

小萌「え?」

上条「こいつ…また……」

小萌「御坂……美琴?」

その名前を聞いた途端、小萌が眉をひそめた。

上条「そうなんです! あろうことか青ピのやつ、常盤台のレベル5の……」



小萌「どういうことですか上条ちゃん!!!!!」



上条「!!!!」ビクッ
突如、小萌が鬼のような形相で上条を怒鳴った。

小萌「今の話聞いた限り、上条ちゃんは御坂美琴のこと庇ったようですが……」

上条「え? え??」

青髪ピアス「そうやねん、先生。カミやんのやつ、毎日のように御坂美琴と会ってるって言うから、これ以上近付かないように忠告してやったのに、何でか突然キレて御坂美琴のこと庇いだしてん」

小萌「なっ!? 上条ちゃん! 先生は上条ちゃんを、御坂美琴を庇うような人間に育てた覚えはありません!!!」

腰に手を当て小萌は言う。彼女の表情を見るに、本気で怒っているようだった。

上条「……先生? 何言って……」

小萌「御坂美琴と言えば、世界最低最悪の人間……いえ、人間とも思えないような女じゃないですか!!」

上条「は……ぁ……?」

小萌「なのに上条ちゃんはそんな御坂美琴と毎日のように会って……なおかつ庇うだなんて……先生は……先生は……悲しいです……」

顔を両手で覆う小萌。

青髪ピアス「先生、大丈夫かぁ?」

心配そうに彼女の顔を覗き込む青髪ピアス。

小萌「でも……でも……先生は……上条ちゃんが無事で安心でした……」



上条「(……何だ……これ?)」



その状況は、理解不能以外に形容し難かった。
確かに、御坂美琴は出会い頭に電撃を浴びせてくるような女の子だ。だがそれも、上条の右手の力の存在を知っているからこそ敢えてやっていること。それ以外で、彼女が無実の人を、一般人を襲うことなんて絶対に有り得ない。自分の妹達が殺されるのを止めるために、命を投げ出してでも助けようとする女の子なのだ。
なのに、何故、青髪ピアスと小萌は、まるで親の仇のように彼女を罵るのか。彼らは上条以上に美琴のことは知らないはずなのに。何を根拠にそこまで言えるのか。上条には全くもって理解出来なかった。

上条「…………………」
青髪ピアス「ほらカミやん、先生に謝りや」

上条「え?」

小萌「謝らなくてもいいです……。ただ、先生と誓って下さい。これ以上、御坂美琴には絶対に会わないと……」

潤んだ目で小萌は上条を見据えた。

上条「(何だこれ? 何で? あいつが2人に悪いことでもしたのか?)」

青髪ピアス「大体カミやんもカミやんやで。何で世間であんなにも嫌われてる御坂美琴を庇うんや?」

上条「は? 世間?」

青髪ピアス「カミやん、知らんなら覚えときや。御坂美琴ほど、外道で畜生以下の人間はおらん。あいつは危険や。危険なんや。まったく、あんなクソヤロウ、はよう死ねばええのに。僕が学園都市第1位の超能力者だったら、御坂美琴なんて進んで殺してその後、鬱憤晴らすようにその憎い身体を好き勝手してやるのに。はぁ~、どっかの誰かさんが、僕の望んでることしてくれんかなぁ? あ、そうやカミやんの右手はどうや? カミやん、何でも右手で能力打ち消せるんやろ? だったら、今度奴をおびき出して隙をついて」




ドガッ!!!!!!




青髪ピアス「!!!!!?????」

小萌「キャーーーーーー!!!!!」

ガタガタと青髪ピアスが床に崩れ落ちる。

上条「ふざけんなよてめぇ……」
青髪ピアス「な、何をするんやカミやん!!??」

左頬を押さえ、青髪ピアスが上条を見上げる。
上条は右拳を握り、本気で切れた表情で青髪ピアスを睨んでいた。

上条「何の恨みがあんのか知らねぇが、御坂のことそれ以上貶してみろ。絶対に許さねぇ!!!」

青髪ピアス「きょ、今日のカミやんおかしいで!! 何で御坂美琴を庇うんや!!!」

上条「おかしいのはお前だろ!! 本人の前じゃなくてもいい。今ここで、さっき言ったこと全て撤回しろ!!!」

青髪ピアス「なぁっ!?」

上条「出来なきゃ絶交だ!!! レベル5と言えど、1人の女の子をそこまで罵る奴と友達でなんかいられるか!!!!」

青髪ピアス「か、カミやん……」

怯えるような顔を向ける青髪ピアスに対し、上条は今にも頭から湯気が出そうなほど怒っていた。

小萌「もう止めてください上条ちゃん!!」

上条「!!」

青髪ピアス「先生!!」

と、青髪ピアスを庇うように小萌が前に躍り出た。
小萌「今日ここであったことは特別に見逃してあげます。補習ももう終わりです。だから今すぐに帰宅して1日頭を冷やしてください!!」

上条「せ、先生! 俺はただ、御坂のことを馬鹿にされたから……」

小萌「帰りなさい!!!」

まるで悪いのは上条の方だと言うように、小萌は叱っていた。

青髪ピアス「…………………」

小萌「……………………」

上条「………っ」
上条「分かりました」

名残り惜しそうにそれだけ言い放ち、学生鞄を手に取ると上条は教室から出て行った。
僅かにだが、教室内の青髪ピアスと小萌の会話が聞こえてきた。

小萌「大丈夫ですか? 保健室行きますか?」

青髪ピアス「いや、僕は大丈夫や。でも驚いたわ。あのカミやんが御坂美琴を庇うなんて……」

小萌「確かに、それはとても信じられません。もしかしたら御坂美琴に洗脳されてるのかもしれません……」

青髪ピアス「カミやん、むっちゃ心配やわー」

上条「…………………」

何かおかしなことが起こっている。上条が分かったのはそれだけだった。
そしてこの時、上条はまだ、今御坂の身に何が起きているのか、知る由もなかった。
その頃――。

第7学区のとある路地裏。
相変わらず素足とパジャマ姿のまま、美琴は表通りを覗くようにして立っていた。

美琴「………お腹すいたな……。朝から走りっぱなしで何も食べてないんだもん……」

彼女の視線の先にはコンビニが1軒あった。

美琴「でも、財布も持ってないし……。それにまた表へ出たら、追いかけられちゃう。もう一般人に電撃なんて浴びせたくないのに……」

彼女は午前にあったことを思い出す。何故か、みんな美琴の顔を見ると、慄き、怯え、怒り、震え、敵意を見せてくるのだ。そして、少しでも自分の能力に自信のある者はすぐに追いかけてこようとする。美琴はそんな彼らを振り切るために、微かながら電撃を使っていた。

美琴「もうやだよ……。私が何したって言うの……?」

美琴は頭を抱え込む。
彼女は今、果てしない孤独感と恐怖感に苛まれていた。

美琴「グスッ……黒子も、佐天さんも、初春さんも、みんな何故か私を怖い目で見るし……」

美琴は地面に蹲り嗚咽を漏らした。

美琴「誰か……助けて……」
上条「はぁ~、何か気分悪いぜ」

まだ正午から1時間ほどしか経っていない頃、上条はいつもより早く家路に着いていた。

上条「しっかし、何で青ピと小萌先生は御坂のことあんなに嫌ってるんだ?」

本来ならまだ授業中の時間だからか、通りにいる人の数は少ない。いるとすれば、学校をサボっている学生ぐらいのものだった。

上条「あー明日どうしようかな? 青ピと顔を合わせるの気まずいしな。怒りに任せて絶交宣言もしちゃったし……。いや、あれはあいつが悪いんだ。大して知りもしないくせに御坂のこと貶すから……」

ふと、上条の脳裏に美琴の顔が蘇った。
記憶の中でも彼女は、明るく、元気に、歳相応の笑顔を浮かべていた。

上条「あいつが、世界最悪の人間なわけないだろうが……」




「何が世界最悪の人間なんですか?」




上条「え?」

突如、声を掛けられ上条は辺りを見回した。すると、ある1点で1人のさわやかそうな少年と目が合った。

上条「あ、お前は……」





海原「お久しぶりです上条さん」





上条「海原!? 何でこの時間帯にここに!?」
上条「いや、違うな。アステカの魔術師の方か……」

海原「フフ」

不気味でいてどこか他人を惹きつける笑顔を見せる海原。
その正体は、かつて上条と対決したアステカの魔術師・エツァリだった。
上条「相変わらずその顔のままか。で、お前一体何やってんだこんな所で?」

海原「さぁ。それを貴方に答える必要があるでしょうか」

上条「つーか、普段からどこで何をやってんだ? アステカには帰らないのかよ?」

海原「そこらへんはあまり深く聞かない方がいいですよ」

ニヤリと海原は上条を見据える。

上条「ま、プライベートのことまで深く突っ込むつもりはないけどさ」

海原「浮かない顔をしていたので声を掛けてみましたが、相変わらずのようですね。では、僕も忙しいのでこれで失礼します」

上条「いや、浮かない顔してるのは色々と……ってちょっと待て」

踵を返した海原を呼び止めるように、上条は彼の肩を後ろから掴んだ。

海原「はい? 何でしょう?」

上条「お前に聞きたいことがある」

海原「?」

上条「いいか?」

海原「構いませんが……中には答えられないこともありますよ?」

上条「いや、ある人物についてのことだけど……お前、まだあいつのこと好きなのか?」

海原「あいつ? ……とは?」

キョトンとした表情を浮かべる海原。

上条「いや、自分で言ってたじゃねぇか。御坂のこと好きだって」




海原「ああ、御坂美琴ですか」




上条「!!!???」

つまらなさそうに海原は答えた。
海原「あれは過去のことですよ。と言うか、今更ながら後悔しています。何故僕が、あんな  人  間  の  風  上  に  も  置  け  な  い  女  を好きになっていたのか」

