とある世界の残酷歌劇 > 終幕 > 10


※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

初動はほぼ同時だった。

網膜を焼く白の閃光が迸り、御坂の額に掛かる髪を払い雷撃が跳ねた。
速度はまさしく迅雷。光芒は二人を繋ぐ空間を断ち切る一撃となって直線の軌跡を描く。
認知など遠く及ばず、意識する暇もなく白の超能力者を貫かんとする槍となる。

対し一方通行は、軽く地面を踵で蹴るだけだ。
彼の能力、ベクトル操作の初動。あらゆる力を意のままに操るという超能力の頂点。
それだけで地球の公転運動を基礎としたエネルギーは向きを変え、脳裏に描いた通りに反転する。

始動からの時間は刹那にも及ばない。
そうと決めた瞬間から逡巡すらも必要ない。
最初の一撃で互いに必殺の力を放っていた。

先に得物に喰らい付いたのは御坂の放った雷撃だった。
もし仮に相手がただの一般人ならば瞬時に消し炭になる――どころかミサイルの直撃を受けたが如く肉体が四散してもおかしくないほどの高エネルギー。

しかしそれも相手が極普通の者だったらという仮定の話だ。

白雷の矛先を向けられたのは他でもない超能力者第一位。
彼の最強の能力『一方通行』の前には他の能力など塵芥も同然。
強度など関係なく、どれも等しく有象無象でしかない。

――反射。



超高速で飛来する雷槍は彼の身体に突き刺さらんとし、その直前に逆転する。
まるで鏡に映したように、そこだけ動画を逆再生するように、一瞬の間に今貫いた空中を再度疾走する。

この世の法則下にある限りどのような力であれ彼を傷付けることはできない。

『ありとあらゆる力』を操作するという理不尽な能力。
もし正面からこの絶対の盾を貫かんとするなら『彼の能力が通じない力』という更なる理不尽を以ってしなければ成しえない。

いくら超能力とはいえど本を糺せば単なる放電。自然現象に他ならない。
そんな極ありきたりの力が一方通行に太刀打ちできるはずがないのだ。

「――――!!」

御坂の放った必殺の雷撃はそのまま自身へと跳ね返る。
殺意のままに放たれた白光は意思すらなく己の指向のままにその身を躍らせた。

空気が爆ぜ、落雷の伴うあの轟音が炸裂する。

その中で御坂は己の放った雷光に額を撃ち抜かれた。



御坂の身体が跳ねる。
間近で炸裂した音の衝撃波が少女の矮躯を叩き撥ね飛ばす。

そして、僅かに宙に浮いた御坂目掛けて足元から無数の錐が突き上げた。

一方通行の力。あらゆるエネルギーの指向性を思いのままに操る能力。
公転エネルギーを九〇度近く転換。彼の足元から直下へ。地中深くで鋭角に向きを変え、御坂の足元へと疾走した。

鋭く研ぎ澄まされた力の流れは路面を抉り上げ、構造材ごと宙へ浮く御坂に牙を剥いた。

無数の錐が少女の肉を抉らんと屹立する。
その様はあたかも掲げられた槍衾か、さもなければ地獄の針山だろう。

「――は」

と笑ったのはどちらだろうか。

突然、御坂の肌を貫く寸前、石の錐がぼろりと崩れ落ちた。
硬く、鋭く、少女の柔肌など苦もなく穿つような死の牙が無残にも塵と化す。
砂と呼ぶこともできないほどの微小粒子となったそれは反響する雷鳴に吹き飛ばされあっというまに消え去った。

言うまでもなく御坂の仕業だ。
『電撃使い』の頂点に君臨する御坂美琴。まさか彼女を彼女自身の力が傷付けるはずもない。
巨大な熱量を孕んだ白雷は彼女の身体に触れたと同時にその力を姿を変え、電磁波となり直後に現れた無数の錐に放たれる。
超振動を受けた錐は一瞬で微塵に粉砕された。



