とある世界の残酷歌劇 > 終幕 > 01


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――山のあなたの空遠く、

       「幸」住むと人のいふ。

       ああ、われひとと尋めゆきて、

       涙さしぐみ、かへりきぬ。

       山のあなたになほ遠く、

       「幸」住むと人のいふ。



『山のあなた』

カール・ブッセ





ビーーーーーーーーーーーーーーーーーーー






                                       終幕

                          (悲劇或いは喜劇、たった一つの冴えないやり方)



                                    『みさかみこと』





「――よぉ」

ビルを出て少し歩いたところで少年に出会った。

声を掛けられそちらを向くと、どこかで見たような顔がそこに立っていた。

「えっと、アンタどこかで私と会った事あったっけ?」

「いんや、多分初対面だぜ」

彼は苦笑し、そして名乗る。

「垣根帝督だよ、超電磁砲」

「……ああ」

なるほど、と御坂は思う。見覚えがあるはずだ。

「そっか。昼間あの子を殺したの、アンタだったわね」

「おいおい。あっちが勝手に死んだんだぜ。妙な言い掛かりはよしてくれよ」

嘆息し肩を竦めようとして――失敗して、垣根はばつの悪そうな顔を一瞬浮かべる。
それから溜め息を一つ吐くと彼は御坂に尋ねた。

「なあ。お前あっちで俺のツレに会わなかったか?」

「ツレ?」

今歩いてきた方を顎で示され、御坂は小首を傾げた。

「派手なドレス着た馬鹿女だよ」

「ああ――」

垣根はどこかおどけるような笑みを口の端に浮かべながらも、まったく外連味の欠片も見せず吐き捨てるように言い放つ。
その言葉に御坂は納得し、柔らかな笑みを浮かべ頷いた。

「あっちで割れてるわ」



御坂の答えに垣根は少しの間彼女を見詰め、それからふっと目を閉じ小さく「そうか」と呟いた。

「携帯が通じなかった時点である程度予想はしてたが。
 アイツじゃ相性が悪すぎる。『心理掌握』にアイツが勝てる道理なんて――」

そこまで言葉にして、垣根は御坂を見て眉を顰めた。

「おい……『心理掌握』の奴はどうした」

「…………さあ?」

先程と同じように御坂はまた首を傾げる。
その仕草はどこか稚気めいていて、垣根が何を言っているのかまるで分からないといった態だ。

いや、そもそも最初から――何か根本的なところがずれているようで――。

「ちょっと前まで一緒にいたんだけどね。その、アンタのツレと会う前あたりまで。
 でもアイツってばなんか訳分からないこと言って勝手にどっか行っちゃったわよ」

非難、というよりも愚痴のような口調で御坂は溜め息を吐く。

正直なところ一緒にいるとばかり思っていた『心理掌握』の同行など垣根にはどうでもいい。
だが彼女の言った事が本当なら――。

(こいつ……単独で『心理定規』を抜いたのか……?)

既にこの世にはいないだろう少女の顔が頭を過ぎり垣根は静かに奥歯を噛む。

彼女の『心理定規』は超能力者である『心理掌握』に比べれば見劣りこそすれど、だからといって脆弱だというはずもない。
想念のベクトルを操作するあの能力は最強であった『一方通行』に由来するものだ。
それが仮初のものだとしても間違いなく学園都市でも屈指の能力者であったはずだ。

ある種の絶対的な強制力、自身が持っている想いは絶対に破壊することなどできない。
その想いが強ければ強いほど個我の根幹、アイデンティティと深く結び付いているからに他ならない。
他者へ向けられた想いはそのまま自身の存在証明だ。
絶対的なルールであり枠組み、枷だからこそ絶対に覆す事などできないのだが――。



「電気操作……脳内の神経パルスでも操って防御したか? また随分と化けたもんだな。
 俺の知ってる超電磁砲はそんな事できるような強度じゃなかったと思ったんだが。
 ……っつかそもそも、そういう事をするようなタマじゃなかったと思うんだが」