上条「な、何言ってんだ!? お前、あんなにあいつのこと……」

彼女の話をすることすら億劫であるように言った海原に、上条は驚きの表情を浮かべて詰め寄った。

海原「だからあれは過去のことですって。正直、あの女の名前や顔を思い出すだけで反吐が出るんですよ」

上条「はぁ!? だって、お前俺に約束取り付かせたよな? 『御坂と御坂の世界を守る』って」

海原「ああ、そのこと」

上条「!」

馬鹿にするように海原は答えた。

海原「そんなこと、もうどうでもいいですよ。今言ったでしょう。僕はもうあの女の顔や名前も思い出したくないんです」

上条「なっ……」

海原「つまらない話をさせないでください。これ以上、無駄な話をする必要も無いと思うので僕は帰らせて頂きますね」

それだけ残し適当に手を振ると、海原は歩き始めた。

上条「待てよ!」

海原「ああ、あと1つ」

1度立ち止まり振り返ったかと思うと、海原は最後に一言だけ付け足した。

海原「僕はもうあの  最  っ  低  な  女  に興味無いんで正式に譲ってあげますよ。まあ1度戦った仲として忠告しておきますが、なるべくあの女とは会わないほうがいいと思いますよ?」

上条「…………何だよそれ……」

海原「ではまた」

呆然とする上条を尻目に、海原は足早に去っていった。
第7学区・公園――。

人も大していない、小さな公園。そこに、美琴はいた。

美琴「……………誰もいないかな?」

街中の路地裏を行ったり来たりしている内に、美琴はその公園に辿り着いたのだったが、相変わらず人前に出られなかったためか、彼女は物陰に隠れながら園内を移動していた。

美琴「………走り疲れちゃった。でも、これからどうしよう……」

ふと、視界の端に自動販売機が目に入った。

美琴「喉も渇いたけど、財布持ってないし……。だけど、このままだと喉がカラカラで死んじゃう……」

ゴクリ、と喉が鳴った。

美琴「(電撃を自販機に流せば、何本かは缶ジュースが出てくるかも……)」

もちろんそれは無銭飲食にあたる。

美琴「だけど……」

恐らく、また誰かに見つかれば追われることになる。美琴はレベル5の超能力者だったため、能力を使えば追っ手を簡単に退けることも出来た。だが、一般人に向けてはなるべく能力を使いたくなかったのだ。

美琴「………………」

意を決し、辺りを1度見回すと彼女はソロソロと物陰から出、自動販売機に向かった。

美琴「誰もいないわよね?」

自動販売機の前に来ると、美琴はもう1度辺りを見回した。
人はいない。警備ロボットもいない。大丈夫そうだった。
美琴「ごめんなさい」

ビリビリッ

自動販売機に手を触れ、美琴は電撃を流した。

ガコン!

と、小気味良い音が聞こえると、受け取り口に3本ほど缶ジュースが勢い良く落ちてきた。
美琴はすぐさまそれを拾い上げる。

美琴「缶コーヒーに、お茶に、オレンジジュースか……。この後どうなるか分からないし、一応全部持っとこうかな?」

缶の中身を確かめ、美琴がその場を離れようとした時だった。



「何やってるのお姉ちゃん?」



美琴「!!!!!!!」ビクゥッ

突如、後ろから声を掛けられた。
咄嗟に振り返る美琴。
そこには、男の子3人、女の子1人の計4人の子供たちが不思議そうな顔をして美琴を見上げていた。

美琴「あ……えっと……その……」

突然の出来事に上手く対処出来ず、美琴はあたふたする。

美琴「そ、そうだ、ジュースいる? お姉ちゃん3本持ってるから、どれかあげるよ?」

中腰になり、缶ジュースを差し出した美琴だったが、それがアダとなった。





女の子「きゃああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」





美琴「え?」
何の前触れも無く、女の子が叫んでいた。

美琴「な、なに!?」

女の子「この人……御坂美琴だ!!!!」

美琴「!!!!!!」

女の子「先生が言ってた……あの……きょうあくな人間の御坂美琴だって……」

怯えながら女の子が美琴の顔を見た。

男の子1「ええっ!?」

男の子2「あ、本当だ! こいつ御坂美琴だ!!!」

女の子の言葉を聞き、2人の男の子が驚きの声を上げる。

美琴「なっ…ちょ、ちょっと待って……」

男の子2「近寄るんじゃねぇ!」

男の子1「悪い奴は俺が倒してやる!!」

ランドセルからリコーダーを取り出し、2人の男の子が女の子を庇うように前に躍り出た。

美琴「ね、ねえ聞いて? お姉ちゃん、ちょっとジュース飲みたかっただけなの」

男の子1「しね!! 悪のじょうおう御坂美琴め!!」

男の子2「ころしてやるぅ!!」

美琴「きゃっ!!」

同時に、2人の男の子がリコーダーで美琴を殴ってきた。

美琴「ちょっ……」

男の子1「くらえ!! くらえ!!」

男の子2「街のへいわをみだす悪は俺がゆるさん!!」

頭を庇う美琴を、2人の男の子はボカボカと容赦なく殴る。
小学生用のリコーダーとは言え、殴られれば地味に痛かった。

美琴「痛い!! やめて!! お願い!!」

男の子1「しね!! しね!!」
男の子2「正義のてっつい受けてみろ!!」

美琴「や、やめて……お願いだからっ……!!」

女の子「誰かああああああああああ!!!!!! 来てええええええええ!!!!!! 御坂美琴に襲われてるの!!!!!!」

美琴「!!!???」

片目を開けた美琴の目に、必死に叫ぶ女の子の姿が映った。

女の子「誰かあああああああああああああああ!!!!!!!!」

美琴「(まずい)」

次いで美琴は自分を殴る2人の男の子を見た。彼らは、本当に悪の組織の首魁を前にしたような顔をしている。一瞬、美琴は電撃で彼らを止めようと思ったが………

美琴「(それだけはダメ!)」

一度伸ばしかけた手を引っ込めた。

美琴「(子供にはそんなこと出来ない!!)」

女の子「誰かああああああああああああああああああ!!!!!!!!」

美琴が悩んでいる間にも、女の子は人を呼ぼうと叫んでいる。

美琴「ごめん!!」

何とか2人の男の子を振り払い、立ち上がると美琴は急いで逃げ出した。

男の子1「あ、待て!!」

男の子2「逃げるな!! 戦え!!」

女の子「誰かああああああああああああああ!!!!!」

リコーダーを振り回し、男の子たちが追いかけてくる。

美琴「…………っ」

だが、彼らの速度では追いつけそうになかった。

ガラン ガラン

美琴の手から緑茶とオレンジジュースが落ちたが、彼女は気にせずに走り続けた。

美琴「(もう……嫌………)」

振り返りもせず、彼女はただ人前から隠れられる場所を探し走った。
夕方・上条宅――。

上条「ただいまー」

扉を開け、上条が部屋に入ってきた。

上条「って、インデックスとスフィンクスは今、いないんだっけか」

靴を適当に脱ぎ、学生鞄をベッドの上に放ると、彼は冷蔵庫の扉を開けた。

上条「麦茶麦茶、っと……」

冷蔵庫から麦茶を取り出し、足で扉を閉めると、上条は居間に座りテレビを点けてみた。

上条「はぁ……今日は何かみんな変だったなあ」

コップに入れた麦茶をあおる上条。

上条「ムカつくことばっかで、久しぶりにゲーセン行っちまった……ったく、貴重な金なのに……」
上条「ま、今はインデックスとスフィンクスがいないからいいけどさ……」

昼に海原と分かれてからというもの、上条は溜まった鬱憤を晴らすために今までゲームセンターに入り浸り遊んでいたのだった。

上条「つか何でみんなしていきなり御坂を嫌いになってるのか訳分からん。ドッキリか? ……いや、御坂本人ならともかく俺をそんなことで騙して何のメリットがあるのやら……」

テレビ画面を見つめたまま、上条は今日1日あったことを思い出してみる。

上条「このこと…御坂には黙っててあげたほうがいいかもな……」

そう結論付け、飲み干した麦茶を机の上に置いた時だった。





Prrrrrrrrrrrrrrrrrrrr!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!





突如、電話が鳴った。
上条「ああ? 電話ぁ? 何か出るの面倒くさいな……」

よっこらしょ、と年寄りくさい言葉を呟きながら上条は立ち上がる。

上条「せめて携帯にしてくれよ……って、今携帯は修理に出してるんだった」

ガチャッ

上条「はいもしもし上条ですけど」

『カミやんか!!??』

上条「え? そうだけど、お宅誰?」

土御門『俺だ!! 土御門だ!!!』

上条「ああ何だ土御門か。確か今、イギリスに行ってるんだっけか?」

電話の相手が誰だか分かった途端、上条はのん気な声で答えていた。
対して、土御門はどこか慌てているようだった。

土御門『ずっと携帯に連絡してたんだぞ!! 何故出なかった!?』

上条「え? ああ、だって携帯は不幸にも踏んづけて壊れたから修理に出してる最中で……」

土御門『あーもう、そんなことはどうでもいいんだ!!』

上条「そんなことって……。あ、そういやインデックスもそっちにいるんだよな? 元気してるか?」

土御門『こっちのこと気にしてる場合か!!』

上条「はぁ?」

やけに怒り気味の土御門の様子に、上条は少し苛立った声を上げた。
インデックスのことを聞いてるだけなのに。何で土御門はこんなに怒ってるのだろうか。
上条「一体どうしたんだよお前?」

土御門『カミやん、よく聞け』

上条「?」



土御門『カミやんは常盤台中学の『超電磁砲(レールガン)』御坂美琴と仲が良かったよな?』



上条「!!!!!!」

土御門『どうだ?』

上条「…………………」

その名前を聞き、上条は眉をひそめた。
と言うのも、今日1日で、青髪ピアス、小萌、海原の3人から美琴に対する罵詈雑言を聞いていたのだ。彼らが何故美琴を悪く言ったのかはさっぱり分からなかったが、いずれにせよこれ以上、知り合いから彼女の悪口を聞きたくはなかった。
だから上条は、土御門も美琴を悪く言うのではと身構えたのだが……

