番外個体「ってなワケで、今日からお世話になります!」 一方通行「……はァ?」 > 2

 


一方通行はドアの前に立っていた。
このドアの向こうにいるのは番外個体だが、記憶に障害を負っているのとMNW接続不可のため、自分の存在意義が欠落
してしまっている。つまり、一方通行の存在も忘れてしまっている事になるのだが。

「………ホッとしてる訳じゃねェが、護衛するには好都合かもな」

今の番外個体に起こっている状況は決して良いと思わない。むしろ元に戻したい気持ちの方が強い。
だが、敵意や殺意を向けられない今なら護衛しやすいのも事実。

(複雑な気分だぜ。ったくよォ)

彼女は今、相当不安定な状態らしい。記憶を刺激する過去の話や分からない事を無理に考えさせるのは危険だそうだ。
身体自身は軽傷で済んでいるとは言え、これでは重病人である。本当にニ~三日の入院で大丈夫なのか疑問だが、今は
あの医者の言う事を信じる他に術がない。
面会の許可は退院までの間常に許可されている。もっとも、そうでなければ護衛にならないのだが。

(……どンな話すりゃ良いンだ? 迂闊に表情作ったらまた馬鹿笑いされンだろ。人の気も知らずによォ……)

なかなかドアノブに掛けた手を回せない。最初の一歩を考えすぎているようだ。

(不安定で少しタブーに触れたら頭痛めちまうヤツ相手だ。慎重にいかなきゃならねェのは分かるが、どォもなァ……)

冥土帰しから注意事項の後「襲撃の心配はいらないと思うが、後は頼んだよ。異変が起きたらすぐに呼んでくれ」と部屋を
追い出されてからここまで来たものの、ドアの前から足が進まなかった。何となく顔が合わせ辛いのだ。

とは言え、室内に窓がある以上このまま外で護衛という訳にもいかない。

(だァァクソ! いつまでもここに居たって仕方ねェだろォが! しっかりしろってンだよ!)

 

 

 

一方通行は覚悟を決めて、ドアノブをガチャリと回した―――その時だった。

「ッ!?」

ゴンッ! と良い音が病院の廊下に響いた。

「☆~~~!!」

「あれぇ? ………ちょっとぉ、何やってんの?」

唸りながらを額を押さえてうずくまる一方通行に番外個体はおずおずと尋ねる。

「おォォォォ……」

突然開いたドアが一方通行の額に勢いよく命中したのだが、開けた本人の番外個体は顔に「?」を浮かべている。
その末に出た言葉が「うっわ~、間抜け……」だった。

その言葉が耳に入った瞬間、一方通行は「普通に入ってればよかった……」と後悔する。
出鼻は完全に挫かれた。先が思いやられるとは正にこの事だろうか。


―――

 

 

 

~気を取り直して二人は病室へ~

番外個体「そんで、何? 検温ならさっきやったけど、ってか男のあなたがやるワケ? ソイツはちーっと勘弁願いたいかな~」

一方通行「だから俺は研修医でも看護士でもねェっつの………オマエが退院までの間、ここで面倒見る事になった」

番外個体「やっぱ看護士じゃーん。ミサカの面倒って、えっ!? うわマジでそれちょっとヤバイっしょ!?」アタフタ

一方通行「看護は専属の看護士がいるから心配すンな」

番外個体「……は? じゃああなたは何でここにいんの?」

一方通行「オマエが逃げないか見張るためだ。“さっき”みてェになァ」

番外個体「だ、だからアレは逃げようとしたんじゃなくて暇だったからちょーっと探索に……じゃなくてお散歩に」アセッ

一方通行「駄目だ。許可が下りねェ内は勝手に出歩くンじゃねェ」

番外個体「え~、だってここって何もないからつまんねーんだも~ん」ブーブー

一方通行「我が儘たれてンじゃねェよ。しばらくしたら医者に訊いてやっから、それまで大人しく寝てろ」

番外個体「さっき寝たから~、眠くないっ☆」

一方通行「…………あァそォ」

 


番外個体「うんそーぉ、あひゃひゃ♪」

一方通行(なンか頭痛くなってきた。コイツ更に幼児化してねェかァ? ……まァ脳波が不安定ってンならそれも仕方ねェかも
      しンねェけどよォ……)

