とある世界の残酷歌劇 > 終幕 > 13


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顎に突き刺さる拳。ごりっ、という骨を削るような鈍い音。
それに抗う術を一方通行は持たなかった。

「ぐゥ……っ!」

頭蓋を抜けた衝撃が脳を掻き回す。
同時に欠けていた最後のピースがかちりと嵌まる。
明滅する視界の中で一方通行は全てを漸く理解した。

触れるもの総てのベクトルを反射する最強の盾をこともなげにあしらうその存在を忘れるはずもなかった。

彼女の左腕にあるそれは『あの右手』だ。

あの日、あの時、あの瞬間。
自分の前に立ち塞がり、最強の能力者と謳われた自分を殴り飛ばしたあの右手。

「アレイ……スター……!」

絞り出すようにその忌み名を呼ぶ。
きっと彼は今もどこかで笑いながらこの様子を眺めているに違いない。



視界を揺さぶられ、刹那の間だけ一方通行の認識が遅れた。

踏み付けるように御坂の蹴りが胸に穿たれる。

それは一方通行に対し何ら威力を発揮しない。
恐らくは一息に胸板を踏み抜く一撃だったのだろう。
しかしどだい前提条件は覆らない。
その『右手』ならまだしも、その質がどうであれ単純に示せばただの蹴りでしかない。

そんなことは御坂自身百も承知だ。
通常の手段ではダメージを通すことはおろか、逆に放った側が潰される。
己の力をそのまま返されて文字通りに自爆するだけだ。

だがそれは攻撃として放った場合のみについてだ。
他もおおよそ似たような結果になっていただろうが、この場合のみを論ずるならば御坂の蹴りは正しく効果を発揮した。

踏み抜く、という表現はあながち的外れではない。
横方向への震脚とも言うべきそれは通常状態の機能に従い彼の体に刺さる直前方向を転換する。

その力に乗り、御坂は跳躍した。

足首、膝、腰関節。そして大幹を操り威力を削ぎつつもベクトルだけを受け止める。
反射された『踏み抜き』を靴裏で受け止め、その力を足場に、更には跳ね返った力を受け流しながらも決して逃がさず。
単純換算して二倍。そこに自身の力である磁力牽引も加え大跳躍を果たす。



御坂の体は月天極光の下を舞う。
背を反らし、あたかも魚が波間に躍るように。

「おおおおォォおォっ!」

烈風となって黒翼が波となって奔る。
鞭のように撓りながら離れる御坂に食らいつかんとする。

「しつこい――なぁっ!」

追い縋る六枚羽を、しかし御坂は手に現した光剣で残らず迎撃する。
激音と共に虹色の光が四散し爆彩を生んだ。

その動きは明らかに剣技の域を超えている。
妹達が戦闘知識として持つのは単なる教科書通りの型だ。
ただ果てしなく実践的で、かつ状況に応じたそれを正確に再現できるという点では並の兵士など取るに足らない戦技であるのだが。

宙返りする相手を狙って襲い掛かる複数の攻撃を残らず弾くなどという暴挙は言うまでもなくそこにはない。
この状況で御坂が構築し直し発展させた――剣術だろう。

対し一方通行は、露骨な言い方をしてみれば――戦い方をまるで知らない。

相手の攻撃を反射させれば自滅する。
適当なものをぶつけて強引に破壊する。
能力任せに相手を蹂躙する。

蟻を潰すのにわざわざ工夫を凝らす必要もない。
そういう戦い方しかしたことがなかったし、それ以上する必要もなかった。

現時点でも力の差は歴然。
どれだけ力を持とうとも彼にとっては蟻には違いない。
その蟻が空を飛ぶ羽と、毒を持つ牙を備えていたとしても変わらない。

だが、もしもその蟻が歴戦の兵にも勝る頭脳と戦技の持ち主だったら……?