土御門『今、彼女が大変なことになってるんだ!!』

上条「え!?」

土御門『早く彼女を助けないと、取り返しのつかないことになるぞ!!』

帰ってきたのは予想外の言葉だった。
上条は今日あったことを思い出す。

上条「そ、その話、詳しく聞かせてくれ!」

受話器を強く耳に押し付けるように、上条は訊ねていた。
夜――。

美琴「………もう、夜か…」

街から少し離れた場所にある小さな川の土手。美琴は今、その草村の中に姿を隠していた。
長い草が生えた斜面に埋もれるように、彼女は仰向けに転がっている。空には星が見え始めた。

美琴「………12時間以上、ずっと逃げ回ってた……。こんなに走ったのって、あいつを追っかけてた時以来か……」

ゆっくりと独り言を紡ぐ美琴。
彼女の顔は疲れ切っており、ほとんど生気が感じられないほどだった。

美琴「今は、夕食の時間ね。今頃黒子は寮の食堂で夕飯食べてるんだろうな……。私も昨日は黒子と一緒にご飯食べてたのに……」

と、そこで美琴は言葉を切った。

美琴「…………………」

何気なく見つめた視線の先に、群青色の空と白く光る星が見える。すぐ近くからは川のせせらぎが聞こえてきた。
美琴「………うっ」

急に、美琴の顔が歪んだ。

美琴「………グスッ」
美琴「………………ヒグッ……」
美琴「エグッ………グズッ………」

次いで、口から嗚咽が漏れ出した。

美琴「ううう」

溢れ出す涙。

美琴「うぁぁぁ……」

彼女は両手で目を覆う。

美琴「………何で……こんなことに……グズッ……ヒッグ……」

美琴は何とか泣き止もうとするが、今日1日のことを思い出すと余計に涙が出てくるのだった。

美琴「………昨日までは……普通に暮らしてたのに………私が……何をしたって……言うの? …グスッ」

頭を抱え、身体を丸めるように美琴は泣き続ける。

美琴「……何で……こんなことになったのよ!!!!!」

ぶつけどころのない悲しみを発散するように彼女は叫ぶ。

美琴「……………ヒグッ…グスッ」

しばらくすると、再びその場には美琴の嗚咽だけが響いていた。

美琴「これは何かの悪い夢なのよ……。そうよ、きっとそう……」

額に腕を乗せて彼女は呟く。

美琴「今日は早いけど、寝よう……。きっと明日には、何事も無かったように全てが元通りになってるはず……」

そう言って美琴は無理矢理に目を閉じた。しかしそれでも、涙だけは流れ続けていた。
その頃――。

上条「ハァ……ゼェ……ハッ……ゼッ」

上条は、夜の街を駆け抜けていた。

上条「チクショウ!!」

通行人が道を塞ぐたび、上条は彼らの間を無理矢理割るように通り抜けた。
もう、どれだけの距離を、どれだけの時間を走ったのかは分からなかった。今、自分がどの学区にいるのか。それすらも意識の外にして彼は絶え間なく足を動かし続けていた。

上条「ハァ……ハァ…」

上条は風車のポールに片手をつき、うなだれるように一息つく。

上条「どうして……こんなことに……」

上条は思い出す。土御門から電話を受けた時のことを。そして彼から聞かされた衝撃の事実を。



3時間ほど前――。





土御門『もう時間も無いから単刀直入に言う。超電磁砲こと御坂美琴が危ない」





上条「!!!!!!!!」

魔術の事件の際に見せる時以上に、土御門は真剣な声で言った。

上条「ど、どういう……。まさか今日俺が学校であったことと関係があるのか?」

上条にとってすぐ思いつけることと言えば、昼のことだった。

土御門『何かあったのか?』

上条「今日の昼休み、学校で青ピと補習受けてた時なんだ。何気ない会話をしている途中、急に青ピの奴が俺に『超電磁砲とこれ以上会わないほうがいい』って言ったんだ」

土御門『……やっぱりか』

上条『やっぱりって!?』
ある程度何らかの予想をつけていたのか、土御門は辟易するように呟いた。

土御門「いやまあ続けてくれ」
上条「あ、ああ……それで、俺がその理由を訊ねたら、あいつ、ボロクソに御坂のこと罵ったから……俺ぶち切れて……」

土御門『………………』

上条「そこに小萌先生が来て、俺と青ピの喧嘩の仲裁を始めたんだけど、事情を話したら小萌先生まで御坂のこと罵り始めて、挙句には青ピと同じく『御坂美琴とは会うな。今まで御坂と会ってた俺が無事で安心した』とか言い出して……。で、俺は訳も分からないまま混乱してたら青ピの奴がまた御坂を酷く言ったから………」

そこで上条は続きを言うのを躊躇うように声が小さくなった。

上条「………だから、青ピ殴って絶交宣言して帰ってきちまった………」

そこまで言って上条は黙った。

上条「……………………」

土御門『…………どうやら悪い予感が的中したようだな』

上条「え?」

土御門『やはり魔術は既に発動していたか』

上条「……………魔術?」

聞き慣れた単語が受話器の向こうから聞こえてきた。

上条「ちょっと待て、魔術だと!!??」

土御門『………そうだ。御坂美琴。彼女はその標的にされた』

上条「なっ………」

脳天を叩かれたような衝撃が走った。土御門の言葉に、上条は一瞬、手から受話器を滑り落としそうになった。

上条「どういうことだそれは!!!!」

何も考えることなく、上条は怒鳴っていた。

土御門『落ち着けカミやん。今から何があったか全て話す』

上条「ふざけるなよ!!! 何で御坂が魔術の標的にされなきゃいけないんだよ!!??」

まるで土御門が当の犯人であるように上条は声を荒らげる。

土御門『冷静になれカミやん。感情的になれば、助けられるものも助けられなくなるぞ』

上条「………っ」

土御門『だが、その前に1つだけ聞いておくことがある』

上条「? な、何だよ?」
さっさと先を話さない土御門に、上条は多少もどかしさを覚えた。

土御門『御坂美琴がとある魔術の標的にされてるのは事実だ。その上で聞く』

上条「あ、ああ……」

土御門『もし彼女を助ける気なら、カミやんは学園都市230万全ての学生を敵に回すことになる』

上条「…………え?」

一瞬、何を言われたのかさっぱり分からなかった。

土御門『それでもカミやんは、御坂美琴を助けるつもりか?』

上条「…………………」

だが、これだけは分かった。土御門は上条をよく知る人物として、1人の人間として上条に質問しているのが。

土御門『全ての能力者、風紀委員(ジャッジメント)、警備員(アンチスキル)。それら全てから追われる羽目になる』

上条「……………、」

土御門『もう1回訊ねるぞ。学園都市という1つの巨大な街を敵に回すリスクを背負っても、カミやんは御坂美琴を助けるつもりか?』

今までに無い口調で土御門は上条に質す。それはまるで、人生を左右する選択を迫るように。

上条「…………………」

土御門『…………………』

2人の間に沈黙が流れる。
土御門は敢えて何も言わず上条の返答を待っている。土御門はもう分かっていた。上条がどのような返答をするのかを。だからこそ彼は、答えを促すような野暮な真似はしなかった。

土御門『(カミやん……)』

そして、数秒後、1つの溜めを置き………





上条「当然だ!!!!!!」





上条はきっぱりと断言していた。
土御門から、美琴の身に何が起こっているのか事情を聞いてから3時間。
上条は今、一刻でも早く彼女を助けるため街を奔走していた。

上条「御坂………」

初めは、常盤台中学学生寮に電話をかけてみた。だが『御坂と話したい』と頼んだが、『今忙しいので』と言われ電話を切られた。
次いで、家から出、実際に常盤台中学学生寮に向かってみたが、今度は門前払いされたのだった。
インターフォンに出たのは美琴のルームメイトの白井黒子だ。上条が『御坂に会いたい』と言うと、黒子はただ一言『生憎私の部屋は1人しかいないので』と返された。
その後も10分ほど押し問答を続けていたが、これ以上怪しまれるわけにもいかず上条はしぶしぶ寮を後にした。

上条「あの様子だと、御坂は寮にはいない……。恐らく、異変を感じ取って逃げ出したんだ」
上条「だが、問題はいつ逃げ出したかだ。それによってあいつがどこの距離まで行ったのか大体掴めると思ったが。……土御門によれば魔術は既に朝に発動されていた。なら、朝方に逃げたと考えるのが有力か」

上条は頭を抱え込む。

上条「……だったらあいつは今どこにいるんだ? 携帯にも出ない、ということはどこかで携帯を落としたのか。それとも逃げ出すのに必死で携帯を持っていけなかったのか……。もしそうなら財布を持ってない可能性も高いな」

上条は腕時計を見る。

上条「もう、夕食時だ。まさかあいつ、この12時間何も食べてないんじゃ……」

美琴のことを考えるたびに、不安要素が次々と湧き出してくる。

上条「あいつ、無事かな……」

ふと、美琴の顔を思い出す。

上条「レベル5だからよっぽどのことが無い限り大丈夫だと思うけど……だからこそ心配なんだ」

確かに、上条の言う通り、美琴は学園都市第3位を誇るレベル5の超能力者だ。純粋な力では彼女に勝てる人間などこの学園都市に数えるほどもいない。だからこそ上条は、ある懸念を1つ抱えていた。