番外個体「んだよ~、露骨に頭抱えちゃってさぁ。ったくあのカエルめ。話相手ならもーちょいマシなのよこせっての」

一方通行「不足で悪かったなァ」

番外個体「うわぁ、つまんない返し。あなたってトークとか苦手な人? ……ゲ、最悪じゃん。暇つぶしにもなんね~」

一方通行「あァそォかい。ってか別に人と話すのが嫌いなワケじゃねェし」

番外個体「けどさぁ、その“他人を寄せ付けないオーラ”っての? それ消した方がいいよ?」

一方通行「そンなの分かンのかよ……?」

番外個体「だって友達いる顔には見えないもん♪」

一方通行(ショック与えりゃ記憶戻るンじゃねェかなコイツ……試したらダメかなァ)ピキピキ

番外個体「あ、怒ってる? こめかみヤバイよ? ピクピクしてるよ?」

一方通行「………は、べっつに気にしてねェし。ダチなンて要らねェし」プイ

番外個体「拗ねんなよ~。悪かったって」

一方通行「ケッ……」(何かやりにくいっつーか……何なンだよこのやりとりはァ……)

番外個体「あ! ねぇ、そう言えばあなたの名前は?」

一方通行「! ……別に名乗る必要なンざねェだろ」

番外個体「えー? じゃあ何て呼びゃあいいってのよぉ? お前とか貴様とか?」

一方通行「……好きに呼べば良いだろォが」

番外個体「ふーん、そう。ならぁ……う~ん、どーしよっかなぁ~」

一方通行「?」

番外個体「“ウサギさん“か“ガリ君”か“イモの根君”か“雪頭(ゆきあたま)さん”の中だったらどれが良い?」

一方通行「全部ボツ」

番外個体「はぁ!? なにコイツわがまま~! 好きに呼べっつったじゃん!」

一方通行「それ以前にオマエのネーミングセンスはどォなってンだよォ!? ちったァ他にマシなの思いつかねェのか!?」

番外個体「そんなのミサカのせいじゃないし!」 ※>>1のせい

一方通行「あァもォイイ! 俺の事は一方通行って呼べェ!」

番外個体「アクセラレータ……?」

一方通行「あ……!」(しまった!)

番外個体「……アクセラレータァ?」

一方通行(やべェ、マズったか……?)

番外個体「……それがあなたの名前なの? ずいぶん日本語上手いけど、ひょっとして外人さん?」

一方通行「ま、まァそンなトコだ」(セーフか……)ホッ

番外個体「ふーん、……まぁいっか。じゃあそれで♪ よろしく一方通行」

一方通行「おォ……」(自分で言っといて何だが、すげェ違和感。……コイツが無邪気なツラを俺に向けてっからか…?)

番外個体「ってかさぁ」

一方通行「ン…?」

番外個体「確かこの街で最強の超能力者がそんな風に呼ばれてた気がするんだけど、あなたじゃないよね?」

一方通行「!?………」

番外個体「……やっぱ違うか、悪いけどトップには全然見えないし。ミサカでも勝てそうだし」

一方通行(学園都市がどォいう所かは分かってンのか……まァそこから説明すンのはさすがに面倒だからありがてェが)

番外個体「おいコラー、皮肉もつけてやったのにひとりで瞑想してないで反応してよ~。ミサカが暇になっちゃうじゃーん」ブー

一方通行「ン、あァ……とりあえず、オマエが退院するまで俺はここに居る。だから安心して寝ろ」

番外個体「寝れるかーっ! 逆に無理だっつーの! ミサカが寝る時はあんた出てけよ!」

一方通行「そォはいかねェンだよ。………いちおう言っとくが別に寝顔見たり寝込み襲ったりしねェぞ」

番外個体「今日会ったばっかのあなたを信じろと? ははは、無理」

一方通行「じゃあ死ぬまで起きてろ」

番外個体「カッチーン。ムッカつく~、あなたそんな性格じゃホントに友達できないよ?」

一方通行「ほっとけ! 別にンなモン欲しいとも思わねェっつの」

番外個体「あっそ。………あーあ、まぁ何も無い部屋で独りよりはマシっちゃマシだけどさぁ……せめてもう少し良い相手
      いなかったのぉ?」

一方通行「せいぜい我慢すンだなァ。俺以外にも候補がいねェ訳じゃねェが、多分俺が一番マシだと思うだろォぜ」

番外個体「……いちおうチェンジしてみて良い? それで判断するから」

一方通行「ざァンねン、ソイツは今ごろ土ン中だ。来年の春にはまた会えンだろ」

番外個体「人間じゃねーのかよっ!? ミサカ爬虫類とか苦手なんだからね! カエルなら歓迎だけど」

一方通行「類が違うってだけでドッチも大して変わンねェじゃねェか!」

番外個体「はぁ!? テメちょっとそこに直れよ! カエルとヘビが一緒とか有り得ないし!」

一方通行「どォ違うってンだよ?」

番外個体「わかった、今説明してやるわ」

番外個体のカエル講座はその後二時間ほど続いた。完全にグッタリしながら一方通行は美琴の趣味を心の底から恨み、着替え
やらを取りに病室をいったん離れる。

「一方通行か……なーんか初めて会った気がしないなぁ。気のせいだろうけど」

一人になった病室で番外個体はそう呟く。
少し捻くれてるけど、悪い人ではなさそうね。と更にぼやいた後、喋り疲れたのか眠ってしまった。


「…………」

その頃、一方通行は杖を鳴らして歩きながらもの思いに耽っていた。
ロシアで行動を共にした番外個体と今さっきまで一緒に居た番外個体。正直な感想を言うと、まるで別人を相手にしている
かのようだった。