しかし御坂は納得できないでいる。

「ちょっとこれどういう事よ――」

背面に雷撃を展開。反動で前方へと急加速する。
手には砂鉄剣。自身の纏う超振動で即座に燃え上がり白熱を曝け出す。

白の残影を描き、雷速の踏み込みで彼我の距離を詰め一方通行へと斬りかかる。

擦れ違い様の一閃。
同時に爆花が咲き散る。

光熱は一方通行の身体に触れる直前、そのベクトルを反転。
己自身へと全てのエネルギーを向け炸裂した。

無秩序な破壊は御坂へも向けられる。
しかし電磁の属性を帯びたそれらが彼女を傷付けることがあるはずもない。

「ちっ――」

舌打ちし御坂は反転し地を滑るように着地する。
目を細め、眉を顰め、一方通行へ睥睨を向ける。

肩越しに振り向いた真紅の瞳と視線が交差した。



「っ――!!」

閃光。轟音。
白雷の雨を降らせ、御坂は着地の勢いを殺さず、更なる磁力の助けを得て背後へと加速跳躍する。

雷雨は攻撃ではない。元よりそんなものが機能する相手ではないのだから。
雷爆の光と音、そして舞い上がった粉塵で視覚と聴覚を奪うため。スタングレネードと同じだ。

結果として御坂の判断は功を奏した。

ごがんっ! という鈍く重い音。
もしも御坂が加速し跳躍しなかった場合、そこにいたであろう地点に一方通行の拳が突き刺さっていた。
路面は陥没し放射状に長い皹が走っている。その中心、一方通行の右腕が深く突き刺さっていた。

手首は完全に埋没し、肘近くまでが地中に消えていた。
もしそれが御坂の身体に振り下ろされていたら――。

髪の毛一本でも触れるだけで即死。
そんな理不尽の塊こそが最強の証だ。

しかし御坂にそんな今更の事実はどうでもよかった。

そんなことと言い切れるほどの深刻な問題に彼女は直面していた。

「これは一体どういうことよ……」

今目の前に広がっている光景そのものが御坂の想定外だった。

「どうしてコイツが能力使えてるのよ、妹達!!」



『どうしてと申されましても、とミサカ一〇〇三三号は代表して応答します』

己と同じ声色が頭の中で生まれる。

普段聞いている『自分の声』とは違う響き。
頭蓋を通して鼓膜を振動させるものとは別の音色だ。

『ミサカがあの人の代理演算を行っていることはお姉様もご承知のはずです、とミサカ一〇〇三三号が引き続きお送りします』

「そういうことを言ってるんじゃないわよ!」

空中で身を捻りビルの壁面に着地する。
鉄筋を能力で引き寄せ磁力を足場に、胸の前には路面がある。
視線は頭上、水平方向へ。

赤い瞳がこちらを見ていた。
視線は御坂に向けられたまま、一方通行は緩やかな動作で腕を引き抜く。
手には路面を舗装していた煉瓦が一欠。それをゆっくりと持ち上げ――。

ぞくり――と背筋に走ったものは予感だ。
コンクリートの壁を蹴り身を翻す。

方向は御坂にとっての背面上方、月を背に跳ねるように身を躍らせた。

「く――!」

喉から漏れた声を掻き消すように轟音が響く。
彼の手から放たれた煉瓦は超高速の砲弾となり直前まで御坂のいたビル壁を撃ち貫いていた。



「今、上位個体は私よ! アンタ達の全権は私が握ってる!」

乱雑な動きで右手を上着のポケットに突っ込む。
じゃらりと鳴る音は金属質のものだ。

ありふれたゲームセンターのコイン。
掴み引っ張り出した金属片が幾枚か指先から零れ月光を返す。

「なのにどうして――!!」

ぱちん、と音を立て宙に舞うコインが小さく跳ねた。
彼女の能力によって電磁誘導の見えないレーンが形成される。

握った手の内を叩き付けるように、御坂は超電磁砲を射出した。

バギンッ――!! と耳が砕けるような音が夜の街を走った。

散弾のように、けれどそのどれもが必殺の威力を持つ一方通行目掛けて穿たれた超電磁砲は、一発残らず反射され御坂へと跳ね返ってくる。

だがそのどれもが御坂を傷付けはしない。
強力な斥力場の壁に阻まれ彼女を避けるように軌道を曲げる。
あるものは地面へ、あるものは夜空高くへ。白光を描く。

「どうしてコイツの演算なんかをするのよ!」

『それがミサカの意思だからです、とミサカは率直に答えます』

ぴくり、と一方通行の眉が動いたのを御坂は見逃さなかった。

この声は彼にも聞こえているのだろう。
しかし一方通行は無言のまま、何気ない動きで一歩を踏み出す。

背の黒い翼がざわめく。

『ですから、分かりやすく言いますと――』

次瞬、吹き荒れる颪のような黒の奔流が御坂を襲った。



『ミサカはお姉様と敵対します、とミサカはここに宣戦布告します』



「ぎっ――――!!」

左の脹脛を削られながらも御坂は空中で強引に軌道を変え怒涛を回避する。
ほんの毛先ほどが触れただけなのに鑢を掛けられたように抉られた。

(やっぱり電磁操作が効かない! ううん、そんな事より……)