上条「考えても埒があかねぇ……あいつが行きそうな所、もっと探してみよう!」

上条は再び夜の街に向けて走っていった。
イギリス・某所――。

ステイル「どうしたんだい土御門?」

ステイルが階段を降りてきた。彼は建物の出口の方に視線を向ける。そこでは、土御門が壁にもたれかかれながら外の田園風景を眺めていた。

土御門「あの2人は?」

ステイル「インデックスは、必死になって魔術の痕跡や何か重要な手掛かりが無いか探してるよ。半日ぶっ続けでね……」

土御門「そうか」

ステイルは階段に座り込む。

ステイル「神裂もそれを手伝っている。2人とも、ちっとも休憩しようとしない」

土御門「だが、俺たちがここで出来ることは限られている」

ステイル「確かに」

ステイルはタバコを指に挟み、紫煙を吐き出す。

ステイル「僕たちが学園都市に向かえばちょっとは状況がマシになるかもしれないが、必要悪の教会も今は色んな事件を抱えて人手不足。わざわざ日本へ行ける余裕はまるでない」

土御門「だからこそ俺たちはここでカミやんのサポートに徹するしかない」

ステイル「だが、あの上条当麻とはいえ、学園都市を敵に回してどこまで頑張れるか。保護対象の女の子はなかなか強いらしいけど」

土御門「………うむ」

ステイル「可哀想だとは思うけどね。魔術を解除出来ない以上、その女の子と上条当麻に出来ることは限られてくる。僕たちはそれを知りつつもここで田舎の長閑な風景を楽しみながら、彼らの無事を祈っているしかない。何とももどかしいね」

本当に辟易するようにステイルは言った。
土御門は空を仰ぐ。遠く、離れた地にいる親友の顔を思い浮かべた。

土御門「カミやん、無事でいてくれ……」
朝になり、美琴は目を覚ました。

美琴「……常盤台の寮じゃ……ない」

辺りは、郊外の川の近くにある土手で、彼女はその草村に隠れるように身体を横たえていた。

美琴「……やっぱり、夢じゃないんだ……」

東から登る太陽の光に目を細め、美琴は上体を起こした。

美琴「もう、1日経っちゃったんだ……」

キョロキョロと周囲を見回す。人影は1つも無いようだった。

美琴「今何時だろ? 7時くらい?」


グー


と、急にお腹から音が鳴った。

美琴「……お腹すいた。昨日から口にしたのって、缶コーヒー1本と公園にある飲料水、あとは川の水だけ……」

美琴はお腹に手を当てる。

美琴「もう1日まともなもの食べてないや」

次いで、街の方を見てみた。

美琴「街に戻ったら何か食べ物にありつけるかも。でも……」

彼女は昨日1日で起こったことを順に思い出す。

美琴「…………………もう1回。あともう1回街に戻って様子を確かめてみよう」

そう言って美琴は立ち上がった。
しかし、彼女はすぐに動きを止めた。

美琴「………でも、また昨日と同じだったらどうしよう……」

昨日のことを考えると、どうしても躊躇してしまうのだった。

美琴「…………………」

だが、空腹感には勝てなかった。
再び、美琴は街中まで戻ってきていた。

美琴「…………通学時間か」

昨日と同じように美琴は路地裏から表通りを窺う。そこには、制服を着た学生たちがたくさん歩いている姿があった。

美琴「何とかして、表に出たいな……。あと、ご飯も欲しい……。でも、財布無いし……、みんなの前に出たらまた怖がられちゃう」

1歩、足を踏み出すだけなのに、今の彼女にはそれすらも出来なかった。

美琴「………私、ずっとこのまんまなのかな?」

俯き、足元を見る美琴。

「そういや聞いた? 御坂美琴のこと」

美琴「!!!!」ビクッ

その時、表通りから美琴の名前を呼ぶ声が聞こえた。

美琴「(な、何!?)」

なるべく壁際にくっつき、美琴は表通りから聞こえてくる会話に耳を傾けた。

「あ、聞いた聞いたー」

美琴「……………、」

どうやら通学途中の学生が何か世間話をしているようだった。

「確か、学園都市中に指名手配されたんだよねー?」

美琴「え………」

「アンチスキルが捜査範囲、どんどん広げてってるらしいよ」

美琴「…………な、な…?」

美琴は言葉にもなっていない声を絞り出す。

「アンチスキルも動くの遅いよね。もっと早く指名手配してくれればよかったのに」

美琴「………ど、どういうこと……?」

頭の中が真っ白に染まっていく。
彼女は、今聞いた言葉の意味を理解することも出来ず、ただうろたえていた。
「でもこれで安心ね。御坂美琴が捕まれば、私たちも安心して学生生活送れるしさ」

美琴「……………っ」

カタカタと身体が震える。
この時ほど、彼女は今耳にした言葉が嘘であってほしいと願ったことはなかった。
無理も無い。彼女はいつの間にか学園都市から追われる身になっていたのだから。

美琴「そ…そんな………」

身体の震えが更に増し、美琴は目に涙を浮かべる。しかし、それとは裏腹に、彼女の顔はどこか笑っていた。まるで、壊れかけた人形のように。

美琴「う……嘘よ……。わ、私が……指名手配? ははは……あ、有り得ない………」

「あ、アンチスキルの車だ!」

美琴「!!!!!!」

表通りから学生が叫ぶ声が聞こえた。思わずそちらに視線を向けると、アンチスキルの自動車が通り過ぎていくのが目に入った。

『こちらは、アンチスキル第73活動支部です。この付近は、昨日、学園都市全域で指名手配中の御坂美琴が出没した地域です。学生は道草せずに速やかに登校しましょう。また、通学時と下校時には1人にならずなるべく友達と一緒に帰宅しましょう。なお、この付近で怪しい者を見かけた方は、至急、最寄りのアンチスキル支部へ連絡を………』

アンチスキルの車がスピーカーで警告を流しながら表通りを過ぎていく。

美琴「違う……これは夢よ……あはは……」

『指名手配犯、レベル5の超能力者・御坂美琴の逮捕にご協力ください』

美琴「夢………よ…………」

スピーカーから漏れる声が、徐々にゆっくりと機械のような野太い声となって美琴の耳に侵入してくる。

『指名手配………御坂美琴………極悪犯………逮捕……』




美琴「いやあああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!」



気付くと、美琴は頭を抱えて走り出していた。

美琴「やだ!! やだ!!! いやだ!!!! 私は何もしてない!!!! 夢よ!!!! これは夢なんだ!!!!!」

なりふりかまわず、彼女はただひたすら走る。

美琴「そう……夢なのよ……」

「きゃああああああああああああ!!!!!!!!!」

美琴「え?」

間近で誰かの叫び声を聞き、美琴はそちらを振り返った。
どうやら路地裏を走っているうちに、いつの間にか表通りに抜け出てたらしい。彼女の顔を見た学生たちが慄き、あるいは悲鳴を上げ、場は一気にパニック状態となった。

「うわああ、御坂美琴だ!!!」

「で、出た! あいつがそうだ!!」

「だ、誰かあああああ!!!!」

「お、俺が殺してやる!!」

まるで怪物を見たように学生たちは叫び、恐怖する。
周囲から次々と発せられる声に反応するように、美琴は様々な方向に顔を振り向けた。

「み、見て! テレビと一緒の顔よ!!」

美琴「!?」

無意識にそちらに視線を向けると、歩道の隅で1人の学生がすぐ側の家電製品店のショーウインドウを指差していた。そしてそこに設置された数台のテレビ画面には、どれも同じく『学園都市全域で指名手配中』という見出しと共に、美琴の顔写真が映っていた。

美琴「!!!!!!!」

と、騒然となっている道路に大きな影が出現した。
美琴が頭上を仰ぐと、そこには飛行船が青い空を優雅に進んでおり、その横腹に設置された巨大スクリーンには、今目にしたテレビ画面と同じく、美琴の顔写真がでかでかと映っていた。

「こっちです、こっち!!」

美琴「!?」

我に返り、美琴は声がしたほうを向く。見ると、2人の女子学生が黒い装甲服を纏った大人を2人連れて走ってくるのが分かった。間違いない。アンチスキルだ。

警備員A「止まれ!! 手を挙げろ!! おとなしく投降しろ!!!」

2人の警備員が、抱えていたアサルトライフルを美琴に向ける。それを見た学生たちが流れ弾に当たってはかなわないと、一斉に退避していく。
警備員B「本部、本部! 18番通りで逃走中の御坂美琴を発見。明らかに人手が足りない。至急、応援を求む!」

銃を向けながら、1人の警備員が肩越しに取り付けられた無線を使って交信を始めた。

「おい、見ろよあれ。本物の御坂美琴だ」

「こえー顔してるぜ」

何人かの学生は興味本位からか、それとも自分も機会があれば攻撃に加わろうとしていたのか、物陰からその様子を眺めていた。

警備員A「手を挙げろ!! 挙げろと言ってるんだ!!」

警備員B「本部!! 至急至急!!」

そんな中、美琴は呆然と道の中央に立ち尽くしていた。

美琴「……………………」

まるで彼女が立っている空間だけごっそりと切り抜かれたように静寂が漂っていた。
美琴は、今自分の身に起きていることに現実感を覚えられなかった。今彼女が置かれている状況はまさに、犯罪者のそれと同じなのだ。

美琴「……………………」

しかし、1つだけ違うことがある。それは、美琴自身に犯罪を犯したという自覚がないということ。実際、こんな国際指名手配犯なみの扱いを受けるほどの犯罪を犯した記憶なんて彼女には一切無い。
「にしても、ようやく捕まるのか。これは貴重な場面だぜ」

どこからともなく、学生たちの声が聞こえてきた。

「写メ撮ってネットにあげてやろ」

「もしアンチスキルが撃ち殺したら衝撃的場面としてアクセス数稼げるぜ」

「でもあいつレベル5だぜ? やっぱりアンチスキル2人だけじゃ危なくね?」

「いざとなったら俺たちも加勢するか?」

「つかあいつ、捕まったらどうなんの?」

「さぁ? 良くて終身刑、悪くて死刑じゃね? あ、でも何だかんだ言ってレベル5だからな」

「噂では高位能力者は利用価値があるから簡単には死なせてもらえないらしいぜ?」

「ああ知ってる。何でも無理矢理生き長らえさせられるんだよな」

「じゃああいつも同じだな。きっと脳みそ改造されて変なパーツ身体に足されて死ねなくても死ねないまま利用され続けるんだろうな」

「ふん、いいざまだな」

悪意、あるいは憎しみが込められた複数の声が美琴の耳を貫く。
そこでようやく彼女は気付く。この現状が、嘘偽りない、現実だということが。

美琴「わたs……」





パァァァン!!!!!!!!!