(ハァ、思ってた以上に骨が折れンなこりゃあ)

内心で呟き溜息を吐く。
彼女から“自分への憎しみ”が抜ければあんな風なのだろうか。自分を“敵”だと一切認識していない相手だとあんな顔を
するのか。自分がその対象になることを想定していない一方通行は順応する時の違和感がまだ消せずにいた。
『相手に合わせる』といった経験が不足しているせいでもあるだろう。
デリケート(?)な状態の番外個体への接し方は取り敢えずあれで良いとして、自分の精神があれに慣れてしまうのは拙い。
ふとした事で記憶が戻り、牙の緩んだ自分を容赦なく地獄に落とそうとする番外個体。考えるのも嫌な未来だ。
不安定な今の状態ならそれも有り得る。と、冥土帰しも言っていた。
私情を完全に捨てるのは無理だが、いざとなった時の心構えはしておく必要があるな。と、一方通行は心中で思いながら着
替え等入りのバッグを背負って病室へと戻る。

(どォいう訳か、あの部屋にはソファーがあるから寝るのには困らねェ。病室に洋製のソファーってのは不釣合いにも冗談
 が過ぎる気がしてならねェが、好都合には違いねェな)

どうやら彼女の退院までは本気であそこに居つくらしい。
バッグに詰め込まれた自分専用の枕がそれを物語っていた。

 

 

―――


~とある研究施設のような場所~

「どうしました? ずいぶんとご機嫌ですが……」

つい先ほど戻ってから笑みを崩さない男に若い男性の研究者が尋ねた。
外の空気を吸おうと散歩している間に何かあったのか気になっての質問である。

「なあに、面白れぇヤツとたまたま遭遇してよぉ」

尋ねられた男はやはり上機嫌な態度で答えた。

「はぁ……?」

「おい、お前は『オリジナル』を知ってるか?」

呆気に取られている若い研究者に男は尋ね返す。

「え? 例の少女のオリジナル、御坂美琴の事ですか……?」

「そう、それだよ」

ポンと手を叩く男に若い研究者の疑問は深まるばかりだった。

「あの……それが何か?」

「…………」

しばしの沈黙後、男は口を開く。

「おい、仕事増やすが構わねえな?」

「は?」

唐突にそんな事を言われてキョトンとなるが、男は構わずに指示をした。
『御坂美琴』について徹底的に調べろと。既存のデータだけではなく、彼女の“全て”を洗い出せと。

 「わ、分かりました」と返事を残して若い研究者は席を外した。
残された男は不気味な笑みを一層歪ませる。

(良いこと思いついちまったぜ。あのガキは利用できそうだな……)

(同じ超能力者らしいが、所詮はあのクソガキ以下。まぁどうにでもなんだろ)

(クククク、待ってろよぉ……一方通行。もうすぐだからなぁ)

(テメェにゃ最高に苦しい地獄を味あわせてやらねぇと気が済まねえんだからよぉ……)

「そのためには手段なんざ選んでらんねえってなぁ! ククク」


「くひひひ……ひゃーっはははははははは!!!」


地の底から響いてきそうな男の高笑い。その笑いから伝わってくるのは、目的のためならどんな卑劣な手も厭わないという
男の断固たる意志だった。
この男がこれから後々引き起こす事件に対し、一方通行がどう動くのかが見ものだ。

 

 

~病院内の売店を通りかかる二人~

番外個体が店の前で立ち止まる。

番外個体「ねぇ、ジュース飲みたいんだけど」

一方通行「あ? 好きにしろよ」

番外個体「ミサカ、お金持ってませーん♪」

一方通行「あっそォ」

番外個体「…………」スッ

一方通行「……何だその手は?」

番外個体「お金♪」

一方通行「……ったく、ほら」チャリン

番外個体「おぉ! 意外にもあっさりくれたね! “一方通行はケチキャラではない”……っと」メモメモ

一方通行「何メモってンだよ!? ジュース代ぐれェケチでも出すだろォが!」

番外個体「うわ~、まさかのブルジョア発言。あなたって金持ちなの? 貧乏人に聞かれたら殺されるよ?」

一方通行「ジュース如きでブルジョアまで繋げてンじゃねェよ! 買うンならさっさと買ってこい!」

番外個体「おー怖い怖い、“朝はキレやすい”……っと」メモメモ

一方通行「だからメモンなァァ!!」

看護婦「病院内ではお静かに!!」(とミサカはまたあなたに会えた喜びを胸にしまいます。今度はどこに注射してやろうかな……)