御坂の意思に反して妹達は独自に判断し行動している。
  わ た し
「上位個体の権限が通じない……!?」

そんな事はあり得ない。上位個体の命令は絶対だ。
過去に打ち止め――最終信号を介して命令を送ろうとした者がいた事実が証明している。

御坂はそれを知らない。
ミサカネットワーク内に残された断片的な情報から得た知識だけだ。

しかし最終信号と同格の権限を有するはずなのに、御坂の命令は通じない。
いや、命令自体は通じている。そうでなければ垣根との戦闘で十全の力を発揮できていなかった。

つまり考えられるのは――。

「アイツか……っ」

脳裏に浮かんだのはベレー帽の少女。
本人はその辺りに転がっているはずだが、意識を割く余裕はない。

「元からこうなるのを見越して権限委譲の時に仕込んでたって訳……!」



直後、飛び込んできた一方通行を御坂は街灯を電磁誘導で手繰り寄せることで軌道修正する。
円弧を描くような動きで回避した御坂は遠心力をそのままに背後に吹き飛ぶように飛翔した。

「くっ――!」

「ちっ……!」

歯噛みする御坂を一方通行は舌打ちし宙を追い駆ける。

暗闇の中、ぞわっ――と背の黒翼が粟立った。

「――――!」

高速回避のまま御坂はビルの壁面に着地。
電磁操作で周囲の砂鉄を掻き集め再度右手に白く輝く剣を形成する。

「っ――ああああああ!!」

思いつく限りの手段と持てる全力で白剣を強化、固定化し、御坂は黒翼を迎え撃つ。

これが単なる強化というだけでは太刀打ちできるはずもない。
御坂の能力の一切通用しない黒翼の性質を御坂は直感的に覚っていた。



だが御坂にもこの漆黒の力に対抗する術がある。
今や御坂にしか、そして御坂だからこそ可能な禁じ手。


                、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、
白剣を構成する電子を、粒子と波動の中間の曖昧なまま固定する



同系統の能力者故に可能な能力模倣。

それは超能力者第四位固有の能力。
だが電磁操作系能力者の頂点に座す御坂だからこそ出来る荒業だ。

一度見たきりではあるがミサカネットワークと接続した今なら可能だと踏む。
能力のデータは本来の能力者から妹達は得ている。
一方通行の代理演算履歴の参照が可能であり、かつ同質の能力者である妹達だからこそ解析が可能だった。

導き出した特殊演算式を展開。
眩い純白を放っていた光剣が一瞬揺らめき、その姿を変質させる。

放つ色は病的なまでの、蒼白。


      Emu.メルトダウナー
「――――『偽・原子崩し』」



呟く言葉と共に、迫る黒濁を蒼白の刺突が迎撃する。



「ぎっ……!」

「づっ――!」

チェーンソー同士をぶつけ合ったような激しい不快音を立て黒と白が激突する。
だが御坂の手にある光剣は砕けず暴力の波濤を押し止めていた。

電子を――限定的ながら素粒子の性質を固定化する能力。
それ自体が第二位の『未元物質』に由来するものだ。

固定という本来『防御に特化した能力』だからこそ一方通行の翼を受け止められていた。

だが――。

「ぐ、う……っ!」

苦悶に顔を歪めて御坂は奥歯を噛み締める。

「脳が……焼き切れ……!」

その力は別の能力者のものだ。
本来の使用者でない御坂が用いようとすれば負担は当然大きくなる。
相手が他でもない超能力者第四位、麦野沈利ともなればなおさらだ。
完全に発揮すれば御坂ですら太刀打ちできないとされた力を使いこなせるはずなどない。

モノクロに明滅する視界がどうしてだか赤く染まっていくような気がする。
そんな中、御坂の思考の片隅に疑問が生まれた。

(あれ……?)