その時、銃声が鳴り響いた。
「!!!!!!!!!」

辺りが騒然とし、物陰に隠れていた学生たちは、肩をビクつかせたり、咄嗟に耳を塞いだり、悲鳴を上げたりと、各々違った反応を見せた。

「あ、見ろ!!」

「御坂美琴が倒れてるわ!!」

「アンチスキルが発砲したんだ!!」

野次馬たちの声が次々と上がる。
見ると、アンチスキルが抱えていたアサルトライフルの銃口から硝煙が上がっており、そして銃弾を真っ正面から受けたらしい美琴は、道のど真ん中で仰向けに倒れていた。

「やった!」

「し、死んだのか?」

「クソー、決定的瞬間撮り損ねた!」

警備員A「やった……のか?」

警備員B「…………ゴクリ」

2人の警備員が顔を見合わせる。

警備員A「まあいい。とにかく危険要素を排除するのが第一だ。行くぞ」

警備員B「ああ」

2人は互いに距離を開け、倒れた美琴に向かってゆっくりと歩き出した。

「おい、撮ってるか? ちゃんとお前も動画撮ってるか?」

「もちろん撮ってるぜ、うへへ」

「キャーこわーい」

好き好きに会話する学生たちの声を無視し、警備員たちは銃口を向けながら美琴に近付く。

「もし死んでなかったら?」

「どうせ虫の息さ。そしたら今度こそ撃ちまくって本当に殺しちまえばいいんだ」

「そうよ。あんなやつ、どうなっても知ったことじゃないわ」

「俺が警備員なら無理矢理ヤっちまうかもな!」

「ないわー。いくら何でもあの女だけはないわー」
美琴と警備員の距離、2m。

警備員A「………………」

警備員B「………………」

どこに銃弾が当たったのかは分からなかったが、美琴が目を閉じ倒れていたのは確かだった。
2人はそれを見て、ホッと息をついた。

警備員A「よし、第一目標の排除完了」

警備員B「あとは本部の到着を待つだけだな」

2人の警備員が警戒を解く。
そして、彼らが美琴から視線を外したその時だった。




パリッ




「あ……」

「あれ? 何か今、光ったっぽくね?」

「だよね?」



パリパリッ!!!!



「あっ!!!」
警備員AB「!!!!????」

学生たちの声に気付き、警備員が振り返る。




美琴「……………………」




見ると、倒れた美琴の全身から青白い光が纏わりつくように発光していた。

警備員A「なにっ!?」

咄嗟に、警備員たちが銃口を向けようとした。しかし………


バチバチバチバチバチッ!!!!!!!!


警備員A「ぐああああ!!!!」

一瞬にして大きくなった光が1人の警備員の身体を直撃し、彼は意識を失ってその場に倒れ込んだ。
そして、それと同時に美琴がユラリと起き上がった。


バチバチバチッ!!!!!!


道路を、建物を、いくつもの光の筋が四方八方に駆け巡っていく。
学生たちが持っていた携帯電話が、小さな爆発を起こして粉々になった。

「うわあああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」

「きゃあああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!」

それを合図にするかのように、野次馬見物していた学生たちが蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
警備員の1人が倒され、レベル5の実力を見せ付けられれば当然の反応と言えた。
警備員B「ひっ……」

光が周囲をほとばしる中、仲間を倒された警備員は腰をつき、目の前の美琴を怯えるような顔で見上げた。

警備員B「た、助けてくれ! お、お願いだ!!」

美琴「…………………」

警備員B「お、俺にはまだ5歳の娘がいるんだ!!」

まるでテロリストに人質に取られたように警備員は命乞いをする。彼にしてみれば、美琴は残虐非道なテロリストと同じだった。

警備員B「?」

が、攻撃はこない。それを不審に思った警備員が美琴の顔を見つめた。

警備員B「え?」

泣いていた。美琴が、その双眸から涙を流し、泣いていたのだ。

警備員B「泣いてる?」

警備員にしてみればおかしな光景だった。血も涙もないと思っていた犯罪者がさめざめと悲しそうに泣いていたのだから。

美琴「………っ」

次の瞬間、美琴は背中を向け走り出していた。

警備員B「あ!」

美琴「…………………」

再び、路地裏に戻った美琴はなるべく人が多い所から離れるため全速力で走った。
途中、サイレンが聞こえたり、野良犬に吼えられ追いかけられもしたが、そんなことはもうどうでもよかった。

美琴「………グスッ……ヒグッ……」

今はただ、1人になりたかった。
イギリス・某所――。

コンコン、と音がした。
土御門がそちらに顔を向けると、外から大柄の男が窓ガラスを叩くのが見えた。ステイルだった。

土御門「どうした?」

窓を開け、土御門は車内からステイルに訊ねる。

土御門「何か、新しい手掛かりでも見つかったか?」

ステイル「いや、何も。彼女たちもようやく今休憩を入れたところだよ」

高い背を屈めるように、ステイルは土御門に話しかける。

土御門「そうか。まあ、無理をされても困るからな」

ステイル「魔術の発動を受けた対象は、インデックスの知り合いだからね。2人とも、一刻でも早く助けてやりたいんだよ」

土御門「それはこっちも同じだ」

ステイルはそう言った土御門の顔と、彼の膝の上にあるノートパソコンの画面を見、1つ訊ねた。

ステイル「で、何か“そっち側”での有力情報は手に入ったのかい?」

そう聞かれ、土御門はノートパソコンの画面に顔を戻す。

土御門「いや……。検索してみたが、何もそれらしきものは見当たらない。恐らく、学園都市外部には情報封鎖してやがるんだ」

ステイル「……そうか。となると、ますます状況は困難になってくるね」

土御門「まあな」

ステイル「でも、その少女は学園都市でも第3位の実力を誇る能力者なんだろう? なら、あまり心配いらないと思うけどね」

土御門「確かに純粋な力では彼女に勝てる奴なんてそうそういないさ。だが、問題は能力じゃない。彼女自身のことだ」

ステイルは眉をひそめ、口元からタバコを離すと眉をひそめた。

ステイル「と、言うと?」

土御門「彼女は、人を殺したことがない」

ステイル「…………ふむ」

土御門「他のレベル5と違って、学園都市の暗部に関わってもいないし、闇の世界とは縁遠い場所にいる。そして彼女は何より、人として間違ってることは許せないタイプだ」

ステイル「要するに、正義感が強い、と言いたいんだね?」
土御門「そういうことだ。だから、彼女は無実な人間を傷つけることができない。相手が無実であればあるほど、能力を振るえずに、1人の女の子になっていく」

ステイル「………なるほど」

そこでステイルは少し間を置いた。
もし、魔術の発動を受けた対象の人物が、学園都市の暗部に深く浸っており、尚且つ人殺しも厭わない人物だったらそう難しい話でもなかっただろう。だが、土御門の説明通りなら、状況は大きく違ってくる。

ステイル「上手く、逃げられるといいけど………」

土御門「逃げるならまだしも、その前に“壊れなきゃいいけどな”」

ステイル「? どういう意味だい?」

土御門「自分から退路を断つこともあるってことだ」

ステイル「!」

土御門「分からないか? あの子はまだ14歳だぞ。レベル5の超能力者と言えど、まだ精神は子供だ。完全に成長しきってない」

ステイル「…………………」

ステイルの顔が曇る。
だが、土御門は気にせず話を続ける。

土御門「彼女は、お前やインデックスのように世界を知らないし、お前らほど死ぬ思いをしてきたわけでもない。まだ、普通の女子中学生の範囲内にいる。……なら、考えてみろ。そんな普通の女子中学生が、突然、自分が住んでた街の全ての住人に嫌われ、恐怖され、蔑まれ、憎まれ、あるいは殺されそうになるなんてふざけた状況に放り込まれたら……耐えられると思うか?」

ステイル「…………………」

土御門「恐らく彼女は、学園都市の全ての学生から逃げてるから目立った所にも行けないはず。だったら恐らく口座も利用出来ないだろうな。もちろん学園都市には親も住んでいないし、何より連絡手段すら取れない状況に陥ってる可能性が高い」

土御門はサングラスの奥にある2つの瞳を鋭く光らせる。

土御門「そんな彼女は今、どんな精神状態にあるだろうな?」

ステイル「…………最悪だね」

ステイルは、それだけしか言えなかった。

土御門「いくら気の強い彼女でも、友達に裏切られ、学生たちに追われ、アンチスキルなどに殺されそうになったらどこまで耐えられるか……。だから、自暴自棄になって自分で退路を断たなきゃいいんだがな」

ステイル「……………………」

ステイルは、土御門の話を聞き終えると同時、黙ったまま建物の中に入っていった。恐らく、インデックスと神裂の手伝いをするために戻ったのだろう。
そんな彼の大きな背中を見、次いで空を見上げ、土御門は1つだけ溜息を吐いた。
夕方。
路地裏の奥の物陰に彼女はいた。

美琴「…………………」

そっと、表通りに続く路地裏の細道を窺ってみる。
細道を挟む2つの壁のうち、一方に取り付けられたドアが開き、そこから建物の住人らしき男が1人出てきた。姿格好からして、料理屋の店員らしい。となれば、恐らく彼が出てきた建物は何らかの飲食店であることは予想がついた。