一方通行(な、何だァこの寒気は…?)ゾクッ


番外個体「ぷぷーっ、怒られてやんの~」ニヤニヤ

一方通行(誰のせいだと思ってやがる……血ィ止めてやろォかこのアマァ…)ピクピク

番外個体「じゃあ買ってくるね~」

一方通行「オイ待て、俺のコーヒーも頼ンで良いか?」

番外個体「いいよ~」


―――

 

 
番外個体「あー、旨い♪」ゴクゴク(←トロピカルサイダー)

一方通行「…………」

番外個体「あれ? 飲まないの? ……もしかして嫌いだった?」

一方通行「イヤ、そォじゃねェ………いただくわ」プシュ

番外個体「……?」

一方通行(コーヒーってだけで“ブラック”とは言ってねェのに、コイツはしっかりブラック買ってきやがった……)

     (確かに、ロシアでコイツといた時は無糖のコーヒーを飲ンで突っ込まれた事がある)

     (俺とロシアにいた事をコイツは覚えてねェハズ。なのに何故コイツは俺の好みを?………ただの偶然か?
       それとも、無意識の内に覚えてるってのか?) 


番外個体「………」ジーッ


一方通行(イヤ、さすがにソイツはちっと考え過ぎか……よくねェなこりゃ)

番外個体「なーにコーヒー見つめたまま固まってんの~?」ヌッ

一方通行「ッッ!?」ビクッ

番外個体「!? ち、ちょっと! 驚き過ぎ! あなたって痴呆症?」

一方通行「オ、オマエが急に顔近づけて来っからだァ!」

番外個体「あれ? 照れた?」

一方通行「ンなワケねェだろォがァァ!!」

看護婦「」ギロリ

一方通行「!」ビクッ

番外個体(なにコイツ面白い……)

一方通行「……オイ、中庭行くぞ」(どォも落ち着かねェ……。あの看護婦、さっきから何で俺の事睨ンでンだ? 
      ってか、アイツどっかで見たよォな…)

番外個体「は~、久しぶりに外出られる~♪」

一方通行「怪我人なの忘れてハシャぎ過ぎンじゃねェぞ」

番外個体「わ~かってるってぇ」

一方通行(……すっかり面倒見が板に付いちまってる。不本意だクソ)


~中庭~

「きゃははははははは♪」

忠告を忘れてハシャギ回る番外個体を一方通行はベンチから見守った。

「あァあァ、ハシャギ過ぎだろアイツ……」

呆れ気味だが、それでいて穏やかな表情をした一方通行はそう漏らす。
芝生でゴロンと横になりながら蝶を眺めるその仕草は、どこから見ても普通の少女。自分を抹消するために製造
されたとは思えないほどだ。少なくとも彼女を眺めている間はその事を忘れていた。

「…………」

あの純粋で無邪気な笑顔を脅かそうとする者がいる。その事実だけでも腸が煮えくり返りそうだ。

(ふざけンな。絶対にそンなマネはさせねェ)

(アイツの乗った旅客機を撃ち落としやがったクソ野郎を早く見つけて嬲り殺しにしてやりてェが、情報が少なすぎる)

(戦闘機の特定は出来ても、人物の特定までは出来ねェ。もし相手がつい最近“やり合った”ばかりのロシアだとした
 ら尚更だ)

(向こうから動き出すのを待つしかねェのか……)

(クソ……)


「おーい! あなたも来ればー!? 可愛いチョウチョさんいるよー!」


「!………チッ」

(コッチはオマエのために頭ァ働かせてるってのによォ、ノンキなモンだぜ全く)

更に呆れた表情になった一方通行は立ち上がって番外個体の方へと歩いた。
守りたい者を守るのはこれが初めてではない。壊す事しか出来なかった自分でも人のために命を張れるのは学習済みだ。

(オマエ達がどンな姑息な手ェ使って来るかは知らねェがなァ、コイツは―――)

(―――必ず俺が守り抜いてみせる)

今は何も出来ないが、自分がいる限りこの笑顔を絶対に奪わせはしないと改めて誓った。

 

 

 

―――


そして三日後・番外個体退院


冥土帰し「―――退院おめでとう」

番外個体「お世話になりました~」

一方通行「………」


病院入り口で番外個体と一方通行は冥土帰しの送り出しを受けていた。
一方通行から言葉はない。この三日間、大した出来事も特になく、番外個体にとっては充実した入院生活だったと
言えるだろう。
一方通行は退院後の予定を土御門に確認しようと電話を何度か入れたのだが、未だに折り返しが掛かってこない。
飄々としている上に色々と多忙な土御門の事だからさして珍しいとも思わなかったが、今後の予定が聞けないのは
困る。冥土帰しと別れを済ませ、病院門から出た後も掛けたのだが、いっこうに繋がらない。