御坂とてそれは理解している。
己は彼にとって羽虫程度の存在でしかない。どれだけ強度を上げようともその絶対条件は変わらない。
世界の四分の一を手に入れたとしても、敵わない。

弱点はある。首元の、チョーカーにも似た電極。
それを破壊してしまえば一方通行は能力が演算できずに、それこそ地を這う虫にも劣る存在となるだろう。
彼にとってのアキレス腱。唯一無二の弱点がそれだ。
ミサカネットワークの崩壊を原因として演算が消失するのも結果的には同じことだ。

直接か、間接か。
どちらにしても『無敵』であるその能力を封じなければ勝ち目はない。

ない……はずなのだ。

「その『右手』……」

御坂の左腕にはそれを破る手段がある。

「……」

距離を離したまま両者は対峙する。

本来在り得ないはずの、彼の『無敵』を妥当し得るという不条理の塊。
だがその存在を一方通行に覚られた。



一方通行の思考は混沌としていた。

彼の死。御坂の左腕。
己の犯した事の結果。

笑顔のままそれを振るう少女。

しかしそれとは別に冷徹な思考が存在していた。
彼の特性ともいうべき分析能力。
それは何も能力を行使しなければ発揮しない代物ではない。
結論だけ言ってしまえば先の一撃で必要最低限の特性を見切っていた。

至近距離でなければ効果を発揮しない――。

実際との差はあるが大して変わらない。
結果として一方通行の選択は御坂を近付かせなければいいというだけのことだ。

かといって一方通行とて遠距離から御坂をどうにかする手段を持たない。
翼の射程は精々が数メートル。その間合いであれば少しでも調子を見誤れば斬り込まれる。
他のまともな攻撃手段は――残らず御坂の能力に阻まれるか、さもなくば矢張り『原子崩し』の剣で迎撃されるだろう。

であれば。

(まともじゃねェ手段を使えばいいだけの話だが)

御坂の能力は確かに強力だ。
電磁気力操作という、世界の四分の一を掌握したに等しい能力。
一方通行のそれはあらゆる力を操作できるが――最大の弱点がある。

――『一方通行』は自力を持たない。

その能力はあくまで受動的でしかないのだ。



彼の能力は確かに最強かもしれない。
しかしその代償として、あまりに無力だった。

あらゆるベクトルを操れるといっても所詮は己の触れられる範囲でしか操ることができない。
他者を拒絶し、他者を支配し、他者を蹂躙しながらも、他者に依存するという矛盾を抱えた力。

その一点において御坂の能力とは根本的に異なる。

故に能力がどれだけ強大であろうとも、それに相当する力がなければ真価は発揮されない。

今ここで『まともでない手段』は三つある。
彼女が電磁気力を操る能力者であるならばそれ以外の力は防げない。

強い力、弱い力、そして重力。

圧倒的といえるだろう。
単純にそこだけ見ても御坂の三倍の力を有している。
一方通行という能力者にはどうやっても御坂は敵わない。
あえて分かりやすい弱点を狙わなければならないほどに。

しかし彼が触れられる力ともなれば話は変わる。
酷く単純な理由でそのどれもが役に立たない。

強い力も、弱い力も、射程があまりに短いのだ。
素粒子に直接作用するこの二つの力はその力が発揮される距離が非常に短い。
一方通行が触れている――彼自身を構成している力も含めた――力をどう操っても御坂には届かない。
直接御坂に触れて能力を行使した方が早い。

そして重力。これについても致命的な欠点を抱えている。
地球上にいるかぎり1Gを超える重力は存在しない。
次に大きい重力発生源である月の分も入れたところでさほど変わらないだろう。

単純に言って彼の体重分+αの力しか操れない。
重力線を投げて直接押したり引いたりしたところで、その程度であれば余裕で相殺される。

とどのつまり、矢張り黒翼か、さもなければ能力の直接行使しか手段がない。



刻一刻と疲弊しているのは間違いなく一方通行の側だった。
明確なリミットが設定されているのは彼だけで、相手はただそれを待っているだけで勝負がつく。

けれど御坂の能力出力もまた弱体化している。
互いの能力が同じ媒体を共有している以上、本人たちを除けばどちらかが一方的にメリットやデメリットを生むことはない。

ミサカネットワークが一方通行の演算を維持できなくなれば、墜ちる。
黒翼はミサカネットワークの如何に囚われず、御坂はそれに『原子崩し』でしか対抗できない。

数瞬前まで互角だった天秤はどちらに傾くか分からない。

――時間の流れは果たして誰に味方するのか。

それはどちらにとっても分からない。
両者は互いを睨み合ったまま動きを止めていた。

「……どォして」

ぽつりと口を開く。

「よりによって……オマエがそンな風になっちまったンだよ。オマエは普通に泣いたり笑ったりできる奴だった。
 下らねェ幻想を馬鹿みたいに大事にできる奴だった。俺みてェなのとは違う――オマエは『こっち側』じゃなかった」