「買い被りすぎよ、アンタ。それにアンタが私の何を知ってるっていうの」

くすくすと笑う御坂に垣根の顔は徐々に苦々しいものとなっていく。

そう、この相手には取り繕う必要がないのだ。
彼女には斜に構えようと皮肉を交えようと一切の意味がない。

なまじ頭の回転が早いだけに、こちらがどれだけ曲折的な言葉を弄したとしても彼女はその奥底にある生のままの意味を正しく理解する。

そしてきっと、それでもなおあの笑みは崩れないだろう。

「多少は分かるさ。お前は『御坂美琴』とは随分と変わっちまったって事くらいはな」

何故なら。



先程からずっと腕に抱いている片足がおかしな方向に折れ曲がった少女を前にしても顔色一つ変えないのだから。



垣根の知る彼女は死んだように微動だにしない白井黒子を前にして平然としているような少女ではない。
ましてそんな状況を前にして笑っているなど、直接彼女と会うのが始めてだとしてもありえない事だと分かる。

そう。つまり、きっと。
彼女は自分たちと同じ類のモノに成り果ててしまったのだろう。

自らの連れ合いだと言った少女の名を心の片隅に思い浮かべ、僅かばかりの謝罪をして垣根は奥歯を噛み締める。

まったく――最悪にクソッタレな世界だよ、ここは。
お前もきっとそう思うだろう――?



そう思っていたのに。

「――よりによってアンタがそれを言う?」

ぴしり、と。
何かに亀裂が入る。

御坂の声色にも、表情にも変化はない。
だが一瞬だけ――彼女の気配とでも呼ぶべきものが変質したのを垣根は間違いなく感じ取った。

「ああ、そうだ」

刹那の変化が錯覚だとでもいうように御坂は変わらぬ調子で微笑を垣根に向ける。
けれど暗がりの向こう、可憐な花のような笑みの中、薄く細められた目だけがまるで無明の穴のようで。

「アンタにもさ、一応。訊いておかないと」

僅かに上げられた口の形はまるで罅割れのよう。

「先週、独立記念日にさ。一方通行と戦ってビルぶっ壊したのってアンタで間違いないわよね」

「……どういう意味だ」

「そのままの意味よ?」

寒気がするほど儚げな笑みのまま、御坂は矢張り何が分からないのかと首を傾げる。

「アンタよね? それ以外に思いつかないし」

「――そうだよ」

頷いた。

「俺が一方通行を叩き潰した」



「――――そっか、やっぱりアンタだった訳ね」

垣根の言葉に満足したのか、御坂もまた頷き。

そして満面の笑みを垣根に向け。










「アンタが、当麻を、殺したんだ」










囁くような声と同時に――その気配が爆ぜた。



「ッ――――!?」

突如、莫大な質量をもって噴出した気配が確かな感触を伴って垣根に吹き付ける。
今の今まで彼女の笑顔の仮面の下に押し込められ続けていた想念がついに決壊する。
周囲の夜闇すら霞んでしまうほどの暗黒は濁流となって彼女の内から溢れ出した。

傲慢も嫉妬も憤怒も怠惰も強欲も暴食も淫蕩もない、純粋な殺意。

殺意。
殺意。
殺意。

他の何も入る余地がないほどまでに純度の高い殺意の嵐。
ただ純粋に『殺意』としか称しようがない。他のどんな言葉であってもそれを言い表す事などできはしない。
それは本来あるべき感情すらも否定して、機械を思わせるほどの単純さで垣根に向かって放射された。

「分かった。分かったわ垣根帝督。第二位、『未元物質』。
 ああ、でも今はアイツがいないんじゃあ序列も繰り上がるのかしら。暫定第一位」

くすくすと。
可憐な笑顔を浮かべながらも、口調、声色、表情、仕草、その全てが溢れ返る志向とは乖離している。
表面ばかり美しく着飾った、まるで宝石箱のよう。
中にどんなものが詰まっていようと素晴らしい意匠はそれに一切頓着せずただその形を静かに誇るだけだ。

「そもそもさ、序列なんてただのラベルでしょ?
 私もアンタもアイツも、最初からまったく違うんだからそれを比べる事自体が間違ってるのよ。
 兎と鳥と魚と蛇を比べ合っても意味なんてないに決まってるのに。そんな事も分からないの?
 馬鹿みたい。下らないものに一喜一憂しちゃって、他人を蹴落として手に入れたオモチャの勲章を自慢げに見せたってさ」