(ったく、何してやがンだァ? あのグラサン野郎……)

「ねぇ、ところでさ……」

心中で舌打ちをしている所で番外個体が不安そうに尋ねてきた。

「ミサカはこれからどうしたら良いのかな? 帰る場所とかミサカ分かんないし、何でここに来たのかも正直よく
 分かんないってか覚えてないんだよね……」

一方通行に縋るような、その目は「ミサカを捨てないで」と言っていた。

「……心配すンな」

番外個体にアテがない事は百も承知だ。仮にもしアテがあったとしても、信用できない場所に彼女を預けるつもりも
なかった。
取り敢えず、『グループ』の所有する隠れ家に行くか。土御門がもしかしたら居るかもしれない。と考えた一方通行
は、番外個体を連れて歩き出した。

道中、「変なトコに連れ込んだらショック死させるよ!」とか言われたがアッサリ聞き流す。この三日間でソッチの
方の免疫もだいぶついていた。

 

 


~隠れ家~

「……ここがあなたの家?」

「ま、そンなトコだ」

幾つかある隠れ家の中で最も病院から近い場所を選んだ。
一般的なリビングにこれまた一般的な寝室やら浴室やら。特に目立つ箇所もない至って普通の住居だった。


番外個体「こう言っちゃなんだけどさ、すっげーつまんない部屋だね」

一方通行(やっぱ土御門はいねェか……あの野郎、一体どこで何してンだっつの)

番外個体「おいっ、聞いてる? 無視とか一番傷つくんだよ?」

一方通行「……あァ、聞いてンよ。別に住めりゃ問題ねェだろォが」

番外個体「まぁそうだけどさ~、なんつーか……普通」

一方通行「普通のどこが悪いンだよ? 荒らされまくった部屋に住むよりはよっぽどマシじゃねェか」

番外個体「……荒らされまくった事あんの?」

一方通行「昔の話だ」

番外個体「ふ~ん……ま、いいけどね。それよりミサカ、洋服が欲しいんだけど」

一方通行「あン?」

番外個体「こんなアニメっぽいってか、エ○ァみたいな服、いつまでも着ていたくないワケよ。ここまで来るのも相当苦痛
      だった事に気づいてる? もうこの格好で出かけるのは正直ヤだな~」プクー

一方通行「……ンなむくれなくても、そンぐらい買ってやっから心配すンな」

番外個体「……ねぇ、ずっと気になってたんだけどさ、あなたって何でそんな金持ってんの? まさか怪しい商売とかして
      ないよね?」

一方通行「別にィ」プイ

番外個体「…………」ジー

一方通行「だァあああ!! そンな目で見つめてンじゃねェェ!! 怪しいモン売ったりとかしてねェよ!!」

番外個体「………ぷっ」

一方通行「あァ?」

番外個体「あっひゃっひゃっひゃ! 冗談に決まってんじゃん! なぁに一人でムキになってんの~? あーおかし♪
      だいたい売るんなら自分の身体売りなよ。ソッチの方がイケルんじゃないの?」

一方通行「こ……このォォ」グッ

番外個体「お? 何? ミサカに手を出すって言うなら大声出して放電するよ?」

一方通行「大声は別に要らねェだろォがよ!!」


―――

 

 

~付近の洋服屋~

「ったく、何がどォしてこォなってンだよ。科学の摂理ってのはどォなってやがる……」

訳の分からない事をブツブツと呟きながら洋服屋の前までやって来た一方通行。
あの後結局、番外個体に「こんな格好で外なんか出たくないからミサカに合いそうな服買ってきて!」と命令された。
「はァ!? ふざけンな! 俺一人で女モンの店入れってかァ!? 冗談じゃねェ!」と一応は抵抗してみたのだが、
「これ着てけばいいじゃん。ミサカよりはきっと似合うよ?」と言われて差し出されたのは、さっきまで番外個体が
着ていた『あのスーツ(戦闘服)』だった。これにはさすがの一方通行も口調を変える。

「あンま良い気になってンじゃねェぞコラ? その素敵に巻かれたバスタオルひン剥かれてェのか? あァ?」

「えー? 絶対似合うよぉ。ためしに着てみなって♪」

普通の人間なら腰を抜かすほどの威圧感でも、番外個体にさほど効果はなかった。それどころかウキウキしている。
よっぽど戦闘服姿の一方通行を見たいのだろうが、そうは問屋が卸さない。

 

「絶・対! 俺は着ねェぞ! 明日学園都市が滅ンだとしても絶対に着ねェ! 一生の汚点に自ら足突っ込む馬鹿が
 どこにいンだよ!? そンならこの格好のまま行った方がまだマシだ!」