問いに、御坂が見せた笑顔に彼ははっとなる。
表情が違う。目を細め、静かに微笑んだのだった。

「そんなの決まってるじゃない……もう、いいや、って。全部諦めたから」

くつ、と喉が煮えるような音を立てる。

「だってそうじゃない。当麻のいない世界なんてどうでもいいんだもの。
 何よりも大切だった。誰よりも好きだった。掛け替えのない存在だった。
 あのときアイツが私の全てだった。私そのものだったのよ。
 それがね、死んじゃった。私にはどうしようもなかった。
 どれだけ強く想っていても何も出来なかった。想いなんてものは粉々に砕かれた」

御坂は笑う。

狂愛に歪んだ道化のような貌で、まるで泣くように笑った。

「だから私は全部全部放り捨てて、一番大事なものを守るために――狂うしかなかったのよ――っ!」



ごぉん――――……と空気が戦慄いた。

目を焼きつくすほどの閃光は純白としか感じられない。
鼓膜を突き破ろうとする爆音は感覚の許容値を超え地鳴りにしか聞こえない。

燃え上がるような感情の発露は到底理解されることなどなく、ただ世界を震撼させるだけだった。
                    、 、 、
「……確かに私は超能力なんて妙な力を持ってるけどさ……。
 常盤台とか、超能力者とか、第三位とか、そういうごてごてした装飾がついてるけど。
 ……でも、私まだ中学生よ? 中二なのよ? 一体私に何を期待してるのよアンタ達は。
 馬鹿な事して怒られて、笑って、泣いて、怒って、恋して、そうやって生きてたっていいじゃない」

「……御坂」

「なのに目の前で好きな人が死んじゃって、私を庇って」

くつ、とまた喉を鳴らし御坂は目を細める。

「私が何をしたの? 当麻が何をしたの?
 一体どうしてこんな理不尽な目に遭わなきゃならないの。
 何が悪いの。何がいけなかったの。何が原因だったの――!」



叫びと共に再び閃光が炸裂する。

爆ぜる雷火は彼女の感情そのものだ。
世界を震わせ、焼き尽くし、純白に染めようとするその暴力こそが彼女の真正。

「…………」

「答えられる訳ないわよね。私だってそういうものだって分かってる。
 これが単なる不幸の積み重ねで出来た偶然の産物だって理解してる。……でもね」

御坂は口の端を上げ柔らかく笑み――笑うしかなく――、

「ッ……!」

一方通行はその笑顔の意味をようやく理解する。

最初はどこにでもある惨劇だと高を括っていた。
そんなものは世の中どこにでもある。明るく暖かな日常のすぐ傍で幾らでも起こっている。

次に、これは復讐劇だと思っていた。
それもよくある日常の裏側だ。人と人の情念が交錯するのが世界なら、それもまた起こるべくして起こる必然だ。

けれど違う。
これはそんな難しい話ではない。

御坂の言うように、これは不幸に不幸が連鎖して起こっただけの。

よくある悲劇の物語。

ただ一言『不幸だった』と言ってしまえばそれで済んでしまう。
それだけで済んでしまう程度の――よくある話。

だからこれは、徹頭徹尾、不幸な偶然の積み重ねの果てに生まれた悲劇でしかない。





「だからって、はいそうですかって納得できるほど私は大人じゃない!!」



八つ当たりに等しい行為だと自覚している。
ただの子供の癇癪だ。嫌だ嫌だと駄々を捏ねているだけに過ぎない。

「目の前にこんな分かりやすい『元凶』がいるんだもの。
 誰も悪くないなんてそんな甘い事を言って終わらせられなんかしない」

けれど――そうせずにはいられない。

「アイツを、最後の最後まで不幸なんて一言で、片付けさせなんかしない――!!」

ゴンッ!! と空気がハンマーで殴りつけられたように鳴動する。
天から降り注いだ光の柱が御坂に突き刺さる。
                            、 、 、 、 、 、
極大の雷火柱――それが掲げた右腕の先に留まっている。