彼女は美しく笑い、優しい声色で言う。

「所詮アンタはアンタでしかないんだから、何も変わりっこないわよ。
 俺は凄いんだー、強いんだー、学園都市最強の能力者なんだー。はいはいカッコイイわね。勝手にやってればいいじゃない。
 でもさ、アンタ少しでも自分の下らない遊びに付き合わされる周りの事考えた事ある?
 アンタがどれだけ素晴らしい人格者でも、それこそ聖人みたいな奴でもさ。自己満足のためだけに周りを巻き込んでんじゃないわよ。
 そんな事も分からないの? 学校で習わなかった? それくらい中学生の私でも分かるわよ? 小学校からやりなおしたらどうなの?」



柔らかな唇から零れる言葉は全て殺意の塊だ。
その一音一音全てが『殺す』という意図を内包した呪いの響きを帯びている。

「一方通行はアンタのお遊戯に乗ってくれたのかもしれない。それはいいわよ。当人たちで楽しめばいいじゃない。
 でもたったそれだけのために付き合わされる方は堪ったもんじゃないわ。あんまりじゃない?」

「テメ――本当に――」

写真で見た、あの眩しい笑顔の少女と同じモノなのか。

見た目だけは同じなのに、中身がまるで違う。
器だけそっくり同じコピーを作って中身だけ丸ごと入れ替えたよう。
その事実に本能的な嫌悪感を抱き脊髄の中を凍り付いた血液が駆け巡る。

そう。もしかしたら彼女こそが。

学園都市の闇に蠢く悪夢のひとつ。
                 クローン
いたいけな少女の皮を被った悪魔なのだと信じてしまいたくなる。

世界の裏側、悪意の深奥たる学園都市の暗部。
そんな地獄に身を窶した垣根でさえも彼女には遠く及ばない。

絶望の深度が違う。闇黒の明度が違う。
彼女の世界には救いなどあるはずもなく、光など欠片も存在しない。
もはや存在理由さえも失った生物の黒点。絶対零度の漆黒の炎がそこにあった。

「アイツの願いはきっと何よりも儚くて、どうしようもなく子供じみた、それこそ幻想みたいなものだったろうけれど」

闇に溶けるような黒の外套に収められた左腕が微動する。

「少なくともアンタみたいな奴が踏み躙っていいものなんかじゃなかった」

そしてこの時ようやく垣根は理解する。
彼女を穿った穴、その魂までも溶かし尽くし焼き尽くした少年の存在を。

「だから私はアンタを殺す。アイツの幻想を殺したツケを払ってもらうわ。
 アンタ、アイツを殺したんだし、まさか文句なんてないわよね?」

そう言って彼女は怖気が走るほど殺意に濡れた笑顔を浮かべ優しく微笑むのだ。



「当麻がいない世界なんてどうでもいいし」

だから、と彼女は破滅的に笑う。

森羅万象あらゆるものは彼女の前では無価値に等しい。
今の彼女にとって総ては零か一かの二つであり、一は唯でしかない。

その唯一が零となったのなら。

零も同じく引いてやらなければならない。

「遊びましょう、垣根帝督、暫定第一位。
 アンタが一方通行を倒して成り上がったっていうなら私にもアンタを殺す権利はあるわよね。
 そっちのルールに付き合ってあげるわ『未元物質』。だからアンタも――」

暗闇が罅割れるように白い光が彼女の周囲を舞う。

「私に付き合ってくれても、ねぇ、いいでしょう?」

既に彼女に理屈など通用しない。
つい先程彼女が語った呪いの言葉に彼女自身が真っ向から矛盾している。
彼女に大義などありはしない。あるのは虚飾の名分であり客観的には自己満足でしかない。

だが、彼女の世界では。
彼女があらゆる総ての中心として観測する世界では矛盾すらも零に等しいのだ。

「アンタがそんなどうしようもなく下らない理由で私の幻想を殺すなら、私は――」

彼女の内から溢れる殺意の奔流が集束してゆく。

閉じるのではない。まして消えるはずなどない。
絞られる。単一の目的を設定したが為に総てがそこに集約される。
ただ一点、垣根帝督の殺害を目的として漆黒の殺意は薄氷よりもなお鋭利な刃を形成してゆく。



「まずはアンタの――そのふざけた幻想を殺すわ」



彼女が知らないはずの言葉が自然と口から紡がれ。

今や呪いの言葉となった幻想を証明するかのように夜闇を白光が切り裂いた。









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