「お? 言ったね? じゃあよろしく」

「………あァっ!?」

こうしてまんまとハメられて今に至ると言う訳だ。記憶に障害が出ても、決して馬鹿になった事にはならない。
それに気づくのがほんの少し遅かった。ただそれだけの事である。
服も髪も、オマケに肌まで完全真っ白状態での外出は何とか避けたが、レディースショップの前まで来て新たに生ま
れた抵抗と一方通行はまだ戦っていた。

(とは言ってもよォ……)

(やっぱ俺一人じゃ無理ってモンだろォ! 大体何で俺がこンな思いしなくちゃいけねェンだァ!?)

しかも負けそうだ。

(サイズはフリーで何とかならなくもねェが……ってそォじゃねェ! そォじゃねェだろォ!? 最初っから店員に
 事情を話すか? イヤそれでもドッチみち店には入らなきゃダメじゃねェか! あァどォする!? どォすりゃあ
 俺はこの窮地を乗り超えられるンだァ!? 誰か俺に教えてくれェェえええ!!)

ついに店の前で頭を抱え出す一方通行。自分でも段々訳が分からなくなってきているようだ。
そろそろ警備員でも来てしまいそうな所で、彼にやっと救いの手が伸びる。


「あなたは……こんな所で一体何をしているのですか? とミサカは呆れ顔で尋ねます」

「あァ?……オマエは…」


御坂妹「お久しぶりですね。とミサカは敵意の篭もった目で睨みます」

一方通行「……オマエか」

御坂妹「本当は声など掛けたくはなかったのですが、あまりに滑稽な姿だったので思わず話し掛けずにはいられません
     でした。とミサカは今更ながら後悔します」

一方通行「……見てたのか?」

御坂妹「はい、ばっちり。とミサカは親指を立てます」

一方通行「…………」

御坂妹「別にミサカはあなたの間抜けな姿になど興味ありませんよ? とミサカは念のために伝えておきます」

一方通行「…………」

御坂妹「学園都市最強の無様な様子を見れた事に悪い気はしませんね。ではミサカはこれで。とミサカはそそくさとt」

ガシッ

御坂妹「……何故ミサカの腕を掴むのでしょうか? とミサカは早く放せと目で訴えます」

一方通行「………オマエに頼みがある」

御坂妹「は?」

一方通行(このチャンスを逃す訳にはいかねェ。この際こだわってなンかいられねェンだ!)

御坂妹「ミサカに頼みごとですか? あなたが? とミサカは信じられない表情であなたを見ます」

一方通行「もォオマエしかいねェンだ。オマエにしか今の俺を救えねェンだよ」

御坂妹「……何でしょうか? とミサカは一応聞くだけ聞いてみます」


一方通行「俺の代わりに服を買ってきてくれ」


御坂妹「……………ハイ?」

一方通行「頼む。そこの店で、オマエが良いと思う服一式を俺の代わりに買ってきてくれ。金なら渡してやる。多めに
      渡すからソイツでオマエも好きなヤツ買ってくれて構わねェ」

御坂妹「………ミサカは」

一方通行「?」

御坂妹「ミサカは、自分の心理状態と、あなたの頼みの両方に疑問を抱きます。調整を終えたばかりだというのに……」

一方通行「オ、オイ……?」

御坂妹「どうやら、二時間前に行われた調整は失敗したようですね。やけに背が高くスタイルの良いミサカまで見える
     始末……とミサカはフラフラと旅に……」

一方通行「行くな! 行くンじゃねェ! 今オマエに行かれたら俺が困ンだよ! 行くなら服買ってからにしろォ!」

ガシッ

御坂妹「……分かりました。分かりましたから、ひとまず腕を放して下さい。とミサカは懇願します」

一方通行「あ、あァ……悪りィ」


―――

 

それから十数分後、御坂妹が袋を持って店から出てきた。

御坂妹「これでよろしいでしょうか?」ドッサリ

一方通行「……ずいぶン買ったなァ」

御坂妹「ミサカの服も買いましたので。ありがとうございました。とミサカは一応あなたに頭を下げます」

一方通行「気にすンな、ソイツは当然の報酬だ」

御坂妹「……訳は敢えて訊きません。特に興味もありませんので、ミサカはこれで失礼しますがよろしいですか?」

一方通行「あァ、助かったぜェ」ヒラヒラ

御坂妹「では……」スタスタ

「ふゥ、アイツがたまたま通ったおかげで何とかなったなァ。しっかし、やむを得なかったとは言っても、
 アイツにこの俺が頭下げて頼むなンてよォ……我ながら思い出したくねェ事しちまった」