さながら天に振り翳した光の剣。

『原子崩し』の光剣など比べようもないほどの強大な力の塊。
彼女、御坂美琴――『超電磁砲』の力そのものを具現化したかのような『雷撃』。

「だから私は――どんなことをしてでも――」

呟きは雷鳴に塗り潰され、そして。

「――展開――『九月三十日』」

ミサカネットワークを一つのデータが埋め尽くした。



それはとある記録だった。
無数ともいえるデータの海の中に埋没していた、たった一つの特異点。

その日、学園都市には二つの『闇』が存在していた。



一人はテロリスト――と表向きは称されているはずの人物。

ただの一人。
銃もナイフも持たないたった一人の女。
彼女が前方のヴェントと呼ばれていた、というのはここでは大した意味を持たない。

彼女は警備員を初めとする学園都市の武力を司る者を、敵対しようとする存在を、根こそぎ昏倒させるという不可解な力を揮い無力化した。

それは一体如何なる手段によるものか。
未だ解明できずにいるものの、結果としてそのたった一人によって学園都市は壊滅寸前まで追い込まれた。



そして裏では、その騒乱に隠れるように動いていたもう一つの影が存在した。

名を木原数多。
学園都市の抱える極大の闇の一つである『木原』を冠する一人の科学者である。

一方通行にとっては名も知らないテロリストよりもよほど因縁深いものだ。
何せ彼は木原数多によって一方通行は二度目の敗北を喫することになった。
打ちのめされ、蹂躙され、何の異能も持たない相手に敗北した。



……だがミサカネットワークを侵蝕したこのデータには、
木原数多についても、そしてもう一人のテロリストについてもあまり多くは記録されていない。

だからこれら二人についての情報は単なる蛇足的なものでしかない。



――同時に巻き起こった二つの騒乱の只中に妹達の一人がいた。



これはその日彼女が体験しただけの乱雑なデータ群に過ぎない。



一方通行は身構える。
どう転ぶにせよ、これが最後の一撃だと。

御坂の手にあるそれは単なる稲妻、放電現象だ。
そんなありふれた力では一方通行には通じない。

当然のように。

「……っ」

背の翼が震える。
これから現れるのはきっと、彼の『無敵』を崩す不条理だ。

『未元物質』や『幻想殺し』ではない。
ましてありふれた超能力などでは断じてない。




  、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、
在り得ないはずの事が起こるという現象そのもの。





――――それを魔術と人は言う。



『何か』が一方通行の頭の中を掻き毟った。

「……ッ!?」

何百本もの細長い足を持った虫に這い回られたような生理的な嫌悪感を催す幻覚に不意に襲われる。
ぞりぞりぞりぞりと、抉られるように彼の領域が侵される。

正確にはそれは彼の脳内ではない。
外付けの、ミサカネットワークによって補助されている演算機能だ。

「御坂……!」

それが一体どういうものなのか分からない。分からない。分からない。
だが何を意味するのかは分かった。

得体の知れない何かが思考と共に加速される――。

「俺の――演算能力に乗せやがったのか――!」

その有様、性質、理論、解法、条理、妄念。
そういうものを一つ一つ細かく裁断し解析する。

超能力『一方通行』の持つ真の意味は力の解析。
それがどういう代物なのか、どういう理屈なのかを結果から逆算し正体を明らかにするという天眼。

『魔術』という力の本質を解析する。



妹達の『消費』が加速度的に増す。         、 、 、 、 、 、
ネットワークを埋め尽くすそれは破滅的な勢いで食い散らかし、それでも演算を止めようとはしない。