美琴「…………………」

物陰に隠れた美琴に気付くことなく、店員はゴミ袋をゴミ箱の中に入れる。近付いてきた野良猫を適当に追っ払うと、彼は再びドアを開けて建物の中へ姿を消していった。

美琴「………っ」

それを確認したと同時、美琴は物陰から飛び出し、すぐさまたった今店員がゴミ袋をしまったゴミ箱に近付いた。
蓋を開け、彼女はゴミ箱からゴミ袋を取り出すと、縛られた袋の口を開けた。

美琴「…………食べ物……」

適当に中を覗いてみる。すると、まだ開かれていない1つの小さな袋が目に入った。
手に取ってみると、冷凍食品のから揚げだった。

美琴「……から揚げだ……から揚げ……」

急いで袋をひきちぎると、中には何個かのしなびたから揚げが入っていた。
美琴は辺りをキョロキョロと見回す。誰もいないのを確認すると、おもむろにから揚げを1つかじってみた。

美琴「モグ……ムシャムシャ」

冷凍食品なのに、冷凍庫では保存もされていなかったのか、から揚げは固くも冷たくもなかった。だが、代わりに味が無い上にどこか変な臭いもした。恐らく、消費期限がとっくに切れていたのだろう。が、今の美琴にはそんなことはどうでもよかった。

美琴「モグ……ムシャ」

辺りをキョロキョロと見回し、から揚げを貪る美琴。その姿は、とうていお嬢さまのものとは呼べなかった。
1つ目を食べ終え、美琴は急いで袋の中に手を伸ばし2つ目のから揚げを掴んだ。それを口に運ぼうとした時だった。

美琴「………………」

何故か、寸前で両手が止まった。
そして、彼女の目元から涙が溢れてきた。

美琴「……あれ? おかしいな? はは、また涙が……」

から揚げを食べてる最中思った。こんな所で、こんな格好で、自分は何をしているのか、と。
2日前までは、確かに彼女は学園都市でも5本の指に入る、屈指の名門校「常盤台中学」の生徒だった。しかも、全校生徒からは「御坂さま」と呼び慕われ、「常盤台のエース」と称されたほどだったのだ。
だが、昨日を境に世界は一転した。信じていた友人たちに裏切られ、知らない学生たちに憎まれ、子供たちに怖がられ、アンチスキルに殺されそうになって、学園都市全域で指名手配されて……。

美琴「……何で私、泣いてんだろ? ……何で……何で……」

こんな薄汚く、ゴミ箱を漁り、消費期限切れの冷凍食品を貪る、ホームレスのような人間のどこがお嬢さまなんだろうか。どこが学園都市最高の『電撃使い』なんだろうか。どこが、学園都市第3位のレベル5なんだろうか。
そう思うと、自然と涙が込み上げてくるのだった。

ガサゴソ



美琴「!」

すぐ側で音が聞こえ、そちらに顔を向けてみた。
痩せて汚れた野良猫が1匹、美琴が開けたゴミ袋の中を漁っていた。さっき、店員に追い払われた野良猫だった。

美琴「…………………」

しばらくして、野良猫はほとんど骨状態になっていた魚の尻尾を咥えると、ヨロヨロと歩きながら表通りに消えていった。
呆然とその様子を見つめていた美琴だったが、手にしたから揚げを袋に戻すと、それをごみ箱の中に放った。そして、ゆっくりと立ち上がり歩き始めた。

美琴「あそこに行こう……」

ボソッと誰かが呟いた。
それが自分の声であることも気付かずに、美琴は路地裏の細道を汚れた素足で歩いていく。



「ちょっと君?」



と、その時だった。誰かが美琴の肩に手を置いた。

美琴「え?」


「こんなところでこんな格好で女の子が何してんのさ? 大丈夫?」
振り返ると、そこには大学生ぐらいの私服を着たロン毛の男が立っていた。

美琴「………誰?」

男「何かパジャマ姿だし、汚れてるし、もしかして家出してきたとか?」

美琴「?」

そこで美琴は違和感を覚えた。

美琴「…………あれ?」

男「ん?」

美琴「……あんた、私を見てどうも思わないの?」

男「何のこと?」

美琴「……そっか、あんたみたいな人間もいるのね、一応は………」

男「…………………」

元気なく話す美琴を見て大学生風の男が黙る。何か考えているようだった。

男「何があったか知らないけどさ………」

美琴「…………?」

男「ちょっとその姿は酷いな。ここからすぐ近くに俺の家があるから、ちょっと休憩していきなよ。何があったか事情も聞くし、お腹空いてるならご馳走も食べさせてあげるからさ」

美琴「…………………」

優しい笑顔を浮かべてロン毛の男はそう提案した。
美琴は生気を無くした目でその顔を凝視した。今の彼女には、男の申し出を断る気も起きなかった。
振り返ると、そこには大学生ぐらいの私服を着たロン毛の男が立っていた。

美琴「………誰?」

男「何かパジャマ姿だし、汚れてるし、もしかして家出してきたとか?」

美琴「?」

そこで美琴は違和感を覚えた。

美琴「…………あれ?」

男「ん?」

美琴「……あんた、私を見てどうも思わないの?」

男「何のこと?」

美琴「……そっか、あんたみたいな人間もいるのね、一応は………」

男「…………………」

元気なく話す美琴を見て大学生風の男が黙る。何か考えているようだった。

男「何があったか知らないけどさ………」

美琴「…………?」

男「ちょっとその姿は酷いな。ここからすぐ近くに俺の家があるから、ちょっと休憩していきなよ。何があったか事情も聞くし、お腹空いてるならご馳走も食べさせてあげるからさ」

美琴「…………………」

優しい笑顔を浮かべてロン毛の男はそう提案した。
美琴は生気を無くした目でその顔を凝視した。今の彼女には、男の申し出を断る気も起きなかった。
午後も9時を回った頃、美琴は少し豪華なマンションの一室にいた。
床はフローリングで、部屋の造りは学生の身分にしては贅沢なものだった。彼女は今、そのリビングルームのソファに腰掛けていた。

美琴「…………………」

呆然と、美琴は目の前の机を見る。そこには、部屋の主人が用意した食事が並べられていた。
冷蔵庫にあったものを使えるだけ使ったのか、料理は選り取り見取りだった。だが、美琴はまだ1つも手につけていなかった。

男「どうしたの? 食べなよ。何があったかは落ち着いてから話してくれていいけどさ。その前に力つけないと。見た限り、何日も食べ物を口にしてないんだろ?」

美琴はゆっくりと振り返る。
壁に腕をつき、こちらを見ている大学生の姿がそこにあった。

美琴「…………………」

路地裏をトボトボと歩いていた時、美琴はその大学生に声を掛けられた。何故か彼は、美琴を見ても殺意も敵意も抱かずに、あまつさえ彼女の姿を見て心配する素振りを見せた。
見たところ、優しそうな雰囲気を持った大学生は、ボロボロの美琴を見て放っておけなかったのか自分の部屋に招き入れたのだった。

美琴「………ごめん……なさい……」

男「なに、謝ることはないよ」

美琴「………いえ、せっかく……ご飯用意……してくれたのに……」

ゆっくりと、途切れ途切れに美琴は言葉を紡ぐ。

男「まあ、無理はしちゃいけないからさ今は」

美琴「………ねぇ」

男「何?」

美琴「………ここには、1人で住んで……るの?」

男「うん。だから安心して」

ニコッと男は屈託の無い笑みを見せる。

美琴「…………そう」

男「とにかくここにいる限りは安心だから、リラックスしてくれ」

微笑み、それだけ言うと、男はリビングルームを離れていった。
美琴は顔を戻し、再び目の前に並べられた食事を見る。

美琴「(……ここにいる限りは安心……か……)」

大学生の言葉を聞いて少し胸を撫で下ろす美琴。

グー


と、その時美琴のお腹から音が鳴った。

美琴「ふふ……2日間まるまる、何も……食べてなかった……から」

独り言を呟くと、彼女は机の端に置かれたフォークを見つめた。

美琴「……じゃあ、いただきます………」

フォークを手にした美琴は、それを皿の上に盛られたミートボールに突き刺した。

美琴「…………おいしそう」

見るだけで、涎が溢れてきそうだった。
ゴクリ、と喉を鳴らした美琴はそれをゆっくりと口に持っていった。




美琴「?」




と、その時だった。

美琴「…………何だろ?」

突然、何か不審を感じた彼女は、ミートボールが刺さったフォークをそっと皿の上に置き、後ろを振り返った。

美琴「……………………」

耳を澄ます美琴。

美琴「……………話し声?」
誰かが話しているのか、どこからかささくような声が聞こえてきた。
だが、声は1つしか聞こえない。どうやら話しているのは1人だけのようだった。

美琴「………あの人の声?」

よくよく聞いてみると、この部屋の主の大学生の声だった。
ここには美琴と大学生以外誰もいないはず。なら、誰と話しているのか。

美琴「…………………」

ソファから立ち上がると、美琴はその声が発する方に向かって静かに歩いていった。
まさか独り言でも呟いているのか。不思議に思った彼女は眉をひそめながらも、歩みを進める。それにつれ、大学生の声が大きくなる。

「……から……いる……だよ……俺の………に」

美琴「?」

フローリングの廊下を進む美琴。

「………マジで……嘘じゃ……まだ……アンチ……呼ぶなよ………」

美琴「(何だろ?)」

「いいから……仲間も……来いよ……」

あと1歩、足を踏み出せば鮮明に聞こえてきそうだった。
その瞬間だった。





「だからっ!! うちに御坂美琴がいるんだって!!!」





美琴「!!!!!!!!!!」
大学生の、嬉しそうに何かを訴える大きな声が突如響いた。

「ああ、だから言ってるだろ? あの指名手配中の御坂美琴が俺の家にいんの!」

美琴「!!!???」

「だからさ、アンチスキル呼ぶ前にお前もダチ連れて来いって言ってんの!」

美琴「………っ」

顔が一瞬で強張った。

美琴「………………」

足を踏み出したい衝動を抑え、美琴は身体を震わせながら、大学生の愉快な声に更に注意深く耳を傾ける。

「マジで信じろって! 今俺ん家で飯食ってんだよ!! え? いやいやそれがな、たまたま街の路地裏歩いていたら目にしてさ。何か逃げてるようだったから、これは絶好の機会かもと思って俺の部屋に誘ってやったんだよ! もちろん『俺だけは君の味方だよ』って演技してさ! まあ我ながら臭い台詞だと思ったけど? ぎゃはは」