自分の行動に軽く後悔するが今更である。

「さて、服も手に入った事だし……さっさと戻るか。隠れ家に居るとは言え、長い時間アイツから離れるってのは
 得策じゃねェ」

杖と荷物で両手が塞がった状態で一方通行は来た道を引き返していった。


―――

 

その頃

「~~♪」

帰宅路途中に設置されている自販機前で美琴は上機嫌な顔をしていた。
蹴りによるルーレットの結果から来た笑顔である。戦利品のヤシノミサイダーを片手に、美琴はベンチへと腰を下ろす。

「久々に当たったわね、ラッキー♪」

ささやかな勝利の味に酔いながらそう漏らす。

「…………」

当然、目的もないのに公園で一人ジュースを飲んでいる訳ではない。ここに居れば上条との遭遇率が高いのだ。
一昨日も昨日も結局こうして張っていたのだが、上条は現れなかった。今日こそは会えそうな気がする。特に根拠は無い。
なんとなくである。

「早く来なさいよ。いつまで女の子待たせりゃ気がすむのかしらねー、あの馬鹿は」

待ち合わせをしている訳でもないのに勝手な事を呟いているが、これも乙女心だ。
連絡を取ってしまえば手っ取り早いのだが、それでは面白くない。これも乙女心か?
美琴は遭遇時の計画を脳内でイメージしながらその時を待っていた。その脳内を覗くまでもなく、表からでも分かりやすい
ほどに浮かれた表情の美琴。自分に向けられている怪しい視線にもこの時ばかりは気づかなかった。


「ん………?」

しばらくして美琴の前に現れたのは、上条ではなかった。
白衣姿の男が数人ほど、彼女に向かって歩み寄って来る。
怪しい空気を感じた美琴は脳内妄想を瞬時にストップし、白衣の男達へと目を向ける。
やがてベンチに座る美琴を囲むように男達は立ちふさがる。

「御坂美琴だな?」

男の一人が低い声で問い掛けてきた。

「そうですけど……何ですか?」

警戒心を込めて言葉を返す。
見た目では研究者や科学者だが、それにしては少々怪しい雰囲気だ。

「私達と一緒に来てもらいたい」

別の男がそう言った。当然「ハイ分かりました」と答える筈がない。

「何? 新手のナンパ? どう考えたって流行りそうにないからやめた方がいいわね。白衣着てれば偉く見せれるつもり?」

微笑を浮かべる美琴の反応などお構いなしにまた別の男が口を開く。

「君に拒否権はない。大人しくついてきた方が身のためだぞ?」

言葉が終わると同時に一歩前へと足を出す男だが、美琴がそれに怯える筈もない。
こういうケースは流石に初めてだが、ナンパされるのには慣れている。上条と初めて出会った時も似たような状況だった。
あの時の連中との違いは、分かりやすく表れた欲望の有無と、ここにいる彼等はどこか得体が知れない事ぐらいだ。
いずれにせよ、美琴にとってはどうでもいい事に違いはない。
上条が来る前にさっさと終わらせようと、美琴は軽く首を捻って立ち上がる。

「ついて来る気になったか?」

「ハッ、んなワケないでしょ? お断りよ」


―――

 

 

 


「…………」

隠れ家に戻った一方通行は持っていた袋をドサッと床に落とした。

「……オイ、嘘だろォ…」

番外個体が、いない。

「まさか……」

来る時に履いていたブーツも、ない。それはつまりこの隠れ家にはもういない事を意味する。

「そンな……」

嫌な予感がこみ上げてくる。

「―――ちっくしょおおおォォォォ!!!」


ためらう事なく電極スイッチを『能力使用』状態にし、伸縮自在な杖を縮め、表へ弾丸の如く飛び出す一方通行。
考えが甘かった。やはり一人にするべきではなかった。一方通行は走りながら後悔の渦に呑まれていた。

(どこだ!? どこにいンだよォォ!!)

捜す。
とにかく捜す。
一方通行はバッテリーが続く限り捜す思いで街中を疾走した。


そして、そろそろ太陽が真上に昇る頃、もう一人の少女にゆっくりと魔の手が伸びようとしていた。
今、この段階でその事実を知る者は少ない。

だが近い未来、学園都市全域に衝撃が走る事となる。

『御坂美琴、謎の失踪』という大きく書かれた文字によって―――。

 

 

 


―――


「あーあー……ったく、小娘一人になんてザマだよ」

身体を痙攣させて気絶した男数人を見下ろした刺青の男は冷たく切り捨てるように言った。
倒れた男達の中心に立っていた美琴は、いつの間にかすぐ正面にいた刺青男を見て表情を凍らせる。