思索も束の間、直後疑問は結実し。

「これって……!」

「っざけ……!!」

一際甲高い音を立て、両者は同時に弾けるように離れた。



滑るように着地したのは道を挟んだ建物の屋上同士。
ポケットに入れたままの左腕を抱くように光剣を消した右手を沿え御坂は対岸の一方通行を睨む。

そして一方通行も同じように片手で頭を押さえながら視線をこちらに返している。

対峙はほんの二呼吸ほど。
吸った冷たい夜気を、は、と吐き捨て御坂は虚空に向かって叫んだ。

「――アンタたち、私に敵対するんじゃなかったの!!」

声はミサカネットワークを介した先、妹達に向けられていた。

「命令を無視できるなら私の演算補助なんてしなくていいでしょ!」

『ミサカはお姉様の味方です、とミサカ一〇五〇一号は答えます』

「じゃあ……さっき言ってたのは……!」

やっぱり、と予感が確信へと変わる。
腕を抱く右手にも無意識に力が入ってしまう。

視線を交差させた二人は荒い息に肩を上下させながらも独白のように毒吐いた。

「ほんっと、悪趣味にもほどがあるわよアイツ……」

「同感だなァ、コイツは、性質が悪いったらありゃしねェ」



二人は理解している。
彼女たち、妹達が何を考えているのか。

ぱちん、と何かが弾けるような音が聞こえた気がした。

『確かにミサカはお姉様に共感し、お姉様の補助を行っています、とミサカ一五一一三号は答えます』

脳裏に響く声が重なる。
輪唱するように、共鳴するように。

同じ音が波紋を広げる。

『ミサカはミサカとしてお姉様のためにありたいと思っています、とミサカ一〇八五四号は独白します』

『最終信号は失われ、ミサカにはもう寄る辺がありません、とミサカ一四三三三号は呟きます』

『ミサカに生きる意味を下さったあの人も失われてしまいました、とミサカ一九〇〇九号は嘆息します』

『ミサカはもうミサカの存在証明ができません、とミサカ一二四八一号は』

ぱちん、とまた音。

『ミサカがミサカである理由はもうありません』

『ですがミサカはミサカであるために一つの目的を遂行します』

『たった一つ、どうにも冴えないやり方で』

『けれどそれでいいのだろうとミサカは思います』

『ですから最初の目的のためにミサカは行動します』



『ミサカの目的は最初から定められていました』

『それが予め決められていたものだとしてもミサカはそれをよしとします』

『ミサカはお姉様のために生き』

『お姉様のために死にます』

『そう製造されました』

『そして』

『ミサカはその指針を肯定します』

『疑う余地などありません』

『ミサカにとっても意義の有るものだと』

『ですがミサカは自問します』

『本当にこれでいいのかと』

『ミサカは中途半端な欠陥品です』

『欠陥電気』

『ミサカはお姉様』

『のクローンです』

『ミサカはお姉様と同』

『一ではあり』

『ません』

『ミサカは』

『疑問します』



『本当はミサカはお姉様を止めるべきではないのか、と』



つまり御坂に追従すべきか、それとも制止すべきか。
二律背反の矛盾を抱えたまま葛藤している。

そして答えが出せぬまま――彼、一方通行が現れた。
         、 、、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、
だから妹達は葛藤したまま答えを出さなかった。

彼女たち、妹達にはそれが出来る。
その特殊性故にこそ取捨選択の両取りという掟破りが可能だった。

「私の演算補助もやって」

「俺の代理演算もやるってか」

『その通りです、とミサカは肯定します』

「……それがどォいう事になるか分かってて。
 ――それでオマエはいいって言ってンだな」

『はい、とミサカは簡潔に意思表示をします』

投げられた一方通行の言葉に一切の迷いなく彼女は答えた。

『ミサカの代理演算機能は破綻しています、とミサカ一一八九九号は現状を報告し』

そしてまた、ぱちんと何かが弾けるような音が聞こえた気がした。

『お姉様のコントロールがあっても『心理掌握』を仲介していない現在、莫大な負荷が生じています、とミサカ一五三二七号は続けます』



「――あァ」

どうにもこの世界には救いがない、と一方通行は改めて思う。

惨劇を回避する手段などとうに失われた。
悲劇をぶち壊すようなヒーローはもう存在しない。

逃げ道などない。いかな最強と謳われる彼であっても時を操ることなどできない。
まして運命を変えることなど何人であれ赦されはしないのだ。

とどのつまり不可避の最悪がこの世界だ。
どこをどうしようと行き着く先はたった一つ。

そしてどうせ同じなら、と一方通行は改めて思う。

あの時見た一条の光の鮮烈さには遠く及ばないのは分かっている。
自分は彼のようにはなれない。なろうとも思わないしなりたいとも思わない。
けれどそんな自分なりにやるべきことがあるだろう、と。一方通行は暗澹とした瞳を御坂に向ける。

「つまり俺が能力を使うたびに」

「私が能力を使っても同じように」

は、と二人の嘆息と失笑が重なった。

『ミサカは消費されます、とミサカ一八八二〇号は他人事のようにぼやきます』

ぱちん、とまた何かが弾けた。



――――――――――――――――――――





前へ        次へ
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。