「――――――――――――――――――――!!」



風の中に涼やかに響いたのは歌声だった。

御坂の唇から零れるのは悲痛な慟哭のようで、そしてまるで歓喜の歌だった。

鎮魂歌のように。
賛美歌のように。

あるいはただの恋歌のように。

その声に込められていた感情は一体どんなものだったのか。
一方通行をしてもそれを推し量ることはできない。

ただ、一つの結果が現象として現れる。

これは一方通行を打倒し得る最後の鍵。
恐らく一方通行は『分からない力』でさえも捻じ伏せてしまうだろう。

だが。しかし。

それは世界でただ一つの、『一方通行』をもってしても総てを理解することのできない力の質。

この一手で勝負は決する。



全身の毛細血管がびちびちと爆ぜる。
視界は真っ赤に染まり、骨は軋み、吐息からは硫黄のような味がした。

天を突き刺さんとする巨大な光の塊が鳴動する。
振り上げた右手から伸びる落雷の柱は一度、身震いするように周囲に無数の稲妻を放射した。

その中の一片が――ほんの小さな一雫が一方通行の元へと降り注ぐ。

「――ちィっ!」

何かが拙い。何かがおかしい。
そんな気配を理由もなく直感しながらも――彼は右手を振るう。

設定は『反射』。
全てを拒絶するように飛来した白雷を打ち払う。

雷速の一撃に一方通行の腕は偶然か、正確に命中した。
白い指先に触れた雷光は虹色の光となって四散する。

同時に右手の指が五指纏めて吹き飛んだ。

「ッ――――がァァああああああ!!」

あらゆる力を反射するはずの能力を前にしても、雷撃は確かに一方通行に突き刺さった。



(く……そォが……ッ!)

思考を掻き回す乱雑な情報の嵐が演算を阻害する。
それはこの解析不能な力の源泉なのだろうが、だとしても何かがおかしい。

この情報のままの力なのであれば、そのままを設定すれば理解などせずとも跳ね返せるだろう。

どうしてそれをすり抜ける。



――それがこの世界にある普通の物理ならな。



「っ……!」

不意に浮かんだ言葉。
それはもう一つの、一方通行の鉄壁を正面から崩した存在。

(よく分からねェ代物に、もう一段階フィルタを噛ませて……!)

これは本来、一人の少女を救うためだけに行使されたものだ。
それをそのまま出力したところで、どうして破壊を撒き散らすものか。

(無理だ――)

フィルタは他ならぬ『御坂美琴』自身。
魔術の構築式を強引に自分の演算公式を組み込んだだけの継ぎ接ぎだらけの代物だ。

ならばこれは『超電磁砲』という魔術の発露に他ならない。

(俺は雷撃や超音速徹甲弾のベクトルは知ってるが『超電磁砲』なンて能力そのもののベクトルは知らねェ。
 そンなものは、アイツの、御坂美琴の観測した世界の中にしか存在しねェンだから――!)



一方通行は歯を食い縛る。

思考を侵す情報の氾濫は頭の中をミキサーでぐしゃぐしゃと掻き回されている錯覚を引き起こす。
右手の先の欠落からくる激痛はまるで御坂の雷撃がべっとりと貼り付いてでもしまったかのよう。

気を失った方が楽に違いない。
だが彼は意識を手放そうとはしなかった。

……自分は『彼』のようにはなれないだろう。

頭の端に引っ掛かった存在が一方通行を引き止める。

『彼』は英雄のような存在だった。
理不尽に降り掛かる災厄を吹き飛ばしてしまうような、そんな存在だった。

けれど自分は対極に位置する。

自分は災厄だ。理不尽だ。
英雄に吹き飛ばされる存在でこそあれ、英雄などでは断じてない。

ならば何か。

「――――――」

その時彼は見た。

烈光を天に掲げた少女の体が震え。

「――ごぼ――ッ」

口からどす黒い血を吐き出し、目からは血涙を流し。
それでもなお何かに憑かれたような笑顔でこちらを見る少女を。

(――そォだ。俺はアイツになンかなれやしねェ。俺に出来るのはただ――)