美琴「…………………」

「所詮はガキだよなあ? コロコロと騙されやがってさ! だから今すぐ来いよ。心配すんな。あいつが今食ってる飯には強力な痺れ薬入れてるからよ!」

美琴「!!!!!!!!」

「ああ、あとちょっとしたらすぐ動けなくなるはずだぜ。だから、そこを俺とお前とお前のダチでいいことしちゃうわけよー。どうせ相手はあの御坂美琴だし、罪悪感なんて微塵も起こらないだろ? バレたところで、所詮は御坂美琴だ。アンチスキルだって見逃してくれるって! 何なら今すぐ写メでも送ってやろうか? だったら信じるだろ? ほら、早く来いよ。早くしないと先に俺が始めちゃうぜ? 俺のテクはパネェからな! きっとあの御坂美琴も腰振りながら昇天するぜ!! 『私の学園都市にあなたのレールガンをぶちこんでええええええ!!!!!!』ってな!!!」
「いいんだよあんなクソ便器女。どう扱おうが誰も咎めはしないって!」

大学生の男はニヤニヤと笑いながら、携帯電話の向こうの相手を必死に誘おうとしている。

「なんならずっと俺の部屋に監禁して愛玩奴隷………に………」

だが、彼のその不愉快な笑顔も長くは続かなかった。

美琴「…………………」

僅かに開いたドアの隙間から、俯いた美琴がその暗い顔を覗かせていたからだ。

男「あ……あ……」

急に会話を中断したことに不審を覚えた受話器の向こうの相手が、電話越しに何やら喚いているが、もう、大学生の意識はそっちに向いていなかった。

美琴「………あんた……」

ドアの隙間が開いていく。それにつれ、大学生の男の顔が蒼ざめていく。

美琴「………信じてたのに……」

顔だけ俯かせながら、美琴はボソボソと呟く。

「あ……ひ……」

美琴「………結局……私には……味方なんて……誰1人いない………」

「た、助けてくれっ!」

美琴「………この街に……私の居場所はもう……どこにも無い………」

「頼む! あ、謝るから! 土下座するから!!」

自分の世界に入っている美琴に対し、大学生の男の方は命の危険を感じ取っているのか、必死に懇願する。
美琴「………黒子も……佐天さんも……初春さんも……みんな………」

男「お、お助けを! 命だけはお助けを!!」

美琴「230万……全ての住人が……私を……殺そうと……している………」

生気の無い目で呟く美琴のその姿はまるで壊れた人形のようだった。

美琴「もう……頼れる人間は……誰1人………」




美琴「いない」キッ




男「ひっ!!」

美琴が大学生の男の顔に焦点を合わせた。

男「うわあああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!」

大学生の男は叫んでいた。すぐにでも浴びせられるだろう怒りの電撃を予測して、咄嗟に頭を庇っていた。

男「ああああああああ………」

しかし………

男「あ?」

攻撃がこないことに違和感を覚え、大学生の男が恐る恐る目を開けてみた。

男「あ、あれ?」

そこに、御坂美琴の姿はなかった。

男「た……助かった?」

しばらくの間、大学生の男はその場で腰を抜かしていた。ズボンの股間部分に大きな染みを作りながら。
美琴「ハァ……ハァ……ゼェ……」

夜の街を、美琴は走っていた。

美琴「ハァ……グスッ……ゼェ……」

涙が風に乗って後ろに流れていくのが感じられたが、もうそんなことは気にも留めていなかった。
今、彼女はただ、自分が向かうべき場所に向かって走るだけだった。

美琴「……………………」

顔を伏せながら、なるべく人目につかない通りを疾走し、美琴はただ走る。
何分経ったのか、あるいは何時間経ったのか、彼女はいつの間にか灯りが乏しい鉄橋の上に来ていた。

美琴「ハァ……ゼェ……」

徐々に走るスピードを下げ、やがて鉄橋の真ん中辺りで立ち止まると、彼女は橋の下の風景を眺めた。

美琴「ここでいっか……」

1つ、それだけ呟いた。

美琴「(どうせ、私には行く場所は無い……。きっと、学園都市を出たって、世界中の人が私を憎んでるはず……)」

自分を嘲笑するように美琴は笑みを浮かべる。

美琴「(……始めから……私みたいな人間が……幸せになろうとすることが……間違ってたんだ……)」

頭上を仰ぎ見る。そこには、暗くて、不気味な空が広がっているだけだった。




美琴「さよなら、学園都市」
数秒後、彼女がいたのは川の中だった。
いつ飛び込んだのか、それすら理解する間も無く、彼女は一瞬で鉄橋の上から川の中に飛び降りていた。

美琴「(苦しい……)」

濁った川の水が、美琴の目から、鼻から、口から、一気に体内へ流れ込んでくる。やがてそれは彼女の息を圧していき、端正で綺麗なその顔に苦痛の皺を刻ませた。

美琴「(苦しい……苦しいよ……)」

だが、もう彼女は抵抗しようとしなかった。抵抗する気力すら残っていなかった。
ただ、濁った空間の中、頭の中をこの2日間の光景が逆再生されるように蘇っていった。

美琴「(これで……いい……これで……誰も……余計な憎しみを……抱かずに済む……)」

が、彼女のそんな健気な想いは最後に頭の中に浮かんだ2人の人物によって無情にも掻き消されることになった。



   ―――美琴―――



   ―――美琴ちゃん!―――



美琴「(お父さん! お母さん!)」

父と母の笑顔が脳内を過ぎった。
ザバアアッ!!!!!!




川の中央から水しぶきが上がった。

美琴「ゲホッ! ガハッ!」

中から出てきたのは、美琴だった。

美琴「ゲホッゲホッ!! ………ハァ…ハァ……」

口から水を吐き、彼女は息を整えると川岸を眺めた。ここから川岸まで、大分ある。

美琴「……ハァ……ハッ……」

川の水を掻き分け、美琴は川岸に向かってゆっくりと泳ぎ始めた。

美琴「ハァ……ハァ…ゼェ」

ようやく川岸に辿り着くと、美琴は四つん這いになりながら息を切らした。
水を含んだパジャマが疲労した身体を冷やし、体温を奪っていく。

美琴「…………………」

顔から滴り落ちた水滴が地面に小さな水溜りを作っていくのを美琴は無言で見つめていた。

「おい、大丈夫か!」

「しっかりしろ!」

「女の子が川から出てきたぞ!」

美琴「!!!!????」

唐突に、頭の上に3つの声が聞こえた。
そちらに顔を向けると、高校生くらいの少年が3人走ってくるのが見えた。
美琴「あ……う……」

彼らを視界に捉えた美琴は立ち上がろうとするが、泳ぎ疲れたせいで上手く身体が動かない。
そうこうしているうちに、少年たちは美琴の下まで駆け寄ってきた。

「おい、何があったんだよ?」

「しっかりしろよ!」

咄嗟に顔を伏せる美琴。

「何であんな所にいたんだ!?」

心配した少年たちが口々に叫ぶ。

美琴「わた……わたしは……大丈夫だから……」

「いやいやどう見たって大丈夫じゃねぇだろ!」

美琴「お、お願いだから……放っておいて!」

少年たちは顔を見合わせる。

「どうするこの子?」

「いや、放っておけるわけないだろ」

「なぁ君、顔上げなよ。それとも顔に怪我してんの?」

と、そこでいつまで経っても顔を上げようとしない美琴を不審に思った1人が美琴に近付いた。
少年が接近した気配を察し、美琴は思わず、と言うように顔を上げてしまった。

「!」

美琴「!?」

少年と顔が合う。後ろに立っていた2人の少年も美琴の顔を見た。

美琴「あ……………」

沈黙が流れる。

美琴「…………………」

「…………………」

「…………………」

「…………………」

「こいつ、御坂美琴だ!!!!!!」




美琴「!!!!!!!!」

瞬間、それまで心配の色を浮かべていた表情が嘘だったかのように、少年たちの顔が豹変した。

「ホントだ……っ!! この野郎、俺たちを騙してやがったのか!!!」

美琴「ち、違う!! 私はただ!!」

「うるせぇ!!!」

ドカッ!!!

美琴「きゃっ!!」

1人の少年の蹴りが美琴の腹に突き刺さった。

「やっちまえ!!!」

「おう!!」

「こいつは今弱ってる!! 叩くなら今の内だ!!!」


ドカッ!!! ガッ!!! ゴッ!!! ズガッ!!!


少年たちの容赦ない蹴りが美琴の身体を貫く。
それでも、美琴は能力を使うだけの体力が残っていなかったのか、そもそも能力を使いたくなかったのか、抵抗する素振りは見せなかった。彼女は今、頭を庇い身体を丸めることしかしなかった。

「やろう!!」

「死ね!!」

「人類の敵め!!」

美琴「や…やめっ……やめてっ!! いたいっ……!! おねが……うっ! や、やめてぇっ!!」
「こいつ、抵抗しないぜ?」

「へっへ、ならいい機会だ」

「おう、ヤっちまおうぜ!!」

美琴「!!!!!!!!」

そう言ったと同時、1人の少年が美琴のパジャマの端を掴んだ。

美琴「……っ」

「あ!!」

ビリィッ

「待て!!」

「逃げやがった!!」

少年たちの一瞬の隙をついて、美琴は走り出していた。
パジャマの左肩口の部分が破り取られたが、気にしている暇は無い。

「御坂美琴がいるぞおおおおおおおおおお!!!!!!!」

美琴「!!!???」

後ろから大きな声が聞こえた。思わず振り返る美琴。
どうやら少年たちが美琴の存在を周囲に知らせようとしているようだった。

美琴「………っ」

美琴は土手を駆け上る。

美琴「!!!!!!」

しかし、そこには憤怒のような形相を浮かべて美琴を睨む学生たちの姿がたくさんあった。
みんな、今にも美琴に襲いかかろうとしている。

美琴「や、やぁ!!」

道を塞がれた美琴は土手をまた駆け下りた。

「待てえええええええ!!!!!!」

下りたと同時、先程の3人の少年たちが走ってくるのが見えた。

美琴「こ、来ないで!!!」
美琴は全速力で走る。ただ、逃げるために。
だが、彼女が走れば走るほど、逃げれば逃げるほど、騒動を聞きつけた追っ手が1人、また1人と増えていくのだった。

美琴「ハァ……ハッ……ゼッ…ハァ…」

夜の街を美琴は駆け抜ける。
その時だった。


ドオオオン!!!!