「!? アンタ、あの時の……」

「よっ、強いね~お嬢ちゃん。けどちょーっとオイタが過ぎるかなぁ」

ヘラヘラと笑いながら子供を相手にしている調子で声を掛けてくる刺青男。

「こいつら、アンタの仲間? ずいぶん躾がなってないみたいだけど」

「さっきまでは一応部下だったんだが、やっぱ要らねえわ。テメェみてぇなガキにあっさり倒されてんじゃあ
 使い物にもならねぇ。ま、別に戦闘要員でもねえから仕方ねえんだけどよ」

「ガキ……ですって?」

刺青男の発言に口元が歪む。こめかみ辺りに血管が浮き出るが、冷静に訊き返した。

「……で、私に何の用よ?」

「いやなに、ちっとばかし協力して欲しくてさぁ。大丈夫、悪いようにはしないぜ」

「大人しくついてきてくれればな」と追加したが、当然美琴はこれに拒否する。

「冗談じゃないわ。何で私がアンタなんかに付き合わなきゃなんないのよ? ってか、そもそもアンタ誰よ?」

「チッ……」

美琴の返答に刺青男の顔も歪む。一瞬だけ優しい表情を作ったものの、本性を隠すのはどうも慣れていないらしく、
すぐに邪悪な顔を覗かせた。

「大人しくついてくりゃあ少しは良い思いさせてやろうってのによぉ……つくづく超能力者ってのはムカつくわ」

「!」

刺青男の急変した態度に美琴は身構えた。

「もういい、やっぱ紳士なんてのはガラじゃねえから力づくで連れてく事にした」

「ふん、その方が手っ取り早くていいわね」

そこからは言葉なしに対峙し、睨み合う両者。すでにお互い戦闘態勢に入っていた。


「――っ!」


そんな中、先に仕掛けたのは美琴だった。

前髪から先ほど数人を倒したのと同じ電圧を放電する。
気絶させる程度だが、まともにもらえば一撃で終わる攻撃だ。
青白い電流が描く曲線は刺青男に一瞬で突き刺さる―――

―――
はずだった。

「えっ!?」

……
外れた?

「どこ狙ってんだ? お嬢ちゃん」

平然とした顔で立っている刺青男。電撃は男のすぐ横を通り過ぎたかに見えた。

(そんな、確かに狙ったのに………もう一度っ!!)

しかし再度放たれた雷撃も、あっさり男の真横を走っただけに終わる。
一撃目と全く同じ結果だった。

「な、なんで!?」

刺青男目がけて真っ直ぐ撃ったはずなのに何故当たらないのか?
答えはすぐに返ってきた。

「一応言っとくけどよ、テメェは演算ミスもしてねえし、電撃も真っ直ぐ俺に向かってる。能力不調とかそういうん
 じゃねえから心配すんな」

「じゃあ……何で当たらないのよ!?」

急かす声で問う美琴に、刺青男は信じられない回答をした。

「なぁに簡単だ。別に何てことはねえよ―――」


「―――ただ単純に俺が“避けてる”だけなんだから」


「!!??」

この発言に美琴は驚愕の表情を作る。平然と言ってのけるが、それが一体どれほどの事か分からない筈がなかった。

「う、嘘よ!! そんな……そんなことができる訳ないじゃない!!」

「信じられねえか? なら何度でも撃ってみろよ」

挑発するような刺青男の態度に美琴は迷いを見せた。その隙をつくように男は言葉を続ける。

「……と言いたい所だがな、生憎コッチはいつまでもテメェと遊んでやってる時間がねえんだ。っつーことで悪いが、
 しばらく寝てろやクソガキ」

瞬間、刺青男は一瞬で美琴の懐に潜り込んだ。

「―――ッッ!?」

咄嗟の事に反応する暇もなく、腹部の辺りにドスッ! と、重い衝撃が伝わる。

「ハイ、ゲームセット♪」

男の高らかな勝利宣言が頭上で聞こえた。

気づいた時には刺青男の拳が、容赦なく美琴の腹にめり込んでいた。
正に抵抗もできない程の速さで。

「……ぁ…ぐ…」

その一発で意識を刈り取られ、なすすべなく地面に崩れ落ちる美琴。
文字通り瞬殺である。

「クク……残念だったな。俺はテメェよりも遥か上の能力に携わってきた男だぜ? なめんじゃねえよ」

男の発した声は、もう美琴の耳に届いていなかった。

「ケッ、本当に一発で沈みやがったか。所詮はただの中学生ってな。よっと――」

完全に気を失った美琴を担ぎ、すぐ近くに停めてあった車の後部座席へ放り込んだ。
そして自らは助手席に乗り、運転手に車を出すよう告げる。

大きなエンジン音を上げて動き出す。
後ろに『超電磁砲』の異名を持つ超能力者の少女を乗せたまま、車はゆっくり加速していった―――。

 

 

―――

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最終更新:2011年03月10日 15:49
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