ぎ、と噛み締めた奥歯が嫌な音を立てて擦れ、一方通行は唇を吊り上げた。

諦念など必要ない。慈悲など必要ない。
英雄の対極に位置する彼に必要なのはたった一つだけ。

破壊の衝動。殺意。

「――殺す。俺はただそれだけの悪党だ」



ただ殺意に任せ、他を残らず無視して衝動的に一方通行は喉を震わせる。

「――――――――――!!」
                       う た
彼女と同じく、思考を埋め尽くしていた魔術に『一方通行』を乗せる。

理屈は分からない。結果も見えない。
しかしこの御坂に対抗できるのは自分だけで、これ以外にないと直感した。

もしかしたら無駄に終わるかもしれない。
何も起こらず、ただの足掻きにもならないかもしれない。

けれど一方通行は衝動のままに喉を震わせ、歌を紡ぐ。

「な――」

予想外の返歌に御坂は唇を噛む。

自分と同じ事をしているのだというのは理解できる。
ただその結果がどうなるのかは予想できない。

当然だ。魔術を知らぬ御坂には今自身が掲げるこの雷剣ですらもよく分かっていない。
まして他人のそれがどんなものなのか、考え及ぶはずもない。



視界はぼやけているし全身の感覚がまるでない。
けれど掲げた右手には極大の稲妻が握られている。
力に奮えるように鳴動する雷光は何者にも抗えない力の象徴だ。

その性質を、その意味を、御坂は知らない。

そんなものはどうでもいい。

彼を殺すというたった一つの目的のために掲げた腕を――、

「――――っ」

視線の先、殺意を向けた相手は、同等の殺意をこちらに跳ね返している。
歌と共に、血のような殺意に濡れたどろりとした瞳で自分を見据えて笑っている。

狂したように歌声を響かせ、そして。

「ガ、はァ――っ!」

血を吐き、笑い。



――掲げた右手を振り被り、一息に、



……こぽん、と小さな音がした。

御坂と同じように、一方通行の喉から零れた血の塊が、まるで風船のように膨らみながらも薄れてゆく。

いや違う。あれは体積を増しているだけだ。
同時に何故だか血の色は失われ、透明になっていく。

意味が分からない。理屈がまるで理解できない。
それが血なのか、もっと別の何かなのか、それすらも判断できない。

だが一目で――駄目だ、と天啓のように覚る。
何故だか分からない。けれど間違いなく直感した。


              、 、 、
あれはとんでもなく不吉な予感がする――。





「――――ぅああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!」





絶叫と共に振り下ろした。



「――――」

理解できないのは一方通行も同じだった。
如何な一方通行であれ、その力を行使したとしても、理屈の一片たりとも分からなかった。

口から吐いた自分の血液が、膨れ上がって、透明になっている。

ただそれだけの現象だ。
吐血については御坂も同じで、恐らくは何らかの代償なのだろう。
超能力者が魔術を行使したという行為そのものに無理が生じたのか。

それらを理解できないし、しようとも思わない。

(なンだ……これは……)

ただ、目の前で水に漂うクラゲのように浮かぶ水球はその結果だ。
どこか呆然とした頭で発生した事象について思考を巡らせる。

(塩酸? 硫酸? それとももっと別の劇物か?
 馬鹿な。そンな物をアイツにぶつけたところで――)

思わず――伸ばした左手の先が球に触れる。

「――――」

冷たい、と感じる。
たったそれだけの液体だ。

(――違う!)

  、 、 、 、
理解した。

どうしてそんなものが生まれたのか分からない。分からないし、どうでもいい。
ただ、それが何なのか、目の前にある事実だけを理解すれば充分だった。

それは最も身近で、ありふれた存在。
      、 、 、 、 、
(これはただの水だ)

水。H2O。
たった三文字の化合式で表される存在。



――知ってるか。この世界は全て素粒子によって作られている。



理解すると同時に、脳裏にあの言葉が過ぎる。
          、 、 、 、 、 、
一方通行を、無敵の能力者の鉄壁を崩した少年の言葉が。



――俺の『未元物質』に、その常識は通用しねぇ。



落雷が振り下ろされるという物理法則を超えた現象。

当然であり必然だろう。
それは魔術という物理法則に縛られない不条理の塊だ。

その前に一方通行の背から噴出する黒い翼が立ち塞がる
六枚全て、抱き止めるようにその進路を遮る。

バギバギバギバギバギバギィィ! と耳を劈く破壊音が響く。

「ああぁぁああああああああああああ――!!」

「おォォォおおおおおおおおおおおお――ッ!!」

両者の激突は一瞬。

砕かれたのは――黒翼の側だった。

虹色の光を羽毛のように撒き散らしながら翼が割れる。
断ち切られ、寸断され、粉砕され、四散し、粉微塵に、打ち砕かれる。

「一方――通行ぁぁああああああ――!」

あらゆる物を蹂躙し破壊する雷光が白の超能力者に突き刺さる。

閃光の花が夜空に咲いた。



「――――――」

その力の全てを発散したのか、御坂の手からは光は失われていた。
ごぼ、と咳と共に肺に溜まった血を御坂は吐き出し、荒い息を繰り返す。

彼女の前には――未だ一方通行の姿があった。

「……先に一発貰ってて正解だった。
 どォにか感覚は掴めたからなァ。何とかベクトルを操れた」

そう言って白髪の超能力者は顔を顰める。
背から弱々しく黒色を吐き出しながら、一方通行は、もしかしたら笑ったのかもしれない。

「そのザマでよくそんな事言えるわね、アンタ」

「……」

眇めた先の少年は、右半身が吹き飛んでいた。

六枚の翼を突き破った先、最後に掲げた指を失った右手が雷光を遮った。
持てる演算力を総動員してその力を統率しようとした彼は――結果、御すること出来ず、けれど力の大半を虹色の光に砕くことに成功した。