美琴「か……はっ!!」

大きな衝撃を背中に感じたと思った瞬間、美琴はその場に崩れ落ちていた。

「やったぜ!! 当ててやった!!」

振り返ると、追いかけてくる集団の1人が歓声を上げているのが目に入った。
恐らく何らかの能力を美琴に向かって使ったのだろう。

美琴「くっ!!」

ダッ!

「あっ!! 逃げてんじゃねえ!!」

しかし、美琴は怯まず立ち上がり、再び逃げ始めた。

「無駄よ!!」

美琴「!!!!」

そんな彼女の前に、1人の少女が現れた。何も無いところに突然姿を現したということは、恐らく少女は空間移動系の能力者なのだろう。

「死になさい!!」

美琴「………っ」

一瞬、美琴は躊躇いの表情を見せたが、少女が手を伸ばしてくるのを見ると軽く電撃を放った。

バチバチッ!!!

「きゃっ!!」

空間移動能力者の少女は電撃を受け、その場に倒れた。

美琴「………………」
その隙をつき、美琴は路地裏に逃げ込む。
これなら、追っ手は1人ずつしか追いかけてこれない。先頭の人間が無能力者か低能力者なら大した攻撃を直接背中から浴びる危険もなかった。

美琴「!!!!!!!」

だが、彼女の策は何の意味も成さなかった。
少しスペースがある、路地裏の丁字路状になっている場所で、彼女は3方向から挟み撃ちにされてしまったのた。

美琴「…………そんな……」

壁を前にして、美琴は絶望を浮かべた表情で振り向き直った。
正面には20人も近い学生たちが所狭しと集まっており、左を向けば奥の道から次々と学生が増えていっているのが見えた。右の道は僅かに道幅も広く、学生の数も少なかったが、そう簡単に突破出来るとも思えなかった。

「おい!!!」

美琴「!!」ビクッ

1人の学生が声を上げた。
それを皮切りに、学生たちが次々と美琴を蔑む、あるいは憎しみを込めた言葉を投げかけ始めた。

「お前も終わりだな?」

「そうだそうだ、ここで一巻の終わりだ」

「ざまぁみろよ」

素足は真っ黒で所々傷が見られ、肩口が破り取られた薄汚れたパジャマを着、自慢のシャンパンゴールドの髪も川の水によってビショビショになっていた美琴。そんな醜い姿格好になっていた彼女を見、ある者は愉快そうな顔をし、ある者は怒りを浮かべた顔をし、ある者は当然だと言いたいように、ある者は汚物を見下すような顔をしていた。

美琴「…………っ」ゾクッ

そんな彼らの鬼と化した表情を見て、美琴は本能的な恐怖を覚える。

美琴「………ね、ねぇ待って! は、話し合おうよ! な、何かの誤解だよ!」

たまらず、美琴は彼らに訴えかけていた。だが………

「おい、あんなこと言ってるぜ?」

「はぁ? 犯罪者が何言ってんの?」

「お前に与えられた選択は死のみ!」

「へぇー…人間とは思えない奴も、立派に命乞いだけはするんだー」

暴徒と化した彼らに説得は無駄だった。

  腕を胸に添え、美琴は涙目で壁に背中をつける。

「なぁお前ら? こいつの判決は何がいいと思う?」

「死刑に決まってるだろ」

「当たり前だ。死ねよ」

「目障りだし、鬱陶しいし、死ぬ以外に道は無いだろ」

「そうだ、死ね!」

「そうだそうだ!!」

「死ね!!」

「「死ね!!」」

「「「死ーね!!」」」

「「「「死ーね!! 死ーね!!」」」」

「「「「「死ーね!!! 死ーね!!! 死ーね!!!」」」」」

「「「「「「死ーね!!! 死ーね!!! 死ーね!!! 死ーね!!!」」」」」」

1人が唱えると、全員もそれに倣うように叫び始めた。
狭い路地裏は、美琴に対する「死ね」コールの合唱で埋まっていった。

「「「「「「「死ーね!!! 死ーね!!! 死ーね!!! 死ーね!!! 死ーね!!! 死ーね!!! 死ーね!!!」」」」」」」

美琴「……………………」

美琴は胸中に思う。これが、自分の結末だったのか、と。

美琴「(……そうだよね……10031人もの妹を見殺しにした私に……幸せになる権利なんて無い……そして自分で死ぬことも出来なかった私に……自分の顛末を選ぶ権利も無い………)」

「「「「「「「死ーね!!! 死ーね!!! 死ーね!!! 死ーね!!! 死ーね!!! 死ーね!!! 死ーね!!!」」」」」」」

狂気に包まれた合唱を周囲180度から受け、美琴はもう完全に弱気になっていた。もう、能力を使うなどということすらしたくなかった。ただ今は、目前に迫った暴力・蹂躙・死をひたすら待つだけだった。

美琴「(………ごめんね、お父さん……お母さん………)」

学生たちの合唱が止んだ。
彼らは、ある者は能力発動の準備をし、ある者は手にした凶器を美琴に向けた。もう彼らを、止めることは誰にも出来なかった。

美琴「(でも……やっぱり……こんな結末なんて嫌だよ………)」

思わず、涙が零れ落ちた。

美琴「(誰か……)」

目を閉じても、涙は容赦なく流れ出た。

美琴「(誰か………)」

学生たちが一斉に美琴に向かって攻撃をしようとする。

美琴「(誰か…………)」

そんな状況を前に、最期に彼女は一言だけ、儚い願いを口にした。

美琴「助けて…………」






「御坂ああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!!」






美琴「!!!!!!??????」
突如、その場には似合わない大声が響いた。

「な、何だ!?」

「何今の?」

「何か後ろから聞こえたような……」

寸前で攻撃を止め、たった今聞こえた声に不審を覚えた学生たちが集団の後方を振り返った。

美琴「???」

美琴もそちらに注意を向けた。だが、集団が邪魔なため後ろの方で何が起こっているのかは分からなかった。

「ぐはっ!!」

「ぐおっ!!」

「てめ……何し…ぐおっ!!」

美琴「!!??」

突然、集団の後方から、何かを殴る音と呻き声が次々と聞こえてきた。

「な、何だよ? 後ろに誰かいるのか?」

「まさかアンチスキル?」

「いや、でも俺たちはただ御坂美琴を殺そうとしてただけで……」

学生たちの動揺の声が上がる。そうこうしている間にも………

ドカッ!!

「ぎゃあ!!」

バキッ!!

「ぐえっ!!」

ズガッ!!

「ぐおっ!!」

殴打音と呻き声は続く。そればかりか、集団の人数が後ろから徐々に減っている気がする。

「……………っ」

間違いない。誰かが、学生たちを軒並み倒してこちらに近付いてきている。
美琴「一体……何が……?」

美琴がそこまで口に出した瞬間だった。



「助けに来たぞ!!! 御坂あああ!!!!!!」



再び、それでいて今度はさっきよりも大きく鮮明な声が聞こえた。

美琴「ま……さか……」

美琴は目を丸くする。
今の声は………。

「助けにき……ぐおっ!!」

美琴「!?」

声の主が呻き声を上げた。

「い、痛てぇだろうが!!」

だが、声の主は平気そうだった。

「御坂!!!!」

三度、名前を呼ばれた。

美琴「!!!!」


「助けに来たぞ!!!!!!」


声の主は、明らかに美琴に向けてそう言った。

美琴「あああ………」

信じられない、と言うように美琴は大きく口を開ける。
そうこうしている内に、学生たちの集団は半分にまで減っていた。

「俺が来たからには……ぐおっ! ……くっ……お、俺が来たからには……もう安心だ!!!」

声の主は、美琴に辿り着くためにたった1人で大勢の敵を相手に戦っている。
美琴「嘘よ………」

ドカッ!!

「ぐぎゃあ!!」

美琴「何で………」

バキッ!!

「きゃっ!!」

美琴「何であんたはいつも………」

ズガッ!!

「ぐおっ!!」

美琴「たまには……自分の身を心配したら……どうなの?」

殴られた学生たちがその場に崩れ落ち、集団はもう集団と呼べない状態にあった。
そして、学生たちの数が減っていくたび、美琴と声の主の距離は近付くのであった。

美琴「だからあんたは……不幸なのよ………」

ドカァン!!!

「ぐわああああああああ!!!!!」

最後の1人も倒れ落ち、遂にその男は美琴の目の前に現れた。
己を省みず。ただ美琴を助けるためだけに。





美琴「バカぁ………」





上条「助けに来たぜ、御坂」





笑みを見せ、その少年――上条当麻は言った。


   ―――「助けて」―――





その悲痛な言葉に答えるように、少年は少女の前に現れた。
たった1人で。自らの身も省みず。
かつて、少女が妹たちを助けるため死を覚悟した時のように。
少年はヒーローのように颯爽と現れた。





上条「助けに来たぜ、御坂」





少年――上条当麻は笑顔でそう言った。

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