ただ、全体の内の一パーセントにも満たない力が彼の体を砕くに至り、腕はおろか、右肩から腰あたりまでを消し飛ばした。

白い顔も半ばまで焼け焦げ、醜い傷痕を刻んでいる。
抉られた腹から中身が零れないでいるのはただ傷口が高熱に焼き付けられたからだろう。

どう見ても致命傷だ。
即死しなかっただけでも奇跡のようなものだった。



「――――は」

御坂の喉からも哄笑が漏れる。

「はは、あはは、あははははは――」

何故だか口が勝手に笑い声を吐き出していた。

「あははははははははははははははははははははははははははははははは――――!!」

愉快だった。痛快だった。
最強だった超能力者は今、自分の前に惨めな姿を晒している。

「は――――」

ごぽり、とまた血を吐く。
大丈夫だ。歌と同時にどういう訳か全身に裂傷が走り内臓にまでダメージを負ったが、ぎりぎりで致命傷には届いていない。
少なくとも数日程度、苦痛にもがき苦しむかもしれないが、一方通行よりは生き延びる。

勝った。
だから御坂は笑わずにはいられない。
                、 、
自分の悪夢の発端であるあの一方通行に勝ったのだ――!

「……勝利宣言には早すぎるぜ、超電磁砲」

「え……?」

今更何を言っているのだ、と御坂は疑問する。
どうしてそんな言葉が出てくるのか分からなかった。

触れられてもいない。
そもそも電磁場の壁は何かの接触を認識していない。

何もされてはいない。
そのはずなのに。

彼は御坂に蔑むような笑みを向けていて。

「ごっ――ぶあ――っ!?」

どういう意味なのか問うよりも先に。
言葉の代わりに喉をせり上がってきた血を、口から滝のように吐き出した。



何が起こったのか、何をされたのか、全く分からない。

ただ一つだけはっきりしていることは、どうにもこれは致命的なものだということくらいで。

「アンタ……何を……!」

「冥土の土産だ。一つ理科の授業をしてやるよ」

睨む御坂にひゅうひゅうと掠れる声で一方通行は嘯いた。

ようやく御坂は気付く。
彼の前に浮かんでいたはずの水球がなくなっている。

「どォにかほンの少しだけ『掴めた』からな、利用させてもらった」

「何をした……っ!」

「理科だっつってンだろ。中学生にも分かるよォな簡単な奴だ」

そう言って彼は、一度咳を吐き。
  、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、
「水を電気分解しただけだ」

「な……」

御坂は絶句する。

「ただの……水……?」

そんな単純な化学反応であるはずがない。
それだけでは帳尻が合わない。

何よりあの不吉な予感がしたものが単なる水であるはずがない……!



「いいや。あれは水には違いねェが……『ただの』と言うのはちィと語弊があるな」

「…………っ!!」

その言葉で御坂は理解した。

あの得体の知れない不吉な予感は間違っていなかった。
確かにそれを水と言ってもいいだろう。

一見してただの水。

だが、正確に言うのであれば。

「重水。水素の同位体、デューテリウムやトリチウムで作られた、文字通りに重い水」

その言葉が意味するところを御坂は理解した。
雷が炸裂したときの爆光はそれだけのものではなかった。

重水を構成する二重水素や三重水素。
この場合用途は一つしか思いつかない。

御坂を穿ったのは熱線でも衝撃波でもない。
それらは電磁気力制御の壁の前に弾かれる。
                        、 、 、 、 、 、 、 、 、 、
その正体は核融合によって生まれる電荷を持たない素粒子――中性子線だ。

「水……爆……っ!」

「正解。賞品は地獄行きの片道切符だ」

ぐらりと、ようやく――両者の体が崩れる。

「ハッ……第一位の意地だ。格下に一人勝ちなンかさせてやるかよ」

「…………!」

能力による浮力を失い、二人の超能力者はほぼ同時に地上に向かって墜落した。



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